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目次:

はじめに
カダフィの生き様
カダフィの功績
カダフィの生い立ちと方針
カダフィの方向転換、アラブからアフリカへ
カダフィ大佐、死亡。2011年10月
カダフィを支持した国々
(アフリカ連合、シエラレオネ・リベリア、
 中国、北朝鮮、ロシア、ベネズエラ、キューバ等)
カダフィと交流があった人、関係のある人
アメリカは利用価値がなくなるとタリバンのように捨てる
国連事務総長・潘基文への批判
国際情勢に関する個人的な感想


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はじめに

資本主義と市場のグローバル化では世界中で貧富の差が拡大する。世界人口増加もあいまって資源はやがて枯渇し持続可能ではない。だからといって共産主義は官僚の独裁で国民が不満。結局「第三の道」を目指すしかないのだが、実際にその理論を作り、彼なりの理想国家を作りあげた男に、ただ敬意を表する


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カダフィの生き様


カダフィの生き様。資本主義の米国と共産主義のソ連との「冷戦」の狭間で、そのどちらでもない「第三の道」を模索し、イスラム教のもとで、民族主義(当初アラブ、後にアフリカ)で、かつ高福祉国家を目指し、それを実現。集大成となる「緑の書」を著作し、自らを「王の中の王」と称し世界に覇を唱えた

カダフィは悪人だったのか?国連開発計画が毎年発表している人間開発指数を見る限り、そうは思えない。アフリカの中ではトップクラスの開発状態で国民の健康レベルは先進国並み。自著「緑の書」(毛沢東とコーランの影響を受けた独自理論)通りの理想国家を目指した。独裁国家なのは、中東では全部そう


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カダフィの功績


カダフィの功績。‖震餌温餡箸任泙箸泙蕕覆ったリビアを、独裁体制とはいえ長期的に安定化させた。王制を打倒。形式的とはいえ直接民主制の導入。石油産業の国営化による収益で国民に厚い福祉。教育・医療などが無料。経済も含んだ統計指標で開発度がアフリカでトップクラス。そ性の教育を支援

カダフィ大佐によるリビアの統治。〃前上、代議員が存在せず、直接、国民の声を政治に反映させるとする「直接民主制」の国家を建設。■苅闇以上の治世で、王政時代から顕著だったとされる(リビア国内での)東西対立を押さえ込み、(多民族国家の)国民を「リビア人」として統合してきた。

カダフィによる、リビア国民への『厚い福祉』。教育・医療・国が運営する各種サービスは、ほとんどが無料だった。これは、国営化した石油産業からの莫大な収益による。このお蔭で、アフリカ諸国の中で、リビア国民の就学年数・平均寿命・一人当たりGDPなどの統計指標は、全てトップクラスだった。

リビア(社会主義人民リビア・アラブ国)。人間開発指数(HDI、UNDP,2010年)は、169か国中53位で、アフリカの中ではトップクラス。平均寿命が74.5歳と先進国並み。一人当たりGDPも年170万円で、アフリカにしては異様に高い。問題は平均教育期間が7.3年(日本は12年)

カダフィを支持する声。アメリカ在住のアラブ系女性の新聞投書。「反カダフィ勢力がカダフィ政権を打倒することに反対しているのはリビアの女性たち」。カダフィが負けると昔のイスラム教の民族衣装に戻ることを懸念。『アバヤ』はイスラム文化圏の女性の伝統的民族衣装で全身を黒色の布で被うスタイル

カダフィの功績。リビアでは女性の方が男性よりも高等教育の奨学金制度を利用。多くのリビア女性が科学者、大学教授、弁護士、医師、政府職員になっている。カダフィ政府は一貫して女性がその生き方を自由に選べるような政策。イスラム教の導師の中にはこの政策に反対する者もいたが政府はその声を抑制

カダフィの功績。リビアの女性の教育を向上。女子士官学校を開設し、教育の機会均等を実践するなど「女性の解放」では先駆的。2009年6月、イタリア訪問時、女性団体での会合では「アラブでは女性がこれまで家具のように扱われてきた」と述べ、アラブ諸国での女性の地位・権利向上に理解を示した。

リビアのカダフィ大佐による「女性の解放」について。 「中東/アフリカの女性たちを救う?」 藤永 茂 (2011年8月17日) http://t.co/8MDcvpbP

カダフィの挫折と方向転換。1992年の国連経済制裁後、米国と和解。アラブ主義からアフリカ主義へ。2000年、西アフリカのトーゴで開かれたアフリカ統一機構(OAU)サミットの往復の際、アフリカ諸国から大歓迎。「アフリカ連合(AU)」の実現を呼びかけ2002年に実現。アフリカの盟主に

アフリカ連合(African Union, AU)。1963年に創設されたアフリカ統一機構(Organisation of African Unity, OAU) が発展・改組し、2002年に誕生。戦後の欧米による新植民地主義と闘うことが目的。リビアのカダフィも創設時のメンバー。

マグリブ(マグレブ、Maghreb、Maghrib)。.▲薀咼語で「日が没するところ」の意。モロッコ、アルジェリア、チュニジア、西サハラ、(時に、リビア、モーリタニア)などの北西アフリカ。1989年マグリブ連合を結成。▲ぅ好薀犇掬未竜遡海任△覦貽五回の礼拝のうち、日没時の礼拝


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カダフィの生い立ちと方針


カダフィ大佐。リビアの最高指導者。1942年生、北部シルトの遊牧民の子。陸軍士官学校を卒業後、英国に留学。帰国後の69年、青年将校団を率いて無血クーデター。77年に革命理論をまとめた「緑の書」に基づく独自の直接民主制。公式の職務から名目上退き「大佐」。反欧米のため「アラブの狂犬」

カダフィ大佐。1942年リビアで遊牧民の子として誕生。中学生の頃、革命に憧れナセル・エジプト元大統領のアラブ民族主義に傾倒。東部ベンガジの士官学校に進学、民族主義の将校団を組織、69年、無血クーデターで国王を追放し軍事政権へ。「大佐」とは通称でエジプト革命時の尊敬するナセルの呼称

ムアマル・カダフィ。1969年、無血クーデターで国王を追放し軍事政権樹立。反帝国主義を掲げ、石油資本の国有化。側近を親族で固めて反対派を粛清し、豊富な石油資源による外貨収入などを背景に長期独裁体制。パレスチナ過激派を公然と支援、88年の米パンナム機爆破等のテロにも関わったとされる

カダフィ。中学生の頃、エジプトで自由将校団による王制打倒を達成したナセル中佐の影響を受け革命に憧れた。資本主義とも共産主義とも違う「第三の世界理論」。書き上げたのが「緑の書」。政治的には直接民主制、経済的には国有化。イスラム教の下に社会主義と民族主義を取り込んだ「ジャマヒリヤ」。

カダフィの方針。.ぅ好薀犇気砲茲觴匆饉腟租治という新しい思想。アラブ人の民族主義と社会主義と民主主義を融合。◆岾很針 廚鮖楾圈5腸颪廃止され直接民主主義へ。政党も解散。4覿箸利潤を求めるのは人民に対する搾取として廃止。労働者によるストライキ禁止。ね想のため外的を暴力で排除

「緑の書(The Green Book)」とは、リビアのカダフィ大佐の革命思想書。1975年に発表。資本主義でも共産主義でもない独自の理論「世界第三理論」が中核。1964年に中国で刊行された「毛沢東語録(Little Red Book)」に影響を受け、コーランの世界観を加えたもの

社会主義国体制で政治運営されている国は、1)ソ連型社会主義。中国、北朝鮮、ベトナム、ラオス、キューバ。2)現政権が社会主義的な諸政策を実施。ベネズエラ、ニカラグア、ボリビア、エクアドル、リビア、ネパール。3)共産党が政権を握るが社会主義ではない国。モルドバ、キプロス、サンマリノ等


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カダフィの方向転換、アラブからアフリカへ


リビアで1969年以来40年以上政権掌握するカダフィ大佐。1973年からコーランと社会主義を合わせた文化革命。自らの思想を書いた「緑の書」。1970年頃から米国と敵対しレーガン大統領は「中東の狂犬」。86年、米軍が自宅を空爆、養女死亡。だが03年に大量破壊兵器を放棄、米欧と協調へ

カダフィが核放棄するまでの半生について。「カダフィの野望」 http://t.co/kPkYxF5j

リビアのカダフィ大佐は「アラブの風雲児」と呼ばれた異色の中東指導者だった。1960年代は民族主義の流れに乗って旧王制を打倒、『イスラムと社会主義を合体した理想社会』の建設に燃えるイメージをアピール。だが40年以上の歳月と石油への過度の依存は血縁偏重の独裁者へと変質させてしまった?

中東から北アフリカにかけてのイスラム・アラブ世界では「独裁による安定」が一般的。最大の大国サウジアラビアが王政であることを筆頭に、独裁でもアメリカと仲良くしていれば国際社会から批判されない。リビアのカダフィは、2003年前までの露骨にアメリカと敵対する姿勢をむしろ貫いて欲しかった


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カダフィ大佐、死亡。2011年10月


リビアのカダフィ殺害までの経緯。チュニジアの『アラブの春』の影響で2011年2月、民主化デモ勃発。軍が発砲し国民を虐殺したため3月、国連安保理が決議第1973。米英仏が軍事介入。反政府勢力は国民評議会を結集し、政府だと主張。8月首都トリポリ制圧。10月、故郷シルトでカダフィを殺害

リビアの反カダフィ派「国民評議会」の部隊の司令官は2011年10月、カダフィ大佐支持派の拠点だったバニワリードを制圧。これにより抵抗拠点は大佐の出身地であるシルトだけ。国民評議会は全土掌握が目前となった。評議会は、シルトが陥落すればリビアの「解放」を宣言し暫定政府を発足させる方針

米国のクリントン国務長官が2011年10月、トリポリを予告なしで訪問、リビア国民評議会のジブリル暫定首相らと会談した。この後会見したクリントン氏は「自由なリビアの地に立てたことを誇りに思う」と述べたうえで、兵器の流出防止などに協力する考えを示した。石油利権獲得については不明。

カダフィ大佐の死亡。2011年10月。リビアではチュニジアやエジプトの政変に触発され、2月中旬に反カダフィ派が蜂起。大佐は武力弾圧を続けたが、欧米が3月に軍事介入して国民評議会に肩入れ。大佐は徐々に追い詰められていったが、最後までリビアにとどまって戦う姿勢を繰り返し表明していた。

リビアで42年にわたり独裁政権を続けたカダフィ(69歳)が2011年10月20日、出身地の中部シルトで死亡したと反カダフィ派組織、国民評議会が発表。評議会の部隊はこの日、カダフィ派の最後の拠点だったシルトを陥落させ、リビア全土をほぼ制圧。「この歴史的な瞬間をリビアの人々に捧げる」

リビアの国民評議会のジブリル暫定首相、2011年10月20日。カダフィは中部シルト近郊にあるコンクリートの穴に隠れていた。反カダフィ派が身柄を確保した時、負傷していたものの生存していた。その後、トラックで護送しようとした際、カダフィ支持者との間で交戦。どちらかが撃った銃弾が頭に。

リビア。2011年10月。カダフィとされる人物が殺害される様子をとらえた映像をテレビで見た市民は、「心の中でカダフィを支持していた人は少なくない。残酷なやり方をすると、国民の心にしこりが残る」と話した。

リビアのカダフィ殺害の是非。々餝阿任蓮∧同冓が石油利権獲得と市場グローバル化のため軍事介入主張。中露は内政干渉だと反対。国連ではまとまらずNATOが侵攻。国内では、石油国営化で高福祉国家を実現。女性の教育も支援。だが政府は血縁ばかりで民主化デモを虐殺。結局、正義でも悪でもない


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カダフィを支持した国々


アフリカ連合


アフリカ連合(AU)は2011年7月、赤道ギニアの首都マラボで首脳会議を開き、国際刑事裁判所(ICC)が「人道に対する罪」の疑いでリビアのカダフィ大佐の逮捕状を出したことについて逮捕に協力しないことを決定。理由は「政権と反体制派の和解などの打開策を探ることが極度に難しくなるため」

アフリカ連合(AU)の平和・安全保障理事会は2011年8月下旬、エチオピアのアディスアベバでリビア情勢に関する緊急会合を開催。リビアの政権移行期の統治方法について「カダフィ政権の関係者も交えて協議すべきだ」との見解をまとめ、新政権樹立を目指している国民評議会の単独統治に異を唱えた

西アフリカ・ギニアビサウのゴメス首相はリビアのカダフィ大佐が亡命を求めれば歓迎する意向。2011年9月。「カダフィは尊敬と厚遇に値する。亡命が必要なら両手を広げて歓迎する。(国際刑事裁判所(ICC)が逮捕状を出しているが)ギニアビサウはICCに加盟していないので考える必要がない」

リビア、カダフィの亡命の可能性。ブルキナファソはカダフィ政権に大規模な支援を受けてきた経緯があり新政権樹立を目指す「国民評議会」をリビアの正統政府として承認する一方、カダフィの亡命を受け入れる考え。ニジェールもカダフィ政権と良好な関係にあり、8月末、国民評議会を承認する一方、擁護

エジプトの国営中東通信は2011年8月、カダフィがアルジェリアに脱出した可能性があると報道。反体制派部隊の関係者が、カダフィは防弾仕様の高級車6台に乗り遊牧民の部隊に警護されてリビアからアルジェリアに入った、と話した。これに対しアルジェリア外務省は事実関係を完全否定する声明を発表

アルジェリア外務省は2011年8月末、リビアの最高指導者だったカダフィ大佐のサフィア夫人が3人の子どもと共にリビア国境からアルジェリア入りしたと発表。アルジェリアは、「国民評議会」を政府として承認しておらず、リビア反政府勢力の中にはアルジェリアがカダフィ大佐に肩入れしていると非難

リビア南隣のニジェール中部アガデスに、2011年9月5日夜、200〜250台のカダフィ政権軍の車列が到着した。現時点ではカダフィ大佐の所在は確認されていないが、フランス軍筋がロイター通信に語ったところでは、カダフィや息子らが車列に加わり、ブルキナファソに亡命する可能性があると。


シエラレオネ・リベリア


フォディ・サンコー。シエラレオネの軍人。1971年クーデターに失敗し亡命。リビアで革命の訓練を受け1991年黒人イスラム教徒を中心とした反政府勢力・革命統一戦線(RUF)を組織しシエラレオネを内戦へ。1999年ロメ合意で政府と和解したが虐殺の罪は不問にされたばかりか副大統領に任命

シエラレオネの歴史。モモ大統領の独裁が続いていたが、それを倒すためフォディ・サンコーが1987年リビアに行き、革命統一戦線(RUF)を創設。1988年サンコーがリベリア指導者のテーラーと会い以後支援を受ける。1991年RUFはシエラレオネ南東部で武装蜂起。92年モモはギニアに亡命

チャールズ・テーラー。1948年生。ドウ政権下で長官に就任するも公金横領で逃亡。87年カダフィ大佐と接触しリビアで軍事訓練受ける。シエラレオネのサンコーと接触。89年リビア侵攻、内戦。サンコーも支援。97-2003年リベリア大統領。ナイジェリアへ亡命。虐殺等で国際戦犯法廷から起訴

リベリア内戦の序章。米国解放奴隷が政権を支配していた。1980年先住民クラン族のドウ軍曹が軍事クーデター。さらに多民族を虐殺し大統領に。1987年、米国解放奴隷のチャールズ・テーラーがドウを倒すためリビアでリベリア国民愛国戦線(NPFL)を結成。同国でゲリラ戦の軍事訓練を受けた。

第一次リベリア内戦。1989年テーラーのリベリア国民愛国戦線はリビアからコートジボワール経由でリベリアへ侵攻。親リビア派のテーラーから親アメリカ派のジョンソンが分裂。後者がドウ大統領を虐殺し政権打倒。1996年西アフリカ経済共同体(ECOWAS)の監視下の選挙でテーラーが大統領に


中国

カダフィ政権崩壊、長年の“盟友”中国に衝撃。リビアと友好的な関係を保持しカダフィ大佐を「中国人民の古き友人」とまで形容する向きもある中国では、このニュースに大きな衝撃。中国版ツイッターでは、「戦友と自称していたどこぞの長期政権(=中国政府を暗喩)も、考えるべき時期が来たようだ」

リビアのカダフィ政権崩壊の中国への影響。|羚餬真型¬叡麓腟繊2な討鰐閏膕修気譴討い覆て蛤枩権には経済援助しない方向なのに、中国は気にせず大量の資金を投入し石油などの資源を獲得、インフラ建設を受注。これへの批判が強まる。▲螢咼∧壊で中東民主化はさらに進み中国でも民主化が勢いづく

中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席は2011年3月30日、訪中したフランスのサルコジ大統領と会談。胡主席はリビア情勢を巡り、「歴史が証明しているように武力では問題を解決できず、問題をさらに複雑化するだけだ」と語り、フランスなどの多国籍軍によるリビアへの攻撃を停止するよう要求。

中国国有石油大手、中国石油天然ガス集団(CNPC)は、2011年8月22日のリビアの首都陥落を受け、傘下の会社が手掛けていたリビアやニジェールなど6カ所の油田探査プロジェクトを中止。損失額は12億元(143億円)と、国際金融危機で計上した損失を上回る。だがこれまで20億万元の利益

中国の兵器製造企業3社が2011年7月リビアのカダフィ政権に2億ドル相当の武器輸出を持ちかけ。実際に輸出されたかどうかは不明だが事実ならリビアへの武器禁輸を定めた2月採択の国連安全保障理事会決議に違反。ロケット弾発射装置や対戦車ミサイルをアルジェリア、南アフリカ経由で輸出する打診


北朝鮮


北朝鮮がリビア騒乱の情報を国民に遮断。ルーマニア革命(1989年)のチャウシェスク公開処刑の時並みの警戒。カダフィ大佐は金日成と懇意で、キューバのカストロ議長とならぶ反米の同志で親近感を持たれてきただけに、カダフィ追放への攻防は「絶対に流布されてはならないニュース」(米情報筋)。

北朝鮮はリビアと1975年に国交を樹立。82年にはカダフィ大佐が訪朝して故金日成主席と同盟条約に署名70−80年代、北朝鮮はトリポリ空港建設などに多くの建設労働者をリビアへ。その後はミサイル技術者なども派遣、見返りで資金を得た。リビア滞在の経験者は北朝鮮で延べ1万人を超えるという

国連総会第3 委員会・北朝鮮人権状況(拉致等の非難)決議に反対した18カ国は、中国,北朝鮮,マレーシア,ミャンマー,ベトナム,キューバ,ベネズエラ,ベラルーシ,ロシア,ウズベキスタン,アルジェリア,エジプト,イラン,オマーン, スーダン, シリア, リビア, ジンバブエ

北朝鮮の外務省報道官は2011年3月22日、米欧によるリビアへの軍事攻撃について「主権国家の自主権と領土保全を乱暴に侵害し、リビア人民の尊厳と生存権を無残に踏みにじる最大の反人倫犯罪」と非難。朝鮮中央通信の報道。北朝鮮メディアが今回のリビア情勢を報じたのは初めて。

リビアの核開発計画の放棄を受けて国交を正常化した米国は、北朝鮮に再三、リビアをモデルにするよう呼びかけてきた。だが米英仏のリビア侵攻を受け、北朝鮮は、「米国が唱えるリビア核放棄方式は安全の保証と関係改善という甘い言葉で武装解除させた後、軍事的に襲いかかる侵略方式であることが露呈」

英国のヒューズ前駐北朝鮮大使。2011年9月。北朝鮮の高官は同氏に「カダフィが核を放棄したからリビアは北大西洋条約機構(NATO)の空爆を受けた」と語ったという。「北朝鮮は朝鮮半島全体の非核化を唱えているが、詳細に見ると全世界から核がなくなるまでは放棄しないという意味に聞こえる」

韓国軍は最近、エジプトなどの中東情勢を紹介した300万枚のビラを北朝鮮に向けて散布。中東での民主化運動の動きを詳細に紹介。エジプトやリビアの独裁政権と北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記や三男金正恩(キム・ジョンウン)氏を比較し、独裁政権や世襲が長く続かないとの見方を強調した


ロシア


ロシアは2011年9月、リビアで政権樹立を目指す「国民評議会」を正統政府として承認。これまでNATOの軍事介入を国連安保理決議を逸脱していると批判しカダフィ政権と一定の関係を維持してきたが、同政権に見切り。だがNATOのリビア空爆に関しては、国際正義の原則に反していると改めて批判


ベネズエラ


ベネズエラのチャベス大統領が、2011年3月、リビアの最高指導者カダフィ大佐と反体制派との仲介に乗り出す意向を(電話会談で)伝え、カダフィ側がこれを受け入れた。仲介のための国際委員会の設立を提案。中南米や欧州、中東諸国で構成し、ブラジルのルラ前大統領が調停役の代表を務める見通し。

リビアのカダフィ大佐、ベネズエラに脱出か?、ベネズエラ高官は否定。ロイター通信によると、ヘイグ英外相は、2011年2月21日、リビアの最高指導者カダフィ大佐が南米ベネズエラに向かっているとの情報があると発言した。ベネズエラ高官は同通信に対し、そうした情報はない、と否定。


キューバ


キューバのカストロ前国家評議会議長は2011年2月、騒乱が続くリビアに関し、豊富な石油や天然ガスの埋蔵量に触れ、「米国はNATOに命じ数日中にリビアを占領するだろう」とする論文を寄稿。カストロは、反米で共闘した最高指導者カダフィについて「責任を放棄して逃亡するような人物ではない」


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カダフィと交流があった人、関係のある人


「私は直接カダフィに会ったことがあります。人柄は非常にチャーミングで、そばにいると非常に心地よい人。ですので彼に近い人は熱狂的に彼を支持します。彼に近い精鋭と呼ばれる人たちは最後まで彼とともに戦うと思います。数は多くないかもしれないが」 塩尻宏 元リビア大使、中東調査会・常任理事

塩尻宏「カダフィは革命を成功させた後、リビアの石油の財力を“世界中の抑圧された人々を救うため”に使おうとした。国際社会と反目する結果になったが、国内で権力を振り回したかというと、決してそうは思わない。40年政権が揺らがないということは彼の政治理念に賛同する協力者がいることを示す」

塩尻宏。「カダフィは平素“二張のテント”を住まいとしている。権勢を誇示するような「パレス」を作ることはこれまで一度もなかった。大使として日本の大臣の表敬訪問に同席した時も、決して奢った風ではなく、同席者を見まわして「コーヒーはいっていますね」と確認するなど細やかな気配りを見せた」

塩尻宏(元駐リビア大使)の妻、塩尻和子著『リビアを知るための60章』(2006年 明石書店刊) http://t.co/4PdHzMxB

アルカイダのザワヒリによる中東民主化の評価。.┘献廛箸凌栃得権が転覆されたことは良い。▲螢咼△砲弔い討錬裡腺圍呂龍爆を批判。どちらかというとカダフィよりか?イスラム教シーア派のイランと仲の良いシリア政府に対するデモについては(スンニ派の多い)民衆を支持。アルカイダはスンニ派

米メディアは2011年8月、アルカイダのナンバー2、アティヤ・アブドゥルラフマンが米軍の攻撃によりパキスタンで殺害されたと報道。事実とすればアルカイダに大打撃。リビア人で、ビンラディンの信頼が厚くアルカイダの作戦面を取り仕切ってきた。米政府は最高100万ドルの報奨金を懸けていた。

シオニスト政権イスラエルの「市民の抗議の弾圧を専門としたグループ」がカダフィ政権を支援するため2011年3月リビア入り。目的は「カダフィ政権が反政府軍の手に落ちた都市を再び制圧するのを支援すること」。カダフィ大佐とその息子イスラームが政権を存続させるためイスラエルに支援を要請した

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アメリカは利用価値がなくなるとタリバンのように捨てる


ブッシュ前米政権時代のCIAがカダフィ独裁体制を支えたリビア情報機関と緊密な協力関係にあったことを示す秘密文書ファイルがリビアの政府施設から発見。CIAは、捕らえたテロ容疑者をリビアに移送し、尋問の代行を依頼していた。少なくとも8回にわたって実施した。ニューヨーク・タイムズの報道

ブッシュ前米政権時代にCIAがリビアのカダフィ政権と「対テロ戦争」や反体制派対策などで協力していたことを示すとみられる文書が首都トリポリの旧政府施設から見つかった。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が、リビア情報機関の本部で発見し、ロイター通信が報道した。2011年9月

カダフィとCIA。対テロ戦争や反体制派対策などで協力。.螢咼国外にいた現国民評議会司令官についてCIAは「いつでも拘束できる」とリビア側に報告。実際に拘束・送還され当局に拷問された。∧胴颪肋なくとも8回、アルカイダとの関係が疑われたテロ容疑者を、リビアに尋問(拷問)のため移送


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国連事務総長・潘基文への批判


潘基文(パン・ギムン)事務総長の「二重基準」。米国が反対する「パレスチナの国連加盟については国連憲章に沿って加盟国が決めること。事務総長の役割は手続き面に限られている」と消極姿勢。一方、リビアでは欧米の軍事介入を積極支持、コートジボワールでも仏軍介入を支持し武力行使型PKOを派兵

パレスチナの国連加盟について、潘基文事務総長が慎重発言に終始。パレスチナに同情的なアラブ諸国と、親イスラエルの米国の板挟みにならないように、留意。潘はビンラディン殺害で米国を擁護するなど、米国寄りで知られる。リビアなどの人道危機には積極介入を呼びかけており「二重基準」と批判する声


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国際情勢に関する個人的な感想


中東民主化と言っても大きく三つの形。1)独裁政権でも親米政権なら欧米は容認。これがバーレーン、サウジアラビアなど。2)独裁政権が反米的だと欧米は民主化デモの方を支持。これがリビア、シリア、イランなど。3)独裁政権が親米だったが民主化デモが有名になりすぎたため見捨てたのがエジプト等

アメリカに正義などない理由。全てはダブル・スタンダード。ヽ乏発。ユダヤに支配される米経済のためイスラエルの核兵器所有は容認。そのイスラエルに敵対するイラン・イラク等の核開発は認めず弾圧。↓,里燭畸翕譴琶胴颪暴晶腓米蛤枩権及び王政国家を容認し軍事支援。反米のシリア・リビアは弾圧

テロと、独立運動・民主化運動の間に、差はない。現在テロと呼ばれていても、政権を倒し新政権を打ち立てた場合、その組織は革命を起こした英雄に。1789年のフランス革命は大成功。1969年からのIRAは英国に譲歩させやや成功。2011年リビア民主化運動も、平和的デモではなく市民は武装。

アメリカが主導する、国際社会による経済制裁及び軍事介入だが、正義はない。イラン、シリア、リビア等に一方的に制裁を科しているが、アメリカは、中南米の共産主義政権を倒すためテロ活動を行い、大量破壊兵器を持たないイラクに軍事進攻。前者は国際司法裁判所で有罪(ニカラグア裁判1986年)。

リビア・エジプト・サウジアラビア等は、元々、米国など西側陣営に敵対していた。だがイスラエル擁護や石油利権の獲得のため、欧米は独裁政権を支持し(経済・軍事援助で)懐柔。最近は仲が良かった。2011年初頭の各国での民主化デモをマスコミが大きく報じたため、欧米は裏切って民衆側を支持へ。

米英仏のリビア攻撃の矛盾。リビアは主権国家であり外国が政治指導者の交代を強制することは国際法上無理。内政干渉となるため。そこでカダフィが自国民保護の責任を果たさず人権を侵害しているという論理で、軍事介入を認める国連安保理決議に。しかし米英仏は既にカダフィに退陣要求を突きつけている

紛争解決の方法を調べてみると「これでいいのだろうか?」と思うものばかり。1999年シエラレオネでは民衆を虐殺した反乱軍の罪を問わず恩赦。2003年アフガニスタンは日本の金の力で軍閥を懐柔し武装解除。2011年リビアでは市民の「保護の責任」の名のもと多国籍軍が政権転覆を狙う内政干渉

欧米の白人国家にとっては、自国の白人兵士の命の重さは、アフリカの黒人8万5千人分に相当するとの意見がある。だが、その大切な白人兵士の命よりも重要なものがある。それが石油だ。イラクやリビアには石油があるから白人を派兵する。つまり、最も価値があるのは石油。次が白人の命。最後が黒人の命

リビアを米英仏が攻撃している件だが、軍需産業との関係を懸念。万が一の(自国の)有事に備えるためだけに、大量の国家予算を使い続けるのは、費用対効果が悪い。よって、1)軍需産業の振興による経済効果を期待したり、2)日頃の軍事訓練・演習では確認できない、実践での施設破壊効果を検証したい

リビアの米英仏による攻撃だが各国の思索を推察。1)フランスは反政府の国民評議会を既に承認しており新政権樹立後の石油等の利権独占を狙う。2)英国は、フランスだけに利権をわたさず、かつ世界最大の自国の軍需産業の振興か。3)米国は中東に15万人を派兵しているため泥沼化を恐れ早急に撤退。