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目次:


カダフィの悪評、批判とテロ
カダフィと核兵器
リビアのカダフィ大佐を巡る国際情勢
国連安保理の決議と、保護する責任
人権と、国際刑事裁判所
リビアの概要と、石油などの資源
リビアの石油利権を巡る、米英仏、中国、トルコの争い
カダフィ死亡後のリビア
周辺国への波及
カダフィと日本政府
マスコミ、報道、カメラマン
難民
カダフィの息子
まぐろ


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カダフィの悪評、批判とテロ


カダフィ大佐への批判。‘蛤曄政権を血縁者と出身部族で固めた。反体制派の家族や友人にも拷問。70年代パレスチナゲリラや日本赤軍のテロ支援。88年米パンナム機爆破。ぅ▲薀屬僚佞量閏膕愁妊發納国民を空爆。ソ性だけのボディガード。Γ横娃娃糠アラブ首脳会議で自らを「王の中の王」

カダフィはユダヤのシオニズムと米国を敵視しテロ活動等。。丕味六抉隋▲Εンダ暴君イディ・アミン支援。フィリピンのミンダナオ島のイスラムゲリラ支援。ぃ稗劭岨抉隋1986年西ドイツのディスコ爆破。米兵殺害。1988年パンナム機爆破。92,93年に国連安保理が経済制裁を決議

リビアのカダフィ大佐の独裁が42年間、可能だった理由。アメと鞭。ゞ寡歙治。自分にさからうものには、秘密警察を使った弾圧。⊆分に従うものには、国営化した石油利権から、富を与える。

リビアのアブドルジャリル前司法書記(法相)は1988年に起きた米パンナム機爆破事件が、最高指導者カダフィ大佐の命令で実行されたと明らかにした。事件は英スコットランド上空で起き270人が死亡。実行犯のリビア元情報部員が01年に終身刑を受けた。09年、末期がんによる温情的措置で釈放。

ウィキリークスが公表した米外交公電。「ベルルスコーニ伊首相は、軽率でうぬぼれが強く無能」「メルケル独首相は、リスクを避けめったに創造性を発揮しない」「カルザイ・アフガニスタン大統領は、被害妄想に駆られている。」「リビアのカダフィ大佐は、色っぽい金髪ウクライナ人看護師をいつも同伴」

リビアの独裁者カダフィ大佐は、外遊の際など若い女性兵士をボディーガードとしてひきつれて行動する。その女性たちを西側メディアは「カダフィ・ガールズ(Gaddafi Girls)」と呼ぶ。かなりの美人揃い。メディアの憶測によれば、元売春婦の「不幸な」女性たちをカダフィが救い出したとか

テロ支援国家とは、国際的テロリズムを行なう組織に対して支援・援助を行なっているとされる国家。アメリカ合衆国により指定される。1)現在は、イラン、キューバ、シリア、スーダン。2)過去は、南イエメン(1990年まで)、イラク(2004)、リビア(2006)、北朝鮮(2008)。

2010年11月、国連総会第3 委員会・北朝鮮人権状況(拉致等の非難)決議に反対した18カ国をみると、現在の世界の構図が見える。中国は北朝鮮をあいかわらず擁護。社会主義国家(ベトナム、キューバ、ベネズエラ、リビア等)や、悪の枢軸と呼ばれる国(ミャンマー、ベラルーシ、ジンバブエ等)

世界の政治体制は、1)君主制。サウジアラビア(国王)。2)立憲君主制。日本、イギリス、スペイン、ノルウェー、スウェーデン等。3)共和制。大多数の国。4)社会主義体制。中国、北朝鮮、ベトナム、キューバ。5)軍事政権、ミャンマー、スーダン。独裁政権、リビア。暫定政権、ソマリア。


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カダフィと核兵器


反カダフィ派の部隊が制圧したリビア南部の都市セブハ近郊でウランが発見。IAEAは「カダフィ政権がIAEAに申告していたウラン」とし係官を派遣して保全する考え。「放射性物質」と書かれたテープが貼られた黄色い粉末状の物質が入った数千本のドラム缶。天然ウランを精製した「イエローケーキ」

IAEA、北朝鮮と核の闇市場。2011年9月。2003年に核開発計画を放棄したリビアが00〜01年に闇市場を通じて取得した濃縮ウランの原料となる六フッ化ウランは北朝鮮で製造された可能性濃厚。07年にイスラエル軍の空爆で破壊された原子炉とみられるシリアの施設についても、北朝鮮の支援

パキスタンのカーン博士とは、アブドゥル・カディール・カーン、1935年生、核開発の父。1970年代以降、核技術の地下ネットワーク(核闇市場)の構築に力を注ぎ、1998年には原子爆弾実験を成功させた。イラン・リビア・北朝鮮などに核兵器の製造技術を密売。パキスタン政府は関与否定だが?


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リビアのカダフィ大佐を巡る国際情勢


リビアのカダフィ大佐を巡る国際情勢。2011年3月からのリビア動乱に対し、国連は「市民の保護」を謳い軍事介入しようとした。だが米英仏は政権転覆まで主張。後者は国連憲章上「内政干渉」にあたるとして中露が反対。結局国連軍は動かず、NATOの枠組みで米英仏が軍事介入へ。安保理での綱引き

リビアのカダフィ大佐を巡る国際情勢。中国は「新植民地主義」と呼ばれるアフリカの資源獲得とインフラ事業の受注を推進している。米欧がカダフィに経済制裁を科す中でも、ある程度、取引を続けており「リビアを友好国」としていた。だがカダフィの敗北が決定的となって裏切り、反政府軍を政府と認めた

リビアのカダフィ大佐を巡る国際情勢。カダフィは当初イスラム教を前提とした上で高福祉国家でアラブ民族を主体とした民族主義を提唱していた。だが2000年前後からアフリカ民族主義に転換。このためアラブ連盟は2011年3月からのリビア動乱の早期からカダフィを切り捨て米英仏の軍事介入に賛同

アラブ連盟の加盟国。1)原加盟国。エジプト、シリア、イラク、ヨルダン、レバノン、サウジアラビア、イエメン。2)追加加盟国。リビア、スーダン、モロッコ、チュニジア、クウェート、アルジェリア、UAE、バーレーン、カタール、オマーン、モーリタニア、ソマリア、パレスチナ、ジブチ、コモロ

リビアのカダフィ大佐を巡る国際情勢。アフリカ連合は創設者のカダフィを最後まで支持。反政府軍との和解策を何度も模索していた。国際刑事裁判所によるカダフィの「人道に対する罪」による逮捕にも協力しない方針。ギニアビサウ、アルジェリア、ニジェール、ブルキナファソなどは亡命の受け入れを表明


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国連安保理の決議と、保護する責任


リビアのカダフィ殺害までの経緯。チュニジアの『アラブの春』の影響で2011年2月、民主化デモ勃発。軍が発砲し国民を虐殺したため3月、国連安保理が決議第1973。米英仏が軍事介入。反政府勢力は国民評議会を結集し、政府だと主張。8月首都トリポリ制圧。10月、故郷シルトでカダフィを殺害

国連安保理決議1973。リビア政府に対し国民への暴力の即時停止を要求。「カダフィ政権の攻撃の脅威にさらされる市民を守るあらゆる方策をとる」と明記し、武力行使を含む選択肢を可能にした。一方で「外国軍の占領を除外する」とし、アラブ各国・民衆の感情に配慮。リビア上空の飛行禁止空域設定も

国連安保理の決議による米英仏のリビア攻撃の正当性について。1)国連憲章、第2条7項に、内政不干渉の原則があるが、2)第39条に、平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為への「勧告」が可能。3)第41条に、経済制裁等が可能。4)以上の効果が不十分な場合、第42条に、軍事行動が可能。

国連の「保護する責任」はルワンダの虐殺などを教訓に危険にさらされた人間を国家だけでなく国際社会も守る責任があるという考え方。2005年の国連総会の特別首脳会議が採択した「成果文書」に理念として盛られ必要な場合は安保理を通じ共同行動をとると記載。2011年3月リビアで初めての実践例

国連の潘事務総長は「米英仏などによるリビアへの軍事介入は、「国際社会が市民を保護する責任を実践している。不当な内政干渉にはあたらない。リビアのカダフィ政権は軍隊を使って自国民を多数殺害し統治の正統性を失っている。軍事行動の目的はカダフィ政権の打倒ではなく、あくまで一般市民の保護」

国連安保理の決議に基づき、「保護する責任」という大義名分で2011年3月、リビアに多国籍軍が派遣。しかし、英仏はカダフィ政権の体制転覆を明言しており、理念と矛盾する。「保護する責任」において軍事行動が正当化されるのは、「体制転覆が目的でなく、人民を害する能力を無力化」することのみ

米欧の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)は2011年3月27日、それぞれ担ってきたリビアに対する各種軍事作戦の指揮権を、全てNATOが執ることで最終合意。1)飛行禁止区域の監視、2)洋上などでの武器禁輸の監視、3)(今後は)市民の保護を目的とした地上攻撃。以上の全てを指揮


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人権と、国際刑事裁判所


北アフリカ・リビア東部のベンガジで2011年2月中旬、人権活動家の釈放を要求していた反政府デモ隊と、警官隊が衝突。十数人が負傷。リビアでは1969年の王制打倒クーデター以後、最高指導者のカダフィ大佐が独裁的な統治を続けている。リビアは政変が起きたチュニジアとエジプトの間にある国。

リビアのダバシ国連次席大使は2011年2月21日、反体制デモの武力弾圧を続けるリビアの最高指導者カダフィ大佐に退陣を要求。デモの武力弾圧は深刻な人権侵害だとして、国際刑事裁判所(ICC)や国連人権理事会に調査を要請。英BBCに対し、デモ隊への実弾発砲などは「虐殺だ」と述べた。

国連の潘基文事務総長は2011年2月21日、リビアの最高指導者カダフィ大佐と電話会談し、デモ隊への実弾発砲など暴力の拡大に「深い懸念」を表明、武力弾圧を直ちにやめるよう求めた。基本的な自由と人権を尊重するよう求めるとともに、いかなる状況であっても民間人を保護する必要があると強調。

人権系の国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、リビア各都市で行われている2011年2月18日から22日までの4日間の抗議行動での死亡者の推定数は少なくとも233名。デモ参加者に対し、治安部隊は自動小銃による発砲など実弾を使用。 http://www.hrw.org/ja

国連人権理事会は2011年2月25日ジュネーブの国連欧州本部でリビア情勢に関する特別会合を開き国連総会に対しリビアの人権理メンバー資格の停止を検討するよう勧告する非難決議を全会一致で採択。メンバー国の資格停止勧告は初めて。反体制デモに対する無差別攻撃など重大な人権侵害を強く非難。

国連の潘事務総長は「あと数日、いや数時間がリビアにとって決定的な重みを持つことになる」と、一刻も早い国連安全保障理事会の行動の必要性を強調。リビア情勢をめぐる非公式協議が2011年2月25日、開かれ、「明白かつ言語道断な人権侵害が起きており、安保理は明確な行動が求められている」と

国連安全保障理事会は2011年2月26日、1)リビアの最高指導者カダフィ大佐らの資産凍結や、2)リビアへの武器禁輸などを求めた、制裁決議案を全会一致で採択。3)決議は、同政権による反体制デモ弾圧を人道に反する犯罪にあたる可能性があるとして、国際刑事裁判所(ICC)に調査を付託した

多国籍軍による軍事行動が続くリビアで、カダフィ政権が空爆を防ぐため民間人を「人間の盾」に使っていると、在外の反体制派幹部が証言。英軍機が爆撃を一時中止するなど多国籍軍の作戦にも影響が出ている。政府軍が市民の家を壊して住人を連れてきたり、孤児や家政婦らを強制的に集めたりしている。

クリントン米国務長官は2011年2月末、国連人権理事会で「リビアのカダフィは遅滞なく去らねばならない」と即時退陣要求。「傭兵や暴漢」を国民弾圧に利用していると批判し国際法廷での訴追も。EUのアシュトンと意見交換し外国人傭兵や武器流入を防ぐためEUが協力してリビア上空に飛行禁止空域

国際人権連盟(本部パリ)は2011年3月2日リビア全土での死者がこの2週間で少なくても6千人と発表。各都市で政府軍と反政府軍が一進一退の攻防。政府軍は反政府軍が制圧した都市ブレガに対し戦闘機による無差別空爆を実施、武装部隊を市内へ突入。反体制派は政府軍を一度撤退させたが、再び空爆

リビアの市民弾圧をめぐり、国際刑事裁判所は2011年3月カダフィ大佐について人道犯罪などの疑いで本格捜査を開始。ICCは大量殺害、戦争犯罪などを裁く世界初の常設裁判所で2月に国連安全保障理事会から捜査を付託された。「予備捜査で集まった情報から、捜査を始める正当な理由があると結論」

多国籍軍による軍事行動が続くリビアで、カダフィ政権が空爆を防ぐため民間人を「人間の盾」に使っていると、在外の反体制派幹部が証言。英軍機が爆撃を一時中止するなど多国籍軍の作戦にも影響が出ている。政府軍が市民の家を壊して住人を連れてきたり、孤児や家政婦らを強制的に集めたりしている。

国連人権理事会決議で発足した「リビア事実調査委員会」の国際人道法の専門家3人が2011年4月8日、戦闘が続くリビアを近く訪れて政府軍などによる人権侵害を調査すると発表。国連安保理の要請で捜査を始めた国際刑事裁判所(ICC)とも連携。NATO軍や反乱軍も含む、すべての当事者を調べる

リビア政府軍が反体制派を包囲し戦闘が続くミスラタを巡りピレイ国連人権高等弁務官は2011年4月20日、市街地への無差別の攻撃は国際法に違反すると警告。.ラスター爆弾の使用、病院を狙った攻撃は戦争犯罪、市民への無差別攻撃も国際人道法違反、し鎧蔑甦韻蕕蝋餾欸沙裁判所の捜査対象

ピレイ国連人権高等弁務官は2011年4月20日の声明で、リビア政府軍が中部の都市ミスラタを攻撃した際、条約で使用が禁止されているクラスター爆弾(集束爆弾)を用いたとされることを強く非難した。また、医療施設を意図的に狙った攻撃は「戦争犯罪に当たる」と述べ、戦闘停止を訴えた。

国際刑事裁判所(ICC)の検察が2011年5月16日リビア政府による市民の弾圧が人道に対する罪に当たるとしてカダフィら3人の逮捕状を請求。非武装の市民に対し広範で計画的な狙撃の実行などを3人が直接指揮したとみなす強い証拠があると判断。今後ICCの裁判官が逮捕状を出すかどうか決定。

国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)の予審裁判部は2011年6月リビアの最高指導者カダフィ大佐ら3人に対し人道に対する罪の容疑で逮捕状。ICCが国家のトップに逮捕状を出すのはスーダンのバシル大統領に次いで2例目。これで、ICC加盟国(114カ国)は逮捕への協力義務が生じる。

リビアでの人権侵害を現地調査した国連人権理事会の調査団が2011年6月、報告書を提出。リビア政府軍は市民デモを武力鎮圧したなどとし、人道に対する罪となりうる十分な証拠があると発表。2月のデモに対する無差別攻撃を認定しカダフィが軍や治安機関を支配する体制が人権侵害を生んでいるとした

リビアのカダフィ政権の部隊が子どもを含む百人以上の市民を「人間の盾」にするなど民間人をさまざまな形で紛争に巻き込んでいたことがアメリカのNGO「人権のための医師団」がリビアの住民に行った聞き取り調査で判明。2011年8月。カダフィには6月、人道に対する罪で国際刑事裁判所から逮捕状

政権崩壊後も逃亡を続けている、リビアのカダフィ大佐について、インターポール(国際刑事警察機構、フランス・リヨン)は、国際手配し、各国の警察に身柄の拘束と引き渡しへの協力を要求。人道に対する罪で、すでに国際刑事裁判所から逮捕状が出ている、リビアのカダフィ大佐などの3人を国際手配した


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リビアの概要と、石油などの資源


リビア。北アフリカの地中海沿岸にある共和国。1951年イタリアより独立。1969年カダフィ大佐が国王を追放するクーデター。以後、イスラム主義、社会主義、汎アラブ主義等を変遷。1970年代からテロ支援国家。2001年の同時多発テロ以後は米国と協調路線。近年は親アラブから親アフリカへ

人口密度(人/km2)、少ない順に、1)モンゴル1.71、2)ナミビア2.63、3)オーストラリア2.77、4)アイスランド3.11、5)スリナム3.17、6)モーリタニア3.21、7)ボツワナ3.35、8)カナダ3.36、9)ガイアナ3.54、10)リビア3.65

石油の埋蔵量が多い国(BP、2009年、億バレル)、1)サウジアラビア2641、2)イラン1376、3)イラク1150、4)クウェート1015、5)ベネズエラ994、6)アラブ首長国連邦978、7)ロシア790、8)リビア437、9)カザフスタン398、10)ナイジェリア362

「資源開発環境調査 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリーヤ国」独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) http://t.co/Gu6H9OxA

原油先物は2011年8月22日の取引で下落。石油輸出国機構(OPEC)加盟国であるリビアの首都陥落を受け、同国からの原油供給再開観測が台頭。アナリストは、数カ月以内に1日当たり最大100万バレルの生産も可能とみる。反体制派が首都トリポリに進軍、半年にわたる内戦が終結する公算が大。

リビアはアフリカ最大の産油国。日量180万バレルを誇る石油採掘も油田を運営する欧州企業が2011年2月23日までに相次いで生産を縮小。通常にくらべて日量約40万バレルが減っている。トリポリなど主要な港でも、安全が保証されないとして物流が停止。石油の先物取引価格の上昇に拍車がかかる

リビア政府軍は2011年3月上旬、反体制派の首都トリポリへの西進を阻止するため、地中海沿岸の石油関連都市に繰り返し空爆攻撃を仕掛けた。港湾都市ラスラヌフなどで無差別空爆で民間人の被害も。海運業者は「大半の石油関連の港は閉鎖している。仮に開いていても危険で作業ができない」と語った。

リビア情勢。重要な石油関連施設がある中部の都市を相次ぎ奪還したカダフィ政権は2011年3月13日、「勝利は確実となり、分離主義者たちを葬る」との声明。リビア軍報道官も、「政府軍は暴徒を一掃し、残る地域の解放に向けて進軍しつつある」と述べて全土の掌握に自信を示した

カダフィ政権の政府軍との交戦を続けるリビアの反体制派が2011年3月26日に東部の要衝アジュダビヤに続いて石油積み出し港のブレガを奪還。27日には石油輸出拠点ラスラヌフを掌握。政府軍からの抵抗はなかった。多国籍軍による空爆で戦力を奪われたため首都トリポリに残る戦力を集結させた模様

カタール政府は、リビアの反体制派でつくる「国民評議会」を同国の代表として承認。2011年3月28日、同国外務省筋の発言。評議会の承認は、フランスに続き2カ国目となる。カタールはリビアへの空爆を続ける多国籍軍に参加。カタールの石油会社が、リビア反体制派から原油を輸入する契約を結んだ

リビア反体制派がカダフィ政権の本拠、首都トリポリを包囲しつつある。国際移住機関(IOM)はトリポリに残る外国人労働者の移送の検討を開始。反体制派は2011年8月トリポリの東方ズリタンを制圧。西方のザウィヤ、南方のガリヤンとあわせトリポリを三方から囲む。石油積み出し施設ブレガも奪還


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リビアの石油利権を巡る、米英仏、中国、トルコの争い


原油先物は2011年8月22日の取引で下落。石油輸出国機構(OPEC)加盟国であるリビアの首都陥落を受け、同国からの原油供給再開観測が台頭。アナリストは、数カ月以内に1日当たり最大100万バレルの生産も可能とみる。反体制派が首都トリポリに進軍、半年にわたる内戦が終結する公算が大。

トルコのエルドアン首相は2011年9月、エジプトに到着、トルコ首相として15年ぶりにエジプトを訪問。ムバラク政権崩壊後のエジプトと関係を強化し中東への影響力を拡大。続いてカダフィ体制崩壊後初の外国指導者としてリビア入り。中東で民主主義体制を持つ唯一の国として民主化支援を内外に示す

英キャメロン首相、仏サルコジ大統領、トルコのエルドアン首相、米国の国務次官補がリビア入り。2011年9月。リビアは原油の確認埋蔵量で8位の資源大国。民主化支援の名目で、資源の利権拡大などをにらんだ主要国の主導権争いが早くも活発化。だがまだ、一部地域ではなお戦闘が続いている。

フランスのサルコジ大統領と、イギリスのキャメロン首相がリビア訪問。2011年9月。訪問には、サルコジ大統領にリビア介入を強く進言したフランスの哲学者ベルナールアンリ・レビも同行。レビはこれまでも世界各地の人道危機で国際社会の介入の必要性を主張。メディアに頻繁に登場し、影響力を持つ

サルコジ仏大統領とキャメロン英首相が2011年9月にリビアを訪問。北大西洋条約機構(NATO)など多国籍軍のリビア軍事介入を主導した英仏両国の首脳は、今回の訪問で民主化支援などを訴える模様。首都トリポリで反カダフィ派「国民評議会」のアブドルジャリル議長ら首脳と会談。ベンガジで演説

ベルナール=アンリ・レヴィ(ベルナールアンリ・レビ)。1948年生。フランスの哲学者、小説家。1968年五月革命(ベトナム戦争反対の学生運動等)。80年NGO『飢餓に対する行動』創設。2003年イラク戦争を支持。2011年リビア騒乱で反体制派を支持し旧知のサルコジに軍事介入を依頼

態度を保留してきた中国政府が、2011年9月になってようやく、リビアの反カダフィ派の代表組織「国民評議会」を正式に承認した。既得の石油利権を維持するために、カダフィ政権と国民評議会をてんびんにかけていた模様。国民評議会側が「条約や合意事項を適切に順守する」と約束したことを受け承認

リビアの石油利権獲得のため、英仏は「先発制人(先んずれば人を制す)」とばかりに反カダフィ派を軍事支援した。一方、中国政府が採ったのは「後発制人」。まず一歩譲って有利な立場を占めることによって相手を制する、という戦術。反カダフィ派は中国に国家承認をしてもらうため、石油利権を保障した


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カダフィ死亡後のリビア


リビア、カダフィ死亡後の再建の困難さ。,泙聖団蠕府すらない。¬閏膽腟舛侶亳海全くない。議会も、政党も、憲法もない。国民評議会は内部対立(民主国家を目指す勢力とイスラム国家を目指す勢力)。100を超える部族が対立、さらに地域同士の対立。内戦の恐れ。だ侈利権を巡る国内外の争い

国連の潘基文事務総長は2011年10月、リビアの元最高指導者カダフィ大佐殺害の報道を受け声明を発表し「リビアにとって歴史的転換の日だ」と強調。潘事務総長は「これからの道には多くの困難が待ち受けている」と指摘。「今こそ全リビア国民が一丸となる時だ」と訴え結束と和解を進めるよう求めた

オバマ米大統領は2011年10月、リビアの最高指導者カダフィ大佐の死亡により「強権支配の時代は幕を閉じた」とした上で、米国はリビアのパートナーであり、北大西洋条約機構(NATO)軍による北アフリカでの任務も早期に終了する考え。「リビア国民にとって長く苦しい時代が終わりを告げた」

カダフィ大佐と面識のある日本リビア友好協会会長の小池百合子衆院議員(59)は2011年10月、カダフィ死亡の報道を受け、「強い演説で導く最高指導者には、落ち着きのない一面もあった」と振り返り、「恐怖による支配は終わったが、暫定政権の今後は綱渡りになる可能性もある」との見方を示した

在日リビア人留学生、カダフィ死亡に対し「表現の自由がなかった。不満をやっと口にできる」「国内の部族間でもめ事が起こらないか心配」「最初は問題が起こると思う。普通の選挙を行うのは難しいが全ては第一歩から」「法律に基づいた国をつくることと市民が言いたいことを言える国になることを期待」


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周辺国への波及


シリアのアサド政権による反体制派市民の虐殺。2011年7月末。。厳遒らの断食月(ラマダン)では夕方からモスクに人々が終結するため大規模なデモが発生し易い。事前に手を打ったもの。欧米は経済制裁を追加する。1儿颯悒ぅ鯵袷蠅リビアのような軍事介入には否定的。し海鰐い誓権に忠誠。

シリア政府による民主化勢力への武力弾圧は2011年3月から死者1700人。だが国際社会はリビアと同様の軍事介入はしない。背景には、_霪が宗派間紛争を誘発する危険、同じシーア派系のイランの反応に対する懸念、自国の石油等の権益に関する思惑、と紳寮派側にも外国の直接介入への反発

リビア反体制派の首都進攻を受け、政権からの弾圧が続くシリアでは、反体制派による歓迎デモ。2011年8月22日。ユーチューブに「中部ホムスで行われたリビア反体制派を支持するデモ行進」という映像を掲載した。「おめでとう。カダフィ(大佐)は去った。次はバシャル(アサド大統領)、お前だ」

リビアの反政府勢力がカダフィ政権を軍事的に追い詰めるなか、これに触発されて中東のシリアとイエメンでは、政権打倒を目指す反政府デモが勢いを盛り返した。2011年8月22日。.轡螢△任蓮屮▲汽鼻⊆,呂前だ」と叫ぶデモに対し、政権側は徹底抗戦を明言。▲ぅ┘瓮鵑任録万人が座り込み抗議

イスラム教の金曜礼拝日にあたる2011年8月下旬、シリア各地でアサド大統領退陣を求める抗議デモが発生し数万人が参加。治安当局の発砲で人権団体によると少なくとも3人が死亡。リビアのカダフィ大佐の独裁体制が民衆蜂起で崩壊したことに触発され、シリアでも政権打倒を目指す機運が高まっている

中国でネット規制が強化へ。リビアのカダフィ政権崩壊の影響で、中国も民主化運動の激化を警戒。中国在住で私のツイッターやツイログを見ていた人は見られなくなるとの連絡あり。ミクシーにツイッターを転送しているので、見たい方はミクシーでマイミク申請をどうぞ。プロフィール検索で「山本敏晴」を

国連安保理は2011年10月シリアの反体制派弾圧を非難する決議案を露中の拒否権行使で廃案とし安保理によるシリアでの「アラブの春」支援の道は閉ざされた。露中の行動は欧米のリビア攻撃に対する事実上の報復で内政不干渉を主張する非常任理事国のインド、ブラジル、南アフリカとの共闘路線も確立

リビア政権崩壊の影響。イエメン。サレハ大統領は反政府勢力からの攻撃で2011年6月に重症を負い隣のサウジアラビアに出国。デモは再び活発化しているが、国際社会からの強い後押しはない。サレハ政権が急に倒れた場合、イエメンに活動拠点を広げた国際テロ組織アルカイダの活動が野放しになるため

リビア政権崩壊の影響。シリア。アサド政権の武力弾圧でも反政府デモは止まず。欧米はアサドに退陣要求と石油の輸入を禁止する経済制裁。だが軍事介入まではしない。政権が急に無くなると無政府状態から内戦となり中東全体が大混乱になると判断。またアサドは少しでも妥協すると自分の命もないとの考え

西サハラ問題とは、スペイン統治後の1975年、モロッコとモーリタニアが分割統治を始めた所、それに対抗して独立を目指す「ポリサリオ戦線」が1976年アルジェリアとリビアの支援を受けサハラ・アラブ民主共和国の樹立を宣言。1979年モーリタニアは領有権を放棄したがモロッコとの対立が激化


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カダフィと日本政府


外務省、リビアにおける武力衝突により発生した避難民に対する緊急無償資金協力、2011年3月。500万ドル。国連が発表した支援要請を踏まえて,国連難民高等弁務官事務所(UNHCR),国連世界食糧計画(WFP),国際移住機関(IOM)と協力 http://bit.ly/h7xqOf

外務省、リビア情勢に関する国際連合安全保障理事会決議第1973号の採択、2011年3月。決議第1970号が採択されたにもかかわらず依然としてリビア当局による自国民に対する著しい暴力が継続。17日、リビア領空における飛行禁止区域の設定や制裁 http://bit.ly/ih3sG0

松本外相は2011年3月20日、米英仏のリビアへの軍事介入に対し「日本政府はリビア当局による自国民に対する暴力の即時停止を求める立場から国連安保理決議にのっとって国連加盟国が措置をとることを支持する」として軍事介入を肯定。「「即時の停戦を目的としてあらゆる外交努力が行われるべき」

外務省、国連安保理決議第1973号に基づく軍事行動について(外務大臣談話) 日本は、国連加盟国が措置をとる(リビアに対して軍事行動をする)ことを支持。 http://bit.ly/gt3TMS

内戦が続くリビアのカダフィが日本に銀行預金や債券など3500億円分の資産。日本は国連安全保障理事会のリビア制裁決議後、国内法に基づいて2011年3月に資産凍結。リビアの在外資産は判明分だけで14兆円。イタリアの自動車会社やサッカーチーム等に投資。日本でも太陽光発電やナノテク分野へ

外務省、第1回リビア・コンタクト・グループ会合の開催、2011年4月13日。3月29日に開催されたリビアに関するロンドン国際会議で設置が決定。リビア情勢に関する国際的取組みに,リーダーシップと全体的な政治的方向性を提供することなどを目的 http://bit.ly/hXLmed

リビア反体制派の国民評議会代表で暫定政府首相を務めるジブリル。2011年7月。欧米主要国が「唯一の正統な統治組織」として承認するなか「日本も戦略的な決断をすべき」と述べカダフィとの関係断絶を要求。「日本や中国にとって我々を承認するかは選択肢ではない。実態を認めるかどうかの問題だ」

外務省、リビア情勢について(外務大臣談話)2011年8月末。1.我が国は,カダフィ政権が事実上崩壊し,暫定国民評議会が本拠地をトリポリに移したと発表したこと等から,リビアの状況が新たな段階を迎えたことを歓迎。国民評議会が掲げたロードマップ http://t.co/GfqfKMF

外務省、新生リビア支援国際会議の開催、2011年8月末。9月1日,フランスのパリにおいて,新生リビア支援国際会議が開催。サルコジ・フランス大統領及びキャメロン・英国首相のイニシアティブにより開催され,国際社会全体で政治移行を支援 http://t.co/yFLv3hU

パリで開かれたリビア支援国会議に参加した約60カ国は2011年9月1日、カダフィ政権に科していた制裁のうち資産凍結を解除する方針で一致。緊急人道援助などに充てるために現時点で解除される資金は、総額約150億ドルにのぼる見通し。日本も44億ドルの資産を凍結しており、今後、一部解除へ

外務省、野田総理大臣と潘基文国連事務総長の会談2011年9月。.螢咼◆Щ饂催犒襪魄貮解除し暫定国民評議会による国作りを後押し。南スーダン:得意分野で貢献。司令部要員2名を派遣する。要請の自衛隊施設部隊については現地調査を行った上で結論を http://t.co/eeaeMUnd

外務省、リビア・フレンズ会合(新生リビア支援国際会議)(概要と評価)、2011年9月。サルコジ仏大統領,キャメロン英首相が共同議長。_嵯鬟ぅ好薀爐婆閏臈なリビアを構築、▲ダフィを拘束できていないことから脅威は存在。軍事的支援を引き続き http://t.co/WgTcSPF

外務省、トリポリ調査ミッションの派遣、2011年9月。長岡中東第一課長を団長とする外務省調査ミッションが,リビアの首都トリポリを訪問。2月に在リビア日本国大使館を一時閉館して以来,我が国政府関係者による初めてのトリポリ訪問 http://t.co/mkIPD1jE

リビアは石油埋蔵量が世界8位で主に欧州に輸出。だが日本も無関係ではない。1)中東の不安定化から原油価格高騰。2)2005年、日本政府とカダフィ政権は協力関係にあり8つの新規石油鉱区を日本企業に落札させた。だが2011年の民主化デモを受け米英仏の軍事介入を日本政府は支持。裏切った形

外務省、国連事務総長主催リビア・ハイレベル会合の開催について、2011年9月。玄葉光一郎外務大臣が参加。日本は緊急の医療支援実施やカダフィ旧政権の凍結資産の一部解除決定等の取組みを紹介し,自らの知見・経験や技術を活用し国際社会と連携し貢献 http://t.co/g9xcKVVs

外務省、リビアにおける武力衝突により発生した負傷者支援のための緊急無償資金協力、2011年9月。200万ドル。既に実施した500万ドルの緊急無償資金協力等と併せ,総額約820万ドル。ICRCと協力しながら,早急に支援を実施 http://t.co/np8H0lZ

「日本はリビアの油虫(ゴキブリ)になるな」(ODAジャーナリスト杉下恒夫)「2011年9月9日付けの読売新聞「よみうり時事川柳」欄に、「新生リビアに群れる油虫」という一句。英仏は殺到し、軍事介入の後、今度は資源外交。日本は今の所、静観。」 http://t.co/oHmwICDb

外務省、リビア情勢について(外務大臣談話)、2011年10月。20日,リビア国民暫定評議会は,リビア北中部の都市シルテを制圧し,カダフィ元指導者が死亡した旨を発表。我が国としては,リビアにおける武力衝突が終息し,治安状況が一刻も早く安定 http://t.co/85vGXrab


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マスコミ、報道、カメラマン


内戦状態のリビアでカダフィ政府軍が外国人ジャーナリストらの拘束などを続行。2011年2月以降、少なくとも二十数人が拘束され、うち7人は今も所在が不明。外国人に協力したリビア人記者への弾圧も起きている。また、2人の外国人記者が戦闘に巻き込まれて死亡(アルジャジーラのカメラマンら)。

リビア西部ミスラタで2011年4月20日、英国と米国のカメラマン2人が戦闘に巻き込まれ死亡。英国人のカメラマン兼映画監督のティム・ヘザリントンと米国人カメラマンのクリス・ホンドロス。ヘザリントンは2007年の世界報道写真賞を受賞、アカデミー賞のドキュメンタリー部門にもノミネート。

ティム・ヘザリントン(Tim Hetherington、1970-2011年)。英国の報道写真家。リベリア、コートジボワール、ダルフール、スリランカ、アフガニスタン等の取材。2007年、世界報道写真賞。アフガニスタン映画「Restorepo」でアカデミー賞ノミネート。リビアで死亡

アル・ジャジーラは1996年に放送を開始したカタールのニュース専門の衛星テレビで、2003年のイラク戦争の報道などで国際的に注目された。2011年「中東の春」でもチュニジア、エジプト、リビアなどの動きを伝えたが、一方でカタールと同じ湾岸諸国での民主化運動の報道には消極的との批判。


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難民


リビアの旧宗主国イタリアのフラティニ外相は2011年2月リビアの反政府デモによる「死者数は1千人以上になる」と発言。リビア政府の公式発表は300人。「今後、リビアからの難民が欧州各国に押し寄せる。EUは分担するべき」と述べ、既にチュニジアからの難民で負担を強いられている状況に不満

国連難民高等弁務官事務所は2011年2月27日、政府と反体制派の衝突が続くリビアから、隣国のチュニジアとエジプトに逃れた人たちが計10万人近くに達したと発表。大半がチュニジア、エジプト出身者だが、リビア人や中国人も含まれる。西のチュニジアには4万人以上、東のエジプトには5万人以上

UNHCRによるとリビアから周辺国に流出した人は10万人。5万人がチュニジアへ。避難者は出稼ぎ労働者で大半はエジプト人。リビアには100万人を超えるエジプト人労働者がいるが同国もムバラク政権が崩壊したばかり。難民キャンプは数百人しか収容できず強風のなか周辺の砂地に毛布を敷いて寝る

リビアからチュニジア側に逃れた多数の避難民の「大移動」が開始された。2011年3月。多くを占めるエジプト人出稼ぎ労働者の帰国用にエジプト軍が艦船を派遣したほか、米英やスイスの資金援助で国際移住機関(IOM)がチャーター機を用意。だが7万5千人のうち帰国できたのはまだ僅か3850人

イタリア最南端ランペドゥーサ島沖60キロのマルタ領海で2011年4月6日リビアを脱出した難民300人を乗せた船が沈没。国際移住機関によるとイタリア沿岸警備隊が50人を救出したがソマリアやバングラデシュの外国人労働者250人以上が行方不明。島にはチュニジアの政変以来、難民が押し寄せ

国連は2011年4月13日、反体制派と政府軍が攻防を続けるリビアで、停戦が合意された場合の国連平和維持活動(PKO)部隊派遣について検討を開始。潘基文事務総長は戦闘開始からこれまでに49万人がリビア国外に脱出し避難民は33万人に上ると指摘、最悪の場合、360万人に人道支援が必要

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報道官は2011年4月20日ジュネーブで、リビア北東部のベンガジ地区に集まる難民は推定10万人近くに上っていると発表。大多数の難民はベンガジの民家に住んでいるが、6千人ほどが数カ所の難民キャンプで生活。また「活動中の国際人道組織は資金不足」

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「世界難民の日」にあたる2011年6月20日「グローバル・トレンド(世界の傾向)2010」報告書。2010年末現在、紛争などで強制的に移動させられた難民・避難民は約4370万人で、過去15年で最多。2011年チュニジアやリビアから4万人以上


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カダフィの息子


リビアの最高指導者カダフィ大佐の次男で反体制派に拘束されたと伝えられていたセイフルイスラムが2011年8月23日未明、突然首都トリポリ市内に姿を現し、外国人記者らの前で「私は拘束されていない」と主張、首都をほぼ掌握したという反体制派の主張はでたらめだと訴えた。アルジャジーラの報道

セーイフ・イスラーム・カダフィ、2005年1月。ダボス会議。「古い時代は終わり、リビアは近代化の新たな段階に移る用意が出来ている。こうした移行は、ロシアやエジプトのように一握りのオリガルヒ階級ではなく、リビア国民が新たな開放と所有を享受出来るような方法で行われる。我々は決意した」

ニジェールで亡命を要請しているカダフィ大佐の三男サアディについて、ニジェール政府がリビアに送還しない方針。2011年9月、ニジェール政府の報道担当者が「公平な裁判が望めず、死刑になる危険がある場所に追いやることはできない」。サアディは、ニジェールに車列を組んで約10人と共に入国。

リビア。2011年9月。反カダフィ派の国民評議会は、カダフィが今もリビア国内に潜んでいると見ている。恐らくシルト。カダフィの娘や妻はアルジェリアに出国。三男サアディはニジェールに逃れている。次男セイフルイスラムは、カダフィ派軍が立てこもる西部バニワリードで目撃されたとの情報も。


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まぐろ


争乱の続くリビアが、2011年2月下旬にあったクロマグロなどの保存をめぐる「大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)」の会議を欠席していたことがわかった。クロマグロ漁は会議の承認が必要で、地中海全体の約7%の漁獲枠を持つリビアは、今季の漁が難しくなり、日本の輸入も減りそうだ。