山本 敏晴(やまもと としはる、1965年12月8日 - )は、
日本の医師、医学博士、写真家、国際協力活動家、企業の社会的責任(CSR)の啓発運動家。
宮城県仙台市出身。特定非営利活動法人(NPO法人)宇宙船地球号の代表。

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概要

1978年、小学校の時、南アフリカ共和国を訪れアパルトヘイトに衝撃を受ける。中学校の時、親から一眼レフカメラを買ってもらう。以来、開発途上国を中心に数多くの国を訪問し、撮影、写真展を行っている。

また、医学部を卒業し博士号を取得した後、2000年頃より複数の国際協力団体に登録し、アフリカや中東などで医療系の援助活動を行った。

2004年から自身の団体「NPO法人・宇宙船地球号」を創設し、

1.国際協力師(プロとして有給で国際協力を行う人々)の育成
2.企業の社会的責任(CSR)の推進
3.お絵描きイベント(世界中の人々に大切なものの絵を描いてもらい、それを通して各国の社会問題を紹介する事業)
を行っている。

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国際協力師と国際協力士

「国際協力師」とは、山本の造語であり、プロとして国際協力を行っている全ての人々を指し、具体的には国際機関職員(国連職員等)・政府機関職員(JICA職員等)・民間組織(非政府組織(NGO)の有給職員、開発コンサルタント、社会的企業職員(社会起業家)、一般企業のCSR担当者等)のことであると著書に記載してある。2006年に著作した「世界と恋するおしごと」の中で記載され、その後NHK、毎日新聞等のメディアで紹介された。2007年、文部科学省との連携事業として、公立の小中学校の希望校で、総合学習などの枠組みで「国際協力師という新しい職業があること」に関する授業や講演を実施。同年「国際協力師になるために」を出版し、プロとして国際協力を行っていくための具体的なキャリアプラン等について記述した。またウェブ上でも「未来の国際協力師たちへ」と題して、個別にキャリアプランの相談に応じる事業を、かつて行っていた。そのうち12例についてはウェブ上に公開されている。

これに対し、外務省等は「国際協力士」(最後の「し」の漢字が異なる)の国家資格化を検討している。これは山本の提唱する「国際協力師」とは別の概念である。外務省が所管する国際協力機構(JICA)の事業の一つとして青年海外協力隊があるが、そのボランティア活動が日本の企業に評価されないことが多く、帰国後、国内の企業に就職することが困難な状況になっていた。ニートやフリーターになることが多かったため、その救済策として、1999年の第145回国会・外務委員会において(青年海外協力隊のOB会である)社団法人青年海外協力協会の貝塚光宗理事長が「国際協力士(仮称)の資格制度導入」を提案した。これは再度、国際協力の分野に関わるどこかの組織に就職できる可能性を増やすことや、あるいは一般の企業にも過去の業績を評価してもらうための方策(配慮)だと考えられる。その後、2008年6月に新聞で外務省とJICAが「国際協力士制度の創設を検討」していると報道があった。2010年9月、JICAが「グローバルな国際協力人材の養成確保へ」の中で「国際協力士(仮称)の資格、実現可能性(フィージビリティー)調査」を公示した。

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略歴

1984年 - 宮城県立仙台第二高等学校卒業。
1990年 - 東京慈恵会医科大学卒業、医師免許取得。
1996年 - 同大学博士課程を修了。医学博士取得。
1998年 - 2001年、西部腎クリニック院長。
2000年 - 国際協力機構(JICA)の緊急援助隊、国境なき医師団などに同時に登録。
2001年 - 国境なき医師団の活動として西アフリカ・シエラレオネ共和国で医療援助。
2002年 - 日本医療救援機構(MeRU)の活動としてアフガニスタンで医療援助など。
2003年 - 2005年、国境なき医師団・日本理事。
2004年 - NPO法人「宇宙船地球号」を創設。同団体の理事長兼事務局長(現職)。
2004年 - カンボジアで現地NGOと協力し学校建設を続けていた叔母(母の妹)と連携事業。
2005年 - 国際協力機構(JICA)の本邦研修の講師。
2005年 - 日本ユニセフ協会「国際協力人材養成プログラム・国際協力講座」講師。
2007年 - CSRランキング(企業の社会的責任ランキング)を日本企業に対して開始。
2007年 - 文部科学省との連携事業で「国際協力師という新しい職業の紹介」を各地の小中学校で実施。
2008年 - 映画「ツバル 大切なものに導かれて」を全国各地で無料で公開。

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生い立ちと、理念「本当に意味のある国際協力」

宮城県仙台市の開業医の家で生まれており、比較的裕福な環境で育つ。7歳上の姉が漫画が好きだったため、家には少年漫画・少女漫画の雑誌があふれており、山本はそれらを読んで育った。特に手塚治虫の作品に魅かれ、「火の鳥」が最も印象に残った作品だとブログ等で述べている。火の鳥の第二巻「未来編」などにおいて、世界人口の増加からくる環境破壊で人類が地下シェルターに住むようになり、それでも核戦争で滅亡してしまう様子に衝撃を受け、以後、「世界人口の増加問題」と「人類の滅亡」というキーワードに、執着するようになる。

中学校時代から一眼レフカメラで撮影をするようになり、開発途上国を中心に世界を旅行した。理由は、国際協力に興味があったからではなく、単に「他人と違った写真を撮った方が良い写真だと思ってもらいやすい」という、写真家としての不純な動機であった。しかし、訪れた先で各国際協力団体の活動を目の当りにした所、その活動内容が「あまりにひどかった」ため(どのようにひどかったかは、後述の6点を参照)、逆に山本は「俺だったら、こうするのにな」と考えるようになり、以後、国際協力に関心を持つようになる。

医学博士取得後、クリニックの院長となるが、35歳を目前とし、「人生が半分終わったような気がする。気になることはやっておこう」と思い、写真家としての活動を再開し、国際協力の活動もスタートする。当時の山本の国際協力の理論は、西アフリカ・シエラレオネでの医療活動について書かれた、自著「世界で一番いのちの短い国」に詳しい。その後書きにて、「本当に意味のある国際協力」の形として、以下の6点を挙げている。

1.医療だけでなく現地の人々への教育(技術の指導)も行い、自身が帰国した後も病院等を維持できるシステムを作る。

2.現地の文化・風習の尊重。西洋文明や価値観を押し付けない。

3.悲惨さを誇張せず、彼らも対等の立場の人間として認識する。

4.子どもを助ける活動をする場合、同時に家族計画(ファミリープランニング)も同時に行い、人口増加問題が起きないようにしなければならない。

5.お金をあげるのではなく貸し、現地住民の自主性・自発性を盛り立てる仕組みを作る。

6.無償で奉仕する人間がいるということを世界に示す。

以後、アフガニスタンでの医療活動や、カンボジアでの教育関係の活動、世界中での「お絵描きイベント」を通して、山本の言う「本当に意味のある国際協力」の形は変遷を遂げている。2011年のツイッターに書かれた内容では、以下のように記載されている。

「国際協力をしたい」という人からよく相談を受けるが、多くは「自分が海外に飛び出して活躍したい」という内容が多い。私はそのような国際協力は勧めていない。「本当に意味のある国際協力」とは、「現地の人々のニーズ(需要)にあった援助をする」か、または「世界全体の持続可能性に貢献する」こと

『本当に意味のある国際協力』とは、自分がやりたいことをやって『自己満足にひたる』のでも、自分に専門性があることをやるのでもなく、『それ』が必要なことであれば、自分がどんなにやりたくないことでも実行し、専門性が必要ならそれを身につけていこうと努力してゆく、『姿勢』を言うのである。

国際協力は自己満足であってはいけない。1)数字で結果を出す、2)持続可能性、3)現地文化尊重、4)現地住民の主体性(ownership)、5)現地のニーズ把握、6)社会的弱者に配慮、7)環境及び社会性へのアセスメント、8)定期的PDCA(Plan,Do,Check,Action)

国際協力をしようと言う人は多いが、ほとんどの人が「自分がやりたいこと」をやる。だから、教育・女性の権利・子どもの命を救うなどに集中。私は「自分がやりたくないこと」であっても「客観的に考えて最も世界に必要なこと」から行動したいと思う。また可能なら、そうした考えの人を増やしていきたい

「本当に意味のある国際協力」を実施するためには、国際協力の実施機関である、国際機関(国連・世銀等)、政府機関(JICA等)、民間組織(NGO、社会的企業、CSR)が、三つ巴の関係となり、お互いのプロジェクトを批判・評価し合う体制が望ましい。そのために「開かれた議論の場所」の設置を

人間とは、どこまでを「自分と同じ仲間」とみなすかで行動が変化する動物。自分だけが豊かなら良いか?家族もか?友達までか?同じ民族あるいは同じ国までにする?同じ人間までか?それとも同じ生き物?あるいはそれすらもとりはらって、この宇宙に住む「同じ存在」として、ひたすら共存を望むべきか?

自分が関心を持つ範囲をどこまで広げるかで生き方が変わる。自分だけ、家族まで、友達、同じ日本人、人間全部、生物全部。どこまでを「お互いの利益を守り共存しよう」と思うかで行動選択が変わり善悪の判断も変わる。国際協力とは主に「人間全部」を対象とし一部「生物全部」を対象として行動する姿勢

世界の最大の問題は二つ。/洋爐凌邑増加と、一人一人の人間が、より豊かな生活を求め、また既に得た豊かな生活を捨てられないこと。世界自然保護基金によれば、70億人が日本人のような生活をした場合、地球が2個以上ないと、資源が枯渇し、環境問題が勃発し、今のような生活を維持できなくなる

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著書

世界で一番いのちの短い国 シエラレオネの国境なき医師団(2002年、白水社)
アフガニスタンに住む彼女からあなたへ 望まれる国際協力の形(2004年、白水社)
世界と恋するおしごと 国際協力のトビラ(2006年、小学館)
国際協力師になるために(2007年、白水社)

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写真集、写真絵本

シエラレオネ 5歳まで生きられない子どもたち(2003年、アートン)
彼女の夢みたアフガニスタン(2004年、マガジンハウス)
あなたのたいせつなものはなんですか? …カンボジアより(2005年、小学館)
地球温暖化、しずみゆく楽園ツバル あなたのたいせつなものはなんですか?(2008年、小学館)
ルーマニアどこからきてどこへいくの あなたのたいせつなものはなんですか?(2009年、小学館)
HIV/エイズとともに生きる子どもたちケニア あなたのたいせつなものはなんですか?(2009年、小学館)

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写真展

キヤノンンサロン『ペルシアの末裔』2002年
ニコンサロン『天寿五年の瞳』2002年
オリンパスギャラリー『平和という贈りもの』2003年
スペインのバルセロナにてONG主催『Ayuda en acci (Help in action)』2004年
ニコンサロン『彼女の夢みたアフガニスタン』2004年
ブラジルのサンパウロ市公会堂『Sierra Leone』2004年
米国のニューヨークJapan Society『The Afghanistan, she dreamed of』2004年
キヤノンギャラリー『あなたのたいせつなものはなんですか?』2005年
ペンタックスフォーラム『沈みゆく島の大切なもの』2008年
ペンタックスフォーラム『ルーマニアの記憶』2010年
ニコンサロン『HIV/エイズとともに生きる子どもたち』2010年

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外部リンク

山本敏晴 (yamamoto1208) - Twitter
https://twitter.com/#!/yamamoto1208

山本敏晴の日記 - 本人のサイト
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/

NPO法人・宇宙船地球号 - 公式サイト
http://www.ets-org.jp/

お絵描きイベント(NPO法人 宇宙船地球号)ウェブ版 - 公式サイト
http://painting.sblo.jp/

2010年版CSRランキング 〜NPO法人 宇宙船地球号〜 - 公式サイト
http://www.ets-org.jp/csr2010/

未来の国際協力師たちへ(NPO法人 宇宙船地球号)ウェブ版 - 公式サイト
http://www.ets-org.jp/mirai/


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あいまい語回避 (同姓同名の問題)

山本敏晴という単語をグーグルで検索すると、
1)クレディ・セゾン・グループの役員で社長などを歴任している人、
2)北海道の馬主、
3)白血病等の血液疾患の研究者、
4)国際協力をしている医師で写真家、
などが見つかる。
今回の記事は、4)について、である。

参考:
山本敏晴ではない山本敏晴さん 1269字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65320239.html