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目次:

概要
南京虐殺に関する様々な説
日中歴史共同研究委員会
河村たかし名古屋市長が南京虐殺を完全否定、2012年
外務省
中国人の意見
アウシュビッツ収容所のガイドの意見
村山首相、村山談話、1995年
細川首相、朝鮮半島での謝罪、1993年
さいごに


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概要


南京大虐殺(南京事件)とは、日中戦争中の1937年に日本軍が中華民国の首都・南京市を占領した際、約2ヶ月にわたって中国軍の捕虜や一般市民などを不法に虐殺したとされる事件。その被害者数について議論があり、中国側は30万人以上と主張、日本側は20万人説から否定説まであり、現在も論争中


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南京虐殺に関する様々な説


南京大虐殺で何人殺されたかについては、1)中国側資料39万人以上、2)極東国際軍事裁判20万人以上、3)第16師団長・中島今朝吾中将の手記、「その日殺した投降兵だけで15000人以上」、4)元陸軍将校が発行した「偕行」、1000人から3000人、5)南京大虐殺の存在の完全な否定。

南京大虐殺 (1937年) 「私が先遣の宮崎周一参謀等から聴取したところを総合すれば次のとおりであった。一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行があったことは事実である。一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある。」 南京攻略軍を視察した岡村寧次大将


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日中歴史共同研究委員会


南京虐殺(南京事件)。2006年の安倍晋三・胡錦濤首脳会談の合意を受け開始した日中歴史共同研究委員会は10年、「虐殺行為に及んだ日本側に責任があるとの認識で一致」。一方、犠牲者数は、中国側の「三十余万人」、日本側の「二十万人を上限に四万人、二万人など様々な推計がある」と両論を併記


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河村たかし名古屋市長が南京虐殺を完全否定、2012年


河村たかし名古屋市長が「南京事件というのはなかったのではないか」と発言したことについて、中国外務省の洪磊・副報道局長は「そのような見方には賛成できず、南京大虐殺には動かぬ証拠がある」と反論。「日本側の関係者には、歴史の教訓から学んで、両国関係の健全な発展を進めてほしい」と求めた。

中国・南京市政府は、名古屋市の河村たかし市長が「南京事件というのはなかったのではないか」と発言したことを受け、両市間の公の交流を当面停止すると発表。2012年2月。南京市外事弁公室のスポークスマンは「虐殺の史実を否定する(河村市長の)発言は、南京市民の感情を著しく害した」と非難

名古屋市の友好都市である南京市の共産党幹部が訪問した際「南京虐殺はなかった」とする河村たかし市長の発言に反発し、南京市は公の交流を一時停止。2012年2月。市長は「謝罪や撤回のつもりはない」。ちなみに、名古屋生まれの松井石根陸軍大将は極東国際軍事裁判で南京大虐殺の責任を問われ処刑


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外務省


外務省、中国における遺棄化学兵器問題に関する第13回日中共同作業グループ会合の結果、2011年2月。この件での日中間の協力関係は良好で、2010年10月に南京市において遺棄化学兵器の廃棄作業が開始されたことは大きな進展であるとの評価で一致 http://t.co/11uhqYbV


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中国人の意見


「僕は南京に生まれ育った。完璧な反日教育を受け、行き場のない怒りを日本に向けていた。そんな僕を変えたのがインターネット。新聞やテレビなどは当局のチェックが入るので本当の情報は出ない。だから中国では、本当に信頼できる情報は、新聞やテレビではなくネット上にある。」 マイケル・アンティ


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対中ODA(政府開発援助)


対中ODAの継続の是非。青木直人。「対中ODAに効果はない。南京事件の犠牲者数の誇張も含め、反日教育。軍事的にも日本にとって最大の脅威。何より中国では援助を受けていることが国民に明らかにされていない。対中ODAによる事業をどの企業が受注したか外務省は公表しておらず、透明性がない」


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アウシュビッツ収容所のガイドの意見


ヨーロッパにおける『ユダヤ人虐殺』の研究をしている日本人に会うと、次のような意見を言う方が多い。「ドイツも、フランスも、ポーランドも、デンマークも、オランダも、ベルギーも、ユダヤ人に対して謝罪したのに、日本は謝っていない。日本は中国で『南京大虐殺』という似たようなことをしたのに」

アウシュビッツでガイドを続ける中谷剛はガイドをする時3点に留意すると言う。1)民主主義の是非。ヒトラーは民主的選挙で政権を奪取しホロコーストを実行。2)歴史の相互認識。ドイツは戦争責任を認めたが、日本は認めない。3)少数派が自分より優位になると嫉妬する、人間の潜在的エゴの恐ろしさ


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村山首相、村山談話、1995年


「わが国は遠くない過去の一時期、戦争への道を歩んで植民地支配と侵略によって多くの国々に対して多大の損害と苦痛を与えました。未来に誤ち無からしめんとするが故に疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止めあらためて痛切な反省の意を表し心からのお詫びの気持ちを表明いたします」 村山談話

村山談話とは、1995年8月15日に公表された「戦後50周年の終戦記念日にあたっての村山首相談話」のこと。以後も日本国政府の公式の歴史的見解とされる。1)日本の平和と繁栄への国民の努力に感謝、2)戦後処理問題への対応、3)植民地支配と侵略への謝罪、4)核兵器の究極の廃絶と不拡散。


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細川首相、朝鮮半島での謝罪、1993年


細川護熙(ほそかわもりひろ)首相は1993年に韓国に行き謝罪した。「我が国の植民地支配によって朝鮮半島の人々が、1)学校教育において母国語を学ぶ機会を奪われたり、2)自分の姓名を日本式に改名させられたり、3)従軍慰安婦、4)徴用(強制連行)など様々な形で苦しみを与えたことを陳謝」


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さいごに


南京虐殺を始めとする旧日本軍の戦時中の残虐行為を論じると、右翼から反発を喰らう。「自虐的な行為は止めろ」と批判されるが、将来の戦争等を防ぐため過去の過ちを(日本側、相手国側、第三国側からの全ての調査を公平に受け入れて)事実を把握することは何よりも大切。目を向けない姿勢こそ、自虐的