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目次:

はじめに
概要
重慶市トップ・薄熙来による、毛沢東回帰
重慶市・副市長が米国総領事館に逃げ込む事件
薄熙来の妻が、英国人ビジネスマンを殺害
2012年秋の中国共産党大会
温家宝首相が、保守派の台頭を批判
参考ブログ


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はじめに


「新中国始まって以来の複雑かつ深刻な事件」と胡錦濤(フー・チンタオ)総書記が声明。重慶市副市長の米総領事館駆け込み事件で同市書記の薄熙来(ポー・シーライ)を解任したことを受け、党内で広がる反発を抑え込むため、中国共産党は、指導部への忠誠を求める6項目の内部通知。2012年3月。

中国2012年の政権交代。中国は共産党の一党独裁だが、内部に派閥がある。温家宝首相は無派閥だっため、改革派だったが思うような活動ができなかった。胡錦濤主席は、共産主義青年団系だが、こちらも最大派閥ではない。最大派閥の(江沢民系)太子党の習近平が、いよいよ最高指導者になるが、保守系


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概要


重慶事件。薄煕来は、中国共産党の常務委員会で過半数を占める太子党(その中でも毛沢東型の共産主義の保守派)の有力者だった。現政権(胡錦濤・温家宝)による改革開放(市場経済化)による経済発展優先を批判。「格差拡大・汚職の温床だ」と非難。このため、中央の商務相から重慶市書記へ左遷された

重慶事件。薄煕来は地方に左遷されたが、逆にその重慶で(毛沢東を彷彿させる)「ミニ文化大革命」を実施。(政府の経済重視による)格差拡大を批判し、農民中心主義を訴え、毛沢東賛歌を歌う運動(赤い歌声運動)を展開、汚職摘発・暴力団撲滅(黒い勢力を打倒する運動)を実施。「重慶モデル」と呼称

重慶事件。薄煕来は官僚の不正摘発・暴力団撲滅のため(公安で実績のあった)王立軍を副市長に任命。王は任務を着実に実行し、薄の評判は上がった。だが薄の妻、谷開来が、なんとビジネス上の利害で英国人を殺害してしまう。気づいてしまった王は自分も消されると考え(前代未聞の)米国総領事館へ逃亡

重慶事件。薄煕来は、共産党の実力者で2012年要職に就くはずだった。だが、仝柔権による改革開放による格差拡大を批判し、¬啾東復古運動(ミニ文化大革命)の重慶での実施、により中央から煙たがられていた所、妻がビジネス上の利害で英国人を毒殺したことが判明したため、中央が失脚させた


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重慶市トップ・薄熙来による、毛沢東回帰


薄煕来。中国共産党の常務委員会で半数以上を占める(江沢民系の)太子党の有力者。だが、共産主義青年団系の胡主席と対立し、中央の商務相から重慶市書記へ左遷。だが重慶で暴力団撲滅と毛沢東賛歌を歌う運動を大々的に展開。格差に不満を持つ庶民は喝采。これが現政権批判ととられ胡錦濤とさらに対立

薄熙来(はくきらい、1949年生)。中国の政治家。毛沢東の文化大革命期は紅衛兵のメンバー。80年、中国共産党入党。93年、大連市市長。2001年、遼寧省省長。04年、商務部部長。07年、重慶市委書記に就任、市公安局を巻き込んだ大規模汚職事件の摘発に乗り出し、1500人以上を摘発

重慶モデル。政治運動で大衆を盛り上げる手法。薄熙来(ポー・シーライ)重慶市共産党委員会書記が実施。農民中心主義を訴えた毛沢東のやり方に回帰するように見えるため保守派が賞賛。これに対し温家宝手法は「文化大革命を再現させる恐れがある」として批判。

毛沢東回帰。中国市民の中には今なお「毛沢東万歳!」を叫ぶ者たちがいる。薄熙来の「唱紅」運動を後ろ盾とし「毛沢東」と「薄熙来」を一つにして「薄沢東」という新語。当時の「毛沢東讃歌」のような「薄熙来讃歌」が(ユーチューブに相当する中国の「優酷」(ユークー)に。ウェブサイト「烏有之郷」


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重慶市・副市長が米国総領事館に逃げ込む事件


重慶市トップの薄煕来。側近中の側近だった王立軍副市長が四川省成都市にある米国総領事館に政治的保護を求めて駆け込むという前代未聞の事件。2012年2月。警察車両70台が周囲を包囲。米国は王の要求を受け入れず、王は重慶に戻ることを固く拒み、身柄は中央の国家安全部が拘束。北京で取り調べ

重慶市の王立軍副市長が米国総領事館に逃げ込んだ理由。胡錦濤に左遷された薄煕来は重慶で暴力団撲滅を行い実績をあげるため公安のプロの王を任命。だが王は1万人を強引に逮捕するなど冤罪が多いと噂。胡に再度弱みをつかれる前に薄は王を解雇し「トカゲのシッポ切り」。王は身の危険を感じ米国に庇護

重慶市トップの薄煕来書記は、2012年秋に開く第18回共産党大会で最高指導部の党政治局常務委員会入りが有力視されていた。党大会では、胡錦濤国家主席ら現指導者から習近平国家副主席ら次世代への世代交代が行われる。だが、2月、重慶市の副市長が米国総領事館に逃げ込んだため責任問題に発展か

中国共産党は、重慶市トップの薄熙来(ポー・シーライ)・市共産党委員会書記(62)を解任する、と発表。2012年3月。副市長が四川省成都の米国総領事館に駆け込んで取り調べを受けた事件の監督責任を問われたか?父が副首相だったため、秋に、世代交代する最高指導部入りが有力と見られていた。

中国共産党の最高指導部入りを目指していた薄熙来(はくきらい)政治局委員(62)が重慶市トップの党委書記を解任されたことを受け、当局はその影響力排除に向けた動き。2012年3月。薄の政治手法は、改革開放で格差や汚職の問題が深刻化したとみる保守層から根強い支持を受けており、当局は警戒


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薄熙来の妻が、英国人ビジネスマンを殺害


薄熙来の妻が、殺人容疑で捜査される。2012年4月。妻、谷開来が、11年11月に重慶で英国人ビジネスマンのニール・ヘイウッドが死亡した事件に関与した証拠が見つかったとして警察が捜査。「経済的な利益」をめぐって関係が悪化した、としている。英政府が3月、中国政府に再捜査を求めていた

中国の国営新華社通信は、共産党中央が前重慶市党委員会書記の薄熙来(ポー・シーライ)(62)の党政治局員と中央委員の職を解任した、と報道。2012年4月。重大な党規違反があったという。薄氏は12年秋の党大会での最高指導部入りが有力視されていたが、その失脚が決定的になった

中国重慶市の書記を2012年3月に解任された薄熙来(ポー・シーライ)を支持していた左派(保守派)サイトの「烏有之郷(ユートピア)」や「毛沢東旗幟ネット」が相次いで閉鎖。4月。サイトは、格差や腐敗の原因を行きすぎた改革開放に求め、薄の政治路線を支持してた。薄の解任の反発を抑え込みか

「人相というのはここまで変わるのか。中国重慶市の党委書記を解任された薄熙来の姿をみて思わずうなった。1994年、快く取材に応じてくれた彼とは、別人のような権力者の表情がそこにあった。裏返せば、それだけ中国の権力闘争はすさまじい、ということなのかも」 日経・秋田浩之・2012年4月


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2012年秋の中国共産党大会


中国、第18回共産党大会2012年秋。常務委員会(9人)で、々沼民系の上海閥・太子党(高級幹部子弟)派が6人。共産主義青年団(共産党の青年組織)閥が、胡錦濤主席と李克強副首相。L鞠蛭兇硫慌畔首相は少数派。薄煕来は習近平と同様、太子党の有力者。指導力を発揮したい胡錦濤と対立


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温家宝首相が、保守派の台頭を批判


「文化大革命の過ちと封建的な影響は完全には払拭できていない。政治改革を成功させないと歴史的悲劇を繰り返す恐れもある」。温家宝首相は、毛沢東の専横で暴力が吹き荒れた文化大革命に言及。共産主義の原点回帰を志向する保守派の台頭を念頭に、改革開放路線が揺らぎかねないと警鐘。2012年3月

中国の温家宝首相。2012年3月。重慶市の王立軍・副市長が四川省成都の米国総領事館に駆け込んだ事件に対し、重慶市党委と政府に対し「反省」を求め、暗に重慶市トップの薄熙来(ポー・シーライ)市共産党委員会書記を批判した。温家宝は薄熙来の「毛沢東回帰」的な政治手法を以前から批判していた


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参考ブログ


「毛沢東、毛沢東主義者、マオイスト、ネパールの政権奪取に関するツイート 5628字」 http://t.co/ARS9enjE 山本敏晴のブログより