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目次:

はじめに
鄭成功(てい せいこう)
孫文を支援した日本人、宮崎滔天、梅屋庄吉
後藤新平
新渡戸稲造
霧社事件、日本統治時代の台湾での日本軍による虐殺
八田与一(はったよいち)
東日本大震災に対する台湾からの支援
2012年5月の台湾のニュース
映画
関連ブログ

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はじめに


台湾と日本の関係を知っているだろうか? 日清戦争の結果、日本は台湾を割譲された。台湾の人々を虐殺したこともあった。一方で道路などのインフラを作り、製糖業を発展させたこともあった。様々な側面がある両国関係だが、震災後、世界で一番多くの200億を超える支援をくれたのは、台湾だったのだ

「自分の現在の義務を、完全に尽くす者が一番偉いと思う。そして、自分の現在の義務は何であるかを、はっきり認め得る人は、人生の義務と目的とを理解する道に、進むのであろうと思う。」 新渡戸稲造(1862-1933年)

「衆の為(た)めに努むるを生命といふなり。死とは何事をもせざるの意なり。己れを棄つるは是れ生命の始(はじめ)なり。」 新渡戸稲造(1862-1933年) 「自分が生まれてきたときより死に至るまで、周囲の人が少しなりともよくなれば、それで生まれた甲斐があるというものだ。」


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鄭成功(てい せいこう)


鄭成功(てい せいこう、郑成功、1624-62年)。中国明代の軍人。清に滅ぼされようとした明を擁護し抵抗運動を続け台湾に渡り鄭氏政権の祖となった。44年、北京が陥落。勢力を立て直すため台湾へ向かい、61年に台湾を占拠していたオランダを追放。62年、死去したが子孫が政権を引き継いだ

鄭成功(1624-62年)。日本の平戸(長崎)で父・鄭芝龍(てい しりゅう、1604-61年)と日本人の母・田川松(1601–46年)の間に生まれた。父は朱印船貿易を行っていた貿易商・海賊。母は肥前国(長崎・佐賀)出身だが華僑(明の貿易商)の養女。鄭成功は7歳まで平戸で育った。

鄭成功(1624-62年)。清に滅ぼされようとした明を守り抵抗運動を続け台湾に渡り政権を作った。これが国共内戦に破れて台湾に敗走した中国国民党の経緯と似ている。以上のため、鄭成功の活躍は台湾の国民にとって非常に身近に感じられており、台湾では民族的英雄として崇(あが)められている。

長崎県平戸に見る「国性爺合戦」と鄭成功とキリシタンの交錯(近松最高の秀作「国姓爺合戦」創作の虚実の皮膜)http://t.co/KmfpHXNN 〔い世法嶇全А廚汎本史でも「海賊扱い」されている鄭成功軍団の松浦党史料館とキリシタン資料館、⇔鮖望紊凌擁としての鄭成功における史実

尖閣諸島。中国・台湾側の主張。中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)は、清朝(1636-1912年)の時代に、台湾のみでなく釣魚島(尖閣諸島)にも清朝の主権が及んでいたと主張している。具体的には、1683年に台湾を制圧して鄭氏政権(鄭成功の一族)を清朝が滅ぼした頃から実行支配?

「尖閣諸島の中国・台湾との領有権問題、石原都知事による購入問題に関するツイート 20120418まで 10303字」 http://t.co/8UuWXSAe 山本敏晴のブログより


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孫文を支援した日本人、宮崎滔天、梅屋庄吉


「人或いは言う、理想は理想なり、実行すべきにあらずと。余おもえらく、理想は実行すべきものなり、実行すべからざるものは夢想なり」 宮崎滔天(とうてん、1871-1922年)。母サキから「畳の上で死ぬのは男子一生の恥辱」と諭されて育ち、「私欲無き大男」と人々から呼ばれる人物に成長する

宮崎滔天(とうてん、1871-1922年)。日本で孫文を支援し辛亥革命(1911年)を支えた革命家、および浪曲家。肥後国(熊本県)出身。大江義塾でキリスト教や自由主義思想を学ぶ。上京後、東京専門学校(早稲田大学)に入ったがすぐ中退。キリスト教に帰依。欧米に対抗するアジア主義運動へ

梅屋庄吉(1869-1934年)。長崎出身。土佐藩経営の貿易商「土佐商会」を運営する梅屋家に養子入り。米相場に失敗し中国へ移動、香港で貿易商。写真館も経営。中国革命を企図した孫文に多額の資金援助をし、辛亥革命の成就に寄与。欧米の脅威の排除とアジア各国の連帯を目指した、アジア主義者

「孫文、辛亥革命、国民党、台湾に関するツイート_20111010まで 14994字」 http://t.co/LtJGBXcd 山本敏晴のブログより


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後藤新平


後藤新平(1857-1929年)は、医師から官僚や政治家となった人。24歳で愛知県医学校(現・名古屋大学医学部)の学校長。1882年、内務省衛生局(現・厚生労働省)に入り官僚に。1898年、台湾総督府民政長官となりインフラ建設。1906年、南満洲鉄道総裁。1919年、拓殖大学学長

後藤新平(1857-1929年)。日清戦争(1894-95年)の結果、日本は清から台湾を得た。98年、後藤は民政長官に就任。電気・水道・交通・情報施設などのインフラを整備。アヘン中毒撲滅、学校教育普及、製糖業などの産業を育成することにより、当時産業のなかった台湾の近代化を推進した

「ヒラメの目をタイの目にすることは出来ない」。後藤新平は『生物学の原則』に則った台湾統治を行った。「社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって現地に精通し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきである。」

「人のお世話にならぬよう、人にお世話をするよう、そして、報いを求めぬよう。」後藤新平が提唱した「自治三決」。1906年、南満洲鉄道総裁に就任。日本政府は満州における日本の優先的な権益確保を唱えていたが、彼は反日勢力の懐柔を図りながら、日清露三国が協調して互いに利益を得る方法を考案

「国際協力というと、すぐに経済的な支援と考えてしまいがちだが、この言葉の根本義は(途上国の)自治。支援される側にとって自助努力できる方向に導かれなければ真の国際協力を得たことにならない。支援する側もされる側も互いに対等に成長しあえる関係でなければ」 岩間優(桜蔭高校)、後藤新平賞

「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ。」後藤新平(1857-1929年)は、脳溢血で倒れた日、こう言い残した。野村克也(1935年生)監督が同様の発言をしている。「人間は何を残すかで評価が決まる。人を残すのが一番。」


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新渡戸稲造


新渡戸稲造(1862-1933年)。日本の農学者・教育者。1899年、台湾を統治していた後藤新平から招聘され、サトウキビの普及と改良を行い、「糖業改良意見書」を作成し、それを実施、製糖業を確立した。1900年、名著とされる『武士道』を出版。1920年、国際連盟の事務次長も務めた。

「新渡戸稲造、武士道に関するツイート 20120520まで 1026字」 http://t.co/ttDZDKNd 山本敏晴のブログより


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霧社事件、日本統治時代の台湾での日本軍による虐殺


霧社事件(むしゃじけん)。1930年に台湾の霧社(現・南投県仁愛郷)で起こった台湾原住民による日本統治時代の抗日暴動。通りかかった日本人巡査を、現地リーダーの息子が結婚式に招きいれようとした所、不潔に感じた巡査がステッキで殴打。暴動が発生。日本軍は毒ガス等を用い暴徒数百人を殺害。

日本統治下の台湾で起きた先住民による騒乱事件「霧社事件(1930年)」をテーマにした台湾映画『賽徳克巴莱(セデック・バレ)』が2011年9月、ベネチア国際映画祭で世界初公開された。各国メディアの評価は独創性があると絶賛する声と、特殊効果を使いすぎ殺戮シーンが多すぎるといった酷評も


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八田与一(はったよいち)


八田与一(八田與一、はったよいち、1886〜1942)。石川県出身の水利技術者。日本植民地時代の台湾で、東洋一といわれた烏山頭(うさんとう)ダムを建設。干ばつに苦しむ台湾南部を一大穀倉地帯に変えた。台湾では歴史教科書に登場。馬英九総統が2008年から毎年、慰霊祭等に参加し彼を評価

「私は反日派ではなく、友日派だ」。台湾の馬英九総統が2011年5月、烏山頭ダム・日本人土木技師・八田与一の記念公園開園式で発言。「日本が台湾を統治した50年にインフラ建設があり、貢献は無視できない。八田をたたえることは植民地支配を美化すると批判があるが、恩讐を分ける態度が必要だ」

東日本大震災で巨額の義援金を寄せた台湾と日本の絆を、桜の植樹を通じて強固にする「絆の桜」の植樹式典が、台南市の八田與一記念公園で開催。2012年4月。八田と同じ石川県出身の、森喜朗元首相が出席。「台湾は近くの信頼すべき親戚。八田をこんなに大事にしてくれる台湾の人々に感謝している」


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東日本大震災に対する台湾からの支援


東日本大震災に対する台湾の支援。2012年3月11日、馬英九総統が「すぐに救援隊を出動」と発言。12日3億円の義援金。発電機688台、防寒着4,488箱等の莫大な物資支援。14日、救助隊28人派遣。17日チャリティー番組で24億円。5月、台湾からの義捐金は190億円を超え世界一位

東日本大震災のあと、世界でも突出した180億円を超える義援金を日本に寄せてくれた台湾の人たちに、被災者からの感謝のメッセージ。台湾に留学している日本人大学生が企画し、台北郊外でイベントを開催。2012年3月。被災者からの30通の手紙が、中国語に翻訳され展示された


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2012年5月の台湾のニュース


台湾総統選(2012年1月)で再選された国民党の馬英九が「中華民国第13代総統」に就任した。2012年5月。2期目4年間の施政方針を表明する就任演説で、中台関係について「統一せず、独立せず、武力を行使せず」の三つのノーの理念による現状維持を、引き続き対中政策の原則とする方針を強調

馬英九が台湾総統に再就任。2012年5月。「中国との統一にも台湾の独立にも反対し現状維持を図る。また武力行使もしない。一つの中国という考え方を基礎に、台湾海峡の両岸の平和的発展を推し進めたい。過去4年間は政治より経済を優先することで中国との交流が広がった。今後も経済を中心に協力」


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映画


「海角七号 君想う、国境の南」。2008年の台湾映画。原題は、海角七號。范逸臣(1978年生)と田中千絵(1981年生)が主演。‘本統治下の台湾に赴任した日本人教師が台湾人の教え子と恋に落ちる。だが悲恋。60年後、教師の娘が死亡した父親の遺品から投函できなかった恋文を発見し…

『悲情城市』(ひじょうじょうし)1989年の台湾映画。日本統治後、中国大陸から移住してきた外省人(蒋介石ら国民党)と元々いた本省人(清に滅ぼされた明の官僚が台湾に左遷され現地人と混血化した人)の対立を描く。昭和天皇の玉音放送による日本の統治の終わりから中華民国が台北に遷都するまで


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関連ブログ


「独立したそうで、実はしたくない国 5309字」 山本敏晴のブログより、台湾という国(地域?)の歴史と現状 http://t.co/S9NVqzvk

「安藤百福、日清食品、インスタントラーメン、即席麺、カップヌードル、世界ラーメン協会に関するツイート 20120521まで 5648字」 http://t.co/ZQqpEm5k 山本敏晴のブログより

お絵描きイベント「台湾編」を公開。中国大陸は共産党が支配。台湾は国民党が支配。一つの中国に二つの政権がある異常な事態。世界各国は共産党と外交関係を結び、台湾は孤立。でも米国が台湾を守りとりあえずは大丈夫。中途半端な国の「大切なもの」は何? http://t.co/dA8DMjhP