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目次:

正木健人、柔道
秋山里奈、背泳ぎ
中村智太郎、平泳ぎ
伊藤智也
パラリンピックの起源
ゴールボール
車いすテニス
関連ブログ


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正木健人、柔道


「大学の先輩に教えてもらった“我道切拓”という言葉。柔道は個人の勝負。決勝を前に恐くなることもあるかもしれない。でも、そんなときに人に助けてもらえるなんて思ったらいけない。わが道は自分で切り拓くべき。今日はその言葉通りの柔道ができたかなと思う」。正木健人、パラリンピック、金メダル

ロンドン・パラリンピックの柔道(視覚障害)男子100キロ超級で、正木健人(けんと、25、徳島盲学校)が優勝し、今大会日本選手初の金メダルを獲得。2012年9月初頭。準々決勝で大会3連覇を狙ったアゼルバイジャン選手に一本勝ち。決勝で北京大会銀メダルの王嵩(中国)に崩れけさ固め

正木健人(1987年生)。兵庫県南あわじ市出身。191cm、155kg。徳島県立盲学校の学生。生まれつき弱視、色覚障害。柔道を始めたのは、中学生の時。淡路島の南淡中3年生の時に出場した全中(全国中学校柔道大会)で、男子個人の90キロ超級で準優勝。2012年パラリンピックで金メダル

藤本聰(さとし、1975年生)。徳島県徳島市生まれ。柔道家。5歳のときに柔道を始める。先天的視力障害。5歳から柔道。1997年徳島県立盲学校高等部専攻科理学療法科卒業。パラリンピックで柔道三連覇(金メダルを、1996年、2000年、2004年)。2012年に金メダルの正木健人の師


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秋山里奈、背泳ぎ


「あきらめないで、最後までがんばって、良かったです! ロンドンに入ってから調子が悪かったのですが、この舞台に立てるのは今しかないと思って気持ちを切り替えて頑張りました。大きな声援に後押しされ、本当にうれしいです」 秋山里奈(1987年生)。ロンドンパラリンピック、背泳ぎで金メダル

ロンドン・パラリンピックの、競泳女子100メートル背泳ぎ(視覚障害)で、秋山里奈(1987年生、明大大学院)が1分19秒50の大会新記録で金メダルを獲得した。日本勢の金メダルは、柔道(視覚障害)の正木健人(1987年生)に次いで、今大会2個目。

秋山里奈(りな、1987年生)。神奈川県伊勢原市出身の女子競泳選手。生まれつき全盲であったが、母の勧めもあって3歳の時よりスイミングスクールへ。パラリンピックに出場し、2004年アテネで銀メダル(100m 背泳ぎS11)、2012年ロンドンで金メダル(100m 背泳ぎS11)


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中村智太郎、平泳ぎ


頭をプールの壁に激しくぶつけてゴールし、銀メダルを獲得。ロンドンパラリンピック・100メートル平泳ぎに出場した中村智太郎(28)には、生まれたつき両腕がない。中村は、「平泳ぎは泳力の7〜8割を足のキックによる推進力が生み出す。もともと足で水をつかんで後ろに送り出すのがうまかった」

ロンドン・パラリンピックの競泳男子100メートル平泳ぎ(運動機能障害SB7)で、中村智太郎選手(28)が銀メダル。2012年9月初頭。3大会連続のパラリンピック出場で、アテネで3位、北京では5位に入った。今大会でも上位入賞が期待されていた。地元、和歌山県橋本市で市体育協会が声援

中村智太郎(ともたろう、1984年生)。和歌山県橋本市出身。先天性両上肢欠損。水泳を始めた年齢は5歳。水泳を始めた理由は、溺れない為(プールなど水に落ちた時に、溺れて死なないようにと、両親が勧めた)。177cm 、58kg。ロンドンパラリンピック、100m平泳ぎで、銀メダル。


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伊藤智也


ロンドンパラリンピックの陸上四種目に出場する車いす走者、伊藤智也(49)が、スポンサーのJA鈴鹿(三重県鈴鹿市)で職員ら五十人から激励。四冠を目指す伊藤は「四百、八百メートル走はディフェンディングチャンピオンだが、百メートル、二百メートル走は挑戦者で世界の壁は厚いと実感している」


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パラリンピックの起源


ロンドン・パラリンピック(2012年8月29日)を前に、ロンドン市のトラファルガー広場で聖火の元となる火が披露。パラリンピックは1948年にロンドン郊外ストーク・マンデビルで行われた競技会が発祥とされ、式典に参加したキャメロン首相は「パラリンピックが古里のロンドンに戻ってきた!」

パラリンピックの起源は1948年ロンドン五輪と同時に英国ストーク・マンデビル病院で行われたストーク・マンデビル競技大会。同病院には第二次世界大戦で脊髄損傷した軍人のリハビリ科があり、ドイツから亡命したユダヤ系医師ルートヴィヒ・グットマンが車椅子の入院患者によるアーチェリー競技会を

ルートヴィヒ・グットマン(1899-1980年)。パラリンピックの父。ドイツ領のポーランドで医師をしていたがユダヤ弾圧で英国に亡命。44年ストーク・マンデビル病院国立脊髄損傷センター所長。第二次世界大戦後、傷痍軍人のリハビリのため48年入院患者を対象にストーク・マンデビル競技大会

パラリンピックの歴史(日本障害者スポーツ協会)http://t.co/mNxZHlsT 1888年ドイツで聴覚障害者のためのスポーツクラブ。1910年、ドイツ聴覚障害者スポーツ協会。第一次世界大戦(1914〜17年)後、イギリスで身体障害者自転車クラブや英国片上肢ゴルフ協会

公益財団法人・日本障害者スポーツ協会 http://t.co/66EFxqCA 1964年に開催されたパラリンピック東京大会を契機に、わが国の身体障害者スポーツの普及・振興を図る統括組織として、1965年に厚生省(現 厚生労働省)の認可を受けて設立。


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ゴールボール


ゴールボール(goalball)。目隠しをしながら鈴の入ったボールを転がし、ゴールに入れることで得点する視覚障害者の球技で障害者スポーツの1つ。第2次世界大戦の傷痍軍人のリハビリテーションとして考案され、ヨーロッパでは盛んに実施。パラリンピック正式種目。1チーム3名による対戦形式

日本ゴールボール協会(JGBA) オフィシャルサイト http://t.co/VpjcAcUe 第二次世界大戦で視覚に傷害を受けた傷痍軍人のリハビリテーションに。1946年にオーストリアのハインツ・ローレンツェンとドイツのセット・ラインドルが紹介。2000年パラリンピック正式競技


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車いすテニス


車いすテニス(wheelchair tennis)。車いすに乗って行なうテニスで障害者スポーツ。2バウンドでの返球が認められる。車いすを素早く正確にコントロールするチェアワーク(車いすによるフットワーク)が勝敗の鍵。1992年のバルセロナパラリンピックより正式競技に

日本車いすテニス協会(JWTA) http://t.co/i5QJOBGK 車いすテニスの国内統括団体。国際的組織は一般テニスに統合している。設立は、平成3(1991)年4月1日。全国各地で開催される車いすテニストーナメントや講習会を通じて、車いすテニスの普及・発展のために活動


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関連ブログ


「障害者、障がい者、障碍者のパラリンピック、スペシャルオリンピック、デフリンピックに関するツイート 20120724まで 3405字」 http://t.co/2mvD8FrT 山本敏晴のブログより

「ピストリウスのカーボン繊維の両足義足、オリンピック、障害者のパラリンピックについてのツイート 20120805まで 2258字」 http://t.co/hY52UGIT 山本敏晴のブログより