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目次:

日朝平壌宣言、2002年9月
金正日
六者協議、2003年8月
北朝鮮外相は「拉致問題は解決済み」、2011年7月
日朝平壌宣言の仕掛け人、「ミスターX」が失脚し銃殺、2011年
金正日の急死、2011年12月
日朝平壌宣言から10年、2012年9月
拉致問題


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日朝平壌宣言、2002年9月


日朝平壌宣言(首相官邸)http://t.co/R1QDDolb 2002年9月17日。々餮鮴犠鏖修鯡椹悗后日本は過去の植民地支配で朝鮮に多大の苦痛を与えたことに対しお詫びを表明。国交正常化の後、無償資金協力、長期借款を供与。9餾殍,鮟綣蕕掘互いの安全を脅かす行動をとらない

日朝平壌宣言。2002年9月17日、平壌を訪問した小泉純一郎首相が、北朝鮮の金正日国防委員長と日朝首脳会談を行った際、調印された宣言文。拉致問題の解決、植民地支配の過去の清算、日朝国交正常化交渉の開始などが盛りこまれた。だが、06年に北朝鮮が核実験を強行してから有名無実化している


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金正日


金正日。1942年生。50年朝鮮戦争。53年休戦。74年後継者に内定。83年ラングーン事件。87年大韓航空機爆破。94年父死去。97年党総書記に就任。98年テポドン1号。02年平壌宣言、拉致謝罪。06年テポドン2号、核実験。08年脳梗塞。09年核実験。正恩の後継内定。11年急死。

金正日。2002年9月17日。小泉純一郎首相が訪朝した際の弁。「日本人拉致は、過去に、特殊機関の一部のものが、妄動主義・英雄主義に走って行ったことだ。遺憾なことであり、お詫びする。」

金正日と拉致。1970〜80年代にかけて北朝鮮の工作員などにより日本人が極秘裏に北朝鮮に拉致された。一貫して「拉致は捏造」と主張していたが、2002年、小泉首相の訪朝時、金正日は13人を拉致したことを認め「遺憾なことであり率直にお詫びしたい。私が承知してからは関係者は処分された」

金正日。2002年9月17日。小泉首相に同行し訪朝した安倍晋三が金正日に対して持った印象。「日朝首脳会談で金総書記は、冗談を交え、リラックスした雰囲気を演出しようとしていた。金総書記自身は、頭もよく、合理的判断のできる人物だと感じた。ある意味で、行動を予測し易い指導者でもあった」

金正日。2002年9月17日。小泉首相に同行し訪朝した安倍晋三。「午前中の会談では北朝鮮は拉致を認めず謝罪もなかった。そこで昼食中、小泉首相に『拉致を認め謝罪がなければ絶対に平壌宣言に署名しない』と言うことを進言した。それが金正日に拉致を認めさせる結果につながったのかもしれない」


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六者協議、2003年8月


六者会合(六者協議、六カ国協議)。北朝鮮の核問題解決のための会議。六者とは、北朝鮮、中国、アメリカ、韓国、、日本、ロシア。1994年カーター訪朝後、米朝枠組み合意が成立。2002年、小泉訪朝後、日朝平壌宣言。だが2003年北朝鮮はNPT脱退で崩壊。このため同年8月、第一回六者会合


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北朝鮮外相は「拉致問題は解決済み」、2011年7月


松本外相は2011年7月、「日朝平壌宣言にのっとり、拉致、核、ミサイルの諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して国交正常化をはかる方針だ。拉致問題では2008年8月の(再調査の)合意を早期に実施」。これに対し、北朝鮮の朴宜春(パク・ウィチュン)外相は、「拉致問題は解決済みだ」


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日朝平壌宣言の仕掛け人、「ミスターX」が失脚し銃殺、2011年


2002年の日朝首脳会談を準備した『ミスターX』と呼ばれる北朝鮮高官が2011年初めに失脚したとされる北朝鮮国家安全保衛部の柳敬(リュ・ギョン)副部長ではないかとの見方が韓国政府内で浮上。2001年から外務省の田中均アジア大洋州局長と何度も接触。金哲(キム・チョル)と名乗っていた

韓国紙・朝鮮日報は、北朝鮮の治安機関・国家安全保衛部の柳敬(リュギョン)副部長(当時)が10年末から11年初め頃、南北関係打開のため極秘裏にソウルを訪問し、帰国後に銃殺されたと報じた。2012年7月。柳は2002年の日朝首脳会談で外務省高官の交渉相手を務めた「ミスターX」だと指摘


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金正日の急死、2011年12月


朝鮮中央通信は小泉元首相が2011年12月、金正日の死去を受け朝鮮労働党中央委員会に弔電を送ったと伝えた。その中で小泉元首相は哀悼の意を表明。「今後、諸般の問題を包括的に解決したうえで、日朝関係が正常化することを期待」。小泉元首相は2002年9月と04年5月に訪朝し金総書記と会談

金正日。2002年9月。小泉首相が訪朝した際の金正日の印象は、「独裁者とか暗いとかいうイメージはなかった。大変明るく率直にものを言い、原稿もそんなに見ずに自分の意見でやりとりしていた」。11年12月の急死については、「元気なうちに日朝正常化への道筋をつけたいと思っていたのに残念」


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日朝平壌宣言から10年、2012年9月


小泉純一郎首相訪朝(2002年9月)から10年を機に12年8月末、松原仁・拉致問題相は、北京での日朝予備協議について「拉致問題は当然含まれる。北朝鮮も節目の年は行動しやすい。解決へ前進させていきたい」。日朝政府間の協議は4年ぶり。戦争末期に北朝鮮で死亡した日本人の遺骨返還等を協議

日朝平壌宣言から10年たった2012年9月17日、野田佳彦首相は「当時の日朝首脳が交わした文書の政治的な意味合いは大変大きい。宣言にのっとって核・ミサイル、拉致問題などの諸懸案を解決し、日朝関係が改善されるために全力を尽くす。拉致は国に対する主権侵害だけではなく、重大な人権侵害」

日朝平壌宣言から10年となる2012年9月17日、北朝鮮の朝鮮中央通信が論評。‘本人拉致問題は「既に全て解決した」。◆嵶捷颪魘瓩て近い国にするのは金正日総書記の遺訓」と関係改善への意欲を見せた。一方、日本側に対し、「『核・ミサイル、拉致問題』にしがみ続ければ、関係改善はない」


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拉致問題


北朝鮮が拉致の事実を認めた「日朝首脳会談」(2002年9月17日)で、北朝鮮は拉致被害者について「5人生存」とし、横田めぐみら8人は「死亡」と伝えた。めぐみの母・早紀江(76)は「9月17日は私たちにとって人生の中で一番寂しい、つらい時間でした」と振り返る。2012年9月中旬。