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目次:

田中角栄、1972〜74年に首相
日中国交正常化、1972年
中国への謝罪と、「復交三原則」、1970〜72年
周恩来が、「尖閣諸島問題には触れない方が良い」、1970年代〜
日中外相会談、2011年11月
野田首相と胡錦濤が「戦略的互恵関係」、2011年12月
外務省、日中国交正常化40周年、2011〜12年
田中真紀子が復活して入閣、2012年
その他


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田中角栄、1972〜74年に首相


田中角栄(1918-93年)。政治家。衆院議員16期、首相(72-74年)。学歴は高等小学校(中学校前期程度)のみ。自民党最大の田中派を率い、かつ巧みに官僚を操縦術。72年日中国交正常化。73年オイルショック対応。76年ロッキード事件で逮捕・離党。以後も影響力を持ち、目白の闇将軍

日本列島改造論。田中角栄が自由民主党総裁選挙を翌月に控えた1972年6月に発表した政策綱領。「工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をテコにして、人と金と物の流れを巨大都市から地方に逆流させる『地方分散』」を主旨とした政権公約を掲げ、7月の総裁選で勝利し首相となった

ロッキード事件。1970-76年。米ロッキード社による旅客機の受注を巡った汚職。威信をかけて開発したジェット旅客機「トライスター」だったが事故が相次ぎ販売不振。各国政府関係者に巨額の賄賂ばら撒き。丸紅を通じ田中角栄に5億円。全日空が納入。83年、田中は有罪。控訴する中、93年死亡


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日中国交正常化、1972年


日中国交正常化。日本と中国共産党率いる中華人民共和国とが国交を結ぶこととなった出来事。1972年9月、中国の北京で行われた「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明)の調印式において、田中角栄(1918-93年)、周恩来(1898-1976年)両首相が署名した。

東京・上野動物園の元園長で、ジャイアントパンダが初来日したときの飼育リーダーを務めた日本動物愛護協会名誉会長の中川志郎が死去。2012年7月。72年に日中国交正常化を記念して、ランランとカンカンが初めてお目見えした時の飼育課長で、「パンダ課長」と親しまれた。


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中国への謝罪と、「復交三原則」、1970〜72年


中国に対する日本の戦争責任の謝罪。1972年9月。田中角栄「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。また日本側は、中華人民共和国政府が提起した『復交三原則』を十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかる」

藤山愛一郎団長以下の「日中国交回復促進議員連盟」議員団が、1970年9月に訪中、後に「復交3原則」(4原則?)と云われる共同声明を10月に発表。‖耋僂蔣介石政権との条約を廃棄し、断交し、中国はただ一つであり、B耋僂話羃攷楊蔚ο孫駑療擇良垈鎚の一部であることを公に表明した。


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周恩来が、「尖閣諸島問題には触れない方が良い」、1970年代〜


尖閣諸島問題は1970年前後から「棚上げ」。3回目の田中角栄と周恩来との会談で、田中が、「尖閣諸島についてどう思うか。私のところにいろいろ言ってくる人がいる」。これに対し周は、「尖閣諸島問題については今回話したくない。(日中国交正常化前の)今、これを話すのはよくない」と「棚上げ」

周恩来(1898-1976年)。1917年、日本に留学。明治大学政治経済科に通学。1920年パリで中国共産党フランス支部を組織。毛沢東の信任を得、1949年、中華人民共和国が建国されてから死去するまでずっと首相。1972年、日本の田中角栄首相と日中共同声明に調印(日中国交回復)。

「指導者のポストに着くと謙虚さを失って親しみにくくなり、自分は大したもので何でも分かっていると思い込む」 周恩来(1898-1976年)。中国の首相。日本に留学した経験があり、田中角栄とともに日中国交回復を実現した。「我々は我々の民族を愛している。これこそが我々の自信の源である」


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日中外相会談、2011年11月


外務省、日中外相会談(概要)2011年11月 http://t.co/qzKZLOku  崟鑪的互恵関係」を一層深化、日中国交正常化40周年、E譽轡奮せ餮山発に関する2008年の合意を実現、た椋劼鮗け、中国からの復興支援・貿易投資促進視察団派遣、テ中社会保障協定締結交渉


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野田首相と胡錦濤が「戦略的互恵関係」、2011年12月


野田佳彦首相は2011年11月、ホノルル市内で中国の胡錦濤国家主席と会談。両氏は2012年の日中国交正常化40周年に向けて、両国の戦略的互恵関係(Japan-China strategic partnership of mutual benefit)を深化させることを確認。

野田佳彦首相は2011年12月下旬、中国の胡錦濤国家主席と北京で会談。両首脳は北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記死去を踏まえ、朝鮮半島の非核化、平和と安定は日中の共通利益として緊密な連携を確認。12年の日中国交正常化40周年に向け、戦略的互恵関係を深化させることで一致。

中国・青島(チンタオ)を訪れている海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」が2011年12月、中国海軍のミサイル駆逐艦「瀋陽」と合同訓練。中国海軍の少将は「2012年の日中国交正常化40周年に向けた友好ムードを盛り上げたい」。一方、東シナ海では自衛隊艦艇に中国ヘリコプターが異常接近する事態


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外務省、日中国交正常化40周年、2011〜12年


中国チベット自治区を訪問中の丹羽駐中国大使は2011年8月、ラサのポタラ宮でバイマチリン自治区主席と会談しチベットの水資源の開発に日本企業の参画を求めた。バイマチリン主席は「日本企業のチベットへの投資を歓迎」。2012年の日中国交正常化40周年に合わせチベット自治区との交流行事も

外務省、日中国交正常化40周年(タイトル及びキャッチフレーズ日本側候補の公募案)2011年9月。2012年は,我が国と中華人民共和国の国交正常化40周年に当たる節目の年。年間を通じて官民双方による様々な分野での交流行事を実施 http://t.co/MFp5IT0

SMAPが2011年9月、北京の工人体育場でコンサート。1988年の結成以来初めての海外公演は、尖閣事件などで何度か延期を強いられながらも温家宝首相の招待を受けるかたちでついに実現。香港紙は「SMAPは日中関係の温度計」。また2012年は日中国交正常化40周年でアイドル外交に期待

外務省、2012年日中国交正常化40周年記念事業 http://t.co/BLSCZavf 

外務省、日中国交正常化40周年 2012「日中国民交流友好年」開幕式 2012年2月 http://t.co/ediCbhMf 2月16日(木曜日)午後,中国の北京において,2012「日中国民交流友好年」開幕式

AKB48の板野友美、北原里英、横山由依が2012年2月、日中国交正常化40周年を記念して、同月に北京、上海などで行われる「元気な日本」キャンペーン応援団に就任、外務省の玄葉光一郎外相を表敬訪問した。展示会では日本の伝統文化や日本産品などをPR。クール・ジャパン戦略の一環か

日中国交正常化40周年を記念した「元気な日本」展示会が、上海で開催。東京の下町のチンドン屋「大和家さん休」の一座も、場を盛り上げるため会場入り。太鼓や笛を鳴らし、東日本大震災の被災地や日本の食品を紹介するブースに客を呼び込んだ。2012年2月。日本酒やお菓子などを扱う会社約70社

外務省、外務大臣会見記録(日中国交正常化40周年開幕式,原発事故対応に関する日本提案(RANETの拡充))2012年2月 http://t.co/5xukEB2Q RANET、原子力事故への支援を円滑にするため、予め各参加国が特定の分野においてどのような支援が可能かを登録する制度

河村たかし名古屋市市長の南京虐殺否定問題。2012年2月。南京市と名古屋市が交流を途絶へ。中国の対日国民感情が悪化。外務省が展開していた「日中国交正常化40周年」を記念するイベントに影響。3月、日本主催の南京ジャパンウイークで予定されていた名古屋アイドル・SKE48の公演は中止か

外務省、日中国交正常化40周年記念「スーパー夏祭りin北京2012」(概要)2012年9月 http://t.co/T5Y7F8a4 9月1日、2日、北京市朝陽公園「中心島劇場」で開催。丹羽大使より「夏祭り」を通じて両国民の間の「心の絆」が深まり,らに強化されることを願っている旨


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田中真紀子が復活して入閣、2012年


田中真紀子(1944年生)。政治家。父は元首相の田中角栄で、在任中は事実上のファーストレディー。本籍地は新潟県柏崎市。衆院議員(6期)。自民党で、科学技術庁長官、外務大臣を歴任。だが2002年「外務省は伏魔殿」発言で事務方と対立し更迭。無所属を経て、2012年民主党で文部科学大臣

民主党代表選(2012年9月21日)の候補として、田中真紀子元外相を擁立しようと模索している有志議員約10人が、都内のホテルで会合を開き、田中氏に立候補を求める方針を確認した。田中を推す議員グループの名称も「女性宰相を誕生させる会」と決めた。川上義博参院議員など

野田佳彦首相が内閣改造を行い、皇居での認証式を経て野田第3次改造内閣を発足。2012年10月初頭。財務相に城島光力前国会対策委員長、国家戦略相に前原誠司前政調会長、法相兼拉致問題相に田中慶秋衆院議員を起用。田中真紀子元外相は文部科学相に。郵政民営化相には国民新党の下地幹郎幹事長

野田第3次改造内閣の発足(2012年9月)について中国中央テレビは田中真紀子・文科相に焦点を当て報道。田中真紀子を、1972年に日中国交正常化をなしとげた田中角栄の長女で知中派と紹介し、「真紀子のルートで中日関係の改善を狙う意図が(日本に)ある」などと伝えた。2012年10月初頭



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その他


二世議員(世襲政治家)。民主国家では、血統でなく人民の選挙によって選ばれた政治家が政治を担う。一方、親が政治家であれば、選挙に当選するための様々なメリットを享受するため、事実上「世襲」される場合も。鳩山家(一郎・威一郎・由紀夫など)、岸信介の孫の安倍晋三、吉田茂の孫の麻生太郎など

小沢一郎(1942年生)。父が岩手の政治家。69年自民公認で衆院当選(27歳)。田中派へ。85年、創政会を結成、竹下登、金丸信と共に実権掌握。佐川急便事件で金丸失脚後93年羽田孜とともに自民党を離脱。98年自由党結成。02年鳩山由紀夫の民主党と合併。12年「国民の生活が第一」結党

某テレビ局の幹部から聞いた話。「検察は、政治家などを不正で検挙したい場合、まず『作文』をする。例えば、田中角栄がA社からBホテルで不正な政治献金をもらったという疑いがある場合、これこれこのようにもらった、というシナリオを書き、その通りの証言してくれる人物を用意する。そうゆうこと」

売春ツアー、買春ツアー(sex tourism)。先進国の男性が複数で買春目的で途上国へ旅行。1960年代、台湾が中心。72年の日中国交正常化で衰退。65年以降、国交正常化した韓国へ毎年65万人以上。キーセン・パーティー(キーセン=売春婦)。70年代後半、タイ・フィリピン等