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学生時代から、いつか
国際的な活動をしようと思っていた。
いつのまにか現在は、
「国際協力」の世界に入り、
アフリカや中東などで活動をするようになった。
思えば、その第一歩は、
学生時代に英会話スクールに通ったことである。
だが一つ、重要だったのは、
自分で稼いだ金で、
英会話スクールに通ったことである。
時給700円で、
新宿の歌舞伎町の居酒屋で、
夜9時から朝5時まで
皿洗いをし、1日約5千円強を稼いだ。
そのお金をつぎこんで、
英会話スクールに通った。
「元を取ろう」と思ってがんばった。
ところが、当時、
どの英会話スクールが
良いのか、さっぱりわからず、
当時有名だった数校に通ってみた。
しかし結局、
「英会話スクールだけ」に通っていても、
上達は遅いと判断し、
ジャパンタイムズなどの英字新聞や、
雑誌タイムなどを読み漁り、さらに、
アルク社の「ヒアリングマラソン」にも
参加した。
また、外国の映画を、
「英語の字幕を表示させながら」視聴し、
そのセリフを、全部覚えてしまう
ことなども試みた。
さらに言えば(ナイショであるが)、
某英会話スクールの教師をナンパし、
しばらく交際していたことが、
一番、英語の上達には効果があったと思う。
以上の結果、学生時代後半には、
各英会話スクールの、いわゆる
「上級者クラス」に入れるようになり、
そこでは主に「ディベート」(討論)の練習が
繰り返された。
「日本に死刑制度があることをどう思うか?」
などの「議論を呼ぶ」テーマを言いわたされ、
同じ上級者同士で「論争」の練習をした。
面白いのは、最初の20分、
「死刑制度があることに賛成」
の立場で議論をしたら、
次の20分は、
「死刑に反対」の立場をもたされて、
議論しなければならないのだ。
つまり、さっきまで、自分が言っていたことを、
敵に回して「論破」しなければならないのである。
これらの訓練のため、
「客観的な事実」を引用しながら、
「主観的な自分の意見」を述べる、
(その二つを区別して物事を話す)
というスタイルを、
自分で意識しながら行えるようになった。
もちろん、テーマは、
死刑だけではなく、多くの社会哲学的
「正解のない命題」である。
こうした議論の積み重ねが、
今の私につながっていると思う。
「国際協力」の世界は、
まさに「正解のない世界」だったからである。
ある人(ある国)にとって、
「正しいこと、良かれと思ってやっていること」が、
他の人(他の国)にとっては、
「間違っていること、余計なお世話であること」
は、ざらにある。
外国人や、日本の他の援助関係者と
仕事をしながら、私は、
学生時代に繰り返した、
あの、熱いディベートの日々を
今も時々、思い出している。