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113人

セックスストライキ。ノーベル平和賞受賞者のリーマ・ボウイーはリベリアの内戦がひどかった時、ガーナで難民生活。「男性だけでは本当の平和はつくれない」とし、帰国後、民族や宗派を超えて女性を組織化し、「戦争にかかわる夫や交際相手とはセックスをしない」という呼びかけ。これが内戦終結に寄与


45人

日本ダウン症協会、ダウン症を授かったご家族へ 「どんなふうに育つのですか?」 「発達が緩やかなことなど影響はあるものの、基本的には個性豊かな「普通の子、普通の人間」で、私たちと大きな違いはありません。ですから、子育ても特別でなく、少しゆっくり、丁寧にすればいいのです」


41人

iPS細胞は、induced Pluripotent Stem cell(人為的に多能性を持たせた幹細胞)の頭文字で、山中伸弥・京大教授が名付けた。「i」だけが小文字なのは、はやりの米アップル社の携帯音楽プレーヤー「iPod」にあやかって、広く普及して欲しいとの遊び心だった。


37人

iPS細胞。皮膚や髪などの細胞を操作して、心臓や神経、肝臓など体の様々な細胞になれる能力を持たせたもの。一定の条件で培養すれば無限に増やせる。様々な細胞になる「万能性」は、1981年に作られた胚性幹細胞(ES細胞)と同じだが、受精卵を壊して作るES細胞と違って倫理的な問題が少ない


32人

知識欲により、鉄やプラスチックで作られた動物を「ロボット」と言う。一方、性欲により、遺伝子という設計図に従いながら、蛋白質や脂肪で作られた動物を「人間」と言う。では誰かが、知識欲と名誉欲に突き動かされ、iPS細胞を使って、蛋白質と脂肪で作った動物は、ロボットだろうか、人間だろうか


31人

男性同性愛者同士、あるいは女性同性愛者同士から、子どもを作ることができるか? まず、双方の皮膚や髪などから、iPS細胞を作る。そこから、「始原生殖細胞」を作る時に、片方を「卵子」に、もう片方を「精子」に分化させることができるか? ポイントは、Y染色体を持つ卵子が、存在しうるか??

「君たちに戦争責任はない。でも、それを繰り返さない責任はある。・・そしてそれは多分、私も同じなのだ。」アウシュビッツを訪れたドイツ人の若い世代に対して強制収容所博物館元館長のカジミエシュ・スモレンは言う。彼はユダヤ系ポーランド人で、この収容所内に収容されていたが奇跡的に助かった人


25人

手術が下手で、「ジャマナカ」と呼ばれた。ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京大教授は、医学部を卒業後、整形外科医になろうとした。だが、あまりの手術の下手さに、臨床医になる道を断念。通常は10分で終わる良性腫瘍の摘出に、1時間以上かかった。以後は研究職に。「挫折こそ万能の父」

京都大学iPS細胞研究所(山中伸弥所長)は、全身が思うように動かなくなる不治の病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の原因の一端を、様々な細胞に成長できるiPS細胞を使い解明。2012年8月。神経細胞の一部に構造上の異常が見つかり、治療につながる薬の候補物質(抗がん剤アナカルジン酸)も

京大が、マウスのiPS細胞から卵子を作成。その卵子を体外受精させ、子どもや孫も生まれた。2012年10月。なお11年、マウスのiPS細胞から生殖が可能な精子も作っており、人に応用できれば、精子ができない男性と、卵子ができない女性が、皮膚の細胞などをもとに、自分らの子どもを作れる


24人

ノーベル平和賞は極めて政治的な理由で選考されているという批判がある。「欧米型の民主主義が絶対に正しい」という概念の元、そうでない国を批判する潮流が続いており、中国、イランなどが槍玉とされる。実際はイラク、アフガンなどを、欧米型の民主主義で統治しようとしても、機能していないのだが

敵に襲われたとき、トカゲのように「しっぽ」を切って逃げるカタツムリを、オランダ・ナチュラリス生物多様性センター研究員の細将貴(ほそまさき)が発見。2012年10月。英国王立協会紀要に発表。八重山諸島に生息するイッシキマイマイ。カタツムリのしっぽ切りが学術報告されるのは初めて

PS(アイピーエス)細胞の創設者である京都大学の山中伸弥教授は言う。「知財(知的財産)をもしも、ある企業が多数もってしまうと、他の企業や研究者がそれを研究できなくなってしまい、開発が遅れる。だから、公的な組織である京都大学がそれを持ち、公平に分配することを可能とすることが重要」


20人

WHO。パキスタン南部のカラチで2012年5月以降、アメーバによる脳炎で少なくとも10人が死亡。アメーバの名は「フォーラーネグレリア」。汚染された水と一緒に鼻腔から体内に入り脳細胞を破壊。「脳を食べるアメーバ」。人から人へはうつらないが、致死率は非常に高い。死亡例はいずれもカラチ

ダウン症候群患者に対する偏見の元となった歴史。1862年、英国の眼科医ダウンが、「目尻が上がり、鼻が低く、白痴である」など「蒙古痴呆症」として報告。「発生時の障害により、人種的に劣ったアジア人のレベルで発育が止まったために生じる」と説明された。背景に1760年代から英国で産業革命