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目次:

はじめに
赤十字とは?
アンリ・デュナン、1828〜1910年
病院船、1859年〜
赤十字国際委員会(ICRC)、1863年〜
ジュネーブ条約、ジュネーブ諸条約、1864年〜
ナイチンゲール(1820-1910年)は、赤十字の理念に反対
博愛社、日本赤十字社の前身、1877年
国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)、1919年〜
国際人道法、1949年〜
人道とは?
そこにいることで市民の保護(プロテクション・バイ・プレゼンス)
日本赤十字社、1952年
日本赤十字社の、国際医療救援拠点病院
日本赤十字社・国際部スタッフにインタビュー
渋沢栄一
国境なき医師団(MSF)の分裂、理念の違い、1971年〜
十字軍の歴史と、赤十字が赤新月社に変わった経緯、1983年
日本の民間からの北朝鮮の支援、1998年
ICRCの事務所がイラク等でテロ、2003年10月
ICRCがイラクから撤退、2003年11月
IFRC・日赤の、スマトラ島沖地震での活動、2004年〜
スリランカ内戦の終結、2009年5月
献血・採血での事故で訴訟、1億円以上の賠償、2009年7月
ICRCが、アフガンでタリバン兵士を対象に人命救助の訓練、2010年4月、8月
日赤が、ハイチのコレラを報告、2010年11月、12月
日赤の、ハイチ地震の報告、2011年1月
北朝鮮と韓国の間の赤十字チャンネルが再開、2011年1月
SMBC・日興 世銀債ファンドを、赤十字等に寄付、2011年2月
北朝鮮の朝鮮赤十字会と、韓国赤十字社が、対立、2011年3月
東日本大震災における石巻赤十字病院、2011年3月
日赤の、東日本大震災での対応、2011年3月
DMATの、東日本大震災への支援、2011年3月
IFRCが、東日本大震災での津波を警告、2011年3月
スマトラ沖地震の教訓を、東日本大震災で活用、2011年3月
災害後の心のケア、PTSD、ASD、特に子ども
日本IBMが、地震後の救援情報共有システム「SAHANA」、2011年3月
震災における募金詐欺など


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はじめに


赤十字。日本では、「看護師になって、貧しい国の人々を助けたい」と思っている青少年(特に女の子)が、まず最初に耳にするであろう団体の名前。そのため「国際協力の世界を総合的に紹介する事業」を行っている私としては、その詳細を把握しておく必要があった。だがその組織は複雑で、事業も多様

赤十字の基本理念は創設者のアンリ・デュナンが「戦場で敵味方関係なく助けた」ことに由来。この概念から派生し、1863年に生まれた赤十字国際委員会(ICRC)が戦時中の捕虜の拷問を禁止し人権を守る等の活動を開始。1864年からのジュネーブ諸条約を経て1949年頃までに国際人道法が形成


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赤十字とは?


「赤十字」とは人道・博愛・奉仕などの理念を持つ様々な組織の総称で、ある種の「運動体」。主に三つの枠組みがある。1)赤十字国際委員会(ICRC)。紛争時の人権侵害の監視。2)国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)。平時と自然災害の医療。3)日本赤十字社など各国の組織。これを2)が調整

赤十字とは「運動体」。大きく三つ。\崕住国際委員会(ICRC):紛争中に各軍隊が、捕虜や一般市民に人権侵害(拷問など)をしていないかを監視。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC):自然災害が起きた時、各国の赤十字による支援を調整。3胴颪寮崕住:通常の病院業務、輸血、△悗龍力

赤十字に対する誤解。赤十字とは以下の三つからなる「運動体」である。\崕住国際委員会(ICRC):戦争捕虜の扱いなどを始めとする人権の監視。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC):自然災害に対する緊急援助。3胴颪砲△訐崕住等(日本赤十字社等):各国での病院運営、献血・輸血制度等


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アンリ・デュナン、1828〜1910年


アンリ・デュナン(1828-1910年)。スイスの実業家。1859年、北イタリアでオーストリア軍とフランス・サルジニア連合軍が戦闘(ソルフェリーノの戦い)。彼は「傷つき武器を持たない兵士は、もはや兵士ではない。敵味方の区別なく救うべき」と言い救護活動をした。これが赤十字の理念の元

アンリ・デュナン(1828-1910年)。赤十字を創設1901年第1回ノーベル平和賞。スイス生まれキリスト教徒。1859年イタリア統一戦争でオーストリアと戦ったナポレオン3世に会い「ソルフェリーノの戦い」へ。4万人死傷。敵味方分け隔てなく救済する地元女性の群れに入り自らも救援活動


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病院船、1859年〜


病院船(hospital ship)とは、元々は、戦争中に負傷兵を本国に運ぶための船。近年は、戦争や飢餓、大災害の現場で、傷病者に医療ケアのプライマリケアを提供したり、病院の役割を果たすために使われる。1859年以降、赤十字運動の勃興とともに、病院船も世界に普及し法整備も行われた

病院船。アメリカ海軍によってマーシー級病院船「マーシー」(USNS Mercy)と「コンフォート」(USNS Comfort)が運用されており、これらが世界でもっとも大型の救命救急の船舶として知られる。マーシーは2004年スマトラ沖地震に派遣され船上で民軍連携の医療活動を実施した


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赤十字国際委員会(ICRC)、1863年〜


赤十字国際委員会( International Committee of the Red Cross : ICRC)。紛争時、中立人道的活動を行う国際組織(スイス法人)。1863年に創設。紛争時に、各戦闘組織の人権侵害を監視する役目を担っており、国際人道法の守護者と呼ばれている。

赤十字国際委員会(ICRC)。スイス人アンリー・デュナンが紛争犠牲者の保護のための組織及び条約の必要性を提唱したことを受け1863年に設立。人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性という基本原則に則り,ジュネーブ諸条約に明示的に規定された任務である紛争犠牲者保護・救援活動を行う

赤十字国際委員会(ICRC)。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)や各国赤十字社・赤新月社(187社)と共に国際赤十字運動を構成する。ICRCは,2013年に設立150周年を迎える世界で最も歴史の古い人道支援組織。駐日事務所は2009年,60年ぶりに開設。ノーベル平和賞を3回受賞

赤十字国際委員会(ICRC)は「国際人道法の番人」であるため、どんな紛争であろうが、そのど真ん中に入っていく必要があり、戦争で捕まった捕虜に拷問をしていないか、民間人(非戦闘員)を殺していないか、などを監視する役目を持つ。このため世界で最も危険な任務を担ってる団体であるとも言える

赤十字国際委員会が守護する国際人道法には、1)戦時において人間の尊厳を守り苦痛を軽減。そのためのアクセスの確保。2)戦闘員と文民を区別し文民及び敵対行為に参加しない人々を保護。要するに、戦闘員とそうでない人を『区別』することが彼らの最初の仕事なので、軍民連携に賛成できるはずがない

赤十字国際委員会のJean Pictet は、1956 年刊行の『赤十字諸原則』の中で、「人道法(humanitarian law)は、あらゆる人間が人間らしく扱われ、動物や物としてではなく人間として、単なる目的のための手段としてではなく、それ自体を目的として扱うことを要求する」


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ジュネーブ条約、ジュネーブ諸条約、1864年〜


ジュネーヴ条約(Geneva Conventions)とは、戦時国際法としての傷病者及び捕虜の待遇改善のための国際条約。1864年に赤十字国際委員会が「戦争時の捕虜に対する扱いを人道的にする必要がある」とし、スイスのジュネーヴで「傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約」を締結。

ジュネーヴ条約とジュネーブ諸条約。前者は1864年に赤十字国際委員会が「戦争時の捕虜に対する扱いを人道的にする必要がある」として締結。後者は「ジュネーヴ四条約」とも言い、1949年に、1)陸上においては軍隊でも傷病者なら保護、2)海上でも同様に保護。3)捕虜は保護。4)文民は保護


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ナイチンゲール(1820-1910年)は、赤十字の理念に反対


ナイチンゲールの活躍を、赤十字国際委員会(ICRC)の創設者であるアンリ・デュナンが高く評価したが、彼女は赤十字の活動には関わっていない。むしろボランティアによる救護団体の設立には真っ向から反対。これは、「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」と考えていたため。

ナイチンゲール。クリミア戦争で傷病兵の看護。”賊,不衛生で、⊇蝶笋蟾埓の弊害で必要な物資(ニーズ)が届いていないことを認識。,魏善し死亡率を42%から5%に減少させる。帰国後△紡个傾埓改革。6畭經埜邀悗鯀論澆郡埜邀惺擦魴弍帖ボランティア的活動の赤十字を否定。社会企業の祖

「ナイチンゲール、ナイティンゲイルに関するツイート 20121114まで 1563字」 http://t.co/M42c185P 山本敏晴のブログより


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博愛社、日本赤十字社の前身、1877年


日本赤十字社の前身は大給恒と佐野常民らが1877年の西南戦争時に熊本洋学校に設立した「博愛社」。当初政府は敵味方の区別なく救護を行う聖心を理解せず設立を許可しなかった。そこで佐野らは征討総督有栖川宮熾仁親王に直接設立を願い出た。敵方をも救護するその博愛の精神に感銘を受け認可された

日本赤十字社の歴史。1877年、前身の「博愛社」創立。86年ジュネーヴ条約に加入。87年、日本赤十字社に改称 。三条実美太政大臣が「耶蘇の印」と十字を嫌い赤線一本。88年、磐梯山噴火で世界初の平時救護(それまでの活動は戦時救護のみ)。1952年、日本赤十字社法施行、血液銀行開設


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国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)、1919年〜


国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)。世界各国にある赤十字社や赤新月社の国際的連合体。1919年に赤十字社連盟としてフランスのパリに設立。1939年に第二次世界大戦勃発により中立国スイスのジュネーヴに本部を移転。1983年に赤十字赤新月社連盟に改称。1991年に現在の名称に。

国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)。各国赤十字社(152か国)、赤新月社(33か国)及び赤盾社の連絡調整を目的とする世界最大の人道主義団体。本部をスイスのジュネーヴに設置、世界中をカバーする14地域事務所を有し、63か国に代表を置いている。赤十字国際委員会(ICRC)は別の組織

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC、International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies) http://t.co/hbTNsl6k 

「国際赤十字・赤新月運動の基本原則」。1965年採択、1986年改訂。人道援助の要件として、「命と健康を確保すること」、「苦痛を軽減し、予防すること」、「人間の尊厳(尊重)を確保すること」。この概念が1986年の国際司法裁判所 のニカラグア判決で「人道の原則」として判示されている

「国際赤十字・赤新月運動及びNGO の災害救護の行動規範」(1994年)。人道対応実行委員会(Standig Committee for Humanitarian Response, SCHR)が採択。主要動機は「苦痛の軽減」にあるとし「党派的、政治的と見なされる行動を慎むべき」

「国際赤十字・赤新月運動及びNGO の災害救護の行動規範」は、1994 年、主要なNGOから成る人道対応実行委員会(Standig Committee for Humanitarian Response:SCHR)により採択。主要動機は苦痛の軽減。政治的と見なされる行動を慎むべし


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国際人道法、1949年〜


国際人道法とは、紛争において、負傷したり病気になった兵士、捕虜、そして武器を持たない一般市民の人道的な取り扱いを定めた国際法。国際人道法という名の条約は存在せず「1949年のジュネーブ四条約」、「1977年の二つの追加議定書」「2005年の第3追加議定書」を中心とした条約等の総称

国際人道法。1949年、1)軍隊でも傷病者なら保護、2)海上でも同様に保護。3)捕虜は保護。4)文民は保護。77年、追加1)内戦にも締約国外にも適応。追加2)敵対行為に参加しない者の殺傷・拷問・人質の禁止。傷病者を看護する義務。05年、追加3)イスラエル付近での赤十字活動を可能に

国際人道法。以下を保護。1949年、1)軍隊でも傷病者、2)海上も同様。3)捕虜。4)文民。1977年、追加1)内戦等にも、締約国外でにも適応。追加2)敵対行為に直接に参加しない者への殺傷・拷問・人質の禁止。傷病者を看護する義務。2005年、追加3)イスラエルでの赤十字活動を可能

国際人道法。狭義では(紛争時の)武力紛争法(交戦法規と中立法規)の一部。武力紛争法には、1)ハーグ陸戦条約(1899年)と、2)ジュネーヴ条約(1864年、赤十字条約とも言う)があるが、(戦時中の)傷病者及び捕虜の待遇改善等が規定されている後者を、狭義の国際人道法という。

国際人道法は、狭義にとらえた場合、武力紛争法(交戦法規と中立法規)の一部。武力紛争法には、1)ハーグ陸戦条約(1899年)と、2)ジュネーヴ条約(1864年、赤十字条約とも言う)があるが、(戦時中の)傷病者及び捕虜の待遇改善等が規定されている後者を、狭義の国際人道法というようだ

国際人道法(International Humanitarian Law)とは、1971年の「武力紛争に適用される国際人道法の再確認と発展のための政府派遣専門家会議」で使われた表現。広義では平時からの国際人権法と武力紛争法。狭義では(武力紛争における犠牲者を保護する)ジュネーブ法

ウィーン宣言及び行動計画(Vienna Declaration and Programme of Action)。東西冷戦後の1993年「世界先住民族年」に開催された「世界人権会議」で採択。人権蹂躙に対処する、国際人権法や国際人道法の確認。国際連合人権高等弁務官事務所が設置された


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人道とは?


「真の人道援助の本質的な特色は、いかなる種類の差別もなく供与されるもの。支援が赤十字の実行に見られる目的に限定されたもの、すなわち、人間の苦痛を予防、軽減し、生命と健康を守り、人間の尊重を確保するものでなければならない」。国際司法裁判所(ICJ)のニカラグア事件判決(1986年)

人道主義(humanitarianism)の歴史。仝殿絅蹇璽泙離侫泪縫織后Humanitas)は、人間的なもの、または教養。中世の欧州でキリスト教の影響を受け博愛。18世紀ルソーらが自由・平等・友愛・民主的。ぃ隠浩さ後半、戦時国際法等が作られ、いわゆる「国際人道法」が創設

人道的行動規範(humanitarian codes of conduct)。国際人道法が適応されるような紛争地帯での民間人などの保護に関する規定。戦闘の最中でも(政府の)軍隊が守るべきルールとされていたが、近年(政府ではない戦闘集団による)内戦の増加と軍民連携の増加により曖昧に

「国際法に見る人道概念の普遍化の過程及び人道主義の今日的課題と展望に関する考察」 井上 忠男(1952年生、日本赤十字社に入社。湾岸戦争後のクルド人救済を監視するためイラクのICRCへ。外務省・防衛庁で構成される国際人道法国内委員会委員) http://bit.ly/fRq3FV


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そこにいることで市民の保護(プロテクション・バイ・プレゼンス)


「そこにいること(プレゼンス)だけで市民の保護になること」(protection by presence)。紛争が起こっている地域で二つの軍事勢力を引き離したり、または避難民の虐殺が怒っている地域に、国連PKO・赤十字・NGO等がいることにより、それらの予防ができる場合があること


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日本赤十字社、1952年


赤十字について(日本赤十字社)。人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性という7つの原則(赤十字の基本原則)の元に世界最大のネットワークを持つ人道機関。赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、各国の赤十字社・赤新月社の3つで構成。日赤は187カ国にある赤十字・赤新月社の一つ

日本赤十字社(日赤、にっせき)。1952年に制定された「日本赤十字社法」によって設立された認可法人(社員と呼ばれる個人参加者の結合による社団法人類似組織)。名誉総裁は皇后。戦前の同社は、陸軍省・海軍省管轄の社団法人、戦後は厚生省管轄を経て、現在は厚生労働省管轄の認可法人・特殊法人

日本赤十字社法。第1条:同社は、赤十字に関する諸条約及び赤十字国際会議において決議された諸原則の精神にのつとり、赤十字の理想とする人道的任務を達成することを目的。第2条:赤十字に関する国際機関及び各国赤十字社と協調を保ち、国際赤十字事業の発展に協力し、世界の平和と人類の福祉に貢献

日本赤十字社の事業。々馥發虜匈乙澹遏C録姪の自然災害や列車事故等の交通災害。主に医療救護、救援物資の配分、義援金の受付。国内での血液製剤の供給。献血から輸血。血液センター設置。9餝阿虜匈欧竜澑隋9餾歙崕住赤新月社連盟及び当事国や他の援助国の赤十字・赤新月社との協力の下に実施

日本赤十字社 国際活動 http://t.co/q1qHGLGS


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日本赤十字社の、国際医療救援拠点病院


日赤から国際医療救援活動に派遣される方法。。坑欧△詁赤関連病院等の中でも、同活動の中核となる5つの「国際医療救援拠点病院」(広尾・名古屋第二・大阪・和歌山・熊本)に就職。国際医療救援事業に登録。事前に様々な研修を受講。ぜ分が急に抜けても勤務体制が大丈夫か院長等が判断し許可

日本赤十字社、赤十字病院とは、海外での医療救援活動 http://t.co/WctvZav1 国際赤十字(ICRC、IFRC、他国の赤十字等)のネットワークのもと、海外で発生する地震やハリケーンなどの災害時の救護活動や開発途上国の保健衛生状態の改善など、人道的活動を展開。

日本赤十字社の「国際医療救援拠点病院」は五つ。(NPO法人・宇宙船地球号・補足サイト)http://t.co/YjBWLkPd ‥豕都渋谷区の広尾にある、日本赤十字社医療センター、¬掌轍安萋鸚崕住病院、B膾篝崕住病院、て本赤十字社和歌山医療センター、シ本赤十字病院。

名古屋第二赤十字病院。名古屋市中村区にも名古屋第一赤十字病院(中村日赤)が存在するため、地元では「八事日赤」と呼ばれる。隣接の地下鉄駅名も八事日赤駅。1914年に開設。1950年、現名称に。1996年、災害拠点病院に指定。2001年、日本赤十字社「国際医療救援拠点病院」に指定。

「国際医療救援の現場で働きたい! その夢を叶えた看護師の姿から見えてきたもの。」名古屋第二赤十字病院 国際医療救援部 看護師 山之内千絵(「医療の現場」とつながる。プロジェクトリンク : シアワセをつなぐ仕事) http://t.co/djiH8nTj 

熊本赤十字病院(くまもと県民テレビ)http://t.co/TJWYQ1Rp 熊本は日本赤十字社の発祥の地。1877年、西南の役で前身の「博愛社」が、戦いで倒れた人々を敵味方関係なく救護する活動を始めたことが所以。全国92の赤十字医療施設の中で最初に「国際医療救援拠点病院」に指定

熊本赤十字病院、国際医療救援部 http://t.co/nTBaG3DG 日本赤十字社より国際医療救援拠点病院の指定を受け、国際医療救援部を設置。国際医療救援の活動は、戦傷・災害外科とプライマリー・ヘルス・ケア(PHC)を原点とした医療が主。これまで、200名以上の職員を派遣

日本赤十字社和歌山医療センタ− 国際医療救援部とは http://t.co/ROl3jEFc 、1985年に看護師をエチオピア連邦民主共和国に派遣したのが最初。その後も国際医療救援活動を続行。2000年に、日本赤十字社より、全国初の「国際医療救援拠点病院」としての指定を受けた

日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)国際救援について http://t.co/SMG08ShQ 当センター以外の「国際医療救援拠点病院」。名古屋第二赤十字病院、大阪赤十字病院、日本赤十字社和歌山医療センター、熊本赤十字病院。以上の拠点病院を中心に、92ヵ所の赤十字医療施設

日本赤十字社の国際医療救援活動に求められてるスタッフの種類。^綮奸↓看護師、助産師、ぬ剤師、ィ慇技師、Ε謄奪(テクニシャン、技術者、技術屋、他団体のロジスティシャン(物資の調達運搬係)とは概念が異なる模様)、Д▲疋潺鵝淵▲疋潺縫好肇譟璽拭次法↓┘繊璽爛蝓璽澄次淵椒后


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日本赤十字社・国際部スタッフにインタビュー


日本赤十字社・事業局国際部 グランデさん、31歳インタビュー(宇宙船地球号・補足サイト)ー己紹介 http://is.gd/eNQhhW 日本赤十字社で働く、ICRC,IFRC,各国赤十字の違い、だ犬のち、ヂ膤愡代・就活、国際協力へ、日赤を目指す人へ、┯什澆瞭常


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渋沢栄一


11月11日は、渋沢栄一の命日。日本資本主義の父と呼ばれた人物。「私利を追わず公益を図る」との考えを生涯に亘って貫き通し「財閥」を作らなかった。社会活動に熱心で、東京市からの要請で養育院の院長を務めたほか、東京慈恵会医科大学、日本赤十字社等の設立に携わり、聖路加国際病院初代理事長

渋沢栄一(澁澤榮一、1840-1931年)。幕末から大正初期に活躍した日本の武士(幕臣)、官僚、実業家。第一国立銀行(現みずほ)や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父と呼ばれる。フランスで学んだ株式会社制度を実践、静岡にて商法会所を設立。


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国境なき医師団(MSF)の分裂、理念の違い、1971年〜


赤十字という団体がある。大きくなるにつれ内部に考え方の違いが生じ、国境なき医師団などが分裂。その国境なき医師団も巨大になり、多数の団体が分裂し、多数の個人が去っていった。NGO(非政府組織)は大きくなるにつれ、それを繰り返すのが宿命か。人は、共感したい心と反発する心の相克で生きる

国境なき医師団。1968-70年に赤十字の医療活動のためナイジェリア内戦中のビアフラ(67年独立宣言、70年降伏し滅亡)に派遣されたフランス人医師らが政治的中立を守るため沈黙を守る赤十字の活動に限界を感じメディアに対する啓発も行う必要があると考え、71年に創設した医療と啓発の団体

国境なき医師団(MSF)とは1971年にフランスの医師らが作ったNGO。1968年当時、赤十字に所属しナイジェリア内戦に派遣されたフランス人医師たちは(政治的中立を守るために人道問題に関して)沈黙を守る赤十字の活動に限界を感じメディアに対し啓発する組織を作ろうとした。それがMSF

ロニー・ブローマン。国境なき医師団理事長(1982-94)。著書の中で「人道援助の歴史の汚点は、赤十字国際委員会のホロコーストへの沈黙。中立性を遵守するあまり、ドイツの赤十字からのユダヤ人追放を認め、収容所内の残虐行為にも目をつぶった。悪への消極的協力を拒否し、声をあげるべきだ」

「世界で一番いのちの短い国 シエラレオネの国境なき医師団」(山本敏晴著、小学館文庫)。書評(産経新聞) http://t.co/nfcGqeLF 書評(世界日報)http://t.co/Fg2xlLaC アマゾン http://t.co/dlpXMqRr

電子書籍版「世界で一番いのちの短い国 シエラレオネの国境なき医師団」(山本敏晴著、小学館)が、発売になりました。2012年11月 http://t.co/dKJuG30K なお、通常の紙媒体の本(小学館文庫)はアマゾン等で発売されています http://t.co/dlpXMqRr

シエラレオネの国境なき医師団が見た『世界で一番いのちの短い国』(サイゾー、2012年9月24日)http://t.co/zXZHOebg 「世界で1、2を争う長寿国、日本。では、その間逆、世界一寿命の短い国はどこか? それは、この『世界で一番いのちの短い国』(山本敏晴著)の舞台」

国境なき医師団日本、ビデオギャラリー、シエラレオネ、山本敏晴医師 http://t.co/MARC9N41

「国境なき医師団に関するツイート 20120608まで 12195字」 http://t.co/NRvg0MTb 山本敏晴のブログより

「国境なき医師団とHIV・エイズに関するツイート 20120611まで」 http://t.co/vgWr8SnY 山本敏晴のブログより


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十字軍の歴史と、赤十字が赤新月社に変わった経緯、1983年


十字軍。1096年から1272年まで、9回の派兵。中世に西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍。実際は、中東に既にあった(キリスト教の)東方正教会をカトリックに改宗させるなど、内部対立の側面も

赤十字のシンボルマークである「十字」は、「十字軍」前から始まるキリスト教徒とイスラム教徒の対立を連想させるため、「赤十字社連盟(1919年創設)」は1983年に「赤十字赤新月社連盟」に改称した。これにより日本赤十字社のような(イスラム圏にある)各国内の支部は、赤新月社を名称に使用


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日本の民間からの北朝鮮の支援、1998年


日本からの北朝鮮援助で一応民間で行ったもの、1)1998年6月、日本赤十字社がIFRC(国際赤十字連盟)を通して9000キロの米を送ったもの。2)1999年5月(外務省の外郭団体である)日朝友好親善協会が乾パン2万食を北朝鮮の子どもたちに手渡した。民主党の松本惟子衆院議院らが関与


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ICRCの事務所がイラク等でテロ、2003年10月


赤十字国際委員会は2003年10月27日イラクのバグダッドで事務所が入っているビル付近で自爆テロがあり少なくとも10人が死亡したと発表したがイラクでの活動は不可欠として今後も活動を継続する意向。「イラク国民のためになすべき重要な任務があり我々はここにとどまり続けなければならない」

赤十字(または赤新月社)の標章を掲げた施設はジュネーブ条約により攻撃を受けないこととなっているが戦場では必ずしも優先されず近年の民軍連携の増加で米軍の仲間と誤解され犠牲者が増加。2003年10月イラクのバグダッド事務所で自爆テロ。2006年イスラエルのレバノン侵攻時、赤十字も空爆


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ICRCがイラクから撤退、2003年11月


赤十字国際委員会(ICRC)がイラクから撤退、2003年11月9日。10月27日にバグダッド事務所で自爆テロがあり、当初、同組織は活動の継続を表明していたが、8月19日にバグダッドの国連事務所も爆破(22名が死亡)されており、日に日に増す治安の悪化のため、撤退を余儀なくされた。


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IFRC・日赤の、スマトラ島沖地震での活動、2004年〜


「スマトラ島沖地震・津波災害 復興支援事業の取り組み」 日本赤十字社 平成19年12月改定版。インドネシア、スリランカなどに津波が押し寄せ、死者・行方不明者総数が22 万人以上。それに対する国際協力の例。 http://t.co/4qEOtQMK

スマトラ沖地震(インドネシア、2004年)。医療ニーズとしては震災直後から2 週間は外科的疾患が多いが災害に直接起因する疾患は1 カ月で全体の5%。その後は衛生状態の悪化に伴う呼吸器、皮膚科疾患が増加。また受診者の約3%に災害が原因と思われる精神疾患が認められたと報告されている。

兵庫県こころのケアセンター。JICAと協働で海外の被災地の人々の心のケア http://t.co/RIThHfES 2004年12月のスマトラ沖大地震・インド洋津波災害。国際緊急援助隊(JDR)医療チームの一員として、副センター長の加藤寛、精神科医の藤井千太、臨床心理士の大澤智子

東日本大震災の被災地の避難所でノロウィルス、ロタウィルスなどの下痢性疾患やインフルエンザ等が流行したが、スマトラ沖地震(2004年)でも感染症が流行。当時WHOは、水やトイレ不足などによる衛生悪化からマラリア、デング熱、コレラ、破傷風の流行を警告。防疫などに力を入れ感染拡大を阻止

スマトラ島沖地震(2004年) はM9.1で死者22万人超。インドネシアの被災者に外国から食糧が届いたがイスラム教徒が多いため豚肉が入っている(または豚肉が入っていないと確認できない)場合、食べなかった。このため『ファトワー』(イスラム法学者の見解)が出され公式に食べて良いと公布

規模が大きな地震(モーメントマグニチュード)。1)チリ地震、1960年、9.3、2)チリ西岸地震、1575年、9.2、3)スマトラ島沖地震、2004年、9.2、4)アラスカ地震、1964年、9.2、5)カスケード地震(米国)、1700年、9.0、5)東日本大震災、2011年9.0


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スリランカ内戦の終結、2009年5月


2009年5月に終結したスリランカ内戦での戦争犯罪を調べていた国連調査委員会が政府軍による砲撃などで多数の市民が死亡したとする報告書。政府軍は「安全地帯」として市民を避難させていた地域で大規模な砲撃。「砲撃は国連の拠点、食料配給の列、負傷者を避難させようとしていた国際赤十字の船」


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献血・採血での事故で訴訟、1億円以上の賠償、2009年7月


献血に参加した大阪の40代女性が採血針で腕の神経を傷つけられ上肢まひの後遺症が残ったとして日本赤十字社に約1億3千万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした件で、日赤は賠償金7180万円を女性に支払う内容で和解した。2009年7月。献血での事故を巡り日赤が賠償に応じるのは異例

採血後の痛み…「複合性局所疼痛症候群」(All About) http://t.co/BC0C6DB1 「採血が原因での「複合性局所疼痛症候群」(CRPS)の発症率は不明ですが、近いものとして、日本赤十字社が実施している献血の場合、1/50万人程度が発症していると言われています」

「採血しただけで腕が麻痺、日赤が賠償、複合性局所疼痛症候群、反射性交感神経性ジストロフィー、カウザルギーに関するツイート 20120725まで 3648字」 http://t.co/hyzm3K8z 山本敏晴のブログより


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ICRCが、アフガンでタリバン兵士を対象に人命救助の訓練、2010年4月、8月


米軍がタリバン掃討作戦を行うアフガニスタンで赤十字国際委員会が、タリバン兵士らを対象に人命救助の訓練を実施。2010年4月と8月。兵士は再び戦闘に復帰することもあるため米軍から批判もあるが、赤十字は「政治的に正しいかどうかは問題でない。国際人道法に基づく傷病者保護の任務のためだ」


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日赤が、ハイチのコレラを報告、2010年11月、12月


ハイチのコレラだが、2010年12月中旬、感染者は114,497人、死者数は2,535人。中心となるのはアルティボニット県。日本赤十字社によれば、1)もともと不衛生で、雨が降るたび山のようなゴミが流れてきてさらに不衛生に。2)コレラ患者専用のベッドが足りない。医療従事者が足りない


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日赤の、ハイチ地震の報告、2011年1月


日本赤十字社のハイチ地震に関する報告2011年1月。死者22万人、負傷者30万人。18万8千戸の家屋倒壊。被災者は全国民の5分の1の2百万人。10月からコレラが蔓延、2カ月で3千人以上死亡。支援は、1)緊急支援(医療チーム)、2)復興支援(安全な飲み水の確保等)


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北朝鮮と韓国の間の赤十字チャンネルが再開、2011年1月


韓国と北朝鮮当局間の各種通知文の交換などに利用されていた板門店の赤十字チャンネルが2011年1月中旬、再開された。当局間の直接対話が行われたのは、2010年11月の北朝鮮による延坪島砲撃以来初めて。北朝鮮は韓国政府に南北対話の再開を提案した際、赤十字チャンネルの再開を表明していた


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SMBC・日興 世銀債ファンドを、赤十字等に寄付、2011年2月


三井住友銀行と日興コーディアル証券は「SMBC・日興 世銀債ファンド(別称:世界銀行グリーンファンド)」の収益の一部をユニセフ、日本赤十字に寄付。世銀との協同開発による『グリーンボンド』(世銀の債券の一種で調達された資金は新興国の地球温暖化防止策へ貸付)に投資する世界初のファンド


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北朝鮮の朝鮮赤十字会と、韓国赤十字社が、対立、2011年3月


北朝鮮の朝鮮赤十字会は、2011年3月、2月に韓国領海を漂流する漁船から見つかった北朝鮮住民31人の扱いを巡り、南北赤十字接触を板門店で開くよう韓国側に提案。韓国赤十字社が公表。韓国側は同国残留を希望した4人を除く27人を引き渡す方針だが、北朝鮮は全員送還を求め、受け入れを拒否。


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東日本大震災における石巻赤十字病院、2011年3月


被災地の現状。石巻赤十字病院。3月15日。病院スタッフの食料は3食おにぎり1つだけ。飲料水は一時危機的だったが救援が届き今はOK。雑水(トイレの水など)は本日で尽きる。電気は14日より病院のみ開通(それまでは自家発電)。ミルクは支援で過剰。むしろ哺乳瓶と乳首が不足。お湯も無い。

被災地の現状。石巻赤十字病院。3月15日。薬剤が絶対的に不足。インスリン、ワーファリン、降圧薬(高血圧の薬)が特に不足。酸素ボンベも不足。無洗米(食料であれば水、加熱、食器の要らないもの)が欲しい。慢性疾患の方が薬をもとめて群れをなして来ている。腎不全の透析ができるのが当院だけ。

被災地の現状。石巻赤十字病院。3月15日。水道が使えて電気があるので避難所と化している。患者以外の被災者、施設にいた寝たきりの人などが集中し、院内そこかしこに「住んで」しまっている。これらの方々に食料は提供されていない。そのため衛生(院内は既に尿臭)、治安(盗難が多数発生)の問題

被災地の現状。石巻赤十字病院。3月15日。外傷は意外に少なく、むしろ脳卒中が多発。(おそらく、高血圧を持っている患者の薬が切れたためと、精神的・肉体的ストレスによる相乗効果で、血圧が急激に上昇し、脳出血。また今回の特徴として、外傷は軽症か死亡が多く、治療の対象となる重症は少ない)

被災地の現状。石巻赤十字病院。3月15日。ベッドが既に埋まっていて個室にベッドなしで2-3人入れている。廊下に担架で入れる等して対応しているがそろそろ限界。患者が回復しても帰る場所がない。またマンパワーとしては1人はトリアージ(待合室での重症度分け)、2人で診療の3名。疲労が蓄積

石巻赤十字病院 宮城県石巻市蛇田字西道下71番地 http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/

「大地震や大規模火災、テロ等の災害がどこで起きても駆けつけ医療ができるよう支援する」。東日本大震災で被害にあった宮城県石巻圏の合同救護チームを作った医師らが2012年3月「災害医療ACT研究所」を設立。森野一真山形県立中央病院救命救急センター診療部長が代表。石巻赤十字病院に事務局

「石巻赤十字病院の二人の医師の目線で記録した東日本大震災の災害医療」のスペシャル番組。7月2日(土)21時。NHK総合。医療機関ほとんどが機能停止するなか唯一残った病院が地域20万人の命を守る。「即決判断の取捨選択、強烈なリーダーシップ」が、全国から集まったスタッフを一つに繋げる


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日赤の、東日本大震災での対応、2011年3月


日本赤十字社の近衛社長は2011年3月13日、岩手、宮城、福島の3県に合わせて約5百人の医師や看護師を派遣するとの考え。既に宮城県石巻市に百人が入り、救援活動。5万2000枚の毛布も提供。「津波で強固な建物が流されており、その力はスマトラ大津波よりはるかに大きかったと推測される」


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DMATの、東日本大震災への支援、2011年3月


DMATに関するブログ・記事 1)横浜市立みなと赤十字病院公認 “ナースのブログ”  http://t.co/cUHmwFF0 2)大分合同新聞 http://t.co/R0gHBKLk 3)中国新聞 http://t.co/ddGfbcfq


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IFRCが、東日本大震災での津波を警告、2011年3月


ハワイにある太平洋津波警報センターによると東日本大震災を受けて津波警報を出した国・地域は、フィリピン、豪州、ニュージーランド、さらにメキシコやパナマなど30以上。国際赤十字・赤新月社連盟は、「津波の高さはいくつかの太平洋諸島よりも高く、これらの島々をのみこむ恐れがある」と警告した


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スマトラ沖地震の教訓を、東日本大震災で活用、2011年3月


東日本大震災の被災地で食料や燃料が不足。スマトラ沖地震ではどうやったか。1)WFPは宅配会社から提供を受けた倉庫やトラックでピストン輸送。2)港破壊のため、船を沖に停泊させ、はしけで荷揚げし、バイクや徒歩で輸送。3)各国軍のヘリコプターによる食糧投下。沖合に停泊した米空母が拠点に

東日本大震災の被災地の避難所でインフルエンザ等の流行の恐れ。スマトラ沖地震ではどうだったか。世界保健機関(WHO)は、水やトイレ不足などによる衛生悪化から、マラリア、デング熱、コレラ、破傷風の流行を警告。防疫などに力を入れた結果、感染拡大は避けられた。日本国内では各自治体の裁量か


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災害後の心のケア、PTSD、ASD、特に子ども


災害後の心理的初期支援。米国の場合、2名以上で派遣チームを組むのだが、\崕住のスタッフ、∈匈殴瓮鵐織襯悒襯垢寮賁膕箸鵬辰┐董↓宗教関係者も入る。キリスト教プロテスタント等が信仰されている米国では、そうした側面からの心理的サポートを考慮する必要がある場合も。日本人は7割が無宗教

災害後の心的外傷 http://t.co/42eE4k6f 子どもの心のケア http://t.co/usl5Zky6 サイコロジカル・ファーストエイド http://t.co/fg1mSUMz 臨床心理士、認定心理士 http://t.co/O1GAIn3w 山本敏晴のブログ

「学校保健、ヘルスプロモーション、震災後の子どもの心のケア等に関するツイート 20111114まで 3022字」 http://t.co/PVsZefsD 山本敏晴のブログより。感染症対策の革命、第一世代はサーベイランス、第二世代は予防、そして第三世代はヘルス・プロモーションへ。

「災害後の心的外傷のツイート 20111123まで 13581字」 http://t.co/42eE4k6f 山本敏晴のブログより

「災害後の子どもの心的外傷のツイート 20111123まで 5223字」 http://t.co/usl5Zky6 山本敏晴のブログより

「サイコロジカル・ファーストエイド、災害後の心理的初期支援のツイート20111130まで 13617字」 http://t.co/fg1mSUMz 山本敏晴のブログより

「臨床心理士、認定心理士に関するツイート 20111226まで 1688字」 http://t.co/O1GAIn3w 山本敏晴のブログより

「児童虐待、居所不明児、ドメスティックバイオレンス、未受診妊婦、母子手帳、学校保健、子どもの心のケアに関するツイート 20120126まで 9042字」 http://t.co/SEGcxRl5 山本敏晴のブログより


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日本IBMが、地震後の救援情報共有システム「SAHANA」、2011年3月


東日本大震災において救援情報共有システム「SAHANA」が活躍。ここにもクラウド・コンピューティング。2004年のスマトラ島沖地震の際に、スリランカのボランティアによって開発。誰もが改良や再配布を行えるオープンソースソフトウェア。SAHANAとは、スリランカのシンハラ語で「救援」

救援情報共有システム「SAHANA」。スマトラ沖地震後2004年スリランカで開発。2010年、任意団体のひょうごんテック(神戸市)などが日本語化の試み。ところがバグなどが多く困難。2011年3月15日、日本IBMが開発を後方支援。Smart Business Cloud 提供。


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震災における募金詐欺など


募金詐欺の注意。地震直後は募金への機運が高まるため便乗した詐欺が横行。注意点は以下。1)有名団体の名前をかたり募金を募るケース(ユニセフ、赤十字だからと言って信用してはダメ。ちゃんと本物の事務所に電話して確認)。2)有効に使われるか?(必要ない物資を買って送りつけても迷惑なだけ)


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その2に続く

http://t.co/mbceuvGI