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私は、世界の貧しい国々を飛び回り、
医療援助などを行っている医師だ。
こんな仕事を続けていると、
次のような質問(?)をされることが多い。
「山本さんは、さぞ、
 体が強くて、ご健康なんでしょうねぇ?」。
これに対する返答で、いつも困ってしまう。
私は生まれつき、
アトピー性皮膚炎、気管支喘息(咳喘息)、
などの全てのアレルギー系疾患に罹患している。
このため、肌はボロボロで、
学童期、友達とお風呂に入ることを避けるほど、
内向的な子どもだった。
高校に入ると、今度は、咳喘息が悪化した。
授業中に咳が止まらなくなるのだ。
咳をすると、友達から白い眼で見られる。
それがいやで、必死に咳を押し殺そうとした。
だから私は、授業中、咳が出そうになると、
ハンカチを2枚ほど重ね、それを口にあてて、
なるべく小さい音で咳が出るように、
体全体の筋肉を緊張させながら、こっそり、
「・・・(ゴホッ)」
としていたものだった。
このように、少年時代の私は、
コンプレックスの塊だった。
他人の目を気にし続け、
自分が、馬鹿にされないことにだけ、
努力を集中していた。
今思えば、愚かしい状態だったが、
思春期前後の少年の心情としては、
普通だったのかもしれない。
そんなある日、一つの契機が訪れた。
その日も、授業中、咳が出そうになった私は、
ハンカチを二枚重ね、体全体を硬直させながら、
「・・・(ゴホッ)」
と咳をした。
すると、それを見ていた先生は、
「山本君、えらいね。
 他人に気を使って、迷惑がかからないように
 心がけるなんて、立派だよ。
 先生、きみのこと、いつも見てるよ。」
と言ってくれた。
おそらく、「先生」は、
授業中、まわりに迷惑をかけないように、
私が、「がんばった」のだと誤解したのだと思う。
私は、自分の保身のために、
咳を押し殺していただけだったのだが。
しかし、不思議なことに、
この事件をきっかけに、
私に、気持ちの変化が訪れたように思う。
内向的で、他人との接触を避け、
自分の世界に引きこもっていた私が、
いつのまにか、
人々と触れあう必要がある「医師」となり、
いまや、世界中を駆け巡る
「国際協力」の仕事を続けている。
きっかけは、なんだったのか?
その変化は、いつ起きたのか?
わからない。自分でも、わからない。
ただ、今でも、時々思い出されるのは、
あの時の、「先生」の顔と、その一言である。
「山本君、えらいね。…先生、いつも見てるよ」