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目次

はじめに
依頼された案件は、何か?
派遣先の語学合宿の予定
生い立ち
小学校の時、ラオスに衣類と文房具を送った
高校のときの先生が、協力隊に行っていた
国際協力関係学部のある大学
大学受験に失敗した後は?
大学時代に留学し、英語教授法を習得
大学時代の後半は企業のインターン三昧
インターン中、印象に残ったひとこと
大学時代のインターンシップのコネで就職
協力隊に応募した理由は?

・・・
・・・

はじめに


山本 2012年11月23日17時ちょうど位ですね…
   私は宇宙船地球号の山本敏晴です。
   今日は、ニックネーム・ジェイさん、
   青年海外協力隊に合格したという方が
   私に会いたいという事でメールが来たので、会う事になりました。
   28歳の男性ですよね。

ジェイ はい。

山本 これから協力隊で、何処の国に行くか等は
   まだ全然聞いておりませんので、
   この記事を読む読者の方にとっては、ちょうどいいと思いますね。
   よろしくお願いいたします。

ジェイ よろしくお願いいたします。

山本 まず最初に、あなたの今回の派遣の概要ですね。
   行く国はアフリカにある国ですか?
   アジアですか、南米ですか?

ジェイ アジアです。

山本 頭文字をアルファベットの頭文字1文字で言うと、何になりますか?

ジェイ B国です。

山本 アジアのB国ですね。
   

・・・

依頼された案件は、何か?


山本 次は職種(青年海外協力隊には訳140もの職種がある)
   ですけれども…

ジェイ はい。

山本 私は自分が知っていても、あえて、あなたに聞きます。
   青年海外協力隊の職種で140位の職種がありますが、
   どの職種に合格しましたか?

ジェイ 村落開発普及員です。

山本 村落開発普及員の仕事は、非常に多岐にわたっており、
   数十種類もありますけれども、
   あなたに要請された案件の内容は、
   大筋で、ざっとどんなものですか?

ジェイ 『地方の行政サービスのプロジェクトの一環』で、
    『その案件のフォローをする形』で要請が来ました。

山本 なるほど。

   地方といっても、(他の協力隊の案件と同じように、抽象的で、
   具体性が全くない依頼内容ですね。)
   その行政区分は、途上国によっても違いますが、
   州、県、郡、村、等、色々ありますけれども、
   どのレベルから依頼が来ましたか?

ジェイ 郡ですね。行政の管轄の配属になるんですが、
    私が行くところは県の中で、さらに郡ですね。

山本 県の中の、郡からの要請ですね。

ジェイ はい。

山本 これ、読者の為に言いますが、
   青年海外協力隊は、日本政府の外務省の中にある、
   JICA(ジャイカ、国際協力機構)に所属しています。
   このJICAは、基本的には『要請主義』を取っていて、
   途上国の国または、地方自治体から、
   何らかの依頼があった場合に動く、
   という業務形態をとっています。
   
   逆に言うと、依頼がない限り、絶対に動かない、ということです。
   この詳細は省きますが、
   表面的にはそういった形を取っています。
   
   青年海外協力隊の場合は、依頼の80%以上が、
   途上国の地方自治体からの要請に対応する形になっています。
   
   彼の場合は、アジアのB国の中にある、
   とある県の郡からの依頼だという事ですね。
   アルファベットで言うと何郡になりますか?

ジェイ S郡ですね。

山本 S郡…B国のS郡ということで宜しいでしょうか?

ジェイ はい。

山本 わかりました。
   簡単にいうならば、『地方自治体の行政サービスの、手伝いをしろ』
   という事ですね。

ジェイ はい。

山本 行政サービスといっても、色んな部署がありますけども、
   それについては全く書いていないようです。
   よくいう…『ガバナンス』というか、『マネジメント』というか、
   『システム管理』…をやるんですかね?
   
   全体のシステムを作る総務のような仕事をするのか?
   あるいは、産業開発とか、教育とか、医療とか、
   ジェンダー(女性の権利)とか、
   そういった事に特化した事をやるんですか?
   どっちですか?

ジェイ ガバナンスです。

山本 ガバナンスというのは、
   非常に難しい単語なので、ここで説明します。
   国が、なんらかの政策を全国で実施したい場合、
   その意思を、州に落とし込み、県や郡や村に落とし込み、
   政策の内容を正確に伝えていく必要があります。
   ところが途上国では、これが全然できていない、ということです。

   また、逆に、末端にある村からのデータを、
   中央に届けることも重要です。
   出生の情報、死んだ情報、子どもの就学率などを、
   郡に上げ、県に上げ、州にあげ、
   政府に上げる(届ける)という事が
   村からとどこおりなく行われるという事です。

   また、そういった事に汚職や賄賂等がないことも大切です。
   その他もろもろをガバナンスといいます。
   それに関わるという事ですね。
 
  
・・・ 
 
派遣先の語学合宿の予定


山本 次に合宿についてお聞きします。
   2ヶ月間、福島か長野で、(協力隊に派遣される前の、
   主に語学を勉強するための)合宿があるはずですが、
   それはいつからですか?

ジェイ 4月から6月まで、長野県に行きます。

山本 現在は、2012年の11月ですけども、
   2013年の4月から6月に、長野県に行くという事でよろしいですね?
  
   実際の海外への派遣は、通常は終わった後の、
   1週間から1ヶ月後の間に行う場合が多いんですが、
   そんな感じの予定だということで宜しいですか?

ジェイ はい。

山本 以上が、大体の概要ですね。


・・・

生い立ち


山本 次に生い立ちをお伺いいたしますが、
   まず、生まれた都道府県をアルファベットの1文字で言うと、
   何になりますか?

ジェイ Hです。

山本 Hですね。Hで始まる都道府県で生まれたという事ですね。
   通常、中学生までは出生地にいる事が多いのですが、
   中学生まではそこにいましたか?

ジェイ はい、そこにいました。
    高校もその都道府県にいました。


・・・

小学校の時、ラオスに衣類と文房具を送った


山本 その高校卒業するまでの間に、
   国際協力に興味をもった事は、ありますか?

ジェイ はい、あります。

山本 『きっかけ』とかありますか?

ジェイ 小学生の時に、『ラオスの子どもたちに、
    使わなくなった衣類や文房具等を送る活動』をしていました。
    それが、最初のきっかけです。

山本 していたというのは、
   あなたが自発的にやりはじめたとは思えないので、
   そういう事をしていた人や団体が既にいたんですよね?

ジェイ はい、小学校の児童会役員だったんですけど、
    児童会を通して、学校全体でやろうという事になったんです。

山本 元々そういう活動が、学校にあったんですか?

ジェイ 元々は、ないですね。
    私が小学校4年生の時に児童会が始まったので、
    その時に、役員の人達と話し合って、始めた事だと思います。

山本 『ラオスに文房具を送るプロジェクト』だという事ですか?

ジェイ そうだと思いますね。

山本 思いついたのは、児童会のメンバーの誰かですか?

ジェイ そうだと思うんですけど、
    正直、はっきりとは覚えていないですね。

山本 小学4年生だと9歳前後ですよね。
   ラオスという国は、国際協力をやっていない人にとっては、
   その名前さえ知られていない、マイナーな国なんですけどね。
   小学4年生だと、ラオスという単語自体、
   たぶん教科書にも出ていないと思います。

ジェイ (協力隊の二次試験の)面接のときにも、
    試験官から言われました。
    「ラオスの活動がきっかけでした…」というと、
    「何で(ラオスを)知っているんだ」と聞かれました。
    「(ラオスに)行っていたんですか?」と聞かれました。

山本 その時、何て答えましたか?

ジェイ 元々、4年生の時点で、
    ラオスという国は知っていましたと答えました。
    世界地図とかは好きだったので、
    世界の国の名前と場所くらいは、既に知っていました。
    アジアやアフリカの国が、どこにあるかくらいは、
    分かっていたと思います。

山本 分かりました。次に行きます。


・・・

高校のときの先生が、協力隊に行っていた


山本  国際協力へのきっかけとなっとものは、
    他に何かありますか?

ジェイ 高校生の時に、理科、生物の先生が協力隊に行った事があって、
    その時に、(私は)『協力隊の中身を知った』と記憶しています。

山本 その先生は何処に行っていたんですか?

ジェイ エチオピアですね。

山本 その先生は、アフリカ北部のエチオピアに行っていたんですね。
   職種は何だったんですか?

ジェイ 理数科教師ですね。

山本 一番多いタイプ(職種)ですね。

   読者の為に言いますが、
   青年海外協力隊の140くらいある職種の中で、
   途上国から要請されてくる案件の数が、
   最も多いものの一つが、この「理科教育」です。
   あとは、「看護師」等ですね…

   理数教育でその先生は行かれたという事ですね。
   分かりました。

   どんな事言っていましたか?
   あなたにとって、『記憶に残る言葉』等はありましたか?

ジェイ その先生は、2回行ってまして、実は…

山本 もう一つは、何処に行っていたんですか?

ジェイ 実は、私も憶えていないんです。
    1度エチオピアに行かれた事は憶えているんですが、
    それ以外は憶えていないんです。

    「世界を見てこい」というのが印象的でした。

    後は、沢山現地の写真を見せてくれたので、
    『よくある』と言っては何ですが、
    『輝いた目をしている子供たち』とか、
    『自分たちは、凄く恵まれているはずなのに、
    こんな笑顔してるかな』っていうのが、
    凄く自分の中での変化というか、印象に残っている事ですね。

山本 ともかく、その先生は、「世界を見てこい」と言ったのが
   印象的だったのですね。
   分かりました。


・・・

国際協力関係学部のある大学


山本 いよいよ問題となる大学時代ですね。
   大学に入るときに、国際協力や、海外関連の企業に将来就職すべく、
   その関係の学部を選ぼうとは思っていましたか?

ジェイ 思っていました。

山本 何学部に行こうと思っていましたか?

ジェイ 『国際協力関係学部』に行こうと思っていました。

山本 国際協力関係学部のある大学は現在、数十あります。
   事前にいただいたEメールで、
   あなたが「受験に失敗した」ことを聞いております。
   ですので、実名出してかまいませんので、
   3つ4つの希望した大学を言って下さい。

ジェイ 筑波大学、大阪外国語大学、静岡県立大学です。

山本 それが、有名でよさそうな大学だと思ったということで
   よかったですね。

ジェイ はい。

山本 筑波大学は、どんなところがよさそうだと思ったんですか?

ジェイ 筑波大学は、国公立で国際協力学類があったことと…
    今はどうかわかんないですけど…

山本 国際協力関係学類の中に、
   国際協力関係学科があった、という事ですか?

ジェイ 学類の中に学科があるというのと、
    今はちょっと変わってきたと思うんですけど…
    あとは、関東でも田舎の方だったので、
    (東京とかよりも)勉強に集中できるかなと思ったのと、
    筑波大学という名前に惹かれたというのがあります。

山本 筑波大学に惹かれた理由は何ですか?

ジェイ そうですね、私が陸上を高校時代していたのもあるんですが、
    先輩が筑波大学に行くことも多かったので、
    陸上で、ですけど、それで話を聞いていたので
    (先輩から)色々な事を教えてもらえるかなと思いました。

山本 高校時代、陸上部?

ジェイ はい。

山本 話は脇道に逸れますが、陸上部では何をしていたんですか?

ジェイ 中学生まではハードル競技で、高校の時は棒高跳び選手でした。

山本 わかりました。

   二つ目は、東京外語大学っていいましたっけ?

ジェイ いえ、大阪外国語大学です。
    大阪外国語大学では、国際協力学類です。

    中国語に当時興味があったので、
    また、中国語学科に行きたかったのと、
    私の高校時代の同級生が、英語学科だったので、
    周りにいる同級生が、皆、そういう方向を目指していたので、
    大阪外国語大学は、当時凄く人気で、
    男性が5人しかいなかったんですけど、皆希望していました。

山本 皆が行くからという理由ですか?

ジェイ そうですね。

山本 3つ目はどこでしたっけ?

ジェイ 静岡県立大学ですね。

山本 そこは有名なんですか?

ジェイ 有名ではないと思うのですが、
    国際関係学部だけは、なぜか偏差値が凄く高くて、
    『そんなに国際関係学部があるところは多くない』ので、
    その中の一つの候補として見ていたという事ですね…

山本 なるほど…

   世の中には「国際協力ガイド」という
   国際開発ジャーナル社というところが、
   毎年出す本があるんですけども、10年位前にもあったはずです。
   この本の存在は知っていましたか?

ジェイ 知りませんでした。

山本 この本の中に、国際関係学科のある大学が、
   数十校、並んでいます。
   つまり、『国際関係学部のある大学は多くない』という、
   あなたの認識は、まちがいだ、ということです。

   当時、この本の存在を知らなかったですか?

ジェイ 知りませんでした。

山本 やはり、紙媒体だと、
   なかなかその存在を見つけてもらえない、ということですね。

   この本は、国際協力をやる人にとっては、
   有名な情報誌だと私は思っていて、あなたのような人には、
   真っ先に勧めています。
   何というか、国際協力関係の大学や大学院などの情報が、
   コンパクトにまとまった「データベース」として
   昔から知られています。
   

・・・

大学受験に失敗した後は?


山本 大学受験に失敗して、
   さっき言った、3つの大学に入れなかったという事で
   宜しいでしょうか?

ジェイ はい。

山本 普通、浪人するか、滑り止めに行くかですが、どちらにしましたか?

ジェイ 滑り止めのところに行きました。

山本 その大学の頭文字をアルファベットで言うと何ですか?

ジェイ Hです。

山本 落ちてH大学に行ったという事ですね。何学部に行きましたか?

ジェイ 経済学部です。

山本 そこには、国際関係学部等はなかったという事ですか?

ジェイ なかったです。

山本 経済学部にした理由は何ですか?

ジェイ そうですね、
    社会に出る事を考えると、経済の事だったりを勉強する事は
    重要だと思っていたので、まぁそうですね、
    経済学部があるところがいいかなと思ったんですね。
    滑り止めのに行くことになった場合は、
    そうしようと思っていました。
    
    その大学の中では、経済をやっていたというよりも、
    私の中では、経済と法律を両方勉強していましたね。

山本 一応確認を取りますが、法律を勉強したと聞きましたが、
   法科大学院に行く気はなかったですか?

ジェイ それは全くなかったです。


・・・

大学時代に留学し、英語教授法を習得


山本 大学時代はどう過ごしましたか?

ジェイ 1年生が終わった後、休学してから、
    カナダに行って留学していました。

山本 某有名大学のように留学制度がある、というわけではなくて、
   勝手に行ったという事ですか?

ジェイ いえ、そうではなくて、留学制度があったので
    その大学を選んだという理由もあったのですが、
    それが3年生の時じゃないと行けなくて、それが待てなくて、
    自分の気持ちが待っていられなかったので、
    それだったら自分で調べて、休学していこうと思いました。

山本 行った国はどこですか?

ジェイ カナダです。

山本 頭文字で言うと何大学ですか?

ジェイ 大学に行った訳ではないんです。

山本 何処に行ったんですか?

ジェイ 専門学校というか、語学学校に行って、
    『テソル(TESOL)』という英語を教えるための教授法、
    プログラムに参加して、それを取得しました。

山本 ここで、読者のために解説をします。
   「英語を教えるための教授法を取得した」と彼が言っているのは、
   その専門学校において、
   一つのカリキュラムを終了した時にもらえる、   
   (終了証明書)を得たことを言います。
   大学卒業後は、「学士」がもらえます。
   大学院修了後は、「修士」等がもらえます。
   『ディプローマ』というのは、そういう立派なものではなくて、
   ある特定のカリキュラムを受講した『証明書』です。

   そのカリキュラムが、1週間であれ、半年であれ、
   何らかの専門能力を修得した場合、
   ディプロマ(終了証明書)というものをもらえる場合があります。

   これは、国際協力の世界でも頻繁に出てくる用語なので、
   これを読んでいる人は憶えておいたほうが良いです。
   おそらく、多くの人が、
   将来ディプロマというものが必要になります。
   ともかく、ジェイさんは、英語を教える「テソル」という
   教授法の終了証明書を、カナダでもらったという事ですね。
   カナダには、1年位いたんですか?

ジェイ 厳密に言うと8カ月位ですが、トータルでは1年位いました。

山本 大学2年の時に休学したという事は、
   それが終わった後は、1年生に戻ったんですか?
   2年生に戻ったんですか?

ジェイ 2年生に戻りました。

山本 合計5年間くらい、大学にいたんですか?

ジェイ はい。

山本 留年はしていないんですか?

ジェイ していないです。


・・・

大学時代の後半は企業のインターン三昧


山本 日本側では、何をしていましたか?
   陸上ですか?

ジェイ いえ、陸上は全くしていませんでした。
    大学で、勉強が正直つまんなくなってしまって、
    アルバイト、社会人になるのがすごく楽しかったので、
    カナダから帰国後、東京に行ったり大阪に行ったり
    色んな会社のインターンシップをしていましたね。

山本 インターンシップは、色んなインターンシップがありますから、
   企業のインターンシップで宜しいですか?
   NGOやJICA、国連等のインターンシップもあると思うんですが、
   あなたが行ったのは、「企業のインターンシップ」ですね。

ジェイ はい。

山本 企業のインターンシップに行くのにも方法があって、
   大学と提携関係にある場合と、インターンシップ先を、
   仲介する団体や組織を通して派遣される場合と、
   自力や部活の先輩のコネ等を使う場合とがあるのですが、
   どれで行きましたか?

ジェイ 自力です。

山本 自力ですか。
   自力で行くとなると、希望する会社に対して、
   メールしたり電話したり、
   そういった事をすることになると思うんですけど、
   そういう方法だったという事ですか?

ジェイ そうですね、あとは最初に行った会社の人からの紹介だったり、
    その繋がりの方に、会わせてもらって、という感じでしたね。

山本 そうですか…
   企業と言っても、千差万別ですが、何の業界の企業ですか?

ジェイ 商社、人材管理、人材派遣、
    コンサルタントをしているところが多かったですね。
    あとは、ベンチャー企業が多かったです。

山本 社会起業とかには行ってないですよね?

ジェイ 行ってません。

山本 では、(ソーシャルビジネス系は)関係ないという事ですね。
   (後から解りますが…)


・・・

インターン中、印象に残ったひとこと


山本 大学2年生に戻ってからは、普通3年生の夏前後に
   就職活動を始めるんですけど、2年生の頃から始めていましたか?

ジェイ 始めていましたね。

山本 企業のインターンは、何が面白かったんですか?

ジェイ そうですね、やはり社会人の価値観というか、
    考え方に触れたりするのが面白かったのと、
    どんどん、学校にいては知り合えない人達と
    知り合えるのが楽しかったです。
    後は地元が田舎だったので、
    都会にいて、様々な経験している人と会う事は刺激的で、
    それが楽しかったんだと思います。

山本 誰か一人、A会社のBさんが話した言葉で、
   印象に残る内容とか、
   人生訓みたいな考え方というのはありますか?

ジェイ そうですね。
    今までの考え方を覆されたのは、
    「日本の歴史をもっと知れ」、と言われました。
    「もっともっと好きになれ」、と言われた事ですかね…

山本 それはなに関係の方ですか?

ジェイ それは、「採用コンサルタント」という本(??)を
    出版されている人でしたね。

山本 余談ですが、上記の考え方についてちょっと言うと、
   (むしろ、世界に目を向けている人こそ)
   「日本の歴史をよく知ってほしい」という事は、
   よく言われています。
   
   要するに、日本の事も知らないで
   世界の事を論じることは出来ない、
   なぜならば、比較する対象がないからだ、という事になります。
   国際関係学科は、数十ありますけど、
   そのうちのいくつか、大学で「新渡戸稲造」という方が書いた、
   「武士道」という本を、推薦図書に挙げている大学は多いですね。
   理由は宗教のない日本は特殊だからです。
   日本人の70%が宗教を持っていないとされています。
   世界では、一般的には、70〜80%の国民が
   何らかの宗教を持っているのが普通です。
   各国の宗教が、その国における倫理観や道徳を
   作っているとされています。
   そんな中で、日本は非常に特殊な国です。
   宗教がないのに、非常に犯罪が少ない国の一つです。
   その背景にあるのが、
   「新渡戸稲造の武士道」だと言っている人もいます。
   私もその本を一度読みましたけど、本の内容については、
   半分くらい賛成で、半分くらい反対というところでしょうか…
   
参考:山本敏晴のブログより
新渡戸稲造、武士道に関するツイート 20120520まで 1026字
http://is.gd/3GwKOW


・・・

大学時代のインターンシップのコネで就職


山本 ええと、次に行きます。
   インターンシップをして、どういったところに行こうと
   思っていたんですか?

ジェイ そうですね。
    「自分のやりたい事やチャレンジを、
    応援してくれる会社がいいな」と思っていました。
    どこの業界に行くとかはなくて、
    行きたかったのは商社一本だったので、
    海外に拠点があって、
    社風が、「自由に意見が言えて」というのがあって、
    「若いころに活躍できる」、というのが
    当てはまっていれば良いなと思っていました。

山本 『商社』というのもあやふやな単語で、M財閥系とかですね、
   T自動車系とか7つ位でかい商社があるんですが、
   その他に、中堅、弱小、ベンチャー等もあります。
   「自分の意見が生かせる」ことを重視していたということであれば、
   弱小かベンチャーを狙っていたという事で宜しいでしょうか?

ジェイ はい。

山本 なるほど。
   では、学生時代のインターンシップの中で
   弱小やベンチャーにも行ったという事ですか?

ジェイ 行きましたね。

山本 インターンシップでそういうところに行った際に
   将来の就職のお願い、コネ、人脈作りはしましたか?

ジェイ はい。

山本 アプリケーション(会社への就職希望の申請書)のメールなどを
   送り出したのはいつごろからですか?

ジェイ それをやり出したのは、大学3年生の冬ですね。

山本 結局、合計何社位にそれを出しましたか?

ジェイ エントリーしたのは、10社もないと思います。
    エントリーした時点で、今の会社に内定決まっていたので、
    殆ど自分の中で行くって決めていた中で、
    普通に就職活動っていう流れでやっていたというのもあって
    登録したというのもあって、殆どそういった意味では、
    就職活動していないですね。

山本 結局、就職した企業は、
   アルファベットの頭文字で言うと何ですか?

ジェイ Iです。

山本 I社ですね。
   それは、大学時代のインターンシップで行った会社ですか?

ジェイ 行きました。

山本 そこで人脈やコネを作ったんですね。

ジェイ はい。

山本 それは、一番理想的なところですね。
   大学時代が2003年〜2008年3月だったので、
   2008年4月に今の会社に入社しているんですね。
   現在が2012年ですから、4年半位いるという事ですか?

ジェイ はい。

山本 そのI社では何をしていましたか?

ジェイ 最初は営業をやって、その後、
    アシスタントで営業のフォローをして、
    受注発注をやったり、電話応対をやったり、
    その他は、中小企業なので、何でもやらなくてはいけなくて、
    品質管理や購買業務をしていて、
    新卒対応をしたりしていました。
    5年くらいやっていました。

山本 最初、営業にいたという事ですが、何をされていましたか?

ジェイ エレクトロニクスの検品や掃除ですね。

山本 分かりました。


・・・

協力隊に応募した理由は?


山本 では、いよいよ協力隊ですね。
   結論から言うと、
   1回落ちて2回目受かったという事で宜しかったですか?

   まず、1回目の事を聞きますね。
   何年の春募集、又は秋募集に応募しましたか?

ジェイ 23年の秋募集です。

山本 2011年の秋募集ですか?

ジェイ そうですね、2011年の秋募集ですね。

山本 1次試験(書類審査)用の紙に書いて、
   提出したけれども、落ちた、という事ですね。

ジェイ はい。

山本 協力隊に募集する場合、色んな理由が人によってあるんですが、
   ひとつは今の会社が合わないとか、日本が合わないとか、
   個人的な生活とか悩みをかかえている場合ががあるんですけど、
   あなたは、その時点で、今の会社に不満は何かありましたか?

ジェイ そうですね…
    将来性が見えなくなっていたのと、
    このまま、この会社に骨を埋める訳ではないんだろうなと
    思ったので、協力隊に募集しました。
    それも不満と言えば不満なんですけども…

山本 会社に入って、3年目くらいでそう思ったという訳ですね。
   3年間の間で、国際協力の世界を思い出すような出来事が
   あったんですか?

ジェイ そうですね、ありました。
    小学生の時に都道府県のHにいた時に、
    『少年の船』という、2週間くらいかけて、
    グアムとサイパンに、小学生と中学生が行く事業があるんですが、
    基本的には、船の中で集団生活するのが目的なんですが、
    そこで知り合って、
    ずっと、学生のころまで連絡取り合っていた人が、
    青年海外協力隊に行く事になって、
    モンゴルに行く事になったんです。

山本 男性ですか、女性ですか?

ジェイ 女性です…。
    その知らせが、来て…
    それが(協力隊を)思い出すきっかけです。

山本 Eメールか何かが来たんですか?

ジェイ はい。

山本 それは、いつですか?
   会社の何年目位ですか?

ジェイ それは…3年目が終わって、4年目の春くらいでしょうか…

山本 それは1回目の青年海外協力隊を応募した時の頃ですか?

ジェイ はい。

山本 他には何かありますか?

ジェイ 高校の同級生が…大阪外国語大学に行っていた友達が、
    大学を休学して協力隊に参加していたというのもありますし…
    
    あと、本当にインターンシップしていた時にいた人の兄弟、
    お姉さんに協力隊出身者が多かったというのもあります…

山本 ああ、そうですか…なるほど…
   あなたのたどってきたような『コース(経歴)』の場合は、
   社会企業や社会起業家とかに進むパターンも、
   結構多いんですけども、
   あなたの場合は、そちら関係の人との接触は、
   殆どなかったという事ですか?

ジェイ ないです。

山本 不思議だ…。
   分かりました。
   
   あと、NGO(非政府組織)系とも接触なかったですか?

ジェイ ないです。
    全く違うNGOのボランティア活動もしてましたけれども、
    国際協力関係ではないですね。

山本 分かりました…。
   では、ここではこの話題については、
   あまり突っ込まない様にしますね…
   
・・・
・・・

インタビューの後半は、こちらへ
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65758697.html