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はじめに。

レモンさんは、青年海外協力隊として、
2010年〜2012年まで、
アフリカのU国に派遣された女性です。

当時、27歳で、帰国後の現在、30歳に
なっています。

職種は、「村落開発普及員」でしたが、
具体的な案件の内容は、「ネリカ米の普及」などの
稲作や農業に関わるものでした。

ただし、
以下に記載されている、莫大な情報は、
青年海外協力隊に行こうと思っている人であるなら、
(農業関係の人でなくても、)
一度は、読んでおいた方が良いと思う内容です。

青年海外協力隊に派遣された人の、約8割が、
「思うような活動ができなかった」と言っている理由が、
如実に記載されているからです。

なお、誤解のないように、記載しておきますが、
私の活動は、
「国際協力をしようとする人を増やし、
 かつ、
 本当に意味のある国際協力をする人を増やす」
ことです。

つまり、以下を記述している理由は、
日本政府のJICA(国際協力機構)や、
青年海外協力隊という「システム(体制)」の
限界や欠点を知った上で、
それでも、
いかにして、よりより国際協力を現場で行うかを、
各自に考えて頂きたいから、であります。

・・・
・・・

派遣前の記録はこちら(全6回の記事)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65762726.html

派遣後の記録はこちら(全4回の記事)
その1
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65766576.html
その2
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65766577.html
その3
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65766578.html
その4
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65766579.html

・・・
・・・

以下、その1、の目次です。

目次

レモンさんの概要
派遣前はアジア学院で『農家の知恵』
語学合宿ではワークショップ
合宿では各国の国旗と国歌
派遣国に持っていくべきは、ヘッドライトと、シャボン玉?
派遣国の首都での省庁回りは、なし
派遣された地方自治体は「サブカウンティ」
派遣国の人々の平均月収は?
カウンターパート(相棒)と、任地での挨拶回り  
途上国からの「要請主義」の裏
TICAD(東京アフリカ開発会議)
案件は当初の予定通りだったか?
協力隊はODAの「戦力」か、役に立たないかの問題
日本政府による、ODA(政府開発援助)とは何か
ミスター・ネリカ米、坪井達史


・・・
・・・

レモンさんの概要


山本 2013年1月16日午後3時15分、
   NPO法人宇宙船地球号、山本敏晴です。
   青年海外協力隊に行って、帰ってきた、
   元ウチの宇宙船地球号のボランティアスタッフで、
   CSRランキング(企業の社会的責任)の調査をしてくれた、
   通称レモンさんのインタビューを行いたいと思います。
   よろしくお願いします。

レモン よろしくお願いします。

山本 レモンさんは、過去に、既に協力隊に行く前に
   インタビューをしていて、
   2010年の3月23日の山本敏晴のブログに6回連続で、
   記事が掲載されていますので、
   まずはそれを読んでください。

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65762726.html

   それを読んだ後に、この記事を読むと、
   協力隊への派遣の前後の様子がご覧いただけると思います。
   
   2010年3月の段階で、27歳の女性だったんですけれども、
   今、何歳ですか?

レモン 今、30歳です。

山本 (当時、現住所のあった)都道府県のTが出身地ですか?

レモン いえ・・・出身はG県です。

山本 出身はG県で、そこに高校までいました?

レモン はい。

山本 東京のS大学の経済学部に入って、2年間いたが、
   途中、学費がなくなったので、
   バイトしてお金を貯めて、3年生から再度同じ大学に入って、
   無事卒業されたという訳ですね?
   卒業したのは平成18年の3月という事は、
   2006年3月という事ですね?

   その後は、株式会社Fに入社して、
   東京のマーケティングの部署にいたという訳ですね?

レモン 環境エネルギーの、
    マーケティング、リサーチャーをしていました。

山本 協力隊に受かったのが、2010年の2月か・・・。

レモン 2月7日が合格・・・。

山本 この会社に5年間くらいいたの?

レモン そうですね4年1カ月ですね。

山本 マーケティングの会社にいた時に、
   2010年2月に合格して・・・。

レモン 会社にいたのは、4月末までですね。
    4月末に退職して5月から『事前補完研修』があったので、
    それに参加して、
    7月から始まった福島の二本松の訓練(語学合宿)に2ヶ月いて、
    それから9月30日に日本出発・・・。

山本 2010年9月にアフリカのU国に行って、2年位いたの?

レモン 2年半位・・・2年1カ月強・・・。
    ちょっと延長したんで・・・。

山本 帰ってきたのは、いつでしたっけ?

レモン 2012年11月の6日に日本に帰国しました。

山本 昨年2012年11月6日に、日本に帰国したと言う事ですね?
   現在、帰国して4カ月程経ったという事ですね?
   以上が概要ですね。
   
   生い立ち等については、「派遣前の記事」に書いてあるので、
   今回は割愛します。
   
・・・

派遣前はアジア学院で『農家の知恵』

   今回は、何処から行きましょうか・・・。
   今回は、『技術補完研修』と福島二本松の辺りから
   行こうかと思います。

   派遣前の技術補完研修ですけれども、
   ‖射邀発普及員として受ける場合と、
   △△覆燭涼甘する案件に特化した、
   研修を受ける場合とがあります。
   ところが、『事業仕分け』で予算が削られたため、
   最近は一つに減らされることが、多いんですけど、
   あなたの場合は、2つありましたか?1つでしたか?

レモン 2つでした。
    まずは、村落開発普及員が絶対に受けなければいけない研修が、
    2010年6月に5日間位、東京でありまして。
    それとは別に、その前の5月に、3週間、私の場合は、
    栃木の『アジア学院』というところに行きました。
    
参考:アジア学院
http://www.ari-edu.org/

    途上国の人達が(日本に研修に来て)、
    有機農業を学ぶところがありまして、
    そこで、3週間、農業の研修を受けました。
    『稲作』を教える隊員だったから、
    そこに行かされたんだと思います。
    
    農業の技術を憶えるというよりは、
    (村落開発普及員の技術顧問の)結城(史隆)先生が言うには、
    「農家の人の知恵を学びなさい」という趣旨で、
    そこに3週間くらいいましたね。 

山本 それを学ばせるの面白いですね。
   『農家の人の知恵』というのは、どんな事だと思いますか?

レモン ある物を工夫して農作業に使うだとか・・・。

山本 具体例は・・・?

レモン 農機具とか餌箱とか掃除道具とか、買わなくてすむものは、
    自分たちで作っていたんですよ。
    そこで自給自足ができるように、自分たちで作れるものは、
    自分たちで作るようにするだとか・・・。

山本 例えば、牛が食べる餌箱を、
   その辺にある箱で代用するとかですか?

レモン そうですね・・・。
    どう言ったらいいんだろう・・・知恵・・・。

山本 鋤(すき)とか鍬(くわ)とか、
   自分で作るわけにはいかないですよね。

レモン そこまではいかないですけど、
    『炭を作る道具』も、廃材を利用して作っていたりとか、
    色々、工夫しているなと思いました。

山本 なるほど。それはアジア学院のほうですね?

レモン はい、そうです、そうです。

山本 補足ですが、去年(2012年)の年末から今年にかけて
   『村落開発(普及員)』で行く農業案件の人は、
   技術補完研修は1件しかなかったんです。
   やはり事業仕分けの関係で、
   事前研修が減らされたんじゃないかと思っております。

・・・

語学合宿ではワークショップ


山本 次は、語学研修ですね。
   協力隊に行く前は、
   福島にある二本松研修所か、長野にある駒ヶ根研修所のどちかで、
   主に、語学研修を受ける事になるんですけれども、
   レモンさんの場合は、二本松の福島のほうに
   行くことになったという事で宜しいでしょうか?

レモン はい。

山本 勉強した語学なんですけれども、
   植民地時代の宗主国である英語、フランス語を勉強する場合と、
   現地語を勉強する場合とあるんですけども、どちらでしたか?

レモン 英語でしたね。

山本 現地語の勉強は、全然・・・現地に行くまではノータッチでしたか?

レモン はい、そうです。
    アフリカ隊員で、現地語を勉強する人は、少なかったです。
    タンザニアはいなかったので、分からないんですが。
    ケニアの少年教育だとか、
    そういう人しか現地語を勉強していなかったんです。
    あと、皆、英語かフランス語、どちらかを勉強していました。

山本 二本松の合宿ですけども、私の知っている範囲では、
   基本的に午前中に(基礎的な)英語の勉強をして、
   午後にいわゆる『ロール・プレイ』をします。
   代わりばんこに、教師や生徒のふりをして、
   授業をする練習をする、ということです。
 
   例えば、学校隊員であれば、学校隊員同士で、
   
   という風に聞いていたんですが、
   あなたの時はどの様なものでしたか?

レモン はい。
    その様に、午前中は『ホームクラス』といって、
    日常で使う英語を中心に学習して、
    午後が、『テクニカルクラス』といって、
    職業別に学ぶものでした。

    私のいたクラスでは、『ワークショップ』を
    2ヶ月のうちに5回やっていました。
    必ず、(生徒が主導して)
    代わる代わるにワークショップをやって、
    ある時は、自分がプレゼンターで、
    ある時は、参加者で参加する、という事をやっていましたね。
    
    プラス(その上)授業があった・・・。

山本 協力隊の人と話をしていると、
   よくワークショップという単語を使うんですが、
   非常に頻繁に出てくるんですが、
   一般の人は何なんだか分らないと思います。
   あなたの場合は、どういう事を指して使っていますか?

レモン 何か、特定の技術や知識を人にシェアする(分け合う)ときに、
    それを煮詰めて、それをレクチャーする・・・。
    教える、皆で勉強する事を、ワークショップといいますね・・・。

山本 なるほど。

   ワークショップについて、補足の説明をします。
   一人の講師が、40人を前に授業を行っても、
   生徒の反応が分かりずらい・・・、
   効率が悪い・・・、寝てしまう・・・などの事があるので、
   生徒を教える方に参加させよう、という取り組みの一つです。
   (講師の)講義中であっても、
   (生徒に)どんどん喋らせて取り入れる、
   喋らせるように講師が水を向ける、というか相互に
   フィードバックの掛け合いを行うタイプの講義を
   ワークショップというのかなと理解しています。

・・・

合宿では各国の国旗と国歌


山本 あと、興味本位なのですが、
   福島の合宿で、「軍隊のような訓練を受けたと言っている女性隊員も、
   (これまでのインタビューで)
   数人いたんですけれども、要するに、
   号令、整列、国旗掲揚(けいよう)、
   派遣国の国旗の掲揚等ありましたか?

レモン ありました。
    号令はあったかな?
    「何班揃いました」というのはあったと思います。
    ラジオ体操があって、(今も)6時半位に放送していますよね?
    当時もその位にありました。
    かつては、マラソンみたいなものがあったと思いますが、
    現在では、なくなりました。
    (40才以上の)『シニア(ボランティア)』も
    一緒(合宿に)に入るようになったと思うんで、
    シニアの方に、
    あまりつらい事はさせないということになったと思うんで。

    国旗掲揚の時に、国歌が流れる事もあったと思います。

山本 「君が代」とか、歌うんですか?

レモン 色々変わっていくんですよ。
    日にち変わりで、今日はケニア(の国家)、
    今日はエジプト、みたいに・・・。

山本 二本松では、総勢何名位の人がいましたか?

レモン 200人位いたかな・・・。

山本 派遣国は40カ国位の人ですか?

レモン アジアと、東アジアと、
    南部アフリカと、ガーナだけ・・・。

参考:
それ以外の国へ派遣される人は長野の方の合宿所へ行く。

山本 すると、(福島の二本松に)200人隊員がいるけれど、
   派遣される(可能性のある)国は現在85カ国位だと思うので、
   長野と福島に二分されると思うので、
   40ヶ国前後だと思うんですよ。
   すると、2ヶ月間ある60日の間に、
   毎朝違う国旗を掲揚しても、40カ国位しかないから、
   少なくとも各国一回ずつ見られるはずだ、ということになります。

レモン それでも、2回転したんですよ・・・。

山本 それじゃ、(福島の隊員たちが行く国の数は)
   30カ国位だったんだね。

レモン その国の隊員が、その国の国歌を憶えてきて歌ってくれて、
    未だに、エジプト国歌とか頭に残ってます。

山本 あー、そうですか。

レモン 面白かったです。

・・・

派遣国に持っていくべきは、ヘッドライトと、シャボン玉?


山本 どうでもいい話でしたね・・・。
   次ですね。
   合宿が2ヶ月間で終わりましたね、いつ終わりましたか?

レモン 2010年9月9日です。

山本 次、何しましたか?
   (福島の合宿が)終わってから派遣される日まで、
   1週間しかなかったっていう人もいれば、
   1カ月位あったという人もいるんですが、
   あなたの場合、何日位ありましたか?

レモン 9月9日出所の9月30日出国でした。
    皆それくらいでしたね。

山本 その3週間の間で、どんな準備をしましたか?

レモン (スーツケースの)パッキングも手間ではなかったですし、
    訓練所で途上国経験の長かった子に(必要なものを)聞いて、
    それを買いだしたり。

山本 具体的に、3つ位言ってもらっても良いですか?

レモン 1つだけあるんですが、『ヘッドライト』です。
    あれないと、「トイレで落ちるよ」と言われて。
    確かにあれがなかったら、トイレ行けなかったですね。

山本 なるほど。
   これを解説しますと、ヘッドライトとは、
   ライト(懐中電灯)を額に充て、
   頭部にバンドで円周上に巻きつけ固定するもの、
   そして、乾電池で稼働するものです。
   (要するに、登山用の、額につけるライトです。)
 
   これがなぜ必要かというと、両手が自由になるという事と、
   (途上国の田舎では)電灯など一切ないので、
   夜中にトイレに行ったり、
   例えば、夜中に強盗に襲われて逃げる時、
   両手が自由になり、電池で稼働し、
   電球で自分の正面が照らせる物が必要だ、
   という事で宜しいでしょうか・・・。

レモン そうです、そうです・・・。
    全く使わなかったのが『手品道具』。
    子どもに受けるんじゃないかと持って行ったんですが、
    子供が多すぎて、学校教室も200人に対し行ったとしても、
    何がどうなっているんだか分らないので、
    全く必要なかったです。

山本 あと、現地の人と仲良くなるために、
   手品以外に『折り紙』を折るのもいいと
   言っている人も過去にいましたが、
   折り紙系は、あなたは持って行きましたか?

レモン 持って行かされたんですが、友達がいいと言うので・・・。
    でも、あんまり・・・。
    場所を選べばよかったんでしょうが、
    そんなに良い道具じゃないというか、
    「私にもちょうだい、私にもちょうだい」といって、
    群がって凄い状態になるので、
    仲良くなるのに良いツールではなかったなと思います。

    仲良くなるのに良かったツールは、『シャボン玉』くらいですね。
    これはもう何処の国行っても大人気でしたね。
    少しの休憩時間に、
    「肌の白い変な人がいる」といって寄ってきても、
    ポケットからシャボン玉を「フー」と吹くと、
    ワーっと寄ってきて良かったですね。

山本 あなたは、(現地の人と仲良くなるためには)
   シャボン玉を推奨すると・・・。

レモン そっちの方が・・・。

・・・

派遣国の首都での省庁回りは、なし


山本 2010年9月末に、U国に行ったという事でいいですね。
   一般的には、最初の1カ月は、首都等で、
   関係省庁の関係する部署に挨拶回りをするとか、
   国によっては、現地で使う言葉を勉強するために、
   首都付近でホームステイ等をする場合があったり、
   首都に、協力隊用に寄宿舎・ドミトリーが
   あったりするケースがあるんですけれども、
   レモンさんの場合はどうだったかを知りたいので、
   それをまずは伺いますね。

   省庁まわりはしましたか?

レモン していないですね。
    U国では『現地訓練』というのが2週間位しかなくて、
    今はちょっと長くなって、3週間位にはなったんですけれども、
    他の国だと、1カ月現地訓練をまずはしたりするんですが、
    U国の場合は、語学訓練が(その中で)5日位しかなかったです。

    省庁回りは他の隊員はやりますが、
    私の場合は、『村落開発普及員』で『稲作普及』だったので、
    回るべき省庁は、そんなになかったんですね。

山本 農林水産省の様なものは、なかったんですか?

レモン ありましたが、
    そことはあまり関連した仕事ではないので、
    医療系だとか、小学校教員とかは省庁回りしますが、
    消防や水関連の仕事をする人たちは、
    『水省(みずしょう)』に行ったりするんですが、
    私は仕事柄省庁回りはする必要がなかったです。
    
    日本大使館に表敬に行った位でしょうか。
    あと、健康診断に行ったでしょうか・・・。
    ガイダンスと語学訓練に5日間行っただけで、
    (首都での)2週間は、すぐに経って、現地赴任でしたね。

山本 2週間の間は、日本大使館と、
   健康診断とがあったくらいと言いましたが、
   現地での語学研修は、なかったんですか?
   ホームステイみたいなのは、なかったんですか?

レモン U国の大学の語学の先生をホテルに呼んできて、
    首都近辺で話されている言葉を学びました。
    
山本 U国の首都近辺で話されている言葉を学んだ訳ですね。
  
レモン はい、5日間・・・。
    (田舎の)赴任先の言葉は違うんですけど・・・。

・・・

派遣された地方自治体は「サブカウンティ」


山本 次は、赴任先の場所です。
   東西南北で言うと、U国のどこら辺ですか?

レモン(通常、協力隊の隊員は、『地方自治体』の中の、
    どこかの部署に配属となりますが、)
   東ですね。

山本 州・群・県・市町村の何処に派遣されましたか?

レモン 県の県庁配属でした。

山本 派遣された場合、その地方自治体が、
   2年間住むアパートメント等を用意してくれている場合と、
   自分で用意しないといけない場合とあるんですが、
   あなたの場合はどちらですか?
   用意されていましたか?

レモン 用意されていました。
    場所は、元々は県の『サブカウンティ』に配属されて
    そこの宿舎に入る予定だったんですけども。

山本 『サブカウンティ』とはなんですか?

参考:
『sub-county』
アメリカ等の国において、『州』(state)の下の行政単位を
『county』という。
ここでは、そのさらに下にある小さい行政単位を言うと思われる。

レモン 『群』のようなものでしょうか?
    行政単位の県の中に、6つの群があり、
    それらをサブカウンティと言います。
    
    そこに配属されるはずだったんですが、
    住居の都合がつかなくなったので、
    県の県庁所在地に住むことになっていたのです。
    私の前任者が家を探して、ここが適当じゃないかなという事で
    JICA(国際協力機構)に安全確認をしてもらって、
    ここだったら良いだろうと言う事で、
    県庁がいくらくらいもらっているのか、
    いくらなら出せるかと、家賃も県庁が出してくれていましたね。

山本 JICAが安全確認してくれた住居に、
   (前任者に)引き続いてあなたが住んだという事ですね。

レモン はい。

山本 1階しかないアパートメントを(英語で)
   『フラット』と言いますが、そのような感じの建物ですか?

レモン そうですね。
    フラットで、『コの字型集合住宅』で、
    5世帯位住んでいるアパートです。

山本 家賃はいくらか知っていますか?

レモン 最初、電気なかったんですよね・・・。

山本 日本円でいくらですか?

レモン うーん・・・。
    半年くらい電気なかったんですよね。
    (その状態で、月に、)1600円位かな・・・。
    1ドル80円くらいなんで・・・。
    (電卓をたたく)

山本 レモンさんは、自他ともに認める
   『数学が弱い』という人ですね・・・。
   派遣前のブログを見てみると分かります。

参考:
派遣前の記録を参照(全6回の記事)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65762726.html

レモン そうなんですよね。
    私も、今朝(そのブログを)確認しました。
    経済学部でマーケティングリサーチャーなのに・・・。

    電気が来るようになってからは、
    月に、2300円位ですね・・・。
    (電卓をたたく)

・・・

派遣国の人々の平均月収は?


山本 日本人の平均年収が430万から560万円位なので、
   月給にすると25万円から30万円位なんですが、
   アフリカの、あなたが行ったU国の人々の平均月収は、
   いくらくらいか知っていますか?

レモン 分からないですね。
    アパートの家賃は知っていますが・・・。
    平均月収とかは知らないいですね・・・。

山本 一般的に途上国と言われる国は、
   (公務員の月給が)8000〜15000円の間くらいのことが多いです。
   1万円前後位が多いので、日本人の1/20位です。
   途上国とは言っても、中国のような新興国から、
   アフガニスタンのような、完全に壊滅している国もありますので、
   一概には言えませんが。
   
   あなたの『カウンターパート』の給料はいくらだったんですか?

参考:
途上国側の人で、自分の仕事の相棒となる人のことを、
カウンターパートと言う。
協力隊の場合、途上国の地方自治体の職員などが、
それになる場合が多い。

レモン カウンターパートは、サブカウンティーの
    『アグリカルチャー・オフィサー』と、
    『アシスタント・アグリカルチャー・オフィサー』でした。
    アグリカルチャー・オフィサーというのが、
    大学の農学部を出ている人でした。

山本 大卒・・・。

レモン この人の月給が大体4万円でした。

参考:
この金額は、途上国の公務員の給与としては、高い。

    私の手当てとしてもらっていたのと同額なんですね。

参考:
協力隊は、2010年当時、毎月、日本の銀行口座に約9万円、
現地で約4万円、もらっていた。
合計で、約13万円の「給料」だったことになる。

    アシスタントカルチャーオフィサーというのが、
    大学を出ていないオフィサーで、
    経験年数を経ていても、月収1万円くらいです。

山本 (U国の平均月収を推測するために必要な情報は)
   あとはその、U国で大学を卒業している人の割合が、
   何割位いるのかという事ですね。
   
・・・

カウンターパート(相棒)と、任地での挨拶回り   


山本 ではまず、あなたのカウンターパートの確認です。
   県の中にある、6つのサブカウンティーと言われる
   郡の様なものの地方公務員である、
   という事で宜しいですか?
   アグリカルチャーオフィサーというのは、
   農業を担当する地方公務員のリーダーという事で
   宜しいでしょうか?
   直訳するとそうなりますが。

レモン 『農業普及員』(と私たちは呼んでいました)。

山本 その2人が、
   カウンターパートだったという事で宜しいでしょうか?
   結局首都には、1週間しかいなかったんでしたっけ?

レモン 2週間です。10月1日に現地について15日に赴任しました。

山本 赴任したら、サブカウンティーのオフィスに行って、
   今度こそ、挨拶(省庁への挨拶回り)とかしましたか?

レモン しました。
    行きがてら、サブカウンティーと県庁と
    県庁の偉い人とか・・・。

・・・

途上国からの「要請主義」の裏


山本 話は戻るんですが、そもそもあなたが
   (任地に派遣される、はるか前の)2009年の時点で見た
   秋くらいの要請案件は、
   U国のK県のサブカウンティーの自治体から
   要請があったものという風に考えて宜しいですか?

レモン そうですね・・・。
    ですが、純粋に、そこ発信かというと、違うような気もします。
    JICAのプロジェクトの意図もあったと思うので、
    JICAがプロジェクトの都合でどこかに入れたいと思って話を
    (各地の地方自治体に)もっていて、
    ぜひうちに・・・。
    みたいな感じになったのかなと思いますけど・・・。

山本 どっちがどっちに持っていたんですか?
   JICA側から案件を募集する場合と、
   現地の自治体から言ってくる場合がありますが。
   前者の方が多いんですが・・・。

レモン 前者の方だったと思います。
    (その時点でJICAのやっていた)プロジェクトに
    関連していたので・・・。

山本 JICA側が、(なんらかの)農業案件を
   実施させていただきたいと思っていたので、
   地方自治体の方に、Eメールとか文書でそれを応募たところ、
   U国のS兼のサブカウンティーの一つから、
   「ウチでやって下さい」というような
   依頼が来たという事ですね?

レモン そういう事だと思います。

・・・

TICAD(東京アフリカ開発会議)


山本 なるほど・・・。
   ここで余談ですが、日本のアフリカ援助の一部を解説します。

   日本は1993年から『TICAD(東京アフリカ開発会議)』という
   『枠組み』を作って、アフリカで農業普及員を
   数千人作るとか、医療技術者を数万人要請するとか、
   各分野において数値目標を決めて、ずっとやってきています。
   それに関連して、
   日本のODA(政府開発援助)の予算が使われています。
   5年に一度開催されており、
   第4回(TICAD4)は2008年に横浜で開かれました。   
   2013年に再び横浜でTICAD5があります。

   このTICADは知っていますよね?

レモン はい、はい。

山本 今言った、TICADの一部を(U国でも)やっている事を
   知っていますか?

レモン TICADの一部・・・あまりよくわからないです・・・。

山本 そうですか・・・。
   話(インタビュー)が終わってからじっくり調べておきます。

参考:
山本敏晴のブログより
東京アフリカ開発会議(TICAD、TICAD)に関するツイート
20120511まで 6603字
http://is.gd/kn4NBq

・・・

案件は当初の予定通りだったか?


山本 あなたの案件の話に戻りますね。
   (青年海外協力隊に)行く前の段階で、
   (協力隊の)秋募集のホームページの中で読んだあなたの案件には、
   何て書いてありましたか?
   
レモン U国では、今JICAの『技術プロジェクト』として、
    『ネリカ米振興計画』というのが進行していて、
    それに伴い、青年海外協力隊が、
    そこの地域の活動に参加していますと書かれていました。
    また、この案件は『後任要請』であると
    (前任者がいる案件だと)。

    U国では米の消費量が凄く増えていて、
    副大統領もその活動を応援しているんですけれども、
    農業が『粗放的』であったりするため、
    生産性が今一つ良くないとされています。

    そこで、派遣された隊員には、農業普及員と協力して、
    生産性が上がっていく指導をするだとか、
    お米を育てた事がない人に対する指導普及だとか、
    流通上の課題だとか、マーケティングを考えるだとか、
    そういった事が求められます。
    といった要請でしたね。

山本 と2009年の秋募集に、書いてあったんですね。
   で、ここで協力隊の案件の問題の一つを、説明します。
   
   地方自治体の人が、「こういった事を希望する」と書いたのが、
   2009年の前半か、または2008年位だった可能性があります。
   あなたが行った2010年の9月から、10月までの間に、
   一年半以上の時間が経過している可能性があります。
   要するに、『ニーズ』として、古い可能性があります。
   U国のK県の人達がにとって、
   1年たった現在の状況は変化してしまっていて、
   その案件が必要なくなっている場合があるという事です。
   こうしたことは、他の協力隊員が、多数、経験しています。
   
   このため、要請内容が変化してしまうケースも
   良くあるんですけども、
   あなたの場合は変化しましたか?
   ほぼその通りでしたか?

レモン ほぼその通りでした。

山本 その点では、スムーズ(問題なし)だったんですね。


・・・

協力隊はODAの「戦力」か、役に立たないかの問題


レモン 途上国側の地方自治体の配属先には、凄くやる気があって、
    その案件の事を望んでいたんですけど・・・。

山本 配属先というのは、そのサブカルティーの人々、
   ということですか?

レモン 私の配属先は(本当は)県庁なんですね。
    ディストリクト・オブ・アグリカルチャー・オフィサー
    という人が、私の上司なんです。
    そこに配属されて、
    各サブカウンティーのアグリカルチャー・オフィサーと共に
    (稲作などの)普及をするという事なんです。

    サブカウンティーのほうも、県庁の方も、とてもやる気があって、
    要請どうりのお米の指導だとかを望んでいたんです。
    また、お米隊員は私だけじゃなく、
    他の地域にも15人位とかいたんです。

    ところが、JICAの『技術プロジェクト』との関係性みたいなのが、
    問題になりました。
    どれだけの責任を私たち(協力隊員たち)が持っているのか、
    ということが論点となり、
    技術プロジェクトとの間で、
    そのあたりの齟齬(そご)がありました。
    というのは、・・・。

・・・

ODAとは何か


山本 ちょっと待って下さいね。
   読んでいる人に解説をします。

   日本が外国にやる援助は基本的には、外務省が取り仕切っていて、
   ODA(政府開発援助)と言います。
   それを実施する機関が、JICAで、外務省が所管している組織です。
   3つの事をしています。

   1つはお金をあげること、贈与、無償資金援助といます。
   2、円借款といって、お金を貸してあげる援助。
   3、技術協力プロジェクト。

   『技協』とか『技プロ』とか言いますけど、
   (直接は、お金をあげない)技術的な協力なんですね。
   協力隊は、”一応”、この三番目の技プロの一部です。

   でも、技プロの主力は、JICAの『技術協力専門家』と呼ばれる、
   年収800万円くらいで、JICAから(一時的に)雇われる、
   ちゃんとした大学の助教授などです。
   相当の専門性をもっている人が、
   プロとして、ボランティアではない形でやるのを、
   『JICA専門家』といいます。

参考:
「青年海外協力隊は、プロではなく、ボランティアだ」、
ということにJICA内ではなっています。
ところで、余談ですが、一般に日本語では、
ボランティアとは、「無給で、なんらかの良いことをする人」
のことを指します。
協力隊員は、13万円の月給をもらっているのに、
(無給であるはずの)ボランティアとは言えないのではないか、
という議論が、以前からあります。
上記の問題は、民間のNGO(非政府組織)から途上国に派遣され、
交通費は、自腹(じばら)を使い、月給は無しで働いている、
本当のボランティアの人々から見た場合、
かなり、「頭にくる」状況だ、ということです。
以下、話を戻します。

   繰り返しますが、技術協力プロジェクトというのは、主力として
   JICA専門家がやっているという事です。

   ところがこうした枠組みの中で、
   技プロの中にどれだけ協力隊が関わるのかという事が、
   (途上国の)現場でも、日本のJICA本部でも、
   JICA専門家の間でも、問題というか、
   議論になっているということです。
   
   何故かというと、
   ”完全な”専門家であるJICA専門家が
   プロジェクトをやっている中に、
   ほとんど専門性のないボランティアが入っていた時、
   役に立つのか立たないのか、という議論があるという事ですね。

   ODAの戦力として青年海外協力隊を使うんだという意見と、
   しょせん、ボランティアだから役に立たない、
   という両方の意見があります。
   要するに、協力隊を”馬鹿にしている”人が、
   現地側にも、中にも外にもいると言う風に私は認識しています。
   というのが、協力隊が途上国で仕事をする際に、
   知っておかなければならない、
   『状況』の一つだ、ということです。

・・・

ミスター・ネリカ米、坪井達史


山本 ここからレモンさんの話に戻りますね。
   あなたは、今、私が色んな事を話していましたが、
   「いや、それは違う山本さん」とか、
   そこはあってるとか思うところは何かありましたか?

レモン そういう事だと思います。

    案件要請を見ると、稲作普及の村落隊員
    (村落開発普及員)というのは、
    技術プロジェクトに絡んで派遣されている印象を、
    凄く受けます。
    そもそもお米プロジェクトに関して、
    村落開発普及員が募集されるようになった要因は、、
    2008年に坪井(達史)専門家という方が、
    米、稲作を普及させようとU国に入ったことです。

参考:
米、コメ、稲、イネ、坪井達史、ミスター・ネリカ米に関するツイート
20120530まで 5944字 
http://is.gd/5yf57Q

    しかし、(坪井さんでも)自分一人じゃ、
    何もできないという事で、
    効率よく普及させていくのに、協力隊員を使おうと思って、
    『稲作』で募集をかけたら、
    あまり募集が集まらなかったそうです。
    このように、『農業隊員』は集まりやすくはないので、
    (農業の毛件はないけれども)
    『村落開発普及員』を募集して呼び寄せて、
    まず彼ら彼女らに必要な知識をつけて、
    (U国の)各地に派遣させて、広く(稲作の技術を)
    普及させようとしたんです。
    それが、最初の始まりで・・・。

参考:
このように、JICA専門家の中にも、協力隊員を「戦力」として
使おうとする人は、一部ではあるが、いるのである。

山本 それが、協力隊の『ネリカ米普及隊員』の、
   始まりだっていう事ですか?

レモン はい。
    それが2008年から派遣され始めた初代隊員です。
    (2010年からの)私たちが二代目の隊員です。
    (2013年の現在)、U国にいるのが、三代目隊員です。

山本 一代目隊員は何人くらいいたんですか?
   2008年、数人か十数人かで言うと何人くらいですか?

レモン 十人未満だと思います。

山本 数人ですね。
   二代目隊員もそんな感じですか?

レモン 私が帰国する段階で十数人くらいです。
    15〜18人位いましたね。

山本 あなたのやるプロジェクトは、基本的に、
   JICA専門家の一人の、「ミスター・ネリカ米(まい)」
   と呼ばれる、
   坪井さんが始めたプロジェクトだということですね。
 
   協力隊を、現地のU国で指導して、
   各県やサブカウンティーに散らばって、
   『教育された事』を(各地方自治体で)
   教育している、と・・・。
   そんな感じですか?

レモン そうですね。
    それで上手い事いっていた地域もあったんでしょうけど・・・。
    2008年に関しては、すごくうまくいっていた隊員もありました。
    一方で、米普及なんて意味がないという事で、
    やらなかった隊員もいました。
    ともかく当時は、ある程度、
    それで上手くいっていたプロジェクトでした。

    ところが稲作の技プロが本格化してきて、
    専門家の数もものすごく増えてきて、
    お米の普及に関しても、各県庁の行政システムを使って
    普及をさせるようになりました。
    各地方自治体が、省庁と連携してやっていくようになると、
    そんなに協力隊の存在意義が大きくなくなってしまう・・・。

・・・

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