2018年06月30日

渡部直己氏の問題と教育と批評

渡部直己氏のセクハラ問題の推移を見て、思うところがいろいろと出てきた。他にすべきことがたくさんあるが、頭がすっきりしないので書こうと思う。数年前に群像新人文学賞(評論部門)の優秀作をもらったものの、ろくに第1作も発表できずにいる僕は、自分としては「文壇」のプレイヤーとはほど遠いと思っているが、その一方で、「新人小説月評」を担当したり、定期的に書評を書かせてもらったりしているので、はたから見たら「文壇」のプレイヤーなのかもしれない。渡部氏とは面識があって、一緒に呑んだこともある(向こうは覚えているかわからない。名前くらいは認識していると思うけど)。あとは、『すばる』(2016年2月号)の批評特集内記事「近代日本の文芸批評を知るための40冊」で『不敬文学論序説』を紹介したことがある。文芸批評に携わる者としてはそのような立場から、加えて、中等教育の現場で働く教育関係者の立場から、自分の考えを表明しておきたい。

1、渡部直己氏は「教育者」なのか

まず一般論として、権力の非対称性を利用した渡部氏の行為は明らかにセクハラだと、僕も思う。そして、セクハラは許してはいけない。本人も認め、辞表願いを出しているし、謝罪含め、被害者のかたが少しでも納得するかたちで事が進むことを願う。「文学」とか「文壇」とかいう話とは別に、「非対称的な関係性を利用したセクハラ案件」として、粛々と対応すべきだ(しかし、報道されている早稲田大学側の対応は現状ひどい)。ちなみに、渡部氏のセクハラ行為が有名だったかそうでないか、という議論があるけど、僕は初めて聞いた。

さて、今回の件で個人的に腹立たしく、また、ぬるいと思ってしまうのは、例えば、渡部氏の教え子の倉数茂氏のnoteの文章に出てくる、このような一節。

私の知っている渡部直己は、傲慢な怪物でも、鈍感な権威主義者でもない。いや、威張りんぼではあるけれど、他者の痛みにも敏感で、学生の資質に惚れ込む献身的な教育者でもあったというべきか。その教育スタイルと今回のセクハラが結びついているのが悩ましいところなのだが。

渡部直己は学生に入れ込む教師だった。(…)これぞ、と思った学生にのめり込み、時間を割き、力を伸ばすために努力を惜しまない。そういう教師だった。そもそも学生と一緒にいるのが好きだった。私たち大学院生は、毎週のように彼と飲みに行き、カラオケに付き合わされ、時には野球で汗を流した。今、そういうタイプの教員がどれほどいるだろうか。

「学生の資質に惚れ込む献身的」な姿を、そのまま「教育者」(の鑑)として扱ってしまう点がぬるい。あるいは、社会との接点を見失っている。現在の「教育者」に求められているのは、昔ながらの濃密な人間関係だけではない。いや、濃密な人間関係を求めること自体は良いだろう。でも、例えば「それは教え子への無理強いとなっていないか」「教え子の保護者はどう考えるのか」「お気に入り以外の学生はどう思うのか」などなど、現在(いや、昔からか)の「教育者」には、当然のことながら考えるべきことがたくさんある。それを無批判に甘美な思い出とともに語ってしまう点がぬるい。

中学校・高校の教育現場で働いているからなのか、過剰に反応してしまう。中等教育の現場において、授業にしても部活にしても、生徒のために「時間を割き、力を伸ばすために努力を惜しまない」という態度は、良くも悪くもわりとよくある光景である。そして、そのうえで、同時に、保護者対応、相性の合わない生徒へのケア、もちろん授業準備や雑務などをおこなっている。「学生の資質」があろうがなかろうが「献身的」であらざるをえない。それが「教育者」の通常的なモードではないか。というか、基本的には「献身的」な性格の仕事だ(もちろん、ここにブラック労働という問題も潜んでいる)。だから、「学生の資質」から判断して「献身的」「のめり込み」の度合いを変えてしまう点が、僕の基準からすると、すでに「教育者」としてはダメなのだ。ましてや、今回のセクハラは、他ならぬその「献身的」「のめり込み」の過剰さが生んだものに他ならないではないか。

したがって、腹立たしいのは、倉数氏の文章が「教育者」としての立場の延長としてセクハラ行為を位置付けている点にある。そうではなく、渡部氏は端的に「教育者」的ではない、と言うべきなのだ。もちろん、学問にしても部活にしても、個別の才能に期待をかけることはあるだろう。しかし、その才能を伸ばすために「のめり込」むというのは、単なる前近代的な徒弟制度でしかない。近代的な「教育」の制度に乗っかっているのだから、社会との接点を保ちつつ、個々の才能を伸ばすことを考えるべきである。くり返すが、渡部氏が抱くような学生への期待や「献身的」な態度は、ごく普通にありうる情熱である。その情熱自体は否定されるべきものではない。しかし、例えば中等教育で問われるのは、その情熱をどのようなかたちで発揮するかである。自分や信頼すべき同業者がそういう地点で日々試行錯誤しているときに、渡部氏のような、特定学生に対する「のめり込み」や周囲を無視した安易な囲い込みを「教育者」の姿としてしまうことが、とても腹立たさしい。むしろ、「教育者」としてのスキルがないことのあらわれではないか。あるいは、お気に入り以外の学生に対する情熱がないことのあらわれではないか。倉数氏は「その(渡部氏の)教育スタイルと今回のセクハラが結びついているのが悩ましい」と書いているが、「悩まし」くなんてない。真っ当な教員は、普通にハラスメントなしで情熱的に向き合っている。

たいした学問的業績もないので説得力はないが、僕が大学の教員を目指さなかった(中等教育の現場で踏ん張ろうと思った)のは、そういう「大学的なぬるさ」(「大学的」という偏見まじりの雑な言いかた、申し訳ないです)によるところもあった。いや、もちろん、見聞きする限りでは、ほとんどの大学と大学教員は試行錯誤をくり返しているし、全然ぬるくない。逆に、中等教育の現場にだって異常なことはたくさんあるだろう。それらは個別の問題としてつねにある。しかし、ろくにカリキュラムへの意識もなく、年間授業予定の提出ひとつで文句を言い(面倒な作業であることはよくわかる)、自分の関心のみを言い連ねるような一部の「大学的な」光景を目にするにつけ、「大学的なぬるさ」を感じる。教養主義的なツッパリかたかもしれないし、実際、正しく教養主義的な態度というのもありうるだろう。ただ、僕自身は反教養主義者なので、モチヴェーションに欠ける子どもたちに対して、エンタメ的に学問や批評的営為を実践することのほうが「教育」の意義を感じる。端的に、難しい用語を自己満足的に使う感じが好きではない、というのもある。ポピュラー文化が好きなので。

これは、批評家としての僕の態度表明でもある。ネット上で「渡部氏は批評家か、教育者か」という問いかけを見かけたが、僕自身は、批評的な実践として教育者であり続ける、という自己意識がある。「資質」のある、もともと批評的なセンスのある人と批評の話をするのは、楽しいかもしれないが、閉鎖的だと感じる。そうではなくて、批評のことなんかこれっぽちも知らない、興味のない相手に対して批評を開いていくことのほうが、批評的で教育的で刺激的だと感じる。だから、日々、必ずしも関心の高くない中高生に対してあれこれと話をするのだ(とは言え、自分が関わる生徒はいわゆる頭のいい生徒ではある。テストという装置ももちろんある)。エンタテイメントとしての批評を披露するのだ。それが、かつて聴く耳をもたなかった白人に対して黒人の歴史を訴えた、敬愛するKRSワン流「Edu-tainment」である。はなから聴く耳のない者に届かせる言葉はいかなるものか。日々そういう言葉の錬磨をしている、という実感がある。例えば、ネトウヨっぽいやつもいる教室で、どのようにエスニック・マイノリティの話をデリバリーしよう。そういう言葉の強度を探っているつもりである。ろくに文芸誌に文章も発表できていないのでえらそうに言う気はなかったが、この機会に言うと、そういう意味で、日々、自分は批評を生きているというつもりでいる。そのとき、いわゆる肩書きとしての「文芸批評家」にどのくらい意味があるのだろう、とか考える。文芸誌に掲載することにどういう意味があるだろう、とか考える。

さきほど、大学を悪者かのように書いてしまったけど、多くの大学だって同じように日々学生たちに直面しているだろう。だから現在、大学職には、エンタメもできて危機管理もできる中等教育の経験者が重宝されるとも聞く。そんな時代にあって、渡部氏的な、普通に「教育者」としてダメな振る舞いが見過ごされていたのはなぜか。本当に「文壇」的な力学が渡部氏的な振る舞いを容認にしていたのか。大学の人事を掌握するほどのわかりやすい権力が「文壇」にあるとは考えにくい。しかし、「文芸誌などのメディアで活躍している有名批評家だから、教育者としてはダメでもそんなものだ。むしろ個性的じゃないか」という雰囲気はありそうな気がする。その雰囲気がずるずるとセクハラ容認の雰囲気を醸成していた可能性もある。以上は推測だが、個人的にはリアリティを感じる。それがぬるいし、腹立たしい。大学と中高は異なるとは言え、また、活躍の規模も異なるとは言え、こちとらメディアで活動しながら、同時に教育者であることに心血を注いでいるつもりなのだ。

2、口止めをした「教授」と「男性教員」について

ネットの情報を総合すると、「教授」=水谷八也氏、「男性教員」=市川真人氏だろうと推測されるが、なにが確定情報かわからない状況ではある。以下、「教授」と「男性教員」とする。被害者にあたる女性が目の前で相談している状況において、目の前の彼女より体裁を優先する、という「教授」の行為がすごく嫌だし、おおいに問題だと思う。ここで組織を優先するというインセンティヴが働いている時点で、組織として歪みも感じられる(ただし、内部で真っ当に動いている人がいるのだとも思う)。そして、「男性教員」のほう。口止めにまわるとか、本当にこそこそしていて嫌だ。また、記事で告発されている授業のありかたもひどく、もし事実だとすると、やはり「教育をなめてくれるな」である。ごくごく一般的な意味で、学生のほうを向くこと。それができないのであれば、「教育者」にあたいしない。別に「毎回90分みっちり授業しろ」とか「祝日も授業やれ」とか、融通のきかないことを言うつもりはない。良い感じに力を抜いてやればいいと思う。ただ、大学の文系学部で語られがちな「授業を真面目にやらない」系エピソードは、昔から好きではない(これも「大学的なぬるさ」として捉えている)。ましてや、学生が問題視していたにもかかわらず(実際に別の教員に報告もしている)、「男性教員」の振る舞いが野放し状態だったとすれば、それは、「男性教員」の大学教員というポストへの執着と大学側の「文芸誌などメディアで活躍している人」へのひいきが、両側から絡み合った結果ではないか。くり返すが、そういう全体の雰囲気がずるずると今回のようなセクハラに発展した、という感触がある。

ちなみに、市川真人氏については個人的に印象に残っていることがある。というのも、かなり昔、前田塁の文章がわりと好きで、講演会かなんかに行った。でもそのとき、「僕は3か月働いたらひと月くらい休まないとダメなので(3か月以上働けないので、だっけか)教員業しかできないんだよね」みたいな発言をうっとりとしていて、「休みたくても休めない人もいるだろうに、大学教員なんていう立場からそういうことを言うとは、なんか鈍感な人だな」と良くない印象をもった。2回ほど一瞬話したことがあるけど、向こうは覚えていないだろう。『早稲田文学』周辺に独特な閉鎖的サークル性を感じていたのはたしかだが、それは、どんな集団も少なからずそういう部分があるだろうとも思う。

3、(女性)批評家という存在について

今回、「文壇」関係者が渡部氏を追及しない点、市川真人氏の名前がなかなか出てこない点に、「文壇」の「隠蔽」体質が指摘されている。この「隠蔽」批判が、もし、「渡部氏や市川氏に対してヘタに言及すると「文壇」で干される」みたいなことをイメージしてのことだったら、それはさすがにないと思う。渡部氏や市川氏が「文壇」を牛耳っているわけはない(ただし、両氏に気に入られたい小説家・批評家志望者はいたと思う)。だから、沈黙=隠蔽というのは良くない決めつけだと感じるし、応答責任がどこまで発生しているのかも、正直よくわからない(名前の出ている『早稲田文学』および市川氏、水谷氏はあるだろう)。もし、今回、渡部氏や市川氏を批判することによって「あいつの仕事を無くしてやろう」みたいな動きが起こるのだとすれば(さすがにないと思うが)、そんなのはしょぼ過ぎるので、勝手にすればいい(さすがにないと思うが)。しがみつく理由もない。いわゆる肩書きとしての「文芸批評家」にこだわっているわけではないので、もともと多くない自分の仕事がなくなったところで、日々、一生懸命、自分なりの批評を実践するまでである。

ただ、今回の件で考えてしまうのは、そんな僕自身、良くない権力に加担している可能性がある、ということだ。思い出すのは、同業界の女性と雑談程度に「批評」の話をしていたときに、僕の「批評」に対する考えを聞いた女性が、ふと「ああはいはい、男の子的な批評ね」と言っていたことだ。その言葉はすごく心に残っている。今回、ネットで「文芸界隈自体がホモソーシャル」とか「女性の批評家がおらず書評家やライターばかり」といった話題を目にした。今回の件が起こる以前から、「女性の批評家がいない」という問題はずっと考えていて、何人かの知人や編集者とも話題にしたことがある。ブログに書こうとしたこともあったけど、考えがまとまらないので辞めていた。なぜ、女性の「批評家」は少ないのだろうか。

例えば、「批評」(「評論」でなく「解説」でなく)という響きに込められた、作品から自立するのだ、という態度。実作者である小説家をも押しのけて「この作品はこうなのだ!」と言い張る「批評」の態度そのものが、もしかしたら、ホモソーシャルな文芸業界に生きる女性にとっては、かなり現実的にしんどいものなのではないか。作品や作家に対抗するように「批評」するなんてただでさえしんどいことなのに、女性はそこにさらにしんどさが上乗せされているのではないか。女性の論者が「批評」を避けるとき、そこには男性中心的な文芸業界に対するうっとうしさがあるのではないか。「批評」業界という実体があって、それが「女人禁制」を敷いている、というそんなわかりやすく悪い話はありえない。しかし、微細な力学が女性を「批評家」という肩書きから遠ざけている、という可能性はある(だから、故・田中弥生氏はやはり重要だった)。だとすれば、男性である僕が無邪気に批評の自立性を謳うこと自体が、ある種の特権としてあるのではないか。「文壇」の権力になど加担した覚えはない。だけど、権力と無縁でいられないのもまたたしかだ。群像新人文学賞の優秀作を受賞し、「批評」の自立性を基本態度とし、あれこれ評してきた。ときには偉そうに。それ自体は誠実なことだと信じてやっているし、それ自体が否定されるべきことではないと思う。だけど、その「否定されるべきことではない」行為が、すでに男性の既得権としてある気が、「男の子的な批評」という言葉を聞いて以降、していた。『批評空間』周辺の言説から「批評」に触れ始め、その歴史性を意識しながら「批評とはこういうもの」というイメージを抱き、あれこれ書いたり考えたりしていたが、それ自体がすごく男性中心的なパラダイムにいる気がしてくる。「文壇」プレイヤーとはほど遠いと思っている僕もまた、男性中心的な「文壇」をずるずると延命させているひとりではないか。考えすぎ、あるいは、余計なお世話かもしれないが、けっこう悩んでしまう。この「ずるずる」が、自分の気がつかないところで、誰かの声を抑圧する雰囲気に加担していそうで心が暗くなる。渡部氏のセクハラ問題がそうだが、権力から無縁であるかのような、あるいは、権力に対して反発しているかのような振る舞いこそ、別の権力や抑圧に支えているという凡庸な構造がある。見ようによっては「別にお前は関係ねーよ」かもしれないが(そういう気持ちもなくはない)、とにかくいろんなことをあらためて問い直したい。

自分のことばかり書いてしまいましたが、あらためて、被害者が少しでも納得できるようなかたちを望みます。


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2018年04月08日

加藤秀行『海亀たち』(新潮社)の書評を『すばる』に!

海亀たち
加藤 秀行
新潮社
2018-01-31

いま売りの『すばる』5月号に、加藤秀行『海亀たち』(新潮社)の書評を書きました。本作もまた、これまでの加藤作品と同様、グローバル化した資本主義社会を舞台としています。交換によって実体以上の価値が発生するという資本主義のダイナミズムを徹底的に描いた本作は、いまだ単純な反グロ/反資本主義を掲げがちな文学業界(というか、最近だと『文学界』か)に対して、挑発的で良いと思います。ただ、本作には、このような作品世界を内側から喰い破るような契機があって、それが、労働生産者と商品の二重性を生きる(ベンヤミン)「街娼(たちんぼ)」の存在。本作は、そのことに無自覚なように見えます。一方、グローバル社会を背景に「街娼」的なものについて描いているのは、同じくタイを舞台にした空族の映画『バンコクナイツ』で、新人小説月評でも書いたように、僕はやはり、『バンコクナイツ』のほうが良いと思ってしまう。本作・書評ともども、よろしければ!


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2018年03月29日

インディー文芸誌『Witchenkare』に寄稿しました!

多田洋一さん主宰のインディー文芸誌『Witchenkare』が4月1日発売ですが、そろそろ書店に並び始めています! 今回の装丁はなんとなくラスタなイメージ! 僕はまた学校シリーズで、「学校ポップスの誕生 アンジェラ・アキ以後を生きる」と題して、Jポップ化する合唱コンクール(「学校ポップス」と名付けた)や、ユニコーンやブラフマンを替え歌するサッカー部の応援歌(チャント)、吹奏楽部やダンス部の音楽など、学校という場所に流れる音楽のかたちについて書きました。遠く、柳田國男『民謡の今と昔』を意識しています。よろしければ!


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2018年03月28日

1991年と小室哲哉のコンプレックス――LL教室の試験に出ない90年代J-POP[1991年編]に向けて

いよいよ、星野概念さんを迎えたLL教室のイベントが近づいてきました! まだまだ席に余裕があるみたいなので、ぜひ予約・参加して欲しいです!

4月1日(日)@荻窪velvet sun
LL教室の試験に出ない90年代J-POP[1991年編]
ゲスト:星野概念(精神科医、ミュージシャン)
http://www.velvetsun.jp/new-events/2018/4/1/41-ll90j-pop-1991ll

「1990年代」というディケイドの括りではなく、1年ごとの区切りで見て行こう、という趣旨で始まったこのシリーズ、なるほど「1991年」という共時性で見えてくるものがありそうです。LL教室・ハシノ先生のブログもぜひご一読ください。

「1991年のこと」―森の掟
http://guatarro.hatenablog.com/entry/2018/03/25/010506

思ったのは、1991年には、次なる時代を彩る多くのジャンルが出揃っているな、ということ。ハシノ先生のブログで言えば、ニルヴァーナ『NEVERMIND』の出現もあって、アメリカでメタルからグランジへの移行が始まったこと(映画『レスラー』における「ニルヴァーナが出てきてダメになった」というセリフは、「プロレス」的フィクションが受け入れられなくなった時代を示す名セリフだ!)。とは言え、日本ではまだまだメタル人気が高かったこと。ダンスカルチャーのがロックに合流した、マイ・ブラッディ―・バレンタイン『LOVELESS』の年であること。ダンスカルチャーと言えば、電気グルーヴがメジャーデビューをして、日本でテクノが市民権を得ていく時期とも言えます。あるいは、レッド・ホット・チリペッパーズ『BLOOD SUGAR SEX MAGIK』の年であること。ヒップホップの領域では、デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストなどのネイティヴ・タン勢によるニュースクールの時代で、その日本版とも言えるスチャダラパーがメジャーデビューをしています。あらゆる音楽をコラージュしたフリッパーズ・ギター『ヘッド博士の世界塔』がリリースされたのも1991年です。

「1991年」という年で輪切りにしたとき、国境を越えてさまざまな音楽が流れ込み、それがかたちになっていったようなイメージを抱きます。このような傾向はもちろん、戦後からゆるやかにあったのだろうけど、一方で、湾岸戦争が起こった1991年が冷戦崩壊前後の時代であることを考えると、グローバルな経済活動の促進と歩みをそろえているような気にもなってきます。前述のスチャダラパーは、この年、「ボーズBar〜Yo! 国際Hah」という曲を歌っています。「24時間働けますか」というバブル直前の狂騒のなかで、強迫的ながんばれソングや、それとは裏腹の新興宗教問題とかも潜在しており、当時の社会背景がおぼろげに浮かんでくるようです。

久しぶりに、烏賀陽弘道『Jポップとは何か』(岩波新書)を読み直したら、1991年に関することで面白いことが書いてありました。1980年代以降の音楽現場におけるデジタル化に触れたところです。

このデジタル技術がもたらした機械化・省力化・効率化がどれほどすさまじい大量生産を生んだか数字を挙げよう。九一年、なんと一年で五百十組の歌手・バンドがデビューしたのである。


このような音楽バブルとでも言うべき状況が、90年代のメガヒットの時代を形成します。そのトップに君臨するのはやはり小室哲哉だと思いますが、興味深いことに、楽譜も読めない小室はまさに、音
楽におけるデジタル化の申し子だったということです。烏賀陽も「こうしたデジタル技術が楽器や音楽制作の現場に入ってこなければ、小室の成功もなかっただろう」と書いています。

1991年のヒット曲のひとつに、チャゲ&飛鳥「SAY YES」がありますが、飛鳥は小室との対談(『小室哲哉 with t vol.1』幻冬舎)のなかで、デジタル技術が自身の楽曲制作に与えた影響を語っています。

八〇年代、いわゆる打ち込みものが主流になる頃、僕は新しもの好きだったから注目しててね。そしたら、たまたま知り合いがそれに飛びついて、そこに足繁く通っててね、興味湧い
ちゃったんだよ。
(中略)で、実際作り出して、それで打ち込みも自分で始めちゃったでしょ。それからだよね、曲作るのが面白くなって、いわゆる量産体制っていうのかな? いいものも悪いものも含めてたくさん作ったかな。

その後、小室と飛鳥は、吉田拓郎がいかに機材マニアかという話で盛り上がるのですが、1980年代を通じて普及していくデジタル技術が、表面的にも潜在的にも、1990年代の音楽を支えているのが面白いです。飛鳥に関して言えば、デジタル化という外在的な要因が創作意欲につながっている、ということです。ちなみに、ゲストの星野概念さん(精神科医・ミュージシャン)は今回、「SAY YES」はじめ、チャゲ&飛鳥の歌詞について語ってくれるのですが、これがとても面白かったです。僕も文芸批評的な立場から、歌詞分析を試みることができたらと思っていますが、まだなんとも。

さて、小室とデジタル技術の話ですが、たしかに、小室にとってシンセサイザーというのはとても大事なものです。ナンシー関が以前、「小室にとってシンセサイザーはアイデンティティそのものだ」といったことを指摘していました。というのも、もともとメタル少年だった小室は、その細い腕がコンプレックスだった。そんな小室少年は、シンセサイザーを手にしたとき、これでエレキギターに対抗できると確信した、というエピソードがあります。小室にとってテクノとは、日本人であらざるを得ない自分がメタル的なハードさを表現するものだったというわけです。

このことは、小室に限らないのかもしれない。1991年は、B’z「Lady Navigation」、SMAPのデビュー曲「Can’t Stop」の年でもありますが、これらに共通するのは、打ち込みのビートとエレキギターということです。ビーイング勢含め、この頃のJポップは妙に、打ち込みとハードのギターという組み合わせが多いです。デジロック的ということなのかもしれませんが、印象としては、同じBPMのもと、メタルのノリをテクノとふしだらにつなげているような感じ。個人的には、この打ち込みとハードなギターというのが、すごく日本的なJポップの風景に見えます。その感じは例えば、宇多田ヒカル「Movin’ on without you」とかにまで感じます。

もしかしたら、日本人によるメタルの夢としての「Jテクノ」とでも言うべき磁場が、Jポップのある一角を占めているのではないか。例えば、小室とYOSHIKIによるユニット、V2はその儚い夢として見るべきではないか。「Jテクノ」があるとしたら、その萌芽は1991年にあるのではないか。さまざまなジャンルが出揃った1991年に。「1991年」という区切りで見えない風景が見えてくるような、そんなイベントになればと思います。ぜひ、来てください!

toshihirock_n_roll at 22:44|Permalink 音楽 | イベント

2018年03月20日

3/25(日)「武蔵野/シティ/ポップ/ライフーー郊外ミュージックの可能性」@PAPER WALL CAFE 国立店

『文化系トークラジオLife』&『F』プレゼンツのイベントが近づいてきました! 題して…

「武蔵野/シティ/ポップ/ライフ――郊外ミュージックの可能性」
【出演】滝口悠生(小説家)、大石始(音楽ライター)、柳樂光隆(音楽評論家)、矢野利裕(批評家/DJ)、長谷川裕(TBSラジオプロデューサー)
【日時】3月25日(日)18:00〜
【場所】PAPER WALL CAFE 国立店
【予約】042-843-0261 または、PAPER WALL 国立店(書籍)の店頭で。
https://www.orionshobo.com/news/698/

そもそも、このイベントは、武蔵野・多摩地域で生まれ育った長谷川プロデューサーと宮崎智之さん(ライター)と矢野が、東に重心を移しつつあるとされる現在の東京のありかた(参考:速水健朗『東京どこに住む?』集英社新書)に対して、いまこそ東京の西側である武蔵野・多摩地域のアイデンティティを立ち上げよう!、という武蔵野ルネッサンスの試みの一環と言えます。僕が関わっている評論同人誌『F』では、長谷川さんと宮崎さんによる武蔵野・多摩の地理を語り、歴史を語り、情況を語った対談を掲載しましたが(長谷川裕・宮崎智之「武蔵野・多摩のポテンシャル」『F』2017.11、必読!)、その延長として、今回、武蔵野・多摩にゆかりの深いゲストをお呼びして、音楽から見えてくる武蔵野・多摩の姿を捉えたいと思います。文化研究と音楽研究が貫通した刺激的な議論が楽しみです。

例えば、上記対談のなかで長谷川さんは次のように言っています。

僕にとって、「武蔵野」のサウンドトラックっていうのは「イギリスのアメリカ」なの。「多摩」っていうと横田基地とか、16号線とか、アメリカンな感じがするけど、「武蔵野」のほうはどこか本物ではない、線の細い感じところがある。60年代のイギリスのフォークの人たちの中でも、UKトラッドを極める方向ではなくて、カントリーのテイストを取り入れたりして、アメリカ志向の音楽を演ってた人たちがいるでしょう? イアン・マシューズとか。そういうの聴きながら野川沿いを散歩したりするの最高なんだよ。パブロックのブリンズレー・シュウォーツなんかもそうだけど、アメリカ南部的な穏やかな陽の光と干し草の香りを漂わせつつ、本物のアメリカのロックに比べると、ちょっと線が細い。フィジカル性がちょっと弱いんだよね。ザ・キンクスの『マスウェル・ヒルビリーズ』とかの、洗練されすぎもせず、泥臭すぎもせずみたいな感じ。ceroとかも、シャレてるけどお洒落過ぎず、ジャズやネオソウルの影響を受けた高い音楽性がありつつ、フィジカルさが少し細い、みたいなところもあるじゃない。ああいう、生まれついての本物じゃないけど好きだからやる、みたいな感じが僕は好きなので(笑)。ただ、八王子を中心とする南多摩的なものって、「もともと俺にある」感というか、ある種の「右」感があるよね。

明治期の日本で生糸の輸出経路となった横浜‐町田‐八王子のライン(日本のシルクロード)は、戦後、米軍基地が置かれる地域となります。敗戦後日本のポピュラー音楽において米軍基地が果たした役割は大きいものです。細野晴臣の『HOSONO HOUSE』は狭山の米軍ハウスで作られ、大瀧詠一は福生の米軍ハウスに住みました。さまざまな社会的な条件のなかで、米軍基地の並んだ国道16号線にはアメリカ音楽の蓄積があります。長谷川さんの「多摩はアメリカン」という感覚は、そのような文脈を踏まえてのことです。一方、都心から「少し」だけ離れた場所である、中央線の吉祥寺〜立川あたりのエリアは、そこまで大味にアメリカンな感じでもない。自然に囲まれ、都会的な狂騒からは距離を取りつつも、都市的な洗練さを捨てきってもいない。この微妙なバランス感覚のなかで育まれたのが、「武蔵野」的な音楽だという気がします。国木田独歩はかつて、武蔵野について書いた随筆のなかで、自然と人の生活が入り混じった「武蔵野」の風景に、イギリスの自然詩人ワーズワースの詩を読み込んでいました。武蔵野・多摩の音楽は、米軍基地の影響を受けたアメリカンな「多摩」と自然に囲まれた郊外の「武蔵野」の重層性をなによりも雄弁に語っているかのようです。例えば、「武蔵野クルーズエキゾチカ」を歌ったceroは、その最新型に見えます。今回のイベントでは、そんな武蔵野・多摩の音楽をもう一度言葉に返して、2018年現在における「今の武蔵野」(国木田独歩「武蔵野」の原題)の姿を探っていきたいと思います。

ゲストの話を。狭山で育ち西武線を舞台にした小説(『高架線』『茄子の輝き』など)も書いている滝口悠生さん(言うまでもなく芥川賞作家)は、『F』に「武蔵の駅」という素敵な掌編を書いてくれました。滝口さんは音楽にも詳しく、『HOSONO HOUSE』生誕の土地である稲荷山公園でおこなわれたハイドパーク・フェスにも行っていたほどです。西武線沿いから見た音楽的な風景、東京都心との距離感などについてうかがえたらと思っています。大石始さんの関心は、上記の文脈で言うと「アメリカンな多摩」のほうにあると言えます。最近は、国道16号線周辺の音楽の動きや中央線のヒッピー文化などにも注目されているとのこと。僕の印象では、大石さんは、日本の祭りを「グローカル・ビーツ」的に捉え直す視線や、著書『グローカル・ビーツ』『関東ラガマフィン』など、アメリカが土着的な地域文化と交差するさいのダイナミズムを活写しています。イベントでは、そのような多摩のダイナミズム、また、ご自身が育った西武線沿いの音楽シーンについてもうかがえたらと思います。柳樂光隆さんは、まずなにより、国分寺・立川を拠点とする中古CD・レコード屋、珍屋(めずらしや)の元店長という経歴があります。僕も大学院時代、珍屋でアルバイトをしていたので、柳樂さんとは、職場での先輩/後輩という関係になります。柳樂さんには、珍屋時代に見聞きした武蔵野・多摩の音楽シーンについて、また、新左翼と歩みをともにした中央線におけるジャズ文化、ceroなど最近のミュージシャンにおけるジャズとの距離感などについてうかがい、音楽における武蔵野(多摩ではなく)の姿をかたちにできたらと思います。

ということで、豪華なゲストの武蔵野・多摩の音楽エピソードを集積することで、従来的な武蔵野・多摩のイメージを批判的に継承しつつ刷新しよう! 次なる時代に向けてブランディングしてしまおう!、という壮大な野心を込めたイベントです。まあ、僕(ら)の野心は二の次でも良いのですが、まずは”霏¬遏β針狠楼茲砲住いの人、そして、音楽(とくに、中央線フォーク、ジャズ、シティポップ系、日本のブラックミュージックなど)に関心がある人、上記´△魴鵑佑真諭△爾厖茲討い燭世韻燭藉鬚靴い任后D螳が埋まりつつあるので、お早目に予約いただけると確実です。

お待ちしています!

【思いつくままの参考音源】※すみません、イベントで話題になるかはわかりません。
















toshihirock_n_roll at 00:08|Permalink イベント | 音楽

2018年03月17日

いとうせいこう・星野概念『ラブという薬』(リトルモア)/LL教室イベント4月1日(日)@荻窪ベルベットサン

LL教室(スーパーモリノ、ハシノイチロウ、矢野からなる音楽系ユニット)のハシノ先生から、次のゲストに星野概念さんはどうか、という提案があり、4月1日(日)荻窪ベルベットサンでおこなわれる「LL教室の試験に出ない1990年代講座――1991年編」には、星野概念さんが決まりました!

ぜひ、以下から予約してください!
っていうか、「LL教室の試験に出ない音楽講座」シリーズは、けっこう画期的な試みも多いので、毎回来て欲しい! あと、書籍などのかたちで残したいので、そのあたりも相談に乗ってくれるかた、お願いいたします、マジ。

LL教室の試験に出ない90年代J-POP[1991年編] ゲスト:星野概念(精神科医、ミュージシャン)
www.velvetsun.jp/new-events/2018/4/1/41-ll90j-pop-1991ll

ということで、今回はタイミング的に、いとうせいこうさんとの共著『ラブという薬』(リトルモア、祝増刷!)の発刊記念の意味合いもあるので、この本で星野さんを知ったというかたもぜひ。

僕(いとうせいこうファン)も読みましたが、これ、めっちゃいい本。自分としては、普段の仕事と呼応することが多くて、かなり実践的なものとして受け取っていました。とくに、相手の「感情」をどう共有していくか、という話が良いです。いや、相手の「感情」をおもんぱかるって当たりまえのことのようにも思えるかもしれないけど、相手の立場でもなく、相手の考えでもなく、「感情」を理解するところから始めましょうというのは、本当に切羽詰まった相手に対しては、とても大事な対応だなと、おもに自分の仕事を振り返りつつ思いました。そのための「認知行動療法におけるストレスの基本モデル」も参考になります。図式的に整理できることは、できる限り整理して、丁寧に不安を取り除く。こころの動きもある程度構造化しているところがあるので、その構造をすっきりさせれば、認知的なリフレーミングも無理なくおこなえるかもしれません。なるほど。あとはやはり、神田橋先生の「離魂融合」の術! 僕も昔から誰かの悩みとか愚痴を聞くのが好きなところがあって(もちろん「面倒くせっ!」と思うこともあるので、勝手な言いぶんではあるのですが)、そのときはだいたい、その人になり代わるようなイメージを抱きます。そんな自分の性質からすると、「自分の魂の半分を相手に憑依させるようなイメージ」の「離魂融合」は、自分も「対話」の可能性に開かれているのかな、と身近に読むことができました。なんか、日々、「ラブ」が足りていないな、と思うときは、たしかにあるわけですよ。作業量などの微細な不公平に文句を言っていたり(言ってしまったり)。色々なことを色々な条件のなかでやるしかないのに。だから、知られざる精神科の現場(本当に知らなかった!)での「ラブ」をめぐるやりとりに元気が出ます。患者さんと「対話」する精神科医には繊細で芸能的な身振りが求められるのだなと思ったけど、たしかにこの解放感は、芸能的なそれだと強く思いました。

ラブという薬
いとう せいこう
リトル・モア
2018-02-22


さて、ハシノ先生から星野さんの名前を聴いて、僕ももちろん、お名前は存じ上げていたし、臨床医でありながらクリエイティヴな活動をしている点には、おおいに共感をもっていました。ただ、個人的には、音楽のことを語っている印象はあまりなかったので、そこは、以前から交流のあるハシノさんを中心に展開される話が、出演者ながら楽しみです。星野さんとくに、どうやらチャゲアスが気になっているようで、たしかに「1991年におけるチャゲアス的なるもの」がどのようなものだったかは、解明したいですね。フロイト用語を援用して「社会の無意識」みたいなことを言ってしまうことが妥当なことかどうかはわかりませんが、1991年の日本社会に生きた人がどのような「感情」を共有していたのか、そして、その「感情」に対して、音楽がどのように働きかけていたのか、そこに「ラブ」はあったのか。そういうことを考えられたら良いと思います。なにせ「SAY YES」に加え、「ラブ・ストーリーは突然に」と「愛は勝つ」の年ですから。

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2018年03月09日

博士の異常な欲望――『藝人春秋2』の蒐集

たしか2012年の年末、『文化系トークラジオLife』(TBSラジオ)に出演したとき、今年の一冊として、水道橋博士『藝人春秋』(と、安藤礼二『祝祭の書物』)を紹介しました。道化論ばかり読んでいた時期でもあり、タイミング的なことも含め、とても刺激的な読書体験だったので、のちに長い感想をブログに書きました。その感想については、博士さん自身もリアクションしてくれました。

「境界領域に立つ者のドキュメント――水道橋博士『藝人春秋』(文藝春秋)を読んで」
http://blog.livedoor.jp/toshihirock_n_roll/archives/51757877.html

続編となる『藝人春秋2(上)(下)』をずいぶんまえに読みました。博士さん自身、広く書評・感想を求める旨、ネットで発言していたので、今回も書こうと思います。ただ、あまりにも多くの仕掛けがある本書を読み解くのは、たぶん僕の知識と注意力では限界がありそうです。だって、上下巻を貫く「芝浜」の円環構造とか全然気づかなかったよ! 博士さんによる仕掛けの数々は、枡野さんと古泉さんによる『本と雑談ラジオ』でもいろいろ明かされているので、そちらをおすすめします(そして、TBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』2018年2月20日回を聴くことをおすすめします)。だからここでは、必ずしも著者自身が意識していない(と思われる)本書の構造について書きたいと思います。本人すら了解していないことを「こうなのだ」と言い募るのが、批評家の詐欺師的性質だ。

僕は前作のテーマを、彼岸(芸能界)と此岸(日常)をつなぐことだと捉えていた。異形な芸能人を語ってきた文章が、障害者の存在に触れながら、最終的に死者(彼岸の住人)に捧げられることで終わる。彼岸と此岸をつなぐ『藝人春秋1』の、その構成がとても見事で感銘を受けた。だとすれば、博士はそのとき、彼岸/此岸の境界に立つ道化的な存在となっている。一方続編となる今作では、その立場を一歩進める。芸能界に対してはより介入的になり、さらにそれは政界にまで及ぶ。異形の者たちが集う彼岸に潜入して、彼らを撃つこと。『藝人春秋2』では、『007』になぞらえながら、スパイとしての自身の状況介入的な立場を明確に打ち出している。

道化からスパイへ。あるいは、道化から探偵へ。

本書において、まず見るべきはこの点だ。では、これはなにを意味するのか。通常読み取られるべきは、問題ある政治家への、そして、それに加担するメディアへの批判姿勢である。橋下徹、石原慎太郎、猪瀬直樹など、ウォッチされるべき公人に対して博士の追及は厳しい。『週刊文春』のメイン記事にすべきとも思える社会的な問題を、竹中労のルポさながらに追っていく。社会や政治に対する状況介入的な態度は、前作にはなかった本書の大きな特徴である。スパイとなった博士は、自らの筆で敵を始末しようとしている。「死ぬのは奴らだ」と。

しかし、そこまで踏まえてなお、スパイであることの真の意味は別のところにあるのではないか、と思える。今年定年を迎えた、学魔こと高山宏は、19世紀末のヴィクトリア朝イギリスについて考えるなかで、コナン・ドイルが作り出した、探偵シャーロック・ホームズにおける蒐集の欲望について論じる(「殺す・集める・読む――シャーロック・ホームズの世紀末」『アリス狩り』)。高山によれば、ホームズもワトスンも、社交界の記録、官界の醜聞、人事関係、事件関係の一切を収集し、索引化し、所有し、捜査の材料とする。ホームズの推理は、これらの断片を独自につなぎ合わせることで、通常の人には見えないものを紡いでいくのだが、そのとき「ホームズは事実そのものの集積に、索引のための材料のコレクションに熱中しているのである」。そこには、世界を文字化し、索引化するというホームズの異常な蒐集の欲望がある。
かれにとっては世界よりも、世界の文字化、索引化の方が魅惑的である。ホームズの索引とワトソンの日記で世界は二重に文字へと平板化され、ホームズの部屋の中へ、アルファベットの秩序の中へ、コナン・ドイルの意識の中へと「所有」される。世界が文字へと標本化されると言ってもよい。

そしてホームズとワトソンの、世界を文字の裡に収集するという感性を、ホームズ作品そのものが見事になぞっていく。推理小説ほど細部(ディティル)が「伏線」として重要なジャンルはないわけだから、それを口実にして、ここでは世紀末文学特有の細部への惑溺趣味は存分にそのはけ口を見出すことができたのである。

僕が言いたいのは、博士は二重スパイだった、ということだ。道化という立場から権力を撃つスパイとなった博士が、人知れず『藝人春秋2』に密輸入したものは、実は、このホームズ的な蒐集の欲望に他ならない。したがって、高山にならってこう言おう。博士は、権力を撃つことを口実に、事実そのものの集積に、索引のための材料のコレクションに、熱中しているのである。目を凝らして、どんな些細な情報も見逃さない。本書において、博士の蒐集や記録の欲望はくりかえし自己確認される。
その夜から、彼はテレビ界の要注意人物として、ボクの観察対象としてスタメン入りした。(上巻p.24)

テレビを見ていてもスルーできない発言は、そのまま心に引っかかり、録画を残し、メモに取る。(上巻・p.42)

自分を含めて、同時代人の年表作りは、ボクの趣味でありライフワークなのだ。(上巻・p.258)

これほどまでにボクが揺るぎなく小倉伝説を語れるのは、草野伝説と同様、伝聞だけでなく、資料にあたり、本人に裏取りをしているからだ。(下巻・p.26)

さて、この項を読みながら読者は不思議に思うだろう。なぜ、ボクが猪瀬直樹について、ここまで事細かに書けるのか?/それは、ボクが幼少の頃から記録魔で、習性のようにメモや日記を残しているからだ。(下巻・p.80)

この章では、ボクが20年に渡って書き続けている日記を軸に、資料や関連項目をピックアップし、日付や放送資料の裏を取りつつ、当時の模様を振り返ろうと思う。(下巻・p.141)

拠り所にする言葉が枯れると、新たな言葉を探して本の海をひとり泳ぎ、潜水した。(下巻・p.322)

一見、社会派ですらある本書の底辺に流れているのは、あらゆる事実を蒐集しようという博士の異常な欲望である。もちろん、政治家を追及するさいの博士の正義感は疑うべくもない。しかし、正義感を発揮するそのさなかでさえ、博士の異常な欲望は作動している。博士が行動を起こすとき、いつかこの現実を文字化して記録することを、あわよくば作品化することを、念頭に置いていなかったか。

考えてみれば、博士はつねにそうだった。博士が欠かさずに記している日記、惚れ込んだ人の年表作り、下調べと裏取りへの執着。明らかに過剰な博士の細やかさは、その異常な蒐集への欲望によって支えられている。壁一面に本のコレクションが並んでいるという博士の仕事部屋の存在は、室内を資料館化し博物館化し標本化する19世紀末の時代精神に通ずる。

そもそも、本書における事細かなエピソードの数々自体、異常な情報蒐集の結果ではないか。高山は、「まずホームズの頭の中には過去の事件が全て記憶されていて、これから自在な引用を織り合わせて新しい事件の織物(テクスト)を構成していく」と論じている。標本化され索引化された事実の断片をサンプリングし全体像を立ち上げること。通常は気づかない事実の重なりに物語を見出す博士一流の「星座」の提示は、細部の観察によって事件の全貌をつかもうとする点で、極めて探偵的な手つきでもある。道化からスパイへ、道化から探偵へ、という転身で露わになったのは、蒐集癖という博士の異常な欲望だ!

『藝人春秋2』の真の主題(テーマ)は、博士が手を変え品を変え事実を蒐集する、ということだ。ショッキングな告発的ルポルタージュさえ、『藝人春秋2』全体の構造からしたらサブテーマとなる。だとすれば、『藝人春秋2』の構造において博士の本当の敵は、橋下徹でも石原慎太郎でも猪瀬直樹でもない。

博士が真に打倒すべきは、大瀧詠一その人だ。

『藝人春秋2』の構造を真におびやかすのは、福生の自宅であらゆる情報を蒐集する大瀧詠一に他ならない。同じ「スペクター」でも、デーブではなく、フィル・スペクターの影響下にある大瀧詠一に。

実際、高田先生に連れられた大瀧詠一宅の蒐集(「コレクション」)は、異常にもほどがある。「ウィスパー・カード」やソノシートを含めた「数万枚はあろうかというEPとLP」、「数万本はあるだろう」ビデオテープ。極めつけは、「録画モード」で動き続けている「無数のビデオデッキと最新鋭の小型8mmデッキ群」。さらに、「日本の地方局くらいなら全部、観れちゃうし、聴ける」くらいのパラボナアンテナ。人並外れた蒐集行為によって支えられている本書は、語り部である博士以上の蒐集家が出現によっておびやかされる。世界中の情報を蒐集する大瀧との対面こそ、本書におけるもっともクリティカル(危機的=批評的)な場面である。

だからこそ博士は、大瀧の情報量に必死に食らいつこうとする。事実を蒐集して創造的につなぎ合わせる、そんな真の探偵は誰か。七変化する探偵の多羅尾伴内(大瀧詠一の変名でもある)は誰か。本書における真の闘争は、その点にあった。少なからぬ人が言っていたように、大瀧詠一の章に読み応えを感じるとすれば、それは、大瀧詠一の章こそが本書の構造的なハイライトだったからだ。余裕たっぷりに相手を迎える大瀧詠一は、「スペクター」の首領にまことにふさわしかった。

本書の構造を明らかにしたとき、スパイはふたたび藝人に戻るだろう。本書を通読してみれば、博士があらゆる情報を蒐集するのは、必ずしも敵を撃つためだけではないことがわかる。独自につなげ、まだ見ぬ景色=星座を提示するためだ。謎かけもダジャレも漫才のボケも、一見無関係な二項をつなげることでおかしさ(滑稽/奇怪)をもたらす。政治批判自体が目的化されているわけではない。蒐集してつなげるという藝人的な身振りが、本書においてはスパイの告発として機能しているのだ。

大瀧との対決は博士が相手を最大限に称えることで閉じられるが、その言葉は、なにより蒐集をめぐる闘争だったことを表している。――すなわち、「あなたが風をあつめたように、思わず笑ってしまう話をボクもあつめます」と。世界を文字化する蒐集の欲望こそが、『藝人春秋2』という言葉の世界を創り上げているのだ。


藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ
水道橋博士
文藝春秋
2017-11-30



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2018年03月07日

星野智幸『焔』(新潮社)を書評しました!

いま売りの『文学界』2018年4月号に、星野智幸『焔』(新潮社)の書評を書いています。ぜひ、読んで欲しいです。「政治と文学」の問題について考えるうえでも、非常に重要な短編集だと思いました。星野さんが「政治と文学」の問題にこだわり続けているのは明らかで、現在における政治小説のありかたを手探りつかもうとしている姿勢は、目を見張るものがあります。

それにしても、星野さんのサッカーや相撲に対するスタンスが面白い。「小説の自由」(保坂和志)というものがあるとして、おそらく星野さんは、その自由さと同様のものを、サッカーや相撲に見ている。星野さんもファンである浦和レッズのサポーターが、「JAPANESE ONLY」という差別的な横断幕を掲げて問題になったことがあります。これに対して、キャプテンの阿部勇樹はスピーチのなかで、「サッカーは、スポーツや社会から差別を撲滅する力を持っています」と言っていました。排外的な態度のきっかけとなるのもサッカーならば、人種や国籍などの境界を飛び越えるのもサッカーだ。ましてや、南米で育まれたサッカーは、今福龍太が『ブラジルのホモ・ルーデンス』(月曜社)で書いていたように、下半身を使ったクリエイティヴィティに満ちた美学的な側面が強いスポーツです。そのサッカーに、現秩序を批判的に乗り越えていく契機を見出す星野さんの態度、いちおうサッカー人生を歩んだものとして、とても共感します。ああ、愛すべきストイコビッチよ。愛すべきエムボマよ。

同じように、「同じ土俵の上で闘う」という言葉があるくらい、土俵も国籍や性別を越えて平等に開かれているべきかもしれない。国籍の問題、ジェンダーの問題、暴力の問題。なるほど相撲は、現代日本の問題を凝縮している側面がある。とは言え、相撲は一方で神事だから、むしろ不合理な慣習を続けることに意味があるとも言えます。相撲の神事的な側面を捨象して、スポーツとして社会に開いていくことには抵抗を覚える人もいるでしょう。僕自身はベタに近代主義的なところがあるから、前近代的な不合理はどんどん解体してしまえ、という野暮ったい意見を言いたくなります。星野さんの相撲に対する態度はわからないけど、少なくとも、『焔』収録の「世界大相撲共和国杯」などを読むと、土俵のうえの躍動感があらゆる境界を越えていくようなイメージが描かれています。星野さんは、小説に対してもサッカーに対しても相撲に対しても、この社会を変革する一歩となるような「自由」さを見ている気がします。

文學界2018年4月号
文藝春秋
2018-03-07



toshihirock_n_roll at 13:55|Permalink ブック | 告知

2018年03月06日

おれは喋るSAXは叫ぶ

少しまえにECDさんの追悼文を書いて、多くの人に読んでいただきました。

http://www.ele-king.net/news/rip/006109/

細かい、けど恥ずかしい誤りがあるのがずっと気になっていたので、ここに訂正いたします。

・3段落目10行目「でも、お金のことは関係ない」→「お金のことは関係ない」(「でも、」トル)
・4段落目「DEV LEARGE」→「DEV LARGE」
・5段落目3行目「ka」トル
・5段落目9行目「『Private Control』」→「『Private Lesson』」



ECDさんについてずっと考えている。まだ、ふと悲しくなる。ECDのデビュー作「PICO CURIE」(1990、曲自体は1980年代後半から歌われている)がメジャー・フォースから出ており、「宝島文化としての反原発」(すが秀実)の文脈にあることを考えると、晩年の政治へのコミットについてもまた異なる側面が見えてきそうな気がする。けど、まだよくわからない。加藤ミリヤ「新約ディアロンリーガール feat. ECD」がとても良い曲で、ECDのラップは言わずもがな、加藤ミリヤによるかつての少女たちへの呼びかけも良い。



toshihirock_n_roll at 22:27|Permalink 日記的 | 音楽

2018年01月25日

Together Forever

20180125_204027

とても悲しくつらいです。20年前に『BIG YOUTH』という作品を聴いたので現在があるのだ、と本気で思っています。いちばん好きな音楽家でした。ありがとうございました。

Rest In Peace. Together Forever.


toshihirock_n_roll at 21:06|Permalink 日記的 | 雑感