2019年10月21日

『JOKER』観ました。

『JOKER』、物語の展開的には、あのくらいわかりやすすぎるのがむしろ良いのかな、という微妙な評価。普通にスタイリッシュな映画という印象が強いです。ジョーカーを共感・理解可能な存在にしてしまうのは、『ダークナイト』からの致命的な後退ではないか、と思いました。同テーマなら加藤シゲアキの小説のほうが良いと思いましたが、同テーマと言っていいかはなんとも言えないです。

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2019年10月17日

ダグ・サーム

ユニオン。ダグ・サームのこれ、すごく高価だった印象がありましたが、なんと800円でした(そんなもん?)。ボブ・ディランやドクター・ジョンが参加しているテックス・メックス名盤です。素晴らしい!_20191007_205119

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2019年10月15日

シティズンシップはいかに教育されるか

路上生活者が避難所拒否された件、「税金を払っていないから当然」的な発想があるということなんですね。この類の自己責任論のような、等価交換のような発想、たしかに生徒からも感じることがあって、「自分は努力したから、このような見返りがあるのは当然だ」という主張は(自分からすると)過剰に強い印象です。教育なので、その「努力」に向き合えない生徒にいかに手をかけるか、ということを考えもするわけですが、このような考えは一部不平等に映って、努力している自分たちが不当な扱いを受けていると感じることがあるみたいです。もろ反在日・反フェミニズム的な発想ですよね。教育現場で(あるいは、実社会においても)難しいと感じるのは、そのように主張する彼らの「努力」には文句のつけようもないこと。自分がおこなったことに対して正当な(正当な?)評価が欲しい、という欲望もかなり強い印象です。

「自分にとって必ずしも大切でない人の自由や権利をも大事に考えるのだ」という近代社会の初歩的な発想を偽善的でないかたちで伝えたいと思っていますが、そのためには、まずは自分の振る舞いが利他的でなければ、と、いまは考えています。実践できているかわかりませんが。とは言え、かりに実践しているとして、そのさなか上記のようなニュースを見ると、本当にどう考えたらいいのか。「自分にとって必ずしも大切でない人の自由や権利をも大事に考えるのだ」という話は国民国家と税制の論理でもいけるが、ではそのメンバーシップに路上生活者や移民は入るのか、というのが問われるところで、これは現行の教育制度の枠内だとうまく説明できない部分があります。あまり言語化できていませんが、教育制度の枠内でシティズンシップを謳うことのちぐはぐさをたまに感じます。教育制度自体が排他的な側面をもっているので。

toshihirock_n_roll at 21:17|Permalink 教育 | 雑感

2018年12月29日

滝口悠生『愛と人生』(講談社文庫)の解説を書きました!

2010年代でいちばん好きかもしれない、滝口悠生『愛と人生』が講談社文庫になりました。よくぞ無名の俺に文庫解説を依頼してくだすった、滝口さん! 日本でいちばん『愛と人生』の魅力をわかっているとマジで思い込んでいるので、他の人が書いていたら耐えられなかったかもしれない。滝口さんの本領は、記憶の問題を繊細に描くところにはない、というのが僕の印象です。そうではなく、非常に音楽的に言葉のつらなりを捉えている。その意味では、寅さんの口上になぞらえられるもので、だからこそ、「愛と人生」という作品はスペシャルなものになっている。文庫解説、憧れていたのでとてもハッピーです。しかも『愛と人生』だなんて。絶賛発売中。ぜひ、お買い求めくださいませ。
愛と人生 (講談社文庫)
滝口 悠生
講談社
2018-12-14



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2018年06月30日

渡部直己氏の問題と教育と批評

渡部直己氏のセクハラ問題の推移を見て、思うところがいろいろと出てきた。他にすべきことがたくさんあるが、頭がすっきりしないので書こうと思う。数年前に群像新人文学賞(評論部門)の優秀作をもらったものの、ろくに第1作も発表できずにいる僕は、自分としては「文壇」のプレイヤーとはほど遠いと思っているが、その一方で、「新人小説月評」を担当したり、定期的に書評を書かせてもらったりしているので、はたから見たら「文壇」のプレイヤーなのかもしれない。渡部氏とは面識があって、一緒に呑んだこともある(向こうは覚えているかわからない。名前くらいは認識していると思うけど)。あとは、『すばる』(2016年2月号)の批評特集内記事「近代日本の文芸批評を知るための40冊」で『不敬文学論序説』を紹介したことがある。文芸批評に携わる者としてはそのような立場から、加えて、中等教育の現場で働く教育関係者の立場から、自分の考えを表明しておきたい。

1、渡部直己氏は「教育者」なのか

まず一般論として、権力の非対称性を利用した渡部氏の行為は明らかにセクハラだと、僕も思う。そして、セクハラは許してはいけない。本人も認め、辞表願いを出しているし、謝罪含め、被害者のかたが少しでも納得するかたちで事が進むことを願う。「文学」とか「文壇」とかいう話とは別に、「非対称的な関係性を利用したセクハラ案件」として、粛々と対応すべきだ(しかし、報道されている早稲田大学側の対応は現状ひどい)。ちなみに、渡部氏のセクハラ行為が有名だったかそうでないか、という議論があるけど、僕は初めて聞いた。

さて、今回の件で個人的に腹立たしく、また、ぬるいと思ってしまうのは、例えば、渡部氏の教え子の倉数茂氏のnoteの文章に出てくる、このような一節。

私の知っている渡部直己は、傲慢な怪物でも、鈍感な権威主義者でもない。いや、威張りんぼではあるけれど、他者の痛みにも敏感で、学生の資質に惚れ込む献身的な教育者でもあったというべきか。その教育スタイルと今回のセクハラが結びついているのが悩ましいところなのだが。

渡部直己は学生に入れ込む教師だった。(…)これぞ、と思った学生にのめり込み、時間を割き、力を伸ばすために努力を惜しまない。そういう教師だった。そもそも学生と一緒にいるのが好きだった。私たち大学院生は、毎週のように彼と飲みに行き、カラオケに付き合わされ、時には野球で汗を流した。今、そういうタイプの教員がどれほどいるだろうか。

「学生の資質に惚れ込む献身的」な姿を、そのまま「教育者」(の鑑)として扱ってしまう点がぬるい。あるいは、社会との接点を見失っている。現在の「教育者」に求められているのは、昔ながらの濃密な人間関係だけではない。いや、濃密な人間関係を求めること自体は良いだろう。でも、例えば「それは教え子への無理強いとなっていないか」「教え子の保護者はどう考えるのか」「お気に入り以外の学生はどう思うのか」などなど、現在(いや、昔からか)の「教育者」には、当然のことながら考えるべきことがたくさんある。それを無批判に甘美な思い出とともに語ってしまう点がぬるい。

中学校・高校の教育現場で働いているからなのか、過剰に反応してしまう。中等教育の現場において、授業にしても部活にしても、生徒のために「時間を割き、力を伸ばすために努力を惜しまない」という態度は、良くも悪くもわりとよくある光景である。そして、そのうえで、同時に、保護者対応、相性の合わない生徒へのケア、もちろん授業準備や雑務などをおこなっている。「学生の資質」があろうがなかろうが「献身的」であらざるをえない。それが「教育者」の通常的なモードではないか。というか、基本的には「献身的」な性格の仕事だ(もちろん、ここにブラック労働という問題も潜んでいる)。だから、「学生の資質」から判断して「献身的」「のめり込み」の度合いを変えてしまう点が、僕の基準からすると、すでに「教育者」としてはダメなのだ。ましてや、今回のセクハラは、他ならぬその「献身的」「のめり込み」の過剰さが生んだものに他ならないではないか。

したがって、腹立たしいのは、倉数氏の文章が「教育者」としての立場の延長としてセクハラ行為を位置付けている点にある。そうではなく、渡部氏は端的に「教育者」的ではない、と言うべきなのだ。もちろん、学問にしても部活にしても、個別の才能に期待をかけることはあるだろう。しかし、その才能を伸ばすために「のめり込」むというのは、単なる前近代的な徒弟制度でしかない。近代的な「教育」の制度に乗っかっているのだから、社会との接点を保ちつつ、個々の才能を伸ばすことを考えるべきである。くり返すが、渡部氏が抱くような学生への期待や「献身的」な態度は、ごく普通にありうる情熱である。その情熱自体は否定されるべきものではない。しかし、例えば中等教育で問われるのは、その情熱をどのようなかたちで発揮するかである。自分や信頼すべき同業者がそういう地点で日々試行錯誤しているときに、渡部氏のような、特定学生に対する「のめり込み」や周囲を無視した安易な囲い込みを「教育者」の姿としてしまうことが、とても腹立たさしい。むしろ、「教育者」としてのスキルがないことのあらわれではないか。あるいは、お気に入り以外の学生に対する情熱がないことのあらわれではないか。倉数氏は「その(渡部氏の)教育スタイルと今回のセクハラが結びついているのが悩ましい」と書いているが、「悩まし」くなんてない。真っ当な教員は、普通にハラスメントなしで情熱的に向き合っている。

たいした学問的業績もないので説得力はないが、僕が大学の教員を目指さなかった(中等教育の現場で踏ん張ろうと思った)のは、そういう「大学的なぬるさ」(「大学的」という偏見まじりの雑な言いかた、申し訳ないです)によるところもあった。いや、もちろん、見聞きする限りでは、ほとんどの大学と大学教員は試行錯誤をくり返しているし、全然ぬるくない。逆に、中等教育の現場にだって異常なことはたくさんあるだろう。それらは個別の問題としてつねにある。しかし、ろくにカリキュラムへの意識もなく、年間授業予定の提出ひとつで文句を言い(面倒な作業であることはよくわかる)、自分の関心のみを言い連ねるような一部の「大学的な」光景を目にするにつけ、「大学的なぬるさ」を感じる。教養主義的なツッパリかたかもしれないし、実際、正しく教養主義的な態度というのもありうるだろう。ただ、僕自身は反教養主義者なので、モチヴェーションに欠ける子どもたちに対して、エンタメ的に学問や批評的営為を実践することのほうが「教育」の意義を感じる。端的に、難しい用語を自己満足的に使う感じが好きではない、というのもある。ポピュラー文化が好きなので。

これは、批評家としての僕の態度表明でもある。ネット上で「渡部氏は批評家か、教育者か」という問いかけを見かけたが、僕自身は、批評的な実践として教育者であり続ける、という自己意識がある。「資質」のある、もともと批評的なセンスのある人と批評の話をするのは、楽しいかもしれないが、閉鎖的だと感じる。そうではなくて、批評のことなんかこれっぽちも知らない、興味のない相手に対して批評を開いていくことのほうが、批評的で教育的で刺激的だと感じる。だから、日々、必ずしも関心の高くない中高生に対してあれこれと話をするのだ(とは言え、自分が関わる生徒はいわゆる頭のいい生徒ではある。テストという装置ももちろんある)。エンタテイメントとしての批評を披露するのだ。それが、かつて聴く耳をもたなかった白人に対して黒人の歴史を訴えた、敬愛するKRSワン流「Edu-tainment」である。はなから聴く耳のない者に届かせる言葉はいかなるものか。日々そういう言葉の錬磨をしている、という実感がある。例えば、ネトウヨっぽいやつもいる教室で、どのようにエスニック・マイノリティの話をデリバリーしよう。そういう言葉の強度を探っているつもりである。ろくに文芸誌に文章も発表できていないのでえらそうに言う気はなかったが、この機会に言うと、そういう意味で、日々、自分は批評を生きているというつもりでいる。そのとき、いわゆる肩書きとしての「文芸批評家」にどのくらい意味があるのだろう、とか考える。文芸誌に掲載することにどういう意味があるだろう、とか考える。

さきほど、大学を悪者かのように書いてしまったけど、多くの大学だって同じように日々学生たちに直面しているだろう。だから現在、大学職には、エンタメもできて危機管理もできる中等教育の経験者が重宝されるとも聞く。そんな時代にあって、渡部氏的な、普通に「教育者」としてダメな振る舞いが見過ごされていたのはなぜか。本当に「文壇」的な力学が渡部氏的な振る舞いを容認にしていたのか。大学の人事を掌握するほどのわかりやすい権力が「文壇」にあるとは考えにくい。しかし、「文芸誌などのメディアで活躍している有名批評家だから、教育者としてはダメでもそんなものだ。むしろ個性的じゃないか」という雰囲気はありそうな気がする。その雰囲気がずるずるとセクハラ容認の雰囲気を醸成していた可能性もある。以上は推測だが、個人的にはリアリティを感じる。それがぬるいし、腹立たしい。大学と中高は異なるとは言え、また、活躍の規模も異なるとは言え、こちとらメディアで活動しながら、同時に教育者であることに心血を注いでいるつもりなのだ。

2、口止めをした「教授」と「男性教員」について

ネットの情報を総合すると、「教授」=水谷八也氏、「男性教員」=市川真人氏だろうと推測されるが、なにが確定情報かわからない状況ではある。以下、「教授」と「男性教員」とする。被害者にあたる女性が目の前で相談している状況において、目の前の彼女より体裁を優先する、という「教授」の行為がすごく嫌だし、おおいに問題だと思う。ここで組織を優先するというインセンティヴが働いている時点で、組織として歪みも感じられる(ただし、内部で真っ当に動いている人がいるのだとも思う)。そして、「男性教員」のほう。口止めにまわるとか、本当にこそこそしていて嫌だ。また、記事で告発されている授業のありかたもひどく、もし事実だとすると、やはり「教育をなめてくれるな」である。ごくごく一般的な意味で、学生のほうを向くこと。それができないのであれば、「教育者」にあたいしない。別に「毎回90分みっちり授業しろ」とか「祝日も授業やれ」とか、融通のきかないことを言うつもりはない。良い感じに力を抜いてやればいいと思う。ただ、大学の文系学部で語られがちな「授業を真面目にやらない」系エピソードは、昔から好きではない(これも「大学的なぬるさ」として捉えている)。ましてや、学生が問題視していたにもかかわらず(実際に別の教員に報告もしている)、「男性教員」の振る舞いが野放し状態だったとすれば、それは、「男性教員」の大学教員というポストへの執着と大学側の「文芸誌などメディアで活躍している人」へのひいきが、両側から絡み合った結果ではないか。くり返すが、そういう全体の雰囲気がずるずると今回のようなセクハラに発展した、という感触がある。

ちなみに、市川真人氏については個人的に印象に残っていることがある。というのも、かなり昔、前田塁の文章がわりと好きで、講演会かなんかに行った。でもそのとき、「僕は3か月働いたらひと月くらい休まないとダメなので(3か月以上働けないので、だっけか)教員業しかできないんだよね」みたいな発言をうっとりとしていて、「休みたくても休めない人もいるだろうに、大学教員なんていう立場からそういうことを言うとは、なんか鈍感な人だな」と良くない印象をもった。2回ほど一瞬話したことがあるけど、向こうは覚えていないだろう。『早稲田文学』周辺に独特な閉鎖的サークル性を感じていたのはたしかだが、それは、どんな集団も少なからずそういう部分があるだろうとも思う。

3、(女性)批評家という存在について

今回、「文壇」関係者が渡部氏を追及しない点、市川真人氏の名前がなかなか出てこない点に、「文壇」の「隠蔽」体質が指摘されている。この「隠蔽」批判が、もし、「渡部氏や市川氏に対してヘタに言及すると「文壇」で干される」みたいなことをイメージしてのことだったら、それはさすがにないと思う。渡部氏や市川氏が「文壇」を牛耳っているわけはない(ただし、両氏に気に入られたい小説家・批評家志望者はいたと思う)。だから、沈黙=隠蔽というのは良くない決めつけだと感じるし、応答責任がどこまで発生しているのかも、正直よくわからない(名前の出ている『早稲田文学』および市川氏、水谷氏はあるだろう)。もし、今回、渡部氏や市川氏を批判することによって「あいつの仕事を無くしてやろう」みたいな動きが起こるのだとすれば(さすがにないと思うが)、そんなのはしょぼ過ぎるので、勝手にすればいい(さすがにないと思うが)。しがみつく理由もない。いわゆる肩書きとしての「文芸批評家」にこだわっているわけではないので、もともと多くない自分の仕事がなくなったところで、日々、一生懸命、自分なりの批評を実践するまでである。

ただ、今回の件で考えてしまうのは、そんな僕自身、良くない権力に加担している可能性がある、ということだ。思い出すのは、同業界の女性と雑談程度に「批評」の話をしていたときに、僕の「批評」に対する考えを聞いた女性が、ふと「ああはいはい、男の子的な批評ね」と言っていたことだ。その言葉はすごく心に残っている。今回、ネットで「文芸界隈自体がホモソーシャル」とか「女性の批評家がおらず書評家やライターばかり」といった話題を目にした。今回の件が起こる以前から、「女性の批評家がいない」という問題はずっと考えていて、何人かの知人や編集者とも話題にしたことがある。ブログに書こうとしたこともあったけど、考えがまとまらないので辞めていた。なぜ、女性の「批評家」は少ないのだろうか。

例えば、「批評」(「評論」でなく「解説」でなく)という響きに込められた、作品から自立するのだ、という態度。実作者である小説家をも押しのけて「この作品はこうなのだ!」と言い張る「批評」の態度そのものが、もしかしたら、ホモソーシャルな文芸業界に生きる女性にとっては、かなり現実的にしんどいものなのではないか。作品や作家に対抗するように「批評」するなんてただでさえしんどいことなのに、女性はそこにさらにしんどさが上乗せされているのではないか。女性の論者が「批評」を避けるとき、そこには男性中心的な文芸業界に対するうっとうしさがあるのではないか。「批評」業界という実体があって、それが「女人禁制」を敷いている、というそんなわかりやすく悪い話はありえない。しかし、微細な力学が女性を「批評家」という肩書きから遠ざけている、という可能性はある(だから、故・田中弥生氏はやはり重要だった)。だとすれば、男性である僕が無邪気に批評の自立性を謳うこと自体が、ある種の特権としてあるのではないか。「文壇」の権力になど加担した覚えはない。だけど、権力と無縁でいられないのもまたたしかだ。群像新人文学賞の優秀作を受賞し、「批評」の自立性を基本態度とし、あれこれ評してきた。ときには偉そうに。それ自体は誠実なことだと信じてやっているし、それ自体が否定されるべきことではないと思う。だけど、その「否定されるべきことではない」行為が、すでに男性の既得権としてある気が、「男の子的な批評」という言葉を聞いて以降、していた。『批評空間』周辺の言説から「批評」に触れ始め、その歴史性を意識しながら「批評とはこういうもの」というイメージを抱き、あれこれ書いたり考えたりしていたが、それ自体がすごく男性中心的なパラダイムにいる気がしてくる。「文壇」プレイヤーとはほど遠いと思っている僕もまた、男性中心的な「文壇」をずるずると延命させているひとりではないか。考えすぎ、あるいは、余計なお世話かもしれないが、けっこう悩んでしまう。この「ずるずる」が、自分の気がつかないところで、誰かの声を抑圧する雰囲気に加担していそうで心が暗くなる。渡部氏のセクハラ問題がそうだが、権力から無縁であるかのような、あるいは、権力に対して反発しているかのような振る舞いこそ、別の権力や抑圧に支えているという凡庸な構造がある。見ようによっては「別にお前は関係ねーよ」かもしれないが(そういう気持ちもなくはない)、とにかくいろんなことをあらためて問い直したい。

自分のことばかり書いてしまいましたが、あらためて、被害者が少しでも納得できるようなかたちを望みます。


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2018年04月08日

加藤秀行『海亀たち』(新潮社)の書評を『すばる』に!

海亀たち
加藤 秀行
新潮社
2018-01-31

いま売りの『すばる』5月号に、加藤秀行『海亀たち』(新潮社)の書評を書きました。本作もまた、これまでの加藤作品と同様、グローバル化した資本主義社会を舞台としています。交換によって実体以上の価値が発生するという資本主義のダイナミズムを徹底的に描いた本作は、いまだ単純な反グロ/反資本主義を掲げがちな文学業界(というか、最近だと『文学界』か)に対して、挑発的で良いと思います。ただ、本作には、このような作品世界を内側から喰い破るような契機があって、それが、労働生産者と商品の二重性を生きる(ベンヤミン)「街娼(たちんぼ)」の存在。本作は、そのことに無自覚なように見えます。一方、グローバル社会を背景に「街娼」的なものについて描いているのは、同じくタイを舞台にした空族の映画『バンコクナイツ』で、新人小説月評でも書いたように、僕はやはり、『バンコクナイツ』のほうが良いと思ってしまう。本作・書評ともども、よろしければ!


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2018年03月29日

インディー文芸誌『Witchenkare』に寄稿しました!

多田洋一さん主宰のインディー文芸誌『Witchenkare』が4月1日発売ですが、そろそろ書店に並び始めています! 今回の装丁はなんとなくラスタなイメージ! 僕はまた学校シリーズで、「学校ポップスの誕生 アンジェラ・アキ以後を生きる」と題して、Jポップ化する合唱コンクール(「学校ポップス」と名付けた)や、ユニコーンやブラフマンを替え歌するサッカー部の応援歌(チャント)、吹奏楽部やダンス部の音楽など、学校という場所に流れる音楽のかたちについて書きました。遠く、柳田國男『民謡の今と昔』を意識しています。よろしければ!


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2018年03月28日

1991年と小室哲哉のコンプレックス――LL教室の試験に出ない90年代J-POP[1991年編]に向けて

いよいよ、星野概念さんを迎えたLL教室のイベントが近づいてきました! まだまだ席に余裕があるみたいなので、ぜひ予約・参加して欲しいです!

4月1日(日)@荻窪velvet sun
LL教室の試験に出ない90年代J-POP[1991年編]
ゲスト:星野概念(精神科医、ミュージシャン)
http://www.velvetsun.jp/new-events/2018/4/1/41-ll90j-pop-1991ll

「1990年代」というディケイドの括りではなく、1年ごとの区切りで見て行こう、という趣旨で始まったこのシリーズ、なるほど「1991年」という共時性で見えてくるものがありそうです。LL教室・ハシノ先生のブログもぜひご一読ください。

「1991年のこと」―森の掟
http://guatarro.hatenablog.com/entry/2018/03/25/010506

思ったのは、1991年には、次なる時代を彩る多くのジャンルが出揃っているな、ということ。ハシノ先生のブログで言えば、ニルヴァーナ『NEVERMIND』の出現もあって、アメリカでメタルからグランジへの移行が始まったこと(映画『レスラー』における「ニルヴァーナが出てきてダメになった」というセリフは、「プロレス」的フィクションが受け入れられなくなった時代を示す名セリフだ!)。とは言え、日本ではまだまだメタル人気が高かったこと。ダンスカルチャーのがロックに合流した、マイ・ブラッディ―・バレンタイン『LOVELESS』の年であること。ダンスカルチャーと言えば、電気グルーヴがメジャーデビューをして、日本でテクノが市民権を得ていく時期とも言えます。あるいは、レッド・ホット・チリペッパーズ『BLOOD SUGAR SEX MAGIK』の年であること。ヒップホップの領域では、デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストなどのネイティヴ・タン勢によるニュースクールの時代で、その日本版とも言えるスチャダラパーがメジャーデビューをしています。あらゆる音楽をコラージュしたフリッパーズ・ギター『ヘッド博士の世界塔』がリリースされたのも1991年です。

「1991年」という年で輪切りにしたとき、国境を越えてさまざまな音楽が流れ込み、それがかたちになっていったようなイメージを抱きます。このような傾向はもちろん、戦後からゆるやかにあったのだろうけど、一方で、湾岸戦争が起こった1991年が冷戦崩壊前後の時代であることを考えると、グローバルな経済活動の促進と歩みをそろえているような気にもなってきます。前述のスチャダラパーは、この年、「ボーズBar〜Yo! 国際Hah」という曲を歌っています。「24時間働けますか」というバブル直前の狂騒のなかで、強迫的ながんばれソングや、それとは裏腹の新興宗教問題とかも潜在しており、当時の社会背景がおぼろげに浮かんでくるようです。

久しぶりに、烏賀陽弘道『Jポップとは何か』(岩波新書)を読み直したら、1991年に関することで面白いことが書いてありました。1980年代以降の音楽現場におけるデジタル化に触れたところです。

このデジタル技術がもたらした機械化・省力化・効率化がどれほどすさまじい大量生産を生んだか数字を挙げよう。九一年、なんと一年で五百十組の歌手・バンドがデビューしたのである。


このような音楽バブルとでも言うべき状況が、90年代のメガヒットの時代を形成します。そのトップに君臨するのはやはり小室哲哉だと思いますが、興味深いことに、楽譜も読めない小室はまさに、音
楽におけるデジタル化の申し子だったということです。烏賀陽も「こうしたデジタル技術が楽器や音楽制作の現場に入ってこなければ、小室の成功もなかっただろう」と書いています。

1991年のヒット曲のひとつに、チャゲ&飛鳥「SAY YES」がありますが、飛鳥は小室との対談(『小室哲哉 with t vol.1』幻冬舎)のなかで、デジタル技術が自身の楽曲制作に与えた影響を語っています。

八〇年代、いわゆる打ち込みものが主流になる頃、僕は新しもの好きだったから注目しててね。そしたら、たまたま知り合いがそれに飛びついて、そこに足繁く通っててね、興味湧い
ちゃったんだよ。
(中略)で、実際作り出して、それで打ち込みも自分で始めちゃったでしょ。それからだよね、曲作るのが面白くなって、いわゆる量産体制っていうのかな? いいものも悪いものも含めてたくさん作ったかな。

その後、小室と飛鳥は、吉田拓郎がいかに機材マニアかという話で盛り上がるのですが、1980年代を通じて普及していくデジタル技術が、表面的にも潜在的にも、1990年代の音楽を支えているのが面白いです。飛鳥に関して言えば、デジタル化という外在的な要因が創作意欲につながっている、ということです。ちなみに、ゲストの星野概念さん(精神科医・ミュージシャン)は今回、「SAY YES」はじめ、チャゲ&飛鳥の歌詞について語ってくれるのですが、これがとても面白かったです。僕も文芸批評的な立場から、歌詞分析を試みることができたらと思っていますが、まだなんとも。

さて、小室とデジタル技術の話ですが、たしかに、小室にとってシンセサイザーというのはとても大事なものです。ナンシー関が以前、「小室にとってシンセサイザーはアイデンティティそのものだ」といったことを指摘していました。というのも、もともとメタル少年だった小室は、その細い腕がコンプレックスだった。そんな小室少年は、シンセサイザーを手にしたとき、これでエレキギターに対抗できると確信した、というエピソードがあります。小室にとってテクノとは、日本人であらざるを得ない自分がメタル的なハードさを表現するものだったというわけです。

このことは、小室に限らないのかもしれない。1991年は、B’z「Lady Navigation」、SMAPのデビュー曲「Can’t Stop」の年でもありますが、これらに共通するのは、打ち込みのビートとエレキギターということです。ビーイング勢含め、この頃のJポップは妙に、打ち込みとハードのギターという組み合わせが多いです。デジロック的ということなのかもしれませんが、印象としては、同じBPMのもと、メタルのノリをテクノとふしだらにつなげているような感じ。個人的には、この打ち込みとハードなギターというのが、すごく日本的なJポップの風景に見えます。その感じは例えば、宇多田ヒカル「Movin’ on without you」とかにまで感じます。

もしかしたら、日本人によるメタルの夢としての「Jテクノ」とでも言うべき磁場が、Jポップのある一角を占めているのではないか。例えば、小室とYOSHIKIによるユニット、V2はその儚い夢として見るべきではないか。「Jテクノ」があるとしたら、その萌芽は1991年にあるのではないか。さまざまなジャンルが出揃った1991年に。「1991年」という区切りで見えない風景が見えてくるような、そんなイベントになればと思います。ぜひ、来てください!

toshihirock_n_roll at 22:44|Permalink 音楽 | イベント

2018年03月20日

3/25(日)「武蔵野/シティ/ポップ/ライフーー郊外ミュージックの可能性」@PAPER WALL CAFE 国立店

『文化系トークラジオLife』&『F』プレゼンツのイベントが近づいてきました! 題して…

「武蔵野/シティ/ポップ/ライフ――郊外ミュージックの可能性」
【出演】滝口悠生(小説家)、大石始(音楽ライター)、柳樂光隆(音楽評論家)、矢野利裕(批評家/DJ)、長谷川裕(TBSラジオプロデューサー)
【日時】3月25日(日)18:00〜
【場所】PAPER WALL CAFE 国立店
【予約】042-843-0261 または、PAPER WALL 国立店(書籍)の店頭で。
https://www.orionshobo.com/news/698/

そもそも、このイベントは、武蔵野・多摩地域で生まれ育った長谷川プロデューサーと宮崎智之さん(ライター)と矢野が、東に重心を移しつつあるとされる現在の東京のありかた(参考:速水健朗『東京どこに住む?』集英社新書)に対して、いまこそ東京の西側である武蔵野・多摩地域のアイデンティティを立ち上げよう!、という武蔵野ルネッサンスの試みの一環と言えます。僕が関わっている評論同人誌『F』では、長谷川さんと宮崎さんによる武蔵野・多摩の地理を語り、歴史を語り、情況を語った対談を掲載しましたが(長谷川裕・宮崎智之「武蔵野・多摩のポテンシャル」『F』2017.11、必読!)、その延長として、今回、武蔵野・多摩にゆかりの深いゲストをお呼びして、音楽から見えてくる武蔵野・多摩の姿を捉えたいと思います。文化研究と音楽研究が貫通した刺激的な議論が楽しみです。

例えば、上記対談のなかで長谷川さんは次のように言っています。

僕にとって、「武蔵野」のサウンドトラックっていうのは「イギリスのアメリカ」なの。「多摩」っていうと横田基地とか、16号線とか、アメリカンな感じがするけど、「武蔵野」のほうはどこか本物ではない、線の細い感じところがある。60年代のイギリスのフォークの人たちの中でも、UKトラッドを極める方向ではなくて、カントリーのテイストを取り入れたりして、アメリカ志向の音楽を演ってた人たちがいるでしょう? イアン・マシューズとか。そういうの聴きながら野川沿いを散歩したりするの最高なんだよ。パブロックのブリンズレー・シュウォーツなんかもそうだけど、アメリカ南部的な穏やかな陽の光と干し草の香りを漂わせつつ、本物のアメリカのロックに比べると、ちょっと線が細い。フィジカル性がちょっと弱いんだよね。ザ・キンクスの『マスウェル・ヒルビリーズ』とかの、洗練されすぎもせず、泥臭すぎもせずみたいな感じ。ceroとかも、シャレてるけどお洒落過ぎず、ジャズやネオソウルの影響を受けた高い音楽性がありつつ、フィジカルさが少し細い、みたいなところもあるじゃない。ああいう、生まれついての本物じゃないけど好きだからやる、みたいな感じが僕は好きなので(笑)。ただ、八王子を中心とする南多摩的なものって、「もともと俺にある」感というか、ある種の「右」感があるよね。

明治期の日本で生糸の輸出経路となった横浜‐町田‐八王子のライン(日本のシルクロード)は、戦後、米軍基地が置かれる地域となります。敗戦後日本のポピュラー音楽において米軍基地が果たした役割は大きいものです。細野晴臣の『HOSONO HOUSE』は狭山の米軍ハウスで作られ、大瀧詠一は福生の米軍ハウスに住みました。さまざまな社会的な条件のなかで、米軍基地の並んだ国道16号線にはアメリカ音楽の蓄積があります。長谷川さんの「多摩はアメリカン」という感覚は、そのような文脈を踏まえてのことです。一方、都心から「少し」だけ離れた場所である、中央線の吉祥寺〜立川あたりのエリアは、そこまで大味にアメリカンな感じでもない。自然に囲まれ、都会的な狂騒からは距離を取りつつも、都市的な洗練さを捨てきってもいない。この微妙なバランス感覚のなかで育まれたのが、「武蔵野」的な音楽だという気がします。国木田独歩はかつて、武蔵野について書いた随筆のなかで、自然と人の生活が入り混じった「武蔵野」の風景に、イギリスの自然詩人ワーズワースの詩を読み込んでいました。武蔵野・多摩の音楽は、米軍基地の影響を受けたアメリカンな「多摩」と自然に囲まれた郊外の「武蔵野」の重層性をなによりも雄弁に語っているかのようです。例えば、「武蔵野クルーズエキゾチカ」を歌ったceroは、その最新型に見えます。今回のイベントでは、そんな武蔵野・多摩の音楽をもう一度言葉に返して、2018年現在における「今の武蔵野」(国木田独歩「武蔵野」の原題)の姿を探っていきたいと思います。

ゲストの話を。狭山で育ち西武線を舞台にした小説(『高架線』『茄子の輝き』など)も書いている滝口悠生さん(言うまでもなく芥川賞作家)は、『F』に「武蔵の駅」という素敵な掌編を書いてくれました。滝口さんは音楽にも詳しく、『HOSONO HOUSE』生誕の土地である稲荷山公園でおこなわれたハイドパーク・フェスにも行っていたほどです。西武線沿いから見た音楽的な風景、東京都心との距離感などについてうかがえたらと思っています。大石始さんの関心は、上記の文脈で言うと「アメリカンな多摩」のほうにあると言えます。最近は、国道16号線周辺の音楽の動きや中央線のヒッピー文化などにも注目されているとのこと。僕の印象では、大石さんは、日本の祭りを「グローカル・ビーツ」的に捉え直す視線や、著書『グローカル・ビーツ』『関東ラガマフィン』など、アメリカが土着的な地域文化と交差するさいのダイナミズムを活写しています。イベントでは、そのような多摩のダイナミズム、また、ご自身が育った西武線沿いの音楽シーンについてもうかがえたらと思います。柳樂光隆さんは、まずなにより、国分寺・立川を拠点とする中古CD・レコード屋、珍屋(めずらしや)の元店長という経歴があります。僕も大学院時代、珍屋でアルバイトをしていたので、柳樂さんとは、職場での先輩/後輩という関係になります。柳樂さんには、珍屋時代に見聞きした武蔵野・多摩の音楽シーンについて、また、新左翼と歩みをともにした中央線におけるジャズ文化、ceroなど最近のミュージシャンにおけるジャズとの距離感などについてうかがい、音楽における武蔵野(多摩ではなく)の姿をかたちにできたらと思います。

ということで、豪華なゲストの武蔵野・多摩の音楽エピソードを集積することで、従来的な武蔵野・多摩のイメージを批判的に継承しつつ刷新しよう! 次なる時代に向けてブランディングしてしまおう!、という壮大な野心を込めたイベントです。まあ、僕(ら)の野心は二の次でも良いのですが、まずは”霏¬遏β針狠楼茲砲住いの人、そして、音楽(とくに、中央線フォーク、ジャズ、シティポップ系、日本のブラックミュージックなど)に関心がある人、上記´△魴鵑佑真諭△爾厖茲討い燭世韻燭藉鬚靴い任后D螳が埋まりつつあるので、お早目に予約いただけると確実です。

お待ちしています!

【思いつくままの参考音源】※すみません、イベントで話題になるかはわかりません。
















toshihirock_n_roll at 00:08|Permalink イベント | 音楽

2018年03月17日

いとうせいこう・星野概念『ラブという薬』(リトルモア)/LL教室イベント4月1日(日)@荻窪ベルベットサン

LL教室(スーパーモリノ、ハシノイチロウ、矢野からなる音楽系ユニット)のハシノ先生から、次のゲストに星野概念さんはどうか、という提案があり、4月1日(日)荻窪ベルベットサンでおこなわれる「LL教室の試験に出ない1990年代講座――1991年編」には、星野概念さんが決まりました!

ぜひ、以下から予約してください!
っていうか、「LL教室の試験に出ない音楽講座」シリーズは、けっこう画期的な試みも多いので、毎回来て欲しい! あと、書籍などのかたちで残したいので、そのあたりも相談に乗ってくれるかた、お願いいたします、マジ。

LL教室の試験に出ない90年代J-POP[1991年編] ゲスト:星野概念(精神科医、ミュージシャン)
www.velvetsun.jp/new-events/2018/4/1/41-ll90j-pop-1991ll

ということで、今回はタイミング的に、いとうせいこうさんとの共著『ラブという薬』(リトルモア、祝増刷!)の発刊記念の意味合いもあるので、この本で星野さんを知ったというかたもぜひ。

僕(いとうせいこうファン)も読みましたが、これ、めっちゃいい本。自分としては、普段の仕事と呼応することが多くて、かなり実践的なものとして受け取っていました。とくに、相手の「感情」をどう共有していくか、という話が良いです。いや、相手の「感情」をおもんぱかるって当たりまえのことのようにも思えるかもしれないけど、相手の立場でもなく、相手の考えでもなく、「感情」を理解するところから始めましょうというのは、本当に切羽詰まった相手に対しては、とても大事な対応だなと、おもに自分の仕事を振り返りつつ思いました。そのための「認知行動療法におけるストレスの基本モデル」も参考になります。図式的に整理できることは、できる限り整理して、丁寧に不安を取り除く。こころの動きもある程度構造化しているところがあるので、その構造をすっきりさせれば、認知的なリフレーミングも無理なくおこなえるかもしれません。なるほど。あとはやはり、神田橋先生の「離魂融合」の術! 僕も昔から誰かの悩みとか愚痴を聞くのが好きなところがあって(もちろん「面倒くせっ!」と思うこともあるので、勝手な言いぶんではあるのですが)、そのときはだいたい、その人になり代わるようなイメージを抱きます。そんな自分の性質からすると、「自分の魂の半分を相手に憑依させるようなイメージ」の「離魂融合」は、自分も「対話」の可能性に開かれているのかな、と身近に読むことができました。なんか、日々、「ラブ」が足りていないな、と思うときは、たしかにあるわけですよ。作業量などの微細な不公平に文句を言っていたり(言ってしまったり)。色々なことを色々な条件のなかでやるしかないのに。だから、知られざる精神科の現場(本当に知らなかった!)での「ラブ」をめぐるやりとりに元気が出ます。患者さんと「対話」する精神科医には繊細で芸能的な身振りが求められるのだなと思ったけど、たしかにこの解放感は、芸能的なそれだと強く思いました。

ラブという薬
いとう せいこう
リトル・モア
2018-02-22


さて、ハシノ先生から星野さんの名前を聴いて、僕ももちろん、お名前は存じ上げていたし、臨床医でありながらクリエイティヴな活動をしている点には、おおいに共感をもっていました。ただ、個人的には、音楽のことを語っている印象はあまりなかったので、そこは、以前から交流のあるハシノさんを中心に展開される話が、出演者ながら楽しみです。星野さんとくに、どうやらチャゲアスが気になっているようで、たしかに「1991年におけるチャゲアス的なるもの」がどのようなものだったかは、解明したいですね。フロイト用語を援用して「社会の無意識」みたいなことを言ってしまうことが妥当なことかどうかはわかりませんが、1991年の日本社会に生きた人がどのような「感情」を共有していたのか、そして、その「感情」に対して、音楽がどのように働きかけていたのか、そこに「ラブ」はあったのか。そういうことを考えられたら良いと思います。なにせ「SAY YES」に加え、「ラブ・ストーリーは突然に」と「愛は勝つ」の年ですから。

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