2010年06月

2010年06月28日

【後編】ポピュラー音楽における〈東京〉の表象――歌謡曲・Jポップ・ヒップホップ(試論)

一方、ポストモダン化に対応した音楽もある。それは椹木野衣が『シミュレーショニズム』(ちくま学芸文庫)で論じたような、ハウス、テクノ、ヒップホップといったサンプリング手法で作られたクラブ・ミュージックなのだが、モノの記号化を前提にしたこの方法論において、12インチ・シングルなどの作者はしばしば匿名的になり、あきらかに作者の占める位置は低くなっている。このような音楽はいかに〈東京〉を歌ったのか。クラブ・ミュージック的な方法論で作られたJポップ――渋谷系の代表的な存在は、たとえば次のように歌っている。

小沢健二「東京恋愛専科」(94)
東京タワーをすぎる 急カーブを曲がり あっというま海が見えりゃ 気分も晴れるでしょ/浮かれ浮かれてる場所で 夜がすぎる間 過去も未来も忘れてたいよ 空に散らばったダイヤモンド



90年代の多くのバンドが、〈東京〉を否定することしかできなかったのに対し、小沢はそれを「浮かれてる場所」ととらえる。多くのバンドが過去(=故郷)にとらわれていたのに対し、小沢は「過去も未来も忘れてたいよ」と歌う。渋谷系の権化であるピチカート・ファイヴも〈東京〉をテーマにした曲をいくつか歌っているが、やはり〈東京〉の〈いま・ここ〉に快楽を見出すような態度をとっている。80年代ならともかく、90年代に〈東京〉の記号的な流動性を乗りこなしている点には注目したい。

では、ヒップホップはどうか。日本のヒップホップは、当初、いとうせいこうらインテリ層が、やはりポストモダン言説の一種として紹介した面もあったと思われる。いとうは、「テクスト ラップはずらすパロール」(「エッ・アッ・オー」『MESS/AGE』)と、現代思想用語を使って歌詞を「引用の織物」とみなしているが、いとうにとってヒップホップの姿勢は、スキゾの姿勢と呼応していたはずである。そんないとうせいこうは、次のようにラップしている。

いとうせいこう「東京ブロンクス」(86)
東京ブロンクス でかいDANCEHALL これじゃどこまでいってもディスコティック 崩れたビルから ひしゃげた鉄骨 こわれはてたブティック/誰もとめられない東京ブロンクスBREAK 得意のステップ ひざまで埋まる 溶けたガラスとプラスティック ディスプレイは最高DEADTECH ボロボロのPUNK FASHION いつも言ってたとおりさ 踊って死ねたら きっともっと気持ちいい PASHION



小沢のような多幸感はほとんど感じられないが、記号性が高まる〈東京〉を荒廃したブロンクスに重ね合わせ、それを「DANCEHALL」に読み換えることで自身のヒップホップ観を打ち出している。桑田圭祐との「ジャンクビート東京」も、ほぼ同様の内容だ。いとうらのように80年代にヒップホップを紹介した連中は、しばしば「第一世代」と呼ばれるが、磯部涼によれば、続く「第二世代」は「中流階級の不良」が中心であり(『サイゾー』2010.6)、彼らは、ヒップホップ・カルチャーにアクセスできる環境にありつつ(中流階級)、同時にヒップホップの精神性(ゲットー・マインド)に影響を受ける(不良性)。アメリカからの輸入とされるヒップホップには、その故郷の地域を代表する(レペゼンする)という文化があるが、とくに、「ゲットー(貧民街)地域の出自にもかかわらず、ラップで成功する(そして、故郷の家族にお金を配分する)」という物語は、被差別に対抗する音楽という性格のなかで根強く機能している。90年代以降に活躍する日本のラッパーは、こうしたゲットー・マインドをなかば形式的に反映させる。したがって、ラップにおいて〈東京〉は、上京者からの視線ではなく、生活者による〈生きられる空間〉(レペゼン東京)としてラップされる。

ECD「TOKYO TOKYO(通称ダンプカー)」(97)
古代恐竜歩き出すドッスン あぶねえ つぶされる 生存競争 犠牲者には拙者御免被る 応ずる取引どうする 悪魔との葛藤 銀河の果てのこの星 支配者 魂 売約済みか あの契約 ああでもバックできねえんだ/TOKYO TOKYO 大都会 夢 無いもの無い でかい故郷



サビにおいて、グランドマスター・フラッシュ「NEW YORK, NEW YORK」の一節を流用(「NEW YORK, NEW YORK, Big city and dream」)していることからも、USヒップホップの「レペゼン」感覚が意識されていることは明らかである。90年代後半、経済的な困窮もあいまって、〈東京〉は希望のない閉塞的な空間と認識されるが、ECDは、その〈東京〉から退却することなく(「バックできねえんだ」)、むしろ「生存競争」に向かっている。

AQUARIUS feat. BIG-O、DABO、S-WORD「ココ東京」(03)
所謂2003 フリソソグサンザン あたまん中に浮かんだ 世界へ飛んだって平気さ しばしの天才 過去・現在(・未来) オモテじゃいっこうに止まない 今世紀もまた戦争? 明けても暮れてもまた争う? 所詮オレ達は逃げも隠れも出来ねえさ ただココで生きてくだけ ココ東京(DELI)

俺は望んでこの街と共存 走り抜けるWAR-ZONE 東京タワーのネオン 消える前に会いに行く オマエに(BIG-O)



SEEDA feat. KREVA「TECHNIC」(08)
東京の流れ 追い越し車線 曇り心じゃ五里霧中だぜ 後戻れないから振り返らない ただはっきりしなきゃクラッシュするだけ(SEEDA)

広大な都会をSURVIVE 入り組みながらもパイプつながってく わかってるヤツはわかってるのさ 振り返らず走る人生のTRACK(KREVA)



〈東京〉の〈いま・ここ〉を示すという意味では非常に象徴的なタイトルである「ココ東京」は、時期的にイラク戦争を意識させる、〈東京〉=戦場というメタファーである。しかし、やはり退却の選択肢はなく、「ただココで生きてくだけ」と決意される。また、小泉政権以降の00年代後半、不況・格差増大と社会はさらにシビアな様相を呈するが、こうした状況から歌詞をつむぐ「下流階級の不良」が中心の「第三世代」ラッパーは(磯部)、自身の地元を〈生きられる空間〉以上の〈生き残るべき空間〉として認識する。「TECHNIC」は、まさに現代を「SURVIVE」(KREVA)するためのテクニックというテーマで歌われた曲だが、SEEDAが歌う〈東京〉も、そのような〈生き残るべき空間〉であり、したがって「後戻れない」。このようにヒップホップにおける〈東京〉とは、歌謡曲〜Jポップにあるように、退却するような視線ではけっしてない。そこで表象されるのは、各時代で細かな差異はあるものの、〈東京〉で生活しつづけようとする者の視線である。

なぜ、ヒップホップにおける〈東京〉は、「バックできない」(ECD)「逃げも隠れも出来ない」(DELI)「後戻れない」(SEEDA)といった具合に、ラッパーをとどまらせる場所なのか。それはラッパーが語る〈東京〉に、.劵奪廛曠奪廚離櫂好肇皀瀬鹽な性格と、〈東京〉のポストモダン的な性格との合致と、▲劵奪廛曠奪廚箸いΕ献礇鵐襪砲ける、〈いま・ここ〉について語るという根強いジャンル意識、という二重の磁力が働いているからである。この磁力こそが、ラッパーを〈東京〉にとどめるのだ。



ざっくりとしているので、恣意性高めかも。音楽のジャンル意識と〈東京〉の関係について考えたかったのですが、その他、フォークやテクノ(・ポップ)ではどのようになるのか、という点についても今後考えてみたいです。「東京」をテーマにした歌謡曲について、ツイッターで情報をくれた方々、ありがとうございました。とくに、栗原裕一郎さんの一連のツイートでは、「ポピュラー音楽における〈横浜〉」という視点も提供されて、これはまた調べたくなりました。

toshihirock_n_roll at 15:56|Permalink 音楽 

2010年06月26日

【前編】ポピュラー音楽における〈東京〉の表象――歌謡曲・Jポップ・ヒップホップ(試論)

昨日の発表では外部の方も来ていただいて、その方から教えていただいた論考を読んだ。見田宗介の『まなざしの地獄』(河出書房新社)に入ってる「新しい望郷のうた」というやつなんだけど、書誌を見たら『現代日本の心情と論理』(筑摩書房)に収録とされているので、以前、ポピュラー音楽論を書いたときに、目を通しているはずである。しかし、まったく覚えていなかったみたいで、今回もまた前回と同様、新鮮な気持ちで読めた。なるほど、60年代の歌謡曲で歌われた〈家郷〉がすでに「あたらしい望郷」、「未来の〈家郷〉」ならば、昨日の発表の論旨も少し見直しが必要だけど、せっかくなのでざっと報告。

〈家郷〉云々は別として事後的に考えると、中心となるのは、〈東京〉が広告都市となり記号性が高くなったとき、それぞれの音楽ジャンルはどのように〈東京〉を表象したのか、という問題。吉見俊哉はそのような都市空間を「遊園地的空間」と呼んだが、沢田研二が〈東京〉を「やすらぎのない遊園地」と歌ったのは、80年だった(「TOKIO」)。



このような〈東京〉に対して、経済的な不況や時代的な閉塞感も高まった90年代、Jポップは次のように〈東京〉を歌う。

矢沢永吉「東京」(93)
わずかな夢の名残だと 渇いた心で生き急ぐ 俺たちどこかで同じ孤独をきっと知りすぎてる…そうさ/東京 想い出ももう忘れて やすらぎだけがあればいい

B’z「東京」(95)
「成功」の匂いに男は誘われるまま/ひとりでかまわなかった すべてがうまくいくと叫んだ/幸せの意味を失くして彷徨ってる人々の群れ

くるり「東京」(01)
東京の街に出てきました あい変わらずわけの解らないことを言っています 恥ずかしい事ないように見えますか 駅でたまに昔の君が懐かしくなります



コブクロ「東京の冬」(04)
東京の冬が寒くて君に手紙を書いた/道玄坂の雑踏で浴びる 孤独の風



平川地一丁目「とうきょう」(04)
さみしさや悲しさ 人ごみに埋もれて 一人になるとまた思い出す 遠くへ来たんだと あの町が遠いと波の音さえ聞こえない東京

05年、福山雅治が「東京」という曲をリリースしたとき、リリー・フランキーは福山を自身のラジオ番組のゲストに呼んで、「東京について歌う人は、地方出身者ばかりだ」と話していたが、ここで歌われている〈東京〉は、細かな差異こそあれ、いずれも「地方から上京した者が〈東京〉に〈孤独〉を感じて〈故郷〉に思いを馳せる」という物語の型をしている。その〈故郷〉への思いは、曲によっては(故郷にいる)「君」とか「あなた」に託されるのだが、基本的にJポップにおいて〈東京〉は、上京者が故郷のノスタルジーを歌うために召還される。このような傾向は、90年代以前にもあり、たとえば79年のクリスタル・キング「大都会」(必ずしも東京に特定されないが)にも同様の物語を見出すことができるが、歌謡曲〜Jポップにおける〈東京〉は、かなり強い引力でこのような物語を呼び込む。

都市や社会の記号化をポストモダン化と呼ぶなら、日本において、それは80年代を通じて進行し、90年代には社会の空洞化が悪いかたちであらわになった。したがって、60年代の歌謡曲が、見田宗介の言うように、新たに作り出すべき〈個別の家郷〉を歌ったものであるなら、また、歌謡曲〜Jポップを支えた(おおまかに)ロックという音楽ジャンルがどこかしら大きな物語的なもの(広義の左翼言説、天才神話など)を希求するものであるなら、ロックをフォーマットにしている歌謡曲〜Jポップは、それらが急速に崩壊していく場所――〈東京〉について、否定する言葉しかもちえなかった。

toshihirock_n_roll at 20:19|Permalink 音楽 

2010年06月19日

戦場のグレン・ミラーと「付和Ride On」

4d29cb3e.jpeg昨日、OTOのイベント「第三の男」に行ってきました。クボタタケシやチャーべや風祭賢太にくわえ、われらがはせはじむもゲストとして参戦していたので、ちょっと顔を出してきました。オールジャンルで、一晩通じていろいろかかっていたのですが、ここでもGramophonedzie「Why Don't You」が流れていた。僕も一聴して飛びついたのですが、その他これまでにも、2回くらい聴いたことがあるので、徐々にクラブヒットになりつつある感じがします。方法論的にはシンプルで、スウィングのサンプルに4つ打ちを足したものですが、やはりセンスは感じます。それで、DMRのホームページをちょこちょこ見てたら、スウィング+4つ打ちっていう曲がじわじわ流行として来てる印象。もしかしたら、2010年を彩るサウンドになるかもしれません。

僕自身もそうですが、ダンス・ミュージック好きは、ジャズと言えばだいたいビッグバンドのスウィング(ヴォーカル)・ジャズを好みます。カウント・ベイシーとかメル・トーメとか、ああいった感じの。まあ、ジャジー・ヒップホップ的に美しいメロディを求める趣向もあるし、一概には言えませんが、とりあえずOTO的なオールジャンル系のイベントでジャズと言えば、ほぼスウィング・ジャズ。だからこそ、「Why Don't You」もウケているのだと思います。

しかし、グレン・ミラーがのちに軍隊でバンドを結成するように、戦中のスウィングって戦意高揚音楽という性格が強いのですよね。よく知られるように、グレン・ミラーの軍隊バンドは各戦地で、兵隊の気分を盛り上げる「ムード盛り上げ楽団」として、勇ましくハイになる素晴らしい演奏をしていました。しかも、グレン・ミラーという人物はカルスタ系の文脈で言うと、ベニー・グッドマンと並んで、ブラック・カルチャーだったはずのジャズを、帝国主義的に白人のものとして搾取した人物として語られます(俺、この議論は異議アリアリなのですが)。

そういった歴史性を知ってしまうと、なんか無邪気にスウィングで踊ることに抵抗を感じてしまう。むろんこの、音楽=戦争という見立ては、日本サッカーの応援=ナショナリズムというのと同じように、素朴に過ぎます。動員がムーヴメントやシーンを作るのだし、ムーヴメントは動員がなければ社会的な意味を持たない。とは言え、音楽にかぎらず、全員で「イェーイ!」みたいなノリに対して、少なからずしんどかった思い出を持っている者としては、やはり気になってしまうのです、つまらないことかもしれないが。

そこでまたライムスターの話だけど、復活第1弾シングルのカップリングは「付和Ride On」という曲である。DJジンのプロデュース作で、自身が「スペース・浅草サンバカーニバル」(だっけ?)なんて称した、サンバ・ビートのトラックだ。わかりやすくアゲアゲな曲で、ここ最近のライムスターのライヴではいちばん盛り上がるらしく、実際、僕が言ったライヴでもかなり盛り上がっていた。しかし、ライムスターの面々は、露骨に悪意を盛り込んでいる。誰でも気づくくらい露骨なのだけど、まあ、曲自体を知らない方も多いと思うので、紹介したいと思います。

この曲、そもそも曲名自体が、「付和雷同」のモジりで、主体性の無さみたいなものをトピックにあげているのだが、リリックもかなり直接的に嫌味を言っています。たとえば、マミーDは次のようにキックする。

今この場で何が必要か 主義、主張や批評が必要か?
Naa naa... それは日本人なら誰もが持つべき自尊心
世界に誇る我らが協調性 堂々と発揮して行こうぜ
つまり長いモンには巻かれな ヤバいリズムにキツく抱かれな
サンバ、サルサ、ボッサにマカレナ 踊れないのは誰だ?
You? You? You? Don't hesitate グルーヴの下貫け低姿勢
そしてありったけの優しさと愛を今このステージへ・・・


この部分、ヒップホップにおいては伝統的とも言える煽り文句や、「自尊心」だの「協調性」だのという耳なじみの良い言葉の合間に挿し込まれる「つまり長いモンには巻かれな」や「グルーヴの下貫け低姿勢」などの言葉に、悪意というか批評性みたいなものがこめられているは明らかで、ここでは、その前段の「主義、主張や批評が必要か?(いや、必要ない)」という問い(というか反語)に、発話者自身が抗っている。まあ、早い話、皮肉っている。宇多丸パートはさらに露骨である。

日本の心を優しくガイド 手ェつないでLet's フワっと Ride On
基本はとにかく曖昧な回答 場合によって毎度変わる態度
結果見えるまでボカす旗色 常に確保しとくべきは退路
(・・)
極意は常に半身 様子見日和見ユノワラミ〜ン?
要はどうとも取れるスタンス 同じアホならもろともLet's ダンス!


基本的に日本人の主体性のなさを馬鹿にしたような視線があり、一方、それを正当化するような言い方を、やはり馬鹿にしたように歌っている(「ユノワラミ〜ン」とか本当に!)。そして、サビが「和を以て貴しと為す」というのも、わかりやすい。安直な日本人論みたいになってしまっているところが、気になるかと言えばそうだが、まあ、こういう悪しき「付和雷同」の美学に嫌味を言っているのはたしかだと思います。いかにもライムスター的。

そして、最初の話に戻るのですが、つまりこの曲――おわかりのとおりですが――「音楽に動員されて、みんなでイェーイ!騒げー!ってなっているお前がいちばん付和雷同だぞ!」っていうメッセージですよね。ライヴにおいて、この曲で盛り上がれば盛り上がるほど、ライムスターが歌詞にこめた皮肉は発揮されていくという、そしてその皮肉は観客自身に返ってくるという、まあ脱構築というかなんというか。その意味では、夏エヴァの観客に突きつけられた「気持ちいいの?」みたいなものでしょうか(いや、違うか?)。おそらく、ライムスター自身はイタズラ心としてこういう曲を作っているのでしょうが、まあ、そういう曲に非常にわかりやすくアゲアゲなトラックをあてがうというのは、リリックとトラックの組み合わせに必然性がある数少ない例かもしれません。

ということで、例によって僕はこういうことをすごく頭で考えてしまうので、フロアでスウィング・ジャズを聴くときも「付和Ride On」を聴くときも、なんか最後の最後はノれなくなってしまう感があります。本当につまらないことでは、ありますが。

toshihirock_n_roll at 16:16|Permalink 雑感