2012年06月

2012年06月02日

「批評」とは結局のところなんなのか(未解決)

高橋健太郎氏と微熱王子氏がツイッター上で、「音楽批評とはなにか!?」という激論を交わしており、一時はツイッター内外を越えて盛り上がりました。

以下は、そのまとめです。

「激論! 音楽批評とは? -高橋健太郎 vs. 微熱王子-」
http://togetter.com/li/301495

「"音楽批評"論争がもたらしたあなたのわたしの音楽批評」
http://togetter.com/li/302228

ツイッター投稿の各人の意見については、まとめサイトでそれぞれ納得したり納得しなかったり考えればよいと思います。僕もふむふむとしながら読んでいました。一通り読み終わったのちにひとつ思ったのは、「批評性/批評的」という言葉と、ジャンルとしての狭義の「批評」は、強く区別したほうが良いということです。「批評性/的」という形容は、たぶんかなり便利で、広く適用可能だと思います。たとえば「DJというは批評的である」という言い方をしばしば聞きますが、これはこれで意義のある指摘だと思いつつも、これがアリになってしまうと「批評」をめぐる議論が拡散しすぎる。あれも批評だ、これも批評だ、ではなにかを言っているようでなにも言っていることにはならない。その点で言うと、中山康樹『ジャズ・ヒップホップ・マイルス』(NTT出版)は、勉強になることもたいへん多く楽しく読んだのですが、「ヒップホップの精神」として、「批評性とメッセージ性」を抽出したのはちょっといかんのではないか、と思いました。「メッセージ性」は、社会性・政治性ということだと思うのでまあわかるのですが、「批評性」ははたして作品に内在するものなのか。僕の感覚からすると、「批評性」は受け手が発見するものではないかと思っちゃいます。まったく「批評性」に欠いて、論ずるに値しないと思われていたオタク文化を東浩紀が「批評」の俎上に乗せたように、です。話がずれてきましたが、とにかく「批評性/的」という言葉は広すぎる。

では、ジャンルとしての「批評」とはなにか、ということですがこれも難しい。というか、いちおう文学に親しんだ立場からすると、「批評」という言葉のもつ独特なニュアンスを強烈に受け取ってしまう。それくらい、「批評」というのは特別な響きを持っていると思います。この特別な響きを説明してみようといま文章を書いていたのですが、ちょっと整理がつかないで消去して……。ここから文芸の話になります。ジャンルとしての「批評」について考えるにあたっては、やはり文芸の補助線が必要ではないかと思うので。

日本で最初の文芸批評家としては石橋忍月が挙がることが多いですが、忍月は最初の批評である「妹と背鏡を読む」(『女学雑誌』1887.1.15〜29)において、坪内逍遥に対してまともな批評がないぞ!、という意味で、「未だ是非の点をほじくり出し以て純然たる批評を下したる者あるを聞かず」と書いているので、忍月的には「是非の点をほじくり出」すことが「批評」ということになると、とりあえず言えます。しかしこれは、一般名詞的な「批評」という語の使い方で、やはりあの独特な響きを獲得するのは、「批評というものは作者を批判するものでもなく、読者を誘導するものでもなく、結局批評家彼自身を披瀝するものではなかろうか」(「創作月旦」『新潮』1919.8)という佐藤春夫を経て、小林秀雄以降でしょうか。小林秀雄は以下のとおり。

この時、彼(ボードレール)の魔術に憑かれつつも、私が正しく眺めるものは、嗜好の形式でもなく尺度の形式でもなく無双の情熱の形式をとった彼の夢だ。それは正しく批評ではあるがまた彼の独白でもある。人は如何にして批評というものと自意識というものを区別し得よう。彼の批評の魔力は、彼が批評するとは自覚する事である事を明瞭に悟った点に存する。批評の対象が己れであると他人であるとは一つの事であって二つの事でない。批評とは竟に己れの夢を懐疑的に語る事ではないのか!(小林秀雄「様々なる意匠」『改造』1929.9)

この力強い「批評」宣言。つまり、「己れ」が入り込んでしまう、ということに価値を置いたのが小林です。直後に小林は言う。

批評するとは自己を語る事である、他人の作品をダシに使って自己を語ることである。(小林秀雄「アシルと亀の子」『文藝春秋』1930.5)

「批評」はその後、この自己表出の方向へ流れて行ったと思います。江藤淳は小林の「批評」について、「彼の批評は、絶対者に魅せられたものが、その不可能を識りつつ自覚的に自己を絶対化しようとする過程から生れる」(江藤淳『小林秀雄』講談社 1973.11)と言っている。ちなみに、小林は「様々なる意匠」の35年後、「批評は、非難でも主張でもないが、また学問でも研究でもないだろう。それは、むしろ生活的教養に属するものだ」(『読売新聞』1964.1.3)とも言っています。

小林が「批評」の元祖的な存在であるという考えは、かなりコンセンサスが取れていると思いますが、とりあえず小林の存在だけ確認しておいて、あとは「批評」をめぐる言説を列挙していきます。

まず、小林秀雄的問題意識をかなり意識していたと思われるのが福田和也。僕自身、福田和也の提示した「批評」観が、最初の「批評」との出会いでした。

批評は、一個の、独立した作品である。(福田和也「批評私観――石組みの下の哄笑」『新潮』1993.7)

この「、」の打ち方。江藤淳的に言えば、この「、」は、田中康夫『なんとなく、クリスタル』で「「なんとなく」と「クリスタル」とのあいだに、「、」を入れたのと同じ作者の批評精神のあらわれなのかもしれない」(江藤淳「三作を同時に推す」『文藝』1980.12)。それは冗談として、小林を継承した福田の「批評」観をもうひとつ。

批評とは、それぞれが「この私」であり、それぞれの「感動」を抱いている人間の世界の「無気味」さに対面しつづける事に他ならない。(福田和也「柄谷行人氏と日本の批評」『新潮』1993.11)

ここで福田に批判されているのは柄谷行人だが、柄谷にとって「批評」とは次のようである。

われわれにとって、《批評》は、哲学者や社会科学者らの評者(批判)とはべつなところで位置していたはずである。批評家といわれる者がすべて《批評》的であったわけではけっしてない。《批評》は、方法や理論ではなく、一つのシステム(言説空間)に属すると同時に属さない、矛盾にみちた危うい在り方のようなものだ、といってもいい。(柄谷行人「批評とポスト・モダン」『海燕』1984.11/12)

もうひとつ柄谷。

批評は criticism または critique の訳語であるが、批判という語も同様である。ところが、批評と批判には微妙な差異がある。概して、批判は自分の立場(根拠)から他を攻撃するという意味であり、批評はむしろ自分の根拠そのものを問い直すという意味合いをもっているように思われる。このようなニュアンスの差異は、批評がもっぱら文芸批評と結びつけられてきたことによる。(『近代日本の批評機‐赦楕[上]』講談社文芸文庫 1997.9、における柄谷行人「文芸文庫版への序文」)

ここで柄谷とともに討議に参加するひとりに蓮實重彦がいるが、蓮實は次のよう。

日々の「文章体験」とは、つまり「批評」とは、距離感や志向性がそれ自体としては機能しえず、何ら展望を提示することのないまま、ただ現在のみが存在の全域を支配するといった言葉の限界領域での、過去も未来もない非人称的な仮死の個体が、その崩壊感覚のみを糧としてみずからの存在を正当化しようとする、生への盲目的な試みにほかならない。(『小説論=批評論』青土社 1981.12)

さすがの難しさだが、自己の存在条件を問われているような気はする。だとすれば、これは山城むつみに接続されるか。

文学創作と文学批評との過剰決定性から展開されるすべてのことは理論においてではなく、「読む」ことと「書く」こととが過剰決定されるあの死角において読む(書く?)という実践においてしかとらえられないからである。「批評」するとは、読むことと書くこと、作者と作品、創造と批評、理論と実践との間の奇妙な空隙に迷い込むことなのである。(山城むつみ「小林批評のクリティカル・ポイント」『群像』1992.6)

読み手/書き手という安定した対立軸が消失する「ポイント」に「批評」はやってくる。この問題意識は、大澤信亮に継がれた。見よ、このストイックな「批評」観。

批評とは、強烈な自我の主張でもなければ、自己を放棄した安全な客観でもない。時勢に乗じた饒舌なおしゃべりでも、一瞬で使用期限の切れる見取り図を作成することでも、論ずるに足らぬ作品を役割のように無様に紹介することでもない。閉じられた空間を偽の対立で盛り上げる見え透いた手口でも、すでに才能を枯渇させた者が目新しい話題に飛びつく延命でもない。その惨めな現実ゆえに、自分こそが戦っているのだと思い込む空想上の勝利でもなく、いくらでも書けるのに、本当に戦うべきときにこそ黙り込む鈍重な無能力でもない。過去の栄光に自縛され、そこにある現実から自分を生み直すという、批評以前の生きることを忘れた悲しい老成でもない。外部から射し込む他者の光を、厳しい内省によって分析し、再び他者へと個体的に分配することだ。所有と殺生の入り乱れる交換関係の中心に、受肉した言葉として自己を差し出すこと。それが、自他の区別、主客の対立、殺生の絶対を回転させる地平を、信じて。すでに死んでいたこの体に、復活の力を送り込んだ、その人への感謝と約束において。それは放蕩と雅美の否定ではない。むしろその徹底としてある。あまりに弱い、此岸に彼岸を見なければ生きられぬほど弱い哄笑それ自身を微笑する、ただそこにあるものとして。(「批評と殺生――北大路魯山人」『新人』2010.4)

「批評」について考えるにあたって、おそらく落としたものはたくさんある。大澤のほうへ向かったため、必然、大澤が「ものすごく簡単」(『ロスジェネ』2010.4)と言う「ゼロ年代の批評」を取り上げることができなかった。東浩紀「棲み分ける批評」は見直しておきたかったが、本棚をいくら探しても見つからなかったので、遺憾ながら断念した。これを機に新装版の文庫を買おうかしら。まあ、こんな長々と書いた僕の「批評」の好みは、記事自体を見てもらえばわかるように、すごく保守的なんですよね。そんな僕はつい先週、栗原裕一郎さんに「君は小林秀雄から一歩も進んでいない!」と説教をされました。こんなご時世、叱ってくれる大人の有難や。ということで、栗原さんの「批評」についての発言を見つけた。オチ的になってしまうが、最後に。懐かしい「小説のことは小説家にしかわからない」論争に触れて、次のよう。

「文壇」(というより批評か)の終わってる加減を逆説的に浮かび上がらせたという意味で多少の意味はあったともいえる(栗原裕一郎「第4回 天然無添加論壇時評ロハス」『エクス・ポ』2008.9)

toshihirock_n_roll at 05:24|Permalink 雑感