2012年09月

2012年09月30日

まだ見ぬ「大ボケ」のビッグ・ウェイヴへ――槙田雄司『一億総ツッコミ時代』(星海社新書)

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)一億総ツッコミ時代 (星海社新書)
著者:槙田 雄司
講談社(2012-09-26)
販売元:Amazon.co.jp
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マキタスポーツこと槙田雄司『一億総ツッコミ時代』(星海社新書)を読みました。自身がおこなっているポッドキャスト番組『東京ポッド許可局』で少しずつ語られていたことを一貫した視点からまとめた感じで、とても面白かったです。本書において槙田は、ツイッターなどのネットで匿名的に批判・批難(ツッコミ)が飛び交う現代を指して、「ツッコミ高ボケ低」という気圧配置の「一億総ツッコミ時代」と名付けている。そして、「この息苦しい「一億総ツッコミ時代」を生き抜く」ために、次の方法をおすすめする。

1、「ツッコミ志向」から「ボケ志向」になること。
2、「メタ」から「ベタ」へ転向すること。

当然のことながら、1と2は密接につながっている。他人の言動について俯瞰的な位置から「ツッコミ」を入れる行為は、「メタ」的なポジションを取ることに他ならないからだ。本書の主張は、「ツッコミ高ボケ低」の時代にあっては、「メタ」から「ツッコミ」を入れることは、全然新鮮じゃないし、面白くないということである。

似たような指摘を思い出した。佐々木敦氏は『ニッポンの思想』(講談社現代新書)において、2010年代のことを「テン年代」と呼ぼうと書いていたが、「テン年代」の心とは、「10(テン)年代」であり「転年代」であり「天然代」である。すなわち、これまでの「パフォーマンス」的なあり方とは異なる「天然」なあり方こそが次なる思想シーンを引っ張る、と。で、それに対して、なされた反論(?)は、例えばエクス・ポナイトで『ユリイカ』編集長・山本充氏が「意地悪なことを言うようだけど」と前置きしつつ言った、「天然」という身振り自体が「パフォーマンス」じゃん、といったものである。山本の「意地悪」な指摘をどう考えるかは措くとして、同じ「意地悪」な指摘は『一億総ツッコミ時代』にも言える。すなわち、この本自体がこのうえなく「メタ」じゃん、という指摘である。もちろんこの指摘に対しては、そういう「ツッコミ」こそが「メタ」じゃん、と言い返すこともできる。しかしそれを言い出すと、無限のメタゲームが作動して、もうなにがなにやらわからなくなる。

僕が見るところ、『一億総ツッコミ時代』の核はそこにこそある。すなわち、「メタ」と「ベタ」をめぐる運動の部分だ。本書が発売される前、『東京ポッド許可局』のではこの本の告知がされていたが、マキタの少し気になった言い回しがあった。

あえて槙田雄司という匿名性のなかでやってみたときにどれだけの反応を得られるか。ところが、内容としてはですね、「メタ」であることの限界と「ベタ」であることの推奨をおこなうわけですね。ところが、許可局を通して一貫してやっていることは、「メタ語り」なんです。これがいまの時代の面白いところであり、でまた許可局を取り巻く「メタ語り」の限界でもあると思うので、これは挑戦の書でもあり、あるいは誤解を生み、ライトな層、もっと言うと物を言いたがり、「ツッコミ」たがりの人たちにとっては標的になりやすい。で、これに関しては無駄な言い訳などはしたくないので、すべて見ていただくしかないので、まだ見ぬ人にどれだけの波及が起こって、届くかということの社会実験だと思ってやっていることなので、見ていただきたく思いますね。

マキタスポーツ(メタ語り)が槙田雄司(ベタ推奨)を語ることの矛盾と困難。そうなのだ。「ベタ」は、自らが「ベタ」を意識した瞬間、「ベタ」ではなくなるのだ。魅力的な「ベタ」とされるのは、前田敦子のように「ナチュラルボーン」(p.113)な「純のもの」「神聖のもの」(p.108)である。先ほど、「他人の言動について俯瞰的な位置から「ツッコミ」を入れる行為は、「メタ」的なポジションを取ることに他ならない」と書いたが、たとえ「ツッコミ」が「メタ」だとしても、逆は必ずしも真ならず。「ボケ」は必ずしも「ベタ」ではないのだ。だとすれば『一億総ツッコミ時代』で言われていることは、「メタ」的に「ベタ」を位置取り、「メタ」的に「ボケ」る方向性なのだ。というか、「メタ/ベタ」をめぐる運動に首をツッコんでしまった以上、「メタ」以外はありえない。「ベタ」な「ボケ」とは、あくまで他人から発見されるものに他ならない。槙田も、「おのずと語られてしまっている人のほうが「遠心力」がある」(p.92)と書いている。したがって、「この本自体がこのうえなく「メタ」じゃん」という指摘は当たらない。いや、当たっているかもしれないが有効打ではない。そんなことは織り込み済みなのである。槙田は、「「道化」になろうという意識がすごくあります」と書いているが、「なろう」という言葉によく表れているように、「道化」とは演じるものであり、そこでは「メタ」な存在が想定されている。太宰治「道化の華」では、主人公・大庭葉蔵の「雰囲気のロマンス」という「ベタ」志向は、「メタ」な自分にとって「気恥ずかしくなつて」しまい、「道化」たる大庭はそこに悩むのだ。

『一億総ツッコミ時代』において、「ベタ」推奨のさいに巧妙な「メタ」姿勢が忍ばせてあることは、注意深く読めばわかる。

最初から自分でルールを作って「今日は泣いてしまおう」と涙腺プレイに浸ってみるのもいいと思います。(p.77)

お中元やお歳暮、年賀状などを、「大喜利のお題」だと捉えてみるのはどうでしょう?(p.176)

「プレイ」とは、とりも直さず「演じる play」ことである。「大喜利」もやはり「プレイヤー」の視点を前提としている。したがって本書で推奨されるのは、「メタ」を通過したのちに「ベタ」として振る舞うことに他ならない。というか、はっきり書いてある。

だから一周回って、あえて自分からベタを取りに行く姿勢が必要だと思うのです。(p.180)

これは実は、けっこうつらいことである。誤解されようが、批判されようが、笑われようが、徹底して「ベタ」を貫く。「あえてベタにやっているのだ!」と言いたくなるが、ぐっと堪えて「ベタ」を貫く。「これは本当の自分ではないのだ!」と言いたくもなるが、槙田が言うには、「むしろ、叩かれたり、削られたりすることによって「自分」が形作られていく」(p.72)。だから、「ボケ」でいろ。しかし、この、ひたむきに「ボケ」でい続けようとする姿勢こそが、まさにAKB48やももいろクローバーZに見られたような「純なもの」ではなかったか。なぜ、こんなにも「ボケ」でいなければならないのか、という切実な問い。このまま「ボケ」を続けてなにになるのだろうか、という苦しい葛藤。「ボケ」を志向する、というのは完全に「メタ」な姿勢だが、不条理なほどの「メタ」な姿勢は、ある瞬間にクリティカルな転回をする。すなわち、あらゆる「メタ」を飲み込んで、最後に他人から発見される「大ボケ」のビッグ・ウェイヴ! これこそが、『一億総ツッコミ時代』の射程が捉えるものなのだ。

本書における「ボケ」の推奨を、ある定型に沿った振る舞いとしてのみ捉えてはならない。もちろん出発点はそこにあるのだが、定型に沿った振る舞いは、思考停止の「いま、噛んだでしょ?」という定型の「ツッコミ」と裏表だ。本書における「ボケ」推奨の射程はもっと深い。本書が提示するメッセージとは、マキタ自身が「無駄な言い訳などはしたくない」と言うように、「誰が何を言おうと信じた道を突き進むこと」という、おおいなる「ベタ」のメッセージなのだ。そうすれば、つねに/すでに、誰かが、あなたを、魅力的な「ボケ」として発見している。自分は見えないかもしれないが、他の人は美しいビッグ・ウェイヴを見ているのである。


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2012年09月20日

『HEY! HEY! HEY!』の終了――「Jポップ」と「ツッコミ」は一緒にやってきた

52ed1f8b.jpg『HEY! HEY! HEY!』が終わるそうだ。
http://tabetainjya.com/archives/entertainment/hey_hey_hey/

Jポップをめぐる議論は少し追ったりもしているが、バラエティ史や芸能記事を熱心に調べたことはないので、印象論になってしまうかもしれないけど、まあブログ記事なのでご了承をお願いします。

僕は83年生まれですが、小学校高学年から中学生あたりにかけてのダウンタウンの存在は、それはまあ大きなものでした。『HEY!』が始まったのは94年なので、僕が小学校5年のときでしょうか。94年と言えば、小室哲哉がいよいよ覇権を握って、CDの売り上げが飛躍的に伸びている時期です。「Jポップ」という名称が発案されたのは88〜89年ですが、烏賀陽弘道『Jポップとは何か』(岩波新書)によると、「J」の定着は93年からの「Jリーグ」を経てのことです。子供の感覚的にも、『HEY!』と「Jポップ」という言葉は、ともに相互的に高め合いながら、巨大化していったような印象があります。

さて、Jポップという巨大ビジネスの中心にいたのは、小室哲哉でした。烏賀陽は、「Jポップ」をたんなる音楽ジャンルとしてではなく、広告業界などを含めた「産業複合体」として捉えました。重要な指摘だと思います。小室は、以前からすぐれたスタジオ・ミュージシャンであり、すぐれたソングライターでしたが、その後、多大な借金を抱えることに象徴的なように、この時期から音楽ビジネスにまで手を広げていきました。小室がビジネスに手を広げた背景は、YOSHIKIの入れ知恵された(津田大介)、学生時代の同級生にそそのかされた(吉田豪)、など、複数説ありますが、いずれにせよ音楽の領域にとどまらない「Jポップ産業複合体」を貫通する存在として小室哲哉がいたことは言うまでもありません。この全能的な態度を指して、小室哲哉は「プロデューサー」と呼ばれたのでしょう。このへんのことは『POST』という同人誌に寄せた「90年代音楽論・イン・ジャパン」に書いたので、超入手困難ですが、ご興味がありましたらご一読くださいませ(『POST』は他の論考も面白いです)。

ということで、『HEY!』の終了は「Jポップ(産業複合体)」の終焉を意味するという見立ては、そんな間違いではないと思います。パフュームやAKB48の成功を見ればわかるように、そしてガール・ネクスト・ドアの失敗を見ればわかるように、覚醒剤のごとくタイアップをがんがん打って、テレビ主導で作り出された幻覚のようなアーティストは必ずしも成功しません。それよりも現在では、ネットまで見据えた口コミのほうがアーティストを巨大化させる可能性を秘めている感じがします。『HEY!』は視聴率が低迷していたようですが、むしろ、みんなパソコン上で新たなアーティストを発見していたのかもしれません。

それにしても、「アーティスト」(芸術家)っていう言い方はなんなのだろう。個人的にはいまだに抵抗がありますが、先の「プロデューサー」とセットで出てきた印象もあります。「アーティスト」という言葉の言説研究とかあるんでしょうか。なければ自分がやっても良いようなテーマではあります。言葉の響きだけで言えば、「ミュージシャン」が職業的なのに対して、「アーティスト」はもう少し、人格(パーソナリティ)によっている感じでしょうか。さて、当時中学生の自分において、『HEY!』のリアリティとは、なによりもフリートークにありました。『ガキの使いやあらへんで』にも同じことが言えますが、とくに『HEY!』におけるダウンタウンの「アーティストいじり」は、たいへんに参考にした覚えがあります。80年代後半のとんねるずの振る舞いというのが僕にはわからないのですが、ダウンタウン的な「いじり」という概念は、このときはっきりと明確化したような気がします。思慮浅い、調子にノった中学生は、『HEY!』によって「ツッコミ」という概念に気づき、オチのない話に「オチは?」とか「中途半端やなあ」と言うようになった。世にも恐ろしい話です。80年代の漫才ブームの感じがわからないのだけど、「Jポップ」の定着とともに、当時の中学生はお笑いのリテラシーを上げたのです。しかし、お笑いのリテラシーを上げるということは、面白くなったということを単純に意味しません。彼らは「規則」を見つけたのです。手旗信号のように、パターン化された「規則」をこなすことができれば、「お笑い」的なものは成立するようになりました。そして、この「規則」によって、発見されるまでもない普通の話が、再帰的に「オチのない話」として発見されるのです。「オチは?」って、ここは収録現場でもなければ、俺らはお笑い芸人でもないだろう、バカ野郎。

「フリ」と「オチ」の発見。いや、秋田實が言わなかったとはいえ、「フリ」も「オチ(サゲ)」も当然昔からあるのですが、僕らのこの「規則」は、「Jポップ」とともに登場した気がします。必ずしも面白くはない「アーティスト」を面白く見せるための「ツッコミ」は、僕らのまわりの、必ずしも面白くない友人を面白く見せるものとして機能していました。その問答無用にゲームボードに乗せてしまう感じは、とてもグロテスクなことでもありました。この「規則」は、いまだ生きているような気がします。宮迫博之が出川哲郎などに「そのリアクションは不正解でしょう」と言う、その「(不)正解」という言葉に象徴的なように、「フリ」に対する正確な答えを求められています。まあ、「フリ」に対する「不正解」は、またさらに「ツッコミ」で救出することができるわけですが。

「Jポップ」が終焉を迎えたとしても、「規則」は生きている。「ツッコミ」の準備はできているし、「いじり」も用意されている。ただし、「Jポップ」が終焉を迎える少し前、松本人志を認めた/に認められた島田紳助は芸能界を引退した。このことがどう響いてくるのか、こないのか。紳助引退という「フリ」に対する「正解」は、まだ出ていない。

toshihirock_n_roll at 17:53|Permalink 芸能 | 音楽

2012年09月13日

桐島とはオレである!

dd20d0b8.jpg『桐島、部活やめるってよ』の映画版が面白いとネットで評判で、気づいたときにはネットで感想合戦になっていて、そういうのにのっかっていくのは好きくはないのだけど、観に行ったし、観に行ったら感想を書きたくなってきた。おそらく誰もが通ったことがあるだろう学校を、あのように緻密に描いてくれれば、それは感想戦はしたくなるだろう。水道橋博士が夏休みのあいだ、いじめに関する文章を無料公開していて、そこでは伊集院光のラジオで話されたピエール瀧の学校生活の話が紹介されていた。このときの放送は僕も聴いているし、録音も残っているけど、たしか伊集院は、「自分がたいしたことだと思っていなくても、他の人にとってはすごい残っていたりするんですよね」みたいなことを言っていたと思う。屋上でバレー部のゴリラが蹴ったガラクタは、映画研究会の連中にとっては、まぎれもなく唯一無二の隕石だった。学校に限らずだが、同じ空間や時間を共有しているにもかかわらず、人それぞれ見ている風景は違う。とくに学校は、とりわけ多様/多層的なのかもしれない。同じ時間が違う視点でくり返される『桐島』の中心的なテーマは、この学校空間の多層性についてであると、ひとまずは言える。『桐島』は、僕らが学校で見ていたあの風景を相対化してくれるのだ。だとすれば『桐島』は、ピエール瀧が伊集院光に「他の人にとってはすごい残っていたりするんですよね」と言われたような、つまりは同窓会映画なのだ。

このことは、観ているときから予感があった。たぶん、もう学校を卒業してそれなりの時間が経過した者こそが、この映画に取り込まれるのではないか。卒業してから自分の学校を振り返ったとき、『桐島』の登場人物に感情移入するのではないか。もしかしたら、僕がまさに高校で勤務しているからそう思ったのかもしれない。ということで新学期になって、『桐島』を観たという生徒全員に、ひとりひとり「誰か登場人物に感情移入した?」という質問をしたら、見事に全員「ノー」であった。まあ、母体数はまったく少ないのだが。あれだけ緻密に、リアルに描いていても、彼らにはノイジーに感じるのだ。これはなんとなくだが、よくわかる。彼らの感情移入のフックは、もっと別のところにあるのだ。

さて、ネット上の感想を見ていると、映画研究会の神木くんを中心化して、誰にも理解できない鬱屈した感情を描いた、文化系というか、DT的な鬱屈の、スクールカーストの下の方の感情のうごめきの云々、みたいな受け取り方をして、「これは俺だよ!」となっている人を何人か見かけて、けっこう意外に思った。いや、「これは俺だよ!」で全然良いというか、僕も部分的にはそういう共感もあったのだけど、しかし、映画全体で言えば、むしろ言語化困難な悲しみはヒロキくんを筆頭としたイケてるグループのほうにあったわけで、それがあの涙に集約されているのでしょう、と僕は思っていた。というか、あの映画において、映画研究会の連中のクオリティは間違いないわけで、もちろん好きになりかかってきた女の子が、憎き単細胞とイチャついていたときの神木くんの絶望感ははかりしれないかもしれないけど、こと『桐島』においては、明確に「やりたいことがある! 自分の世界観がある!」と言えそうな神木くんは、完全に勝ち組ではないかって思う。だから、「がんばれ、神木くん! 俺がついているよ!」的な感想は、僕としては、ちょっと自己慰撫的な印象を受ける。「俺みたいな趣味を認めてくれたって良いじゃないか!」と言いながら、他の人を一切認めないような態度みたいな。

たしかに覚えがある。僕の高校時代の親しい友人に、かっこよくてオシャレで雑誌の読者モデルと付き合っていた、しかも優しくて面白い男がいた。僕は彼に初めて、裏原宿を案内してもらった。その彼は、そういう意味で、高校生活を豊かに楽しそうに過ごしていたが、ときどき僕に対して、なんというか不思議なまなざしを注いでいた記憶がある。彼は、僕が、彼にわからない趣味とかこだわりを持っているらしいことに、たぶんうらやましさを感じていたのだ。自分で言うのは嫌だが、僕からすると、イケててイケてて仕方ない、というか端的に言って、モテる友人たちは、その彼に限らず、ときどきそういう視線を送ってくる。場合によっては、「自分を持っているよね」みたいなことを言ってくれる。照れくさいが、「憧れる」と言ってくれた友人もいた。僕からすると、そういうことを僕に言える真っ直ぐさこそ、モテる男のゆえんだなと思うわけだが、これはヒロキくんがカメラの部品を拾ってくれる感じとも通ずる。ヒロキの流した涙は、僕に「自分を持っているよね」と言ってくれた友人が自覚していた、「自分の持っていなさ」に重なるだろう。したがってやはり、『桐島』における文学的な思いは、イケてるグループにこそ見出されるものだと思う。彼らの言語化困難な思いに比べると、神木くんたちの感情は非常にシンプルだ。あくまで『桐島』においては、ね。ちなみに、「チャラ男と橋本愛が付き合っているとわかったときの絶望感たるや!」みたいな感想ツイートも見かけたが、神木くんのことを密かに好きだった、ゾンビ映画の話が神木くんとしたくてしたくて仕方ない、映画に映らなかった女の子は、もし神木くんと橋本愛(イケてるグループ所属)が付き合ったとしたら、神木くん以上の絶望感に打ちひしがれるだろう。神木くんは所詮、可愛い顔に惚れたに過ぎない。もちろん健全なことだと思うが、映画に映らなかった女の子は、神木くんのセンスの良さに惚れていたのだ。そのセンスの良いはずだった神木くんが、イケてるグループの可愛い女の子と付き合っていたら、それはきついっしょ。

さて、本題はここから。『桐島』を観たという教え子の女子がクリティカルなことを言っていた。

「神木くんはふつうにモテるでしょ!」

そうなのだ! そうに決まっているよね! 『桐島』において不満があるとすれば、そのあたりの問題だ。女子はさらにクリティカルな発言を続ける。

「あれだけかっこよければ発掘されるよ。」

「発掘」とは良い言葉だ。レアグルーヴ・ムーヴメントを思い起こさせる。いやつまり、僕が日々観察している実際の高校の風景には、映画研究部だからぞんざいに扱われるなんてことはないですよ。いや、これは僕が勤務したことのある3校だけの話でしかないから、その意味では実証的なものではないけど、それにしたって、どちらが現代的な気分を感じ取れるかと言えば、僕はやはり自分の見ている風景のほうが現代的だと思う。つまり、スクールカーストの下のほうがぞんざいに扱われるなんてことはなくて、彼らは、いかなる存在をも「発掘」する術に長けているのだ。したがって、スクールカーストの下のほうなんてものは存在しない。文化系だろうと体育会系だろうと、フラットな「発掘」があるだけである。神木くんが「発掘」されたら、たぶん一気に天下を取ると思う(しかし、それは映画研究会の友人にとって、悲しい悲しい事態かもしれない)。映画研究会の賞受賞は、その大きな転機になりうる。クラスを盛り上げたい輩が、こんな大ネタを放っておくはずはないのだ。なんせ連中は、誕生日ごときでサプライズをしたがる奴らなのだ。「発掘」にさいして参考になるのは、やはり『アメトーーク!』である。教室の構成員を「〜芸人」と名付けることができれば、教室は回っていく。そして、ある程度の人が「〜芸人」となったら、最後に「枠無し芸人」として「発掘」して完璧である。もちろん、そういう教室の戦場にノレない人はいるだろう。そうした人は鬱屈した思いを抱えるだろう。そこに切実な物語はたぶん宿っているし、その同調圧力には問題もあると思う。しかし、教室はそういう力学で動いているし、教員という立場から見ても、そのシステムによって「発掘」されているなあ、と思う人も正直いる。この傾向は、僕が高校のときからあったと思う。だとすれば、『桐島』における問題は、MCが存在していないことなのだ。つまり、『アメトーーク』における雨上がり決死隊が、『踊る!さんま御殿』における明石家さんまが、あの映画にはいないのだ。具体的に言おう。あのクラスで文化祭や体育祭があったとき、盛り上げるのはいったい誰だっただろうか。パーマのチャラ男と、もう一人の友人か。これは有力だが、ちょっとクラスレベルでの公共性に欠けている気もする。もちろんヒロキであるはずはない。爆笑問題の太田光が神木くんだったとして、「ミスター井草」こと田中裕二は、どこにいたのだろうか。僕自身の話で恐縮だが、僕は高校時代にだいぶ調子に乗っていたので、MC的な役割を自覚していた。体育祭では応援団長とかもやった。僕は部活人だった一方、好きなマンガや音楽の話が誰とも共有できないという思いも強かったので、『桐島』的にはバレー部のゴリラくんと神木くんのダブル・レイヤーを生きていたような思い出がある。だから『桐島』は、本当に素晴らしい作品だったと思ったが、僕としては類型的にも思えたのだ。そして、この類型的な感じが、実際の高校生の感情移入を阻んだのではないか、と僕は本気で思う。

いや、もしかしたら、現れなかった桐島がMCだったかもしれない。それはけっこうありうる(でも、あの彼女かあ、うーむ)。だとしたら、彼がいなくなったことは、たしかにたいへんなことだ。公共性の強い、というかクラスや部活の全体性をつねに考えているに違いない、空気を読みまくっている、すなわちオレである桐島が(オレは実は、学級委員であり部活のキャプテンだったのだ!)、大会を前にして部活をやめざるをえないというのは、これはよほどの事情だ。親が性犯罪を犯したとか、それ級の大ごとかもしれない。もしかして桐島は、このまま「苦役列車」ということだったのだろうか。

toshihirock_n_roll at 00:18|Permalink 映画 

2012年09月01日

ディスコ・ミュージックとしての「反復かつ連続」(柴幸男・作)

とあるところで、柴幸男、作・演出の「反復かつ連続」という作品の映像を観て、それについて文章を書きました。最近の演劇は、僕の信頼する知人・友人たちがこぞって観に行っているので、盛り上がっているのだなと思いつつも、なかなか行かないでいるのですが、この作品はたしかに素晴らしかった、というか、かなり自分好みのものでした。YouTubeにも映像が上がっていたので、貼り付けて、ついでにそのとき書いた文章もアップして、ブログ記事にしたいと思います。しかし、このYouTube、けっこう大事なシーンがカットされているんだよなあ。まあ、いいや。



ディスコ・ミュージックとしての「反復かつ連続」(柴幸男・作)

あの『ズームイン!!朝!』のテーマ曲は、ディスコ以降の音楽として鳴り響いている。『ズームイン!!朝!』という番組が開始した1979年とは、『サタデーナイト・フィーバー』が公開して日本中がディスコの熱に浮かされた時代だった。

ディスコ・ミュージックの発展は、70年代のニューヨークのゲイ・コミュニティによってもたらされた。不自由を強く感じる生活に背を向けて、刹那的に、だからこそ、この夜だけはもう少し長く、快楽に身を浸して踊りたい。曲間の空白すらももったいない。このような心性が、二つの曲をノンストップでつなぐという、フランシス・グラッソのDJミックスを生み出した。ゲイ・コミュニティからの資金援助からなったディスコ、サンクチュアリでのことだ。DJミックスをするためには、異なる曲のあいだに共通のリズムがなければならない。こうして、4つ打ちのリズムが意識され始めた。ローリング・ストーンズ「Miss You」やクラッシュ「Rock The Casba」のように、ディスコでDJミックスされることを念頭に置いて、4つ打ちを採用した曲は数知れない。逆に言えば、4つ打ちという条件さえ満たしていれば、リズム以外の要素がどんなものであろうと少なからずディスコとして成立する。必然、企画一発のディスコ・ヴァージョンは激増した。自分が持っているドーナツ盤を思い起こすだけでも、『ディスコ未知との遭遇』『ディスコ雨に唄えば』『ディスコお富さん』……。このとき音楽は、下部構造と上部構造に決定的に分かれた。ボトムとウワモノなどとも言う。下部はリズム隊(ドラムとベース)、上部はメロディだ。ディスコ以降、ダンス・ミュージックは、このレイヤー構造を基本構造として考えている。そして重要なことは、現在の音楽制作現場において、ダンス・ミュージック的なレイヤー構造が全面化していることである。MTR(マルチ・トラック・レコーディング)の発達以降、音楽制作は、16チャンネルや32チャンネルといった多層的なレイヤーを前提にしておこなわれている。

菊地成孔がTBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』に出演したとき、菊地は自身がプロデュースした南博の「エリザベス・テイラー」をリクエストし、「この曲は演奏者がお互いに顔を会わせていないんですよ」と説明した。つまり、MTRを用いて、個々のミュージシャンの演奏を別々のチャンネルで録音したものを、最後に統合して曲に仕上げたのだ、と。この説明を聞いた太田光は、「でも、ジャズだから本当は一緒に演奏したいんでしょ?」と質問。菊地は、「いや、別々でしか出ない味ってあるじゃない。一緒に演ったら、嫌でも影響受けちゃうでしょ。良い意味でシカトっていうか」と返答。太田が言うように、ジャズは、他の音楽ジャンルに比べてもライブ感を重要視した音楽であると言える。そんなジャズであっても、個々の楽器はレイヤー構造化されていることは珍しくないし、場合によっては菊地の試みのように、お互いが顔を会わせていないことだってある。ましてや宅録であれば、すべてのレイヤーを一人で演奏することだってできる。そのようなミュージシャンもたくさんいる。まず、リズムを録音して、次にベースを録音して、ウワモノの楽器を追加して、ヴォーカルを入れる……。さまざまな音楽のかたちがありうるだろうが、基本的に音楽制作は下部から上部へ向かって行く。あの『ズームイン!!朝!』のテーマ曲も、この流れを踏襲していた。MTRという録音技術の発展は、あらゆる音楽にダンスミュージックの発想を、背後で鳴り続けるクリック音を、無音でも刻まれ続けるJBズのリズムを、持ち込んだ。

刻まれ続けるボトムは日常の営みだ。ミックスによって次の曲がフェイド・インしても4つ打ちのリズムは変わらず続いている。4つ打ちが鳴っているあいだは、この夜は続く。あの『ズームイン!!朝!』のドラムは最初に録音され、何度も再生された。このドラムがループしているあいだは、平穏な朝の一コマは続く。ディスコにおける4つ打ちはフォーマットだ。その曲は4つ打ちというフォーマットを共有して、『ディスコ未知との遭遇』になるのか、『ディスコ雨に唄えば』になるのか、はたまた『ディスコお富さん』になるのか。しかし、変化を与えるのはウワモノだ。あのドラムに、ベースが追加され、ギターが追加され、ヴォーカルが追加されたとき、あの曲は『ディスコ未知との遭遇』でも『ディスコ雨に唄えば』でも『ディスコお富さん』でもない、『ズームイン!!朝!』のテーマ曲として姿を現す。あのドラムに、ベースが追加され、ギターが追加され、ヴォーカルが追加されたとき、他のどの朝でもない、「あの朝」として姿を現す。「あの朝」とは、娘の一人が母親に、「私、やっぱこっちで働くわ」と告げた朝だ。
 柴幸男「反復かつ連続」は、4人の娘と母親による朝の一幕を描いた劇である。とは言え、5人の登場人物はすべて内山ちひろ一人によって演じられる。内山は、母親と娘たちという5人を「連続」で演じる。「反復」されるのは、「あの朝」という約1分間である。もちろん、「反復かつ連続」ということだ。たしかに、「あの曲」も「あの朝」もひとつしかない。しかし、例えば16チャンネルあれば、16層のレイヤー分だけ世界が存在する。「あの朝」は一回しかなかったが、たしかに5層のレイヤー分だけ世界は存在していた。ドラムとベース――すなわち、ボトムの役割を担う二人の娘にとって「あの朝」は、いつもと変わらない日常を営んでいるように見える。今日も元気に学校だか会社だかに行くのだろう。くり返すが、刻まれ続けるボトムは日常の営みなのだ。一方、朝食を「食べたくない」と言うウワモノたるキーボードは、いつもとは様子が違う。そして、出がけに「私、やっぱこっちで働くわ」と言いづらそうに言う。変化を与えるのはウワモノなのである。レイヤー分だけ世界は存在する。ドラムとベースにとってはいつもとたいして変わらないその朝は、キーボードからすれば気の重い朝として迎えられている。そういう朝を生きている。ギターは、キーボードの様子がおかしいことになんとなく気付いているようにも思える。そういう朝を生きている。そして、ヴォーカルである母親は、「あの朝」を他ならぬ「あの朝」として回想するのだ。

あの『ズームイン!!朝!』のテーマ曲をディスコ以降の視線で見たとき、フォーマットとして日常を刻み続けるボトムと、その日常を他ならぬ「あの朝」化するウワモノという、大別すると二つの物語が見えてくる。ディスコ・ミュージックとしての「反復かつ連続」は、共有されているはずの同じ朝が、「いつもの朝」として経験されるのか、「あの朝」として経験されるのか、という対立を突き付ける。若い妹たちは「いつもの朝」として過ごし、姉たちと母は「あの朝」として過ごしている。このように言うと、ウワモノのみをドラマティックに扱い、ボトムを退屈なものに貶めているように思うかもしれないが、無論そんなつもりはない。音楽の魅力は、もちろんキャッチーなメロディにのみあるわけではない。むしろ、「反復かつ連続」において重要なのは、ダンス・ミュージックについてそう言われるように、ボトムの部分かもしれない。

ディスコ黎明期において、なぜ4つ打ちが発見されたのか。それはDJミックスで次の曲につなげるためである。つまり、「いつもの朝」たるボトムこそが、次の朝を準備しているのだ。「いつもの朝」という共通性によって、昨日の朝と今日の朝と明日の朝はつながっていく。「連続」的に曲をつなげるためにこそ、ボトムは「反復」されなくてはならないのだ。すなわち、「反復かつ連続」。「あの朝」が「あの朝」として現れるためには、「いつもの朝」が「いつもの朝」として機能していなければならない。「反復」される「いつもの朝」はフォーマットである。若い妹たちが「いつもの朝」を営んでいるからこそ、「いつもの朝」とは様子が違う姉の姿が発見されるのだ。その姉を発見するもう一人の姉が見出されるのだ。それらを眺める母は、「あの朝」を「あの朝」として回想するのだ。リズムのないディスコ・ミュージックなど聴いたことがない。

しかし。しかし、である。先ほどから何度か触れているように、最終的に「あの朝」は、老いた母親の回想ということが明かされる。妹たちの「いつもの朝」も姉たちの「あの朝」も、すべて母親の頭のなかで生きられた朝ということだ。つまり、母親はあの日の朝を思い出しながら、ウワモノとしての「あの朝」を生きると同時に、ボトムとしての「いつもの朝」をも生きているのだ。「あの朝」かつ「いつもの朝」。老いた母親が回想するのは、単なるウワモノとしての「あの朝」ではない。もちろん、単なるボトムとしての「いつもの朝」でもない。そうではなくて、「あの朝」の「連続」としての「いつもの朝」の「反復」、である。矛盾しているだろうか。いや、そんなことはないと信じる。僕らにとっての「いつもの朝」とは、とは言え、「あの朝」の集積ではなかったか。僕らにとっての「あの朝」とは、とは言え、「いつもの朝」になってゆくのではなかったか。でなければ、なぜ僕らは今日という日を生きながら、明日を迎えることができるのか。母親は思い出していたはずなのである。次の日にはリズム隊になっていた姉たちの姿を。前の日にはメロディを奏でていた妹たちの姿を。そんな「あの朝」かつ「いつもの朝」として過ごしてきた少なからぬ時間をこそ、母親は心のなかでプレイしていた。なんと快楽的で、クールなDJミックスではないか。そして、なんと愛に溢れる時間ではないか。この朝だけはもう少し長く。

リズムのないディスコ・ミュージックなど聴いたことがない、と先に書いたが、「反復かつ連続」の終盤に流れていた音楽は、リズムのないディスコ・ミュージック的だと言えるかもしれない。なぜなら、循環コードの「カノン」は、それ自体が「いつもの朝」となって、前の日の朝を前提にし、次の朝を用意する。また、「カノン」における次々と折り重なっていくレイヤー構造は、共有している同じ朝を、それぞれの「あの朝」として機能させる。だとすれば、「カノン」をバックに回想をしていた母親は、ボトムとかウワモノとか「いつもの朝」とか「あの朝」とか、そういう区別すらしないままに、ただただ、「いつも」と「あの」が同時に流れていく世界に身を浸していたのではないだろうか。そして、それはおそらく、少しも特別なことではない。一人の俳優が何人もの役を演じるように、そして僕らもすぐにその状況に慣れるように、僕らの想像力は「いつも」と「あの」を同時に抱えることができるのだ。


toshihirock_n_roll at 13:58|Permalink 演劇