2012年12月

2012年12月26日

境界領域に立つ者のドキュメント――水道橋博士『藝人春秋』(文藝春秋)を読んで

5351a50f.jpg話題の水道橋博士『藝人春秋』(文藝春秋)が、評判に違わず面白かった。「芸人というより、芸能界を潜入取材している感覚」としばしば語る、博士随一のルポルタージュとしてももちろん面白いが、「藝」のありかたについて、鋭く迫っている点が、僕自身が最近考えたいことともかかわっており、たいへん興味深く読んだ。自分の頭の整理もかねて、『藝人春秋』について書きたい。



こんな言葉から。

日本の芸能史は、賤民の芸能史である。/この日本に現在ある諸芸能――能、狂言、歌舞伎、文楽から、漫才、浪花節、曲芸にいたるまで、それらをすべて生み出し、磨きあげて来たのは、貴族でも武士でも、学者、文化人のたぐいでもなく、つねに日本の体制から外にはみ出されていた、賤民といわれるような人びとの力であった。(小沢昭一『私は河原乞食・考』三一書房 1969.9)

これを書いた小沢昭一が、先日亡くなった。記録に残らない日本の放浪芸をドキュメントし続けた小沢が死を迎え、一方テレビのバラエティ番組では、ワイプ画面を意識した空気の読み合いがおこなわれている(別に悪いとは思わない)。小沢の死はわかりやすく、「河原乞食」としての芸人の死を象徴しているかのようである。現在の芸人と言えば、むしろみんなの憧れであり、たいへんな社会の成功者だが、芸人とは本来的に、小沢が言うように「河原乞食」として社会の周縁に追いやられた存在だったはずである。社会に生きられない存在だからこそ、日常から逸脱した言動で人々を笑わすのだ。したがって芸人は、見ている人の日常とは異なる、非日常の体現者として出現し、日常と非日常をつなぐ存在として生きている。日常/非日常、社会/非社会、此岸/彼岸など、あらゆる〈あちら側/こちら側〉の境界領域に、不気味に存在しているのが芸人なのだ。芸人の「芸」の字は、文芸の「芸」でもあり、あらゆる芸術の「芸」でもある。この「芸」意識を持って物語を紡いでいるのは、意外にも村上春樹だったりする。

物語というのはある意味では、この世のものではないんだ。本当の物語にはこっち側とあっち側を結びつけるための、呪術的な洗礼が必要とされる。(村上春樹『スプートニクの恋人』)

『藝人春秋』において水道橋博士は、「名もなく過ごす平凡で安全な日々とは違いテレビに出ることを生業とする芸人は日常から隔絶されている」(p.6)と言うように、当然のことながら「河原乞食」的な芸人を意識している。河原に住むホームレスを取材した坂口恭平の思想が水道橋博士を魅了するのも、おそらくこのような「芸」意識に大きくかかわっている。もちろん水道橋博士自身が、かつて自分が生きていた日常や社会を捨てて、名もなき存在として浅草に生きた芸人である。したがって、『藝人春秋』において「藝人」として書かれている人たちは、いわゆる職業的な「お笑い芸人」ではなく、「日常から隔絶されている」存在を指す。もっと言えば、〈こちら側/あちら側〉の境界領域にいて、〈あちら側〉へ来いと手招きする存在こそが「藝人」である。だから水道橋博士にとってはラジオの向こうから手招きするビートたけしが、甲本ヒロトにとっては同じようにビートルズが、他でもない「藝人」として出現しているのである(p.34)。『藝人春秋』とは、そういう「藝人」の記述なのだ。この点を見誤ってはいけないと、僕は思う。ただのルポルタージュではないのだ。その底辺には、「藝人」という思想が横たわっている。

「藝人」はさまざまな境界領域に出現する。近代社会は……なんていう話を展開しても仕方ないが、あらゆる場所に線引きをして秩序化することで成立しているのが社会というものである。その境界線を隙間をぬって、やすやすと境界線を侵犯したり、ふたつの領域をまたがったりするのが「藝人」である。必然「藝人」は、秩序をなきものとする異形なものとして映らざるをえない。招かれた先である浅草の住人(石倉三郎)。NHKという場所にあるまじき胸板の厚さ(草野仁)。あちら側の出来事をこちら側に伝える過剰な語り部(古館伊知郎)。先輩/後輩という区分をなきものにする、ありえないほど越境する交友関係(三叉叉三)。牢獄という典型的な閉じ込めのなかで、悠然と一億円を稼ぐ越境者(堀江貴文)。「売ります/買います」をめぐる境界線の闘争(湯浅卓・苫米地英人)。放送コードの境界領域で企画を出し続ける作家(テリー伊藤)。異形の股間(ポール牧)。つまらない秩序の爆笑問題化(「爆笑“いじめ”問題」)。線で引かれた秩序の隙間に存在し、境界線を越境し、またがり、そうやって秩序を撹乱する存在として「藝人」は存在し、『藝人春秋』はそういう存在のドキュメントとして読むことができる。だとすれば、「僕が一番だと思っている」(p.283)という松本人志の発言とは、かつてビートたけしがおこなったのと同様の「王の殺害」なのかもしれない。王とは秩序を統べる者である。そして、「人々は、そのような共同体を統べる王の更新、あるいは共同体そのものが生まれ変わる瞬間を、「祝祭」として位置づけていた」(安藤礼二「祝祭」『文学界』2011.6)。伝統社会における「祝祭」とは言うまでもなく、一年に一回出現する非日常と日常が交歓する場であり、そこでは日常で生きられなかった「藝人」が唯一生きられる空間である。松本が起こした「祝祭」によって、現在の芸人も生きている。この「祝祭」モデルから考えると、そのまんま東の「父親探し」とは、「父」(=王)を殺害することで、これまで自分が身を置いていた秩序を飛び出し、〈あちら側〉へ向かおうという試みの連続だったと言える。日常を支配する秩序の間隙に立つ存在こそが「藝人」であり、その空間こそが「藝人」が生きる「祝祭」の空間である。

しかし、まだ終わらない。『藝人春秋』が圧巻なのは、その「藝人」の〈グロテスク〉(と見なされる)な性格を抽出している点にある。終盤では、ある障害児の存在が中心化される。正常/異常の境界領域に立つ障害者こそは、「藝人」の姿に、残酷なまでにふさわしい。不謹慎だろうか。そうかもしれないが、やはりそれが「藝人」という存在なのだとしか言いようがない。江戸川乱歩の小説において、しばしば畸形児が見世物にされるように、異形な存在こそが「藝人」と呼ぶにふさわしいのである。しかし、異形な存在こそは、一方でつまらない秩序を揺るがし、新しい秩序を生み出す力を持っている。異形な「藝人」こそが、障害者の問題を〈こちら側〉たる社会に突きつける。男/女の境界領域に存在するセクシャル・マイノリティこそが、性の問題を〈こちら側〉たる社会に突きつける。これはやはり、〈こちら側/あちら側〉の境界領域にいて、〈あちら側〉へ来いと手招きする「藝」の運動とまったく同じなのだ。「政治(まつりごと)」は、この地点で「藝」とかかわりを持つことになる。そして、その障害児の父親とは「あの世とこの世を行き来する死者との随伴エピソード」(p.295)を持つ者なのだ。僕らが知っているあの父親は、まさに「あの世とこの世」の境界領域に立つ語り部として、「藝」をおこなっている。この父親は、「笑いの仕事」をやめて、「今は怪談のほか、バリアフリーの講演とか、街頭や駅で障害者に対する理解を訴えたり、応援したりしてい」(p.310)るということだが、たとえテレビでの「お笑いの仕事」から身を引いたとしても、おこなっていることは真っ当な「藝」に他ならないのである。

そして、児玉清。すでに〈あちら側〉に逝った児玉に対する水道橋博士の言葉は、もう野暮な説明はいらないくらい美しい。〈こちら側/あちら側〉の境界領域に立つ「藝人」の児玉清に対して、水道橋博士は次のような言葉を送っている(ネットではこの部分を「ネタバレ」と呼んでいるので、そういうのが嫌な方はぜひ本文で)。

あの世の映画やドラマの中で名優であり続けただけでなく、この世の数多の本の世界へ誘い、自らが物語のような結末を閉じた児玉清さんに、この本を切り絵とともに捧げます。(p.324)

あ、あと一人。甲本ヒロトという「藝人」に出会ってしまったがために、〈あちら側〉へ連れて行かれてしまった水道橋博士のマネージャー・スズキ秘書は、「生来の無毛症」(p.31)とのことだが、そのスズキ秘書は「もし自分に毛が生えていたら、きっとごく普通にサラリーマンになっていたと思います」(p.233)と語る。二週目に読むと、この言葉は本当に感動的に響く。坊主というのは、やはりあの世とこの世の媒介者である僧侶が、自らの異形性のしるしとしてこしらえるものでもある。その異形性を生まれながらにして背負ってしまい、それゆえに日常から逸脱したスズキ秘書もまた、目次にこそ登場しないが「藝人」として生きている。例えば琵琶法師の異形性とは「無毛」と「盲」だが、兵藤裕巳によれば、「非秩序=穢れの体現者は、原初の創造的なカオスを創出したアナーキーな力を体現する者として、祭儀においてしばしば聖なる呪力を行使することになる」(兵藤裕巳『琵琶法師――〈異界〉を語る人々』岩波新書 2009.4)。スズキ秘書が憧れている甲本ヒロトは、「俺の理想はアナーキー」(p.244)と語るが、スズキ秘書を「ごく普通のサラリーマン」から遠ざけた異形性はすでに、ヒロトが憧れた「アナーキーな力」に満ちている。不謹慎だろうか。そうかもしれない。でもやはり、それが「藝人」という存在であり、『藝人春秋』という本は、そういう「藝人」の姿を描ききっているからこそ感銘を受ける。ならばここで、その不謹慎さは隠したくはないのだ。〈あちら側/こちた側〉の境界に立つ者としての「藝人」。安藤礼二の言葉をもう一度引用する。

柳田國男が創出し、折口信夫が発展させた「民俗学」という学問もまた、人間の集団が生きなければならない時間を大きく二つに分ける。日常の生活が営まれる「ケ」(褻)の時間と、非日常の祝祭が行われる「ハレ」(晴)の時間である。物語(文学)も芸能(芸術)も、二つの相反する時間が交わる「境界」の場所から発生してくる。(安藤礼二「表現のゼロ地点へ――三島由紀夫、大江健三郎、村上春樹と神秘哲学」『文学界』2012.7)

日常の秩序には存在しえなかった新しい表現が生まれてくる空間としての「祝祭」。そして、その体現者である「藝人」。『藝人春秋』は、そのような「藝人」のありかたに鋭く迫っている。書名に、「芸」ではなく旧字の「藝」が使われているのは、もちろん本家『文藝春秋』に倣ってのことなのだろうが、水道橋博士が意図したか意図していないかとは別の水準で、言葉というのは問答無用に意味を抱えている。佐々木中が説明している。

藝の字と芸の字は意味が逆なのですね。藝は、草木を植えるという意味である。芸は、草を刈る、雑草を刈るという意味です。(佐々木中『切り取れ、あの祈る手を』河出書房新社 2010.10)

新しい表現を生み出す存在としては、やはり「芸人」ではなく「藝人」がふさわしい。地下/地上の境界領域に草木を植えられているように、「藝」はあらゆる境界領域から顔をのぞかせている。



ひるがえって自分。僕は高校の教員として、学校という〈こちら側〉的秩序の再生産側にいる。伊吹文部科学大臣(当時)の言葉は、「“言霊”の無さは何ということだろう」(p.253)と評価されているが、その末端にいるのが我々というわけである。そして、教室には「お笑い」の文法がせっせと持ち込まれている。「藝」のロマンを共有する僕は、いかにして〈こちら側/あちら側〉を撹乱する言葉を持つべきか。そんなことをいつも考える。たんに秩序を破壊してしまっては、それはもはや教育者ではない。この「藝」のありかたこそを、再現可能、反復可能にし、なんとか秩序立てて教育するのだ。それが僕の矛盾した教育目標である。非常勤講師という立場は、生徒にとってなにやらよくわからない存在らしい。担任も部活も持っていないし、どこに所属するのかがわからない不気味な存在のようだ。この〈こちら側/あちら側〉を撹乱する非常勤講師という立場は、「藝」的な感覚として気に入っているが、一方で社会に生きなくてもいけないのが悩みどころだ。

toshihirock_n_roll at 18:13|Permalink ブック | 芸能

2012年12月25日

大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研! ジャニーズ文化論』(原書房)発売!

a5d75ccc.jpgこのブログではいまだ紹介できてませんでしたが、このたび大谷能生・速水建朗・矢野利裕という3人で、『ジャニ研! ジャニーズ文化論』(原書房)という本を刊行することになりました。周知かとは思いますが、念のため紹介しておくと、大谷能生さんは音楽家でありながら批評家でもある方で、カラオケで「大谷能生」と打ち込めば、相対性理論との曲が検索されるので、ぜひ確認してください。菊地成孔さんとのコンビも有名で、『アフロディズニー』シリーズやマイルス・デイヴィス研究本なども人気ですね。単著『持ってゆく歌、置いてゆく歌』は名著だと思います。速水建朗さんはライター・編集者という肩書きですが、木曜日0時にNHKをスイッチしてくれれば、その姿を見ることができます。僕が最初に読んだ本は『タイアップの歌謡史』ですが、その後、『自分探しがとまらない』『ケータイ小説的』『ラーメンと愛国』『都市と消費とディズニーの夢』など、さまざまな領域を横断しながら、とはいえ、速水さんとしか言いようがない文化論を展開している方です。

さて、『ジャニ研!』ですが、キラキラとした装丁は、まるで小菅宏『芸能をビッグビジネスに変えた男 「ジャニー喜多川」の戦略と戦術』(講談社)へのオマージュのようであり、またその派手さから、タレント本コーナーに置かれることも多いようですが、内容はむしろハードコアな芸能文化史になっていると思います。とはいえ、鼎談形式で進んでいくので、言い回しなどは不必要に固くはなっておらず、それなりに読みやすいものなのではないでしょうか。

この本が発売されるまでの経緯は、本のなかでも少し書かれているのですが、基本的には、ここ1年ほど荻窪ベルベットサンでおこなわれていた、大谷さん・速水さん・僕による公開勉強会(これが「ジャニーズ研究部」)をもとに書籍化したものです。僕はもともとラジオパーソナリティへの憧れがあったので、お客さんをまえにしたトークショー形式のジャニーズ研究部は、たいへん楽しくやっていたわけですが、ようするに、客前でのしゃべりがもとになっているので、この本にもトークのスウィング感が横たわっているわけです。とくに、速水・大谷両氏はラジオ歴が長いぶん、論理的な考察と正確な知識を軸にしつつ、比喩と見立てによって話を広げていく手腕が、まあ素晴らしい。僕は大学院出身なので、飛躍を嫌がる研究論文の手つきに慣れているところがありますが、そして、それが別に悪いこととは思いませんが、しかし、ちょっとこの飛躍性のおもしろさは注目すべき点だと思います。ジャニーズという対象を考察するにあたって、どのような視点を持つべきか、というのは考えどころだと思いますが、さまざまな文化との接続をはかりながら、日本芸能史への広い視座を提供するという『ジャニ研!』のありかたは、方法論的にもハマったのではないかと自負しております。とくに、戦後日本がアメリカの文化をどのように受容してきたか、そのなかでどのような切断と接続がなされているか、という点、そのなかでなされるディスコとの関係、宝塚との関係、消費社会への対応のしかたなどの分析は、画期的なのではと思います。

これもたしか本で語られていたことですが、速水さんは以前から大谷さんとなにかしたかったということで、その「なにか」に、ジャニーズを選んでくるのは本当に絶妙だと思いました。僕がこの本に関わったのは超偶然の幸運だと思っていますが、そういう他人事的な目線で言うと、「速水さんと大谷さんが一緒にやるならジャニーズしかないでしょ!」という感じがビンビンにあります。そのくらい本書において、速水さんと大谷さんの問題意識の重なり方とズレ方が素晴らしい。僕はこの本の仕事に関わる以前から、おふたりの普通のファンだったので、たいへんにテンションのあがるものでした。僕のことは措いておいても、ぜひともまた速水・大谷コンビがなにかすることを期待しています(まあ、もちろん同じように関われたらいいとは思いますが)。

ということで、ぜひ読んでいただけたらうれしいです。僕としては感慨深い、ほとんどデビューと言っていい共著になったわけですが、正直今回は、おふたりの補足的な立場という感覚が強いです。長期的な目標としてやはり単著を目指したい。そして、そのために来年は文章仕事も増やしたいと決意表明しておきます。

toshihirock_n_roll at 22:56|Permalink ブック