2014年07月

2014年07月22日

佐々木敦さんとの対談を振り返って

BsuN8EUCcAEmfZ3ギブスTA原田さんの心遣いもあり、佐々木敦さんと対談をする機会を得ました。佐々木さんには、これまで自分の文章を読んでもらったことなどもあったので、このタイミングでこのような機会が得られたことは、とても嬉しく思います。

少し回想を。入場無料ではありますが、お客さんのまえで話す以上、なんらかの「来て良かったな」感を感じてもらいたい、と思いましたが、その点で言うと、僕が持ち出した内容がとりとめもなさすぎた気がして反省です。佐々木さんの引き締まった応答の連続がなかったら、かなり冗長なものになってしまったのではないか。と、この記事自体が、すでに出だしから「クヨクヨ」の感じなのですが、トーク自体もだいぶ「クヨクヨ」と話してしまったようです。佐々木さんは、後日次のように、愛情にあふれる(?)感想を書いていました。

矢野君の、なんというか、微笑ましきクヨクヨぶりが笑、なんかすごい彼らしくてかなり面白かったのだけど、同時にあれは、いわゆるゼロ年代以後問題を実にクリアに映し出してると思った。ともかくガシガシ書いていって欲しい。


トークにのぞむにあたって、ぜひ話したかったことは「テン年代」における「天然」についてだったわけですが、その内容は、まあ良いです。以前、槙田雄司『一億総ツッコミ時代』について書いたようなことに関わる話です。それで僕自身は、佐々木さんに聞いてみたいことをそれなりに聞けて、途中からは、申し訳ないことながら、あまりお客さんのこともかまわず、批評にまつわるあれやこれやのことや、あるいは書き手の自分として思っていることを、いい気分で話していた感じでした。願わくば、あと5時間くらい時間があれば良かったのですが、さすがにそんなことはありえない。いま思えば、「あの話、ああいうふうに言えば良かったかな」とか思うわけですが、まあ、そんなことを言ってもしかたない。で、結局、振り返ってみれば、書き手としての自分の迷いや悩みを語った「クヨクヨ」トークだったというわけです。

で、そんな「クヨクヨ」トークを聞いていたお客さんに対しては、「こんなんで良かったのかな」とか、いまになっても、やはり「クヨクヨ」思ったりするわけですが、なんか、この一連の「クヨクヨ」の連鎖自体が、すごい太宰治みたいだなと思い、心から面倒です。まあ、その意味では、ある種の「天然」性が他人から発見されていた、という解釈で良しとしようと思います。そして、佐々木さんが言うとおり、たぶんこの「クヨクヨ」は、「ゼロ年代以後問題」を映すものでしょう。で、その答えは、やはり佐々木さんが言うとおり、「ともかくガシガシ書く」ことなのだと思います。「クヨクヨ」の自意識が、ある瞬間に反転して、「この世ならざる風景」に変貌するのが、自分ならざる者を精一杯に生きるということでした。自己分析をすると、自分の悲観的な「クヨクヨ」は、わりとあっさり楽観的な態度を生むので、なんというか、「もう、やるっきゃない!」みたいな。そういえば、新人賞に応募したこと自体が、「もう、つべこべ言わず、わかりやすく賞レースで勝ったり負けたりしろ!」という感じだった気がします。それこそ、古谷実の言葉を借りた佐々木さんの言葉を借りれば、「もーしょうがない!」という感じ。だから、「ともかくガシガシ書く」という、シンプルにして深い結論になるのです。

なんだかよくわからないが、あのイベントに関わったすべての人に感謝します。これは本当に。あと、あの日のサッカーから銭湯の流れが最高でした。

toshihirock_n_roll at 20:07|PermalinkTrackBack(0) 日記的 | 雑感