2015年04月

2015年04月18日

帯の問題

帯が好きだ。本の帯もレコードの帯も。レコードの帯はともかく、本の帯については「好きでない」という人をよく見かける。ゴテゴテして下品だからかもしれない。ハードカバーの単行本は装丁の一部のようにデザインされているが、文庫本や新書、あるいはマンガなどの帯は、「何万部突破!」とか、たしかにゴテゴテしている。

僕はむしろ、そんなゴテゴテした下品な帯が、昔から好きである。破れたら、セロテープで直すくらい。たぶん、そこにあるいかがわしい商売っ気が好きなのだろう。80年代的広告文化には全然ノれないが、かと言って、インディーズ的な精神もどっぷりハマる感じはない。DIYが先立ち過ぎていたり、ましてや農業をする方向性は、どこか自分の欲望と違う。労働問題はまた別に考えるとして、商品の「物神性」(マルクス)に、人一倍惹きつけられるタチなのかもしれない。

ベンヤミンが、労働生産者と労働商品の二重性を生きる「娼婦」という存在について、その物神性を指摘していたけど、僕が私小説家が好きなのは、私小説家がまさにそのような性質を感じさせてくれるからだろう。芸人も然り。ストイックな芸術至上主義よりも、もう少し軽やかな商業主義に色気を感じる。

toshihirock_n_roll at 10:54|PermalinkTrackBack(0) 雑感 | ブック

2015年04月15日

大舞台に立つということ

TBSラジオ系『爆笑問題カーボーイ』の2月17日放送回で、サザンオールスターズの「イヤなことだらけの世の中で」がかけられていた。かねてからサザンのファンで、桑田とも交流のある太田光は、これを聴いて感激。「桑田さんもいろいろあって、言葉をぐっとこらえなくてはいけないこともあっただろうし、そういうことをこういう名曲で応えたと思うと涙が出るくらい感動するね」みたいなことを言ってた。そして続けて、我慢できなくなったかのような感じで、「事務所に向かって、抗議とかしていたやつら、お前らとは立っている舞台が違うんだよ!」と。

「お前らとは立っている舞台が違うんだよ!」

僕なんかには、こういう言葉が大切なものとして響く。「舞台に立つ」という水準。歌でしかできないこと、歌ではできないこと。議論でしかできないこと、議論ではできないこと。教育でしかできないこと、教育にはできないこと。どんな人でも、少なからず「舞台」に立っていて、舞台人として振舞っている。その意味で言えば、桑田圭祐や太田光は、プロの舞台人として、ずっと第一線で、僕らが立てないようなステージやハコに立っている人なのだ。「お前らとは立っている舞台が違うんだよ!」という言葉には、そういう者の自負とか覚悟とかを感じる。僕は、たぶん、そういう舞台からでしか発することのできない主張/表現があると思っていて、そういうものに触れると感動する。

ちなみに、なにかとプチ炎上騒ぎが続く同番組。田中は太田をなだめていて、その太田は、新ディレクターの越崎Dに「越崎、ごめんよ」とぼそり。ただ非道に生きればいいということでもない。舞台を成立させ、維持し、その舞台に立つための配慮もまた必要なのだ。現代において舞台人として振舞うとは、たぶんそういうことなのだ。その先にこそ、感動的な舞台人の身体があるのだ。

toshihirock_n_roll at 09:57|PermalinkTrackBack(0) 雑感 | ラジオ

2015年04月14日

社会もまた、人間の営みによって構築される

少しまえ、クラムボン・ミトのインタビューが話題になっていました。

「クラムボン、ミトが語るバンド活動への危機意識」

実作者として前線に立つ者としての迫力とか覚悟みたいなものを感じ、その意味で非常に興味深いインタビューでした。しかし正直、どこか共感できなかった。それは、「現在の社会がこうなっているから、こうすべきである」というロジックが先立ち過ぎているように見えるから。もちろん、よく読めば、そんな単純なことを言っているわけではないことはわかるのですが、端的に語りかたの問題として気になる。

ちょうど同時期に、園子温『非道に生きる』(朝日出版社)を読んでいたのですが、ここに描かれる園の生き方とかは対極的に見える。これはこれで全面的に共感できるわけではないのだけど、そういう語り方になってしまう人のほうに強い刺激を受けました。それは、「実作もまた、社会に働きかける」という視点があるからです。ミトは、その点にあまり意識的でないような印象を受けました。表現は社会の枠組みから自由ではないと思うが、それは社会への隷属を意味しません。社会もまた、人間の営みによって構築されるからです。

園子温の作品は全部見たわけではありませんが、『愛のむきだし』が圧倒的に好きです。『みんなエスパーだよ!』も好きです。ウェブで見た『自転車吐息』も良かったです。『TOKYO TRIBE』は期待しすぎたがゆえに、ちょっと物足りなく感じました。




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2015年04月09日

滝口悠生『愛と人生』刊行イベントを終えて

こういうのをここで告知していくべきか、ということに遅まきながら気づいたわけですが、昨日、B&Bでおこなわれたイベントは楽しく終了しました。

『愛と人生』刊行記念
滝口悠生×佐々木 敦×矢野利裕「「寅さん小説」の謎を解け!〜アバンギャルドな“昭和”の世界と滝口悠生を大解剖〜」
http://bookandbeer.com/blog/event/20150408_aitojinsei/
滝口さんは、第一短編集『寝相』が出たときに、繊細な描写と少しのユーモア、そして不穏さを感じて、個人的には小山田浩子『工場』や柴崎友香などの作品を連想しながら、好感をもって読んでいました。その後、『群像』で「愛と人生」が発表されたのを読んだら、これはさらに面白い。しかも、なんか考えていることとか似ている気がする!、と、同年代として勝手に共感・共鳴。そうそう、こういう小説家を待っていたんだよ!、と、テンションがあがって、ネットに書き込んだのをよく覚えています。

と思っていたところ、渡りに舟といった感じで書評の依頼もあり、『すばる』4月号に書評も書きました。『男はつらいよ』という国民的映画/ドラマをノベライズ(?)することで突きつけられる虚構/現実の位相、その先に見えてくる美保純のお尻の神秘さ、かなり野心的な作品にもかかわらず、さわやかな小説になっています。滝口さんのトークの印象として、いまだ言語化されず胎動している感覚を作品として招き寄せようとしている感じにグッときました。佐々木さんの人称に対する考察、『吾輩ハ猫デアル』の話も印象深かったです。

最後に滝口さんにエールを送ったら、「矢野さんも書いてください」と言われてしまった。そりゃそうですな! がんばらないといけません。ちなみにイベントは、われらが木村綾子さんが前口上をしてくれて、少しまえに初めてごあいさつしましたが、昨日も少しだけ共通の知人など中大の話題を。これも不思議な縁と言えば、不思議な縁。ともに、太宰治ファンであり町田康ファンなので、もしかしたら小説の好みも似ているのかもしれません。

愛と人生
滝口 悠生
講談社
2015-01-15



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