2007年07月24日
下北沢vs高円寺
新宿ネイキッドロフトで行なわれたトークイベント「下北沢vs高円寺」に行きました。具体的には「save the 下北沢」対「素人の乱」として、松本哉さん(素人の乱)・金子賢三さん(save the 下北沢)・仲俣暁生さん(フリー編集者)・森山裕之(元QJ編集長)をパネリストに、両者の活動を(おもしろおかしく)比較するというものだったのでした。
実際に政策と戦っている下北沢と商店街の盛り上げを中心に活動している高円寺は活動の目的(無目的)も違うし、むりに対決の形を取ることもなかろうにと感じましたが、司会者の意図は「過激度勝負」みたいにしたかったみたいで、途中全然話がかみあわなくなっていたように思いました。生産的なのはたぶん「save the 下北沢」や「素人の乱」における活動の良い点/悪い点を指摘して、互いに参照しあうことなのかなと思ったので、そういう方向に持っていっていた仲俣暁生さんの意見には「ふむふむ」と思って聴いていたし、司会者をのぞく四人はそういう意味で誰も「下北沢vs高円寺」に固執してはいなかったのだと思います。
ただ金子さんの言葉で興味深かったのは「「素人の乱」は道路を超えちゃってる」みたいなことで、つまり「save the 下北沢」が道路開通を食い止める(save)点に力を注いでいるのに対して、「素人の乱」の活動は道路をまるごと自分たちの世界にひきずりこんでしまうような発想とパワーがあることです。それは松本さんの「道路がもしできても、その道路の周辺をさびれさせちゃえば良いんだよ。「下北沢」は街の名前じゃなくて運動体であり、文化ということにしちゃう。」という言葉にもよく表れていました。
しかしこのイベントでは、僕がなんでこんなに「素人の乱」周辺の活動に魅力を感じてしまっているかなんとなくわかったような気がします。それは前回の「政治が肌に伝わって来ない」話とも重なるのだけれど、やっぱり自分が歩き回ったり生活している空間の延長で政治を感じさせるからだと思いました。
別に僕は「素人の乱」にどっぷり浸かってるなんてことはないし、お祭りに行くようにこういったイベントに参加するだけですが、例えば高円寺にはよく行くし、北中通り商店街にはアルバイト先の珍屋もあるし、昼飯を食べにたまに「素人の乱」にも行くし、そんな中、お客さんとして知り合った人もいればDJとして知り合った人もいて、知り合いの知り合いとして知り合った人もいて、、、という風に自分の生活に溶け合う形で高円寺とか「素人の乱」周辺の活動が結び付いているのが大事なことなのかなと思います。この溶け合っていく感じが松本さんの言う「土着化」ということなら、たしかにそれはとても魅力的なことだと思います。珍屋高円寺店の中から、北中通り商店街を見てると、なぜか顔を知ってるような人が歩いてて、たまにあいさつしたりにらみつけられたり、そんなわけのわからない地域交流に温かみを感じます。
松本さんの「選挙活動で票を集める方がよほど不誠実だと思う」という発言は、かなり新鮮で納得もしました。松本さんが区議選でやったことは、選挙期間を戦略的に利用して「革命後の世界」を現前化させることでしたが、たしかに考えよう如何では、こういった選挙運動こそ選挙としてはいちばん誠実であると言えます。こういう松本さんの考え方は全部皮膚感覚から出てくるものなのかなあと思いました。
今まで見てきて松本さんは身振り手振り話振りも含めて、とても周囲に配慮している感じがするし、言っていることも全然自分勝手ではなく、むしろ根底には「困っている人の力になりたい」イズムすら感じさせるのに、そういう誠実さを誠実にやろうとするほど革命的な感じに映ってくるということは、いまの社会ってよほど歪んでいるのかな。
【追記】
文化系トークラジオ「Life」の長谷川P氏がいたのであいさつすることが出来ました。インテリパンクさんが来てました。仲俣暁生さんと森山裕之さんとは何を話せば良いかわからなかったので話しかけませんでした。

