2012年01月14日

佐々木敦『未知との遭遇』(筑摩書房)を読んで

06fbea4f.jpg佐々木敦『未知との遭遇』(筑摩書房)を読みながらずっと頭に浮かんでいたのは、保坂和志のことである。具体的に言うと、佐々木さんが採用する「この世の出来事は理由抜きに起こり、なおかつすべてが決まっている」(=「自然的―全面的運命論」)という考えに、保坂の「そうでしかない小説」(感銘を受けた言葉だったのでメモをしておいたのだが、いくら該当箇所を探しても見つからず、まことに遺憾ながら出典失念。おそらく『小説の自由』に登場する言葉)という言葉を連想し、その運命論が「「因果」とはまるで無関係」である点には、保坂による石川忠司との対談の際の「コップが落ちたから割れたというけど、割れたから落ちたという言い方も可能なんだ」という言葉を思い出した。それで、このコップの例は、それこそ佐々木さんと保坂の対談(「音楽を考えるときに小説のできること」『群像』2009.3)の際に、保坂が「以前こんなことがあってね…」といったかたちで持ち出したものなのだけど、それを受けた佐々木さんは「八〇年代のニュー・アカデミズムと、そしておそらくゼロ年代以降の若い世代とは、そういうわからなさの魅力とは対立する知性のあり方だと僕には思えます」と述べ、その「若い世代」の「手っ取り早く結論が欲しい、出来るだけ効率的にわかった気持ちになりたい、というオブセッション」の傾向を指摘している。『未知との遭遇』冒頭で紹介される「いったい、何から入ってどこまで行けば、テクノを極めたことになるんでしょう?」という学生さんの質問は、まさに「わかった気持ちになりたい」オブセッションのようであり、こういうオブセッションに追い込む時代状況の分析がされる。これは「ゼロ年代」の文芸評論にも関わってくる。大澤信亮などがしばしば「社会学的」と言うような「ゼロ年代」的な評論のスタイルは、小説を〈時代を映す鏡〉のように(保坂などからすれば、矮小化して)捉えていたきらいが少なからずあった(ちょっと、これも単純化した見取りなのだが。筆者としては、ここでは宇野常寛を念頭に置いている)。大澤なんかは逆に、

結局、科学的な知なんていうのは悟性のレベルの話であって、でもその悟性に回収できないものが人間のなかにはあって、それを理性批判というかたちで考え直す必要があるという」(『ロスジェネ4』2010.4)

という立場である。それで「ゼロ年代」的「社会学的」な評論とは、佐々木さんが保坂に言ったような「わかった気持ちになりたい」人のための評論として機能していたと考えられる。保坂の文芸評論家への批判は、

この人たち(『神聖喜劇』を評した二人の文芸評論家―注・引用者)は小説を読むときに間違った「わかり方」をしようとしている。というか、「わかる」こと、「わかろうとする」ことが、結局、小説を読む前に持っていた自分の思考の材料を更新することではなく、事前にあったそれらで小説を腑分けすることでしかないということを示している(『小説の自由』新潮社)

というものだ。『神聖喜劇』への評は「ゼロ年代」のものではないだろうが、このような語り口が「ゼロ年代」の一傾向としてあったと言っていいと思う。それに対して、保坂の小説観において重要視されるのは、「『城』においては、城とはそこに書かれているとおりのものでそれ以上の何かなのではない」と言うように、小説が〈なにかである〉というメタの措定を許さないことである。したがってまずは、『未知との遭遇』が「ゼロ年代」的なもろもろのアンチと言うかオルタナティヴなのものを目指している、ということは指摘しておきたい。言うまでもなく、かもしれないが。もう少し、「わからなさ」との格闘をしてもいいんじゃない、っていう。

それで、「最強の運命論」につながっていくキーワードとして「偶然性」という言葉が出てくるわけだが、佐々木さんはこの言葉について、九鬼周三『偶然性の問題』を参照して考察している。また、『偶然性の問題』は1935年に発表され、同じ年には中河与一『偶然と文学』も発表されており、ちょっとした「偶然性ブーム」が起きた、おそらく戦争へ向かっていく日本の社会状況がかかわっているのだろう、という説明が添えられている。うむ、「未知」について考えるにあたって、まずはじめに1935年という舞台を選ぶのは、僕的にはかなりグッド・ジョブである。僕の関心(というか安藤宏の関心というか日本文学の関心というか)からすると、1935年と言えば、なにより太宰治が「道化の華」を書き、第一短編集『晩年』を用意していたときである。身辺雑記的な私小説の可能性と限界を示した、不思議なメタ私小説(?)「酔狂者の独白」(『新潮』1927・1)を遺した同郷の葛西善蔵をリスペクトし、プロレタリア文学とマルクス主義の弾圧を脇目にした太宰治の『晩年』には、「道化の華」をはじめ、どこまでも揺れ動く不確実な「私」の姿が、「コラージュ」「サンプリング」(中村三春『係争中の主体』翰林書房)などといったポストモダンな表現方法を駆使して描かれている。つまり、『晩年』に象徴的なように1935年というのは、文学史的に言えば、私小説の行き詰まりとプロレタリア文学の挫折(あと、「シェストフ的不安」(三木清「シェストフ的不安について」『改造』1934.9、というのもあったな)――すなわち、自明だったものが崩壊していく時期であった。まさに「未知」の時代の到来である。「人々がめいめい勝手に物事を考えていることが事実であり、作中に現れた幾人かの人物も、同様に自分一人のようには物事を思うようでないと作者が気附いたとき、それなら、ただ一人よりいない作者は、いったいいかなるリアリズムを用いたら良いのであろうか」と問う横光利一「純粋小説論」(『改造』1935.4)も、「彼等は自分のなかにまだ征服し切れない「私」がある事を疑はないであらうか」と批判する小林秀雄「私小説論」(『経済往来』1935.5-8)も、「白いものを一様に白いとするかどうか、その社会的共感性に、安心がならない。或は黒いとするかもしれない分裂が、今の世の中には渦巻ゐている」と惑う高見順「描写のうしろに寝てゐられない」(『新潮』1936.5)も、すべて1935年前後の文章である。ついでに、柄谷行人の「60年周期説」を紹介しておけば、起こるはずのなかった関西地方の地震が、エリートによる信じがたい犯罪が起こった1995年とは、まさに1935年の反復と見立てることもできる。まあ、「60年周期説」はアレとしても、とにかく1935年とは、たしかに社会的な自明性や必然性が様々な分野で急速に疑われるような言説が飛び出した時期であり、これを補助線に考えるのは興味深い。安藤宏は、こうした社会状況と小説表現の行き詰まりの結節点に、「現象としての私」を論じていた(『自意識の昭和文学』至文堂)。「現象としての私」とは、私小説的な「私を見る私」に自覚してしまった瞬間に生じる「私を見る私を見る私を見る私・・・・・・」というメタ視線の連鎖とその先に生じる曖昧ななにか、といった「私」をめぐるプロセスを指したものである。安藤によれば、芥川龍之介の有名な最期の言葉である「ぼんやりとした不安」の「ぼんやり」感も「私」をめぐるメタゲームの果てに現れたものだという。この、単一のものに還元できない、世界の営みにおける一表れとしての、運動体としての「私」の姿は、

これは、書くことのなかに絶えず自分を織り込むタイプの記述がもたらす感覚だが、べつに方法的なトリックによるものではない。目の前の現実を問おうとすれば、その現実を見つめつつ、それを疑う「この私」が要請されるだけだ(だから、「私」と書けば疑っていることになるわけでもないし、必ずしも「私」と書かれる必要もない。そこから問いが始められているのか、単なる知的パズルなのか、情報の整理なのか、あるいは自己懐疑を偽装した自己肯定なのかは、記述と分析の過程において示されるほかない)。
このような、対象自体に自分が含まれる記述を続けていると、やがて能動と受動、主体と客体が入り乱れる瞬間がやって来る。自分が言葉を書いているのか、言葉が自分に書かせているのか。
(「復活の批評」『文学界』2011.3)

と言う大澤信亮がしきりに問題にする、「自己反省を強いる他者」としての「私」を連想させる。大澤は、『存在論的、郵便的』(新潮社)の頃にあった東浩紀の「他者」や「誤配」の概念が、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)の頃には単なる営業先の話になってしまったことを強く批判した。

これは「誤配」を、自らの言説や本をひたすらバラ播く「実践」へと短絡させ、のみならず、思い通りの解釈をしてくれなかった読者に文句を言うという、東氏の現在に直結している。(「復活の批評」前掲、引用部は少し文脈が違うが)

その『動物化するポストモダン』があらゆる意味で「ゼロ年代」の先鞭をつけたことは周知である(それこそ、佐々木敦『ニッポンの思想』講談社現代新書、を参照のこと)。そこでは、言葉の表象可能性/不可能性が問題になる。言葉が(統一的な)「私」の考えを透明に表象できる、あるいは社会をうまく説明できる、もしくは小説をうまく説明できる、といった考えが、「ゼロ年代」的ゲームボードを支えた前提条件である。この点を確認することで、「そこに書かれているとおりのものでそれ以上の何かなのではない」――すなわち、言葉はなにものかを表象するものではない、言葉はただただ言葉としてそこにあるのだ、という保坂の言葉がふたたび召還されることになる。

私小説の問題に大きく関わるが、僕は『未知との遭遇』をどこまでも「私」をめぐる問題として読んだ。いかに「私」から解放されるかという問い、と言い換えても良い。ここで、「有限のワタシ」という問題に触れることができる。それこそ、いつぞやのエクス・ポナイト(トークテーマは「メタ国家論」だったか。舞台上には、東浩紀と萱野稔人と鈴木謙介)で東浩紀がカール・シュミットに触れて言ったことで、「人間はバカだから二分法でしか考えられない」(記憶に頼ったニュアンス)みたいな問題がある。この東浩紀の発言はとても面白く(僕は佐々木さんもこの発言を記憶されているだろうと確信しているのだが)、たしかこの数年前のトークで東浩紀は初めて、「一般意志2・0」の構想を語っていたのではないかと、「ゼロ年代」ウォッチャーの僕なんかは記憶している。話がずれたけど、東浩紀が言うように、たしかに人間というのは、複雑なものを、言葉によって分類し簡略化することでしか物事を認識できない。認知心理学用語で「心理的本質主義」(三中信宏『分類思考の世界』講談社現代新書、を参照のこと)と言っても良い。この、簡略化/分類化することでしか物事を認識できない存在こそが、ここで言う解放を目指されるべき「私」(=「有限なワタシ」)である。佐々木さんが、「偶然性」とか「自然的―全面的運命論」とかを言葉で論理的に説明しようとするのは、「ほら、ワタシの認識をちょっといっかい外してごらんよ」というメッセージだと受け取った。「因果」とは、まさに、個別具体的に起きている出来事を、「私」が認識できる範囲で説明することである(そして、認識が言葉によってなされている以上、やはり「私」と言葉の問題は切り離せない。くり返すが、だからこそ、保坂の小説への態度がいつでも召還されるのである)。しかし、佐々木さんが採用する運命論においては、「この世の出来事は理由抜きに起こ」るのである。時間に関する議論についても同様で、佐々木さんがマクタガートを引用して語るのは、「現在」というのは「主観的な幻影」に過ぎないかもしれない、ということである。実在するのは、波形編集ソフトで言うところの「波形画面」という、ただただ世界の営みなのであり、「私」とはその一部分に過ぎないんだよ、というわけである。だから、その「私」という枠組みをちょっと外すとラクになれる場合もあるんじゃないの、と。もちろん、「有限」な「私」たちは、完全に「私」から逃れることはできない。もし、完全に逃れて「私」と世界が一体化したら、それは人類補完計画みたいなもので、オカルト的で危ないし、考え方としても安易と思う。ただ、「ゼロ年代」があまりにも、統一的で明確な「私」性のようなものに寄りかかっていた、という状況も踏まえて、「最強の運命論」の方向性を提示しているのではないかと思う。

しつこく私小説の話で恐縮だが、素朴な私小説の考え方では、あるいは素朴な近代文学は、統一的な人格を持った「私」が語る物語であった。柄谷行人『日本近代文学の起源』(講談社文芸文庫)は、「内面」形成という側面から近代文学の成立を論じたものだ。しかし、「私」は解放されたって悪くない。むしろ現代の感覚からすれば、統一的な「私」のほうがよほどフィクショナルであるかもしれない。とすれば、佐々木さんが言うように、「複数であることを、多重人格であることを、自ら進んで認めてしまえばいい、と思うのです」。その意味で、私小説的成分を含みながら、冒頭で「私、という一人称が超然にふさわしくないのではないか」と、一人称に疑問を投げかける町田康『どつぼ超然』(毎日新聞社)は、もはや戦略的ですらある。まあそれは措くとして、僕なんかは最近、多重人格を認める以上に、むしろ、多重人格を目標にすれば良いと思うのである。自意識すら無理矢理なくしていく、というか。佐々木さんと大澤真幸のジュンク堂でのトークショーをポッドキャストで聴いたが、話題の中心を占めたのは東北大震災のことで、終了後、会場から控えめなトーンで質問が出された。内容は、自分は実際は東京にいるから福島の地震や原発との架け橋になるようなものがなくて、身近に感じられないのですが・・・・・・みたいなものだったと思う。質問した方に誠実さを感じた。佐々木さんは、それに対する答えとして次のようなことを話していた。

たしかに福島で起きたことは身近に感じられないかもしれません。でも、僕は福島で起きたことと架け橋になるようなものは必要ないと考える立場なんです。そんな風に考えなくてもあなたは福島で起きたことを知ってるし、もっと言うと架け橋になるようなものがない、という苦悩だけで十分だと思います。それでも、やっぱりなにかしたいと思ったら、できることたくさんあるじゃないですか。でも、それをしなきゃならにわけでもない。

便乗するようですが、僕もやはり同じようなことを思います。具体的に自分のことで言うと、僕は、震災の直後は明確に自分のなかで「人助けプレイ」をしました。これは、みうらじゅんの「親孝行プレイ」にインスパイアされたものです。僕もやはり質問者の方と同じように、友人は東北にいたものの、本当の本当には自分のこととしては考えられなかった。でも、こんな明確に、確信的に、わかりやすく「人助け」を出来る機会もないと思って、「プレイ」として自分に出来ることを続けました。まあ、心がこもっていないという意味では、言ってしまえば偽善なのだが、僕は自分の心をそもそも信じることができないタチなので偽善で超オーケーです。別に、誰かに自慢をするという目的でもないし。身近に感じられない、心がこもらない「私」から遠く離れて、「人助けプレイ」として募金でもボランティアでも節電でもすれば、そこには大きな意味があると思う。それこそ、その行為は、「私」を超えた世界の営みとして機能するものだと思う。僕は、理由なんか無くても、「人助け」すれば良いと思う。理不尽に。偶然見舞われた天災のように。

さて、「人助けプレイ」の「プレイ」とは演劇(=play)のことである。さっき、多重人格を目標にすればいい、と言ったが、これは具体的には、「演じろ」ということである。ということで、あまり人には言っていないが、ここ数年、実は俳優業とコスプレに興味がある。普段の自分とかけ離れた衣装で俳優として演技をしてみたい。内面ではなく、あくまで外面をコスプレすることで「私」から解放されたい。手始めに、いまアディダスのジャージとベースボール・キャップを安く手に入れたので、Bボーイ化を進めている。似合う/似合わない、のオシャレとは違う水準で、被り慣れないキャップを被ると本当に気持ちがすがすがしい。ブランドの力はすごい。あまりコスプレ的ではないが、同じフリースでもティンバーランドのロゴが入っているだけで、気分が本当にNORIKIYOのPVに出ているみたいなのである。僕が単純なだけかもしれないが、そうすると本当に、自分が歩いている小金井市がGAMI RIVAXIDEに感じてくる。佐々木さんが紹介する小沼丹的「吃驚」は、僕にとってはそういうイメージである。「ごく些細な、何でもないような日常の出来事にさえ、ひとはびっくりできる」のである。いつもと違う存在に身を投じることで、世界は鮮やかになることがある、と本気で思っている。これも、ことあるごとに言っている気がするけど、だから、3歳のときに「自分に精神の自由がない!」と叫び、「多数的な生を生きたい」という動機で俳優になった中野裕太は、その一点において、とても素晴らしいと思えるのである。僕は妄想癖が強いのかどうか、他人と比べようもないのでわからないが、そのテの「私」から解放される想像は、けっこう得意だと思う。このあいだ、9千円を落として、一瞬けっこうヘコんだのだけど、すぐに自己防衛的に想像力を働かす。9千円を落とすことと9千円を拾うことは、「私」という枠組みを外せば、世界の営みという点でまったく等価の出来事である。ならば、僕は必ずしもヘコむことはないのではないか。むしろ、拾ったかもしれない、確認もできない、存在すら疑わしい誰かの存在に自分を投企しよう、という思考回路が、けっこうすんなりと働く。拾った「私」に同化して、むしろラッキーみたいな(もし自分だったら交番に届けますが)。自分が楽観的だと言われるゆえんだが、なんにせよ、こういう「私」からの解放に魅力を感じるので、『未知との遭遇』には、不遜にも肯くことしきりなのである。さて、「演じる」というキーワードを出すと、『未知との遭遇』に書かれている本谷有希子のことが、やはり外せない。そもそも、演劇という表現が、「私」との関係を考えるうえで非常に重要だとはずっと思っているのだが、いかんせん観劇体験がほとんどなく勉強不足である。僕は「ファイナルファンタジックスーパーノーフラット」という作品は観ておらず(俄然観たくなっている)、だから実は詳しい設定も理解しきれていないのだが、少し紹介されているあらすじを読むだけでグッと来る。「もともと存在してさえいない「縞子が演じるユク」にトシローは恋していたのです」という、その、「私」に囚われていない世界観がまずは素晴らしい。ユクという人の気持ちというか心は、「私」という水準で言うと、どこにも存在していないはずなのに、でもその恋は、世界の営みとして動いている。そして、「演じる」ことをめぐることで繰り広げられる、世界と「私」の攻防線。この「私」と世界の関係は、仏教思想を補助線にすると分かりやすいかもしれない。「私」=仮観、世界=空観、「最強の運命論」モデル=中観、というイメージで。

結局、まずは「私」から解放されることを目指すのが大事だと思うのである。もちろん、「私」からの解放と解放され得ぬ「私」との衝突は、さまざまな水準で起こるだろう。それについては、佐々木さん自身も、もっと具体的な作品論もしたいとおっしゃっていたので期待して待ちたい。もう、論理も起承転結も無くなってきたのだが、「私」からの解放と解放され得ぬ「私」の衝突、と言うと思い出す僕の好きなエピソードがある。

文化放送『グリーン・フェスタ』の「いとうせいこうの知らない世界」で、本多静六という林学者を知った。明治神宮の人工森林を設計した人である。明治神宮は、もともと荒れ地でなにもなかった。本多は、そこに種を蒔きながら100年後の森を設計した、種を蒔きながら、専門的な知に基づいた想像をしながら。その森の姿こそ、僕らが目にしているあれである。昼でも薄暗い圧倒的な、自然としか思えない自然は、完全に人ひとりの許容を超えたスケールながらも、たしかに人によって想像された人工的なものでもあった。いや、人工/自然なんていう対立自体が馬鹿らしくて、ただただ世界の営みとしか言いようがない。(2010年12月2日の自分のブログより)

『未知との遭遇』に関連させて言うと、やはり「最強の運命論」の話である。佐々木さんがいちばん直接的にメッセージを発しているように読める箇所の一つは、次の部分(とその前後くらい)だと思う。

「どうせもう決まっているのだからやらない」ということは、すなわち「何も起こらないことが決まっていた」ということです。しかし、そこで自分の意志に沿って何ごとかをする、とにかくやってみることにした場合も、それはそうすることが「決まっていた」のです。

暇があったら、原宿に行って明治神宮を参拝するといいと思う。もちろん「最強の運命論」的風景は、どこにでも広がっているのだけど、明治神宮の森はとくに感応しやすいと思う。明治神宮の森は、本多が種を撒かなければ生まれなかった。その意味で、紛れもなく「私」の意志の産物である。その一方、現在の森がああいう形をしているのは、誰の意志も介在しないほとんど「偶然」に等しい出来事である。だとすれば、明治神宮の森は、意志とか「偶然」とか全部ひっくるめて、露骨に「そうなることが決まっていた」としか言いようのない存在である。こういうことに考えをめぐらすと、感動的だとさえ思える。そうやって、大地に種を撒くように、「私」の意志を、「私」という存在を、世界に投げかけていくことは、「つらいことが起きても運命だと思って引き受けましょう」ということとは、まるで別の水準の話である。「もーしょーがない!」(古谷実『グリーンヒル』)「でも、やるんだよ!」(根本敬『因果鉄道の夜』KKベストセラーズ)「もーしょーがない」「でも、やるんだよ!」の連続で、どこかで開き直って世界に関わっていくことに賛成である。というか、本当はあらゆるものが神宮の森みたいなものなのである。ともすれば僕らは、人工/自然という二項対立を立てがちで、「私」/それ以外、に切り分けるが、あらゆるものが「私」の意志と「偶然」が包み込まれた「最強の運命論」として現前しているのである。そういったものとして世界を見ることは、たしかに豊饒なのだ。

「最強の運命論」的に行動をしていくことも大事だが、事物を「最強の運命論」的に見ることも大事である。それが、小沼丹的「吃驚」につながると思う。で、結局それは具体的にどういうことか。僕なりに示したい。『未知との遭遇』において、マクタガートの時間論は音楽の「波形編集ソフト」の比喩で説明される。そして、こんな文が。

じつは「主観的な幻影」でしかないのかもしれない「過去」や「未来」というものが、われわれの「現在」に非常に強いエフェクトを及ぼしてくる。

僕はこの文を読んだときに、「エフェクト」という言葉に考えをめぐらせた。「影響」で良いじゃないか、と。なぜ、佐々木さんが「エフェクト」という言葉を選んだかは知らない。明確な理由があるのかもわからない。でも、それでも「エフェクト」という言葉は選ばれている。「最強の運命論」的に選ばれている。読み手としての僕は、佐々木さんがかつて紹介してきたような音楽には、かなり疎いと思うが、でも、代表的なシカゴ音響派と呼ばれたような人の作品は、まあ一応聴いて、トータスのいくつかのアルバムなんかにはそれなりに感銘も受けた。僕の理解で言うと、例えばトータスなんかは、サウンドを波形として微分していくことが可能になって以後の音楽である。微分して細かく切り取りながら再配置していく。もちろん、そこでは、再配置したサウンドをどのような音像にするかということで、「エフェクト」をかけることも、これまで以上に重要になる。先の文に登場した「エフェクト」という言葉には、こうした言葉自体の記憶が刻まれている! と、僕はそういうことを思った。佐々木さんが、「波形編集ソフト」を例に出し、その流れで「エフェクト」という言葉を選んだのは、もはや書き手・佐々木敦の意志とか、どう意図があったとか関係なく、読み手の僕のもとに、僕が知りうる佐々木さんをめぐる記憶とともにやってくる。そのとき、「エフェクト」という言葉の背後には、トータスの美しい音楽が鳴り響いている! 折口信夫は『言語情調論』で次のように言っている。

再生概念をあらわす言語をもって形成した判断、すなわち文(口語、文語)の内容は、はなしての予定によって第一次思想から一直線に来る第二次思想、すなわち直接内容とこの予定なくして第一次思想を表現するために排列した言語が、偶然にある内容を有する形式となる場合、すなわち間接内容とが並び存することを認めなければならぬ。

折口によれば、言語というのは、単なる「描写」「写実」という機能の裏側に「情調」「気分」とでも言うべき機能がある。枕詞を思い浮かべればわかりやすいかもしれないが、和歌などで「母」と言うとき、「母」の裏側には集合的な記憶として「垂乳根の(たらちねの)」という姿が存在している。枕詞は、その可視化である。集合的な記憶とは言えないかもしれないが、同じように、佐々木さんが「波形編集ソフト」の例を出した直後に、「エフェクト」と言ったとき、その「エフェクト」という言葉の裏側には、トータスの音楽が「情調」「気分」として存在している。引用部の折口が「偶然」と言っていることは重要で、これは書き手・佐々木さんの意図を度外視しているという点で、「私」の水準を超えている。とは言え、読み手の僕が、それでも、他でもない佐々木さんが「エフェクト」という言葉を発したからこそ僕がトータスを思い浮かべたという点では、やはり書き手が佐々木敦であり、読み手が矢野利裕であることは意味を持つ。でも、やはり、佐々木さんが「エフェクト」という言葉を選び、僕がそれに感応したことは、依然として「偶然」なのである。つまり、そういったすべての意志や「偶然」を飲み込んで、あの文章は、あの文章であることが、「最強の運命論」として定められていたのである。



最後に、僕が『未知との遭遇』のサウンドトラックにふさわしいと思うのは、大好きなマヘル・シャラル・ハシュ・バズ「Faux depart」という曲である。何よりも歌詞が素晴らしい。

失敗した出だしから始まった歌 
互いに呼び交わす鳥のように
歌うのは相手の言葉 
五線譜のように定められた失敗

出だしの失敗から始まった歌
互いに呼び交わしながら進む歌
歌うのはいつもあなたの言葉
五線譜のように定められた幸福

出だしの失敗から始まった歌
五線譜のように定められていた


(10968字)

toshihirock_n_roll at 01:33│ ブック