2012年09月20日

『HEY! HEY! HEY!』の終了――「Jポップ」と「ツッコミ」は一緒にやってきた

52ed1f8b.jpg『HEY! HEY! HEY!』が終わるそうだ。
http://tabetainjya.com/archives/entertainment/hey_hey_hey/

Jポップをめぐる議論は少し追ったりもしているが、バラエティ史や芸能記事を熱心に調べたことはないので、印象論になってしまうかもしれないけど、まあブログ記事なのでご了承をお願いします。

僕は83年生まれですが、小学校高学年から中学生あたりにかけてのダウンタウンの存在は、それはまあ大きなものでした。『HEY!』が始まったのは94年なので、僕が小学校5年のときでしょうか。94年と言えば、小室哲哉がいよいよ覇権を握って、CDの売り上げが飛躍的に伸びている時期です。「Jポップ」という名称が発案されたのは88〜89年ですが、烏賀陽弘道『Jポップとは何か』(岩波新書)によると、「J」の定着は93年からの「Jリーグ」を経てのことです。子供の感覚的にも、『HEY!』と「Jポップ」という言葉は、ともに相互的に高め合いながら、巨大化していったような印象があります。

さて、Jポップという巨大ビジネスの中心にいたのは、小室哲哉でした。烏賀陽は、「Jポップ」をたんなる音楽ジャンルとしてではなく、広告業界などを含めた「産業複合体」として捉えました。重要な指摘だと思います。小室は、以前からすぐれたスタジオ・ミュージシャンであり、すぐれたソングライターでしたが、その後、多大な借金を抱えることに象徴的なように、この時期から音楽ビジネスにまで手を広げていきました。小室がビジネスに手を広げた背景は、YOSHIKIの入れ知恵された(津田大介)、学生時代の同級生にそそのかされた(吉田豪)、など、複数説ありますが、いずれにせよ音楽の領域にとどまらない「Jポップ産業複合体」を貫通する存在として小室哲哉がいたことは言うまでもありません。この全能的な態度を指して、小室哲哉は「プロデューサー」と呼ばれたのでしょう。このへんのことは『POST』という同人誌に寄せた「90年代音楽論・イン・ジャパン」に書いたので、超入手困難ですが、ご興味がありましたらご一読くださいませ(『POST』は他の論考も面白いです)。

ということで、『HEY!』の終了は「Jポップ(産業複合体)」の終焉を意味するという見立ては、そんな間違いではないと思います。パフュームやAKB48の成功を見ればわかるように、そしてガール・ネクスト・ドアの失敗を見ればわかるように、覚醒剤のごとくタイアップをがんがん打って、テレビ主導で作り出された幻覚のようなアーティストは必ずしも成功しません。それよりも現在では、ネットまで見据えた口コミのほうがアーティストを巨大化させる可能性を秘めている感じがします。『HEY!』は視聴率が低迷していたようですが、むしろ、みんなパソコン上で新たなアーティストを発見していたのかもしれません。

それにしても、「アーティスト」(芸術家)っていう言い方はなんなのだろう。個人的にはいまだに抵抗がありますが、先の「プロデューサー」とセットで出てきた印象もあります。「アーティスト」という言葉の言説研究とかあるんでしょうか。なければ自分がやっても良いようなテーマではあります。言葉の響きだけで言えば、「ミュージシャン」が職業的なのに対して、「アーティスト」はもう少し、人格(パーソナリティ)によっている感じでしょうか。さて、当時中学生の自分において、『HEY!』のリアリティとは、なによりもフリートークにありました。『ガキの使いやあらへんで』にも同じことが言えますが、とくに『HEY!』におけるダウンタウンの「アーティストいじり」は、たいへんに参考にした覚えがあります。80年代後半のとんねるずの振る舞いというのが僕にはわからないのですが、ダウンタウン的な「いじり」という概念は、このときはっきりと明確化したような気がします。思慮浅い、調子にノった中学生は、『HEY!』によって「ツッコミ」という概念に気づき、オチのない話に「オチは?」とか「中途半端やなあ」と言うようになった。世にも恐ろしい話です。80年代の漫才ブームの感じがわからないのだけど、「Jポップ」の定着とともに、当時の中学生はお笑いのリテラシーを上げたのです。しかし、お笑いのリテラシーを上げるということは、面白くなったということを単純に意味しません。彼らは「規則」を見つけたのです。手旗信号のように、パターン化された「規則」をこなすことができれば、「お笑い」的なものは成立するようになりました。そして、この「規則」によって、発見されるまでもない普通の話が、再帰的に「オチのない話」として発見されるのです。「オチは?」って、ここは収録現場でもなければ、俺らはお笑い芸人でもないだろう、バカ野郎。

「フリ」と「オチ」の発見。いや、秋田實が言わなかったとはいえ、「フリ」も「オチ(サゲ)」も当然昔からあるのですが、僕らのこの「規則」は、「Jポップ」とともに登場した気がします。必ずしも面白くはない「アーティスト」を面白く見せるための「ツッコミ」は、僕らのまわりの、必ずしも面白くない友人を面白く見せるものとして機能していました。その問答無用にゲームボードに乗せてしまう感じは、とてもグロテスクなことでもありました。この「規則」は、いまだ生きているような気がします。宮迫博之が出川哲郎などに「そのリアクションは不正解でしょう」と言う、その「(不)正解」という言葉に象徴的なように、「フリ」に対する正確な答えを求められています。まあ、「フリ」に対する「不正解」は、またさらに「ツッコミ」で救出することができるわけですが。

「Jポップ」が終焉を迎えたとしても、「規則」は生きている。「ツッコミ」の準備はできているし、「いじり」も用意されている。ただし、「Jポップ」が終焉を迎える少し前、松本人志を認めた/に認められた島田紳助は芸能界を引退した。このことがどう響いてくるのか、こないのか。紳助引退という「フリ」に対する「正解」は、まだ出ていない。

toshihirock_n_roll at 17:53│ 芸能 | 音楽