2015年04月15日

大舞台に立つということ

TBSラジオ系『爆笑問題カーボーイ』の2月17日放送回で、サザンオールスターズの「イヤなことだらけの世の中で」がかけられていた。かねてからサザンのファンで、桑田とも交流のある太田光は、これを聴いて感激。「桑田さんもいろいろあって、言葉をぐっとこらえなくてはいけないこともあっただろうし、そういうことをこういう名曲で応えたと思うと涙が出るくらい感動するね」みたいなことを言ってた。そして続けて、我慢できなくなったかのような感じで、「事務所に向かって、抗議とかしていたやつら、お前らとは立っている舞台が違うんだよ!」と。

「お前らとは立っている舞台が違うんだよ!」

僕なんかには、こういう言葉が大切なものとして響く。「舞台に立つ」という水準。歌でしかできないこと、歌ではできないこと。議論でしかできないこと、議論ではできないこと。教育でしかできないこと、教育にはできないこと。どんな人でも、少なからず「舞台」に立っていて、舞台人として振舞っている。その意味で言えば、桑田圭祐や太田光は、プロの舞台人として、ずっと第一線で、僕らが立てないようなステージやハコに立っている人なのだ。「お前らとは立っている舞台が違うんだよ!」という言葉には、そういう者の自負とか覚悟とかを感じる。僕は、たぶん、そういう舞台からでしか発することのできない主張/表現があると思っていて、そういうものに触れると感動する。

ちなみに、なにかとプチ炎上騒ぎが続く同番組。田中は太田をなだめていて、その太田は、新ディレクターの越崎Dに「越崎、ごめんよ」とぼそり。ただ非道に生きればいいということでもない。舞台を成立させ、維持し、その舞台に立つための配慮もまた必要なのだ。現代において舞台人として振舞うとは、たぶんそういうことなのだ。その先にこそ、感動的な舞台人の身体があるのだ。

toshihirock_n_roll at 09:57│TrackBack(0) 雑感 | ラジオ

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