先日11月23日、大阪市にある「ザ・シンフォニーホール」で行われた、「炸裂ライヴ!宮川彬良&大阪市音楽団」に行ってまいりました。

今回の日記は限りなくコンサートの再現を目指す!というコンセプトで、見つかれば音源もリンク張っておきます。音源が見つからなかった曲はなんとか言葉で表現しますが、音程は間違ってるかもしれないのでご容赦を。
また、彬良さんのトークは暗いところでパンフレットにメモをとったので言葉や話と曲の順序が違っているかもしれません。

曲目は

第1部

ファンファーレ
サスペンスA
組曲「宇宙戦艦ヤマト」序曲・宇宙戦艦ヤマト・出撃・大いなる愛
探索艇
無限に広がる大宇宙
艦隊集結
ワープ
地球を飛び立つヤマト
コスモタイガー2199ver.
クレージーキャッツメドレー
ゲバゲバ90分

開演。
舞台に並ぶ大阪市音楽団の方々。今回はピアノが入るのでコンマスがピアノを弾いてチューニング。いやがうえにも期待は高まる。

下手(舞台向かって左)からフルートを持った団員さん(?)登場。
ヤマト主題歌のメロディをワンフレーズ吹いてから挨拶をするという期待感高まる演出!
(ヤマト以外の曲を吹きながら引っ込んでいったがなんという曲か残念ながら私にはわかりませんでした。)

指揮の彬良さん登場。(拍手)

ファンファーレ
サスペンスA(ピッコロとフルートかな?ラソ〜ソファの不協和音を四回繰り返し、ソファ♭〜ファミ♭の不協和音を四回繰り返し、伴奏にエレキベースが入る、あの短い曲……って言ったら分かってもらえるかなあ)


彬良さんマイクをとって、紹介。

「わたくし宮川彬良と、今年注目されてしまった大阪市音楽DAHHN!(観客苦笑)
ヤマトも今年注目されているのですが、それは後で話します。
大阪市音楽団と私は、一番ヤマトに近いと言ってもいいと思います。
ヤマトは今年で38周年。すごいねー。38年といったら、0歳の赤ちゃんが38歳だよ!?
しかし大阪市音楽団の歴史はさらに長くて78年!」

このあと、組曲「宇宙戦艦ヤマト」を演奏。(もちろん吹奏楽版です)

彬良さんのトーク開始。
「今日、前半はヤマトにおける宮川音楽の勉強会。ヤマトのファンの方も、今日だけヤマトのファンの方もお楽しみください。」

ここでホワイトボードのようなパネルが下手から登場。
宮川彬良のヤマト勉強会パネル

「朝ズバみたいなのを作ってくれと頼んだんですけどね、いかに低予算かわかりますね」(笑)
彬良さん、紙を剥がしながら「ヤマトの劇判音楽は73曲、ところが一曲も譜面が残っていないんです。録音テープも溶けちゃって……いや溶けちゃったわけではないんですが残ってない。
38年目にして今年、(紙をはがして)リメイクをすることになったんです。それがヤマト2199。
そこで私が音楽を全部譜面に起こしました。いわゆる耳コピですね。これは大変勉強になりました。あの世とこの世を結ぶ勉強です。51歳になって父から教えてもらってびっくりしました。色々な音楽が入ってるんです。」

彬良さん、紙をはがして

「『ヤマトは意外とロックである』。
最初の放送は1974年ですからまだディスコなんてない時代です。サタデーナイトィーバーが1977年ですからね。」

彬良さん、当時のロックはこんなイメージ、と言って衣装をつける。
裾がビラビラのベストを着て頭にヘアバンドのようなものをはめ、メガネはサングラスに。
ピアノの前に座って、

「『探索艇』」

家人が帰ってきてPCを明け渡さなくてはいけないので、本日はこれにて。