「カルテット」が視聴率より「満足度」で好評らしい。
やっと視聴率以外の基準が話題に上がったけどネットでの書き込みが対象となると…まだ中途半端。
視聴率の数字が全てではない事に気付いたに過ぎない感じ。

1話完結の分かりやすい「解決説明もの」が「テレビつけたらやってて最後まで見た」というなりゆきで極端に数字落ちないけど、当然ながら「説明ドラマ」は話題としては残りにくい。
1話完結でもしっかりしたものは残るけど、設定とキャストで数字取れてる事に安心して中身が薄くなって宣伝効果としても薄味であることにスポンサー企業も気付きはじめていると思う。

「カルテット」はその意味では話題に残るドラマになったと思う。
高橋一生という旬だけに頼らず、細かい枝葉に「ドラマ」が隠れていて、それが幹に戻るような作りで「満足度」も高くなる。当たり前のようでなかなか難しい作り。

このドラマでも企画書上でウケのいい「全員片思い」でスポンサーをクリアしているけど、始まってしまえばそれだけが主軸でもなく、4人の人間模様そのものがドラマの軸である事に気付いた時にはハマっている形。コメディの形を借りるのはいい戦略です。

設定は「全員片思い」以外では「軽井沢」「別荘」「音楽」「それぞれの道のり」みたいなもので、基本的には「高原へいらっしゃい」「緑の夢を見ませんか」などの山田太一作品の設定がオマージュ的に織り込まれている。
岡田惠和も「いろんな過去を持つ人たちが集まって…」というドラマを何本も書いてた時期があった。

しかし坂元作品が面白いなと思うのは、他の脚本家が山田作品っぽい設定が整うと、ついその元になっている作品のセリフまわしとか、展開を真似てしまう事も多いのですが
坂元作品では「軽井沢」「暖炉の前でみんなで音楽」とか断片的なオマージュは持たせても
中身を全く異なる空気感にしているので素直に「そのオリジナルな日常」に入っていける事かと思う。そのドラマの中で登場人物が生活しているような感じ。
それがあるから強引な展開でも「その中で起こった事」として捉えられる。

展開やセリフまで真似てしまうと「日常感」が薄れて借りてきたような言葉を借りてきたような人が話すので現実感は希薄で見る方も興味が薄れてしまう。
岡田は苦労して山田色を卒業しましたが、坂元さんは最初からそんな雰囲気。

「カルテット」は4人が主軸ですが、深く描く人を毎回絞っているのも満足度に現れるポイントかもしれない。
坂元さんが一番描きたい満島ひかりをいつになったら深く描くのかと思ったら、最終章の直前のまる1話をほぼそれに費やしたのも見事です。
断片しか出てこなかった松田龍平に対しての思いを、これでもかという細かさで集中して描いていて、満島の演技力とも相まって切ないものになっている。

あの切なさは、「それでも生きていく」の瑛太に対する満島の感情にも少し似ていて
ナポリタンで白い綺麗な洋服を汚さないようにエプロンをしてくれた松田龍平のくだりなどは
瑛太の時よりは距離感はスマートな表現ですが、女性側の気持ちの表現は近い、
自分の気持ちよりも相手の事、関わる人が幸せになる事、を考えて行動してしまう、損だけどかわいい思考…という現実にはあまりいないファンタジーでもリアルに感じさせる表現。

普通に演じれば「自分の好きな人と、その人が好きな人」とはいえ、松たか子と松田龍平がうまくいけばいいと行動しながら、演技で「複雑です」というのを押し付けがましく表現をしてしまうけど
満島ひかりは「しめしめ」みたいな、イタズラが成功したような表現にする事で、こちらが「複雑だろうけどね」と描いていない行間を埋めるような演技になっている。
で、坂元裕二もそれを見越してセリフにしない部分で物語を展開させている、その信頼関係が濃い。

満島のインタビュー番組で「それでも生きていく」での坂元氏との出会いは「運命」として語っていたけど、見てる側にも深くなっているのが伝わる。
「Woman」では満島で描きたい放題だったのが足かせにもなった感があるけど
「カルテット」では全体が軽めのため、その描き方の深さが1話に凝縮されていた。
あの回だけは「満島ひかりの世界」だった気がする。
待ち合わせで手をあげかける遠慮の感じにすら満島節?が垣間見えます。

松たか子はこのドラマでは難しい部分を一手に引き受けた感があって、ベテランの領域にいる人という感じ。
最初は感情の込め方に苦労してそうだったけど、旦那役のクドカンが出てくるあたりでそれも収束していった感じでさすが。

高橋一生は「いつかこの恋を思い出して〜」のぶっきらぼうな先輩役から出世ですが、もともとこういう幅のある演技(表現された人間像は幅の狭い感じ)が見込まれていた気がする。
日常では疲れそうな喋り方がなぜかリアルに思えてくる「こういう奴いそう」というあの感じがいい味です。
運も味方につけたのか、猿を探すエピソードで、滑って落ちる時になぜか硬直したような演技で、それ自体でも「プッ」と笑える上に、持ってた檻が落下してきて頭に激突してなお硬直で「ププッ」っとなる。ノってる役者はアクシデントすら味方にする。降りてきてる状態。

松田龍平の内面が全編にはあるものの深く描きにくい展開ですが、最終章でその辺りもっと描かれるかな?
瑛太がこのドラマのファンらしくツイートで毎回どこがオモロイかをつぶやいているそうですが「で、俺は何話目に出ればいいの」と、この4人に自分がいないのがもどかしいらしい。

「それでも生きていく」のようにドカンとした深さではないけど、しんしんと降る雪景色のように
染み入るシーンは散りばめられていて、坂元組の役者はみんな出たかっただろうな…と思います。
もし、もっと強気の激しい女性がいたら真木よう子、浮くくらい優等生で住人たちと相容れない女性がいたらそれは倉科カナ、だるそうなアンニュイさの子がいたら二階堂ふみ。
坂元作品常連の役者たちがそこらに住んでいそうな世界観ではあるので、
瑛太が「俺は何話?」と言った気持ちはわかります。

今期はこのドラマとNHKの岡田脚本「奇跡の人」井上脚本の「お母さん、娘をやめていいですか」を見ていて、やっぱり…残るべき脚本家が連続ものでも「見続けようかな」というチカラを持っている気がします。