セカセカさんのイラスト

ほんわか、ふんわかと、徒然なるままに、気分の赴くままにイラストを描いています。 みてみ亭などイラスト投稿しています。 夢見る少女のなれの果て、オバチャンのイラストです。

2008年08月

よくわからない賞

4057bcc1.jpg国民栄誉賞なるもの、これがよく分からない。以下、私の独断と偏見なのでご容赦下さい。

王選手がもらったというのは分かる。この人なら誰も文句を言わないよね。
でも、北島康介、ソフトボールの上野選手、この方達は確かに素晴らしい。ケチを付ける気は全くないが、まだ20代の選手に先は長いのに、あまりちやほやすると、後で転けない?などと余計な心配をした。

イチローは20代の時に辞退している。彼の賢さはこんな所にも表れる。「もっと他にふさわしい人がいる」というのが辞退理由だったように記憶している。今もらうと、自分のモチベーションが下がるということも言っていたような記憶がある。

しかし、ネットで調べたら千代の富士、美空ひばり、山下泰裕、高橋尚子などももらっている。そうか、乱発しているような気がしないでもないし、大したことのない賞なのか、と思ったり。それなら尚更イチローは賢いし、金メダル取った人には全員、国民栄誉賞でもいいんじゃないの?

いずれにしても、政治家の考えたことで政治的意図のないものはない。だったら、そう大層に考えることもないのかと納得した次第。

「鉄の女」と言われた英国の元首相サッチャー女史(82歳)が認知症になったそうである。長女によると、8年前から様子がおかしかったそうだ。高齢ならば誰しも認知症になる可能性はある。元首相といえども仕方がない。しかし、これが名もない市場の人間だと、ご家族の方は大変だろうなで済むが、政治家となると国民が大変なのだ。

政治家の中には高齢者もいる。その中に、本当に何人かは認知症の人間が居るのではと思った。なぜなら、

最近の日本の政治家の放言、暴言、失言を聞いていると、認知症かもしれないと思ってしまうから。初期の認知症なら、演説など、しゃべりには慣れているだろうし、ボロが出ないかもしれない。分かっているのは家族だけ。とりあえず秘書にバックアップさせて国会で居眠りさせても、とにかく表紙なんだし、ケリが付くまで隠しておきましょう…などということになってはいないか?

歴代の農相の3名とも、事務所費の計上に問題があるらしい。「国民がやかましいから」と言った太田農相もやっぱり…この方、幾つなんでしょう? 呆けるにはまだ早いかも知れないけど、一般人との感覚ボケは、政治家全員にあるのでしょうね。

先日、母の施設で催された「夏祭り」に参加した。盆踊りの櫓の周囲で踊ってくださるボランティアの方に混じり、母は踊り出す。ふらつく足の自覚もない母の後を付いて私も歩いた。転倒しそうになったときに支えるためであるが。

まともな母なら、歌ったり踊ったりすることには、こんなに積極的ではなかった。幼稚園児が踊っているような感じ。楽しいのだろうなと思いつつ、後を付きながら歩いていると、不覚にも涙が出そうになった。

働きづめに働いた母、盆踊りなど疲れるからとまったく行こうともせず、ただ家事と仕事だけで生きてきた人である。いったい何の楽しみがあったのか。60歳の頃から神経性の難病に苦しみ、それでもリハビリにと習字や押し花やコーラスも習いに行っていた。

父の定年退職後は、夫婦で海外も国内も旅行もしていたので、それも楽しかったかもしれない。父が亡くなるまでは、畑に精を出し、それなりに毎日をエンジョイしていたかも知れないが、私から見れば中年頃からウツ傾向のある人だった。

もしかして呆けが母をウツから救ったのかもしれないと思っている。今は幸せそうに見える。母が今まともであれば、父の死を悲しみ、施設も否定し、ウツから脱出は出来ていないだろう。そんな母が今、盆踊りの輪に入り、子供のように踊っている。私は涙をこらえながら後を歩いた。

しかし、そんな気持ちと同じくらい母に「このクソババア」と思い、心身共に格闘してきた。

福田さん、そんな私に国民栄誉賞を下さい。紙切れより金一封が良いですけど。

思い出したこと

e33320f1.jpgいや〜、お盆の間、暑かったですね!
みなさん、どんなお盆を過ごされたでしょう? 帰郷され、お墓参りをされたり、旅行されたり、オリンピックもいろんなドラマがありました。

我が家も子供が帰省、あわただしく普段作らない量の食事作りに追われました。

子供が帰ってくると思い出すことがあります。それは

今から24年前、次男が生後四ヵ月の頃、開業医さんに思わぬ誤診をされ、大学病院まで行ったことがあります。病気は大したことではなかったので、ここでは伏せますが。

大学病院は教育機関なので、学生さんの実習にお付き合いすることになりました。3、4人の学生さんから、いろんな問診を受けます。それについてお答えするのですが、準備がされていなかったようで「何を聞いて良いか分からない」という心理がありありと分かりました。質問が途切れ、沈黙が長かったことを覚えています。

「初めてだから仕方ないよね」と、心の中で思っていました。

そして助教授の本格的問診が始まり、そこで改めてこれまでの経過をお話ししました。学生さんの問診に対しても、「バカの証拠」などとバッサリ、アッサリ、ハッキリと言われる先生でした。

そして次男をベッドに寝かせ、診察の実習が始まります。

助教授は腰をかがめ、ベッドの高さに顔を持って行かれ

「こうして圧迫感を感じさせないように、患者さんの人権を守る」と言われたとき

一人の学生さんが 「赤ちゃんにも人権があるのですか?」  と聞かれたのです。

助教授は「馬鹿もん!! 当たり前じゃないか!」と言われました。

その学生さんは、コンコンとお説教をされていました。

私は、怒るより笑ってしまいました。

もう、しょうがないなあ、という感じです。

そして件(くだん)の学生さんが、次男の胸に聴診器を当て、音を聴こうとされたのですが、次男は元気に動き回り、聴診器を握り、振り回し、その学生さんを困らせています。私は面白くて、もっとやれやれなどと、不謹慎にも思ってしまいました。ついでにオシッコもかけてやっていいよ、などと…

今だから言うけど、京大病院の小児科での事件です。あえて事件と言います。
大学病院は色々あるけど、京大の医学部と言えば関西では超難関、おりこうさんばかり。

でも、赤ちゃんに人権があるのかという、率直な疑問を持つ医者の卵が居たのです。

こんな疑問を持つのは大学は関係ないと思います。東大の医学部にもきっといるでしょう。
今もどんな大学病院にも棲息していると思います。この当時よりもっと増えているかも…

でも、この学生さん、叱られて良かったのです。叱られたら、何故叱られたか考えるでしょう。反省もありそうな素直な学生さんのようでしたから、まだ救われるだろうと思いました。

怖いのは、こんな疑問も口にせず、そつなく授業をこなし、成績も良く、優秀と言われ医者になっていった学生さんです。叱られもせず、疑問も持たず、自分のやっていることは正しいと思っている人ほど怖いことはない。

あの学生さんも、今は中年を過ぎた良いお医者さんになっておられることでしょう。
あの事件、覚えているかな(笑)


《ついでに小話》

小説家の渡辺淳一さんの御母様が、言われたことですが

「息子は病気ではありません。病気は治りますが、息子は治りません」

        (養老孟司さんと阿川佐和子さんの対談集から)

この意味が分かる人は、ゲラゲラと笑ってください。

放蕩息子たち

507196cb.jpg立秋になりましたが、毎日暑いですね。

温暖化の影響で亜熱帯化して、集中豪雨が降るようになり、突然の鉄砲水でこれまでなかったような事故が起こっています。

北京オリンピックが、不安要素一杯で明日から始まります。

相変わらず景気は後退しているようで、福田内閣も改造され、様々な問題を抱えながら日本は生き延びられるのかという漠然とした不安感があります。食料も大半が輸入に頼り、資源もない国です。これでよくも過去に戦争を起こしたものだと、今さらながら63年前の指導者達は何を考えていたのか不思議でならないことがあります。

福田さんは靖国に行くのでしょうか。日本は信教の自由があるので、行ってもまったくかまわないと思います。政教分離なので、そこに内閣総理大臣と書かなければいいのです。そして純ちゃんのように、行く行くと大げさに言わず、静かに行くならまったく構わない、と思います。もしも福田赳夫さんが東条さんと養子縁組でもしていれば、祖父の墓参りに行くのに誰も文句を言わないでしょう。

北京オリンピックが始まるので、福田さん、くれぐれもご配慮願います。

そんな中、瀬戸内寂聴さんの「釈迦」を読みました。

結局、放蕩息子の物語… と、罰当たりなことを考えました。階級制度が厳しいインド、バラモンの王の息子で、女房、子供がいながらそれを放り出し、突然の出家。なんて勝手な亭主だろう。

しかし、教団は大きくなり、弟子達が釈迦の教えを伝えていきます。釈迦はきつい下痢を起こし、老衰でなくなったようです。弟子のアーナンダに介護され、皆に惜しまれながら。

それに比べキリストは、大工ヨゼフとマリアの息子。馬小屋で産まれ、共通するのは放蕩息子である点。今の世の中なら、親が泣いて悲しむよ。しかし、十字架に磔にされ、蔑まれながら亡くなりました。亡くなり方は対象的です。

どちらも、弟子達がその教えを伝えていきます。

こんな放蕩息子たちが、なぜ世界の宗教の中心人物となったのでしょうね。人に教えを説くなら、世捨て人となり、放浪し、俗世から離れ、ただ信じる物、事のために修行をしていったのかと、暑い夏の夜、オバチャンは浮世離れの思索に耽りました…

私は放蕩娘ではなかったけれど、何の取り柄もなく平凡そのもので生きてきました。それでも何とか無事に生き延びられたのは、何かに守られていたのかと。
中年を過ぎこの暑さの中、母の施設に通うのもきついですが、こうして自分のペースで介護できるのは幸せなんだろうと思う次第です。まだ先は長そうだ〜。

私よりもっときつい介護をしている方、どうか、身体に気をつけて暑さを乗り切ってくださいね。

残暑お見舞い申し上げます。
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