セカセカさんのイラスト

ほんわか、ふんわかと、徒然なるままに、気分の赴くままにイラストを描いています。 みてみ亭などイラスト投稿しています。 夢見る少女のなれの果て、オバチャンのイラストです。

2008年11月

神さま仏さま

9e7a0351.jpgついでにキリストさま、とまで行くかどうか。

つい最近、神仏習合や神仏判然令、廃仏毀釈について、北海道の西野神社(http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/)のブログで教わりました。
素人の厚かましいお願いに丁寧に答えてくださり、大変嬉しく、神様に出会った!と思ったくらいです。中学や高校の教科書で習ったのか? 何となく言葉は覚えていましたが、やっと腑に落ちた、という気分になっています。

皆さんの中には、神仏習合や神仏判然令、廃仏毀釈について既にご存知の方もあるかも知れませんね。
でも、私は知らなかったのです。この程度なんですよ、もう…

それについて西野神社のブログで質問をしてみたら、神仏習合は江戸時代以前のもので、明治から神仏判然令なるものでお寺と神社が別れてしまったということらしいです、と理解しています。

しかし、私の住んでいるところは、少し歩けば狭いところに神社仏閣が密集しています。江戸時代、いやそれ以前に出来た古いお寺や神社もあり、いつも不思議に思っていました。

もっと不思議だったのは、鳥居のあるお寺が何カ所かあるのです。お寺はお寺、神社は神社、と思っていたので、なぜ、お寺の中に鳥居があるのか?と思っていました。

それは、江戸時代以前は神仏習合が当たり前で、京都は歴史が古いから、その名残だろうということでした。

昔々、神様や仏様は、一緒におられたそうです。皆さんは、お寺の中に鳥居があるのを御覧になったことがありますか? なあんだ、そんなこと、うちの近くにいくらでもあるよ、という方もあるかも知れませんね。

日本人は諸外国の方から、「宗教は何か?」と聞かれたら、返答に困ることが多いと思います。特定の宗教を信仰しておられる方は別ですが、多くの方は特定の宗教に入っているという感覚はありませんよね。もちろん、私もその一人。
お寺を利用するのはお葬式の時くらい。

でも、心の中に宗教的なものはみんな持っているのだと思います。
日本には、八百万の神様がいて、中国から仏教も伝えられ、何でもアリの国です。そしてクリスマスの数日後には神社仏閣にお参りするという、世界にあまり例のない国民です。なんだか節操というものがないなあ、でも、イベント化しているし、別に良いじゃない、ケーキも好きだし、楽しいし、などと考えていたのでした。

でも、それは、神様でも仏様でも何でも受け入れるという国民だったから。と理解しました。間違っていたら、何方かご教示下さいね。

私の遠縁に大徳寺のお寺の住職がいます。クリスマスの日に遊びに行ったら、
住職が「今日はクリスマス♪」と言いながら、一緒にクリスマスケーキを食べたことがあります。坊主であっても、キリスト教のイベントに参加もしていました。

生活の中では「いただきます」という言葉。これは仏教からきているそうです。動植物をいただいている、「もったいない」「感謝の気持ち」を現すという事だそうです。常日頃から知らずのうちに仏教があったり、苦しいときの神頼みをしたり、日本人は気づかぬうちに生活の中に宗教を取り入れていたのですね。

それは諸外国の方からは、理解に苦しむことかも知れません。
ダイアナ元妃が無くなる直前に「Oh my God」と言ったのは有名です。
「私の神よ」というのは、欧米では神との個人契約なのでしょう。
でも、日本人はそうでなくて、どんな神様ともおつきあいするという国民性のような気がしています。これ‘日本教’と言うのか、‘八百万教’とでも言うのか、名前はありません。

だから、諸外国から、あなたの宗教は何か? と聞かれたとき、答えようがないのだと考え至りました。

名前がなくてもいい、これが日本人なのだから、と思いました。

ただし、五木寛之さんは、宗教がないというと外国から信用されないから、特定の宗教がない場合は、「ブッディスト(仏教徒)」くらいは言っておいた方が良いと書かれてはいましたが。

若い頃、神戸に行って、外国の方に出会い、「これから教会に行くのだ」というと、
「Chistian?」と聞かれたのですが、教会に行くと言えば、外国の方はクリスチャンと思われるようで、観光目的で行くということを理解してもらうのに苦労したことがあります。もちろん私の英語力のせいもありましたが。

そんなことを、コタツにあたりながら、夫と話していたのは実に楽しいことでした。

私:「ねえ、私はアンタを信頼しているから、夫教も良いよね。」

夫:「お布施!! 夫教の信者ならお布施!!」

私:「御利益はどうなった!?」

と、またくだらん会話。


西野神社の田頭様、だいすけ様、まさかず様
詳しい説明を有難うございました。素人の的外れな?質問にも丁寧に答えてくださり、嬉しく思います。その結果、私の独断と偏見の記事が出来てしまいました。
西野神社を教えてくださったyamanamiさま、有難うございました。

読書感想

edfb139a.JPG長いつぶやきです。途中でめんどくさくなった方、スルーしてね。

加賀乙彦さんの「ある死刑囚との対話」を読んでいる最中です。1990年3月10日初版一冊発行だから、今から18年前に出版ですね。

死刑囚Aとの往復書簡集です。
Aは1953年に犯罪を犯し、1969年に死刑になりました。40歳のときです。
大学卒業後、証券マンになり40万円のために殺人を犯しました。

通常、死刑囚というのは拘禁ノイローゼにかかっているそうですが、加賀さんはAがノイローゼになっていないのを不思議に思い、彼に声を掛けたそうです。Aは神父さんのおかげでカトリックとなっていたのでした。宗教は怖い。

Aとのキリスト教の書簡は難しく、知識のない私には理解不可能なところも多かったのですが、ただ一つ、わかったのは、親子兄弟との不和。

長兄がお母さんに対して暴力を振るい、それに怯え、恐怖を感じていたこと。

非力な小学生の自分は何一つ母を守るすべがなかったこと。

お母さんがあの暴力の日以来、すべてを拒絶する目でしか私を見ようとしなかったこと。

というのは、長兄に殴られたお母さんがぬれ雑巾のように打ちのめされて座っているところに「お母さん!」と言って駆け寄り助け起こしたところ

「濁った目で私達を見返したまま、何も言わずに立ち上がり、そこいらを片付け始めました」

という記述があるのですが、これは理解に苦しみました。
お母さんは、長兄に殴られた理由はともかく、息子に殴られるのも自分のせいと受け入れ、Aの前で涙を見せまいと必死だったのかもしれないのに。

「筆舌に尽くしがたい兄の暴行の時にも、ついに涙一滴見せはしませんでした」

Aの精神鑑定の際、長兄は
「私は、母が、普通の女のように泣き崩れるのを見たかったのです」
という記録はありますが、

よほど強いお母さんだったのでは? 学校で働いていたと言うことなので
たぶん教師だと思われます。

他には、中2の時、扁桃腺が腫れて手術したときもお母さんは付き添いに来ず
「退院した後、お粥をすすり、ささやくようにものをいう私を見て、母は‘おかしい’と笑いました。そのとき、私は、涙をいっぱい目に浮かべて母を見つめたのを、今でも良く覚えております。母はもはや、泣くべき時に泣かず、痛みを共にすべきわが子を前に、笑いました」

この辺りになると、確かにAが「母は自分を拒絶していた」という気持ちは理解は出来ますが、あくまでAの主観であり、お母さんは心配であっても忙しくて構えなかったのでは?
などと思えます。

親子の食い違い、主観の違いが大きかったのでは? と思います。
このお母さん、決してわが子を愛していなかったわけではない。
この時代に大学まで行かせてもらえるなんて、恵まれている、と思うのですが。

しかし、死刑執行の前日と執行一時間前にお母さんへの手紙は泣かせます。

「おかあさんは、よくしてくださいましたね。ありがとう。…中略…別れは僕一人のことでおかあさんに与えつつある悲しみの責めを免れることは、むろんできません。ゆるしてくださいね。

 ほんとに、長いようで短い一生でした。40歳と7カ月少し、お母さんの半分です。いろんなことがありましたね。 

 今日は、久し振りにおかあさんの肩を叩き、髪をくしけずり、手をさすることができました。すっかり白髪になって、シワだらけになって、小さくなって、でもお母さんはやっぱり幼い頃に知ったあのおかあさんと同じでした。

 本当に不思議な気がする。どうして僕はお母さんを悲しませることをしたのだろう…
 裁判のことでもお母さんは充分にしてくださいました。全てはあれで良かったのです。

 僕は学生の頃から何度も死んでいるはずの人間でした。からだも心も腐っていた。それなのに40歳になるまで長く生きていられたのは、本当に不思議なお恵みという他はありません。

 お母さんの愛、…略…ぼくは本当に幸せでしたよ。

 天国とか霊魂とか天使などというものは、頭で分かるものじゃなくて、一切が愛に根ざした信仰にあるようですね。

 お母さんが今日、‘私が代わってやりたい’と言って下さった言葉を思ったり、ほっぺたの暖かみを思い出したりしています。別に、明日の死を恐れてではなく、昼間の疲れのせいでしょう。

 今、何してるの? 僕のためにお祈り? 早く寝ないと身体に悪いよ。

 腰は痛くない? 雨の日などには畑に出たらいけませんよ。そして目や血圧の心配なときは、医者に診てもらうんですよ。

 さて、また寝よう。あした、寝ぼけマナコじゃあ、みっともないからね、ぼくは、ごく普通の自分で逝くつもりです。別に、聖人のように見られたいと思わないし、あるいは愚かにもなりたくない。」

「夜明け。

 お母さんにもっとたくさん書いてあげたくて、起きました。
 …ありがとう。

もうすぐ、今日の午前中にはいなくなってしまう、そう思って、今頃また泣いているの? 本当にごめんなさい。お母さんの写真は笑っているのに。

 とにかく、この十余年は、特にこの数年は本当に恵まれた毎日でした。お母さんに100ぺんもお礼を言いたい。ありがとう! さあ、お母さん、7時です。あと1時間で出立する由なので、そろそろペンをおかねばなりません。僕の大好きなお母さん、いいお母さん、愛に満ちた本当に素晴らしいお母さん、世界一のお母さん、
 
 さようなら!

 でもまたすぐに会いましょうね。だからあまり泣かぬように。
 さようなら、100万べんも、さようなら!
 (髪の毛と爪を同封します。これだけで良かった?)

 今こそ、ぼくはおかあさんのすぐそば、いや、ふところの中ですよ、おかあさん!!」


泣かせるやないか〜〜 しかし、

私なら、こんなに思ってくれなくて良いから、殺人するな!! と言いたい。

一生、「有難う」なんて、言ってくれなくて良いから、人を殺めるな。

ああ、裁判員になりたくない!

今日も母の所へ行ってきました。そりゃあね、私だって母に対する思いは愛情だけではないよ。23年間ほど親子で暮らして、母を憎んだことだってあるよ。
そんなこと、親子なら誰だってあることでしょう。
口内炎でかなりの痛みがあり、泣いて病院に連れて行って欲しいと頼んでも、連れて行ってもらえなかったよ。その時、母の精神状態がおかしかったのだと、今なら分かる。

だけど、今の母は歌が好き。童謡をよく歌う。その歌は、私が幼少の頃、子守歌に歌ってくれた歌ですが、それと知って歌うのかどうかは不明です。

垣根の垣根の曲がり角 焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き♪

その歌が聞きたくて、私は母の施設に行くのかも知れない。この年になっても母の歌が聞きたいと思う私と、母親からの拒絶を感じて内なる闇に苦しみ、そして死ぬ間際のあふれるばかりの母への思いを持つ死刑囚A。Aの方が愛に目覚めた人なのだろう。人を殺めてやっと母への愛に目覚めるとは、なんと皮肉な。


今回はイラストでなくて、私のお気に入り、毘沙門堂の写真。

紅葉は連休に見頃です。観光客は多いと思いますよ〜!

ナンパおじいさん

5e66cd72.jpg母の老人ホームには、数カ月前に入所された「ナンパおじいさん」がおられます。
これは私の命名。

「亡くなった戦友がね、早くこっちへ来いと言うの、ざまみろって」

何故かと聞けば

「女性をとっかえ、ひっかえしてね…」

ユーモアたっぷりに話されます。

認知症ではありますが、まだ軽い。

「あの、ロスケとの馬鹿な戦争…、馬鹿な戦争のおかげで、私は耳をやられた」

ナンパおじいさんは、補聴器をされています。

「あなたのお母さんねえ、危ないよ、夜中に一人でここに居られる。
女性は一人では危ない」

認知症のため、朝も夜も分からず、昼夜逆転しているだけのことだと思いますが。
危ないから、だから、ここにいるんですが。

「私は戦争でね、夜中に2度、起きるけど、お母さんがここにおられて
ハッとするの」

そうですか… それは、どうも有難うございます。
たぶんこのナンパおじいさんも、昼夜逆転されているのでしょう。
心配してくださっているのでしょうね…

母は最近、「お父ちゃん、おらん」と、ボソッと言うようになっています。

たぶん季節の変わり目、寂しくなってるのかなあ。

突然、ナンパじいさんが母にウインクをされました。

母に向かって、「ウインクね、ウインクね」と言って、本当にウインクされました。

ははあ、若い頃、この手で女性を口説いたか…

母は、それに応えようと、片目をつむろうとして、両目をつむってしまいました。

「それ、両目よ、片目じゃない」と、ナンパじいさん。

それでも母には少し笑顔が戻っています。

なんだか、呆けても可愛いお爺さんです。


介護職員の方が、忙しそうに小走りされています。

元校長に、「廊下を走るな」と注意されたそうです。


早く、介護ロボットでも導入されないかと思う今日この頃。

忙しいのが分かるので、出来るだけ手伝いに行っています。


イラストは、何故か狛犬。

狛犬は、「悪」を食べてくれるそうです。
邪気払いしてくれるのでしょうか?

そうであれば、みんなの邪気払いしてあげてね。

寒くなってきました。そろそろ紅葉しかけています。

おかしい

2e98c1be.jpg新聞広告を見ていると、ビフォー、アフターなど、化粧品の宣伝や、これを飲めば若返るなど、いろんな広告があること、あること。

美しくなった女性の横に、75歳とか、52歳とか、40歳とか、およそ、その年齢に見えないほどの数字が印字してある。私はお絵かきソフトで写真なども加工するが、これ、シミやシワなどぜぇ〜〜ったい、消せるもんね、などと意地悪く思っている。皆さん、騙されないでね。私のブログを見てくださる方は、皆さん常識のある方で、騙されることはないと思っていますよ。

美しくなることは悪くない、若く見えることは嬉しい。でも、へそ曲がりの私は、50歳なら50歳に見えて悪いの? 40歳が40歳に見えたらいけないの? などと思う。これらの広告は、若さが絶対!という意識が根底にあるような気がしてならない。そんなら中年の私達は首吊らんなんよ。

バナナがようやく店頭に戻ってきた。納豆ダイエット、バナナダイエット…
あらゆる情報に踊らされ、みんなが買うけど…、そりゃね、それで成功した人もいるかもしれんよ。でも、若くてほっそりした女性まで「痩せたい願望」があるのは???
3食キッチリ食べて、野菜も食べて、そして間食を止めたら良いんだよ。あんまりダイエットすると、私ら中年になったら更年期がひどくなるよ。

不況だと言いながら、痩せたいと思うのは食べる物があるからでしょう。まだ日本は余裕があるんかな? アフリカへ行ったら飢餓状態の人がどんだけいるか。不況通り越して極貧の国がまだあるよ。

日本は車だって走ってる。電気だって通ってる。コンビニ弁当は売れ残れば捨てられる。

おかしい…

麻生さん、あなたもおかしい。

2兆円ばらまくって? そのあと経済が戻ったら消費税上げるって?

国民を馬鹿にしたらアカンよ。金持ちのボンボンまでバラまくんか?
小泉さんの息子にまでやる気か?
(その後、所得制限を設けると言うことですが、それでも焼け石に水)

もうちょっと他に使い方あるやろ?
焼け石に水ってことも分かってるやろ?

経済がそう簡単に戻るかあ?

国民をなめてるな? ちょっと金やったら気分も落ち着くやろ、とか
コヅカイくれてやる、みたいな感覚でおったら、
あんた、ほんまに自滅する気?

カップヌードルが400円って… いっぺん、一カ月10万の年金で生活してみ。

この頃、季節感がなくなりました。
おかしなことが起こるので、イラストまで???
サンタさんと、牛が一緒になってやって来ました。

《小話》
南木佳士さん(医師)の本から

90歳のお婆さんの臨終に立ち会って

嫁さんが 「お婆ちゃん しっかりして お婆ちゃん!」

婆さんは 「うるせー」

と言って、逝かれたそうです。 あっぱれ。
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