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2017年10月14日

清水選挙
 静岡市清水区
 大分昔になるが2009年6月に<静岡市の選挙公営掲示板は縦書き仕様なのか横書き仕様なのか。>で、静岡市(旧清水市もそうだった)の掲示板は説明の位置がが左側で横書きだ。これは正しいと思うのだが、数字が、左側から縦に移っていく。これは今の時代、縦書きとも呼べない。本来であれば左の上から右に移り改行してまた続くのが正しい横書きだ。
 ただ、その並び方だと候補者のポスターが横に移っていくので全体としての把握が散漫になる。それでこの並びにしたのではないかと推測する。

京都選挙
 京都市 
 そこで京都市のポスター掲示板だ。こちらは完全な<縦書き仕様>だ。右側にポスター掲示板の標題で、下に行政名、数維持枠を一つ潰して注意書きだ。破たんは無い。またおまけで言えばスクリーン印刷も黒一色だ。車が駐停車しそうな場所での駐車禁止のお願いプレート。<選挙は大事だよ>というメッセージとひしひしと伝わってくる。

 どちらに軍配が上がると言う話でもないが、静岡(清水)は使用目的ばかりでは無く見た目の美しさを追求しているのかもしれない。子供の頃から見慣れたものなのでまさに選挙が始まったよと言う風物詩だ。それでも法律で<数/屐笋決められているのだろうが街中に溢れすぎていると思う。情報が溢れ過ぎるくらいの今、啓蒙としての風物詩の役割なら多過ぎだ。
 
 静岡(清水)は今の形式で京都にならった並べ方をして、なんちゃって<横書仕様>にしたらと進言したい。

tosoyan at 20:49コメント(0)☆看板☆文字・言葉 

2017年10月09日

女性専用車ホーム表示
 写真は、京都駅のホームでの表示だ。<女性専用車>の並ばせる足型のピクトが如何にも女性の草履だ。こんな案内は初めて見た。他は男性の靴の足型に見えたので写真を撮らなかった。だがよくよく考えてみれば<女性専用車>は<Women Only>だが他の車両は男女同席でも問題ないなのだ。足型が<男性>に見えたのは<女性の草履>との対比からだが後から写真に収めておけばよかったと思った。そちらは男女兼用<足型>だ。なにやら逆差別と言う声もあるようだが、無用な心配をするようならお互いに利益のような気がする。
 もっとも、<女性専用車両>を見るのも初めてだったので、他(東京あたり?)がどういう表示をしているのか知らないのだが。
 少なくとも、静岡、清水駅では<女性専用車>なんてお目にかかったことも無い。都会とはとにかく乗降客の数が違うせいもあるだろうが。


 余談だが、京都駅の混雑ぶりには驚いた。また、本当に京都は外国の方の観光客が多い。僕もこういう環境で育てばもう少し本気で英語の勉強をしたかも知れない。中学生の時英語を学習していても、外国の方と話をする機会どころか出会うことも一生無いと思っていたから、モチベーションが上がらなかった。今は、清水でもチラホラ見かけることもあるが。
 

tosoyan at 18:39コメント(0)☆ロゴ・キャラ・名前☆遠くに 

2017年09月26日

職人まつり3
 今年も<清看美>として参加。場所もJR清水駅東口イベント広場だ。大いなるマンネリだが、今年は少し違った。なんとテントを張るのを止めて看板の作品だけで間仕切りをしたのだ。テントを張り机を設置するとどうも<敷居が高く(?)>なってしまうので<青空市>で行きましょうと言うことになった。だが、年寄ばかりの参加で、テント組みも億劫になっていることも大きな因であることは確かなのだが。天気予報も曇りと言うことだし(結果ピーカンだった)。
 だが、ピリッとしない間仕切りは少し痛々しさを醸し出していた。来年があるとしたら再考の余地はある。また、オープンな感じにしたのだが作品を見てくれる人はほんの一握りだった。テントのせいばかりではない。

職人まつり2
 相変わらずだが、この丸太を鋸挽きしていく様は全く絵になる。
北斎遠江山中 似た版画がある。北斎の<富嶽三十六景>、<遠江山中>だ。傑作だ。この版画の場所は浜松方面の山の中だろうが、当時はどこでも(木を伐り出した山の辺りが作業・運搬効率がよさそうだが)見られたのだろう。ダイナ二ズムの粋だ。北斎が題材として魅せられたのも納得だ。
 だが、現代の仕事としては現実的な作業で無いことは僕らが見ても分かる。それを今に生かせる技術としての継承を考えると難しいものがありそうだ。ハテナハテナだ。それくらい従来の<職人>の括りでの仕事はない。思えば遠くに来てしまった。


職人まつり1
 こちらも<職人まつり>の名物企画<鉋の薄削り>だ。写真は<清水建設産業組合>の勇、平野さんだ。僕らが<建産の良心>と呼んでいる真面目な方だ。平成25年に<第29回全国削ろう会清水大会>が開催されたが、中心になって尽力された。
 僕がその薄削りの技術はどこにフィードバックするのですかと尋ねると、きっぱりと<パフォーマンスでしかない>と言い切る。自身の技術の自信と裏付けがあるから、<パフォーマンス>だけだという逆説を言えるのだ。
 そして高級スポーツカーを乗り回す職人が出てきても良いじゃないかとも言う。僕のネガティブな<職人論>に対する答えではあるが、平野さんだから言える論で、単なるパフォーマンスに終わっていけないという強いメッセージだ。自身で道を究める努力しろと言うことなのか。僕みたいに考えるのだったら、何も考えずに鉋の薄摺りに没頭しろと言うことだ。僕らの仕事で言えば、細い筆で細い線を均一に書き続けるとでも言うのか。そんな技術を考えても、まだまだ結論を出すのは早過ぎだと言うことのようだ。
 シャイな平野さんから、お前みたいな中途半端なやつに<職人>を語る資格はない、と言われた気がした。脱帽です。
 <職人>という言葉は手垢が着き過ぎて、旧態の固定観念の枠の中で収まり、皆胡座をかいている。僕は今の時勢にも合わないと常々思っているが、逆にその縛られた定型の中でこそ細い道を突き進むのだよとも鉋を持つ背中が語っていた。
 だが、新しい<職人>の道は僕たちに託された作業だ。

tosoyan at 19:42コメント(0)☆イベント☆組合 
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