2014年12月31日

このブログをご覧になった皆さんに


このブログは、僕=とたけけが子供の頃から聴いてきた、
または最近も聴いている歌の歌詞を探しながら
自分の思い出と絡めて語るブログです。

分類はだいたいこんな感じです。

邦楽 ・海外 ・フォーク ・ポップス ・ロック
演歌 ・唱歌 ・歌曲 ・合唱曲 ・アニメ ・映画音楽

・歌手あ〜 か〜 さ〜 た〜 な〜 は〜 ま〜 や〜

PCを利用される方は、上のリンクをご利用下さい。
探しやすくなると思います。



(01:26)

2012年12月24日

白い息が二つ空に溶けてくSilent night
確かに聴こえるの 胸の奥で鳴る鐘の音

失うことが怖かった頃は 信じられずに傷つけたけど
抱きしめる強さ ずっと同じだった
ごめんね もう迷わない

星が降る夜には願いをかけよう
この世で一番素敵なMerry X'mas for you
ほほえみも涙も両手に集めて
あなたと二人でかなえる夢を見よう

手をつないだままで どこまでも歩くHoly night
信じれば 誰にでも きっと奇蹟は味方するよ

たぶん昨日まで あたり前だった
全てのことが 輝きだすの
あなたの愛が 私の心に
魔法をかけてくれた

星が降る夜には願いをかけよう
この世で一番 素敵なMerry X'mas for you
12時を過ぎても変わらない今夜は
あなたが見つけた ガラスの靴をはいて

東の空の星たちが 消えてゆく前に
二人の願いが星に届くように
抱きしめて誓って
Believe our love is forever

星が降る夜には願いをかけよう
この世で一番素敵なMerry X'mas for you
ほほえみも涙も両手に集めて
あなたと二人でかなえる夢を見よう

星が降る夜には願いをかけよう
この世で一番 素敵なMerry X'mas for you
12時を過ぎても変わらない今夜は
あなたが見つけた ガラスの靴をはいて



クリスマスソングとして、僕がふっと思い出すのがこの曲
もちろん、ラストクリスマスやホワイトクリスマスのような名曲もあるのですが、
偶然、TUTAYAで視聴したきっかけで、


〈星が降る夜には願いをかけよう
この世で一番 素敵なMerry X'mas for you
12時を過ぎても変わらない今夜は
あなたが見つけた ガラスの靴をはいて〉

いい事ばかりないけど、クリスマスなんですから、
願いをかけましょう
そう、ガラスの靴を履いて…


(00:00)

2012年02月21日

朝目覚める度に 君の抜け殻が横にいる
ぬくもりを感じた いつもの背中が冷たい

苦笑いをやめて 重いカーテンを開けよう
眩しすぎる朝日 僕と毎日の追いかけっこだ

あの日 見せた泣き顔 涙照らす夕陽 肩のぬくもり
消し去ろうと願う度に 心が 体が 君を覚えている

Your love forever

瞳をとじて 君を描くよ それだけでいい
たとえ季節が 僕の心を 置き去りにしても

いつかは君のこと なにも感じなくなるのかな
今の痛み抱いて 眠る方がまだ いいかな
あの日 見てた星空 願いかけて 二人探した光は
瞬く間に消えてくのに 心は 体は 君で輝いてる

I wish forever

瞳をとじて 君を描くよ それしか出来ない
たとえ世界が 僕を残して 過ぎ去ろうとしても

Your love forever

瞳をとじて 君を描くよ それだけでいい
たとえ季節が 僕を残して 色を変えようとも

記憶の中に君を探すよ それだけでいい
なくしたものを 越える強さを 君がくれたから
君がくれたから


映画はそれほど感動的ではなかったけど、
この歌は感動的だったな。

あらゆる場面で、この曲は心の中にしみわたる。

死んだ父母であったり、別れた恋人であったり。
しかし、なかなか難しいものもある。

しかし、とりあえず、
今はただ、この歌で感動しておこう。

(01:29)

2012年02月15日



田舎の堤防 夕暮れ時に ぼんやりベンチにすわるのか
散歩するのも いいけれど よりそう人が欲しいもの
あの娘がいれば 僕だって さびしい気持にゃならないさ
まわりの暗さは 僕達のため あの娘が来るのを待っている

夕暮れ時は さびしそう とっても一人じゃ いられない

夕焼け雲さん 伝えてくれよ あの娘のお部屋の窓ぎわへ
虫にさされるのは いやだけど 肩をならべていたいよと
こんな河原の 夕暮れ時に 呼び出したりしてごめんごめん
笑ってくれよ ウフフとね そんなにふくれちゃいやだよ

夕暮れ時は さびしそう とっても一人じゃいられない
夕暮れ時は さびしそう とっても一人じゃいられない

おうちの人に おこられるかな 呼び出したりしてごめんごめん
もうちょっとだけ いっしょにいよう 帰りたいなんていわないで

そうか君は 笑うのが へたになっちゃったんだね
あんまり僕を 困らせないでそろそろ笑ってくれよ

こんな河原の 夕暮れ時に 呼び出したりしてごめんごめん
笑ってくれよ ウフフとね そんなにふくれちゃいやだよ

夕暮れ時は さびしそう とっても一人じゃいられない
夕暮れ時は さびしそう とっても一人じゃいられない
夕暮れ時は さびしそう とっても一人じゃいられない


NSPって、ニュー・サディスティック・ピンクが正式名称だったよね。
正直、昔は好きじゃなかったの。
天野くんのボーカルが、耳についてさ。
「さよなら」とか「雨は似合わない」とか
 
今思い返すと、当時の自分みたいなシャイな高校生くらいの男の子目線の歌が多かったのかも知れません。
だからこそ余計に嫌だったのかな?

この歌の男って嫌だよね。

「おうちの人に おこられるかな 呼び出したりしてごめんごめん
もうちょっとだけ いっしょにいよう 帰りたいなんていわないで
そうか君は 笑うのが へたになっちゃったんだね
あんまり僕を 困らせないでそろそろ笑ってくれよ」


冗談言っちゃいけないよ。
ごめんで済むもんじゃないよね。
自己完結の夢想の中だけで成り立つ歌です。
だから、昔は嫌だった。

そんなNSPの素朴な歌が、今、この年齢になって聴きたくなっています。
何でしょうね?

また、自分だけの世界で恋愛をする時期になったんでしょうかね?


(16:15)

2012年02月14日

ひとり歩きに 何もいらない
夢だけ食べても 生きてゆけると
せいいっぱいの強がり行って
そんなに悲しいひとみを
誰に向けるつもり

愛しているから さよなら言うの
見つめることだけが 愛じゃないわと
笑っていないよ 君のひとみが
そんなに悲しい言葉を
どこに捨てるつもり

※セプテンバー・バレンタイン
嫌いさ こんなさよならは
アン・ハッピー・バレンタイン
もう うしろは振り返らないよ
(間奏)
※くりかえし

愛しているから さよなら言うの
見つめることだけが 愛じゃないわよ
笑っていないよ 君のひとみが
そんなに悲しい言葉を
どこに捨てるつもり



地元の北海道に住んでいた頃
よく聴いていた曲です。

もともとは、安部恭弘さんの曲らしいのですが、

佐々木さんの繊細な歌声が、
この曲の持つ雰囲気にマッチしているような気がします。

本来、9月の失恋ソングなのですが、
バレンタインつながりで、敢えて載せました。

と、言うか、以前書いた記事が消えてしまったので、
あらためて、書き直したわけです。





(00:00)

2012年02月01日

しばらくブログを放置していたら、どういうわけか、ほとんどの記事が「消えて」いた。

まいったなあ。集めるのに苦労したのになあ。

ちゃんちゃこの「空飛ぶ鯨」とか、
ジョー山中の「人間の証明」とかさ。

サミーデーヴィス・ジュニアの「ミスター・ボージャングルス」や
ボズ・スキャッグスの「ウィー・アー・オール・アローン」
消えてしまってる。

なのに、ジョーン・バエズは残ってる。

なんで?

谷村新二が消えている。
でも荒井由実は残ってる

何で?

(20:52)

2010年02月16日



1.Over in Kilarney, many years ago,
My mother sang a song to me, in tones so sweet and low,
Just a simple little ditty in her good old Irish way,
And I'd give the world if she could sing that song to me, this day

Too-ra-loo-ra-loo-ral, Too-ra-loo-ra-li,
Too-ra-loo-ra-loo-ral,
Hush, now don't you cry
Too-ra-loo-ra-loo-ral, Too-ra-loo-ra-li,
Too-ra-loo-ra-loo-ral,
That's an Irish lullaby

2.Oft in dreams I wander To that cot again,
I feel her arms a-huggin' me
As when she held me then.
And I hear her voice a-hummin'
To me as in days of yore,
When she used to rock me fast asleep
Outside the cabin door.
Too-ra-loo-ra-loo-ral, Too-ra-loo-ra-li,
Too-ra-loo-ra-loo-ral, hush now, don't you cry…
Too-ra-loo-ra-loo-ral, Too-ra-loo-ra-li,
Too-ra-loo-ra-loo-ral,
That's an Irish lullaby.


1913年、J・R・シャノンが作詞し、ビング・クロスビーが「我が道を往く」という映画の中で歌ったものです。

訳詩はどうなってるんですかね?

何年も前の事だ。キラーニーで、母が僕に歌ってくれた歌
優しく穏やかな調べ
素朴な短い歌だった
古き良きアイルランドの歌い方で
もう一度あの母の歌を聞けるなら
どんなことでもしてみせる
トゥラ ルラ ルラル トゥラ ルラリ
トゥラ ルラ ルラル しぃーっ泣かないで
トゥラ ルラ ルラル トゥラ ルラリ
トゥラ ルラ ルラル アイルランドの子守歌

夢の中、小さなベッドでさまよう僕は
母に抱き上げられ
その腕のぬくもりに包まれる
すると母のハミングが聞こえる
幼き日の僕に歌いかける声
僕を優しく揺り動かしながら寝かしつけてくれる母の歌が…
(『トゥラ ルラ ルラル トゥラ ルラリ』以後は同じ)
訳文は…フィーリングだけわかってください。
たぶん正確ではありません。

実は違う歌詞もあります。
1番は同じですが、2番の歌詞はこうなってます。


2.Oh, I can hear that music,
I can hear that song,
Filling me with memories of a mother's love, so strong,
It's melody still haunts me,
These many years gone by
Oh I'll toora, loora, loora
Until the day I die


ああ、あの曲が聞こえる。あの歌が聞こえる。
とても強く母に愛された思い出と共に、
あの歌は私の心に響き続けるだろう。
…私が死ぬその日まで。


どちらが一般的なんでしょうね?

『トゥラ ルラ ルラル トゥラ ルラリ』から後ろが、アイルランドの子守唄として歌われています。

様々な歌手がこの曲を歌っています。
僕自身は、キングス・シンガースのハーモニーが大好きです。

(13:30)

2008年09月02日

海往かば 水漬く屍
山往かば 草生す屍
大君の 辺にこそ死なめ
顧みは せじ

(よみかた)
うみゆかば みづくかばね
やまゆかば くさむすかばね
おおきみの へにこそしなめ
かえりみは せじ



堂々と歌う人は少ないけど、
結構知られた歌です。
戦時中の「玉砕の歌」として伝わっているため
一部の国民〜もっと言えば反戦平和主義者を標榜する方々にとっては
忌まわしい意外のなにものでもない歌でしょう。

僕も、一度は左翼思想に傾注した人間なんで、
君が代・海往かばって中々堂々と人前で歌えません。
刷り込みって凄いですね。
話は違いますが、「日本憎し」と教育された中国韓国の方々が、
ちょっとしたスイッチで、直ぐ日の丸に火をつけたり、
過剰なナショナリズムの行動をとるのは、よくわかりますよ。
言葉は悪いが、まさに戦前のわが国で行われた行為でもあるわけですから。
ただ、わが国は戦争によって振り出しに戻ったわけですが、
隣国に、国の価値観を変えてしまうほどの事件、
すなわち革命や敗戦に終わる戦争〜は起きないと僕は確信していますから、
これはもう直ることはないでしょう。

隣国も、「人のふり見てわがふり直す」とはゆかなかったようですね。
ここから先は「愛国心」の話になるし、長くなりますから、やめます。

さて、
歌詞は大伴家持、万葉詩人です。
続日本紀の中「陸奥国出金詔書」の一部が「海往かば…」となったんですね。

国民に死ね死ねという歌ではなかったんです。
ただ、兵士として死地に赴く兵隊さんたちには、
こんな気持ちがあったかも知れません。
つまり、自分の背中を無理やりにでも押すという意味で。

資料によれば、
大本営発表のラジオ放送で玉砕の時にこの曲が流れたそうです。
ちなみに勝ち戦の時は「敵は幾万」など別な曲が使われたらしいです。
(出典はウィキペディアですが)

まあ、いろんな意味で戦争と深く関わった歌ですから、
この歌は靖国神社とか、戦没者慰霊とか、に絡めて出てきます。
理不尽な戦争という災厄によって亡くなった方々。
負け戦に終わったために、
何年たっても名誉が回復されず、いまだにその死が報われない人々
今、生きている僕たちの親戚にも、そういう方々が大勢います。

戦争反対を叫び、「平和」といい続け
少しでも好戦的に見える論調を押さえ込むことによって、

むしろ自分たちが関わった戦争に蓋をする
自称「平和愛好家」「民主主義的」知識人、政治家。
逆に、軍備を堂々と持てさえすれば、
普通の国になれると思い込んでいる、
無責任愛国者。

僕は彼らではなく、
あの災厄で理不尽に命を蹂躙されて
死んでいった全ての犠牲者のために、
海往かばを今歌いたい。

平和を考える歌として、
この歌を記憶にとどめたい。

あえて、終戦記念日を外して、
ポツダム宣言受諾の日にこの曲を取り上げました。

(00:00)

2008年08月19日

こんなブログをやって、
100曲以上の歌を取り上げていると、
歌というものが、様々なきっかけで様々な理由から作られ、歌われているのを感じます。
だから中には胡散臭い歌もいっぱいありますよね。
歌に思いをこめるのは、表現なんだから当たり前
イムジン河の原曲「リムジン江」では「悲しく水鳥は南の岸で鳴き、荒れた野良にはむなしく風が立つ、幸せ花咲く祖国の北の歌、リムジンの流れよ伝えておくれ」となっています。
今でも、ネットを探せば、「フォークルは盗作者であり、正しい歌詞で歌わせろ」というサイトだってある。
つまりこの曲が南北問題は、日韓、日朝の問題の中で握りつぶされたのは無理もないことなんです。
その歌詞は北の地は天国で幸せの花が咲き、農場で稲が豊かに実る。
南の地は荒れ、軍事政権の下で人々は苦しんでいる。
言わば、南北の統一を夢見た歌でもあります。
それは、言ってみれば北による南の解放になるわけで、
そういうプロパガンダを思えば、松山猛さんには悪いが
まだこの国では歌いづらい歌である事は間違いない。

ただ、実際、幸せの花は北の地に咲いているか?共同農場に稲の穂が揺れているのか?と考えると空しくなってしまう。

イムジン河から連想したわけじゃないが、
「イマジン」だってむなしい歌だ。
彼のこの歌がジョン・レノンの意思を越えた平和運動の歌だという事に間違いはない。
戦争の当時国になるアメリカがこの歌を封印したのは滑稽だが、
おおいに想像はしてもらいたい。

ただ、想像するならいいが、 
天国や地獄があるかどうかわからないが、
国も宗教もなくならない。
レノンのファンには悪いが、
この世界はひとつにならない。

この平和をただ想像するだけの歌だって
利用のされ方では、単なる反戦歌ではなくなってしまう。
現に、戦後の反戦歌やうたごえ運動は
共産主義社会主義者の政治運動に利用されただけだった。

そのため戦後社会主義の衰退は、
みんなで歌を歌うという、それ自体は健全な行為も衰退させてしまった。

そして、ネットでは、一方では反戦運動のために歌を歌ううたごえ運動派もいるし、
うたごえ運動派が、社会主義・共産主義国家で行われている人権弾圧や北朝鮮の拉致問題には何らアクションを起こしていないと非難するサイトもあった。
名曲イマジンも、そんな平和運動や、無政府運動の中で、揺れ動く歌になった。
平和を訴えて歌うのが悪いといってるんじゃないよ。
歌うという一種のトランス状態の中では、人間は平和愛好家にもなるし好戦的ナショナリストにもなるんだ。

僕は、大体ロックのライブで立ち上がって飛びながら熱狂する人間だって怖い。
懐疑的ですらある。

昔、何かの新聞のコラムで、
「浜崎あゆみやモーニング娘。が『戦争に行こう』と言ったら、若者は喜んで戦争に行きそうな怖さがある。」
と書いてあった気がしたが、今のひ弱な日本人はそこまでお調子ものではないと思うが、皆が陶酔を求めて歌にすがるのもわかる。

僕は歌が好きだ。歌うのも聞くのも好きだ。
ただ、その歌が何かに利用されたり、何かの目的で歌を使うのはいやだ。
それが世界平和運動であってもだ。

山本コウタローや元DefTechのMicroあたりが「子供たちのため」とか「平和のため」とか口に出すのも、おそらく生真面目だからなんだろうが、何となく違和感がある。
南こうせつが、野外ライブにUFOが出るといい、宇宙人も聞いてるとかいうのは冗談だったらガマンするが、歌という作品は個人的なところに還元してしまいたいというのが、ひねくれ者の考えです。

それ考えるとサザンは凄い。
何だか意味のわからない歌詞で今日まで走り続けてるんだから

(00:00)

2008年07月16日

Deep River
My home is over Jordan.
Deep River Lord,
I want to cross over into camp ground.
(繰り返し)
Oh,don't you want to go to the gospel feast.
The promised land where all is peace.
Deep River Lord,
I want't to cross over into camp ground.

大意:
深い河よ 私の故郷はヨルダン河のかなた
深い河よ 主よ、私は向こう岸の集会場にいきたい
ああ、行きたくないか? あの福音の宴に
全てが平和な約束の地に
深い河よ 主よ、私は向こう岸の集会場にいきたい


とたけけは元合唱部でした。
この歌に代表される黒人霊歌はよく歌ってました。

この歌でいうヨルダン河とは
イスラエルを南北に流れ北のガリラヤ湖から南の死海を結ぶ流れです。
あのモーゼは神の命を受けイスラエルの民を連れてエジプトから
この河を越え、約束の地カナン〜パレスチナにたどりつくのです。

ま、今はそれで、中東問題になっているのですが。

奴隷としてアメリカにつれてこられ、苦しい日々を送っていた黒人達は
自分達を、迫害された旧約聖書のイスラエルの民になぞらえたんですね。
では、深い河は何か?

現実的には、奴隷制度のあるアメリカとカナダの間に横たわるオハイオ河ではないか?とされています。
そして、ヨルダン河を越えていくというのは、
河の向こうの自由の地に向かうという事の他に、
現世の苦役から解放されて天国に行く事(死んで自由になる事)の意味があるとされています。

優美なメロディですが、
その苦しい現実と解放への強い思いを考えながら歌った記憶があります。


(21:58)

2008年07月06日

Amazing Grace How sweet the sound

That saved a wretch like me

I once was lost but now am found

was blind but now I see

Twas Grace that taught my heart to fear

And Grace my fears relieved
 
How precious did that Grace appear

the hour I first beleived
 



誰の歌が一番印象的でしょうか?
最近では「白い巨塔」でサラ・ブライトマンの歌うこの曲が流れていたのが最高だった。
個人的には、やはり彼女の歌が最高です。

ソプラノを歌うシンガーの定番みたいな歌ですよね。

ここは元アイドルで、骨髄性白血病で亡くなられた
本田美奈子さんで載せておきましょう。

もちろん、僕の若い頃は彼女がこういう歌を歌うようになるとは
予想できませんでした。
むしろ、今のマドンナのような現役のロックシンガーになると思ってました。

余計に、早い死が悔やまれます。


(00:10)

2008年06月29日

見知らぬこの町 さまよい来れば
はるかな思い出 胸によみがえる
友を求めゆく 旅は果て無き さすらい

あの町この町 幸せはいずこ
一夜の宿りか いつまでか知らず
今は歩むさだめ 休む果て無き さすらい
 
またも続けゆく 旅は果て無き さすらい

我がさすらい



キター!!

僕は、このブログを始めながら、自分の思い出に少しでもかぶる歌をずっと探してきました。
中には、断片だけ覚えていてなかなか出てきてくれない。
モヤっと状態の記憶も多くありました。
そして、そんな中から見つけ出してきた歌もいくつかあり、
本当に嬉しい限りです。

フランキー堺の「セラ・ヴィ」は、なかにし礼の本から見つけ出しました。
森田由美恵さんの「潮風の吹く町」も歌詞を見つけました。
※今は「私の初恋」を探してます(笑)
ウイッシュ(ウインクじゃないよ)の「ご案内」も見つけ出しました。
そして、この歌です。
CDショップでこの曲名を見つけ、もしやと思いネットで調べたら…ビンゴ。
歌っていたのは田辺靖男さんです。

(田辺さんはあの九重祐美子さんのダンナ…九重さんは初代コメットさんで…あ、ちなみにコメットさんの二代目は大場久美子さんで…アカン、だんだん皆が遠くなっていく。)

名犬もので、シェパードで、各地を列車に乗って放浪する話。
いわゆる犬ものですよね。
このテレビのエンディングはいつもジーンと来るんですよ。
毎回、列車に乗って降りた街でいろんな人と会い、
いろんな事件を解決したり、人間達を手伝ったりして、
その人が新しい飼い主になるのかな?と思うと、
必ず彼(ロンドン)は知らないうちに皆の前から姿を消して、旅に出る。
動き始めた貨物列車に飛び乗って見知らぬ街に向かう、いわゆるロード・ムービーでした。
ロンドンが乗る貨車の戸が開いていて、そこから見える風景に被って流れるのがこの「さすらい」という主題歌
※違ったかな?

もっとも、今だったら犬が貨車に乗ったら直ぐ見つかるだろうし、
首輪もしない大型犬(シェパード)がウロウロしてたら、
住民の通報で保健所に捕まって殺処分となるのがオチでしょうがね。

原題は「The Littlist Hobo」
ちいさな放浪者とでも言うんですかね?
ネットで調べたら、童話の「青い鳥」じゃあないけど、
こんなに近くにいっぱいあったんだね?って感じです。
あっけないもんですね。youtubeでも見つけてしまいました。

英語版の歌詞です。聞き書きしましたが、いろいろあるみたいです。


Looks like we're comin' into town.
Seems like this train is slowin' down.

Can't help but wonder what's in store.
Could be I've been here once before.

A-driftin'. The world is my friend.
I'm travlin' along the road without end.

Ridin' these rails town to town.
Sometimes I think I'll settle down.

But I know I'd hunger to be free.
Rovin's the only life for me.

A-driftin'. The world is my friend.
I'm travlin' along the road without end.



最後のA-driftin'の部分がyoutubeではStop overになってましたね。
ついでに言うと、The world is my friendが、どのように聞いてもI find the new friendに聞こえるのですよ。

もうひとつの歌詞はテレビ版だそうです。

I find adventure everywhere,
And friends with whom I'd like to share.

This is my stop along the way.
Don't really know how long I'll stay.

Stop over. The world is my friend.
Stop over along the road without end.



さて、管理人ひとりが物凄く懐かしがっているこの歌、
このブログを見る人の何人が反応してくれるのか、
とても楽しみであり、心配でもあります。

(10:29)

2008年01月21日

もし君に ひとつだけ
願いが叶うとしたら
今君は 何を願うの
そっと聞かせて
もし君が この恋を
永遠と呼べなくても
今だけは 嘘をついて
淡い言葉で
信じさせてみて

愛のうた 響き渡れば
灰色の夜空に 光が射すよ
ひとつずつ 光をつないで
遠くの君のもとへと 届けよう

もし私 ひとつだけ
願いが叶うとしたら
夢の中でもいいからと
逢いたいと願う
もし私 この恋が
終わり迎えたとしたら
ガラスのよう 砕けてもう
戻れなくなる
だけど愛してる

あいまいな 関係でもいい
いつもと変わらず 優しくしていて
本当のことは 言わないで
会えなくなるなんて
もう 受け止められない

明日また いつものように
戻れる気がして 空を見上げてた
さよならは 言わないでいて
今夜も夢の中へ 落ちていく

愛のうた 響き渡れば
灰色の夜空に 光が射すよ
ひとつずつ 光をつないで
遠くの君のもとへと 届けよう


倖田来未と言えば、「キューティーハニー」みたいなエロカワ路線がかっこよかったし、実際、安室→浜崎に続くファッションリーダーみたいな役割を想像していた。
従って、オイラには関係ないかな、みたいに思っていたわけだが。

このバラードを去年の暮れあたりに着ウタで聞くようになってから、この歌いいなあと思うようになってきたわけです。
でも、この歌の恋愛感情は古風な感じがしますね。
演歌に近い世界観です。

あまり気のない相手に対して、
もっと言えば、何を考えているかわからない相手の気持ちを探りながら、
懸命にすがりついているようなせつなさを感じます。
昨今、そんな関係はドライな若者には流行らない気がするんですが、
彼女が歌うとリアリティを感じるのは、実力というやつでしょう。


(02:00)

2007年11月04日

二丁目の交差点から17軒目で
時々走って2分と15秒
平均112.3歩目に我等の
コーヒー・ベーカリー『安眠(あみん)』がある

お人好しのマスター三十六 独身の理由は
引っ込み思案で照れ屋でまぬけの
複雑な性格による
コーヒーは確かにうまい
でも僕等男には
理解出来ないが娘等はここの
かぼちゃパイが美味しいという

パンプキン・パイとシナモン・ティーに
バラの形の角砂糖ふたつ
シナモンの枝でガラスに三度
恋しい人の名を書けば
愛が叶えられると
娘等は信じてる


ミス・パンプキンのいつもの座席は
窓際をのゴムの木の向う側
背は高からず 低からず
容姿端麗
彼女は僕等の憧れの的

実は不敵にもマスターがこのマドンナに恋をした
まぬけないじらしさ見たさに
授業を抜け出して来てるのに
ちっともらちがあかないマスターは
照れ屋でまぬけだから
たった一言かけた言葉が
事もあろうに「毎度ありがとう」

日頃のお世話に感謝をこめて
僕等はまたまた授業抜け出して
シナモンの枝でガラスにラブ・レター
ミス・パンプキンに差し出した

ところが急に店を飛び出した彼女の
背中とマスターの半ベソ交互に見くらべ
僕等は立場失くして
ひたすらうろたえた

それからしばらくしてマスターは
お陰さまで嫁さんをもらった
相手がミス・パンプキンかどうかは
ああいう性格だから白状しなかった

ただそれから僕等の待遇が
良くなった事と
僕等の追試が決まった事の
他には変わりは無い
二代目ミス・パンプキンはなかなか現れないけれど
此頃少うし僕等にもかぼちゃパイの
味が解ってきたところ

※パンプキン・パイとシナモン・ティーに
バラの形の角砂糖ふたつ
シナモンの枝でガラスに三度
恋しい人の名を書けば

※繰り返し


偶然FMラジオで懐かしいこの局を聴いたので、
長くて閉口したけど載せました。
昔よく読んだマンガの「軽井沢シンドローム」の中に、
出てくる喫茶店「ら・くか」はたぶんこの曲のイメージなんじゃないかな?
このラジオでは、さださん自身が出ていて、
後にこの曲が好きだった岡村孝子が「あみん」というデュオを結成したというエピソードを語っていました。
またこの安眠という店の名前も、
ウガンダの「食人大統領」アミンからとったとの事。

青春時代、結局一度もデートのひとつもできなかった僕は、
さしずめ「安眠」のマスターと同じようなものだったが、
シナモンティーはまだ飲んだ事がない。

(21:19)

2007年10月20日

幼い微熱を 下げられないまま
神様の影を 恐れて
隠したナイフが 似合わない僕を
おどけた歌で 慰めた

色あせながら ひび割れながら
輝くすべを求めて

君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっと そばで笑っていて欲しい

切り札にしてた 見え透いた嘘は
満月の夜に 破いた

はかなく揺れる 髪のにおいで
深い眠りから覚めて

君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
ゴミできらめく世界が 僕たちを拒んでも
ずっと そばで笑っていて欲しい

君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっと そばで笑っていて欲しい



TBSドラマ「白線流し」の主題歌です。
草野マサムネの乾いた高音がノスタルジックに聞こえる曲ですね。
「青春」ってものがあったかな…と思える曲です。

ただ、この歌そのものは、現代的な歌詞です。
つまり、1回読んだだけでは意味がわかんない。
少なくとも、僕には…。(苦笑)

スピッツと言えば、「ロビンソン」という曲を出した時、
ロビンソンがスピッツという曲を歌っているという勘違いをしたっけ。



(21:10)