December 03, 2011

オカイチからokaichiへ

親友
が結婚したこと。



「ぼくらは ぼくらの旗を立てる。」
(花森安治-見よぼくら一銭五厘の旗-より )
http://t.co/jp02ct4p


この詩を知ったのは2009年のCAMPSの帰りみちに寄った温泉での休憩所。
ぼくはすっかりこの40年も前に描かれた、この詩の世界にある価値観に魅了されている。
それ以来ぼくは、ぼくにとってとっておきの時には、この詩を持ち歩くようにしている。時に詠む。


「オカイチ」
というキーワードがふらつき始めたのはいつだっただろうか?

トトくんに似てる奴がいるんだよ、
まだ会ってないの?!
と、
いろんな人に一方的に言われたりした。
たぶん、ぼくがピースニックを始めた2006年頃だろうな。
同じように、その「オカイチ」も仲間たちとイベントを続けていた。
-Speakers vibes-
という、ブランドでありイベントである、オカイチの媒体。

彼がアーティストのために尽力していることも知っていたし、
彼のブログも覗いていた。

だけど、自分からはその場所に行こうとはしなかった。

その評判のよさと、似ているからこそ、
またそれぞれで活動していればいつか会えるだろう。
それか、同じイベンターとしての対抗心みたいな意地が働いていたのかと、今は思える。
ぼくには、そういう子供っぽいプライドであって、天の邪鬼なところがある。

前述のCAMPSのちょっと前くらいだろうか?
新百合ケ丘にあるバーchitchatで話しかけたら、その噂のokaichiだった。

それからは、よく遊んだ。
昨年はお互いにムショクだったので、いっしょに農家さん家に泊まり込んだり、野菜を売り捌いたり、
海の映画館を創ったり、
ショクヤボ農園にもいっしょに行った。おかげで、Peacenic2010は開催されたんだよ。

のちにokaichiは、
-KULAKULA-
というお店を親友のnaruhoとオープンさせた。
そして、2011年11月27日、
素敵すぎる新婦マコちゃんと結婚をした。
それはそれは素晴らしい結婚パーティーだった。
心から祝福する仲間で溢れた。


出会う前のあの空白の意地の時間はなんだったのだろうか?
ぼくにとっての意地はなんだったのだろうか?

愛する人と仲間がいて、
彼はブランドを創り、お店を始めた。

そう、
okaichiは旗を立てつづけている。
それは、自分だけのポケットに閉まっておくのではなくて、
誰もが見上げられて、いっしょに掲げられる。
そんなとっても楽しい旗を立てつづけているうちに、
okaichiという言葉がぼくは気になってしょうがなかった。


旗を立てる人、
ぼくはこの時代によく考える。
大きな旗なんかじゃなくて、
小さな旗を立てる人ほど気になってしょうがない。
ぼくもそうでありたいからだろうな。

旗が見えたら、
見上げて、指を指して、進めばいい。
きっと旗手がいる、
いなかったら、次の旗を立てにいってるのだろうなと思えばいい。
なぜ、こんなところに立っているのか考えればいい。
でも時には、自分の旗を立てて、
気長にのんびり待ってみてもいい。
誰かがやってきたときに、出会いたいからね。
それまでちゃんと立てつづけること。


ぼくがオカイチに会わずにいた理由はそんなとこ。

今は、
ぼくらはぼくらの旗を立てている。



追伸、
大変勝手な言い分ですが、何卒。
結婚おめでとう!!!
http://okarchive.blog90.fc2.com/

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