April 15, 2012

つづきを書く。


ピースニックオフィシャルブログに書きました。

「 あしたの天気はどうかな?


いつからか、休みの日の天気をとても気にするようになりました。

いつからか、あなたの調子を気にするようになりました。


あしたの元気はどうかな?


いつからか、ちいさな子の寝顔を見たくなりました。

いつからか、みんなにやさしい未来を描けるようになりました。


いつからでしょうか?

誰かのことを考えて生きるようになれたのは。

ぼくは29年生きています。ピースニックの仲間も同じくらい生きています。

なんで、自然と人のなかでフェスというものをやっているのか?

それは、今日まで生きてきたからこその、やりたい、という気持ちです。

こどもたちとおとな、誰もが楽しめるフェスとなるようピクニックフェスを準備してきました。



2012年、おとなの責任は明確です。

こどもたちの未来のために、できること。

誰かにとって、そのひとつでもピースニックで出来たらば、幸いです。


いつからか、いつまでも、もっと、もっと。

お会いできることを楽しみにしております!」




ピースニック開催前に、整理とメッセージを込めて、文章を書くようにしている。


それを書いたところで、いまさら予約数は増えることはないし、
誰かがぼくのことを良く思ってくれるだろう、なんて、思ってたら書かないほうがいいし、
焦った気持ちで伝えなきゃと思ってても、それは本当は焦ってはいないし、
書くことで何かが紛れるから、呑み込めるから、書くことにしている。

あきらめ、
というのも合ってるだろう。
決意、
というのも合ってるだろう。

どちらでもいい、ぼくは書いた。という事実を書き残したいから、書いた。

いつかの自分のこどもが、未来の電波の世界で見つけてくれたらいいな、とは思っている。


書いたところで、誰も報われないし、
強く想って書いたところで、失ったものは帰ってこない。

ぼくは友人の死と向き合って、今回のピースニックの開催をします。

これはあくまでもぼくのことで、誰も助けてはくれないし、まだしばらく整理はつかないだろう。

それでも、旗を立てるように、舟を浮かべるように、そして花を咲かすように、
とにかくイメージをしなければ、ぼくの整理は一歩を踏み出せないだろう。

自分のために、誰かのために、やろう、と思えること、ぼくはそれを生きてる証だと思っている。


だから、ぼくは書いてから、ピースニックをむかえることにしている。


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