ニーチェ全集〈4〉反時代的考察 (ちくま学芸文庫)
ニーチェ全集〈4〉反時代的考察 (ちくま学芸文庫)
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4本の作品から構成されている「反時代的考察」は、その題名からもわかるように、その時代においての風潮、特に文化や学問について、を批判している。当時ニーチェが学者であったこともあるのか、学者(作中の表現を引用すれば「教養的俗物」)に対して殊更牙を向けている。

ただ文章の表現が取っ付き辛く、論文構成もまだ整っておらず、結局全体を通して何を言いたいのか何度も読まなければつかめない。天才的な力を書き殴ったかのような印象が拭えず、天分が無秩序に蠢いているかのよう。前作「悲劇の誕生」に比べれば内容に遥かに興味がそそられるが、残念ながらこの故読者をどぎまぎさせ、壁を作ってしまっている。

それに当時のドイツとドイツ人についての言及が多いため、我々には縁のない話も多々出てくる。当時のドイツ文化や哲学の頽廃に関する文章を読んで愉悦を覚える人はいるのだろうか。解読するのに時間がかかるので、この本にそれほど興味のない人は巻末解説と「この人を見よ」でのこの作品を取り扱った項を読めば、それで充分かも。

生に対する歴史の利害について:ニーチェは歴史(正確に言えば歴史の悪徳)を三種類に分ける。歴史の偉人をやたらと崇拝する記念碑的歴史、古きものに固持する骨董的歴史、そして過去をやたらと批判する批判的歴史、である。前二者はいつまでも過去にとらわれ、いつまでも現在の生に奉仕しない、後者は過去の敬虔から何も得ないとする。過去の言葉を神託のものとし取り入れ、更にそれを未来の建設に役立てるようにすべし。反骨精神を持った未来の創造者のみが歴史について語ることが許される。そして「超歴史的」なもの、すなわち芸術、宗教、哲学といった不滅なものに目を向けよ、というのである。
4作品の内、読むとすればこの作品だろう。

教育者としてのショーペンハウアー:最終的に何が言いたいのかよくわからないが、「大衆に埋没して見せかけだけで生きるのではなく、自分の尺度、自分らしさを持ち、損得なしで文化のために身をささげよ」、といいたいのだろう(きっと)。その際、ショーペンハウアーの「幸福な生涯はなく、あるとすれば英雄的な生涯である」といった彼の厭世観を一種のカンフル剤として用いている。大衆のものに革命の炎を与えるルソー的な像、有数の人に静観を与えるゲーテ的な像に対して、ショーペンハウアー的な像は有数の人に革命の炎を与える、としている。後に述懐しているように、ショーペンハウアーを媒介として、ニーチェ自身の哲学的姿勢を述べている。

バイロイトのワーグナー:基本的にワーグナー、と彼の音楽の特徴、素晴らしさ(そして若干の否定)が延々と述べられる。余程のワグネリアンでもない限り、やはり無視しても差支えないのでは・・・。

この文章:

真の歴史家はあまりにも周知なことを未聞のことに改鋳し、そして人々が深さのゆえに単純を、単純のゆえに深さを見落とすほどに単純に深く普遍的なことを告知する力をもっていなくてはならぬ。 (生に対する歴史の利害について)

誰が人間の像を建てるであろうか?万人は我欲的蛆虫と犬のような不安とだけを自身のうちに感じ、これほどまでにあの像から離反して動物的なものの中に、あるいはそれどころか硬直した機械的なもののなかに落ち込んでいるというのに。       (教育者としてのショーペンハウアー)