2007年09月

2007年09月29日

雨に遭遇した原因はこれ? ロードレーサーに付けたアルミ製のプーリーです

プーリー

 この前の日曜日に、こんなものをロードレーサーに付けました。「Jockey Wheel(ジョッキーホイール)」という名のアルミ製のプーリーです。プーリーはリアディレーラの部品で、ディレーラには必ず上下に二つ付いている歯車です。シマノの純正のプーリーは樹脂製でもっさりしていますが、このJockey Wheelはなかなか精悍なデザインです。

 プーリーのうち、上にあるのが「ガイドプーリー」で、変速の際にチェーンを動かす役目。下のプーリーは「テンションプーリー」と呼び、どんな時でもチェーンが弛まないようにテンションを与える役割を担います。今回交換したのはテンションプーリーの方です。ガイドプーリーの方は変速の際に横に力が掛かるためか、交換しない方がよいみたいです。

 で、交換して何が嬉しいかと言えば、単にプーリーがかっこよくなっただけです(笑)。このプーリー自体は回転が驚くほどスムーズで、純正のプーリーなんか足元にも寄れません。ただ、プーリーの回転が良くなったからといって、ペダリングが軽くなるわけでもありません。ただ、この肉抜きのデザインがたまりませんです。

 実は、このプーリーを取り付けようと思っていたのは、折り畳み自転車のPacific-18です。ところが、Pacific-18に取り付けているSRAMのXOリアディレーラには、このプーリーがうまく取り付けられませんでした。それで、ロードレーサーに取り付けることになったわけです。

 この日は、雨が刻一刻と近づいていました。そんなことも知らず私は、このJockey Wheelを付け、ディラーラのワイヤーの引きを調整し、チェーンを洗ってピカピカにしていました。そのため写真のチェーンは美しく輝いています。でも、小一時間ほどをメンテに費やしてしまいました。

 この時間の浪費がなければ、若草大橋辺りでの雨は回避できたかもしれません。でも現実はチェーンをピカピカにした2時間後に雨に遭遇、結局ぴかぴかのチェーンを再び泥だらけにしてしまいました(涙)

プーリー2 実は、このJockey Wheelは、色違いでもう一つ持っています。なるしまフレンドで見つけたのですが、どちらの色が(Pacific-18に)似合うか判断に困り、両方を買ってしまったのです。結局Pacfic-18には付けられないので、バカみたいです(苦笑)

 こちらの方はどうしましょうかね。MTBのAtittude垢砲任蘯茲衂佞韻討澆泙垢。結構かっこいいかもしれませんね。でも、ロードレーサーの方もそうですが、スモールパーツのプーリーなんかに目がとまる人など、ほとんどいないと思います。本当に単なる自己満足です。

toukatsujin at 01:01|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 改造 

2007年09月24日

日曜日は若草大橋へ、雨に濡れて悲惨な一日(涙)

手賀沼1手賀沼2 日曜日は悲惨でした。手賀沼でこの天気。野焼きの煙と低く垂れ込める雲が融合するような日に、天気を確かめもせず遠乗りをするのは無謀でした。この日はロードレーサー。午後は雨の可能性ありという天気予報に、午前中走るつもりが、いろんなことがあり午後の出撃に。しかも、ディレーラーの引きを調節し、プーリーなんかを交換していたものだから、家を出たのが午後2時頃です。

 なんか思った以上にヤバイな。空から今にも雨が落ちてきそうでした。でもまあ、なんとかなるか、そんな軽い気持ちで、この日は手賀沼経由で、さらに東を目指しました。目的地は利根川に架かる若草大橋。利根川を挟んで、千葉県の栄町と茨城県の河内町を連絡しています。

 若草大橋は最近できた橋です。昨年、我孫子市の布佐から利根川を下り、安食へ向かった時に、工事をしていました。いつ完成したのかは知りませんが、メールやブログにコメントを頂くさふらんさんから、この若草大橋について情報を頂きました。どうやら新大利根橋と同じく、自転車で渡ると気分の良い橋のようなので、行ってみることにしました。

利根川

 で、手賀沼サイクリングロードを走り、浅間橋からやすらぎの道経由で布佐へ、そこから利根川サイクリングロードに乗りました。この辺りから、ますます天候が怪しくなりました。利根川の風景はそもそも大味なのですが、こんな肌寒い天候ですと、寂寥たる風情になります。まるで初冬の時雨模様の天候のよう。土曜日までの夏のような風情と全く異なる景観が広がっていました。

 若草大橋へ行ってからどうするかですが、やはりブログにコメントを頂くエージさんのブログを拝見していると、若草大橋を渡るコースが紹介されてました(方向は逆ですが)。それを見ると、千葉県側から若草大橋を渡り、茨城県側を小貝川方面へ走るコースが参考になります。「よし、これだ!」と出かけたわけですが、天気はどんどん悪くなっています。

 そして、遂に印西市の木下(きおろし)辺りで雨が降り出したました。しかも、風は東風、雲も東から西へと流れています。つまり、雨雲は今向かう東側よりやってきているわけです。引き返そうか、一瞬そう思いましたが、「せっかくここまで来たのだから、行ってみよう。どうせ雨も大したことないだろう」と判断し、若草大橋行きを強行しました。うーん、今思うとここで引返せばよかったです(涙)

若葉大橋1若葉大橋2 で途中、雨が一瞬あがり「決断は正しかった」と思う時もありましたが、その後また雨が降り出しました。若葉大橋に着いた時には、しっとりと降る雨に。「こりゃ、たまらん」と若葉大橋の橋の下に避難しましたが、この判断も間違いでした。30分ほど雨宿りしましたが、雨はますます強くなります。

 4時になり、このままいくと日没タイムアウト。今日は日没までに楽勝で帰れるだろうとタカをくくっていたのですが、かなりヤバクなってきました。で、しょうがないので、雨の中、橋を茨城に渡り、帰宅を急ぐことにしました。

 若草大橋ですが、こんな感じです。構造は同じ有料道路の新大利根橋と瓜二つです。車道の東側に歩道(自転車通行可)があるのも、料金所は茨城側にあるのも同じです。橋からの景観ですか。多分いいと思います、晴れていればですが。

 こんな雨の中、日没も近いので写真を撮っている場合でないのですが、ブログを書き始めて身に付いたサガ。どうしても写真を撮りたくなります(バカ)。しかも悪いことに、今使っているオリンパスのデジカメは水中でも撮影できる完全防水。「お前、何をしているんだ」と思いつつ、シャッターを切っていました(苦笑)

新利根川

 茨城に渡ってしばらく県道を走った後、新利根川の南側の道を走りました。この道路、素晴しいです。もちろん雨が降っていなかったらですが。十分広い田舎道なのに、自動車がほとんど通りません。しかも、小貝川方面まで一直線。こりゃ、ロードレーサーで走る場合、かなり使えるルートだと思います。

 ただ、この時はこの日一番の雨。寒いです。それに路面がすべり怖いです。泣きそうです。しかも、上を高圧電線が通っていますが、高圧電線の鉄塔は雨に煙ると「ジジ、ジジ」と不気味な音を立てるのですね。もう心細いと言ったらありゃしません(泣)

芸大下1

 で、ようやく勝手知ったる場所に着き、小貝川を渡り、取手芸大下の利根川河川敷のサイクリングロードへと向かいました。ここまで来れば、さすがにホッとしますね・・・でも、河川敷の道に下りると、当たり前ですが、誰も居ません。ホント寂しいです。孤独です。

芸大下2

 とにかく早く帰ろうと、必死でこいでいると、こんな情景にぶち当たりました。河川敷の道をふさぐ、大量の枯れ草とペットボトルの山です。いったい何があったのでしょう。この辺りは台風9号による利根川増水で水没したのは確実ですが、それにしても、ここだけこんな状態とはどうしたわけでしょう。

 まあ、状況がよくつかめないので、軽々な判断はできませんが、あまりよくない状態であるのだけは確実です。これとは別にも同じような状態の場所があり、やはり枯れ草やゴミが道をふさいでいました。ロードレーサーを降り、なんとか通行できましたが、なんか気になりますね。

 そんなわけで、散々な一日でした。おまけとして、途中いきなり変速がトップにしか入らなるというトラブルも。行く前にリアディレーラの引きを調節するため、ワイヤーをいじったのが運のつき。ワイヤーをディレーラにとめるための締め付けが弱かったらしく、突然ワイヤーを引けなくなってしまいました。

 まあ、そんな場合、アーレンキー一本で調節可能ですが、そんなことをする気力も失せていました。重いトップギアのまま家まで帰り、もう真っ暗なので自転車を拭くこともままならず、そのまま放置。今日見てみると、ロードレーサーは泥だらけでした orz

 こんなふうに悲惨な一日を書いてきましたが、若葉大橋から茨城を小貝川方面に向かうルートは抜群だと思います。また晴れた日に訪ねてみたいです。ところで今日はロードレーサーのメンテナンスに明け暮れました(苦笑)

【訂正】「若草大橋」を過って「若葉大橋」と記述していました。訂正します m(_ _)m

toukatsujin at 22:42|PermalinkComments(18)TrackBack(0) ポタリング 

2007年09月23日

楽しみにしていた野馬土手講座に行ってきました、鉄下駄君も初公開です(笑)

鉄下駄オオタカの森ルート ブログ初登場です。私の4台目の自転車、鉄下駄のように重いママチャリです(笑)。いつも通勤の行き帰り、自宅と南柏駅間で大活躍してもらっています。6段変速でハブダイナモ付きで、なんと1万2000円もしませんでした。自転車文化人の皆さんから非難されるホームセンター仕様の自転車ですが、雨ざらしのなか放置しているにもかかわらず、2年間頑張ってくれている私の大事な相棒です。

 とはいえ、今日のエントリーはこの鉄下駄君の話ではありません。このママチャリでオオタカの森ルートを走って向かった先の話です。それにしても、ママチャリでオオタカの森ルートを走ったのは今回が初めて。スポーツ車ならどうってことない上り坂がかなり辛いです。まさに鉄下駄。脚力を鍛えるには、このママチャリが一番よいかもしれません(爆)

図書館1図書館2 で、向かった先がここ。流山市立図書館です。実はここで、この土曜日から毎週末4回にわたって流山市立博物館(図書館と同じ建物です)主催の「流山今は昔コース」と題する講座が開催されます。この講座の講師の方は青木更吉先生。そうです、『野馬土手は泣いている』『小金牧を歩く』などの著者で、野馬土手研究の第一人者の方です。

 この講座があることを、この前IKAWAさんに教えていただきました。青木先生に直接、流山などに残る文化遺産、江戸時代の馬の放牧場の囲いの話を聞けるのです。本当に楽しみにしていました。7〜8分前に会場に着きましたが、もうビックリです。定員は50名と聞いていましたが、会場はおじいさん、おばあさんたちで埋め尽くされていました。「こんなに多くの方が野馬土手に関心があるんだ」とちょっと感動しました。

 肝心の青木先生に話ですが、とても素晴しい。今も残る野馬土手をお知り合いのプロのカメラマンが撮った写真などで見せていただき、野馬土手の種類、誕生から消滅の歴史などを縦横無尽に語っていただきました。そして興味深かったのは、野馬土手の話は単なる土手の話ではないことです。流山や東葛地域の歴史そのものです。郷土の歴史を知ることは、本当に楽しいですね。

野馬土手6野馬土手7 お話の中で嬉しかったのは、南柏駅の近くに残る野間土手が「日本一の野馬土手」だということです。青木先生は福島や長野、宮崎など日本中に残る野馬土手を見て歩かれたそうですが、これほど見事な土手はほかにないそうです。本当に貴重な文化遺産が、家のすぐそばにあるんですね。

 この野馬土手はちょっとした林になっていて、土手の上を歩けるんですが、今までは歩いてもいいものかどうか、判断がつきませんでした。それが青木先生によると、人が歩くことで土手の土が固められ、崩壊を防ぐ効果があるとのこと。それに人が通ることで、ここにゴミを捨てる人もいなくなるので、二重に土手を守る意味があるとのことでした。ということで、これからは安心して土手の上を散歩できます。

花野井1花野井5 一方、残念だったのは、この前行った「旧花野井家住宅」がなぜ野田市の清水公園近くにあるかという話です。この見事な茅葺の家は国の重要文化財。野馬の世話をした牧士の家で、昭和46年まで流山市の前ヶ崎にありました。それがなぜ、流山で保存されずに野田にあるのか。私は不思議に思っていたのですが、青木先生がその謎解きをしてくださいました。

 なんでも牧士のご子孫の花野井さんが、この家を手放すことを決断した時、文化財として保存してくれるように流山市に相談したそうです。でも、流山市はお金がないと断り、代わりに保存に手を上げた野田市に移築されることになったとのこと。なんともったいないことでしょう。流山市民としたは残念ですね。

 ところで、この話をされた時、青木さんが「あんまりここで悪口を言ってはいけないんだけど」とおっしゃり、会場内が大爆笑になりました。そうです、会場は流山市の施設ですからね(笑)

資料1資料2 さて、これが頂いた資料です。左が流山市の中にあった各村や新田開発された場所を示す地図で、右が現在の地図に牧をマッピングしたものです。とても興味深い地図ですが、特に牧がどこにあったか分かる右の地図が素晴しい。大堀川を挟んで北側にあった「高田台牧」、南にあった「上野牧」の配置がとてもよく分かります。

 ところで今回の講座、1回2時間の全4回です。それで費用はわずか200円です。その200円がこの資料代なのですが、なんてお安いのでしょう。流山の地の果て、名都借に住んでいると流山市民のメリットを感じる機会が全くないのですが、今回は流山市民で本当によかったと思いました(笑)

 さて充実の講座も終わり。さて帰るかと席を立とうとすると、ブログによくコメントをいただき、東葛ポタでもご一緒させていただいた、そっくりもぐらさんに声を掛けられました。なんと、そっくりもぐらさんもこの講座に参加されていたのです。そっくりもぐらさんとは以前、流山の西深井でも偶然ばったりと出会いました。なんかご縁があります。

 それで二人で図書館を後にして、喫茶店でしばし歓談。今日の講座の話や自転車談義など楽しく過ごさせていただきました。それにしても楽しい講座でした。これからは、この手の機会を見逃さないようにチェックして、可能な限り参加したいと思います。皆さんも是非、地元の市民講座をチェックしてみてください。びっくりするぐらい楽しいです。

toukatsujin at 00:39|PermalinkComments(8)TrackBack(0) 自転車とちゃいます 

2007年09月17日

「灯台下暗し」の返上を目指し、名都借周辺を走りました(笑)

 三連休なのに、月曜日は休日出勤(涙)。で、このネタは日曜日のものです。しかもパイパーローカル(笑)。私の住む名都借を中心に半径1.5km以内の話です。

 実は私、最近ちょっと反省することがあります。これだけ地元、東葛地域にこだわっていながら、自分の住む名都借周辺はほとんど知らなかったのです。引っ越してきて十年以上が経ちますが、名都借、前ヶ崎、野々下、長崎などの田園地帯は一部のルートを除いて、ほとんど知りませんでした。

 どれだけ知らなかったかと言えば、名都借の清龍院のしだれ桜、超有名らしいのですが、今年は初めて見ました。これも有名なあじさい通りも今年、E-ponさんのブログを見て初めて知りました。野々下や長崎に野馬土手が残っていることも、前ヶ崎城址にあった旧花野井家住宅も最近ようやく知った次第。

 まあ、灯台下暗しと言ってしまえばそれまですが、これだけ谷津や田園風景、森が素晴しいところに住んでいながら、これじゃマズイ。なんせ、東葛地域の他の場所と比較しても自然、田園、歴史とも遜色ないところです。というわけで、最近家の近くを探索するようにしています。そして日曜日は、折り畳み自転車のPacific-18で本格的に地元を走り回ってみました。

野馬土手1野馬土手2 この写真は野馬土手です。江戸幕府の軍馬の生産地、小金原牧と農村を隔てる土手の遺構です。左の写真が長崎の土手で、写真ではよく分かりませんが四重の土手です。鎌ケ谷や南柏の土手に比べて保存状態はよくないですが、それでも堂々たる風格があります。写真右は野々下の土手ですが、ここはヤバイです。今にも工事で消滅しそうです。

 この辺りは以前、思うところがあって歩き、それをブログのエントリーでご紹介しましたが、とてつもない田舎です。アイガモや脱走したニワトリ、それに運が良ければタヌキにも出会えます。そして、この地にあるのが天形星神社。名前からしてシュールな神社ですが、実はちょっと分からないことがありました。

いわみさま

 天形星神社に祭られているのはスサノオノミコト。それはよいのですが、もう一柱、「岩本大明神」もしくは「いわみさま」という名の神さまが別の祠で祭られています。上の写真の祠です。このいわみさまって、いったい何の神さま? ネットで調べても分かりませんでした。

 それがようやく分かりました。実は、この前に読んだ『小金原牧を歩く』に載っていたのです。いわみさまとは、江戸時代の旗本、岩本石見守のことで、小金原牧の総責任者として東葛地域一帯に善政を敷いた人だそうです。今回訪れて祠をよく見ると、この辺りの農家の方々がいわみさまに感謝の念を顕した顕彰碑が祠の横に建っていました。神さまになれるなんて、良いことはやっておくものですね(笑)

前ヶ崎1前ヶ崎2

 さて次は前ヶ崎です。写真の道は、少し前に旧花野井家住宅のあった場所を訪ねてみて発見した道です。丘を駆け上り、斜面林に沿ってアップダウンがある小道が続きます。この道を日曜日に再び訪ねてみました。うーん、なかなかいいじゃないです。なんで今まで気付かなかったんだろ。そう言えば、IKAWAさんのブログで前ヶ崎の道を紹介されていましたが、この道のことでしょうか。

ビオトープ1ビオトープ2

 締めはご当地、名都借です。この名都借、本当に迷宮です。引っ越してきた時に南柏駅から道に迷って帰れなかった話は、何度かネタにしましたが、それとは別のネタがあります。選挙の投票場所はこの辺りでは流山東部中学校が指定されていますが、私は選挙のたびに東部中に行けなくて迷います(苦笑)。私が特別方向オンチだということもありますが、原因の半分は名都借の迷路がなせるわざです(そんなことないか、笑)

 さて、この東部中と流山東小学校の間に、あまり知られていない森のビオトープ「東かがやきの森」があります。ここは以前から知っていましたが、実際に森の中に入ったのはごく最近です。東小学校の児童が育んでいる森で、とても美しいです。今回は中に入ると蚊柱が立ちますので、外から眺めるだけです。ちなみに、この東小、今年1月にイノシシが出没したあの学校です。

 このほか、ネタになりそうな場所としては幻の名都借城があります。城址としても残っていないような城で、広寿寺がある高台にあったそうです。しばらく“城址の残骸”を探してみたのですが、結局発見できず。前ヶ崎城と対をなす城なので気長に探してみたいと思います。

 今回、自宅より半径1.5km以内でも入り組んだ道を走り回っていると、なんやかんやでトータルの走行距離は24kmほどにもなりました。ようやく頭の中で、名都借などの田舎道のイメージが出来てきた気がします。まあ、そんなわけで、今回は反省のふりをした地元田舎自慢になってしまいました(笑)。皆さん、失礼しました。

toukatsujin at 23:57|PermalinkComments(8)TrackBack(0) ポタリング 

2007年09月15日

今日はロードレーサーで関宿城へ、お城の中にも久しぶりに入ってみました

関宿城1関宿城2 今日は関宿城までロードレーサーで走りました。実は前夜、思いっきり深酒。朝起こると、まだ酔っ払っている感じで、10時ころには最悪の二日酔い。「こりゃ今日は走るのをよそう」とCATVでマイナーな「ツール・ド・スイス」を見ていました。そうすと何故か元気回復。昼飯を食したら、すっかりOK。しかも、思い切り走りたくなってしまいました。どうなっているの、私の体調(笑)。

 そう言えば、ロングライドは小貝川へと浮気したりして、関宿城にはここのところ行っていません。久しぶりに関宿城へ行くかと、江戸川サイクリングロードを北上しました。すると今日は追い風がすごい。私のようなヘタレでも、心拍数150辺りをキープし、35kmほどのアベレージで走れます。帰りが怖いのですが、私には関宿堀ルートという強い味方があります(笑)。江戸川サイクリングロードに乗ってからは追い風を受けて走り、1時間ちょっとで関宿城に到着しました。

江戸川

 ところで、江戸川の河川敷は依然として水没状態です。台風9号からもう一週間も経っているのですが、今週は結構豪雨があったからでしょうか。江戸川本体の水位もかなり上がっています。まあ江戸川というのは“水はけの悪い川”なので仕方ないか、そんなことを考えながら走っていると、ふとあることを思い出しました。

関宿城3関宿城4 「そう言えば、最近関宿城に入ったことがないな」。そうなんです。関宿城の正式名称は「千葉県立関宿城博物館」で、利根川東遷と江戸川誕生など治水の歴史を展示する博物館です。以前、関宿町の時代には、入場料無料という太っ腹な博物館でした。それが関宿町が野田市と合併した直後、有料に変わっていましました。無料時代は関宿城に行くたびに入館していましたが、有料後はすっかりご無沙汰状態でした。

 久しぶりに入館してみるかという気になり、関宿城の入り口で200円を払い中へ。そして、まず4階の“天守閣”へと向かいました。この展望ルーム、高さは大したことはないのですが、結構眺望が開けます。特に、利根川と江戸川の分流地点(写真左)の景観が素晴しい。そして、本物の関宿城、つまり関宿城址(写真右)もよく見えます。ちょうど、関宿城址の公園の木々の間から撮った冒頭の写真と相対しますね。

関宿城5

 私はこの博物館が結構好きです。目を驚かすような展示物はありませんが、暴れ川の坂東太郎との戦いの歴史がよく分かり、結構感動します。東葛地域の小学生なら、自由研究にも最適ですね。そのほか利根川や江戸川を往来した高瀬舟の歴史のほか、関宿や野田、流山などの繁栄の歴史もよく分かります。

 それに今日は特別展として千葉の「出土遺物巡回展」をやっていました。実は私、日本古代史オタクでもありますので、古墳時代の土師器や須恵器などを千葉出土の遺物をじっくり見ることができ、かなりご満悦でした(笑)。

 そうして帰りは予定通り関宿堀ルート。猛烈な逆風でしたが、かなり快調に飛ばして帰ることができました。二日酔いだったのに、体も頭も気分も珍しく絶好調の一日でした。ちょっと不思議だけど、こんな日もあるってことですね。

toukatsujin at 22:00|PermalinkComments(8)TrackBack(1) ポタリング 

2007年09月11日

日曜日は「けやきルート」を走り、そして「越流堤」へ、美しい一日でした

ケヤキルート1

 日曜日は最高に気分の良い一日でした。気温はぐんぐん上がり、空には入道雲と真夏並みの陽気でしたが、湿度がないせいか、風は心地よく、空の高く澄み渡っていました。空を眺めているだけで心が透明になるようで、とても幸せな気分で走ることができました。

 で、この日の自転車は久しぶりにMTBのAttitude垢任后2討倭韆々でMTBを走らせて楽しい道が少ないですから、少しご無沙汰になってしまいましたが、そろそろMTBに再び活躍してもらう季節ですね。今回は、IKAWAさんが紹介されていた「けやきルート」を使い、手賀沼の西端から利根運河の東端へ。そして、利根川サイクリングロード柏区間を経て、田中調節池の越流堤へと向かいました。

 まず、けやきルートの由来となった「けやき通り」ですが(笑)、都市部を走るマインドが欠落した私はノーマークでした。実際に走ってみると、この道、美しいけやき並木が続き、とても気分がいいです。「へえー、こんな道があったんだ」と感心しながら走っていました。

 ただ、交通量がちょっと多いですね。車道をリラックスして走れないのが、少し残念です。でも、ここを走ると利根運河の東端に行けるだけでなく、私がこの前、「田んぼを見ないで田舎を走るルート」」で紹介した道に接続されますので、大青田やこんぶくろ池、柏ビレジのビオトープと、手賀沼の西端をダイレクトに結ぶことができます。これは本当に盲点でした。

ケヤキルート2ケヤキルート3

 けやき通りでは全く地理感の働かなかった私ですが、けやき通りが終る公設の卸売市場まで来ると、ここから先は田舎なので地理感が戻ってきます(笑)。やがて「田んぼを見ないで田舎を走るルート」に合流、つくばエクスプレスの柏たなか駅(写真左)を目指しました。それにしても、この柏たなか駅、周りとの調和を乱し、とてつもなく浮いていると思うのは私だけでしょうか。

 そして、船戸で常磐自動車道をくぐったら、田んぼを見ないで田舎を走るルート」とは別れ、医王寺の脇を抜けて北上し、利根運河を目指します。この道(写真右)、とてもいいです。ぬかったなぁ。こんないい田舎道を今まで気付かないなんて。都市部の道はともかく、田舎の道を発見できず、ちょっと悔しいですね(苦笑)。それはともかく、この道は素晴しいので、これから私のポタのレパートリーにちょくちょく使わせていただきます。

利根川1利根川2

 さて、利根運河の東端に着いて右折、そのまま利根川サイクリングロード柏区間を目指しました。昨日と同様、利根運河と利根川を隔てる水門は閉まっています。そして、その水門の反対側に回って、昨日同様ビックリです。水が引き、いつも通りの風景が広がっていたからです。唯一の違いと言えば、泥水をかぶって、草木が白っぽくなっている程度です。

 そのまま走り、常磐自動車道の橋の下に来ると、利根川の水引の良さが、さらに分かります。土曜日のエントリーの写真と比べると、まるで別世界です。さすが坂東太郎、水の運搬能力はケタ外れですね。

利根川3利根川4

 それにしても、この日は空が蒼く高い。気温は高かったですが、風が気持ち良いです。増水という非日常がなくなり、日常が戻ってきた利根川ですが、この柏区間を走っていて、こんなに気分の良い日はそうありません。空と雲を見ながら、どこまでも走っていたい、そんな気分にさせられます。

利根川5利根川6

 で、利根川サイクリングロード柏区間の一方の終点、新大利根橋にたどり着きましたが、そのまま土手の上を走り続けました。新大利根橋から先は未舗装です。ただ「海から○km」という立て札は、ずっと立てられていますから、ここは一応、道ということなのでしょう。そして、この未舗装の道を行くと、田中調節池の越流堤にたどり着きます。

 この越流堤(えつりゅうてい)については、田中調節池のページからリンクをたどって見ていただきたいのですが、要は利根川の増水が危機的水準に達した時、調節池に水を入れるための施設です。堤防のほかの部分に比べ一段低くなっており、水がこの高さに達した時、自動的に水が調節池に入ります。茨城県側の稲戸井調節池は水門のようなので、人の判断で開閉できますが、治水の“最後の砦”の田中調節池は、この高さになると問答無用で水を入れるわけです。

 この越流堤は、Googleマップの航空写真でも、きれいに写る大規模な施設です。越流堤までやってきたのは、利根川がどこまで増水したのか確かめたかったからです。それと、初めてこの越流堤を訪れた時に感じた静けさを思い出して、再び訪ねてみたくなったからでもあります。すっかり忘却の彼方でしたが、今回の利根川の増水で、その時の記憶が甦ってきたわけです。

 で、越流堤につきました。もうすっかり水が引いているので、上から見る分には、どこまで増水したかは分かりません。右の写真で言うと、越流堤の左側が利根川で、右側が田中調節池です。越流堤の調節池側はゆるいスロープになっており、越流堤を越えた水はこのスロープをつたって調節池に流れ込みます。

利根川7

 越流堤に降りてみました。越流堤の上には写真のような水位計が建っています。見上げると抜けるような青い空と白い雲。うーん、気持ちいいです。

利根川8利根川9

 この越流堤は真っ白なコンクリートでできており、全長400m以上ありますから、とても開放感があります。この日は暑かったとはいえ、通り抜ける風が心地よく、ボケーっとするには最高でした。

利根川10利根川11

 こうしてみると、越流堤はかなり低いですね。周りの堤防より3mほど低いでしょうか。初めてここを訪れた時は、越流堤や調節池の仕組みを全く知りませんでしたので、「なんで、わざと堤防を低くしているんだよ」とかなり驚いたものです。

 今回の増水では結構ヤバかったんじゃないかと思ってよく見ると、越流堤の上部まで水がきたことを示す跡が残っていました。越流堤に接続する堤防の下部が白っぽくなっており、ここまで水位が上がったことは明らかです。ひょっとしたら、多少は水が越流堤を越えたかもしれませんね。

利根川12利根川13

 さて、この越流堤からさらに東に向かい、大利根橋方面を目指しました。すると、利根川河川敷にあるゴルフ場は、この時も完全水没状態。一方、反対側の田中調節池の農地は美しい。そう言えば、この日はやたらと「美しい、美しい」を連発していました(笑)

岡発戸

 大利根橋からは岡発戸ルートで手賀沼へ。岡発戸峠も久しぶりです。ここでまた「美しい!」の連発です(爆)

手賀沼1手賀沼2

 そして最後は手賀沼。もちろん「美しい!」です。水面に輝く光がとても印象的です。コブハクチョウのファミリーも、子供たちがすっかり成長しましたね。

 この日曜日は、空気が澄んでいるせいか、水面も木々も色が深く、地上はすっかり秋の風情。一方、気温は上がり空には入道雲と、夏の名残りもある不思議な一日でした。なんか夏休みがもう一回あったような、ちょっと得した気分になりました。ただ、すっかり日焼けして、鼻の頭が真っ赤になったのは想定外でしたが(苦笑)

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2007年09月08日

3年ぶりに利根川河川敷の大水没、調節池にも水が入りました

利根川水没1利根川水没2

 今日、3年ぶりに利根川の河川敷の大水没を見ました。場所は利根川サイクリングロード柏区間です。3年前と言えば、私がブログを書き始めた頃、次から次へと台風が襲った年でした。東葛人的サイトの「東葛を走ろう」のコーナーの写真は、2004年10月10日、台風が通過した翌日の利根川の大水没です。今回の大水没は、その時よりもすごいです。それだけ台風9号の猛威がすさまじかったのでしょう。

 この台風9号の被害は甚大です。千葉県では、収穫期を迎えていた梨が強風にあおられて落下するなど、農業だけで億単位の被害が出たと言いいます。先週末、たすけさんお薦めの梨園さんで、豊水を購入、その常識ハズレの美味さに感動していただけに、梨の落下の話を聞くと心が痛みます。ですから「すごい」なんて言葉を軽々に使ってはいけないのでしょう。それにしても、利根川の広大な河川敷が水没している光景を目のあたりにすると、自然の力のすさまじさを感じます。

江戸川1江戸川2

 今日はロードレーサーで江戸川、利根運河、利根川、手賀沼と回りました。まずは江戸川ですが、この前の台風が通過した7月とは様相が違いました。前回は河川敷の水没は免れたのですが、今回は完全に水没。江戸川は増水に“弱く”、簡単に水没しますが、どうも今回は違います。今までに見たことがない水量で、サイクリングロードに上がった瞬間、目にとまった光景に驚いてしまいました。

利根運河1利根運河2

 利根運河も今日はすごいです。今までに見たことのない水量です。利根運河北岸で利根運河水辺公園へ向かう道は一部水没していました。よく見ると、水没した道の手前も白く汚れています。一番水量があった時は、こまで水が来ていたのでしょう。ちょっと危険ですね。あと浮き橋はお約束のこの状態(笑)。いつも運河は水溜り状態ですが、今日の増水で舟が通行していた往年の運河の雰囲気が甦りました。

利根運河3

 さて、利根運河の東端まで来ました。あれぇー、なんか変だ。そうなんです。台風などの増水時にはいつも開いている、利根運河と利根川を分ける水門が閉じているのです。「へんだなぁ」と思いましたが、水門の脇を通り抜け、利根川側に回り込んだ時、その謎が解けました。

利根運河4利根運河5

 水門の向こうは、これまでの見慣れた景色とは全く違う別世界でした。水がすぐ近くまで押し寄せており、利根川の河川敷は完璧に水没していました。2004年の大水没の時も、ここまで増水してはいませんでした。そもそも水門も開いていました。でも、今回は水門を大きく開くと、利根運河に利根川の水が大量に流れ込み危険ですね。こりゃ、すごいことになっている、そんな風景でした。

利根川1利根川2

 で、利根川サイクリングロード柏区間です。こんな利根川、初めて見ました。河川敷がすべて水没していました。利根川の河川敷にはゴルフ場をはじめ、採砂場、モトクロスコースなどがありましたが、すべて水没してしまいました。利根川自体が川幅が広いうえ、河川敷も相当の広さがありますから、ものすごい川幅の“大河”が出現しました。

利根川3利根川4

 そして新大利根橋です。左の写真の辺りは、立派なサッカー場があったはずですが、今は完全に利根川の一部です。新大利根橋から利根川を眺めると、すごい川幅。橋の下では水が渦を巻いており、ゴーという音が聞こえてます。茨城県側をどんな様子だろうと思い、橋を渡ってみると意外な光景が広がっていました。

利根川5利根川6 なんと、茨城県側では調節池に水が入っていたのです。利根川下流の治水の要は調節池です。利根川の南側、つまり東葛地域には柏市と我孫子市をまたぐ形で、田中調節池があります。池と言っても、普段は水がなく、農地として利用されています。そして、いざという時に、ここに水を入れ、利根川決壊という最悪の事態を避けるのです。水が入ると農作物はダメになりますが、その条件で国から農家へ払い下げられたそうで、いわば、この調節池が治水の最後の砦というわけです。

 この調節池は茨城県側にもあります。東葛地域の田中調節池に相対しているのが、稲戸井調節池です。そして今回、この稲戸井調節池に水が入り、本当に“池”になってしまいました。よく見ると利根川と調節池を分ける水門が開いています(左の写真)。右の写真で言うと、真ん中の土手を挟み、右側が利根川&河川敷、そして左側が稲戸井調節池です。

 この稲戸井調節池には農地はないみたいです。つまり、まず稲戸井調節池に水を入れてしのぎ、どうしようもなくなったら、農地がある田中調節池にも水を入れる算段のようです。うーん、うまく考え抜かれていますね。利根川が決壊すると、流山市名都借の谷津にある私の家は完璧に水没しますし、首都圏は壊滅的打撃を受けるそうです。利根川は治水はとてつもなく重要ですが、この調節池のシステムの治水の妙には脱帽です。

利根川7

 では、田中調節池側はどうかと言えば、新大利根橋の上から見る限り平和そのものです。どうやら水が入るのは免れたようです。田中調節池の農地は、東葛地域有数の豊かさですから、大きな被害がなくてよかったですね。

手賀沼1手賀沼2

 この後、布施弁天ルートで手賀沼へ向かいました。利根川の状況を見た後で、手賀沼を見ると不思議です。いつもより少し水かさが高いかなという程度で、いつものような穏やかな手賀沼の水面が広がっています。当然、今は利根川の水を注ぎ込む北千葉導水路からの注水もなし。本当に静かな手賀沼でした。改めて治水の妙を感じました。

toukatsujin at 21:31|PermalinkComments(14)TrackBack(1) ポタリング 

2007年09月05日

大津川ルートで伝書鳩ケージを新たに発見、そしたら自転車がひっくり返って・・・

隠れ道1隠れ道2 この前の日曜日に大津川ルートを走っている時の小ネタです。実は、前々から地図上に謎の道がありました。道と言っても、たかだか200mほどです。ただ地図にあるのですが、大津川ルートを何度走っても、それらしきものは見当たりません。まあ、本気で探していないからでもあるのですが(笑)

 ところがこの日曜日、偶然発見しました。で、走ってみると結構面白い。大津川沿いの水田地帯の中にあるのに畑作で、それらと隔絶された全く違う風情がありました。ちょっと新鮮な驚きがあったので、2往復してしまいました。皆さんも、大津川ルートを走った時、お暇でしたら探してみてください。

隠れ道3隠れ道4
 本題ですが、その200m足らずの道沿いに、こんな立派な伝書鳩のケージがありました。私は東葛地域に引っ越してくるまで、伝書鳩が飼われているのをみたことがありません。このケージで二つ目ですが、鳩の皆さん、目が怖いです(笑)

隠れ道5
 実は、もう一つのケージも大津川ルートにあります。さっきの場所から北へ目と鼻の先、ちょうど名戸ヶ谷小学校沿いの道のところです。ほんとうに近いところに二つのケージがありますから、飼い主の方は親戚同士かライバル同士なのかもしれませんね。私は、伝書鳩に関する知識がほとんどありませんので、これ以上解説するのは困難です(苦笑)

隠れ道6 「こんな近くに二つのケージか」と喜んで写真を撮っていると、バタンという大きな音。日曜日は折り畳み自転車のPacific-18で出かけましたが、そいつが見事に横倒しになりました。どうも坂道にPacfic-18を止めたために、私が写真に夢中になっているうちに動き出し、バランスを崩して倒れたようです。

 で、見事にブルックスの革サドルに大きな傷を付けてしまいました。なんかケージの中の伝書鳩に笑われているようで、ちょっと情けなかったです。5月にやはりPacific-18が横倒しになって、サドルに大きな傷を付けましたが、今回はちょうど反対側です。

 ホント「あーあ」ですね。でも、今回も前回同様、革サドルの自己修復能力が全開。家に帰った時は、既にあまり目立たなくなっていました(笑)

toukatsujin at 00:34|PermalinkComments(12)TrackBack(0) ポタリング 

2007年09月02日

初秋に国の重要文化財「旧花野井家住宅」を訪ねました

収穫 めっきり涼しくなりました。東葛人的サイトでは「東葛歳時記」というページを作っています。この東葛人的道楽のエントリーのうち季節ネタ、時事ネタを春夏秋冬でピックアップしたページです。で、季節の変わり目ですが、春は3月から、夏は6月、秋は9月、冬は12月からとしています。

 あくまでも便宜的な区分けですが、面白いことにこの季節の区分けに対応するかのように、季節ネタが見つかります。昨日の土曜日は9月1日。どんな秋が見つかったかと言いますと、米の収穫です。場所は新川耕地。江戸川サイクリングロードを走っていて、目に留まりました。

 コンバインで稲を刈っていましたが、あまりにも早いですね。そこで思い出したのが、におどり公園にある万葉の碑です。『鳰鳥(にほどり)の葛飾早稲(わせ)を饗(にへ)すとも その愛(かな)しきを外(と)に立てめやも』。そうです。新川耕地は本来の葛飾です。まさに早稲を収穫していたのですね。

 熱帯のような暑い時はサイクリングロードは勘弁ですが、涼しくなるとやはり良いですね。今日は久しぶりハートレートモニターをつけ、ロードレーサーで走りましたが、とてつなく快調でした。心拍数がぐんぐん上がり、170近くでも平気で走れます。暑い季節では140前後でヘタレてしまうのに、えらい違いです。

花野井1花野井2 で、今日向かったのが、清水公園の南側にある旧花野井家住宅です。なんでも17世紀後半に建てれたそうで、見事な茅葺の家です。私の住処の近くにあったのを移築したものとのことで、国の重要文化財です。

 実はこの家、昭和46年まで花野井家の皆さんがお住まいになっていました。花野井家は牧士(もくし)の家系。牧士とは江戸時代に小金牧で馬の世話をしていた人々で、この家は唯一完璧な形で残されたものだそうです。

 今、『野馬土手は泣いている』の続編『小金牧を歩く』を読んでいます。この本の中に旧花野井家住宅の話があって、是非見てみたいと今回訪れた次第です。

花野井3花野井4
 中はこんな感じです。とても暗いです。でも、広間の囲炉裏がとてもいいです。

花野井5花野井6
花野井7花野井12
 土間も良いでしょ。ちなみにかまどですが、料理を作るだけでなく、煙で茅葺を燻して長持ちさせる役割も果たしていたとのことです。

花野井9花野井10
 天井を眺めると、とても重厚な梁がありました。外へ出て茅葺を眺めてみると、やはり見事ものです。この家の管理人さんの女性がいらっしゃったので、「この家は徳川幕府の馬を飼っていた人のお宅ですか」と聞いてみました。すると管理人さん、「私、よく知らないんです」。なんかちょっとガッカリです。

門 ところで、この旧花野井家住宅の入り口には立派な門があります。ただ、この「薬医門」は江戸時代末期の建造で、旧花野井家住宅とは関係がありません。この門の手前の砂は見事に掃き清められており、歩くのに躊躇するほどでした。

toukatsujin at 00:50|PermalinkComments(4)TrackBack(0) ポタリング