2009年09月

2009年09月23日

物部氏と東国、鳥見神社の謎に迫ろうとしましたが・・・

 このエントリーは久しぶりの歴史オタク話です。今回は「物部氏と東国」に関することです。長文で、かつ東葛地域だけに限定できる話でもありませんので、これまでのように「よし、オタ話に付き合ってやらぁ」という方だけ読んでください。

DSC00844 手賀沼の南、旧・沼南町から印旛沼にかけて鳥見(とりみ or とみ)神社が約20社も分布しており、そこを訪ねた話は何度か書きました。で、この神社の祀神がニギハヤヒです。

 この神様、神話&歴史好きにはたまらない存在。東征してきたカムヤマトイワレヒコ(=神武天皇)にあっさり国を譲るばかりか、決死の覚悟で神武と戦う忠臣ナガスネヒコを誅殺する、とぼけたオッサンなのです。さらにニギハヤヒは、蘇我氏に滅ぼされた古代の大族、物部氏が祖神として祀っていました。

DSC00844 そのニギハヤヒを祀る神社が手賀沼から印旛沼にかけてだけに多数存在するのは大きな謎です。しかも、旧・沼南町の布施にある香取鳥見神社の碑には、「手賀とは蝦夷語で鷲の意味」と書かれているので、妄想をかき立てられます(笑)。物部氏と蝦夷のつながりに関して、東日本を中心にいろんな伝説があるからです。

 ただ、物部氏を語るのは難しいです。古代日本、まだ倭と言われた頃の有力豪族の中でも茫洋としてつかみどころない一族だからです。それでも、古代日本の王家の可能性があり、古代の最大の敵役、蘇我馬子に滅ぼされるという悲劇性から、歴史オタクにとっては極めて気になる存在なのです。

 さて、なぜ東葛地域から印旛地域にかけて物部氏の祖神を祀る神社が多数存在するのかですが、これは物部氏を語る以上に難しい話です。「どうしてだろう」と考えあぐねていたら、最近、大きなヒントになる二つの文献を知りました。

 一つは「続日本後紀(しょくにほんこうき)」。平安時代前期の歴史書で、私は直接原典を読んだわけではありませんが、面白い記事が載せられているそうです。なんでも、物部小事(オゴト)という人物が関東地方を征した武勲により、下総国の匝瑳郡を与えられ、物部匝瑳氏などの祖となった、というものです。

 このオゴトさんの活躍の時期は諸説ありますが、私は5世紀後半だと思います。その頃ですと、関東地方を単に征しただけでは、古代日本の中央の連中にとって大した話ではありません。当時は租税制度がなかったため、金山でも見つからなければ領土拡大の意味はほとんどなかったからです。

 にもかかわらず、関東制圧を高く評価されたのだとしたら、それはオゴトが現地の人々を従え、兵として送り出せるようにしたからでしょう。まあ妄想レベルの話ですが、後の世に関東の人々が防人として徴発されたことを思い起こせば、有り得ることだと思います。その中に、蝦夷の人々もいたのかもしれません。

 もう一つの文献は「物部氏の伝承」(畑井弘著、講談社学術文庫)です。これは少々難解な本でしたが、メチャクチャ面白かった。この本の趣旨は、物部というのは“一族”のことではなく、日本中の多種多様な部族の総称だというもの。そして、物部の中でも有力な一族が他の物部を束ねており、時代の変遷と共に覇権がいくつも物部の一族の間を移動したと主張しています。

 しかも、物部氏の最大の英雄、物部麁鹿火(アラカイ)は東国の人の可能性があるとしています。このアラカイという人は、古代日本の覇権を賭けた、大王ヲホド(=継体天皇)と九州の覇者である筑紫君磐井(イワイ)と決戦で、ヲホド大王に全権を任され大勝利を納めたオッサンです。

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 さて、そのアラカイの母親ですが、伝承では信濃国の諏訪氏の出との伝承があります。諏訪氏と東葛地域のつながりについては、「おすわさま」の話として「西より来たりし人々」で書きました。しかもアラカイの祖父の弟が、あのオゴトです。ですから、アラカイが坂東(関東)人である可能性も、妄想レベルですが有り得ますね。

 そもそもアラカイと、蘇我氏に滅ぼされた物部守屋(モリヤ)との血のつながりは伝承レベルでも極めて薄いのです。むしろ、「物部氏の伝承」の通りだとすると、全くの赤の他人の可能性もあります。

 まあ、アラカイを坂東人、あるいは東日本の人と断定するのは無理があるとしても、アラカイが配下の坂東の兵を率いて九州に攻め入ったと想定することはできると思います。そして、難敵イワイを粉砕した坂東兵の圧倒的な強さの記憶から、後の世に防人の制度ができた、なんて仮説も成り立つかもしれませんね。

 そんなわけで、手賀沼から印旛沼にかけて点在する鳥見神社の謎には迫りきれてはいませんが、関東と物部氏の関係はかなり濃密なのは確かです。まだまだ鳥見神社を研究する価値はありそうです。

toukatsujin at 22:58|PermalinkComments(8)TrackBack(0) 東葛地域ネタ | 自転車とちゃいます

2009年09月22日

日曜日は歴史ポタ、充実の「流山超高密度ポタ」となりました

 「誰もが人殺しをした時代」「何もしなければ餓死者がでる時代」。なんともおどろおどろしい話ですが、この前の日曜日の講演「関東の戦国時代」で聞いた話です。この日、横山さんのお誘いで、歴史ポタをご一緒してきました。

 この「関東の戦国時代」は、流山市立博物館の企画展「中世の流山を探る」に併せた記念講演で、私が受講した「ふるさと入門講座 中世コース」も含め、流山中世三部作です。この講演は是非行きたいと思っておりました。最近かなり忙しくスケジュール的に厳しかったのですが、なんとか参加することができました。

 この日集ったのは横山さんをはじめ、たすけさんサスケハナさんご夫妻断腸亭髭爺さん、そして東葛人。もう無類の歴史好き(?)が集りました(笑)。で、講演会までどこを走ろうという話になった時、横山さんがたすけさんに先導役をパス。

 「聞いてないよ」のたすけさんでしたが、さすが地元力。これまで知らなかった流山を案内していただきました。まずはルート地図をご覧下さい。流山超高密度ポタと相成りました(笑)



 まずは赤城神社。流山の発祥の地です。それから、イトーヨーカ堂で横山さんが虫除けスプレーを買って、東福寺へ。ここまではとてもオーソドックス。ただ、東福寺の境内に自転車でそのまま行けるとは、この日初めて知りました。

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 東福寺では目つぶしの鴨と仁王様にご対面。この目つぶしの鴨は、左甚五郎作と伝えられる相当あやしい彫り物です。左甚五郎作というだけで、もう嘘くささ満点です(笑)。その辺りの話はこちらでどうぞ。

DSC00827 次は伊勢屋さん。これは凄いビジュアルのお店でした。せんべい屋さんとのことです。いなり寿司も売っているとのことでしたので、昼食代わりに買おうかと思ったら、残念、この日は作っていなかったようです。

 それにしても乱立する看板の文字はヘタウマの境地。なかなか味わい深いですね。たすけさんによると、ここのオバサンは無類の話好きだそうですので、いつか改めて訪ねてみたいですね。

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 次は鰭ヶ崎三本松古墳。これは知らなかったです。教えてもらわなければ、絶対に入れないような小道の先にありました。前方後円墳だそうですが、古墳のかなりの部分が削り取られたしまったとのこと。なぜか稲荷神社の祠がありました。訪れた時は木の葉の覆われて景色が楽しめませんでしたが、葉が落ちると絶景とのこと。冬場にまた訪ねてみます。

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 鰭ヶ崎三本松古墳の後は、思井の熊野神社。この神社は私も大好きな神社で、何とも言えない風情がありますね。この神社は八木郷伝説の発祥の地です。その話は随分前に書きましたので、こちちをお読み下さい。

 その後、こんな道があったのかと驚愕した小道を走り、昼食の場所を求めて放浪しました(笑)。

DSC00836 で、昼食は金太郎鮨の流山店です。このお店、美味い回転寿司が登場するまでは、かなり評判になったとのことです。私は初めて入りました。にぎりランチの1.5を注文しましたが、思いのほか美味しく、量も十分でコストパフォーマンスが高かったです。

 この店で、皆さんと歴史談義。うーん、メッチャ楽しい。東葛地域の中世の話はもちろん、どんどん話は発展し尽きることを知りません。鳥見神社や物部伝承の話もできて、本当に愉快に過ごせました。

 この後、大原(だいばら)神社から流山の景観を楽しみ、そして「関東の戦国時代」の講演会場である流山市生涯学習センターに向かいました。

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 さて、本日のメインイベントの講演です。講師は駿河台大学准教授の黒田基樹先生。で、冒頭の「誰もが人殺しをした時代」「何もしなければ餓死者がでる時代」から講演が始まりました。

 確かに、戦国時代は気候が寒冷化したため、飢饉の時代でした。黒田先生の話では、当時の村は“政治組織”であり、生き残るために武装し、他の村を襲撃していたとのこと。特に戦国大名の徴発に応じて出征した村民は、敵地で略奪の鬼と化したそうです。

 村が大名に協力するのも、略奪が権利として与えられるから。逆に襲撃から村を守るために、敵対する戦国大名の間で二股をかけるなんてことは当たり前。それでも襲ってくる略奪者には、村民が兵となり戦ったそうです。

 戦国時代の戦争は略奪戦争だという話を以前聞いたことがありますが、これほど凄まじいものだったとは初めて知りました。少なくとも、戦国大名の狭間で翻弄される無辜の民というドラマのイメージは、実際とはかなりかけ離れていますね。略奪者と化した村人は戦国武将よりも恐ろしかったようです。

 講演会ではゆるさんも合流。そして講演終了後、皆さんで流山市立博物館に向かい、企画展「中世の流山を探る」を見せてもらいました。実は、私は何度も訪れています。学芸員の方にも顔を覚えられ、「何度もありがとうございます」と声を掛けていただきました(苦笑)

 それでも、皆さんとワイワイ話しながら観るのは、とても楽しいです。企画展だけでなく、常設展でもあんなに盛り上がるとは思わなかったです。なんせ、たすけさんがスイッチ入っちゃっています(笑)。流山の昔を語り尽していただきました。それに、ブログにはとても書けない恐ろしい話も・・・。

 横山さんやたすけさんをはじめ皆さんのお陰で、本当に楽しい歴史ポタになりました。ありがとうございました。

toukatsujin at 09:42|PermalinkComments(8)TrackBack(0) 東葛地域ネタ | ポタリング

2009年09月20日

またやっちゃいました!「ペルシャ馬」に遊ばれているのかも(笑)

 昨日の土曜日は折り畳み自転車のPacific-18で軽めのポタに出掛けました。最近、自分がマヌケだと思う出来事が多いのですが、またやってしまいました(苦笑)。そんなわけですので、ご笑覧ください。

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 今年の2月に、このPacific-18のシートポストに携帯ポンプやタイヤレバーなどを入れておいたら、それが全部、いつの間にか落としていた話を書きました。

 実は、Pacific-18やBD-1のシートポストの直径は広く、いろんなものが入るのです。問題は何でフタをするかですが、BD-1系の自転車の簡易リアサスであるエラストマがちょうどよいフタになります。この辺りの話はこちらでお読みください。

 なぜ落としたかですが、エラストマのフタをきちんと締めていなかったようです。いつの間にかフタが外れ、シートポストの中に入れておいた空気入れなども落ちてしまったのでしょう。呆れたことに、落としたのに全く気づきませんでした。

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 で、最近、ようやくこの“仕込み杖”を復活させました。細身の携帯ポンプを買い、タイヤレバーと共にシートポストに挿入し、やはり新しく買ったBD-1のエラストマでフタをして完成です。

 エラストマをフタにするには、エラストマの中央の穴にボルトを通し、それに蝶ナットをはめます(もちろん、エラストマの両端には特大のワッシャをかませます)。パンク修理セットや携帯ポンプをシートポストに入れた後、シートポストの先にエラストマをはめ込み、蝶ナットを締め込むと、エラストマが膨らみ、シートポストの内側に密着し外れなくなります。

 実はシートポストの中身を落としてから随分になりますが、そのことをすっかり忘れていました。もし住処から離れたところでパンクしたら、かなり悲惨なことになったかもしれません(苦笑)。ようやく仕込み杖を元に戻したので、これで安心です・・・のはずでした。

 そして昨日の土曜日です。Pacific-18で向かったのはモラージュ柏。別にショッピングセンターには用がなく、そこに残る野馬土手を見るためです。この野馬土手が残っていることは知っていたのですが、場所がどうしても分かりませんでした。以前、流山市立博物館の野馬土手講座を受講した時に、エールさんに場所を教えていただいたのですが、行く機会に恵まれず。ようやくの訪問です。

 で、大堀川沿いを走り、モラージュ柏に近づいたこの辺りで、カシャンと何かが落ちる音がしました。一瞬、気のせいかと思いましたが、ちょっと胸騒ぎがして、戻ってみるとタイヤレバーが散乱しているではないですか。「げっ!」と思って、シートポストの先端を見てみると、エラストマのフタが無い!

 また、落としてしまいました(涙)。しかも、周りを探してもエラストマのフタがどこにもありません。どうやら、随分前に落としたようです。携帯ポンプをレジ袋に入れて収納していたため、どうやらタイヤレバーはその袋に引っかかり、エラストマのフタが外れた時に一緒に脱落せずに済んだようです。携帯ポンプは半分ぐらい出たところで止まっていました。

 それにしても・・・マヌケだ。またエラストマを蝶ボルトで締め付けるのが甘かったようです。やはり学習効果のない私です。とにかく、探してみようと思い直し、来た道を戻ってみると・・・。

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 随分戻りました。やはりダメかと諦めかけた時、大堀川のこの辺りで黄色のエラストマを発見! 喜びのあまり、その感動を記録すべく写真を撮りました・・・というのは嘘で、見つけた瞬間、ブログのネタにしようと思ったのです(笑)。

 それにしても、よくそのまま残っていたものです。考えてみれば、何の用途に使うかよく分からない得たいの知れない物体ですから、誰も手に取ろうなんて思わなかったのでしょう。ただ、犬にくわえられたり、子供に蹴っ飛ばされたりしたら、アウトでした。

 今度は蝶ナットを思いっきり締めて、一件落着です。しかし、この調子なら、またやるかもしれませんね(苦笑)

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 さて、気を取り直して、再びモラージュ柏へ。そして、これがモラージュ柏とマンションの境に残る野馬土手です。この野馬土手は大堀川の北側に点々と残る高田牧の土手の東端です。それにしても、よく野馬土手が残ったものですね。この辺りはモラージュ柏をはじめイオンタウンやヤマダ電機が集る商業地区として整備され、周りとは全く違う景色です。

 野馬土手は西側から立ち上がり、東に行くほど高くなります。東側は金網のフェンスで完全に隔離されており、よく見えないのが少し残念ですが、これならば永久保存されることでしょう。

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 帰路の途中、久しぶりにオランダ観音に立ち寄りました。鳥居が白く塗られ、少しおしゃれになっていました(笑)。

 ところで住処に戻り、2月にシートポストの中身を落とした記事を読み直して、ちょっと驚きました。このときも大堀川を経由して、オランダ観音に行こうとしていたのですね。どうやら、祀られているペルシャ馬に、私は遊ばれているようです(笑)

 そう言えば、このペルシャ馬に関する話を書こうとして、それっきりになっているのも思い出しました。これを含めて東葛の歴史オタ話は3つほどあるのですが、なかなかアップする機会がありません(苦笑)

toukatsujin at 08:04|PermalinkComments(10)TrackBack(0) ポタリング | 東葛地域ネタ

2009年09月12日

超遅アップのビール工場ツアー、で、アサヒ vs キリン風に書いてみました(笑)

 案の定、超遅アップとなってしまいました(苦笑)。先週の土曜日、自転車仲間のspiritさんにご企画いただいたビール工場見学ツアー「去りゆく夏を惜しむ生ビールの会」の話です。ここのところ忙しさは尋常ならざるものがあり、公私ともどもバタバタしておりました。

 と、言い訳はこの辺にして本題。このツアー、守谷のアサヒビール茨城工場とキリンビール取手工場をハシゴして、さらに3次会の飲み会になだれ込もうという恐るべき企画でした(笑)。当然、今回は自転車の出番はありません。まさに足と電車とバスを使った「大人の遠足」(by たすけさん)でした。

 で、フルタイムの参加はspiritさんをはじめ、103さんワンチャンさん、takezawaさん、そして東葛人、アサヒ工場と3次会の参加がたすけさん、アサヒ工場のみの参加が翌日センチュリーラン笠間に参加するはんぞうさんまっちさん、わいずさん、ザンコーニさん、3次会のみの参加がIKAWAさん、おっしーさん、よどさんでした。

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 さて、ビール工場ツアーですが、この期に及んでは、普通に書いてもつまらないので、アサヒvsキリン風に書いてみます。左の写真がアサヒービル茨城工場、右の写真がキリンビール取手工場です。

 一応、工場見学ですから、ビールの製造法を一通り学びます。二条大麦とホップと水を原料に・・・2回も続けて聞くと、さすがに頭に入りました。ただ工場施設の撮影は禁止されているので、そんな話は省きます。言いたかったのは、たたビールを飲みに行ったわけではないということです(笑)

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 アサヒの工場は1991年竣工、キリンの工場は1970年です。この21年の差は大きかったです。

 アサヒの工場は最初から見せることを前提に工場を設計してあるかのようでした。最初に案内されるオリエンテーションシアター・ルームでは、上演終了後に前方のパネルが下がり、工場内の庭が一望できる仕掛け。ちょっとしたサプライズ演出で来訪者の心をつかみます。

 一方、キリンの工場のほうは、オリエンテーション・ルームはちょっとレトロな公民館の上演会場といった趣。見せる仕掛けではアサヒに負けてますが、工場内には麦汁の香り(?)が強烈にたちこめ、飲料系の工場にやってきたという臨場感があります。そう言えば、アサヒの工場は全く匂いというものがなかったですね。

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 さて、お楽しみの試飲です。両工場ともグラス3杯まで試飲できます(キリンの工場は普段は2杯までだそうですが、この日は3杯までOKでした)。

 やはりアサヒは演出上手。すべてはお客様の「うまい」のために、と例のキャッチフレーズを連呼された後で、地上60mの試飲会場でスーパードライを飲むと、本当にうまく感じます。実は私、スーパードライはあんまり好きじゃないのですが、作りたてということもあり、おいしく頂きました。

 キリンのほうは、ごく普通の試飲会場。一番絞りの試飲がメインですが、提携して作っているハイネケンがうまかった。残念なのはラガーがなかったことです。実は、私はキリンビール党。特にラガーが大好きなので、出来立てのラガーを飲んでみたかったです。

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 お世話になった両工場のガイドさんです。アサヒのAさんはアイドル系のノリ、キリンのHさんは松本明子系のノリといった感じです。お二人ともとても明るく、なかなかの名ガイド。すっかり楽しませていただきました。

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 こんな演出もありました。アサヒの工場は庭の池を渡る回廊の天井にプリズムが仕込んであり、お昼ごろにご覧のような虹が廊下に出来ます。それがどうしたと言えば、それまでなのですが、実に細かな演出ですね。

 一方、キリンのほうは、そんな演出の仕掛けはありませでしたが、試飲会場にあった氷のビールサーバーがナイスです。ハイネケンを0℃以下で味わうという代物で、「ハイネケン エクストラ コールド」としてプロモーションの最中のようです。冷たすぎるのはいかがかと思いましたが、思いのほか美味でした。

DSC00810-3DSC00813 ところで、キリンの試飲会のアトラクションで、ワンチャンさんが泡の土手作りにチャレンジし、見事な土手を作りました。

 やり方ですが、まず高いところからグラスにビールを注ぎ、グラスを泡だらけにします。その後、泡が落ち着いてきてグラスの半分ほどになったら、普通にビールを注ぐ。そしてしばらく落ち着かせて、再びビールを注ぐと、こんなふうに泡が盛り上がっていくそうです。

 それにしても、ワンチャンさん、お見事でした!

DSC00769 ところでこの日は、牛久沼ポタの時にご一緒したエドさんから差し入れを頂きました。たすけさんによるとご本人は下戸なのにわざわざ差し入れを用意していただいたそうです。

 もう感謝です。アサヒの試飲会でみんなで味わいました。お陰で素晴らしい飲み会、いや試飲会になりました(笑)

 感謝と言えば、spiritさんに本当に感謝です。「この前に行って、あまりに楽しかったので、その楽しさを皆さんと一緒に」との趣旨でご企画いただいたそうですが、本当に楽しかったです。もちろんビールの製造法も学べて、有意義でもありました(と単に飲んでただけじゃないよと言いたい、笑)

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 ところで、アサヒの工場見学が午前で、キリンの工場見学が午後。その間に取手で昼食を採りました。駅ビルの中にあった「鬼や」という店で、十割蕎麦を食べましたが、これが結構いけました。鬼やはチェーン店らしいのですが、この十割蕎麦は腰があって良いです。しかも、大盛りでも普通盛りと値段は変わらず500円。とてもリーズナブルでした。

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 で、食事の後、時間があったので、久しぶりの取手本陣へ。いつ来ても、ここは良いですね。この日は、いつもは立ち入れない殿様の間である「上段の間」も開放されていました。そこで、すっかりくつろいで、なごませていただきました。

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 ということで、なごむspiritさんです(笑)

DSC00816 さて、ビールツアーが終わった後は、柏の「福みみ」で3次会です。皆さんとはいろんな話をしたはずですが、あまり覚えていません(苦笑)。

 ただ、この写真だけは、撮影意図を覚えています。写っているのはサントリーのプレミアム・モルツ。つまりアサヒ、キリン、サントリーの3銘柄の飲んだぞ、という意味ですね。これでサッポロのエビスを飲めば完璧でした(笑)

 さらに4次会への突入。ですが、情けないことに、私は眠くなり撃沈モード。うーん、チーム東葛の飲み会で2連敗です。ちょっと疲れと睡眠不足が溜まっていたと言い訳しておきます(苦笑)。ですから4次会の後、IKAWAさんが駅で焼酎をラッパ飲みしていたなんて、覚えていません(笑)

toukatsujin at 00:05|PermalinkComments(14)TrackBack(0) 自転車とちゃいます 

2009年09月05日

鎌ケ谷の森の道に感動して、こんなルートを作りました

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 鎌ケ谷市にこんな森の道があります。大津川の上流の右岸(東岸)沿い、鎌ケ谷の市制記念公園の脇を通る約900mの未舗装の道ですが、鎌ケ谷の印象が変わるほどのインパクトがあります。なんせ鎌ケ谷は、自動車の交通量が激しく、自転車で走って楽しいところがあまりない印象なので、こんな自然豊かな道がある自体、大変な驚きなのです。

 で、この森の道を使ったポタルートができなものかと思い、このところ鎌ヶ谷方面を走っていました。そうしたらありました。手賀沼から大津川沿いを南下し、この森の道を走り、江戸時代の小金牧の野馬捕獲である「初富の捕込」に向かうルートが出来上がりました。まずはルート地図をご覧ください。



 未舗装道をメインに据えたポタルートなので、ロードレーサーではちょっと苦しいです。MTB、クロスバイク、ママチャリで走りましょう。私の場合、MTBのAttitude?で走りました。

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 大津川が手賀沼に注ぐヒドリ橋からスタート。すぐに大津川の土手を離れて、大津川ルートの舗装道を走りましたが、土手の草が枯れる冬場には、可能な限り大津川の土手を走るのも楽しいです。

 大津川ルートは途中で大津川から離れるコース設定ですが、今回は大津川に沿ってさらに南下します。大津川ルートは左岸(西岸)を走りますが、その先は右岸(東岸)側の道を走ったほうが、分かりやすいですし、変化もあり楽しいです。

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 左岸から右岸にスイッチするポイントは、この立派な庚申塚が目印です。この庚申塚を通り過ぎ、信号のある交差点を渡ったら、次のT字路を左折して右岸に向かってください。この辺りはIKAWAさんが詳しいですね(笑)

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 右岸の道に出て丘を越えたら、沼南高柳高等学校の建物が見えてきますので、高校の方へ走ってください。高校の門に突き当たったら左折。地図では途中で道が消えているのですが、小さな林の道があり、そこを抜けることができます。

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 で、その後もひたすら南下すると、未舗装道になります。ただし、このお目当ての森の道ではありません。しばらく走ると、再び舗装道に出ますので、さらに南下します。

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 そうしたら、こんな薄暗い森の入り口が見えてきます。

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 お目当ての森の道ですが、実に素晴らしいですね。1km近くある一本道のせいか、人があまり通りませんので、どこかの深い森に迷い込んだ錯覚にとらわれます。しかし、ここは鎌ケ谷。梨園のほかは一部を覗いて都市化が進んでいますので、こんな道が残っているのは実に意外です。

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 気分よく走り、市制記念公園の脇を抜けたら、上り坂です。一気に景色が鎌ケ谷市になります(笑)。坂を上がりきったら右折して、北総線をくぐって北側の道路を西へ。アクロスモール新鎌ケ谷の北側から回り込んで、目的地の初富の捕込に向かいます。

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 で、久しぶりの初富の捕込です。捕込の詳しい情報は野馬土手のページをご参照いただくとして、帰路を急ぎます。同じルートを走っても楽しくないので、松戸の五香方面を目指すことにしました。

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 こんな梨園の道を走り、新京成のくぬぎ山駅方面を走りました。五香十字路からは富士川経由で、富士見橋方面から帰路に着きました。これは、第5回東葛ポタでも使った走り慣れたルートです。もちろん、五香十字路から大津川を目指し、手賀沼へ戻る手もありです。それはこちらをご参照ください。

toukatsujin at 09:03|PermalinkComments(8)TrackBack(0) ポタリング | 東葛地域ネタ