2010年02月11日

シュールな歴史のミステリー(笑)、完全に残る十三塚を訪ねました

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 柏市の藤ヶ谷に、人知れず佇むこんなドーム状の盛り土があります。この大きなドームを挟んで、一直線に13個の盛り土が並んでいます。これは古墳ではありません。十三塚というものだそうです。

 この藤ヶ谷十三塚は地図を眺めていて、偶然見つけました。何だろうと思ってネットで調べてみると、こんな情報がありました。なんでも十三塚というのは、鎌倉時代から江戸時代にかけて、全国で造られたとのことです

 で、十三塚は何ものかですが、十三人の侍を葬ったものだとか、十三仏思想に起因するものだとか、いろんな説があるそうです。要は、よう分からんということのようです(笑)。それはともかく、千葉県でまともに残っているのは、この藤ヶ谷だけとのこと。

DSC02179 こりゃ、見てこなきゃ。ということで、今日ロードレーサーに乗り、出かけてみました。実は、最近この辺りの道をよく走ります。東葛の逆三角形を走るときに、海上自衛隊の下総基地まで走らず、手賀農免農道から大津川への抜け道として使っています。

 手賀農免農道から国道16号を経て、今井落の支流の谷津を走り、県道8号を越えて大津川ルートへと出ます(ルート地図はこちら)。最近の「谷津の道」開拓の一環として見つけました(笑)。そして、藤ヶ谷十三塚はこのルートの北側にありました。

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 さて、この藤ヶ谷十三塚ですが、なかなかシュールでした。誰も通らない林の小道の脇にひっそりと佇む姿は、まさにミステリーサークルのような趣があります。何のために造られたか分からないだけに、いろいろと想像力をかきたてられました。

 ただ、盛り土が13個並ぶと言っても、冒頭の写真で紹介した、真ん中の第7番の盛り土以外はあまり目立ちません。左の写真ですと、一番左が第7番塚で、そして中央が第8番、右の木が生えたのが第9番の塚です。

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 さて、この藤ヶ谷十三番塚がある小道を見つけるのは、かなり困難です。特に西側からアプローチすると、「これは道だろうか」と不安をいっぱい抱えて行かなければなりません(笑)。ぜひ皆さんも、アプローチしてみてください。結構楽しいですよ。

手賀農免農道から大津川への抜け道のルートです。


toukatsujin at 22:45│Comments(10)TrackBack(0) ポタリング | 東葛地域ネタ

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この記事へのコメント

1. Posted by tatsuo1   2010年02月12日 06:34
十三塚ははじめて知りました。
ミステリーを感じますね。
城跡ポタ・神社ポタより、かなり面白そうです。
このようなミステリーポタにまた出かける際は、ご一緒させて下さい。
2. Posted by はんぞう   2010年02月12日 21:29
あれれーーー

私の「沼南の歴史を歩く」第3回でどうしても見つけられなかった場所です。
てっきり消滅かと思ってました。
ルート図頼りにリベンジ行きます。

明日教えて貰ってもOK(笑)
3. Posted by 東葛人   2010年02月13日 00:35
tatsuo1さん、こんばんわ
私も十三塚は初めて知りました。
かなり不思議な光景でした。
では今度、ミステリー探索&写真撮影ポタでも企画しますか(笑)
4. Posted by 東葛人   2010年02月13日 00:38
はんぞうさん、こんばんわ
「沼南の歴史を歩く」で探していらっしゃったとは知らなかったです。
確かに、場所はムチャクチャ分かりにくいです。
特に西側から行くと、まるで民家の敷地に入っていくような感じで、この先に十三塚があると確信を持っていないと、とても入っていけません。
ということで、明日もっと詳細をお教えします。
5. Posted by 諸人   2010年02月13日 08:12
東葛人さん、すごいものを見つけましたね。
グーグルアースではどういう方向に並んでいるかわかりません。
もしかして、筑波山の方向を向いていませんか?
6. Posted by 東葛人   2010年02月13日 20:13
諸人さん、こんばんわ
本当に不思議な造形物でした。
地図で見たときだけでなく、実際に見たときも驚いてしまいました。
塚の並びはほぼ東西だと思いますので、筑波山のほうが向いていません。
この向きにどのような意味があるのか、あるいは意味は無いのか、今のところ全く分かりません。
7. Posted by 諸人   2010年02月14日 21:34
東葛人さん、こんばんわ。
以前、船橋茂侶神社と日光男体山を結ぶ線上に松戸、流山の茂侶神社があると書きましたが、この藤ヶ谷十三塚は、船橋茂侶神社と筑波山を結ぶ線上にあります。
藤ヶ谷十三塚は、筑波山に正対する形で並んでいるようです。
地図も道しるべすらなかった古代の関東開発は、富士山、男体山、筑波山といった山を目印に、開発拠点と山とを結ぶ見晴しのいい高台に烽火台を置くことで通信を行っていたのではないかと仮説を立てて色々探っています。
三輪山(御諸山)も物見山でもあり、烽火台があったはずなのですが・・(笑う)
8. Posted by 東葛人   2010年02月14日 23:10
諸人さん、こんばんわ
なるほど、筑波山に正対する形ですか。
興味深い仮説ですね。
十三塚や三輪山が烽火台だったというも、有り得そうですね。
これに物部や蝦夷、それに海人などの歴史が絡みそうで、面白いですね。
私は5〜6世紀の古代史にはまっておりますので、今後とも情報交換をよろしくお願いします。
9. Posted by やっぱ   2010年02月20日 18:55
晴れて風も穏やかだった今日の午後は、東葛の逆三角形を走って藤ヶ谷十三塚にも行ってきました。
福寿院を訪れたあと抜け道ルートを途中まで使い、西側からアプローチ。確かに「これは道だろうか」というところを行かなければなりませんでしたが、東葛人さんのおかげで確信を持って入っていけましたし、実は自転車の轍の跡がありましたので、不安は抱えずにすみました。
十三塚の前ではまるで異世界/別の時代にいるような気分でした。真ん中の第7番塚も写真で想像したより随分大きく感じましたし…、やはり一度は実物を見に行くことをおすすめです。
それと抜け道ルートには途中にコンビニ(7-11)があるので、エネルギー補給/トイレ休憩にも役立ちます。
10. Posted by 東葛人   2010年02月21日 18:01
やっぱさん、こんばんわ
早速、十三塚に行かれたのですね。
本当に異世界/別の時代のようですよね。
第7番塚はおっしゃる通りで、私も予想以上に大きいという印象を持ちました。
>実は自転車の轍の跡がありました
私もしっかり轍をつけておきましたので、ひょっとしたらやっぱさんのお役に立てたかもしれません(笑)
コンビには気づきませんでした(苦笑)

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