洞泉寺住職の日常

長野県伊那市美篶の曹洞宗 洞泉寺のブログです。

洞泉寺のホームページもご覧ください。
www.tosenji.jp

このところ私は、静電気を実感しています。
もはや静電気の季節とは言い難く・・・
今更何を言い出すのかと・・・

静電気と言えば、やはり冬・・・

私も車のドアで「バチッ」となります。
しかし、あまり気にしていません。

アッ静電気・・・
と思うだけで、ほぼ相手にしていません。

だって、一瞬じゃないですか。
その後に痛みが続くわけでもなく・・・
後遺症が残るわけでもなく・・・

そう言えば、ある人から「引っ越したらバチッが無くなった」という話を聞きました。
マンションから新築した一戸建ての家に引っ越したらバチッが無くなったそうなのです。

実は、その家に秘密があるようなのです。
土と木の家なのです。
床は無垢の板張り、壁は土壁。

そして薪ストーブが土間に鎮座しています。
しかも、この土間が昔ながらの土間・・・
そう、石畳とかではなく、土の土間・・・

土の土間って・・・
当たり前と言えば当たり前ですが、今時珍しい。

その人曰く、マンション暮らしの時は知らず知らずのうちに体に帯電していたのではないかと・・・
それが、土と木の家に住むようになって、自然とアースされるのではないかというのです。

そんなもんか?と思いましたが、実体験だからそうなのでしょう。
ということは、昔は静電気なんて感じなかったんですかねぇ・・・
どうなんでしょう、昔を知っている方。

確かなのは、昔の人って、それこそ大地に素足で立っていましたから、自然にアースされてましたよね。
私がお世話になった東洋医学の師匠は、「天地人一体の法」というものを勧めていました。
名前は大袈裟ですが、やることは大地にゴザ引いてうつぶせに寝るだけ。
でも、体験者は大喜びしていました。

私たちも田舎に住んではいますが、なかなか大地に素足で触れる機会がありません。
農家の方も裸足で作業することなんてないでしょうしね。
素足で大地に立つってことも大切なのかもしれません。

さて話を戻しますが、なぜ今、私が静電気を実感しているかというと・・・

「すね毛」です・・・

えーっと・・・
ちゃんと説明します。

私は冬は着物や作務衣の下に足首まであるズボン下を穿いています。
寒がりですから、少々厚手のやつを穿いています。
寒がりですから、4月になっても穿いています。
寒がりとはいえ、5月になると暑苦しくなります。

暑くなっても、着物の時は裾捌きの為もあり、膝までの薄手のズボン下を穿きます。
すると、膝から下が露出するわけです。
この状態で着物を着ると、脚と着物が擦れて静電気が発生するのです。

「すね毛」です・・・

静電気で、すね毛がモワッと逆立つのです。
それがなんとも気持ち悪い・・・

バチッというのは気にしない私ですが、モワッは気になるのです。
そこで、静電気防止スプレーを着物の裾にシューしています。
まるでスカート穿いている女子みたいです。

季節が進み、湿度が高くなると大丈夫ですが、この季節の風物詩です。
情緒の無い風物詩です。
すね毛で夏が近いことを感じるのです。

最近は天然素材100%の着物が少なくなり、取り扱いが楽な化学繊維混合の物が増えています。
静電気はそんな影響もありそうです。

なんだか長文になりましたが、要約すると・・・

もっと、自然に触れよう!・・・です。

伊那仏教会で幼稚園に行ってきました。

伊那仏教会とは伊那市を中心とした宗派を超えたお寺のグループです。
この4月から、私が会長になりました。

会長と言っても、別に人望があるからなったわけではなく・・・
単なる順番です、ハイ。

この伊那仏教会では毎年幼稚園や保育園に出張して「花まつり」を行っています。
こども達と一緒にお釈迦様のお誕生日を祝おう・・・というわけです。

20人ほどの坊さんたちが幼稚園に行くわけですが・・・
こども達は坊主頭の集団に引くことなく大歓迎してくれました。
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こんな感じで甘茶をかけてお参りしてもらいます。
因みに写真がボケているのは私のiphoneのカメラの不具合です。

直そうか、機種変更しようか・・・
そう思いつつ数か月・・・
まあ結果的に、いい具合に個人情報が保護されています。

そして某寺の副住職さんによる紙芝居・・・
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紙芝居スキルが年々上昇して、今回もなかなかの出来でした。

こども達と過ごす時間は楽しいです。
今度はみんながお寺に遊びにきてね!




今回の大般若会(だいはんにゃえ)は良かったです(good!)。
いや、今までの大般若会が良くなかったという意味ではありませんよ。

ステップアップしたというか・・・
新しい時代に入ったというか・・・
導師を勤めていて、確かな手ごたえがありました。

お寺の行事に限らないことかもしれませんが、永く続く行事は「形骸化」と向き合わなくてはなりません。
義務感を持って、ただ続けることだけに意味を持たせている・・・
そんな場合が少なくないように思います。

しかし、「生きる」ということは常に現役でいるということです。
行事も生きていなくては意味がありません。
意味がないなら止めた方がいい。

無意味なことに時間を費やすほど、私たちの「生」は安くないのです。

どんなに大きな声で叫んでみても、その声の届く範囲は限られています。
でも、私たちの「願い」は距離を超えて届きます。

「願い」が世を変えるのです。

ただ闇雲に叫ぶのではない・・・
ただ昔の型をなぞるのでもない・・・
確かなノウハウがあるのです。

だけれども、一人ではできないのです。
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総代様をはじめ、婦人会の皆様、ご参列の皆様・・・
この大般若会を行うにあたって、多くの方々のご協力を頂きました。
心より感謝申し上げます。

皆様のお働きが無駄にならない大般若会ができました。

そして、二胡を演奏して下さった「二胡楽胡(にこらっこ)」の皆さん。
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とても素晴らしい時間でした。

いつかふり返った時・・・
「あの二胡楽胡さんたちが来てくれた時が最初だったね」
そう思う時が来ます。

ニコニコしながら門をくぐり、帰るときにはなぜかもっと幸せな気分になっている。
洞泉寺はそんな場所になっていきます。

ご縁に結ばれた皆様、これからもどうぞよろしくお願い致します。




今となっては、それが悪徳業者だったのかどうかはわかりませんが・・・

私が小学生の頃ですから、かなり昔の話です。

消火器の業者が実家に来ました。
そして、何やらチェックして・・・

「もう期限切れですから、替えた方がいいですよ」

詳しい状況は覚えていませんが、母は同意して新しい消火器を買うことに・・・

「古い消火器はもう使えないの?」

そう問いかける母に対して消火器屋のオジサンは・・・

「ええ、もう使えません」

そんなやり取りを見ていた私は、その消火器をいじってみたい衝動にかられたのでした。
だって、使えないんだったら大丈夫でしょ・・・

皆さん、もうおわかりですね。

私は庭で消火器の握りを思いっきり・・・

プシューーーーーー!!!!!!

真っ白な粉がものすごい勢いで噴射されました・・・・

オジサンは慌てて飛んできます。
私は消火器のノズルを持ったまま右往左往・・・

オジサンも成す術なく、粉はすべて吐き出されたのでした。

庭は真っ白・・・
小さな池も真っ白・・・
辺りは銀世界・・・

言葉なく立ち尽くす私・・・
無言の母・・・
どこからか箒を見つけてきて必死に掃くオジサン・・・

小学生といえども思うことはひとつです。

「オイ、使えるじゃねえか、この消火器・・・」

「大丈夫です、大丈夫です、毒は無いですから、池の鯉は大丈夫です・・・」

必死で安全性を強調するオジサン・・・

小学生といえども分かります。

「そういう問題じゃねーだろ・・・」

・・・

その後のことは良く覚えていません。
きっと「このクソガキ、余計なことしやがって・・・」
と思ったんだろうな、オジサン。

今、お寺に来てくれている方はちゃんとした業者さんだと思いますけど・・・

いつかチャンスがあれば聞いてみようかな・・・

「この古い消火器、もう使えないの?(ニヤリ)」

H30 大般若会 チラシ(表面)
今年も大般若会の季節がやってまいりました。
大般若会については昨年の記事で説明をしましたので、ご参照ください。

去年は大般若会に併せて息子の得度式を行いました。
あれからもう1年経つのか・・・

そして私が洞泉寺へきて丸6年となります。
6年の間に、本当に色々なことがありました。

私自身も日々変化していますが、洞泉寺も変わったと思います。
そしてこれからも変わり続けます。

施設面では、寺務室を含めた住居部分の建築や庫裡の耐震対策、あるいはトイレの改修などが計画され実現されつつあります。

今年の大般若会のテーマは「願いが世を変える」です。

すべてのものはひと時も留まることなく変化してゆきます。
それが無常ということです。

変化するからこそ、成長もあり、老いもあります。
変化するからこそ、良くもなり、悪くもなります。

この一瞬に「死」があり「生」があります。

大切なことは「意志」を持つことです。
いや、自分の本当の「意志」に気付くこと、と言った方が正確かもしれません。

大般若会では、人類の本当の「意志」を発信します。
その「意志」=「願い」が世を変えてゆくのです。

今年は大般若会の後に『二胡』の演奏会を行います。
二胡はその昔インド辺りで使われていた弦楽器が、中国に広がって発展したものだそうです。

そして、それが今日本へ・・・
その流れは、仏教と同じですね。
お寺で演奏される意義は大きそうです。

お寺の行事は敷居が高いと思ってますか?
役員の方だけが集まるものと思っていますか?

決してそんなことはありませんよ。

ふと「行ってみたいな」と思ったあなた。
そんなあなたをお待ちしております。

大般若会は事前申し込みは不要ですから、どうぞ門をくぐってみてください。

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