洞泉寺住職の日常

長野県伊那市美篶の曹洞宗 洞泉寺のブログです。

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やはり電球が切れて消えているというのはいけません。

位牌堂の電球が一つ消え、二つ消え・・・
ついには半分になっていました。

切れたのなら取り換えればいいじゃないか・・・
そう思うのは素人というものです。
なにせお寺の天井は他界、いや高いのです。

簡単には取り換えられません。
それに時代はLEDです。
安くなったとはいえ、昔ながらの電球に比べると少々値がはります。

そんなこんなでズルズルと放置していました。
しかし半分消えているのは流石にまずいだろう・・・

ということで・・・
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すべてLEDに取り替えました(拍手)。
さも自分が取り替えたが如く言っていますが、総代三役さんがやってくれました(感謝)。
明かりがすべて灯っているというのは良いものです。

闇を取り除くことはできません。
明かりを灯すことによって、闇は消え去るのです。

心に闇を抱えているとき、その闇を見つめてはいけません。
私たちの敵は闇ではないのです。

一体何に怯えていたのだろう・・・
明かりを灯してみたら、もう闇なんてどこにも見つからない・・・

もうすぐ春・・・


「これ、住職さんだけには見てもらう。ほかの誰にも見せない。」

そう言って差し出された小さな紙・・・

そこにしたためられた文字を追いながら、私は涙をこらえた。

その方は開拓者として大地を拓いた。
並大抵の苦労でなかったことは想像に難くない。
寄り添う奥様も、どれだけの辛苦を味わったのだろう。

子供が生まれ、時代を読み、工場を始めた。
残業を重ね必死で子供を育てた。

育て上げた子供たちは、やがてそれぞれの道を歩み始めた。
これから二人でゆっくり楽しむか・・・

そんな時、奥様の体を難病が蝕んだ・・・
病は徐々に体に自由を奪っていった・・・

それでも奥様は頑張った・・・
その時間は20年を超えた・・・

そして・・・
奥様は旅立った・・・
他人から見れば、十分に生き抜いたと言えるだろう・・・

「それでも平均寿命は超えたからな・・・」
息子さんはそう言った。
たぶん自分に、そして支え続けた家族に対してそう言ったのだ。

私はその言葉を聞き流した。
いや、聞き流すことしかできなかった。
そこにいる誰一人として、簡単に別れを認めるわけにはいかないのだから。

ご戒名にお名前の一字である「悦」を入れることにした。
それは家族の希望でもあった。

息子さんがぽつりとつぶやいた・・・

「でも、悦という字が相応しい人生ではなかったようにも思う・・・」

働いて働いて・・・
子供達を一生懸命育て上げ・・・
そしてこれからというときに病気になって・・・

枕経の時、一枚の写真を見せてくれた。
10年ほど前に庭で撮ったという夫婦の写真。

楽しそうに笑うご主人。
そして顔をくしゃくしゃにして笑いながら、ご主人に体を預ける奥様。

「これ誰が撮ったんだっけ? お前か?」
「いや、兄貴じゃないの? それにしてもなんでこんなに笑ってるんだろう?」
「お前がなんかおかしなこと言ったんじゃないの?」

少なくとも、そこには「悦」に相応しい人生が見えた。

差し出された小さな紙・・・
それはご主人が奥様に宛てた手紙だった。

「これを棺桶に入れてやろうと思って・・・」

そう言ってご主人は少し照れくさそうに笑った。
読み終わって再びご主人の顔を見ると、目にいっぱいの涙をためていた。

この手紙は届くだろう・・・

最後のラブレターなのだから・・・

曹洞宗なむなむ法話・・・

ただいま私が担当しております。
たった3分間のお話ですが、良かったらお聞きください。

少々噛んでいますが・・・

最初に録音したときは、そりゃもうひどいもんで・・・
何度も録音しなおした結果がこれなんです。

限界です・・・
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本堂の大型ストーブが、灯油をゴクゴク飲んでくれる今日この頃・・・
皆様お元気でお過ごしでしょうか?

お寺では、1月26日に平成30年度第1回総代仏婦合同会議が行われました。
会議の後には新年会がありました。

長かった年末年始の行事が、これで一応終わったという感じです。
今年は通常の行事に加え伽藍整備の計画もあり、また駆け足の一年になりそうです。

先日、お二人の方から立て続けに同じ質問をされました。

趣味は何かありますか?

ん~・・・無いです。

趣味の一つも無いと、なんか格好がつかない感じもしますが・・・
無いものは無いのです。

忙しいから?
いや、それは言い訳というもんですな。

私の師匠は、洞泉寺よりもずっと忙しいお寺の住職でしたが、一応趣味を持っていました。
それは何かというと・・・

・・・書道

って、ほぼ日常業務じゃん。。。

ですが、和尚の趣味としてはいい感じではある。

その他に周囲で趣味を持っている和尚を探すと・・・
車、写真、ゴルフ、スキー・・・
意外とアクティブである。

とはいえ、そんなに時間が取れるわけもなく・・・
そうそうお寺を留守に出来るわけもなく・・・
隙を見つけてちょこっと楽しむ程度に違いない・・・

ところで、世間を見回せば案外「仕事が趣味」って人が多いのではなかろうか。
そうなると、私は「修行が趣味」・・・

いや、これではなんだか肩に力がはいいてカッコ悪い・・・

しかも、夜も寝ないで坐禅してたり、真冬に水かぶってたりしてると思われそうなので危険です。

たぶん、私の修行観は世間の人とはちょっと違う。

一般的には「修行」=「難行苦行」というイメージじゃないですかね。
私は「難」とか「苦」とかになっている時点で、それは方法が間違っているのだ・・・と考えます。

決して、いわゆる「難行苦行」と言われることをしている方々を否定しているわけではありません。
そういう方々にはそういう方々なりの事情というものがあるのだと思います。
単に、私がそういう人ではないというだけです。

誤解されるのを覚悟で譬えると・・・

体をきれいにして、穏やかな気持ちになるために、「難」や「苦」は必要ないのです。
頭を空っぽにして、暖かいお風呂にゆっくり入ればいいでしょ。

そりゃ、そこに至るまでには作法(お風呂の入り方)や技法(湯船の造作やお風呂の沸かし方)も必要です。

まあ、そういうことです。
その意味では、やっぱり「修行が趣味」かも・・・



とても丁寧な方だった。

その方のお宅にはじめて年始のご挨拶にお伺いしたとき、ちょっと戸惑っておられた。
無理もない・・・
先代様は体調の関係もあり、その地区は年始にお伺いしていなかった。
そこへ突然私が伺ったのだから。

それが新しい住職の年始の挨拶だと理解したとき、その方は慌てて玄関に正座して深々と頭を下げて下さった。
それからは毎年、私はその丁寧な対応に恐縮することになった。

その方は、本堂の建設の折に大変ご苦労された。
といっても、私は当事者として体験したわけではない。
だけれども、そのご苦労は並大抵のことではなかったことを何人もの方からお聞きした。

しかし、ご本人からその件については何ひとつお聞きしてはいない。
私もそれについてお尋ねする機会を持たなかった。
いやそうではない、触れてよいのか、私に迷いがあった。

今年の年始のご挨拶の時、その方のお宅は無人であった。
留守にお伺いした旨のメモを入れ、「立春大吉」「鎮防火燭」のお札が入った封筒を郵便受けに入れてきた。

後日、私の訪問を知ったその方は、「うれしいなぁ・・・」と言われたそうだ。
しかし、それは病院のベッドの上だった。
そして、私がその話をお聞きしたのはその方の枕経の時だった。

葬儀はその方の生前の願いで本堂で行われた・・・

葬儀の前日、境内を掃き清めた。
それほど乱れていたわけではなかったが、気持ちが許さなかった。
畑はいつ行っても草一本生えてなかったというその方の葬儀に相応しい場を作りたかった。

100年後も、この本堂はここに建っているだろう。
そのとき私はここにいない。
だから今から種を蒔くのだ。

私は思いを引き継ぐ。
そしてそれを力に変え、形に変えてゆく。

その方とのお別れは、寒中とは思えない、暖かく、穏やかな日だった・・・



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