洞泉寺住職の日常

長野県伊那市美篶の曹洞宗 洞泉寺のブログです。

洞泉寺のホームページもご覧ください。
www.tosenji.jp

毎年の行事ですが、10月8日に鎮守例祭を行いました。

鎮守さまとはお寺を守護する土地神や伽藍神のことです。
お寺は仏さまをお祀りするところであるわけですが、鎮守さまのような神様もお祀りしています。
まあ、権現さまっていう形ではありますが・・・

ところで・・・
「神様や仏様をお祀りする」ということに対して、何となく否定的な感覚を持っている人がいます。
「科学的ではない」という感じがしますよね。

しかし、これはとてももったいないことです。
「科学的ではない」ということで本質を切り捨ててしまっているからです。

日本は八百万の神々の国です。
すべてのものに神が宿っていると感じてきました。
これは素晴らしいことです。

でも、それを非科学的だとして排除してしまう「科学的な人」がいます。
残念なことです。

たとえば、火事を防ぐ火伏の神様や水害を防ぐ水神様などをお祀りしているお寺や神社があります。
「科学的な人」にとって、それらは無意味な施設かもしれません。

神様や仏様を擬人化してしまうと間違ってしまいます。

火や水を自在に扱う「神様的な存在」がいて・・・
その「神様的な存在」はちょっと怖い顔をしていて、ちょっと気難しい・・・
だから、お供え物をしたり、お経を読んだり、祝詞を奏上したりしてご機嫌をとらなくてはならない・・・

こんな感じで考えると、正に非科学的となります。
しかし、本質は違います。

この「神様的な存在」を「働き」と捉えることをお勧めします。
火の神様は火の働きの象徴です。
水の神様は水の働きの象徴です。

もっと言えば、火を火たらしめている働きです。
無から水を水として生じさせている働きです。

火や水の働きが正しく働くためには、その働きを最適に発動させる必要があります。
そうすることによって、火や水は正しく使われ、結果として火災や水害などの誤りを防ぐことが可能になります。

「科学的に」燃えない素材を開発すること・・・
「科学的に」治水工法を研究すること・・・
これらは必要なことです。
そして、先人たちの工夫努力によって、私たちの生活はより安全で快適になりました。

しかし、もっと本質的なことがあります。
そこの世界は、実は非常に科学的かつ論理的な世界なのです。
「気難しい神様的な存在のご機嫌を取る」などという世界ではありません。

ただ形式的に伝統を守っているだけではいけません。
されども、伝統の中に本質があることも確かです。
これからのお寺は、そこを外すと無意味な存在になる危険があります。
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待望の水洗トイレが完成いたしました。
じゃ~ん・・・
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この度の伽藍整備計画において、庫裡のトイレは7月に解体されました。
そこは、いまどき珍しい汲み取り式でした。

しかも・・・
男性が小便器を使用している後ろを女性が通って個室へ行くという・・・
お互いにプレッシャーを感じる、そんなトイレでした。

まあ、昔はそれでも良かったんでしょうけど・・・
いまどきそんなトイレって・・・
という話です。

そんなわけで・・・
「トイレをなんとかしてほしい!!!!!」
という声は年々高まってきていたのです。
そこで、総代会ではトイレの改修計画を検討していました。

・・・
これから先は、伽藍整備計画の経過にまつわる内容になります。
これを書き始めると長くなりそうなので、またあらためて書かせていただきます。

とにもかくにも、洞泉寺にも水洗トイレができたのです。
有難い・・・
皆様ありがとうございました。

とはいえ、まあ、ひとつだけですけどね・・・
しかし・・・

0から1は大きな一歩なのです。
1から2は大したことはありません。

これは人生の法則です。

なんでも最初は大変です。
今、新たな環境で頑張っている方・・・
新たな第一歩を踏み出した方・・・
そして、こんなことでやっていけるのだろうか?と不安になっている方・・・

大丈夫です。

最初の壁はとてつもなく厚いのです。
だけど、それを破った後の2番目の壁は案外薄いのです。
3番目の壁に至ってはペラペラです(笑)

最初からこんなに大変なんだから、この先どうなってしまうのだろう・・・
多くの人はそう考えます。
でも、それは大きな誤解です。

実は、この目の前の壁を破ってしまえば、あとはどんどん楽になるだけです。
そんなもんです。

学生時代にやったドリルは、最初は基礎問題で段々難しくなっていきました。
しかし、人生は違います。

今目の前に立ちはだかる問題が、実は最難問なのです。
これを超えたら、あとは大したことない。

あれ?
トイレの話だったのに・・・

しかも、これって、10月に書く内容じゃなかったな・・・
4月に書けばよかった・・・

今年の春のこと・・・

総代会の役員としてお世話になった方・・・
いや正確に言うと、今も別件でお世話になっている方。

私はその方が醸し出す雰囲気が大好きでして・・・
いわゆる「総代さん」とは別のタイプの方でして・・・
これからも親しくお付き合いしたいなあと、そんな方なのです。

その方が、しばらく留守をするという・・・
理由は何となく聞けず・・・
ご本人も言わず・・・
ちょっと、はぐらかされたような感じで・・・

そんなことで・・・
もしや入院とか・・・
難しい治療で時間がかかるとか・・・

ちょっと、そんなことも頭をよぎりました。
でもまあ心配ないだろうと。
他の方には、帰ってくる日をピンポイントで告げてたみたいだし・・・

その方が、先日、私の留守中に訪ねて来られました。

でね・・・
お土産だということで、こんなものをくださいました。
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れもんとさいんとみしぇる? ってどこ?

海外にほぼ興味が無い私は写真を見ても・・・???
そこで調べてみると・・・
「モン・サン=ミシェル・・・フランス、ブルターニュ半島とコタンタン半島との間にあるサンマロ湾奥に位置する小島。八世紀初めに建てられた小礼拝堂を起源とするベネディクト会修道院の建物がある。」

ほう、フランスね。
やっぱり旅行だったのか・・・

しかし、お土産はこれだけではないのです。
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「GAUDI BARCELONA」と書いてある。
これは建築学科だった私にはすぐわかります。
スペインですな。

ほう、ヨーロッパへ行ってきたんですね。
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おや?
キーホルダーに「CARTAGENA]って書いてあるけど、どこ?

調べてみると・・・

「カルタヘナはカリブ海沿岸にあるコロンビアの湾岸都市です」

カリブ海かい!!!

えーーーー!!!
ヨーロッパ旅行じゃないのかい!!!

で・・・・・
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・・・・・

世界一周だったの?



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ハバネロさん・・・

高速道路のPAで見つけ買ってきました。
辛いものが好きというわけではない私・・・
単なる興味本位です。

見た目は美しい・・・
そして説明文には「柑橘系のフルーティーな香りを持っています」と書いてある。

激辛唐辛子とはいえ、案外大したことないのではないか・・・
そんな気がしてくる。

パプリカみたいな味がするのではないかとさえ思えてくる。
ちょっとかじってみようか?

とは思ったものの、そこは分別のある大人・・・

そんな大人な私ですが、息子とじゃれあっているうちに、何故か私の箸がハバネロさんを串刺しにするというお行儀の悪い事態に・・・

そうだ、この箸を舐めて味見してみようか・・・
舐めるくらいなら大事に至ることはないだろう。

息子と家内が見守る中、おもむろに箸をくわえる私・・・

ん?

別に辛くないじゃん・・・

やっぱり舐めるくらいじゃなんてこと・・・
あっ!

あああ!!
熱っ!
ヒィーーーー!

ジャーーーー
蛇口に駆け寄り流水で舌を洗い流す私でした。

そんな様子を笑いながら見ていた息子・・・
DNAのなせる業か・・・
自分も試してみたい様子・・・

ウォー!
箸をハバネロさんに突き刺し、その箸をぱくっとくわえました。

しばしの沈黙の後・・・
ギャー・・・
流水で舌を洗い流す息子・・・

私と息子の熱い視線を受けた家内・・・

エイヤー! ぱくっ・・・
うわぁー・・・
そして流水・・・

さすが暴君ハバネロさん・・・

暴君と言えばピーターアーツ・・・(わかる?)
ローキックと思ったらハイキックが来たような衝撃・・・(わからない?)

ところで・・・

「柑橘系のフルーティーな香り」

どこに?





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9月8日~9日の二日間、笠原の吉祥寺様において晋山結制が行われました。
晋山結制とは・・・
過去の記事をご参照あれ。

私も微力ながらお手伝いに行ってきました。
洞泉寺の晋山結制は、もう3年前になります。
白木の回向柱も、すっかり貫禄が出てきました。
吉祥寺さんの真新しい回向柱を見て、あらためて月日の経過を実感いたしました。

人の記憶というものはあやふやなもので・・・

たった3年前なのに、儀式の中の細かいことを忘れている自分に愕然・・・
ただ有難かった・・・という記憶のみが頭を埋め尽くすのみという体たらく・・・

お手伝いに行くというのに、これでは役に立たんわい。
ということで、3年前のビデオを見ました。

見始めて気が付きましたが、この記録ビデオを私は一度も見ていませんでした。
そんなこともあり、興味津々で見ました。

カメラマンは檀家の方でしたが、見事なまでにポイントを押さえた記録ビデオになっていました。
今更ですが、本当に良いものを残してくださいました。

さて、そこに映っていたのは、私が知らない光景でした。

私は、お膳立てがされたところに登場します。
しかし、その前後では多くの人が動いてくれていました。

いつもお世話になっている先輩のご寺院様。
気軽に冗談を言い合う年下の仲間。
その日を迎えるまでに共に苦労した実行委員の皆様。
暖かい目で見守ってくださる婦人会の方々。

そんな皆様が、それぞれの役割を精一杯に勤めて下さっている姿がそこにありました。

じ~ん・・・・

あらためて感激・・・

結局、蘇ったのは法要の記憶ではなく、感動なのでした・・・

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