2009年01月

ヒカンザクラとヒガンザクラ

昨日 夕方 昆明站のバスに乗ったら・・・
大きなカバンを持った人たちが沢山いた。
春節(1月26日)の前の大移動だ。

アパートの下の洗濯屋は はやばやと 休みを決めて
1月21日から 2月2日まで の長期休暇である。

街は 大きなカバンを持った ヒトがぞろぞろ歩いていた。
東方広場では 大きな牛の像ができていて、
丑年に向けて 全開である。
Happy 牛 year!! なんて書いてあるところもある。

沖縄の今頃咲く 緋寒(ヒカン)サクラと 
雲南で見る 今咲いているサクラとは
同じである。

健太郎とサクラの話しをしていて 
緋寒(ヒカン)サクラと彼岸(ヒガン)桜 とどう違うのか?
といわれて ヒカン と ヒガン と紛らわしいなぁ。
とおもいながら ウィキペディア を調べてみた。
円山公園のしだれサクラは ヒガンサクラだ といっていた。

ヒカンサクラ Prunus cerasoides var. campanulataとは カンヒザクラ というんですね。
『カンヒザクラ(寒緋桜・緋寒桜・元日桜・薩摩緋桜) - 釣り鐘状の花が特徴。花の色は白から濃いピンク色まで様々なものがある。中国南部から台湾にかけて分布する桜である。日本でも主に沖縄県で野生化し、沖縄で「桜」と言えばこのカンヒザクラを指す。・・・ヒカンザクラ(緋寒桜)と呼ばれることもあるが、ヒガンザクラ(彼岸桜)と混合されやすいため、近年はカンヒザクラと呼ばれることが多い。』

ヒガンサクラは エドヒガンサクラ Prunus pendula f. ascendens なんですね。
『エドヒガン群
日本と日本から持ち込まれ朝鮮半島にかけて分布するエドヒガン、台湾に分布するムシャザクラ、中国に分布するP.changyangensis Ingramの三系統があり、いずれも萼(がく)の下部に球状のふくらみがある。 枝垂桜は、形の面白さから多数の園芸品種が存在する。』

円山公園のしだれサクラ
『正式な名前を「一重白彼岸枝垂桜」(ひとえしろひがん・しだれざくら)といい、1926年に初代から種をとり、49年に植えられた。初代は「円山しだれ」「祇園の夜桜」と呼ばれて市民に親しまれ、樹齢200年だった。この2代目はようやく還暦を迎えたところである。しかし人間の年齢に合わせたかのように樹勢が衰えている。樹高は9mある。東西南北にバランスよく張っていた枝の一つが欠けたというものの、一番長い枝先から枝先までは14mくらいもある。初代は高さ12mあったというから、この樹齢としては順調に育ったのかもしれない。』



写真は ここから借りました。

円山公園
『円山公園 圓山公園(まるやまこうえん)は、京都府京都市東山区にある公園。国指定名勝。園域は八坂神社、知恩院に隣接する。もとは八坂神社の境内で現在の園地計画は武田五一がまとめ、園内にある回遊式の日本庭園は小川治兵衛が作庭、野外音楽堂や坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像などもあり、「祇園枝垂桜」に代表される桜の名所である。』

ソメイヨシノとは
『ソメイヨシノ Prunus × yedoensis はエドヒガン P. pendula Maxim. f. ascendens (Makino) Ohwiとオオシマザクラ P. lannesiana var. speciosa の雑種が起源である。江戸末期から明治初期に、江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込)に集落を作っていた造園師や植木職人達によって育成され「吉野桜(ヤマザクラの意)」として売り出していた。藤野寄命の調査によってヤマザクラとは異なる種の桜であることが分かり、1900年(明治33年)「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名された。』

サクラには 様々な歴史がある。
それをうまくつかまえることができないかな。

サクラの謎

武漢大学の桜園路には ソメイヨシノが咲き乱れ
多くのヒトが花見に来るという。

桜の謎 
を読みながら、なにかふしぎな感覚だった。

日本軍が武漢に進出した時に サクラを植えたのだという。
どんな想いで 植えたのだろうか。
そして 戦争が終わった時に
サクラの樹を切ることを多くの中国人が要望した。
その桜の樹は 『恥の花』『罪の花』といわれ・・・
サクラを花見することさえ批判した。

しかし、サクラの樹を切ることを反対したのは
周恩来という。
サクラには 罪がない。
サクラが 日中友好をあらわすものとして変化した。

サクラにまつわるドラマは 中国の中にもあるのだ。

『青森みちのく銀行が1997年10月に武漢駐在事務所開設後、
武漢市東湖風景区管理局と共同で桜花園整備に取りかかりました。
2001年3月には、植樹数5000本に達し、
五重塔・日本風庭園の完成に併せて、桜花園が開園しました。
桜の種類は、ソメイヨシノを中心に10余種類があり、3月中旬
から4月中旬まで楽しめるようになっています。
面積約10ヘクタールで武漢市植物園や梅園に隣接した場所にあります。』

昆明では ソメイヨシノ はみないなぁ。

白い花びらの理由

自然界では 黄色い花から 白い花が生まれたといわれている。
ではなぜ白い花は白いか?を解明した 研究がある。

黄色い花には カロテノイド を作る遺伝子がある。
そのために 黄色く見えるのだ。
白い花にも同じように カロテノイドを作る遺伝子がある。
だったら 白い花も 黄色く見えるはずである。
ところが・・・

独立法人農業食品産業技術総合研究機構 花き研究所では 
キクの花びらにおけるカロテノイドの合成と分解
(転載)
『キクの黄色い花びらと白い花びらの違いはカロテノイドをたくさん持っているか持っていないかの違いです。私たちはこのような花の色の違いがどのようにして生まれるのかを遺伝子レベルで明らかにしました。
はじめにカロテノイドが合成される量に違いがないかどうかを調べました。カロテノイドは炭素が40個繋がった化合物で、炭素が5個の化合物から出発し、たくさんのステップを経て合成されます。それらのステップの反応は酵素の働きで触媒されます。カロテノイドの合成に関わる13種類の酵素遺伝子をキク花弁からとりだして、そのひとつひとつについて花びらでどれくらい発現しているのかを調べました。すると、どの遺伝子も白い花びらでも黄色の花びらと同じように働いていました。どうも白い花びらでもカロテノイドを作っているようです。
次に白い花びらと黄色い花びらで働いている遺伝子を比べてみたところ、カロテノイドを分解する酵素の遺伝子が白い花びらでは働いているけれど、黄色の花びらでは働いていないことがわかりました。遺伝子組換えで、カロテノイドを分解する酵素が白い花びらで働かないようにすると、黄い花びらのキクができました。
このことから、キクの白い花びらでは、カロテノイドを作っているけれど、酵素によって分解されてしまうために白くなることがわかりました。』

おもしろいなぁ。
白い花では カロテノイドを作っているが
分解する酵素で 分解してしまって 
カロテノイドがなくなることで 黄色く見えないとは・・・

カロテノイドを分解する酵素を作る遺伝子を
ひまわりに組み込めば・・・白いひまわりができるということなのかな。

(研究データ)
カロテノイド分解酵素遺伝子の発現抑制によるキク花色の改変
キク花弁の白色の形成にはカロテノイド分解酵素が関与している
キク白色花弁におけるカロテノイド生合成系酵素遺伝子の発現
キク花弁に含まれるカロテノイド類の特殊な構成

スターバックス 雲南コーヒーを

スターバックス 雲南のコーヒー豆を使う
『風舞祥雲』という
星巴克国产原料首选云南 推出新品“凤舞祥云”

スターバックスが雲南産珈琲を購入決定、全世界で販売
(引用)
『1月14日に行われたスターバックス中国進出10周年の記念式典で、スターバックス社最高執行責任者(COO)のマーティン・コールス氏が発表したもので、スターバックス社では初めて採用となる中国産珈琲豆から作られる「風舞祥雲」という新ブランドが販売される事になり、その中国産珈琲豆の産地は雲南という。
この「風舞祥雲」は中国・シンガポール・マレーシアでまず先行販売されるそうで、これによりスターバックス店内に中国産品が無いという状態を打破する事となった。マーティン・コールス氏によると、「スターバックス社の計画では雲南省と合作をして、中国で産出する珈琲豆を全世界に紹介したいと思っている。そして、それが全世界49ヵ国に展開しているスターバックス社の全ての店舗で提供される事を希望している」そうです。
徳宏後谷珈琲有限公司の熊相入会長は、「2005年にスターバックスアジア地区の副総裁が後谷珈琲を訪ねて来たし、2006年にもスターバックスは人を派遣して来た。その際、スターバックス社は中国市場を非常に重視しており、その為、中国産の珈琲豆にも注目していると語っていた。そして、その中国産の珈琲豆の98%が雲南産なのです」とスターバックス社との関わりを語った。
昨年の10月23日に、雲南省の孔垂柱副省長はスターバックス社大中華区の王金龍総裁等と会見をし、スターバックス社と後谷珈琲有限公司との間で、長期的な合作が進行中であるというニュースを知りそれをマスコミに公表した』

生命をつなぐ進化の不思議(2)

昨夜 ぐっすり寝たので、身体の回復が早くなっている。
アルコールなしで 何も考えることなく 眠りに集中できたのは
久しぶりの感じである。
アタマの中が クリアーとなっている。

進化の中で 心がどのように発達していったのか?
ということは 興味深い。
そのことが どんどんと解明されているようだ。
わかればわかるほど わからなくなるのだろう。

『生命をつなぐ進化のふしぎ』をよみながら
豊富な研究データを活用しながら 
『生命の進化』を俯瞰する試みは とても大切なことだとおもう。
こういう作業があって わかっていないところを浮き彫りにしていく
ということなんだろう。

この本には いろいろと面白い書評がある。
命をつなぐ進化のふしぎ 書評
この書評は面白い。
問題点を丁寧に書くことは大切だとおもう。
総合的な視点を得るためには よけい必要な作業だ。

命をつなぐ進化のふしぎ 書評
民俗学のアプローチの欠如。
なるほど・・・そういうのもいるのだろう。

ネットが発達することで 本に対する見方が様々できる。
そこから 次へのテーマを導くことができる。
『知』というものも競いあいである。

『生命の進化』『心の進化』ということを考えながら
『性格の進化』ということが もっと解明されていくのかもしれない。

感受性の豊かな涙もろいニンゲン
透徹した理性を持ってリアルに見るニンゲン
理想に生き、夢に生きるニンゲン
損得を常に考えて利己的に行動するニンゲン

様々なパターンが生まれてくる。
個性という多様性の中に 
当然進化という生物の営みが隠されているのだろう。
個性が DNAに刻み込まれていく。

内田亮子さんの本のなかで
『肥満は伝染する』というのがあったが
『性格も伝染する』のであろう。

性格を調べていくと まだわからないことが多いのだとおもう。
性格とは ウィキペディアでは・・・
『感情面の個性は気質 (temperament) という先天的傾向に基づくといい、気質から作られる行動や意欲の傾向が性格とよばれる。性格とよく似た言葉に人格があるが、人格には社会的もしくは論理的な内容が含まれており、性格より範囲が広い。なおこの気質はヒッポクラテスの医学における四体液説に由来する。』

性格と人格は区別されるようだ。

岡田斗司夫の分類によると・・・
『王様タイプ:人に注目され認められることを喜びとし、
無視されることを嫌う。目立ちたがり。
軍人タイプ:勝ち負けに拘る。勝つことを喜びとする負けず嫌い。
学者タイプ:ものごとのしくみや法則を理解・発見することに喜びを感じる。
職人タイプ:自分の思い通りに物事をやりとげることを重視する。
人から見てどうかより、自分の理想に近づくことを喜びとする。』

この分類方法はまったく 日本人的で 類型的である。
商人タイプとか、農民タイプというのがないのは、なぜだろう。

性格の5因子モデル
『現在のところ、5つの特性によって人間の性格をおおまかに
記述することが可能であるという説が最も有力であるとされる。・・・
Neuroticism(神経症傾向、情緒不安定性)
Extraversion(外向性)
Openness to Experience(開放性、知性)
Agreeableness(調和性)
Conscentiousness(勤勉性)』

ニンゲンとは多面体なので 相互に絡み合いながら
個人の性格を作り上げているのだろう。

生命をつなぐ進化の不思議

サブタイトル『偶然にできちゃった』

2009年最初の本として 戸田ちゃんに買ってきてもらった
『生命をつなぐ進化のふしぎ』 内田亮子(著) ちくま新書
を読んでいる。

ところで 何でこんなにも今日の雲はきれいなのだろう。
太陽の光が透明感があって まばゆいくらいに澄んでいる。
眼の前の右隣の インテリジェントビルがガラス張りで、
太陽があたってキラキラする。
とても、気持ちがいい日になった・・・

この本は 生物をつないでいる いのち に焦点を当てている。
食べるーみんなと生きるー連れ合うー育つ・育てるーいのちの坂
―いのちの終わりをつげる知という順序で書かれている。
平易な説明の中に いのちが いとおしげに語られている。
そして 最新の成果がさりげなくとりあげられて 
あたらしい いのち像が つむがれている。
読みながら ふっと考え込んでしまう。いい本である。

内田亮子は言う
『人間のすばらしさも愚かさも、
進化の産物である動物の一種であるからこそだろう。・・・
息ができ、おいしく食べ、気持ちよく排泄し、自分の脚で動け、
ぐっすり眠ってまた目覚め、何気ないことに喜怒哀楽を感じる
といういのちの営みの基本がどれだけありがたいことか。』

いのちに感謝している姿勢で いのちの進化をつづっていること
がなによりもほっとさせる のだろう。
科学とは 生きているいのちへの感謝の中で 
つづられるものだとおもう。

内田亮子は この本のはじめに 言う
『あたかも人間が支配しているように見える現在の地球。』

いのちというつながりの中で 
ニンゲンは生物 そして動物の一部であるという。
頭がいい 知能がある ということが
人間の優位性を語るべきものだろうか?
と問いかける。

内田亮子は言う
『知能は人間のものさしで人間が勝手に測るものである。・・・
人間とカラスで知能を競っても無意味なことは明らかである。・・・
すべての生き物は共通の祖先から進化する過程で、
それぞれの局地的な社会および自然環境への
適応と偶然の積み重ねを経て現在に至っている。・・・
本能か理性かという二項対立的な構図は適切ではない。
どちらも
進化の過程での様々な淘汰や遺伝的偶然の産物である。・・・
他の動物の生き方との共通点を知ることで、
人間という存在について 謙虚になると同時に、
つながっているすべてのいのちをよりいとおしく感じるはずである。』

確か、どこかのドラマで見たが
『ミミズだって、オケラだって、みんな友達なんだ。』という歌を
うたうなかで、小さな女の子が 
『わぁー。気持ち悪い。友達なんかじゃないよ。』という
シーンを見たことがある。
ニンゲンがニンゲンの純粋培養の中で生きているという現実が
そのわずかなシーンの中で感じることができた。

人間優位の地球というのをもう一度見直すための視点とは
一体何か? ということを この本の中では語ろうとしている。

いのちはいつどこでどのように始まったのか?
を 原始の地球に求めるのではなく 
創造神話から語るところが 卓越している。
創造神話は ニンゲンが作り上げたフィクションであり
その中で、ニンゲンといういのちがどのようにできたのか?
を語らざるを得ない・・・。
つまり いのちのはじまり そして ニンゲンのはじまりの
編集力を 解き明かそうとしている。

内田亮子は言う
『物語では最初の生物が泥から作られることが多く、・・・
創造主は人間の姿であれ動物であれ、その多くは雄であり、
最初に創られるのは男性である。』

内田亮子のお気に入りは エスキモーの創造神話だ。
神が創った マメから 鞘の中から生れ落ちたのが男だった。
神が聞く『何だお前?』
『あのつるの豆のさやから出てきたんです』
『俺が創ったつるから?
 お前みたいなものが出てくるはずじゃなかったのに!』
という・・・

意図に反して 偶然にできちゃった ニンゲンの男。
そこから エスキモーが始まるのは なにか楽しくなる。
エスキモーの神も ユニークだ。

内田亮子は 『人間の指がなぜ5本なのか』という問いに
『たまたま』だとこたえてしまった。
つまり 『偶然である』ということが 
説明もしくは解明する段階まできていないことを 吐露する。

人間がなぜできたのか?
たまたまなんです・・・。

ということが 
今の科学の段階であることを わかるだけでも面白い。  

お好み焼き(2)

正月からお好み焼きを作る。
『お好み焼きの素』で作るお好み焼きはおいしいが
どうしても 小麦粉から作るお好み焼きは
おいしいところまでいたらない。

こうやってくりかえしお好み焼きを作っていると
お好み焼きとは キャベツ料理なんだと思うようになった。

キャベツの起源はウィキペディアによると
『古代よりイベリア人が利用していた原種がケルト人に伝わり、ヨーロッパ中に広まったとされるが、当時は野菜より薬草として用いられ、古代ギリシャ・古代ローマでは胃腸の調子を整える健康食として食されていた。
その後、9世紀頃に野菜としての栽培が広まった。現在日本で普及しているものは、12~13世紀のイタリアで品種改良されたものが起源とみられる。』

日本への普及は
『幕末の1850年代に伝わり、明治にかけて外国人居留地用として栽培されたが、一般の日本人が口にすることはなかった。
1874年、内務省勧業寮がのちの三田育種場で欧米から取り寄せた種子で栽培試験を行ったのが、本格的な生産の始まりとされる。大正時代に品種改良が進められ、寒冷地に適することから、栽培は北海道のほか、東北地方や長野で拡大したが、洋食需要が限られた戦前にはそれほど普及しなかった。 戦後、食糧増産と食の洋風化が相まって生産量は急激に増加し、1980年代にはダイコンと並ぶ生産量となった。』

キャベツが一般に食べられるようになったのは 戦後だとすると
お好み焼きが今のカタチになったのはいつのことだろう。
キャベツがなければ お好み焼きにならない。

お好み焼きの起源は ウィキペディアによると
『お好み焼き類の起源は、安土桃山時代の千利休が作らせていた「麩の焼き」であるといわれている。その後、麩の焼きを起源として江戸末期から明治にかけ、味噌の代わりに餡を巻いて作る「助惣焼」が生まれる。この食べ物は東京・大阪で大流行し、明治時代には「もんじゃ焼き」「どんどん焼き」が生まれた。大正12年の関東大震災の際には主食的位置を占め、昭和になると東京ではウスターソースを塗って食べる「文字もんじゃ焼き」や「一銭洋食」が食料不足を補う方法としてもてはやされるようになる。それらが大阪にも伝わり、コンニャクや豆の具を入れしょう油味で食べる「ベタ焼」「チョボ焼」が誕生し、それが各種鉄板料理へと派生、関西地方や広島県において現在「お好み焼き」と呼ばれるスタイルに発展したといわれる。
(麩の焼き -> 助惣焼 -> もんじゃ焼き -> どんどん焼き -> 「お好み焼き」)。
近畿地方を中心とする関西風お好み焼きの調理法の基本は、小麦粉の生地に刻んだキャベツを混ぜて(混ぜ焼き)、温めた鉄板上で焼くものである。 戦前までは、「洋食焼き(大阪)」「一銭洋食(京都)」「にくてん(神戸)」などと呼ばれ、小麦粉を水で溶き鉄板に円状に広げ、その上にネギや天かすなどを載せて焼く「のせ焼き」が主流であり、子供のおやつのようなものであった。戦後は、ネギより安価なキャベツをたくさん入れて量を増やし、大人の酒のつまみとしても食べられるようになり、繁華街周辺で専門店も現れるようになった。』

やはり お好み焼きになったのは 戦後なんですね。
一銭洋食が キャベツと小麦粉の出会い。
お好み焼きは 洋食という認識から始まった。
日本の食べ物という感じなんですが・・。

中国にも 似たものがあるが キャベツを入れないものばかり
日本でというか関西で独特に発展したものなんですね。

こう書いていたらお腹がすいた
お好み焼きに 挑戦しよう。
おいしいお好み焼きは だし汁 にあるようだ。
男の料理 お好み焼きのつくり方

お好み焼き研究所

あぁ。
オタフクソース が欲しい。
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