2017年01月20日

トランプ 炎上型政治

よくもわるくも トランプ。
多くの予想を 裏切って 大統領になる。
そして トランプ し続けている。
何だ、このオトコは と思っていたが。

『メキシコとアメリカの国境に 壁をつくる』
という 大胆な発言をして、
どうやってやるのか?
考えたのですが、結局 メキシコからの
安い労働者が 流入してきて、
低所得の白人たちが ますます 仕事環境が
劣悪になる ことで 不満が鬱積しているところを
見抜いた うまい発言だったとは。
炎上させて 注目させる。

『小泉劇場』 という表現があったが、
『トランプ炎上型政治』 ということなんですね。

炎上は 悪いことではない。
炎上することで ギャラが上がる。
といった タレントもいた。
それを 政治的手法で 行なうとは。
人気がなくなると心配して 八方美人になるよりも
『嫌われる勇気』を 発揮して 熱狂的な支持者をつくり出す
という ことが これからの時代には 重要ですね。
政治に無関心な人も 注目することになり 支持をする。

そこでは 感情をうまくコントロールしている
ということではないか?
人が 怒るように仕向け そして怒らせたことで、
注目させて、自分の存在感をうちだし、
有利な状況を生み出していく。
うまいなぁ。
トランプ手法は、学ぶべきである。

touxia at 10:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月19日

格差の真実

橘玲という著者が 
『言ってはいけない格差の真実』
という本を書いています。

『知識社会において 経済格差は知能の格差である』
と 大胆に言っています。
性別、国籍、人種、宗教、年齢で、差別してはいけないならば、
能力でしか 評価する以外にない。
労働者の差別をなくそうとすれば、労働者の能力のみで
公正に評価する仕組みが求められる。

言語中枢の脑の左半球に卒中を起こした男性は
言語性IQが20%低下するが、女性は9%しか低下していない。
やはり、男女差があることは事実だ。
男と女では仕事の適性が違うと言っても差別ではない。

知能の遺伝率は高い。
論理的推論能力は68%。一般知能が77%とされている。
知能の高い親は所得が高く、遺伝によって子供の学力も強い。

中国や南米の新興国が 急速に 成長することで、
低学歴、高失業率、低年収の白人たちが 閉塞的な不満を持った。
それが トランプを支える原動力となり、
EUから イギリスが離脱した。

日本の一人あたりの労働者が生み出す富は 72994ドル
アメリカの労働者は 116817ドル。
アメリカ人より30%低いという現実。
そのうえで、日本はサービス残業している。
優秀だと言われている 日本人が なぜ 生み出す富が少ないのか?
〇纏の自由度が低く、権限委譲のシステムができていない。
 結局 責任は負わせられるが 判断がされない。
△修里燭瓩法富を生み出すことより 社内調整のエネルギーに労働が向いている。
 とりわけ中間職が 富を生み出せないでいる。
 つまり 富を生み出すマネージメントが できていない。

格差が こんな風に現れる とおもしろい。
結局は 人工知能の方が 知能が 高くなったら
人間は どうするのだろうか?

touxia at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月16日

驚いた鳥インフルエンザ

領事館からのメールを見て 驚いた。

以下のメールだった。
1.中国、香港及びマカオにおける鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染症例
(1)2016年12月以降、中国において鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染例が増加しており、中国の国家衛生・計画生育委員会(NHFPC)は、2016年11月22日〜2016年12月29日の間に106例のヒト感染例(うち死亡20例)が確認されたことを発表しました。感染者の発生地域は、江蘇省(52例)、浙江省(21例)、安徽省(14例)、広東省(14例)、上海市(2例)、福建省(2例)、湖南省(1例)となっており、感染者の多くに家禽との接触があったとのことです。
2016年の1月以降の中国国内における発生状況は以下のとおりです。
2016年 1月 感染者報告数  28例 うち死亡  5人
      2月 感染者報告数  29例 うち死亡 15人
      3月 感染者報告数  17例 うち死亡  7人
      4月 感染者報告数  11例 うち死亡  7人
      5月 感染者報告数   5例 うち死亡  1人
      6月 感染者報告数   7例 うち死亡  5人
      7月 感染者報告数   5例 うち死亡  1人
      8月 感染者報告数   0例 うち死亡  0人
      9月 感染者報告数   0例 うち死亡  1人
     10月 感染者報告数   2例 うち死亡  1人
     11月 感染者報告数   6例 うち死亡  0人
     12月 感染者報告数 106例 うち死亡 20人

(2)2016年12月以降、香港で4例(うち死亡1例)、マカオで1例のヒト感染が報告されています。
  
2.鳥インフルエンザA(H7N9)について
(1)感染源
現時点において感染源は不明ですが、鳥インフルエンザにかかった鳥の羽や粉末状になったフンを吸い込んだり、その鳥のフンや内臓に触れてウイルスに汚染された手から鼻へウイルスが入るなど、人の体内に大量のウイルスが入ってしまった場合に、ごくまれに感染すると考えられています。ヒトからヒトへの持続的な感染は確認されていません。
(2)症状
これまで海外で報告された情報によると、多くの患者に発熱や咳、息切れ等の症状が見られたことに加え、重症の肺炎に発展するケースが見られました。ただし、この病気の詳細はまだ分かっていません。
(3)予防
鳥インフルエンザA(H7N9)に対する一般的な予防策は以下のとおりです。
 ●休息、栄養を十分に取り、体に抵抗力をつける。
 ●手指等の衛生保持に心掛ける。
 ●咳やくしゃみの症状がある患者とは、可能な限り濃厚接触を避ける。
 ●温度の変化と乾燥しすぎに注意する。
 ●高熱、咳、呼吸困難等の症状が見られた時は、適切なタイミングで専門医の診断を受ける。
また、鳥インフルエンザA(H7N9)の特徴及び上記に追加する具体的予防策は以下のとおりです。
 ●生きた鳥を扱う市場や家禽飼育場への立入を避ける。
 ●死んだ鳥や放し飼いの家禽との接触を避ける。
 ●鳥の排泄物に汚染された物との接触を避ける。
 ●手洗い、うがいにつとめ、衛生管理を心がける。
 ●外出する場合には、人混みは出来るだけ避け、人混みではマスクをする等の対策を心がける。

いやはや。
日本では 大騒ぎになるはずだが
中国では あまり 問題になっていないのですね。

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広州におりたつ

上海から 広州へ。
街の雰囲気が がらりと変わる。
確かに、広州は なぜか 広州の匂いがある。
その匂いは 広州の猥雑さから きているのだろうか。
やはり、中国のディープさがあって、うれしい。
私が 中国に来たのは 広州だったので、
広州を 中国とインプット すりこみされたのだろう。

上海のきりっとした 寒さから 一瞬にしてあたたかい国へ。
夜 8時半に 広州飛行場につき、そこから
地下鉄に乗って 広州東站へ。
降り立って あるいたら 永旺(イオン)があった。
ふーむ。ここでどっかり イオンがあるのは 頼もしい。
ホテルは 近くだと思って iPhoneのGPSをたよりに
歩いていく。ずいぶん歩いて 汗だくとなった。
街の雰囲気が なんとも言えないので 街ウォッティング
という感じで キョロキョロしていた。

ホテルについたら 10時を過ぎていた。
ずいぶん 歩いた ということを自覚する。
歩くことが 苦にならない、 とことこ歩いていたのだ。
それで チェックイン しようとしたら、
なんと 満室だと言う。
iPhoneをみせて 予約してある というと
夕方6時までに 予約を確定する必要があると言う。
そんなことは どこにも書いていない というと
同じ系列のホテルチェーンでいいのか というので
了解した。タクシーで 15分くらいの同じ系列の
ホテルにはいることが できた。
やれやれ ということでした。
野宿になるのはこまるな と思ったが。

touxia at 06:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月15日

未来の商品

今までにない 新しい取り組みを始めた。
というより、やっと ここまで来たのか。
ということが 実感 している。

中国の商品は 実に多く、
世界の有名な企業 
ワールドブランドがしのぎを削っている。
まさに 毎日が 商品のオリンピックのような状況であり、
そこで 日本の会社が 入り込んでも 簡単に
中国人の消費者の手に取ってもらえない
というのが 実情だ。
そして、手に取ってもらっても いいなと 惚れ込んでもらい
リピーターになり 熱心なファンになってもらうには
『商品力』がいる。そのためには、そんじょそこらの
商品では ワールドブランドやナショナルブランドの間に
撃沈されてしまうのは 眼に見えているということだ。

そのために どうするのか?
見たこともないのに 欲しい商品を作ると言う
とんでもないことから 始めねばならない
ということがわかって やっと 開始したということだ。

中国人消費者の生活スタイル そして インサイトをつかむ
という仕事は いままでに 私のやって来たことでは
全然 対応できないのだ。
仕事を クリエイティブジャンプさせる 重要な時期だ。
それを 開始してみた。

うーん。おもしろい。
これは 人類文化学の手法かもしれないな。
時間軸としての 中国の過去、現在、未来へつなげていく
作業が 必要なんだと思ったりして、
始めたばかりだが みょうに ワクワクしている。

touxia at 18:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

上海の風に吹かれて

1月8日から11日まで 上海に行った。
10年ほど前に 住んでいた街だった。
ひさしぶりの上海は 空気が違った。
たしかに 地下鉄などの交通網は充実し、
いたるところにコンビニがあり 便利になった。
空気が汚れているばかりでなく、
住みにくい街になった感じだ。
日本の街よりも 感覚的にすすみ、
日本の街よりも 人々が 緊張感にあふれている。

雲南昆明のもつ 温暖さ、やわらかさ、
そして時折見せる 澄み切った青空とは
異質な 近代的な 都市として 上海はそびえ立っていた。
雲南を郷里にした 若者たちが 懸命に働く姿に
頼もしくもあった。環境によって、大きく成長するのだ。

また 有名な方にもあったが 
たぶん 上海の勝ち組のはずなのだが、
その話を きいて 『せつない』思いが 伝わった。
一生懸命 緊張し、研ぎすまされ、ファッションの尖端にいて
どうじに 後ろから つぎつぎと 追いかけるものたちがいて
そのポジションをまもるために 必死にもがく。
そんなふうな 生活スタイルが、
『一切 お酒を飲まない』という 言葉の中に現れる。
プレッシャーを 受け止め はねのけ、
そして 気を緩めることもない くつろぐこともしない
他人に 自分の心の底を みせることもない。
そんな風な 上海に であって 
その緊張が 臨界点に近づいているような 気もした。

中国の中で 世界中の文化をどん欲に取り入れ
そして あたらしい融合の文化をつくり出した上海。
時代の先端とトレンドが 一度に集まり
急激な変化に 戸惑いながらも また新しい文化を
生み出そうとする。不思議な街だった。

『永輝』というスーパーが 活気あっておもしろかった。
シティースーパー、高島屋は 輸入物であふれていた。
中国人は 中国の商品を信頼していないことが露出した部分だ。
そして お金がなければ 安全さえも手に入らない
という 『安全』というものが 品質 につながる。
たしかに 生きていて 気持ちがいい街ではない。

touxia at 08:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月10日

心が通じる。

私のこれまでのやり方は
『いかに 相手を論破するか』
『正論をのべるか』
『論理的な説明ができるか』
ということで取り組んでいた。

それは、それで、意味を持っている
と思っていた。

『私の主張』というか 
『老人の主張』を通すことに、
全力を挙げてきた。

でも、『私の主張』を通すあまり、
上から目線。傲慢と
よく指摘されてきた。

そのことで、『孤立』しても
『正しいこと』をいっていると思っていた。

それでは、今の状況を打破できないのだということだ。

『心が通じ合う』ことで、今の状況を打破する。


touxia at 03:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月09日

美味しい会話。

ひさしぶりの 弟子たち にあう。
みんなが 上海で 社会人 として 活躍し
自信をもって 取り組んでいる 姿は
なぜか うれしい。

おしゃれな ビアーハウス で
いまどきの ファッショナブルな雰囲気。
輸入ビールをベースにして、
様々なビールがのめる。
いまの 上海のブームなのだろうね。

それぞれの話を聞きながら
そんな風な 切り口があるのか
とおもいながら ひとりひとりに
もっと話を聞きたいなぁ
と思ったが、あっというまに 
時間が過ぎてしまった。

会話が 美味しかった。

touxia at 07:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2017年01月08日

なぜ視野狭窄に陥るのか

日本の企業が 中国で あまり成功していない。
それは、なぜなのか?
というのは 『日本人フィルター』という
厄介な 現実を見る時に 無意識に使ってしまう
ことにあるのかもしれない。

この『日本人フィルター』は まず日本が優れていて
中国が 遅れていると言う認識なのだと思う。
古いものと新しいものが 入り交じって
独特な中国の文化が生まれている。

古い部分を見ていると たしかに 何でそんな
というのが 不思議な 状況があった。
例えば、子供の股われズボンが 以前は当たり前だった。
子供が いつでもどこでも自由に 排泄するというのが
許されていたが、いつの間にか スーパーでは 紙おむつが
でんと おいてあって、股われズボンなどをはいていると
時代遅れだね 
という冷ややかな目が 中国人の中に生まれている。
日本では おしめから 紙おむつへ変化したが
中国では 股われズボンから 紙おむつへ変化した。
現実と意識の変化の内容が 大きく違う。

トイレ事情は たしかに 10年前と大きく変化している。
敷居のない 便器だけの トイレで 開けっぴろげな
排泄行為が 急激にへんかして TOTOが 一躍人気となる。
中国の便器を見ていると、日本の貢献度が 大きいと思っている。

股われズボンや敷居のないトイレが
不思議なもの、日本人フィルターからみると
おとっているものと理解していたことが、
変化している。
その変化のスピードが、良く見えていないのではないか。

トイレにある「ゴミ箱」が 使ったトイレットペーパー
を捨てるというのは 逆に 日本より進んでいるのではないか
と思ったりする。使った紙を水で流さないという環境意識は
なぜか スゴイなぁ と感心する。
まだまだ 中国の変化の現実の姿を 見ようとしていない。

今日 地下鉄で 電車に乗ろうと 扉の前でまっていたら、
「でる人が先におりるのだから電車の止まる扉の前にたつな」
と注意されてしまった。
我先にのろうとする 中国人の姿が そこでも
消えていることに、驚いてしまった。
そのスピードの速さに 舌を巻いた 次第だ。
中国って 変わるのが早すぎて 追いついていけない。

touxia at 01:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

視野狭窄症

情報の洪水の中で 何を情報として
受けとるのかと言う 難しさ。
飛び交う情報の中で 現実の姿が 
歪んで見えている ように見える。
そのゆがみの中から 情報の摂取の方法が
変化していくのである。
自分の好きな 情報だけを とるという
視野狭窄症になってしまう。

いまほど 経営判断の難しい時期はないのではないか
と 思っている。
思うように動かない 現実を どう打開するのか?
13億人の舌の味覚のシェアーをとり 胃袋を満足させる。
そんなドラスティックな展開は どうつくりあげていくのだろうか?
すくなくとも 中国人は 食の安全ということに関して
鈍感な部分と先進的なことが 入り交じっている。
味とは 保守的であり、先進的でもある。

野菜をナマで食べることは拒絶してきた中国人は
野菜をよくあらい そして 火を必ず通してきた。
野菜とは 火を通さないと危険な食べものだった。
それが 有機野菜などの技術の進展によって
野菜をなまで食べるって 美味しいことだね。
と 見えてきた時に 
日本のキューピーは マヨネーズを広めていった。
野菜をナマで食べるのに 
トウガラシや中国的な調味料では美味しくない。
そこに フィットして 独特のポジションを占めた。
食生活の変化が マヨネーズとドレッシングを必要とした。

ここには キューピーの日本の成功体験と
中国では ちがった 成功体験があるに違いない。
現場を見通す おおきなきっかけと判断がある。
そういう 方法論が 全く見えないのは どうしてなんだろう。
という ところが 
いまの 大きな枠での 視野狭窄なんでしょうね。
その視野狭窄を 自覚できたことが 前進としよう。

touxia at 00:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2017年01月07日

ブレイン チェーン

アタマの中が ふつふつ と音を立ているようだ。
急激な変化とスピード感。
なぜ そんな風に なるのか?
見えない部分が 多くあって
視野狭窄に なっている。
それでも、突進すると ゴツゴツ ぶつかる。

ぶつかりたくないのだが まわりも視野狭窄ばかり
まわりは、のろのろと 歩いているので、
よけいぶつかってしまう。
視野狭窄だけでなく 思考停止状態なので
厄介なのだ。その 厄介さに 辟易しながら
視野狭窄で 突進する。

考えるということを 外部委託して
アタマつないでの チェーン化 をする。
コンピュータを何台もつなげるような 離れ業がいる。
ブレインチェーン。
現在から考えるアタマと
未来から考えるアタマを つないで インスパイアーする。
そうすると、ようやく 目標が見える。

昨日 ぱらぱら 考えていたら
目的を明確にするだけでなく(これは 現在から考える)
仮説を明確にしなければならないことが 理解できた。
あるべき姿を明確にするというのは、仮説をつくることだ。


touxia at 11:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2017年01月06日

反射神経

お客様から いわれたことを すぐさま対応する
という基本が できていない。
そこには 反射神経の鈍感さがあり
知恵が回らないと うごけないという 
『トロイ』仕組みがある。

耳からはいったら すぐさま 手と足が動くように
しなければ、うまくいかない。
どこかで 躊躇してしまうんだね。
そういうところを、改めない限り 前にすすまない。

どこかが ゆるんでいるのだ。
前傾姿勢で 前のめり的に すすまないかぎり、
今の状況は とっぱできない。
突破できなければ 勝つことが できない。


touxia at 15:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

あるべき姿から考える

今あるところから どんな風になればいいかな。
ということを、過去を振り返りながら、考える。
そんな、思考方法に なれすぎているというか
そのような思考方法が 実は 安全だったのかもしれない。
でも、なぜか飛躍しない。
保守的な思考方法でしか、物事が見えない。

それを切り替えるためには、
『10年後 どうなっているのか?』
ということをイメージして、
『あるべき姿』から 考えていく作業がいる。

『10年後 どうなっているのか?』
という言葉のフレーズで
『あれ。死んでるかもしれない』とおもうと
アタマがフリーズして 先に進めない。
『今が、いいのよ』なんて、わからない言葉もでてくる。

そういえば 65歳から 高齢者と言われていたのが
75歳から 高齢者という風に代えるとか。
いままでは 65歳から 後期高齢者 と言われていたが。
それで、65歳から 『准高齢者』 というそうだ。
この言葉のネーミングも センスが悪すぎる。
准高齢者も 高齢者も変わらない感じだ。
まぁ。前期高齢者もおかしなものだ。
どっちにしても 65歳以上は 高齢者に変わりない。

31歳から44歳を 壮年。
45歳から64歳までを 中年と言うそうだ。
それこそ、65歳から70歳までを 後期中年にした方がいい。

あれ。話が かわってしまった。
そうだ。「あるべき姿から考える」という ことが重要なのだ。


touxia at 04:41|PermalinkComments(1)TrackBack(0) しごと?

クリエイティブジャンプ

3回 同じプレゼンテーションを聞いた。
なんとも言えないほどの 完成度があった。
こんな風な 切り口では 考えないな というところが
いくつもあって、論理的な思考と言う方法より
クリエイティブジャンプ みたいなものがある。

その中にはさまれる SK2 のコマーシャルが
なぜか 心を鷲掴みにされる。
上海の古いまちと新しいまちが 交互にでてくる。
子供の頃からの 成長の画像が フラッシュされていく。
人民広場での いつからかはじまった 不思議な風景。
両親たちの 心配。そして、一人っ子。
その心配の核心を 自分たちで受け止めて、
提案する 新しい形。
『結婚のための結婚なんてしたくない』と主張する。

都会人のこころの中に深く沈んでいる 叫びが
そして、なんともいえない プレッシャーが、
重くのしかかりながらも 賢明に生きようとする。
そこに寄り添う。そこに応援する。

わずかな ストーリーで ぐっと 表現する なにか。
おぉ。ふしぎと 涙腺がゆるむ。
ニンゲンとして 大切なものが ある。
『理解しあう』という尊さかな。
感情における クリエイティブジャンプ。


touxia at 03:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2017年01月05日

胃袋が小さくなった?

ふしぎだと思う。
メトロで いろいろなものを買った。
ひさしぶりに 『出前一丁』北海道ミソラーメン
を買ってみた。
それで 喜んで つくってみた。
ラーメンが色白で、なるほど こんな色の麺だったのか
と感心した。康師傳のは、いかにも黄色い。

最初のひとくち。ミソ味のスープがおいしい。
麺に歯ごたえがあり、ふーむ。これもいけるなぁ。
と思って、食べていたが、なんと 途中でギブアップ。
全部食べることができない。
そういえば 年末に食べようとした康師傳のラーメンも
全部食べることができなかった。
そのときは 増量タイプだからと思ったけど、
出前一丁も食べれない とは、学生の頃はよく食べたはずなのに
と思った。

この間 糖質制限をして あまり炭水化物を食べない。
この習慣が もう1年を迎えることになる。
タマゴを主食にして 肉おおめで野菜がすこしのおかず。
ごはんを食べない。まぁ。缶ビールが 2本。
という感じで 食生活していると 胃袋が小さくなるのだ。
そうか。胃袋が小さくなるって 経済的だ。
でも、あまった 出前一丁のラーメンは どうしようか。
捨てるには もったいないし。


touxia at 04:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2017年 株高円安で始まる。

なぜか 不思議だね とおもうのは
トランプになったら 株安 円高になると思っていた。
保護貿易な姿勢を示し、ニューモンロー主義的な方向に
いくのではないか と思っていた。
我が道をいく トランプのイメージが アメリカにつながる
と思っていたのだ。
予想とは 外れるものだ。
わがままトランプを 世界は歓迎しているようだ。

日本は、株高 あとすこしで 2万円を超えそうだ。
円安 現在 118円 って。円が弱いよりドルが強いと言う。
なに、それという感じだ。
これだけの円安になれば日本の製造業も吹き返すだろうね。
トヨタは ほくほく しているだろう。
何よりも、アベノミクスの大成果など
と言うんじゃないだろうね。

中国の経済失速などという話も、
それなりに よたよたと 景気を回復しているようだ。
2016年12月の中国製造業購買担当者指数(PMI)は51.9。
すこしは、上向いているということだ。
習近平の権力集中によって 
国内的には強めで、国外的は過敏反応するという政治の危うさが
ありながらも、新幹線(高鉄)は怒濤のように 伸びていって
ついに 上海と昆明が 新幹線でつながった。全長2252km。
G1378 昆明南-上海虹桥 07:44-19:22 11小时38分
G1372 昆明南-上海虹桥 08:25-19:40 11小时15分
とりあえず 12時間を割った というのが ミソかな。
もう少し安くなると思ったが 879元。
せめて 500元くらいにしてよという感じだったが、
これじゃ 時間帯による安い飛行機代の価格よりもたかすぎるよ。
それにしても、どんな人がのるのだろうか?
それを見てみたいような気もする。

touxia at 03:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2017年01月04日

夜明けを待ちながら

ごはんを食べて すぐに眠る。
ごはんを食べて 眠ると 牛になるよ
と言われたことがあるが、牛だから 仕方がない。

日付がかわったころに 目が覚める。
でも、すこし、覚醒がたりない。
3時頃になると アタマの覚醒ができてくる。
そして、本(もしくはKindle)に手を伸ばす。

本を読んでいると いろいろなものが つながったり
離れたりして 妄想が膨らむ。
この時が 一番の至福の時かもしれない。
誰にも、邪魔されない。
そして、朝が まだ 生き返らず、
夜が どっかりと腰を据えている。
空気が ぴーんと張りつめて なんとも言えない濃密な時間。
この時間帯が 一番好きなのかもしれない。

インスパイアーされると 今度は パソコンに手をのばし
インスパイアーされたものを 書き始める。
ブログだったり、メールだったり、メモだったり。
そうやって、漆黒の夜の中で 言葉を紡ぐ。
毒のありそうな言葉を選んだり、
遠慮して、言い回しを考えたり、
遠まわしに、皮肉を言ったりして、
なぜか 言葉のあやに 惹かれる時間。

そんな風に 夜明けを待ちながら 時間を過ごす。
なんて 贅沢だろうと思う。
そんなんが 贅沢であることが うれしい。
自分の好きなことができるって 一番の贅沢なんだよ。


touxia at 05:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2017年01月02日

2017年 『勝つ』年に

年の初めに どんな言葉を 選ぶのか
と考えて 2016年を振り返ってみると
あらゆる意味で 『負け』ていた。

未熟なこと。
よく知らないこと。
ルールがわかっていない。
と様々な理由をつけて 負けていた。
情熱や熱情は持続できたことは、
現在の知識の充実からも明らかである。

いつまでも、未熟であってはいけない。
いつまでも、知らないと言っていてはいけない。
中国のルールを知らないと言っていてはいけない。
残された道は 『勝つ』 ことだ。
勝つことを する。
負けるようなことは しない。
十分に貯えられた知恵を実行に移すのだ。
とにかく、それしか道はない。
2017年とは そういう年なのだ。

touxia at 11:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年12月31日

2016年最後の日に

今日で 2016年は 終る。
いろんなことがあったが、3月4月の
2ヶ月近く 日本にいたことが よかった。
日本的な感覚がうしなわれていて、中国人化 していた。
すこし、中国の垢をながせた 感じがする。
友人たちに会えたのもよかった。
みんな 歳をとっているが、元気だ。
日本は 年寄り が支えていると思う。

昨年に続いて、今年も沢山の本を読んだ。
2014年から1日1作品(本とDVD)を読む、見るで、365作品。
3年間 連続して 365作品を読破。なぜか気持ちいい。

今年は Kindleが 手に入ったので 最新のものを
読むことが できた。それが今までの読書と
違うのかもしれない。
商品企画、販売企画とステップが上がって、
ある程度の 認識の到達段階に来たように思う。
いまだに プロフェッショナルに遠く、
やっていることが 未熟であるが
未熟なりの熱意と熱情が持続できたことでよしとしよう。

中国においての『一人反乱軍』というコンセプトが
できたのが 最近になってで 老兵の反乱軍も いじらしい。

touxia at 18:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年12月28日

昆明 新幹線が。

今日は テレビが にぎわかしい。
昆明から 上海までの 高鉄 が開通したと言う。
まだ 直接上海にいくには 1月5日になるそうだが
区間区間が 運行が始まった。

2200kmの新幹線。
上海までに 11時間だそうだ。
いいなぁ。
行ってみたいと思う。新幹線で 上海まで。

時代は 大きく変わるのだね。
中国という大きな大陸は 飛行機が基本だと思っていたが
『新幹線』という手があったのだ。

たしかに 中国は 殆どパクリでも
こうやって、新幹線を 上海までつなげてしまう
という すばらしさが いいね。

touxia at 23:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雲南ニュース?

一人反乱軍

みうらじゅんの『ない仕事のつくり方』をよんで、
マイブームとか ゆるきゃら などは
みうらじゅんの 造語であることを知る。
そのなかで 『ひとり電通』という言葉があり、
そうか ひとりで 『電通』 をやるのかと驚いた。

電通の社長が 長時間労働で 辞任したという話を聞いて
ますます 『ひとり電通』をとなえている みうらじゅんが
頼もしくなった。社長が 辞任したら ひとり電通はできなくなる。
ふーむ。おもしろい。

そこで、今の状況で 『ひとり』と語る時に
その『ひとり』のあとに なにを つければいいか 考えてみた。
それで やっと きめたのが 『ひとり反乱軍』という言葉だ。

軍隊って 一人で成り立たないので 
それをひとりでなりたたせようとする
涙ぐましい コンセプト。
結局は 軍のようにがんばりたい という強い意志を示している。
結構 はまっている。

ひとり反乱軍。

私にいろいろ アドバイスをしてくれた友人が、
『暗殺に気をつけなさい』と、老婆心のようにアドバイスしてくれた。

たぶん 暗殺はないよ。
明るい時に 殺されるかもしれない。
『明殺』があっているような気もする。
ふーむ。明殺 されるには どうしたらいいのだろうか?

touxia at 23:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年12月27日

アタマが洪水に

いくつかのフレーズや疑問が 山のようにあらわれ、
アタマの中は 洪水となっている。

ブログが使えなくなっていて、
フレーズが 定着しなくて 浮遊していたと思う。
洪水を 整理しなくてはいけない。

将棋のプロの人たちに相手をして、
コンピュータが勝つようになった時代。
ニンゲンがコンピュータに負ける時代となった。
そのなかで、ニンゲンは どう生きるのか?
ということだと思う。
コンピュータの強さは、過去のデータをすべて記憶し
利用できることだ。つまり、過去の蓄積だ。
ニンゲンは 過去から考えるのでなく、
未来のあるべき姿をイメージして、考えることが できることだ。

『過去』からの視点ではなく 『未来』の視点が 基本となる。

鸡尾酒 Rio は なぜ 大赤字になっているのか。
急激に伸びて 鸡尾酒と言う新しい市場をつくり出して、
一躍 トップリーダーが 過剰生産ということで、
2億元近くの 赤字を つくり出した。
その原因は
.沺璽吋謄ングの失敗
過剰生産によるだぶつき。
K阿られた。
Rioは 簡単にモノマネができる。
そのモノマネ商品の過剰で、価格破壊が起こった。
ゥ轡船絅─璽轡腑鵑鬟戞璽垢砲靴討い燭里如△っこよさがなくなれば
その使命は 終る。
→ なぜが 突き詰められていない。

あぁ。まだ まだ 沢山のフレーズが 飛び交っている。
浮遊した状態から 定着に 結びつけていく 必要がある。

touxia at 03:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年12月25日

ZEN

ジョブスは 新しいものを つくったわけでなく
使いやすさを 常に考えていたようだ。
MacとiPodがつながり 音楽が いつでもどこでも
聞けるようにした。
それに iPhoneが つながった。
コンピュータが 音楽につながり 人々の携帯につながった。
インターネットという赤い糸が その中を貫く。
ある意味では 縦割りではなく つなげると言うことに
傾注したことが ひとつの伝説をつくりあげた。

こんがらがった いくつかの ものを つなぐ
というのは つねに シンプルイズベスト という哲学があった。
Mac,iPod,iPhone は それぞれが シンプルにつくられている。
シンプルが 美しい。
そして アップルショップさえも シンプルである。

その背景が 東洋の思想である ZEN にあった。
その 【空】なる思想 EMPTY が 現代人の求めた
生活スタイルだった。
結局は 豪華ささえも シンプルにした。

touxia at 08:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

VPN が開通。

11月19日から ぱったりとつかえなくなった VPN
やっと つかえるVPN となった。
ブログを書かないと 消化できないことがおおく
困っていた。
でも、まだ不安定で VPNに はいれるが
このブログを書くには、時間がかかる。

でも、すこしでもかけることを 喜ぼう。
12月25日 あとすこしで 2016年が 終わりである。
もう少し、がんばらないと。

touxia at 06:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ブログ管理?

2016年11月18日

美味しいのグローバリズム

美味しい を見つめてみると
何げない味が、
子供の頃からの味が、
美味しい となって 舌が形成される。

それは うま味という成分であることが、
理解されていく。
それは グルタミン酸ナトリウムという
味の素の 本体であり、
さらに、昆布やカツオ節の味が 加わって
美味しくなっていく。
ただ グルタミン酸ナトリウムが突出すると
嫌な味にもなることが わかってくる。
不思議なものだ。

大人になって、苦味が、なぜか美味しかったり
ペプチドの味が 美味しくなったり
複雑な味が なんともいえず 美味しい。
苦味とは 危険な味だったはずのものが
それが 美味しいと感じたりする。
ビールのホップや サンマやイカのはらわた、
など、夏になれば ゴーヤチャンプルが美味しい。
そんなふうに 舌は 複雑さをましていく。

中国にいて いまだに トウガラシの味はなじめない。
覚悟をして食べると 美味しいと思うようにしている。
納豆に トウガラシを入れたり
オクラを炒めて トウガラシをつけてたべるなど
まったく 日本の素材が 変化することに驚嘆する。

舌は 地域性がありながら グローバリズムのなかに
果敢に立ち向かっていることを 理解する。

touxia at 09:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年11月14日

水に流して

いつのまにか 歌 を忘れたようだ。
慌ただしさの中で 言葉を 失っている。
感じたことを、言葉に表そうと 苦労しながら
紡いでいたことを 忘れていた。
急に おもいだしたように 歌を 紡ごうとしたら、
言葉が まったく生まれない状況だ。
たくさんの言葉を 書き出しているのに
いつのまにか 言葉 を失った。
どこに行ってしまったのだろうか?

ひさしぶりに 夢をみた。
懐かしい人が 登場していた。
何げない話が交わされた。
なにかが アタマの中で 起こっているのだろう。
それは、過去にむけてではなく
明日にむけての 何かが ひらめいたようだった。

根拠のない自信 が もやもやと 生まれて
やっと 前に立ち向かうことができそうだ。
週休二日になって、ずいぶんと 自分の時間が
生まれることで、身辺が 整理されていく。

いらないものを捨て去って、次にすすもう。
過去のすべてのことを 水に流して。
もう一度、生まれ変わって、ゼロから始めて見よう。

touxia at 10:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年11月11日

りりィが 黄泉の国に

この前 岩井俊二監督の
『リップヴァンウィンクルの花嫁』をみた。
りりィのみごとな 脱ぎっぷりをみて、
その役者魂をみた。綾野剛もそれにつられて脱いだ。
いやはや。それで、二人して お酒を飲み
泣き、笑っていた。
もう、その時に 肺がんが わかっていたのだろうか。

『荒地の恋』で、伝説のマドンナとして
登場した時も しづかで 落ち着いた雰囲気と
かすれた声で 28年前に買って 使っていた扇風機が
壊れたけれども、先日 いじっていたら、なおった
というエピソードの話し振りが 妙に 気に入った。
なぜか、生きていながら 生気を失ったような
そんな感じが うまくでていたので 感心をしたのだが。

『私は泣いています』という歌のもつ不思議さは
りりィのかすれた声が、かもしだす 良さなんだろうね。
かすれた声が 沁み込んでいく。
そんな風にして いつの間にか 
人も いなくなってしまうのだろう。

touxia at 15:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年11月09日

もしトラ から まさトラへ

トランプが 勝つ分けないと思ってみていたが、
アメリカ人の選択は サプライズさせる。

もしトランプが勝ったなら どうなるか
と思っていたが、
まさにトランプが勝ってしまった。

日本は どんな対応をするのだろうか?
想定外のことが、想定できなければいけない時代となった。

「今の政治ってダメだろ? 俺が何とかしてやるぜ」
と トランプが ほざいた。
それが、じつに 小気味がよかった。

好き嫌いで すべて判断する性格は 
今の時代に合っているのかもしれない。
時代を 変化させると言っていた オバマは
あまりにも、何もできないヤツであったことは確かだ。
いうことはよくても、いじいじしていた感じ。

トランプをめくってみたら ジョーカーだった
ということが、これから 起こって来るのでしょうね。
イギリスの 離脱というのも 刺激的だったが、
それを上回る 刺激だった。
アメリカも やるね。

さて、メキシコとの 壁を つくるだけでも
建設業は 潤うのかもしれない。
働くのは メキシコ人だったりして。

touxia at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) アメリカなど?

2016年11月03日

売れているものが欲しい。

中国で 中国人に販売する ということを
つきつめていくと、
やはり かなり 日本とは違った 消費者行動がある。

『よいもの』が ほしいのではなく 『売れているもの』がほしい。
あの人も買うから 私も買う。
なぜか?と言うことについては、よくわからない。
とにかく、みんなが 買うものが 欲しいのだ。
だから、脈絡もなく、爆買いしてしまう。
それに、すぐに 飽きちゃう。
かった理由が ないから、なんでこんなものが
いるんだろうと言う ところに落ち着く。
おもしろすぎるよ。その発想が。

レストランも 混んでいると行きたがる。
行列があると並んでしまう。
なぜ?並ぶのか?
そこに行列があるからだ。

この 付和雷同性は 徹底した個人主義にもとづき
自分が 主人公 でないと満足しない。
そのステージがないと 踊れないのだ。
いい性格していると思うよ。まったく。

ちょっと、なかなか、そのところに到達しなかったので、
躊躇があったが、それをぬけると 以外と簡単かも。

でも、アタマの中は かなり 『いかれ始めた』
どうするかね。こんなアタマの変な状態になって。
のたり、のたり。と 前に進むしかないのですね。
98_1s


touxia at 09:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年11月02日

Facebookを接続

VPNが 使えなくなって、
回復したにもかかわらず、
Facebookの接続の回復が できていなかった。

昨日 ひさしぶりに Facebookの 接続を
回復した。たくさんのメッセージが入っていて、
随分 見ていなかった。
よくわからないが、チャットもやってみた。

問い合わせもあり、ひさしぶりに
旧友に、連絡した。実に便利である。
メールで、やりとりすると やはり
考えておくるのであるが、チャットは会話のような
滑らかさがある。これは、便利である。
中国の辺境にいても、日本とちゃんとつながるのである。
ありがたいことである。

中国では 微信が 自由に使えて、
メッセージが送れる。
しかし、どういうわけか 時たま 開けなくなる。
昨日も その現象が起き、そのまま使えない状態に陥った。
あぁ。なんとかならんですかね。

touxia at 06:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ブログ管理?

2016年10月31日

難しいは新しい

グリコの 企画部部長の 小林正典の
プロフェッショナル 仕事の流儀 を見た。

じつに シャープなオトコである。
外見での印象である。目がするどい。
見る視線が とても、爽やかである。

『難しいは新しい』という言葉が
じつに 頼もしく 突き刺さった。

「出来ることだけやってもサプライズは無い」
と 言い切る。そうだよ。
サプライズは 安易に、簡単に、つくれない。
どこで突き抜けるかだ。

『贅沢な』という言葉は、普通でコンセプトとして
止まってしまっている。という指摘も
じつに 良く見えている。

日本という市場が 伸び悩んでいるが故に
そこを突き抜けるには よっぽどの 知恵がいる。
そんなことを、分からせる 言葉だった。

難しいことをしなければ、突破できない。

「失敗を失敗で終わらせたら失敗。
次どうする?って考えているうちは、失敗じゃない」
なぜ の 繰り返し作業なんだよね。

『成功へのビジョンを抜群の解像度』で
指し示すことができるまで 戦う。

touxia at 10:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年10月29日

考えがたりない

その問題を どう考えるのか?
を自分にひもつけて かんがえることは、正しいだろうか?
その問題の核心をみすえることを、
最優先されるべきだが。

その問題の『拡大解釈』をすること。
自分の責任であると考えること。
『こうすべきであった』 と 常識的すべき論。
あの人は こう思っているのではないかという 憶測論。
ふーむ。
考えている内容が ネガティブスパイラルに 入り込んでいく。
解決できない方向へ 追い込んでいく。

論理的な思考力が 感情論的思考力を上回っている。
そんな時には、もう一度 じっくり 何が問題なのかを
考えることから始めよう。

『あいつはやる気があるのか?』
『あいつの仕事は遅い』『とにかく、決めてください』
『そんなに、時間はないのだ』

と言っても、問題の核心をつかまなくては。
泥沼に入り込んで、足をひたすら動かしていたが、
やっと 泥沼の深さが分かり、硬いところに 足がとどいた
というところだろうか。
これからですね。


touxia at 09:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年10月27日

独身的生活

私のまわりに 独身者が多い。
不思議なほどだ。
いわゆる 肉食系ではなく 草食系と言われる。

一人で生活するのが 煩わしくないということか。
炊事、洗濯、掃除 という家事労働が 実に簡単になった。
炊事は 飯を食べることであり、
コンビニになんでもそろっている。
コンビニが 独身主義者をふやした大きな要因とも
言われている。
私も、中国に来て はじめて 料理を始めた。
自分で料理しながら どんな味にするか
考えることは、意外と楽しいが、
やっぱり 自分のつくった味に 飽きてくる。
好きなものばかり食べていると、好きでなくなる。
人間って なんと 傲慢なのだと思う。いや私だけか。

洗濯は 洗濯機に突っ込めば 乾燥までしてくれる。
後は、干すだけだ。1週間に一回の洗濯をすればいい。
毎日変えても たかがしれている。

掃除は 汚さなければいい。
と言っても、昆明は ホコリだらけで、拭き掃除までいる。
それは、洗濯している間にやればいい。

人間関係が 煩わしいので、それをなくすことで
シンプルで、快適な 生活が 独身の方がしやすいということか。
つまり、生殖機能は べつに どうでもいいことになったのかな。
それも、飽きてきたということか。
『勃起』のない生活や 『刺激』のない生活も 
人間関係の煩わしさから 逃亡できる ということかもしれない。

考えれば シンプルでいいが、
なぜか つまらない シロクロ映画を 見ているようだ。
色彩が なくなっている。

中国では、11月11日は 独身の日と言われる。
なぜ、その日に 買い物フィーバーするのかよくわからないが
いつの間にか 中国で一番の販売する日になった。
色彩のない中で、彩りを添える。
日本でも まねて いい日の買い物デーになった。
中国を真似るたくましさが まだ日本にもある。



touxia at 09:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年10月25日

生の究極の目的

『生の究極の目的は、死ぬこと』
と 日本人の昔の人は言った。
人は 確実に死ぬ。
それは、不思議なことに100%なのだ。
例外が存在しないと言う じつに厳然たる事実である。

あぁ。どうも、その近くに 
やって来ているにもかかわらず、
いまだに ジタバタしている。
それが、意外と楽しいのだ。

のんびり 何もしないで 生活するには、
なぜか 時間がもったいない。
まだやることは、
いや、やりたいことがいっぱいある。
今の段階では、投了するには早すぎる。

まだ 戦っていないような気がする。
戦ってみて はじめて、負けをみとめていいが、
負けを 形づくる 投了様式 まで 行っていない。
ふーむ。
『死ぬことと』 見つけていないようだ。

touxia at 14:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年10月20日

抗いたいほどの運命。

『失ってから、気がつくことばかりが多い』
という言葉は 身にしみる。
つねに トレードオフ なのだ。

何かを得れば、何かを失う。
そんな風に 判断をしながら、
ニンゲンは 生きている。
しかし、選択したことで 失ったことを
後悔しても仕方がない。

たぶん、ココまでいる。
中国の辺境 云南の昆明にいる。
それも、運命なのかもしれない。

抗いがたい運命。
この運命が どこにいくのだろう。
未だに見えないところがある。
やらなくちゃならないことは、山ほどある。
うれしい限りだ。
そして、そのやらなければならないことが、
自分の能力を 高めるしかない ということで、
ひたすら本を読み、バカになるほど 本を読む。
ひとつづつ みえてくる 事がある。
毎日 フルに時間を 費やして 必死に 立ち向かう。
それが なんとも言えぬ 快感である。
いい日々を おくっていると思う。
それも、トレードオフのおかげかもしれない。

touxia at 21:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

不運を チャンスにする。

世の中には 運と不運が あるような気がする。

あるミスが、ずっと見つからずに、
さぁ、これからという時に ミスを見つける。
何で、もっと前に見つからなかったのか?
という疑問さえ起こる。
タマタマなのだが そのタマタマが
出ばなを くじく。

あぁ。それは、不運だよ。
と言って、不運を嘆いていては 前に進めない。
とにかく、切り替えるしかない。
その不運を チャンスに活かすためには、
どうするのか?

違った視点での物語を つくりあげていくしかない。
そんなことを、考えてみたら、妙にせつなくなってきた。
そんなに 時間が残されていないのだ。

なぜか、失うことが多すぎるような気がする。
いや、失ってこそ その意味が 分かるのかもしれない。
そんな風に思えて、心が締め付けられた。

touxia at 08:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年10月18日

時代の変化を感じる。

云南にいると 今の時代に 本の何が流行っているのかは
なかなか分からなかった。
本屋も ないので、よけい 分からないわけだ。

こうやって、アマゾンレビューを書いていると、
みんなが 何を読んでいるのかが 
ブクログを書いているときより 
敏感に分かるようになった。

それに、私の読んでいる著者は もう年寄りばかりで
1960年代から1970年代の作家さえ知らなかった。
それが やっと 分かるようになった。
確かに、流れが 変化してきている。
『論理的』『理性的』というレベルは 超えているような感じだ。

中国人の若者を見ていると
『携帯電話』を握ったままの生活をしている。
ほとんどが 携帯から 情報を得て、また時間を消費している。
本を読んでいないので、どうも 知識が 断片的である。
まとまっていない と言うべきなのかな。
話を しているが 要領を得ない。
考ているのだろうけど、説明力がないんだね。

目的としたテーマに 結論が 伴っていないと言うべきか。
確かに、あたらしい 思考回路 が生まれているような気がする。
時代が変われば、ライフスタイルも 変わるということが
よくわかった。
土井英司の『ビジネス書講義』を読みながら、
ビジネス書が 振り子のように変化して、
同時に ビジネス書が読まれなくなった というのは、
何となく、そう思う現象が あるなぁと感じた。

仕事を一生懸命やらなくとも、もっと違う生き方があるという
若者の 方向性は 確かにあるんだろうね。

touxia at 09:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年10月14日

ヤフーメールがつかえない

どうしたんだろう。
昨日から ヤフーメールが使えない。

パスワードを求めて来るので、
入力すると
認証がいる とでて、その認証する画像が
見えない。

一方的に 切られているようだ。
どうすんべ。

それにしても、ボブディランとはねぇ。
やりますね。
ノーベル賞も。

touxia at 04:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年10月11日

ヘーゲル的マーケティング

『現実的なものはすべて合理的であり、
合理的なものはすべて現実的である』と
ヘーゲルが言った。

なぜか マーケティングって そんな感じなんだね。
つまれ売れているものが 美味しいものであり。
美味しいからと言って 売れるものではない。
品質の良いものが 売れるものではなく、
うれているものが、お客様の欲しいものだ。

リーダーシップを握っているところ
一番シェアーをもっているところが、
やはり 一番売れるのだね。
しかし、それを 覆すような力は
延長線上にはなく、新しいカテゴリーの商品によって
リーダーシップが 変わっている。

量から質への転換。
対立物の闘争と止揚。
つねに 螺旋的な 発展がある。
同じものでも 同じでない発展。
あぁ。哲学的 マーケティングがいる。


touxia at 08:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年10月09日

ドイツ銀行崩壊?

ドイツが とても 景気がいいと思っていた。
バイエルが モンサントを買収って 反対じゃないか。
モンサントが バイエルを買収するのが本来あると思っていた。
いまの 経済の動きは よく見えない。

それで ドイツ銀行が 危ないという話で、
原因は 何かを調べてみたら、
『米司法省のドイツ銀行に対する140億ドルの和解金提案』
というから、驚きだ。
ドイツ銀行株の時価総額180億ドル というから 
これに応じていたら 
ドイツ銀行は アメリカ司法省 のものになってしまう。
ありえない ような 話で、これでドイツ銀行が こけたら、
EU の経済は 混乱の極み、さらに 中国にも影響する。
世界経済が 影響受けて アメリカの経済が プラスになると思えない。
それでも アメリカが 強硬に 要求している。
減額というニュースもあるが、よくわからない。

アメリカでは フォルクスワーゲンが 巨大な賠償金を抱えている。
これでも、大きな話だが。
アップルの税金逃れで EUでは 賠償金を要求している。
アメリカとEUとの みえない 税金 経済戦争 と言えるが、
何か、きな臭すぎる 感じがする。

touxia at 11:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

記憶しない手法

自分の中で感じたことは、すぐさま
ブログに書くようにしている。
そうしないと 忘れてしまうからだ。
と同時に ブログが 外部記憶装置 になっている。

やはり、感じる瞬間って わずかなことだ。
それを どこかに 書き留めておかないと
すぐに忘れてしまう。次に感じたことは、まったく違ったものだ。
同じ感じ方というのが 余ないように思える。
しかし、ブログで感じたことを書いたのを読むと
なぜか 同じような感じ方をしているのではないか
と思うことがあるが 表現の仕方と言うか
アウトプットが ちょっと違っている。
それは、切り口だったり、言葉遣いだったり、
編集方法、並べ方 など が微妙に違う。
それがおもしろい。

私が知りたいことが 雑多で、収納すべき
抽き出しが多いがゆえに、ブログも多くなる。
あるテーマが与えられると、
そのキーワードで すぐさま調べることができる。
それを読みながら、こうやって考えていたんだ
ということが、ブログで分かる。
そして 関連性とリンクが 自分の中で始まる。
それをベースにして Yahoo!で しらべて、
さらに 深堀していく。
そのテーマをめぐって 本を探し 本で 系統化する。
つまり、自分のアタマで いろいろ 考えるよりも、
ブログで 過去に書いたことを読んだ方が 新鮮な時がある。

つまり、ブログにアウトプットすることで、
記憶しようとしない生活は、 
アタマがいつも空っぽの状態に できる。
そのほうが 柔軟に対応できる感じがある。
しかし、人間って 知らないことが 多いのだろうか?
また、忘れてしまうというのも 結構快適だ。
覚えておかなければならない というのとは ストレスになる。

touxia at 11:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年10月08日

つぎつぎと

読みたい本が 次々にやってくる。
そのために、問題意識が 拡散する。
もっと 集中しなければ。

自分のすべきことを 整理して
そのうえでの 本の選択がいる。
/ー美味しいことについての 知見
経営企画、販売企画、企画論。
これが 今は焦眉のテーマのはずなのだが。
13億人をマーケティングする。
何を読んだらいいのか よくわからない。
ずはやっている本を読む。
これが、よくないなぁ。
次から次にでてくる。ココは、しぼらなくちゃ。

時代の空気をつかむというのは いつも必要なことだ。



touxia at 14:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

微信がつかえなくなった

微信が 使えなくなった。
はじめての 現象である。

携帯の容量が足りないかと思い、
まず いくつかの アプリを消した。
そして、画像を すべて パソコンに移動した。
フォトストリームには まだ残っている。
フォトライブラリとフォトストリームがよくわからない。
結局は フォトストリームを 削除する必要があるのかな。

整理して ストレージには まだ2.4GB 残っている。
それでも、微信が 使えない。

一度 除去して 再度 インストールするのがいいのかな。

携帯からの支払いも 取り組んでみる。
支付宝が お金が振り込んであったのであるが、
身分証が 確認されていないということで
使えなかった。
とりあえず、銀行登録をしてみる。
ココで、身分証が 中国人の身分証しかないので とまっていた。
ところが 身分証のところは パスポートに 切り替えることができる。
それで、登録した。
スゴイのは、パスポートを画像でおくり それで承認される。
更に、あとで 顔認証をする。
すごくすすんでいる。
やっと 携帯電話の お金を おくることができた。

さて、銀行口座から 支付宝に お金を送り込まなくちゃ。

(追補)2016年10月9日
iPhoneの 容量を 整理して、
使っていないアプリを 削除して、
すこし、余裕をつくったら 微信が 使えるようになった。

紅袋は、200元まで おくることができる。
ふーむ。
目標とする アプリは 修得することが できた。
やれやれ。

touxia at 12:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

あぁ。7日間の休み終了。

10月8日 今日から仕事である。
7日間の間に あれを読もう。これを読もう。
と思っていたが、結局 長い本が読み切れなかった。
『経営戦略全史』三谷宏治(著)を読み切ろうと思ったのだが、
どうも、系統的になりきれていないので、
途中で 逃げてしまった。
結局 『経営戦略』の概念整理と時系列の整理が充分にできていない
ことが その要因でもある。

内田樹氏の『最終講義』 『先生はえらい』 『下流志向』を
続けて読んで、『学ばない子どもたち、働かない若者たち』
の背景を かなり理解できた。
その現象は 中国にもあるなぁ と感じた。

消費体験が先にあり、労働体験が 後にあることで、
『等価交換』という仕組みにならされることで、
学ぶことを 『何のために必要ですか?』と
問いかけてしまう ことから、学ぶことの無意味を
理解してしまった。ということが、
内田樹の仮説であり、今の状況を説明可能だと思った。

知らないことを読み飛ばしていく。
知らないことを知ろうとしない。
今まで、『無関心』ということがなぜ起こるのか?
ということに対しての 氷解があった。
情報の洪水の中で、自分の好きなことだけ、見ていると
結局は 『無関心』になるのだねと思った。
なんにでも 食いついていく 私の好奇心とは違うようだ。
『ニート•ひきこもり』が 省エネルギー生活だというのは、
確かに、そうかもしれない。
しかし、なぜか 恐ろしい時代が来ているような感じがする。

学ぶ意味をなくすことで、働く意味もなくしてしまうというのは、
マイナススパイラルの 人生になっている。
負担が大きくなったり、責任が重くなったりすれば、
そこから、逃げていくというのも、ひとつの現象なのだ。
それが、なぜなのか?と思っていたが、
そんな根底的なところから、問いかけられていることに
すこし、絶句しなければならない。

中国における一人っ子政策において、
子供への負担が多すぎる。かなりの詰め込み教育の中で、
とにかく宿題が多い、落ちこぼれ現象が 生まれている。
親は 熱心であるが、
それが 更に子供へのプレッシャーになっている。
これが 学ぶことへの逃亡をうみだすきっかけににもなる。

内田樹の三つの本を読んで、とても 刺激をうけて、あらためて
マーケティングのあり方を変えねばならない と思った。
  


touxia at 09:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年10月05日

アマゾンレビュー 

アマゾンのレビューを かきはじめて 
1000 を 超えた。

アマゾンレビュー Touxia

書き始めたのが 7月のはじめなので、
3ヶ月で 書いたことになる。
もともと ブクログの Touxiaの本棚 に書いていたのを
転記しているのだが、アマゾンとブクログは
明らかに 書き方が 違うことが わかった。

ブクログに書いていたのは 『私がどう感じたか?』
という視点で 書いていた。
しかし、アマゾンのレビューは それだけでは、おもしろくないと思った。
その大きな違いは、
読んだ本のもつ 『価値』みたいなものを 提示する必要が
あるということかもしれない。
つまり、『私が』 ということではない
『読む人にとって』ということなのだと思う。

作者が 何を言いたいのか?
という 推察 と それが 今の時代とどうかみ合うのか?
という ことが 書かなければ 
アマゾンの レビューにはならない。

(追記)
アマゾンレビューを書くことで、いまどんな本が売れているのかが
よくわかるようになった。
あまり気にせず、自分の好気な本だけを読んでいた感じだ。 
雲南にいて 電子図書を購入するというやり方で 
新しい本も得ることができる。

『君の名は』が 流行っているので、新海誠 に注目してみた。
不思議なことに 『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』
のふたつはDVDで購入してあった。
とにかく、日本のものならなんでも買う
ということで、ちゃんと あったのはうれしかった。
とりわけ 言の葉の庭の映像が すばらしかった。

いままで 気にしていない作家たちも 始めてよく読んだ。
吉田修一、伊岡瞬、中山七里、大崎善生、橘玲、
北森鴻、池永陽、月村了衛、河合莞爾。
新しい作家が どんどんと生まれていると感じた。

touxia at 10:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年10月02日

美味しい をさがそう。

美味しいとは 味のことだ と思っていた。
その時代の変化、食べる環境、人生のライフサイクル。
常にニンゲンは 変化している。
そのなかで 美味しい 味とは 同じものではなく、
変化していることは 確かだ。
中国人全員が 美味しいと言えるモノをつくるのは
むつかしい。

音には、絶対音感があり、
ニンゲンから見れば、オンチとオンチでないヒトは、
国境を越えても、変わらないような気がする。
音から 言葉に変化することで、
国境が うまれ そして 食も広がっていく。
その中で、美味しい という言葉のクオリアが
見えて来るのだとおもう。

『まずくはない』『食べることができる』
というモノをつくることは、可能だ。

日本に戻って 小栗旬の タマゴかけごはんに
味の素を ふりかけて 食べるのには 驚いた。
私の子供の頃は、おばあちゃんが食事を作ってくれたので
いつも、味の素が いろんな者にかけられていた。

それが 青年になった頃には
味の素 とはいわずに 『化学調味料』と言って、
バカにして 食べないでいた。
それが、今頃になって 味の素が 使われている。
とても、奇妙な 場違いな コマーシャルに 驚いた。

ある意味では 味の素は 日本人が発見し、開発した商品であるが、
『中華飯店症候群』なる者があって、味の素の多用に問題があるとされた。
それでも、味の素は そのグレイな時代に、味の素という名前を変えもせずに、
ネガティブキャンペーンと 闘っていたことは すごいことだ。
そうであるが故に、その広告の 取り組み方は 
味の素 広告(1) 広告(2) 広告(3)
ちょっと違うなぁとおもった。

あきらかに ターゲットが 変化している。
 ̄さん と呼ばれるヒトが ターゲット。
∋匐,燭舛 ターゲットに。
さらには 生命に向かい、環境に向かった。
ぅ僖鵐隻咾半栗旬 となっている。
やはり、時代は 変化している。

今、私は 美味しい をさがしに いこうとおもう。
美味しいと言うものの 表現力が 必要なんだ。

touxia at 16:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年10月01日

10月1日

9月は あっという間に 過ぎ去った。
9月は 前のめりでありながら、
すっきりとした 光景が 見えた。

ふしぎと ラオスのメコン河の 土色の川の流れが
思い出された。なぜなんだろう。
たぶん あの河の流れを見ながら 一気に物語を
書き連ねたことが 契機になっている。
そこから、前に進まなかった。

云南から チェンマイに行き 4ヶ月ほど滞在し
寺院を 見て回ったことが 
回帰のような気分にしたれたからなのだろうか。

さて、10月1日 国慶節がはじまって
1週間の休みがある。
仕事のやり残しと 読まなくちゃならない本を
片づけながら、すこし 飛んでみよう。
こころの飛躍。

touxia at 05:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) つれづれと私?

2016年09月30日

ベッキー あたらしい服を、さがそう。

ベッキー あたらしい服を、さがそう。

広告が チカラを失った と思っていた。
毒をふりまき トゲがある そんな広告もあるのだ。
日本も見捨てたものじゃない。

宝島02

樹木希林 死ぬときぐらい好きにさせてよ。
そうだよね。変な延命医療はいらない。

宝島01

美輪明宏 捨てられるなら、捨てた方がいいよ。
その方が、すっきりしそうだ。

宝島04

ヒトは 本を読まねば サルだ。
まったくだ!

宝島03

宝島07

宝島05

宝島06

宝島12

宝島14

西郷さんは 好いこと言っている。

宝島13

この広告を みながら 『乾坤一擲』 
という言葉を 思い出した。
宝島社 やります。

touxia at 05:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年09月29日

飛躍感

やっと ふりきれた 感じがした。
ぼんやりとであるが、飛躍感 がある。

うーん。
オレは こんなことをやりたいわけじゃない。
やりたいことは みえないけれど、
やりたくないことは わかっていて、
やる必要がないことが 見えてきた。

ちいさく、まとまっても しょうがない。
ここまでくれば、全エネルギーを 集中すればいい。
こころが うごくもの、うごかせるもの。
そんなんが つくりたいのだ。

心象風景として 紙ヒコーキ が
ゆらゆら ふわふわ 落ちていく感じで、
まだ、地面には 距離がある。
上昇気流が 欲しいな。


touxia at 10:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?

2016年09月27日

あぁ。思想が。

ただ、ひたすら 前のめりに 本を読み進む。
それは、知力が 足りないからだ。
中国と言う 13億人もいる 大きなマーケットを相手に
悪戦苦闘している。
やって来たことは 突っ込みどころ満載。

中国人のニーズと言ったって、実に多様で複雑。
そう簡単に 中国人の心の琴線に触れることはできない。
よく考えたら、マーケットイン的な発想でやっていたら、
中国では やっていけないのかもしれない。
つまり、全くこれでいいということが 決まらないのだ。
プロダクトアウトで、強引におしつけた方が 勝ちなのかもしれない。

情報過多の中で、情報が氾濫し、整理できないでいる。
結局は 整理しない方が いいのかもしれない。
情報のだだ漏れの中で、『なにか』が光ったら、それに飛びつくことかも。

でも、プロダクトアウト であれば、とんがった モノでなくちゃ。
そのものの後ろにある 思想が なんといっても
重要なんだよね。
自分のためでない、人のためになること。
狭い枠にとらわれないこと。
インスタントラーメンみたいな、そんな 革命的な何かが
うまれるほどの イノベーション。

土日が 休みになったことで、本を読むことができるようになった。
集中して読むので、なぜか 精神的に 疲れ果てる。
休みが多いと、いいかとおもったが、月曜日には つかれはてていた。
身体的な疲れと 精神的な高揚はちがうのだね。

ラーメンアイス
こういう 商品アイデア は 単なる平行移動。

touxia at 10:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しごと?