2009年02月08日
イチョウ
裸子植物から 被子植物に進化したといわれるが
被子植物と裸子植物の間がミッシングリングとなっている。
被子植物は 約23万種あるのにかかわらず、
裸子植物は 約800種しかない。
なぜ 裸子植物の品種がそれだけ少ないのか?
解明されていない。
現生の裸子植物は 4つのグループしかない。
イチョウ類、
ソテツ類、
グネツム類、
球果類(スギ、ヒノキ、マツ、モミなどの針葉樹) である。
高校のとき 部室の前に 2本の大きなイチョウの木があった。
秋になると 1本の木に実がなり それが ラクビー部の 部費に換わった。
なぜ 片方の木に実がならないことはふしぎだったが
雌雄別株ということを知ったのは 後のことだった。
イチョウの実を取り、銀杏をとりだして、銀杏を売ったのだ。
その取り出し方が 無防備だったので、身体中かぶれるということもあった。
病院代が高かったことだけ覚えている。
そのあと、どういうわけか サバを食べてもかぶれるようになった。
大学にあがったら、そのようなことがなくなった。
サバ好きな私にとって、サバが食べられないのは
イチョウのおかげで大変だった。

画像は ここ から
そんなイチョウが 中国の原産で・・・世界各地に広がった。
東京の木にもなっていて・・・
『とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている』
という名文句まで飛び出している。
それが・・・3億年まえからあったということが
ふしぎな感覚をもたらす。
イチョウは 人類の誕生以前に存在していて
人類誕生の瞬間を見ているのかもしれない。
その物語を ギンナン が語り続いているとしたら 楽しい。
イチョウと日本人との関係では
1896年 世界で始めて イチョウから 『精子』を
日本人 平野作五郎が 発見したのである。
イチョウは 中国から 鎌倉時代に 伝わったとされている。
『イチョウに関する記載を辿ると中世(文保2年(1318):後醍醐天皇即位の年)にまで遡るが、古代日本の書物(古事記・万葉集・源氏物語など)にはイチョウのことは出てこないので、イチョウの伝来は鎌倉時代と推測されている。鎌倉時代の豪族による南宋との交易によって、初めてギンナンの実が大陸から伝えられた。』
『「いちょう」の名前の由来は、葉が鴨の足に似ている事から、中国語の「鴨脚(YaJiao ヤーチャウ)」が訛った、とされる説がある。但し、中国語はもともと方言差が大きく、また、のk/gの音価は中世以降大きく変化したため、「銀杏」と書いてそのまま「イー・チョウ」もしくは「イン・チョウ」のように発音する時代・地方から導入されたことも否定はできない。』
鴨脚といえば、中国では ホストクラブのオトコという意味らしい。
『ドイツでは、フラボノイド22〜27%、テルペノイド5〜7%(ビロバライド2.6〜3.2%、ギンコライドA,B,C2.8〜3.4%)、ギンコール酸5ppm以下の規格を満たすイチョウ葉エキスが医薬品として認証されている。・・・日本では、イチョウは医薬品として認可されていない。』
生きた化石 イチョウの歴史
イチョウを詠む
金色の 葉に刻まれた 3億年
背中の イチョウが散る 満月哉
銀杏を 触りてかぶれし 青春
被子植物と裸子植物の間がミッシングリングとなっている。
被子植物は 約23万種あるのにかかわらず、
裸子植物は 約800種しかない。
なぜ 裸子植物の品種がそれだけ少ないのか?
解明されていない。
現生の裸子植物は 4つのグループしかない。
イチョウ類、
ソテツ類、
グネツム類、
球果類(スギ、ヒノキ、マツ、モミなどの針葉樹) である。
高校のとき 部室の前に 2本の大きなイチョウの木があった。
秋になると 1本の木に実がなり それが ラクビー部の 部費に換わった。
なぜ 片方の木に実がならないことはふしぎだったが
雌雄別株ということを知ったのは 後のことだった。
イチョウの実を取り、銀杏をとりだして、銀杏を売ったのだ。
その取り出し方が 無防備だったので、身体中かぶれるということもあった。
病院代が高かったことだけ覚えている。
そのあと、どういうわけか サバを食べてもかぶれるようになった。
大学にあがったら、そのようなことがなくなった。
サバ好きな私にとって、サバが食べられないのは
イチョウのおかげで大変だった。

画像は ここ から
そんなイチョウが 中国の原産で・・・世界各地に広がった。
東京の木にもなっていて・・・
『とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている』
という名文句まで飛び出している。
それが・・・3億年まえからあったということが
ふしぎな感覚をもたらす。
イチョウは 人類の誕生以前に存在していて
人類誕生の瞬間を見ているのかもしれない。
その物語を ギンナン が語り続いているとしたら 楽しい。
イチョウと日本人との関係では
1896年 世界で始めて イチョウから 『精子』を
日本人 平野作五郎が 発見したのである。
イチョウは 中国から 鎌倉時代に 伝わったとされている。
『イチョウに関する記載を辿ると中世(文保2年(1318):後醍醐天皇即位の年)にまで遡るが、古代日本の書物(古事記・万葉集・源氏物語など)にはイチョウのことは出てこないので、イチョウの伝来は鎌倉時代と推測されている。鎌倉時代の豪族による南宋との交易によって、初めてギンナンの実が大陸から伝えられた。』
『「いちょう」の名前の由来は、葉が鴨の足に似ている事から、中国語の「鴨脚(YaJiao ヤーチャウ)」が訛った、とされる説がある。但し、中国語はもともと方言差が大きく、また、のk/gの音価は中世以降大きく変化したため、「銀杏」と書いてそのまま「イー・チョウ」もしくは「イン・チョウ」のように発音する時代・地方から導入されたことも否定はできない。』
鴨脚といえば、中国では ホストクラブのオトコという意味らしい。
『ドイツでは、フラボノイド22〜27%、テルペノイド5〜7%(ビロバライド2.6〜3.2%、ギンコライドA,B,C2.8〜3.4%)、ギンコール酸5ppm以下の規格を満たすイチョウ葉エキスが医薬品として認証されている。・・・日本では、イチョウは医薬品として認可されていない。』
生きた化石 イチョウの歴史
イチョウを詠む
金色の 葉に刻まれた 3億年
背中の イチョウが散る 満月哉
銀杏を 触りてかぶれし 青春
