イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

ルネサンスからゴッホへ

(水曜日)
最近は絵画関係の本ばかり読んでいる。とても面白い。小説よりも楽しい。私は昔の絵はだいたい知っているから、登場する絵が頭に浮かぶ。あの絵かな? と思ったら画集はいっぱいあるので確認できる。やっぱり大きな画集で見るとけっこうな臨場感がある。もちろん美術館で本物を見るのが一番だけど印刷物もカラー大画面ならないより100倍いい。
今は『イラストで読む ルネサンスの巨匠たち』(杉全<すぎまた>美帆子・河出書房新社)を読んでいる。もうすぐ終わるので、昨日から図書館でもらった『芸術新潮』も読み始めた。町田市の図書館は不要になった本をくれる。私はけっこうもらうが、そういう本は返却期限がないからなかなか読まない。昨日の『芸術新潮』は2010年10月号でゴッホの手紙を特集している。オランダのファン・ゴッホ美術館が15年かけて編集し直した書簡集の解説。ブログ『森への想い』氏も何回か取り上げている。確かNHKでも特集番組をやっていたような記憶がある。とにかく、この大書簡集はネットで無料で見られるのだ。ま、日本語はないけどね。英語とフランス語とオランダ語だけ。でも図版はもちろん見られる。ゴッホが手紙の中で取り上げた絵はすべて調べ上げて掲載してあるそうだ。
この『芸術新潮』の特集も67ページに及ぶ大特集。じっくり読みたい。
今日のウォーキングはぎりぎり合格という程度。あまり運動しなかった、感じ。
天気:晴れ

心の傷

(火曜日)
今朝はムチャクチャ寝坊した。とは言っても9時には起きた。いつも言うけど朝9時の水浴も朝6時の水浴も同じなんだよね。むしろ6時のほうが暖かいかも。水浴と言えば、この前のNHK大河『いだてん』で水浴シーンがあった。頭から20杯近くかぶるという設定。それは冷えると思う。私は初めにバケツに頭を突っ込んでから、両脚、両肩とやって、頭から2杯だけだ。そのあと左肩に1杯(夜はこれを省略)。残りの溜まり水を股間にかけて終わり。この溜まり水も少なくないけどね。
今朝は腹立たしいことがあった。言った言わないの応酬で、日韓関係みたいになってしまった。イヤだね。
こういう言い合いって物凄く気分が悪くなる。まさに心の傷になる。本当の血が出る傷もなかなか治らないけど、心の傷も癒されない。だから大抵は言いたいことを我慢する。グッとこらえる。でもこらえ続けると相手が図に乗るということもある。やっぱり言うべきことは言わなければ舐められる。こういう「舐められる」なんていう思想は良寛さまや聖フランチェスコなどからはとても遠い。でも聖人君主ではいられないよね。実際こちとら、ゴリゴリの俗人なんだから。
ま、こういう日には運動が一番。どんどん遠くに歩いて行くに限る。
で、とても遠いスーパーまで歩いた(往復)。八朔3個買っただけ。ドでかい八朔はこのスーパーまで行かないと手に入らない。心の傷に効果があったのかどうか、とにかく疲れ果てた。3個のうち特上にでかいのを食った。美味かったぁ〜〜〜。
天気:曇りのち雨のち晴れ
作品:F6「ささやき」
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ミュンヘンのドガ

(月曜日・成人の日振替休日)
昨日発見したルノワールの晩年ドガ讃歌は「もしドガが50歳で死んでいたら、優秀な画家としての名声は残しても、それ以上ではなかったろう。彼の作品がふくらみはじめ、彼がドガとなったのは50歳の時からであった」。
で、私がむかし引用したものは「もしドガが50歳で死んだら、優れた画家という評価は残しただろうが、それ以上ではなかっただろう。彼の仕事が広がり、彼が真のドガとなったのは50歳以後のことだ」。
同じ仏語原文から訳したと思う。きっと訳者が違うだけだ。

『ドガの想い出』(A・ヴォラール/東珠樹訳)は昨日読み終わったが、そのp239に、ルノワールがある後援者の肖像を描きにミュンヘンに行き、その人の収集品のなかで最もよかった絵を尋ねる場面があった。聞き手はヴォラール。ルノワールの答えは
「中にドガの裸婦が1点あったが、これは忘れることが出来ないものだった」
さらに
「その部屋の中で、君(=ヴォラール)が見たいと思うような作品は、それ1点だけでしょう……まるで、パルテノンの破風を見るようでした」
ああ、この当時にはすでに古代ギリシアのパルテン神殿の破風彫刻は知れわたっていたのだ。今は大英博物館にある。きっとフィーディアスの真作。人体表現の一つの頂点だと思う。ルノワール(1841〜1919)などがパルテノンの破風を知っていたというのもものすごく楽しい話。
天気:晴れ
図版:ドガ「髪を拭く女」1888〜92年 パステル 48×53僉.潺絅鵐悒鵝Ε▲襯謄團淵灰董璽
ミュンヘンにあるからと言って上記の話題のドガがこの絵だとは限らない。が、その可能性は小さくない。上野の「化粧する女」(1月10日にアップ)に優るとも劣らない傑作。上野のもいいよぉ〜〜。
ドガ「髪を拭く女」

発見!

(日曜日)
昨夜は風呂から出たのに、寒い玄関の書棚でドガを漁った。トイレで突然思いついたのだ。ファブリのドガの解説にないか。例のあのルノワールの晩年ドガ讃歌だ。そうしたら私はドガ(1834〜1917)のファブリシリーズを持っていなかった。でもドガの彫刻版ファブリなら日本語と英語(?)の2冊あった。
諦めかけてこの前見た『世界の素描24ドガ』(講談社)を再確認した。なんとこのなかの馬渕明子氏の解説(p30)にあったのだ! ついに見つけた。
わけわかんなかったけど出典も「BOURET,Jean,Degas,Somogy,Pris,1965.p.162」とある。私は『世界の素描24ドガ』から引用したのだった。間違いない。
昨夜は本当にめでたい夜だった。風邪をひく前に喜びのなかで床に就いた。
で、いま確認したら意味内容は同一だが、表現がちょっと違っている。私の引用は別の本からだ。高階秀爾の訳だと思うんだよね。
しかし、昨日は別な発見もあった。それはルノワール(1841〜1919)がミュンヘンで見たというドガのパステル画の話。それはまた明日。
天気:晴れ
作品:F6「富士遠望」
190104fuji6

やっぱり絵画小説か

(土曜日)
やっぱりルノワール主人公の小説かなぁ?
もうこのブログも書くことがないもの。同じことの繰り返し。よく言えばぶれない。ぶれっこないじゃん。ここまでこの路線で生きてやっぱり富岡鉄斎(1837〜1924)はイマイチだった、なんてなるわけがない。

20歳のルノワール(1841〜1919)が美術研究所に向かって走っている場面だっけ? 夕方のパリ、と言っても冬なら真っ暗だよね。絵のことなんて右も左もわけのわからない青年がマネ(1832〜1883)やドガ(1834〜1917)と出会い、新しい絵画の世界にのめり込んでゆく。その過程でクラシック絵画に目覚めて行く。
パリの街は大改造されていて、活気に満ちている。いっぽう戦争の影も迫ってくる。
登場人物はいっぱいいて、手が回らないほどだ。モネ(1840〜1926)はもちろん、ピサロ(1830〜1903)やシスレー(1839〜1899)、セザンヌ(1839〜1906)と強者だらけ。ゴーギャン(1848〜1903)やゴッホ(1853〜1890)もいるし、ロートレック(1864〜1901)も忘れられない。ボナール(1867〜1947)やヴュイヤール(1868〜1940)だって登場できるし、マティス(1869〜1954)、ルオー(1871〜1958)、マルケ(1875〜1947)といくらでも若い画家が出てくる。
思っただけでワクワクするけど、書くとなると大仕事だ。いっぱいカラー図版を入れて画集仕立てにしたいね。大人の絵本だよ。
時代考証とか、あんまり厳密にやろうとすると始まらないんだよね。でもうるせぇ奴が必ずいるんだ。イヤだね。

今日はマンション勤務のあと25mプールに行ったので全運動をクリアした。さすがに寒かったのでプールは空いていて思い切り泳げた。
天気:曇り

新しい簡易額絵

(金曜日)
20年以上前に某巨大コピー機メーカーから出してもらったスーパークローンタブローの夢を何とかもう一度実現できないものかと考えている。そのコピー会社の技術の方が印刷精度でカラリオに敵わないよと言っていた。本当かどうかわからない。しかし、私が使っている顔料系のカラリオは確かに素晴らしい。デジカメの画素数もハンパなく上がっている。
そのスーパークローンタブローはキャンバス地みたいなものに印刷して木枠に張った。印刷の上から私が油彩で加筆した。それでちゃんと油彩額装すると4万円近くする。大きさは6号ぐらい。
いま私が構想している額絵はペーパーフレイムを使った簡単なもの。価格も2300円に抑えた。構想の根本は悪くないと思う。しかし、商品は売り方で決まってしまう。こういっては何だが、新聞広告のほとんどはインチキ。いやいや検証したわけじゃないけど、ダイエットとか毛生え薬とか強精剤とか一目無理でしょ。別にインチキとは思えないが、クラシック名画の額絵の宣伝も多い。旅行の宣伝も多い。
私の額絵はインチキではない、つもり。なんかいい名前ないかな? たとえばフォトピクチャー。でも、フォトとピクチャーって両方とも写真だよね。フォトタブローなら妥当か。
天気:晴れ
写真:最新未発表作のフォトタブロー(仮名)の額装飾り付けの様子です。元の絵F4「大島遠望」(明日付けのHPにアップ予定)
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ドガの傑作

(木曜日)
昨夜のTBSクイズ番組『東大王』に出た薬師如来は奈良の新薬師寺のものだった、と思う。家内に平安前期の仏像が出ている『原色日本の美術』(小学館)を見せると、物凄く懐かしそうにじっくり見ている。家内は若いころ何度も京都見物に行ったという。やっぱり若いころの印象は一生の財産なのかも。だって最高の仏像は奈良時代(=天平)だろう。平安ではない。京都ももちろん悪くはないけど、奈良には遠く及ばないと思う。
ちなみに新薬師寺は奈良にあるけど、その薬師如来は平安前期の作、らしい。いやいや平安前期の貞観彫刻もかなり凄いけどね。天平の息吹がいっぱい残っている。

一件落着したルノワールの晩年ドガ評価の出典をしぶとく求めて、図書館で『ドガの想い出』(A・ヴォラール/東珠樹訳)を借りた。そうしたら、その表紙が私が見たがっている『化粧する女』のカラー図版だった。下にアップした。少し上と左が切れているけど致し方ない。この絵は上野の西洋美術館の所蔵なんだが、なかなか展示してくれない。カラーの絵はがきもない。美術館のカタログにもモノクロもカラー図版も掲載されていない。
講談社の『世界の素描24ドガ』にモノクロ図版があるだけ。私はドガ(1834〜1917)の傑作だと思っている。最高傑作かも。71歳頃の絵。
ああ、美術館の偉い人はどうして見せてくれないんだろうか? 贋作の疑いでもあるのか? 死ぬまでにもう一度本物が見られるだろうか? 今月ルーベンス展(2度目)に行く予定だから、そのとき飾ってあることを祈る(たぶん無理)。
天気:曇り。ド寒い。
図版:ドガ「化粧する女」1905年頃 パステル 木炭 48×62
ドガ「化粧する女」

市場分析???

(水曜日)
松の内は終わったけど、鏡開きは11日。いつまでも正月は続く。昔の鑑開きは20日との話も。長いね。未練は断ち切らなきゃ、というかプールや図書館、美術館など公共の施設が始まってくれないと私はとても困るのだ(ちゃんと始まっている)。

絵はなかなか買ってもらえない。高額だから難しい。1点物の絵画は買える層も非常に小さい。お金持ちでも絵に興味のない人は多い。というかほとんどの人は絵なんかに興味はない。絵を買う人は全国に3千人とも言われる。たった3千人だ。描く人のほうが多いかも(たぶん圧倒的に多い)。その3千人でも、絵の趣味はそれぞれ。抽象ばかり買う方もいれば細密画のコレクターもいる。絵描きの肩書を最重要視する人も多い。イッキ描きなんて見向きもしないコレクターはいっぱいいる。3千人と言ってもこっちを向いてくれる方はさらに少ないということ。とにかく絵は高額だから簡単には買えない。
遠い将来にプレミアムが付くかどうかも気になるところだ(ほとんど付かない)。
しかし、原画は買わないけど絵が好きという人は少なくない。印象派の展覧会には大量の入館者がいる。仏像だって等伯だっていっぱいだ。だいぶ前の牧谿展にもたくさんのお客さんがいた。今やっているフェルメール展は入場料が一般の展覧会の2倍近いけど長蛇の列、との噂。そういう美術愛好家は名画の複製とかグッズなども買っているみたいだ。2000円ぐらいのカタログは山のように積んである。バンバン売れている感じ。
ちゃんとしたいい絵は複製でもグッズでも買ってもらえるのだ。そういう購買層なら全国に数十万人はいると思う。いやいや数百万人いるかも。もっとか。
今の絵描きだってやってゆける道はどこかにあると思う。ちゃんと真面目に絵画に取り組んでいる画家が報われる方法をなんとか考えなければいけない。Jポップではいい音楽は売れている。絵だっていい絵は売れるべきなのだ。でも、数万円、数十万円の原画がバンバン売れる道理はない。無理、無理。絵画ブームやバブルはあったけど、あんなの常軌を逸している。二度とないと考えるべきである。

今日は町田まで歩いて(帰り電車)、50mプールにも行った(車)。運動じゅうぶん。
天気:晴れ
作品:F15「新春富士」
190104fuji15

いい正月だった

(火曜日)
この前お正月だったのに、もう松の内も終わってしまった。2回も富士山付きの海に行ったりして今年の正月は最高だったかも。ありがとうございました。

『なんでも鑑定団』の2時間スペシャルも見終わった。最後に出た絵はデ・クーニング(1904〜1997)だった。私はすぐに分かったけど値段は外した。でも億単位だということは当然だけど当てた。
当然だが私は絵についてはかなり目利きかも。円山応挙(1733〜1795)の《布袋図》も当てていたけど、渡辺崋山(1793〜1841)の印刷に騙された。印刷はテレビではわからない。お手上げ。
片岡鶴太郎は画家としても活躍中だけど全然ダメ、何も知らない。とは言っても優勝した。ああいう番組に出演するところが偉いと思った。メッキが剥げちゃうものね。
天気:晴れ
自作カレンダー(A4裸婦シリーズ):9月10月(11月12月分は12月30日に掲載済み)
1512-4A4カレンダーのコピー

描きたいように

(月曜日)
5万枚、5万枚と私は威張るけど、なにも5万枚とか10万枚に拘ることでもない。絵は何歳から始めてもいいと思っている。そのとき一生懸命描けばよいのだ。自分が気に入った昔のクラシック絵画をいっぱい見て、出来れば模写などもして、とりあえずは正確に自然を写す。画家を目指す高校生がやることと変わらない。初めはみんな同じだ。高校生でも50歳でも80歳でも同じだ。で、基本的には描きたいように描けばいい。
昨日は録画しておいた『なんでも鑑定団』の2時間スペシャルを半分以上見た。3択で贋作を見抜き真作を当てる方式。私も全然当たらない。さすがに絵だとよく当たるけどね。ま、複製画はテレビではわからない。虫眼鏡で見れば一発だ。
だぁ、かぁ、らぁ〜〜〜、絵の評価なんて当にならないの。昨日の主張の続きである。
こっちは描きたいものを描きたいように描けばいいのだ。本当に描きたいものを描くのだ。ここの「本当に」は三遊亭圓生の『淀五郎』の「どうやってって、どうやるもこうやるもない、本当に切りな、本当に」のあの「本当に」だ(You Tubeで楽しみながらお確かめください)。本当に心の底から描きたいものを描くのだ。裸婦だとか富士山付きの海とかバラの花とか、本当に描きたいものを描けばいいのだ。美術史に義理を立てる必要もないし、新しがって描きたくもない絵を描くこともない。ましてや、世間の評価なんてどうだっていい。人生は一度しかない。心底やりたいことをやらなければ嘘でしょ。嘘の人生、それは最低。
ま、やりたいことといっても我慢も必要。昨日だって泳ぎたいから泳ぎに行ったけど、寒いし苦しいし、大変だった。バタフライ50mでは最後のところはもう溺れそう。死ぬかと思った。情けないね。200m個人メドレーだからバタフライの後にバック、ブレスト、クロールと続く。溺れかかってから更に150m泳がなきゃならない。やりたいことと言っても命がけ。バカバカしい。安い命だからどうということはないけどね。おかげで昨夜は夜中にオシッコに起きなかった。年寄りの夜尿症は昼間の運動不足だと思う。少なくとも私は昼間の運動量が夜中を左右すると思っている。とは言いながらついゴロゴロしちゃう。真冬の夜中のオシッコは辛い。昼間の運動もハンパなく辛い。まったく人生は辛いことばかり。
天気:晴れ。ド寒い。
自作カレンダー(A4裸婦シリーズ):5月6月、7月8月
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