イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

ブログは大切

もうすぐ4月なのに寒い日が続く。個展には不向きだ。
今日は孫の卒園式があった。個展に2時間ほど遅刻した。卒園式には爺の顔でも並んでいないと「爺ちゃんなんで来なかったの?」と孫は手厳しいから致し方ない。現実には下の孫たちの子守り。早めに抜け出すように心がけた。
個展状況は例年と大きく変化はない。ただここ数年私のブログを読んでくださっている方に絵を買っていただくケースがとても多くなった。
往復の電車では座れた場合はほとんど寝ているが、本を読むこともある。今は『巨匠たちの迷宮』(木村泰司・集英社)でベラスケス(1599〜1660)のお話。どこかで読んだことはあるのだろうがほとんど忘れている。けっこう面白いけど、眠気は最優先、というか知らぬ間に眠っている。
明日はマンション勤務。画廊からはお休みをもらった。
天気:晴れだが寒い。

大過なし

『なぜ、健康な人は「運動」をしないのか?』(青柳幸利・あさ出版)は題名とは裏腹な内容。苛酷な運動を要求している。毎日8000歩歩き、そのうち20分間は速足とのこと。高齢者は無理をしなくてもいい、などと書いてあるが、結局は暇な日に補えとある。さらに10000歩が理想のような表記も見える。大雑把に言って、私の運動生活は間違っていない感じを受けた。怠け者の私が自分で頑張っているという感覚は青柳先生から見ると運動していない程度なのかも。
むしろ、昨日から始まった個展通いが運動不足で食べ過ぎになる可能性が大きい。
10000歩と8000歩って五十歩百歩より歩数が近い感じがする。
私の場合は15000歩ぐらい歩いてしまう日もある。そっちを気を付けたほうがいいかも。ま、もともと怠け者だから心配ないけどね。

今日は個展会場に多くのお客様に来ていただきありがたかった。だけど、いつも一人寂しく田舎をうろうろしているだけの爺としてはとても疲れた。
天気:曇り。寒い。
作品:F8「バラード」
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戦争の時代の片隅

中野京子の『怖い絵』シリーズやいろいろな歴史を読むと人のやってきたことはロクでもない。現在でも戦争をやっている国もある。長谷川利行(1891〜1940)の生きた戦前の東京も関東大震災があり、その後戦争へどんどん突き進んでいった。太平洋戦争で亡くなった日本人戦闘員は170万人以上とある。その人たちひとりひとりに親がいて、奥さんがいたかもしれない。子供もいた人も多いだろう。民間人だけでも40万人死んでいる。そのなかには女性や子供もたくさんいた。
だけど、いっぽう助かった人もいる。田舎で静かに暮らした人もいるのかも。ヨーロッパの歴史も凄まじい。5年前に私が行った南仏のミネルヴァなど、大虐殺された町だった。だけど、そういう争いにほとんど関係なく生きた人も少なくないのでは。戦国時代でも田舎に暮らせば静かだったのかも。
上に述べた太平洋戦争でも200万人以上の日本人が亡くなったが、7000万人ぐらいは生きていたわけだ(多くの人が心の傷を負ったが)。
ニュースもそうだけど、歴史も事件に視点を当てて語られる。事件のない平和もいっぱいあったに違いない。こういうことは当たり前すぎるから誰も言わない、のか?
どっちみち、135億年の宇宙時間(実際にはもっともっと膨大だと思う)から考えれば、瞬間の出来事。そういう尺度でどうやって生きるか考えるのも必要かも。だけど、現実には自分の睡眠、排便、運動もままならない。家計を考えるとノイローゼになる。

今日は個展の初日。運動不足のうえに食事は不規則。京橋の空気は悪いで、まこと最悪。町田の成瀬はいい所かもしれない。
天気:薄曇り

個展前日

いよいよ明日から京橋の金井画廊で個展が始まる。
原則、毎日会場に通う。今年はマンション勤務が3回入ってしまったので、あまり行けない。それでも、7日間は通う予定。頑張ろう!

今日は絵画教室だった。7枚描いた。
午後から図書館までウォーキングをして「なぜ、健康な人は『運動』をしないのか?」(青柳幸利・あさ出版)を借りてきて、夕方は50m室内プールに行った。借りた本の題名と行動が不一致。

夜、昨日録画しておいた『カルテット』を見た。主人公4人の下手な演奏についての手紙を読み上げるシーンがあった。酷い手紙だ。演奏の上手い下手なんて関係ない。演奏する人がいて聴く人がいる、それだけのことだ。嫌なら聴かなければいい。
何百億年の宇宙時間から考えれば人類の生存なんて一瞬の出来事。その中で何をするか、歌を歌うか、絵を描くか、運動するか、楽器を演奏するか、やりたいことをやればいい。人のやっていることに四の五の言うのは最低だと思う。特に匿名は死刑に値する。
天気:晴れ。風がけっこうあった。
作品:F6「新種のマーガレット」今日描いた絵です。
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画集のコメント

昨日の午前中は画集作りをやった。画集といっても冊子パンフレットみたいなものだ。18ページの中身に30点余りの絵を入れる。これを選ぶのが大変だし、次々に絵が出来てしまうので、新作との入れ替えもしたくなっちゃう。どこかで締め切って諦めなければならない。
もともとお喋りだからコメントも入れたくなる。コメントは最小限に留めたい。テレビの俳句番組の先生にしたがって、短くてわかりやすいものにしたい。和歌や俳句の但し書きみたいな感じか。「北伊豆にて」とかの題名だけでも但し書きになっているけどね。それだけで十分という気もする。イッキ描き理論は要らないかも。ブログやホームページでいくらでも読めるものね。
でも、多少の活字はあったほうが楽しい、というか画集を見る立場なら欲しくなる。画集の絵に同意できるならなおさらその場で文字も少し読みたい。そういう気持ちを汲みとった短くてスマートなコメントが欲しいね。

今日の午前中も画集作りをやって午後はマンション勤務。
天気:雨

出版への野望

春になると、鼻水が出たり目が痒くなったりするから、ついに花粉症になったかと思ったけど、昨日なんか花粉が大量に飛んでいた外にずっといたのに洟も出なけりゃクシャミもない。目も正常。私は花粉症ではない。ただの洟垂れだ。これは子供のころからずっと。
とうとう画集が完成しないまま金井画廊展が始まってしまう。致し方ない。3〜5万円の金がない。たったそれだけの資金で画集が出来てしまう世の中も素晴らしい。大進歩だ。でも、版下は自分で作らなければならない。これは相当高度な技術なのかも。パソコンのおかげで、私はいつの間にか身に付けていた。等迦展の図録の版下も私が作っている。で、自分の画集も作ろうかな、と思いついた。
今朝も『巨匠たちの迷宮』(木村泰司・集英社)を読んでいたとき、私自身の「絵の見方」の本を作りたいと、また考えてしまった。何回も考えては挫折している。そんな分厚い本ではなく、気楽に開ける絵だらけの本にしたい。私自身でかい画集を開くのは面倒だと思ってしまう。本はA4が上限なのでは? ま、クラシックの画集の場合は大きい図版で見たいけどね。
とにかく私には時間だけはたくさんある。いろいろなことができるはず。

今日は50mプールに行く予定だったが「プール春祭り」で無料の日。超満員とのことなので止めた。これから金井展が始まると当分会えないこともあり、孫たちと遊んだ。
天気:晴れ
作品:F8「古壺」
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世界規模の錯誤

ゾラとセザンヌ(1839〜1906)は絶交というか、ちょっと交渉を断っていたら、ゾラが死んじゃったという感じだと思う。ま、セザンヌが最後にゾラに送った手紙が1886年でゾラが死んだのが1902年だから16年間交渉が途絶えていたわけだ。長いかな。
小説なんだからそんなに怒るほどのこともないと思いけど、平和ボケしている私にはわからない。当時はまだ大きな二つの大戦前であり、科学の進歩は目覚まく、人間は科学によって大勝利を収めたと錯覚していた。そういう全地球規模の自惚れた錯誤が大量殺人に繋がったのかもしれない。世界大戦は、とにかくイカレテいる。グローバル狂気だ。
現代でも芸能界などでは麻薬や覚醒剤使用の事件が起きている。戦後すぐのころは麻薬は常識。今の私の暮らしからは信じがたい。ま、私だって十分寝坊で怠け者のエロ爺だけど、まず誰かに危害を加える可能性はない。「酒も飲まずに煙草もやらず、女にぜんぜん手を出さず百まで生きたバカがいる」と中学生の時に上野の寄席で聞いたけど、私は酒も飲まないし煙草も吸わない。マンションの見回りも真面目にやっている。かなりのバカかもしれない。自称仏教徒だから当たり前か。
焼き立てのフランスパンが唯一の道楽。旨いよねぇ〜〜〜。

今日は子守と娘の結婚式に展示してもらう絵の下準備をやっていた。結婚式に展示する絵だから裸婦はない。午後からプールに行く予定だったが孫と遊び過ぎて行きそびれた。
天気:晴れ。昼間は18℃の気温。

人物設定が……

やっと『制作』(エミール・ゾラ 清水正和訳・岩波文庫)を読み終わった。でも、一番読みたい清水の「解説」がまだ16ページぐらい残っている。昨夜、何度も読み切ろうと頑張ったが、眠くなってしまい諦めた、というか眠っていた(ちゃんとスタンドは消してあった)。
私の拙い読解力からすれば『制作』は純愛小説だ。主人公は画家のクロードというより、その妻になったクリスティーヌだと思う。舞台が150年前のパリで、登場人物も画家や彫刻家などだから印象派の実態がつぶさに味わえる以上に追体験できるけど、結局はゾラの創作に過ぎない。実際のセザンヌ、マネ、モネなどは参考にしただけ。ゾラ自身がモデルにしたと言っているけど、そのままの姿ではない。この小説が元になって絶交って信じがたい(そこを解説で知りたい=明日お伝えします)。
で、純愛小説としてどうなのか? 人物設定が特殊すぎて着いて行けない。無理。
今朝はゴミ出しの日だったが、夜中読書のせいで寝坊してしまい、ぎりぎりセーフという始末。今後もうゾラは読まないと思う。
それにしても、もっとパリの街並みを熟知していたらゾラの小説も楽しいだろうとは思う。私はそんなにフランスオタクではない。今回もけっこう地図やグーグルマップで追ったけどね。

今日は超最新作を荷造りして金井画廊にクロネコ配送した。午後はマンション勤務。
天気:晴れ
作品:F10『壺のある静物』
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勝負はこれから?

今日はホームページの更新日だ。どうしても金井画廊出展作品集をアップしなければならない。できるだろうか?
自分の画集の原稿もちゃんとしたものを作っておきたい。
今も半分以上原稿ができている。パラパラ見ると、「これが俺の絵かぁ〜〜〜」とテンションが下がる。いや実際にはよくわからない。描くことに意義がある、出来た絵なんて二の次なんだから、知ったこっちゃないわけである。
もう66歳。「これが俺の絵か」はイコール「これが俺の人生か」になっちゃう。恐ろしいね。恐ろしいけど致し方ない。もうどうにもならない。オワである。
ま、葛飾北斎(1760〜1849)は70歳以降に富嶽三十六景を描いている。富岡鉄斎(1837〜1924)、モネ(1840〜1926)、ミケランジェロ(1475〜1564)、ティツィアーノ(1488/90〜1576)。そういう人たちの最高傑作は80歳以降だと思う。世間一般の評価はどうか知らないけど、私の評価は嘘偽りなく80歳以降だ。信じがたいけどどう見ても90歳近い最晩年の絵がいいのだ。
まだ、勝負はこれから、なのか? 考えただけで息が上がるね。

今は夜。ホームページのアップはなんとかできそう。とても頑張った。遠いスーパーまで歩いたのでウォーキングも合格。
今日はパンフレットの印刷が届いた。新しい印刷屋だったので心配したが、全然問題ない。とても安価にできた。よかった。
天気:晴れ

なにが大切か?

昨日、草間弥生は86歳と書いたが87歳だった。3月22日生まれだからもうすぐ88歳。

新しい表現を目指しても先は見えている。結局は思いつきで終わっちゃう。絵画だけじゃなく、あらゆる表現は生命讃歌であるべきだ。そして、本当に描きたいものを描く、描き続けるということが最もむずかしく最もたいせつな課題だ。
描くという行為自体に意味がある。
今は入学試験の真っ最中。そろそろ結果が出ているが、どこの大学とかどこの高校に合格したということより、そのために勉強したことが重大なのだ。勉強だけが真なる自分の財産である。学校の肩書もバカにできないけど、肩書で相手を見るような人は、そっちに問題がある。「試験は時の運、勉強は一生の財産」である。
絵でも、私の場合は古典をよく見て自然のなかで描くことが幸福。結果として出来た絵の良否は二義的なことだ。描くことそのことに意味がある。喜びがある。
今日の英語攻略本の新聞広告に「多聴多読」というのがあったが、わがイッキ描きなら「多見多描」というところか。

今日はマンションの早番、夜は25mプール。ウォーキングもスイミングもばっちりだった。
天気:晴れ
作品:F8「北伊豆から」
170308izu8
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