イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

5万年の彼方

(金曜日)
これからカナダに向かう。8月28日までブログはお休みの予定。でもホームページは更新してゆくからお休みなしになる。しつこいおしゃべり爺でゴメン。ホームページの『唇寒』のテーマは「悠久を想う」。
その『唇寒』の補足。
現生人類は約5万年前からいる。養老孟司の説では、5万年前の6歳児をタイムマシンで現代に連れてきて小学校に入学させても一般の子供なんら変わりない、とのこと。見分けがつかないと語っていた。ネアンデルタール人に背広を着せて地下鉄に乗ってもらった場合は、瞬間的におかしい、ヘンなのが乗っているとわかるとの話。養老先生の話はわかりやすい。
古代エジプト、古代ギリシア、殷王朝以前の夏王朝時代の中国などを考えても人類の歴史時代はせいぜい5000年。その前に4万5000年間、現生人類は生きていた。この4万5千年の間に魅力的な画家がいなかったわけがない。ごじゃ万と埋もれているはずだ。画材がなかったから地面に棒切れで描いていたのか? 私もそういう画家列伝に列したい。
でも絵描きって、絵にどれぐらいのめり込めるか、なんだよね。口じゃない。描いた枚数などの統計でもない。やっぱり画面勝負なのだ。モネ(1840〜1926)、ゴッホ(1853〜1890)、長谷川利行(1891〜1940)クラスの絵画への情熱は凄い。はっきり言って私なんかとても及びません。でも、気持ちとしてそっちの方向でいたい、少なくとも、そっち人間の末席を汚したいとは思っています。
ああいう画人こそ「絵描き」だよねぇ。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:雨
今日の絵:F4「酔芙蓉19」
190822fuyo4

加筆厳禁

(木曜日)
明日からカナダに行く。今日もマンション勤務を入れてある。
私は若い頃、自転車によく乗っていたので膝を傷めている。40歳頃から痛かった。それが11年前60歳前からマンション勤務を始めたらほぼ治ってしまった。見回りの歩行と階段上下のせいだと思う。今もスクワットなどのとき多少痛いが、まったく問題ない。普段の暮らしに不便がない。
そういうこともあり、私はウォーキングの信奉者なのだ。水泳は喘息。筋トレはたまに孫を抱っこするときに役立つ。いろいろな運動はテレビを見て取り入れている。みのもんたの昼のテレビからの影響が大きい。古い話だ。ということは長年やっているということにもなる。
今朝は、カナダ行きで1週間空くので庭の芙蓉を描いておいた。帰国したら花が終わっていた、では悲しすぎる。
小説を自家製本する話はなくなってしまった。間に合わない。でも推敲はほぼ終わった。キンドルも間に合わなかった。でも、推敲って切りがないんだよね。ここが絵のイッキ描きとまったくちがう。私の絵は原則加筆修正禁止だ。そのときの感動に優るものはない、と信じ込んでいる。頭でいろいろ考えて直しても、だいたいダメになる。描くときは真剣勝負。居眠り磐音か? 絵は負けても死なないけどね(=負けっぱなし)。
今朝芙蓉を描くとき、描き始めのときはグズグズしていたが、始まると絵って面白い。最高かも。火曜日の『なんでも鑑定団』で中国人のヘンな人物画が15000万円だった。ああいうのを見ると評価にうんざりするけど、他人の評価なんてまったく関係ないね。やってろや、って感じ。絵は面白い。全部すっ飛ぶ。

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ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:曇り。夜は涼しかった(恐怖の真夏が終わった、のか?)。

運動は辛い

(水曜日)
昨日の健診の血圧は上が126、下が81だった。普段より20ぐらい高い。
このブログで天気をつけるのは個展などの予定を入れるとき、過去の天気を参照するためだ。自分の記録が一番信用できる。しかし、けっこう間違えたり前の日の天気をそのままコピペしてあったりする。そういう場合気がついたらちゃんと修正している。
また、「ウォーキング」は8000歩以上なら○、5000〜7999歩なら△、4999歩以下は×と決めている。マンション勤務の日は12000〜16000歩なのでいつも○だ。「水泳」はプールに行った日(泳ぐ時間は40分以下)。「体操」は簡単なジジイ体操なので歩きながら3分程度で終わる。「筋トレ」は斜め腕立て伏せ50回。これは苦しいけど2分で終わる。腹筋は25回。1分もかからない。膝を深く曲げるスクワットも15回30秒ぐらい。こういうのはマンション勤務の日(週に4日)だけやる(スクワットは非番の日でもやることが多い)。合計で3分強で終わるがとても辛い。
時間にすると、それぞれに差があるけど、辛さにすると同じぐらいか。歩いたり泳いだりしているときに気持ちいいと思うこともあるが、全体的にはけっこう辛い。イヤだ。でも腰痛とかそのほかいろいろな年寄りの病気、夜の不眠や便秘、肩こり、喘息などを思うと日頃の運動を止めるわけにはいかない。年寄りの病気は、新聞広告などの薬やサプリでは絶対に治らないと思う。もちろん私には買う金もないけどね。ダイエットの薬は絶対効かない。薬を飲めば薬の重さ分肥る。本気のダイエットは食わないことだ。断食。たまにならけっこう身体にもいい。私は夕方5時ごろの夕食だから夜9時とか10時にかなりの空腹になる日もある。これは絶対に我慢しなくてはダメ。ぽこん腹になる。いや、でもけっこうつまみ食いもするなぁ〜。ダメだぁ〜〜〜。
上記のような話、他の人にはおすすめできない。辛いもの。もちろん家内にも。
20歳代の後半に仏教修行の実践と思い、夕食を抜いた時期があった。1か月で5堊蕕擦拭生命の危険を感じて中止した。そのころは普通に会社勤めをし、毎晩美術研究所で裸婦を描いていた。通勤は5劼阿蕕い納転車だった。夜の中原街道をよく走ったなぁ。
今日は相模原市の50m室内プールまで遠征した。お客さんは多かったが、けっこう気持ちよく泳げた。快調だった。まったく辛くなかった。ゴメン。

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ウォーキング:△  水泳:○  体操:○  筋トレ:×
天気:1日曇りの予報。しかし朝から強い陽射しもある。
今日の絵:F15「室内の夏野菜」
190807yasai15

唐突な「あとがき」

(火曜日)
昨日の新聞の書籍広告に『本は読んだらすぐアウトプットする』(齋藤孝)があった。これって私のブログ式読書法じゃないか? それにしては私自身の全体的な国語力には不満がいっぱい。
で、昨日からまた『居眠り磐音』(佐伯泰英)に戻ったのだが、第23弾『万両ノ雪』(双葉文庫)の「あとがき」にはうんざりした。でもちゃんと読んだ。今まで磐音シリーズには「あとがき」はもちろん他の人の「解説」なども一切なかった。ちょっと寂しい感じ。なにしろ文庫書き下ろしという新しいスタイルなので他の人が「解説」する暇がないのだろう。
昨日読んだ「あとがき」はスペインの闘牛の話。自分の体験らしいが佐伯とも思えないわかりづらくつまらない構成。スペインの話だからカタカナ名も多い。あんなもの唐突に語られても。私はピカソの闘牛の絵を想いながらなんとか我慢して読み終わった。
内容自体は捨てがたい、かも。話の進め方では面白く読めるような気もする。確か若いころの佐伯の小説に闘牛ものもあるように記憶する。

今日は管理会社の健康診断だった。摂生は今日まででいいことになるが、突然暴飲暴食ともいかない。運動もやると思う。でも血圧や体重は当分計らない、予定。

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ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:曇りだが陽射しあり。夕立もあった。夏だねぇ〜。

油彩もいい

(月曜日)
昨日の中学開放プールでは最初の400mあたり本当に苦しかった。それでも1550m泳いだけどね。歳だねぇ〜。マンション管理人の見回りも真夏はかなり苦しい。健康のためとは言え、他の年寄り(例えば家内)にもおすすめできない。苦しすぎる。でも病気よりいいと思う。
いよいよカナダ旅行が迫ってきた。悠遊展も迫っているけど、カナダ旅行はすぐそこだ。
何もしてねぇ〜〜。
いや、キャンバスの地塗りだけはしてある。明日は管理会社の健康診断にも行く。結果は2〜3週間後だけどね。血圧だけは自信がある。120以下。ま、健康診断のときは130に近づいてしまうと思う。私はとても繊細で用心深いのだ。早く言えば気が小さい臆病者ということ。ああいうところで測るとビビっちゃうんだよね。

『芸術新潮』「原田マハの泣ける印象派物語」(2018年6月号)の終わりの辺に「中野京子が読み解く画家とモデル」という連載企画があり、この号は「第3回 ロートレックと《ムーラン・ルージュ、ラ・グリュ》」だった。なかに油彩画2点も掲載されていた。まったくいい絵だねぇ。《ムーラン街》(1894年 83.5×61.4僉.錺轡鵐肇鵐淵轡腑淵襯ャラリー)と《ムーラン・ルージュに入るラ・グリュ》(1891〜92年 79.4×59.0僉.縫紂璽茵璽近代美術館)。ロートレック(1864〜1901)が30歳前後のときの絵だ。
池田満寿夫(1934〜1997)はロートレックのリトグラフを絶賛しているが、油彩画はイマイチとも言っていた。本当にロートレックの油彩画を見て言っているのだろうか?
私はアメリカに行っていないが、この《ムーラン・ルージュに入るラ・グリュ》は上野の森美術館のMOMA展で見た。はっきり覚えている。この垂れパイ(=垂れたオッパイ)、素晴らしい。画面いっぱいに筆の喜びが満ち溢れている。ロートレックも間違いなく筆の人だ、と思う。
画像はネットの『ヴァーチャル美術館』にあります。

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ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:晴れのち曇りのち雨
今日の天気:F15「ミケーネ」
190809-15

一過程ではない!

(日曜日)
『芸術新潮』「原田マハの泣ける印象派物語」(2018年6月号)は史実からは遠い感じ。物語として読めば悪くはない。だが、美術評論としても食い足りない。たとえばセザンヌ(1839〜1906)の章では、セザンヌが何を描きたかったのかイマイチはっきりしない。「自分だけの絵画技法」などと書いてあるだけ。ま、セザンヌの絵を見れば、ごたごた屁理屈は要らないけどね。また、抽象絵画に至ることが最高みたいな観念もご勘弁願いたい。こういうインチキ進化論みたいな思考はいい加減にしてほしい。セザンヌの《サント=ヴィクトワール山、レ・ローヴからの眺め》の解説(p68)には「抽象の域に近づきつつ」とあり、第2部の「マハさんと一緒にセーヌを下り、モネ・アトラスを旅する」のp87「ジヴェルニー」の章にも「白内障を患いながらも描き続けた画面は、抽象化へと向かっていった」とある。
なんか腹立つんだよね。セザンヌやモネ(1840〜1926)を絵画進化の一過程みたいな捉え方は我慢ならないね。なんだその貧しい絵画史観。進化じゃねぇンだよ。それでそのインチキ進化の最先端が「抽象」。ふざけるなよ! そこらの道端の小さな花もロクに描けないで抽象もハチの頭もないだろう。具象を何だと思っているんだろう。
こういうのって若い人を惑わす。一生涯デッサン修業だろが!
セザンヌやモネの写実、具象への強い思いを素人さんに理解しろというのが無理かもしれない。
「色彩への感性、形象への先天的センス」みたいな言い方は最低最悪。限りなき実体への追求なのだ。この大自然は無限に素晴らしい。人間のクソ脳みそが思いついた造形なんてカス、スカ。要らねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜。

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ウォーキング:○  水泳:○  体操:○  筋トレ:×
天気:晴れのち曇り

流行色

(土曜日)
『居眠り磐音』(佐伯泰英・双葉文庫)が23巻で一区切りして、磐音の苗字も坂崎磐音から佐々木磐音に変わった。ホームドラマ性がますます強くなり、チャンバラシーン以外はとても平和。50巻ぐらいあるらしいからまだ半分か。なんかつまらない。
そこで『印象派の誕生』(吉川節子・中公新書)に乗り換えて、自分の小説の修正もすすめている。今は『芸術新潮』「原田マハの泣ける印象派物語」(2018年6月号)を読んでいる。
ところで、今年の流行色ってイエローオーカー(黄土色)だろうか? 街でよく見かける。黒を取り合わせているみたい。もちろん私にはまったく無縁。でも私の夏の半ズボンは黄土色だから黒いシャツを着れば流行色になるかも。黒ではなく白の取り合わせも見かける。でも、この取り合わせって私の裸婦の色じゃねぇのか? やっとわが時代が来たかとも思ったけど、黒と黄土色と言えば、まずは山口長男(1902〜1983)だよね。

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ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:晴れ。台風一過で物凄い暑さ。
今日の絵:F8「ラプソディ」
190809-8b

自小説自賛

(金曜日)
『印象派の誕生』(吉川節子・中公新書)を読み終わった。くれぐれも申し上げるが私が『印象派の誕生』を読み終わったのは今朝だ。自分の小説『アルジャントゥイユの夜明け』を発表したずっと後。3か月ぐらいは経っている。
で、『印象派の誕生』を読んでみると、わが『アルジャントゥイユの夜明け』がいかに史実に沿っているか、われながら驚くね。まるで『印象派の誕生』が生きて目の前に展開しているみたいにわかりやすい。リアルに躍動している、感じ。
印象派グループ内のそれぞれの仲間の画家たちの立ち位置なんかもほぼぴったり。一人一人の個性もおおむね正しく描いている、感じ。
ドービニー(1817〜78)のことなんか、ぴったり。『印象派の誕生』にはカイユボット(1848〜1894)に関する記述はほとんどなかった。
また、マネ(1832〜1883)の話はとても興味深い。奥さんのことや義弟のこと。

今日は小説を頑張ったと思う。自分ながらけっこう長い話。読めば読むほど文章は拙い。
夜はホームページを更新した。『唇寒』のテーマは「20歳のころ」。

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ウォーキング:△  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:曇りときどき晴れ。風は強かった。

古典解釈

(木曜日)
印象派の画家たちを不良仲間のように言う人もいるが、私はチョー真面目人間だったと思っている。一つのことを追求した求道者たちだ。一つのことというのはレアリスムのことだ。これはコロー(1796〜1875)からモネ(1840〜1926)まで、少なくとも2世代にわたって戦われた。
アカデミズムのレアリスムとは別な新しいレアリスム。新しいと言ってもそれはルーベンス(1577〜1640)やレンブラント(1606〜1669)に返ること。さらにはルネサンスに学ぶこと。しかし、アカデミズムもまた一つのラファエロ(1483〜1520)解釈だったわけだ。古典をどう解釈するかという戦いだったことになる。
その方法はまちまち。しかし、絵描きとしての生き方、姿勢には厳しかった。特にドガ(1834〜1917)はここのところが厳格。
それに対してモネはまさに描きたいように描いた。描きまくった。
そう、売れても売れなくても描きに描くという、この真似の出来ない絵画に対する真摯な従属が素晴らしい。これは印象派全般に共通している。本当に絵が描きたい仲間たちが集まった奇蹟の時代だったのだ。

今日は中国地方通過の台風で雨が強くなったり陽が射したりで忙しい天気。これは外プールはがら空きと夕方から行ってみたらやっぱりお客さんは一組だけ。ゴメン。
絵は描いたもんの勝ち、水泳は泳いだもんの勝ち、なのだ。先のことなんてどうなったっていい。ムチャクチャじゃぁ〜〜〜。

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ウォーキング:○  水泳:○  体操:○  筋トレ:○
天気:曇りときどき雨。晴れ間も。台風10号が愛媛西端に上陸。こちらも荒れ模様。
今日の絵:F3「座るフローラ」:色彩画家になっちゃったかも。
190809-3

許し合う仲間

(水曜日)
昨日はけっこうグータラしていたが、カナダ用のキャンバスは絶対に張らなければならない。もう地塗り乾燥期限が限界に来ている。で、キャンバス裁断やキャンバス張りをまあまあ頑張った。グータラと言っても、リアルソリティアをやり捲っている。ああいうバカバカしい作業をずっと続けていると疲れる。「俺、何やってんの?」という根本的な疑問が湧いてくる。それでも続ける根性は素晴らしいかも。本当にバカだねぇ〜〜〜。
私の小説でもまだ明確さが足りないかもしれないが、反サロンの急先鋒はピサロ(1830〜1903)。生涯を通してその信念は一貫していた。一番いい加減なのはルノワール(1841〜1919)だと思う。マネ(1832〜1883)もまたかなりの頑固者。そういう意見や態度を許容し合うところが印象派を信用できるポイントでもある。絵画造形の方向で強く結びついているからだ。その方向とはとりあえずはレアリスム。英語ならリアリズム。写実主義と訳されている。これは印象派の時代になると自然主義とも言われるが、自然主義の定義については意見が多く「めんどくせぇ〜〜」って感じ。色彩分割とか筆触分割などいう屁理屈も後付けって気がする。西洋レアリスムの流れは、古代ギリシアを別格にすれば、レオナルドまで遡ることができる。西洋絵画の本流である。レアリスムをどうとらえるかが西洋絵画の根幹とも言えなくもない。19世紀アカデミズムのブグロー(1825〜1905)自身、自分こそレアリズムの画家だと思い込んでいたと思う。「ちがうんだよぉ〜〜」と絵画で叫んだのがクールベ(1819〜1877)だ。
私自身は「筆の喜び」という洋の東西にまたがる人類絵画の根源を提唱している。この辺りはルノワールの戦いでもあったわけだ。
では、モネ(1840〜1926)をどうとらえるか?
この話はまた明日。
さらに、中国宋元の絵画はどのように位置づけられるのか? それは明後日かな?

今日はキャンバス張り地塗りを頑張った。天気予報はほとんど当たらず午後からはほぼ晴れだった。

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ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:曇りのち晴れ、午前中一時雨。
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