イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

自小説自賛

(金曜日)
『印象派の誕生』(吉川節子・中公新書)を読み終わった。くれぐれも申し上げるが私が『印象派の誕生』を読み終わったのは今朝だ。自分の小説『アルジャントゥイユの夜明け』を発表したずっと後。3か月ぐらいは経っている。
で、『印象派の誕生』を読んでみると、わが『アルジャントゥイユの夜明け』がいかに史実に沿っているか、われながら驚くね。まるで『印象派の誕生』が生きて目の前に展開しているみたいにわかりやすい。リアルに躍動している、感じ。
印象派グループ内のそれぞれの仲間の画家たちの立ち位置なんかもほぼぴったり。一人一人の個性もおおむね正しく描いている、感じ。
ドービニー(1817〜78)のことなんか、ぴったり。『印象派の誕生』にはカイユボット(1848〜1894)に関する記述はほとんどなかった。
また、マネ(1832〜1883)の話はとても興味深い。奥さんのことや義弟のこと。

今日は小説を頑張ったと思う。自分ながらけっこう長い話。読めば読むほど文章は拙い。
夜はホームページを更新した。『唇寒』のテーマは「20歳のころ」。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:△  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:曇りときどき晴れ。風は強かった。

古典解釈

(木曜日)
印象派の画家たちを不良仲間のように言う人もいるが、私はチョー真面目人間だったと思っている。一つのことを追求した求道者たちだ。一つのことというのはレアリスムのことだ。これはコロー(1796〜1875)からモネ(1840〜1926)まで、少なくとも2世代にわたって戦われた。
アカデミズムのレアリスムとは別な新しいレアリスム。新しいと言ってもそれはルーベンス(1577〜1640)やレンブラント(1606〜1669)に返ること。さらにはルネサンスに学ぶこと。しかし、アカデミズムもまた一つのラファエロ(1483〜1520)解釈だったわけだ。古典をどう解釈するかという戦いだったことになる。
その方法はまちまち。しかし、絵描きとしての生き方、姿勢には厳しかった。特にドガ(1834〜1917)はここのところが厳格。
それに対してモネはまさに描きたいように描いた。描きまくった。
そう、売れても売れなくても描きに描くという、この真似の出来ない絵画に対する真摯な従属が素晴らしい。これは印象派全般に共通している。本当に絵が描きたい仲間たちが集まった奇蹟の時代だったのだ。

今日は中国地方通過の台風で雨が強くなったり陽が射したりで忙しい天気。これは外プールはがら空きと夕方から行ってみたらやっぱりお客さんは一組だけ。ゴメン。
絵は描いたもんの勝ち、水泳は泳いだもんの勝ち、なのだ。先のことなんてどうなったっていい。ムチャクチャじゃぁ〜〜〜。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:○  体操:○  筋トレ:○
天気:曇りときどき雨。晴れ間も。台風10号が愛媛西端に上陸。こちらも荒れ模様。
今日の絵:F3「座るフローラ」:色彩画家になっちゃったかも。
190809-3

許し合う仲間

(水曜日)
昨日はけっこうグータラしていたが、カナダ用のキャンバスは絶対に張らなければならない。もう地塗り乾燥期限が限界に来ている。で、キャンバス裁断やキャンバス張りをまあまあ頑張った。グータラと言っても、リアルソリティアをやり捲っている。ああいうバカバカしい作業をずっと続けていると疲れる。「俺、何やってんの?」という根本的な疑問が湧いてくる。それでも続ける根性は素晴らしいかも。本当にバカだねぇ〜〜〜。
私の小説でもまだ明確さが足りないかもしれないが、反サロンの急先鋒はピサロ(1830〜1903)。生涯を通してその信念は一貫していた。一番いい加減なのはルノワール(1841〜1919)だと思う。マネ(1832〜1883)もまたかなりの頑固者。そういう意見や態度を許容し合うところが印象派を信用できるポイントでもある。絵画造形の方向で強く結びついているからだ。その方向とはとりあえずはレアリスム。英語ならリアリズム。写実主義と訳されている。これは印象派の時代になると自然主義とも言われるが、自然主義の定義については意見が多く「めんどくせぇ〜〜」って感じ。色彩分割とか筆触分割などいう屁理屈も後付けって気がする。西洋レアリスムの流れは、古代ギリシアを別格にすれば、レオナルドまで遡ることができる。西洋絵画の本流である。レアリスムをどうとらえるかが西洋絵画の根幹とも言えなくもない。19世紀アカデミズムのブグロー(1825〜1905)自身、自分こそレアリズムの画家だと思い込んでいたと思う。「ちがうんだよぉ〜〜」と絵画で叫んだのがクールベ(1819〜1877)だ。
私自身は「筆の喜び」という洋の東西にまたがる人類絵画の根源を提唱している。この辺りはルノワールの戦いでもあったわけだ。
では、モネ(1840〜1926)をどうとらえるか?
この話はまた明日。
さらに、中国宋元の絵画はどのように位置づけられるのか? それは明後日かな?

今日はキャンバス張り地塗りを頑張った。天気予報はほとんど当たらず午後からはほぼ晴れだった。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:曇りのち晴れ、午前中一時雨。

モリゾの心意気

(火曜日)
『印象派の誕生』(吉川節子・中公新書)に女流画家ベルト・モリゾ(1841〜1895)のことが書いてあった。全8回の印象派展に7回出展した。1回休んだのは出産のためだ。モリゾが立派、というか初志貫徹というか、印象派展をきっちり理解し、頑固に出展したことについて説明不足だと思う。印象派展はサロンと比較して語らなければ意味がない、ほどでもないけど開催者の意志が伝わらない。全8回すべて出展したピサロ(1830〜1903)はサロン以外の絵画発表の場として印象派展を考えていた。1874年の第1回展より6年も前の1868年ごろから反サロンの絵画展を企画していた。このピサロの心意気をしっかり理解していたのはドガ(1834〜1917)とモリゾだけかも。
ドガがサロンに連続入選していたのは有名な話だが、モリゾもサロンに連続入選していたのだ。サロンを蹴る必要なんてまるでないお嬢さんだった。モリゾの場合マネ(1832〜1883)へのゴンザレスという女流画家に対する焼きもちみたいな部分が多少あったかもしれない。その辺の微妙な心の葛藤は同時代に生きていたってわからない。娘心が知れるはずもない。モリゾはドガとも仲がよかった。その仲がどういうものなのか、具体的なこと(=週刊誌的興味)はわからないしどうでもいい。
とにかく、私がいろいろな印象派の本に対して不満なのは、サロンとの比較対照の説明がほとんどない、またはまったく不足しているということだ。サロンという牙城があっての印象派展なのだ。宮本武蔵だったら佐々木小次郎がいなけりゃ話にならない。吉良上野介あっての赤穂義士だろう。私の小説はそこのところは明確に書いた。勧善懲悪、みたいな。史実もけっこうなエンターテーメントだったのだ。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:○  体操:○  筋トレ:×
天気:曇りのち晴れ、一時雨。
今日の絵:F4「夏野菜と芙蓉のある室内」
190807yasai4

恐怖の10連勤クリア

(月曜日)
真夏は暑さで疲れるうえに夜中も熱帯夜で睡眠を邪魔される。
小説『アルジャントゥイユの夜明け』の改訂版もかなり進んでいる。いくら自分の小説でも何度も読み直さないと推敲できない。本心、自分の小説なのにうんざりだ。私は子供のころから本を読むのが遅く苦手。苦手ながら本を手放したことはない。電車でどこかに行くときもいつも持って行く。ほとんど読まないのに持っていないと心配になる。
『アルジャントゥイユの夜明け』はそれほど酷い小説ではなく、絵が好きな中高生には最適だと思う。ビジュアル形式だし、著作権は切れている絵ばかりだし、いろいろ文句は出ないはず。
いま読んでいる『印象派の誕生』(吉川節子・中公新書)ともかぶらないと思う。
近日中に改訂版の小説『アルジャントゥイユの夜明け』の自家プリントカラリオ版を10〜20冊作る予定。その後キンドルにも発表した後にカナダに行きたい。帰国後は大人気作家だったりして。渋野日向子かよ!

今日は真夏の恐怖の10連勤(絵画教室やクロッキー会を含める)をクリアした。合間にプールにも2回行った、はず。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:晴れときどき曇り。朝一時雨。

1年で一番つらい2日間

(日曜日)
いよいよカナダ行きが近づいてきた。ここ2〜3日のうちにキャンバスを用意しないとヤバい。最大6号で0号まで15枚ほどあれば間に合うと思う。ギリギリ6号ならイーゼルなしで描ける。キャンバスがなくなったら水彩や鉛筆デッサンで間に合わせるしかない。
カナダの村に4日も留まるらしい。絵を描く以外にないよね。そう言えば7年前に、フランスの田舎に1か月もいたなぁ〜。あのときも絵を描くしかなかった。考えてみれば、絵って便利だ。暇つぶしとしては最高かも。

今日はマンション勤務の9時5時。明日も同じシフトだ。暑さがハンパないこの季節、おそらく1年で一番つらい2日間だと思う。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:晴れ
今日の絵:SM「水辺にて」
190719sm2

修羅場に遭遇

(土曜日)
学校開放25m室内プールは歩いて20分ほどの所にある(約2辧法そのプールで40分ほどかけて1550m泳ぐ。着替えなども入れて合計1時間半の運動。これがけっこうきつい。夜風が出始めた7時過ぎに家を出て帰り着くのが9時前だ。
江戸時代の木喰上人は93歳まで旅を続けていた。旅をしながら木片に仏像を彫り捲った。私はまだ69歳。それなのにたった4劼瞭擦里蠅縫辧璽辧叱世辰討い襦S誕予防や体調維持と思ってやっている運動と仏道修行としての旅では気構えがちがうのかもしれない。
お釈迦様もキリストも旅を続けていた。つまり歩いていたということだ。偉い人はみんな歩いている。
歩かないと胆力がつかないのかも。
昨日の帰り道に消防車が赤色ランプを付けて止まっているのが見えた。近づいてゆくと男女の大声が聞こえる。喧嘩しているのか? 消防や警察がそれを止めているようにも見えた。どうも男女は親子みたいだ。年配の男性が暴れているようにも見える。若目の女性は「パパ、パパ、訊いて」と叫んでいた。なんか修羅場に遭遇してしまった感じ。知らない振りして通り過ぎた。「どこの家もたいへんだなぁ〜」と小声で口走ったかも。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:晴れ

天国から見ている

(金曜日)
今日はクロッキー会だった。
絵を描きながらいろいろなことを考える。
父親が生きていたときは絵を貶されてばかりで最悪だったが、死んだ今は誰も批判してくれないから、これも寂しい。いやいや批判する人もいる。ムチャクチャな批判ばかりだ。批判する人自身が絵を描いていないのだから聞いても何の役にも立たない。やっぱり私の父親みたいな人は希少だ、というかまったくいないと言える。
自分自身あんなによく絵を描いて絵のことを知っていて、しかも忌憚なく絵を批判してくれる人はいないだろう。
ドガ(1834〜1917)やモネ(1840〜1926)が生きていたら何がなんでも絵を見ていただく方法を考えるかもしれない。ま、お二人とも天国から見ていると思って描くしかない。ドガやモネどころかロートレック(1864〜1901)もゴッホ(1853〜1890)も富岡鉄斎(1837〜1924)もみんなあの世から見ている。そう思って描くと背筋も伸びる。ティツィアーノ(1488/90〜1576)や牧谿(1280頃活躍)なんかは私の絵なんて鼻もひっかけないだろう。第一、15号とかじゃあ、小さくて見てくれない。人体画は最低でも等身大ないと問題にもしてくれないと思う。その点、印象派の画家のほうが大らかかも。モネやルノワール(1841〜1919)もSMみたいな小品をいっぱい描いている。

今日は夜プールに歩いて行って、ホームページの更新もした。『唇寒』のテーマは「絵画の価格」(8月6日付ブログにも関連)。
それにしてもウォーキングと水泳。年寄りには苛酷だねぇ〜。人生は厳しい。ああ、グータラしていたいぃ〜〜〜〜。心も身体も病気になるんだよね。まったく人生は死ぬまで綱渡りかも。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:○  体操:○  筋トレ:×
天気:晴れ
今日の絵:F4「青春」
190719-4b

修練か才能か

(木曜日)
昨日は久しぶりに油絵を描いた。筆が全然動かなかった。絵は描き続けていないとすぐダメになる。
『居眠り磐音』(佐伯泰英・双葉文庫)の主人公は30歳ぐらいの浪人者。豊後関前藩の国家老の息子だ。剣術がものすごく強い。この主人公は強いだけでなくちゃんと道場で稽古をしているところがやけにリアルだ。旅先でも海岸などで1〜2時間刀を振って稽古をする。スキルやプラクティスを欠かさない。その辺が鞍馬天狗や眠狂四郎とちがう。
絵でも修練は絶対必要だ。私はそれがすべてだと思っている。
しかし、世間では絵は才能だと思い込んでいる節がある。
絵以外のいろいろな分野、スポーツなどでも才能は大きい、と世間は考える。まったくこの問題は永遠の課題、か? よくわからない。
学校でも勉強しないのにできる奴はカッコいい。ガリ勉は成績がよくてもカッコよくない、感じ。最近では「塾に行かないのに受験に受かった」というのがかなりカッコいい話として伝わる。
町内にも甲子園かプロ野球の選手か知らないけど、そういうのを目指して幼いころから頑張っていた子もいた。お父さんはもちろん、家族で応援、て感じ。そろそろ20歳ぐらいのはず。いつの間にかバットの素振りも止めてしまった。姿も滅多に見えない。きっと選りすぐりの野球仲間にもまれて自信をなくしたのかもしれない。だけど、幼いころから野球の練習をしたという事実は残っている。嫌々やっている感じもなかった。そういう事実が大事だと思うけどなぁ〜〜〜。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:○  水泳:×  体操:○  筋トレ:○
天気:晴れ

安心か景観か

(水曜日)
昨日は久しぶりの運動フルコースだった。蓄積疲労になる可能性もある。朝の感じではおそらく大丈夫だと思う。食べるほうも少な目。とは言っても夜9時以降に赤福2個など、ちょっと夜食がヤバかった。
私にはまったく信心がない。両親のお墓も知らない。家内の田舎ではよく墓参りに行くけどね。
ここでは何度も言っているが、お釈迦様の教え(=仏教)は歩くことと丹田呼吸だけだと思う。私はそれだけは守っているつもり。肥った坊さんが極彩色の袈裟を着て法要などをやっているニュースなどがテレビに映るが、お釈迦様からははるかに遠い情景だ。私のマンション巡回のほうがずっと仏教的である、と思う。
しかし、信仰についてはとても難しい問題がある。
人は弱い、という大問題である。
人はすぐ壊れちゃうのだ。特に心の問題。壊れる人こそ正常、とも言える。この世はまりにも苛酷で不条理だからだ。
私の716恐怖も崩壊の兆しかもしれない。
そういう弱い人々を支えるのが信仰なのかも。
仏教の大伽藍やキリスト教の大聖堂など、ああいう環境に囲まれているだけでも安心できる。
安心、これはでっかいことなのだ。
もっと言えば涅槃寂静だ。
こういう心持ちを維持できるだけでも大勝利。
そのために大伽藍や大聖堂が必要なのか? 金がかかるねぇ〜〜〜。アホとしか思えない。もちろん、美術品としてはムチャクチャ尊敬している。戦後にあちこちに出来たコンクリートの大仏や観音様も尊敬しなくちゃいけないのか? 景観破壊としか思えないけどね。ああいうキモいバケモノを見ると岡本太郎の《太陽の塔》はまともかもしれない。
(悪口を書くと「拍手」が増える)

今日は絵画教室だった。野菜や酔芙蓉(わが家の一番花)を5枚描いた。

以下のサイトで私の新作、代表作が簡単にご購入いただけます(画像の額縁は一例です。交換できます)。
取扱っていただいているのは下記の方。私の絵画活動をずっと見守り支援していただいています。
≪中尾陽一プロフィール≫
≪ikkigaki-gallery≫
≪ルドゥーテのバラの庭のイッキ描きギャラリー≫

ウォーキング:△  水泳:×  体操:○  筋トレ:×
天気:晴れ
今日の絵:SM「希望」
190705sm3
Archives
Categories
  • ライブドアブログ