イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2005年05月

贅沢の極致/F3「ソナタ」

F3「ソナタ」昨日はまたまた大量の地塗りをやった。これで当分描ける。
今晩の「なんでも鑑定団」もよく当たった。大橋巨泉が持ってきたロイスダールの模写は一目でそれとわかる。一瞬小さく映った人物が全然描けてなかった。中国の陶磁器も酷い。あんなものにいくら払ったのか? ああいう人は金はあっても目はない。普段博物館などに行って見ていればすぐわかる。光琳も棟方も一目本物はない。私が何億円もっていても買わない。棟方はあれが本物なら「棟方はあそこまでの作家」と思うしかない。前回の梅原は本物だったので、梅原にがっかりした。光琳にしてもいかにも花が貧弱だ。あんな貧相な光琳はないだろう。
絵などというものは本当に贅沢なものだ。売ろうと思って描いてはいけないのだから馬鹿げている。生活できるわけない。しかし、そういうやり方を捨てるなら絵なんてやめたほうがいい。そんな絵描きは生きていたって仕方ないから。
天気:雨のち晴れ

真夜中の酔っ払い/F0「優しい朝」

F0「優しい朝」2,3日前の夜中の1時ごろ、ちょっと外に出たら自転車のお兄ちゃんが話しかけてきた。「そこの道路に人が倒れているんですが」「オイオイ、勘弁してくれよ」呟きながら若者に従うと年配の男性が仰向けに倒れている。ま、しかしご安心を。ただ酔っ払いが寝てるだけ。とは言っても自動車に轢かれかねない場所。これじゃあ、轢いた自動車がかわいそうだ。110番して収まった。そういえば、最近こういう酔っ払いが少なくなった。歌を歌って歩いている人もほとんどいない。私ぐらい。もっとも私は酒は飲まない。素面で鼻歌。ちょっとイカレテイル。
天気:雨。けっこう強く降った。

/F0「赤いバラ」

F0「赤いバラ」今年のバラの最高傑作はおそらくこの0号だと思う。残念ながら小さな0号だった。せめて6号ぐらいであって欲しかった。あれだけ描いて0号一枚か。ま、最高とまではゆかないが、十分納得できる絵もあるから。それに他の人が見るとまた見方が違うかも。ホームページのイッキ描きギャラリーのほうにはほぼ原寸の画像が載せてある。
今日は駒澤大学玉川キャンパスに息子のアメフトの練習試合を見に行った(これで2回目)。物凄く疲れた。帰りに玉川高島屋に行ったら神田の薮そばが出店していた。もりそば一枚750円だったが、十分うまかった。久しぶりにうまいそばを食った。それにしても大学というところは贅沢なところ、って感じがした。
天気:晴れ

絵画の目的/F6「早春の会津」

F6「早春の会津」絵は教えるものではない。習うものでもない。美術の大学はおかしい。アカデミックな絵は所詮二流の絵画である。というようなことは100年以上前から言われてきた。もちろん絵画教室も同罪である。
それでは絵を描く心得は何か? それは万里(40000km)の道を行き、万巻の書を読むこと。これは富岡鉄斎の言葉だ。
じゃあ、お前はなぜ絵画教室をやってるんだ、と来る。ま、絵画教室に来る方はほとんど私より年配、すでに万里の道を歩き万巻の書を読んできた方々ばかり。もう誰憚ることなく自由に筆が揮えるのだ。
第一絵を描くとは、絵を描いている瞬間にすべてが完結している。出来た絵の良し悪しなどオマケに過ぎない。もっとも私はオマケが売れることをいつも願っているにいる不届きものではある。
本来オマケに拘ってはいけないのだ。拘れば拘るほど絵がつまらなくなる。当然売れなくなる。描いている瞬間に自分をどこまで昇華できるか、勝負はそこにかかっている、・・・って何の勝負だ? やっぱり出来栄えに拘っているじゃあねぇか!
天気:晴れ

教生、絵の基礎、コートールド/F3「潤」

F3「潤」大学4年の息子が母校(高校)の教育実習に行くことになり嘆いている。教えるのは世界史。わが家の子は社会は世界史で受験するように指導した。まさか私の言うことを聞いたわけではあるまいが、娘も息子も世界史で受験した。しかし、もうすっかり忘れているらしい。その高校は特に優秀ではないが、生徒は穏やかで、授業もよく聞くという。何日間か若い高校生に好きなように言いたいことをしゃべればよいのだ。世界史は教材に過ぎない。戦争の馬鹿らしさ、侵略の理不尽。地球をぼろぼろにし、有色人種を差別し、奴隷にした白人の重罪を教えればよい。ルイ14世が何年にどうしたなどということは年表に書いてあるのだ。
その息子が絵を習いたいというご婦人の電話を受けた。「基礎からやりたいんだって」と言うと「お父さん、自分は絵の基礎やったの?」と来た。バカ野郎! こっちは30過ぎまで基礎やってたんだ。
今晩のNHKの世界美術紀行はロンドンのコートールドコレクション。数年前に日本にも展覧会が来た(見た)。コートールドは印象派のコレクター。その収集方法が気になった。画商に絵を持ってこさせ、3ヶ月も部屋にかけておき、絵画が話しかけてきたら買い取るという。この方法なら私は自信がある。私の絵は毎日見ていないとわからないのだ。これから購入ご希望の方には複製画を前もってあげておくという方法もある。複製でも原画を見ていれば判断はつく。
ところで、コートールドが気に入らなかった場合はどうなるのだろうか? なんかのんびりした話だ。
ところで、昨日バラ園で絵を描いているとき、本当に幸せだった。やっぱり私は絵を描くのが好きかも。
天気:晴れ










マンガは楽し/SM「ノクターン」

SM「ノクターン」どうしてマンガは楽しいのだろうか? 子供のころからの習慣か? 貪るように読んでしまう。それでも私は家族の中で一番遅い。ちゃんと絵を見ているからというが、絵があるからマンガなのだ! 死んだ父はマンガばかり見ているとマンガみたいな絵になるからダメだ、と言っていた。そのせいか、私はマンガが好きな割りに読むのは遅いし、それほどたくさんは見ない。この前は図書館で養老孟司の「死の壁」をゲットした。けっこう面白く読めた。やっぱり養老先生には筋金が入っている。逆にいえばどの本でも同じことを言っている。もしかすると一冊読めば十分かも。
絵の専門になってから、やっぱりよく絵を描く。昨日もバラ園に行ったし、今日も行った。描いている割には傑作が出来ない。
天気:晴れ

武蔵の性/F6「満開」

F6「満開」だから「黄昏流星群」の宮本武蔵の話はおかしい。「黄昏流星群」というのは「課長・島耕作」を書いた弘兼憲史のマンガだ。40歳以上70歳過ぎまでの男女のいろいろな交流を描く。ベッドシーンが毎回登場するサービス満点の短編マンガ集。宮本武蔵の話は現代の女性が武蔵の生きる江戸時代にタイムスリップする。そして、武蔵と交際する。武蔵は女性を近づけず、生涯風呂に入らなかったという逸話から、弘兼は、武蔵は性器の大きさに劣等感を持っていたと想定。そして、現代から来た女性が武蔵に性の指導をする話。彼女は最後に現代に戻るが、お腹に武蔵の子を宿していた。おかしいのは、武蔵に書や画を教えるのがこの女性ということになっている。すなわち、武蔵は女性と交わりながらあの水墨画を描いたと言う。これは無茶な話。女性とやり放題ではあの画は絶対に描けない。そういう厳しさがわからないのだろうか? だから弘兼のベッドシーンの絵もつまらない。絵の魅力が全然わかっちゃいない。
天気:晴れときどき曇り。

生は性、性は生/F4「若草」

F4「若草」
だから夢想なのだ。「やりたい」という気持ちが重大で、やってしまってはおしまい。「切ない」とか「やるせない」が絵を描かせるのだ。桑田圭祐もおそらくほとんどやってない。やってないからああいう歌ができる。だってやっちゃたら歌なんか作るわけないもん。「女呼んで抱いてモンでいい気持ち」なんて夢想の塊である。現実にはありえない。おそらく全然もてないと思う。だから、「女なんてそんなモンさ」と嘲るようなことを言う。今も「エロティカ・セブン」を聴いていたが、やっぱりこれは夢想だなと感じた。シューベルトの「未完成」も失恋の繰言である。
生は性。性は生である。
くれぐれも言っておくが、エロが目的ではない。エロは手段。肝心なのは生命力なのだ。
みんな、手段と目的を間違える。最悪なのが戦争。
いったい何がしたいのか? まさか、人殺しが好きな奴はいまい。
企業の目的は金儲け。だからといってまがい物を売って買い手が困ったり、食品なら病気になったりしたら、これは本当の金儲けではない。ちゃんと長続きする消費者が喜ぶ金儲けをしなくてはいけない。
将棋の目的は相手の王様を詰ますこと。これを間違えると逆に詰まされる。
天気:晴れ、暑い。






芸術の目的/SM「昼下がりのマリーナ」

SM「昼下がりのマリーナ」
芸術新潮のモランディはやっぱりつまらない。ムード、雰囲気、フィーリング。どうしてみんな真実を掴もうとしないのだろうか? ボローニャの町並みなんてどうでもいい。もっと絵を載せろ! 仏教学者の渡辺照宏は「真理」に対立する妖怪を「感性」と名づけて忌み嫌った(岩波新書「仏教」などの著者。「感性」について語っているのは筑摩書房の全集のなかので)。
重大なことが全然見えていない。誰もが感性のなかで迷っている。マトリックスの世界。
金曜日にNHKでやっていたニューヨークのMoMa美術館の話も相変わらずの新しがり。芸術において重大なのは新しさではない。20世紀初頭、マチスは当時としては新しい絵画を描いた。その新しさがマチスの真髄ではないのだ。たまたま新しく見えただけだ。重大なのはマチスの画面である。絵画である。目の前にある実体である。なぜ解釈しようとするのか。だから訳のわからないものが登場する。新しさが最重要課題となる。
芸術にとってもっとも重大なのは生命力であり、まず人が生きること。できれば多くの人が平和に生きること。これが最大の課題なのだ。自然の摂理に反するこの無謀な欲望。この欲望を掻き立てなければならない。
一番手っ取り早いのは性欲。だからロックはいいのだ。人類繁栄のヒントである。ま、しかし倫理的にやらないと痴話喧嘩になり、平和じゃなくなっちゃう。
天気:晴れ。けっこう暑い。







自分の顔/F6「初夏の風」

F6「初夏の風」
今日はまったく無為に過ごした。神様ごめんなさい。
この前、自分の顔が偶然鏡に映った。昔からあまり男前ではない。それが禿ている上にジジイになっているから見られたものではない。ま、しかし、なんか福顔かもしれない。どことなく真ん丸くて、なんか面白い。これからいいことあるかもよ。ここに書いてしまったからダメか。
掲載したの絵はごく最近の絵。本日ホームページ「イッキ描きギャラリー」も更新しました。
天気:うす曇。一時強い雨。P
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