イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2005年11月

たくさん描く

今日も上野。今日は賞を決める日。初めて見たがちゃんと決めている。ただ、人気のある絵が受賞するとは限らない。実績なども勘案される。賞をもらった人は心の底から喜んでいた。もらえない人は寂しい。ちょっと工夫すればよくなるのだが、知り合いでも言っていいものか、不愉快になったらいけない。

絵が上手くなる第一の方法はたくさん描くこと、これに尽きる。おそらくこれ以外に方法はない。色彩とか構成とかデッサン力とか、いろいろなことを言えば言える。しかし、それはすべて小手先のこと。たくさん描くと、筆が自由になり、絵がこなれる。もちろん、悪く慣れてしまってはいけない。ちゃんと感動がなければダメだ。自由の喜びがなければならない。子供がお習字の時間にたっぷり墨のついた太い筆で真っ白な紙に大きく文字を描き始めるあの喜びだ。イタズラ書きの心境にも通じるかも。

しかし、たくさん描くのは大変だ。本当に大変だ。自分を描くように追い込むしかない。

きっと、朝青龍もうんざりするほど相撲をとっていると思う。松井もイチローも嫌と言うほどバッティングの練習をしているだろう。結局たくさんやった奴は凄いのだ。

天気:晴れ

等迦展の審査

今日は等迦会の審査に行った。と言っても私は下働きだけ。と言ってもほとんど働かなかった。ただ、多数決の数を数えるだけだが、絵の良し悪しはともかく、出てくる絵全部入選にしてあげたくなる。また、賞もあげたくなる。どういうわけか絵の味方になってしまう。おかしな心境だ。どう見てもよさそうな絵が落選するととても残念だった。

それにしても上野は遠い。ほぼ2時間かかる。少なくとも往復3時間半はかたい。うんざりする。豊橋から名古屋へ行くよりずっとたいへん。電車賃は約半分。東京の電車賃は本当に安い。

等迦会は思ったよりよい会かもしれない。ちゃんと審査している。絵も多様でほとんど傾向がない。真の開かれた公募展かも。みなさんどんどんご応募ください。再来年度からは六本木の新しい国立美術館で開催する。

天気:晴れ

現代の善智識

善智識という言葉がある。仏教用語で仏の道に導く高僧のこと。現代の善智識は高い教養を持ち、常にそれを磨き、よりよい社会を望む人か? 政治家が全員善智識ならば、素晴らしい世の中になる。

現代の善智識は奥さんも大切にする。奥さんとその友人を劇場に招待し、二人並んだ席を譲り、自分は少し離れた席で観劇するという。ちょっと真似のできない配慮。配慮という言葉はこういう行為のためにあるのかも。

読む本も難しい。難しい本を読みこなすのが自分の任務のように勤める。私など養老孟司で四苦八苦しているのに埴谷雄高や大江健三郎を読破する。

いつも社会のことを気にかける。日本の将来、世界の将来を憂う。

こういう人が本当に実在する。

私みたいに好き勝手に絵を描き、それが売れればなぁ、とつまらない夢想をしているケチな人間とはまるでちがう。同じ人類じゃないみたい。

現代の善智識がいる限り、世間はまだまだ捨てたもんじゃない。大丈夫。

天気:晴れ

平和が一番!

今日は本当によい天気だった。暖かいし風もない。小春日和とはまことに今日のような天気だ。

今日は電車に乗った。若い女の子が明るい服を着てみんな楽しそうだった。秋の平和な日本の休日だ。まったく素晴らしい。平和が一番!

天気:晴れ

いつも上向き

クロッキー会には80歳になる男性も見える。ときどき私の絵を買ってくださる。元国立大学教授だった方。いつも上を見ている。

この間も、上達していますかねぇ。とおっしゃるから「もう上達はないでしょう」と申し上げてから「いや、描けば描くほど上手くはなると思いますけど」とお応えした。

帰りに駐車場で車に積んであった父の古い裸婦の絵をご覧に入れると「どうですか、菊地さんはこれからこういう裸婦をめざしますか」とこれまた上向きのご質問。めざすもめざさないも、この絵は父が40代の頃の絵で今の私より若い。「そうですね。父は私の絵の先生ですが、父の裸婦は想像、私のは写生ですから、ちょっと方向が違うかもしれません」とご回答申し上げた。

それにしても、10年若い父の絵は今の私の絵よりいいのかもしれない。実は私はその絵はあまりよくないと感じていたのだ。

いろいろな人の話を聞かないと自分勝手な独りよがりに陥るかも。

天気:晴れ

「描きたい」という気持ち

とうとう出展してしまった。毎年のことだから慣れている。いつもわけのわからないままにトラックに積む。今年は13日と14日の町田展にも同じ絵を出す。そのときゆっくり見よう。ま、どうせ大した絵ではない。もっともどこの公募展にも大した絵はない。でかい絵はあるが。

今日は天気もよく暖かかった。家の前の桜並木が紅葉してとても美しい。そろそろその時期も終わる。それにしても、秋の空気は澄んでいる。夕焼けになると紅葉が輝き、一瞬であたり一面をオレンジ色に染める。まことこの世のものとは思えない。しかし、間違えなくこれがこの世である。あの世ではない。

これは絵に出来ない。絶対に無理。だけど不思議なことに描きたくなる。描いてもどうせ薄汚い絵具の山になるだけなのに描きたくなる。この「描きたい」という気持ちがもっとも重大である。すべてである。

天気:晴れ

復活!の振り

とにかく今朝は描いた。描かないわけにいかない。毎年こんなものである。ま、昨日の絵よりずっといい。大丈夫、飾れる。なんとかなる。ヘーキ、ヘーキ。

というわけで、今日からまたお休みになる。今日はプールもやっていない。

絵は難しい。

2週間ぐらい前、日曜美術館でダヴィッドを取り上げていた。ダヴィッドはナポレオンの肖像画を描いたことで知られる新古典主義の総帥である。ダヴィッドの跡を継ぐのがアングル。

私はダヴィッドをいいとは思わない。アングルはいい。ダヴィットの画面がつまらないのは第一に色彩。いわゆるデッサン力ならドラクロワなど足元にも及ばない。しかし、絵としてならドラクロワの方がずっといい。ずっと美しい。デッサンとは形を取ることではないのだ。ドガは「デッサンとはものの見方である」と言った。これももう一つわからない。2枚の絵を比べるとわかる。たとえば、ダヴィットとプッサンを比べるとダヴィドの見方がいかに貧しいか。豊なのは晩年のティチアーノ。まったく最高だ。

この辺のことは私のホームページのプッサンとかティチアーノをご覧頂けば少しはわかると思うが、なぜかリンクがうまくゆかないので、興味のある方はご自分でたどってください。

天気:晴れ、暖か

絶不調!

確かに昨日のクロッキー会では不思議なパワーが身体の芯のほうから湧き出てきた。

絶好調だった。それが今日は全然ダメ。まったく不思議だ。今日はいったい何体の等身大の裸婦を描いただろうか。6体ぐらい? 全然うまくゆかない。俺ってこんなに下手だったっけ? 下手なんだな。間違えなく本人だもの。昨日と同じ人間。おかしい? 

どうにもならないからプールへ行った。ハイ、フラフラです。気力もないし体力も尽きた。ああ、勝手にしろ。

それにしてもよく泳ぐね。

絵は描けば描くほど上達する(はず)。水泳はいくら泳いでも歳とともに衰える。スピードが落ちる、はずなんだが、これがけっこうなかなか落ちない。初めからオリンピック選手みたいに速くないから、ほとんど衰えない。でも少しずつ衰えてるはず。だって身体つきが違うもん。昔と全然違う。親爺体型。

絵は80歳でも90歳でも上達する、というか上達した人がいた。北斎とか鉄斎とかティチアーノとかモネとかミケランジェロなど。ああいうスーパーマンにはなれっこないが、とにかく可能性はある。

しかし、今日の私を見る限り、昔のが描けたよな。

天気:晴れ

絶好調!

本日はクロッキー会。久しぶりで体調十分、元気ハツラツ、気力充実。名古屋の疲れもやっと取れたか? ま、だからといって絵がうまくゆくわけではない。それほど甘くない。少なくても疲れているときよりはうまくゆく可能性が高いだけ。

帰って見てみると、昨日の100号もそんなに悪くはない。

ま、今日は楽観の日か? だいたい私はいつも楽観だが。

いよいよ明日はなんとしても100号を2点は描きたい。

24日を予備日に取っておけばまず大丈夫だろう。

そのあと、50,40,30号と描いてゆく予定。

町田展は大作を並べる予定である。

町田展のDMのコピーは「進化する具象表現」。

天気:晴れ、暖か

描けましぇ〜ん

いよいよ切羽詰ってきた。金もだが、等迦会の絵が出来ない。構想が湧かない。描く気がしない。やる気が起きない。胆力がない。ついに終わりか。55歳。早いな。つまらない風景でも描くか。バカ野郎! 耄碌するには早すぎる、っつーの。

それにしても困った。とりあえず寝るか。

と書いてから早5時間。ハイ、描きました。100号1点。とにかく1点。

明日はクロッキー会だし、明後日は祝日で落ち着かない。ラストチャンスが24日。25日に運送屋さんが取りに来る。

どうとでもしてくれよ!

高倉健が歌ってたな。「馬鹿じゃ出来ない、利口はやらぬ」

それが任侠道ならカッコもいいけど、油臭くて頭が痛くなる。泣きたいヨ。

天気:晴れ

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