イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2009年07月

四苦八苦

キルケゴールは「私が思考すればするほど、私は存在することが少なくなり、反対に、私が存在すればするほど、私は思考することが少なくなる」とまで述べている。
これが実存者たるか実存論者たるかの悩みにもなった。とにかく哲学は考えなきゃ商売にならない。ここに最大の弱点があった。ま、絵や音楽の創作は、キルケゴールの言っていること、すなわち存在の証明みたいなことにはなる。
ところが、仏教はどうか? 特に禅宗のやり方は実存主義大前提って感じなのだ。
お釈迦様は人間の悲惨から出発している。「人間はこうあるべきだ」という西洋流の理想主義は初めから持っていない。今でも四苦八苦という言葉は使われているが、これは仏教用語だ。生(しょう)をお祝いではなく苦しみとした。病気、老化、死が加わって、これが4つの苦しみだ。さらに愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦(ぐふとくく)、五陰盛苦(ごおんじょうく、他の言い方もある)をプラスして八苦となる。日本語はいいね。この難しい文字を見ているだけでも意味がわかるもん。好きな人と別れる苦しみ、嫌なヤツに会う苦しみ、不老不死にもなれないし、なかなか金持ちになれない苦しみ、最後の五陰盛苦は難しいけど、映画『マトリックス』の世界に生きている苦しみだ。つまり、この世は迷いの世界(真実の世界ではない)であり、そこに生きている苦しみ。
今日は9日ぶりにプールへ行った。
天気:曇り

サルトルのつまずき

9fce918d.jpg政治に興味がないモテない若者は実存主義に走るしかない。最後の生きる道となった。生存中のサルトルは注目の人だった。当時の若者はサルトルの次なる発言、明日の行動にいつも目を向けていた。しかし、ご存知のように実存主義は破綻する。サルトルは政治運動に向かった。
実存主義は人間の状態を明らかにした。それはどうにもならない、にっちもさっちも動きの取れない悲惨なものだった。また、実存主義はヘーゲルのドイツ観念哲学を批判する姿勢から始まった。キルケゴールの舌鋒は鋭さを極め、われわれ若者の溜飲を下げた。が、所詮批判哲学の枠を出ない。「それじゃあ、どうする」が弱いのだ。そこにサルトルのつまずきがあった。
作品:F3「ポーズ」
天気:晴れ。真夏!

すべてがカッコいい

私は実存主義しか知らない。次の構造主義にはもう興味がなかった。実存主義の行き詰まりを解決する方法があるわけない。おそらく行き詰まりはそのまま置いておいて、次の思考に移ったのだと思う。それが科学のやり方だ。
で、実存主義そのものの魅力は限りない。これを理解するのは苦しむ人だけだ。自分が苦しんでいなければ理解がどんどん遠のく。
実存主義は、たとえば「この責任を身にひきうけることが、実存の情熱である」と言う。また、「人間にとっては、世界から離れて自己自身のうちに閉じこもるべきわが家はどこにもない」とも言う。挙句に「実存の交わりを成立させるのは、一元的な夢みる愛ではなく、愛としての戦い、戦いとしての愛である」と来る。
すべてがカッコいいのだ。
恋に悩み、死を恐れ、拘束におののき、孤独にさいなまれる20代の前半。これらの実存の言葉がどれほど若者をしびれさせたことか!
もちろん私だって例外ではなかった。
今日が個展最終日。午前中にクロッキーをやって、午後から池袋に行った。疲れた。
天気:曇り

仏道修行は実存的か?

c30d443e.jpg昨日の天気は晴れのち曇りのち雨だった。
現在の日本の仏教界がどういうものか、私は全然知らない。たまに『なんでも鑑定団』などに、寺に伝わる金屏風などを持って、お坊さんが出るけど、どうもイメージが合わない。素晴らしい金屏風に自分の褌を掛けていたなどと聞くと、がっかりしてしまう。
しかし、仏教の教え自体はたいへん納得できる。
私たちの世代は、まだ実存主義が流行っていて、大学の講義でもナマ実存主義が生きていた。谷口先生(名前は忘れました)の講義は口角泡を飛ばして熱弁なさっていた。前にも書いたパスカルの安井源次先生の薫陶も頂いた。惜しかったのは澤柳大五郎先生の講義を聞き逃したことだ(これは実存主義には関係ないか)。
西洋哲学の実存主義は完全に行き詰まってしまう。言葉と思考を否定するからだ。言葉と思考がなければ哲学自体が壊滅する。しかし、実存哲学の魅力は言葉と思考の否定にある。じゃあ、どうすりゃいいんだ!? てんでサルトルはアンガージュマン(社会参加)と言い出した。ま、行動だと思う。でも社会に関わるってことは政治ってことになり、これはろくでもない。とにかく人と関わるのは非常に難しい。
一人で出来るものなら創作だ。これが一番いい。サルトルはここには至らなかったみたいだ。自分も小説でデビューしたんだけどネ。小説は言葉だから、絵とか音楽のが実存的かも。
で、仏教の修行はとても実存的なのだ。坐禅は素晴らしい。絵や音楽よりも実存的。そのまままっすぐ人間存在を実感できる。
作品:F4「カノン」
天気:晴れ

同質の方向性

で、牧谿がどれぐらい素晴らしいか。
これは私の父の著作「桃唇集」にも記載があるが、父と高輪の畠山記念館に牧谿の『遠寺晩鐘』を見に行ったとき、『遠寺晩鐘』の下の展示台に本阿弥光悦と俵屋宗達の合作による書と鹿の絵が展示してあった。その宗達の鹿がチャチィ〜く見えてしまうのだ。
『遠寺晩鐘』。いったいどういう画境なんだ! 25日に絶賛したターナーをはるかに超える風景画(と言ってよいものか。山水は単なる風景画ではない。仏の姿を描いている<らしい>)である。
もちろん「うんざりするほど」が何乗にもなる作画量が予想できる。100万枚か? きっと修行として描いているのだと思う。絵を描くことが禅の修行なのだ。坐禅している状態? ということは呼吸が絵か?
長谷川利行でも全然達していない。だけど方向性は同質のものを感じる。宗達もターナーも牧谿の方向性の中にいる。利行もその道を歩んだ。もちろん私はそういう偉大な画家たちの足元にも及ばないけど、父親のおかげでそういう世界を見せてもらった。そういう世界があることはわかるし、同じ道を歩んでいる気分ではいる。自分の思い込みかもしれないけど、とにかく道を踏み外さないようにしたいにゃぁ〜。もうすでにけっこう外れているけどネ。
天気:晴れ

信仰は無理

6c53b7bf.jpg昨日の天気を書き忘れた。「曇り」かな? デパートの中にいるのでよくわからない。
やっぱり絵は修行なのだ。若いころは修業。40歳を過ぎれば修行だろ。それ以外に考えられない。修行となれば宗教性もある。古典絵画の域にちょっとでも近づいたということか。牧谿は正真正銘本物の和尚さんだった。住職なのだ。僧侶としては最高の地位。その和尚さんが絵画史上どの画家も達しなかった域に踏み込んだ。いったいどうしてあんな画境にまで行き着いたのだろうか? 
われわれには絶対理解できない「信仰」がある。この信仰はギリシアにもルネサンスにもインド彫刻にもアンコールワットにもあった。
近代科学を知らない人々は、科学の代わりに神や仏を知っている。信仰の中で生きている。これを追体験することは出来ない。われわれは科学教という宗教を信じている。小学生のころから客観的な実験を学ぶ。「客観的」なのだ。ここが要。だけど、この「客観」を追求してゆくとでっかい壁に突き当たる。自意識という壁だ。だけど、近代科学のモットーは客観なのだ。多くの哲学者や思想家や、そして今は脳科学者が、この大問題にぶち当たって呻吟している。
「信仰」は無理でも「修行」というなら理解できなくもない。私の水泳だって好きで泳いでいるだけだが、40分弱泳ぎ続けるのは楽じゃない。身体のメンテナンスでもある(誰がなんと言おうと、身体も機械である!)が、精神の修養にもなる。
作品:F0「百合」
天気:晴れ

有数の作画量

少なくても、絵では儲からない。絵は一枚一枚描いている。こんなの商売になるわけない。商売として絵をやっているとしたら馬鹿である。じゃあ、なんで絵なんて描いているのだろうか? ま、私の場合は成り行きというか、こうなってしまったのだ。もちろん絵が好きだということもある。だけど、好きのレベルははるかに超えている。好きぐらいでは説明がつかない。
また、古典の彫刻や絵画からの影響も大きい。ずっとのめりこんできた。ああ、ああいう絵が描きたいとか、ああいう造形をやってみたいと思ってしまう。これも人情。
それにしても、厳しい。物凄く厳しい。好きなことをやって生きるなんて土台無理。図々しいのだ。世間では才能などとよく言うけど、実際に描いている本物の絵描きだったら才能なんて信じていないと思う。逆に、才能はあるに決まっているだろが! となる。私は才能なんて関係ないと思っている。絵は描けば描くほど上達する。ターナーが天才だと主張するなら、まず、ターナーほど絵を描いていただきたい。もちろんターナーにはなれないけど、肉薄するはずだ。ターナーが生涯に描いた絵は、公表(?)2万枚となっている。実際には20万枚ぐらい描いたのではないか。1年間に1000枚描くのは至難の業。それが10年で1万枚だ。私は今まで合計で1万枚以上は描いていると思う。これでも日本有数の作画量だろう。それでもターナーには遠く及ばない。牧谿だったらさらに遠い。
もし私の絵を褒めてくれる人いたら、こう言いたい「うんざりするほど描いてますから」と。

ビジネスでは・・・

0e4309c2.jpg絵が生涯をかける仕事かどうか、という前に絵って仕事なのだろうか? 日本語で「仕事」というが、仕事にはワークとビジネスがある。絵がワークであることは疑いない。中島誠之助が「いい仕事してますねぇ」というときの「仕事」だ。しかし、ビジネスだろうか?
「男子一生の仕事」というときの「仕事」はワークとかビジネスを超えたもっと大きな視線かも。ジョブではない。やっぱりビジネスに近い。でも、絵はビジネスではあるまい。絵がビジネスではあまりにも寂しい。
この本論は今日のホームページで述べた。
東武展はお客様は多いと思う。DMやパンフレットがどんどん減る。まだ2日目なのに、大丈夫だろうか?
作品:F3「あじさい」
天気:雨、ときどき曇り、一時晴れ間。風もある。ちょっとした嵐。

生涯をかけるほどの・・・

アカデミズムでもなく売り絵でもない、ちゃんとした絵となるとシンケンしかない。画廊や百貨店でいつも絵を見ている方々を頷かせる絵を描かなければならない。実際に売れる絵はSMとかF3でも、いつも20号、15号を描いていなければ底が割れてしまう。さらにもっと大きな絵も描いていないと筆が縮こまってしまうのだ。伸び伸びと自在な線を得るのは簡単ではない。高価な絵具をふんだんに使う。これもシンケンの心得だ。
ま、こうやって、怠け癖に叱咤して絵を描かせる手立てはつく。個展となればどうしても大量の絵を背筋を伸ばして描き続けなければならない。裸婦は、個展に関係なくいつも描いていないと、すぐ線に現れてしまう。化けの皮が剥がれるのだ。だから、毎年100号も数点描く必要がある。
で、こうやって何十年も描いてきたわけだけど、絵って本当に生涯をかけるほどの仕事か?
たまに立ち止まって自問自答したくなる。
今日から池袋東武が始まった。
天気:曇り、ときどき雨

シンケン描き2

bc02080b.jpg将棋のシンケン師で一番有名な棋士は故・花村元治だ。シンケン師からプロの棋士になった。棋士になれる年齢制限は超えていたけど特例でなれた。しかも、九段にまで上り詰めた。当時の大名人・大山康晴と名人戦七番勝負も戦っている(ストレート負け)。詳しくはウィキペディでどうぞ。この弟子には現在活躍中の森下九段とか深浦王位がいる。
花村の腕は凄かったが、大山には通じなかった。
シンケン描きも現在のアカデミズムに通用しないだろうか? 
絵と将棋はちがう。今のアカデミズムはアートに迷い、石膏デッサンもろくにやっていないらしい。平べったいところに奥行きを見せるのが絵描きの業である。この修業を若いころにやっておかないのは、将棋の定跡を学ばないのと同じことだ。現在の大馬鹿アカデミズムなんて問題にならない、と言うのが私の考えだ。子供のころから奨励会で実戦の中で定跡を学んでいるプロの将棋組織とは根本的にちがう。話にならない。
美術のバカデミズムはつぶしたほうがいい。
明日から東武百貨店の七番勝負(七日間だから?)だ。
今朝も曇っていたのでプールへ行った。客は私ひとりだった。やっぱり別荘地のプールみたいだ。
作品:SM「黄色いコスモス」
天気:雨のち曇り
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