イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2012年04月

剣道の先生

1910年からの10年間(いわゆる大正デモクラシー)を中国の尭舜時代のように讃えるのは問題があるかもしれない。だけど、明治以降の文化の粋のほとんどはこの10年間に誕生している。
きちっとちゃんとやろう、という風潮があったのだと思う。グータラでいい加減な私とは対極の時代。
でも、その時代の息吹を少しでも感じ取ること、身に付けることはなかったか、そう考えて、祖父のことなどを考えてみた。少しずつでも『芸術の無限感』を読んでいるせいかもしれない。『芸術の無限感』はまさに大正デモクラシーの真っ只中に書かれた文章や手紙だ。
私が中学のときに市の体育館で習った剣道の先生も大正デモクラシーに生きていた人だったかもしれない。私が14歳のとき70歳ぐらいだった。私が休んでばかりいるからいつも怒られた。でも、足の皮がむけるまで素振りはしたし、体中痣だらけになって、風呂に入るのも往生したもんだ。
この先生も大正デモクラシーのとき青少年時代(16〜26歳)を送っていたのでは。
先生は、剣先で剣道をするなと言っていた。腰から相手にぶつかって行けと教えられた。肩の力を抜けといつも言っていた。
多分警察剣道だと思う。北辰一刀流(赤胴鈴之助とか坂本竜馬の剣)だ。赤胴鈴之助は坂本竜馬がモデルかもしれない。江戸の道場で千葉周作から剣術を習う。ちなみに、私はとても弱い。一般人より少し強い、と思う。
大正デモクラシーより10年以上後、関東大震災後だが、仏教の大正大蔵経が編纂されたのも、もちろん大正時代だ。大震災後も「きちっとちゃんとやろう」風潮は続いたのかも。
今日から豊橋に行く。5月3日までブログはお休みします。ホームページは1日遅れで5月4日の朝更新します。
天気:曇り

母方の田舎

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私の母方の爺さんは何年生まれなんだろう? 母は最初の子だから、爺さんとは25年ぐらい離れているとすると、私と爺さんは45年離れていて、1905年の生まれということになる。明治38年。私が日本最高の10年と主張する大正デモクラシーの時代に多感な少年期を過ごした計算だ。
ちなみに父方の祖父は私が生まれる前に死んでしまったので会っていない。私より70年以上年上のはず。1880年ごろの生まれか。最高の10年のころに蒔絵師としてけっこういい思いをしたらしい。作品は多少残っているらしいけど、私は見たこともない。
私は母方の田舎によく預けられていたので、母方の爺さんからの影響は薄くない。町会議員だったように思う。自民党ではなく社会党だったように記憶する。俵一郎という。「一郎という名前は偉い人間が多い」と言って、政治家の名前を挙げていた。その偉い政治家はみんな自民党だった、かな? 落語が好きなひょうきんな人だったから冗談だと思う。新聞が綺麗にたたんで積んであったのを覚えている。
曽祖母(爺さんの母親)も生きていて、けっこう世話になった。夜道は墓場を歩く。「怖いのは幽霊ではなく生身の人間だ」と言っていた。
母方の婆さんは、とても肥っていた。この人に一番お世話になった。田舎のオバサン。怒られたりもしたけれど、可愛がってもらったと思う。曾祖母にも祖父にも祖母にも悪い印象はない。
「こいつは屁理屈ばかり言う」と言われていたから、私はお喋りな嫌なガキだったんだと思う。
今日は暑いぐらいだったが、連休も始まっていて、町に人が少なく、プールも空いていた。最近は週2回欠かさず行っているせいか、泳ぎの調子も良かった。
作品:F0「小さな鉢植え」(ホームページのF3よりこっちのがいいかも)
天気:晴れ。とても暑い

6月が近づいてくる

中村彝の『芸術の無限感』はずっとお休みしている。
フランス語に凝っている、というか、やらないとヤバイ。どんどん6月が近づいている。1から100まではけっこうすらすら言えるようになった。まだ日本語のようにはいかない。1から100までばかり繰り返しているけど、これでも発音の練習にはなる。おそらくすべての発音が入っていると思う。ときどき、週や月の言い方を忘れないように繰り返す。動詞の変化まではとても届かない。厄介な半過去は聞いて分かればいい。言うときは複合過去だけで押し通す。ただ、半過去と未来形が多少似ているから聞き間違えるとエライことになる。未来か過去か必ず確認すべきだ。
ま、寅さんじゃないけど、会話は目でするものだ。
ああ、ラジオ講座でやっていたサン=テグジュペリの『星の王子様』の一節だけでも丸暗記したいなぁ。
そういえば、ほんの少しずつ読んでいる『芸術の無限感』にゴッホがゴーホという言い方で出てきた。300ページの少し前ぐらいだ。ドガもドーガという名で出てきた。絵の内容にはほとんど触れていない。
今日は少しキャンバスを張って地塗りをした。
天気:曇りのち晴れ。暑いぐらい。

かなり有効

禅には、自分を窮地に追い込む考えがある。無論サドではない。また、お釈迦様は苦行を禁じている。激しい滝修行や火の上を歩くなどの荒行は疑問だ。普通に一人で暮らせば十分修行だと思う。ちなみに私は一人暮らしではないけど、マンションの管理人は一人でいる時間が多い。とても辛いと言う人もいる。多少の修行性はあるかも。
具体的に思い浮かぶのは、良寛様とか雪村だ。そのほか多くの禅僧が一人で暮らし長い旅をした。風外とか桃水とかいっぱいいる。いま名前を出した4人は、曹洞宗の禅僧だけど、もちろん臨済宗にも凄いのがいっぱいいる。
現在の宗門にも注目に値するお坊さんもいると思うけど、概して堕落している。あんな大所帯になった宗派では道元や円爾弁円(えんにべんえん1202〜1280)の真のやり方を実践できるわけがない。
キリスト教だって、大きな所帯になっている。イエスの素晴らしさとは無縁な教えが横行していると思う。
大きな集団を維持するためには致し方ないのかもしれない。
道元にしても親鸞にしても、みんな尊敬に値する修行僧だ。だけどその後の曹洞宗とか浄土真宗とは直接関係ないかも。
われわれは、歴史上の宗教家から学ぶことは多い。その教えから自分の生き方を選ぶことが出来る。それで十分ではないにしても、かなり有効だと思う。これだけ学問が発達して本も自由に手に入る世の中だ。インターネットからの情報も多い。デタラメやインチキもいっぱいあるけど、それは自分で選んでゆくしかない。それも楽しい。
作品:SM「アルルカンのポーズ」
天気:雨のち曇り
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焦りや諦め

昨日は『ためしてガッテン』で脚が攣れるメカニズムを知った。冷える、激しい運動、脱水症が脚の攣れる原因らしい。老人の場合は血管が切れている場合もある。このテスト方法もやってくれた。われわれ夫婦は合格。私の脚が攣れるのはプールの冷たさと激しい運動による。筋肉の質などには関係なく、誰でも攣れる。致し方ないのだ。十分準備運動をして、ゆっくりした気持ちで泳げばいい。
懸案のキャンバス裁断をやったので、あとは張るだけ。毎日少しずつ張れば大丈夫だけど、晴れないと張れない(毎回言うがシャレではない)。
私の「切羽詰って描く」方法は父親から伝授された。だけど、完全現場主義の私は父やドガや尾形光琳とはちがう。私の方法が通用するのも自動車があるから。現代社会じゃないと無理な画法だ。もっとも今の私には自動車がないからとても困る(=息子の車を借りる)。
私の場合と比較するのも申し訳ないけど、ドガの絵も、ドガの目が普通に見えていたら、ああいう魅力的な絵は出来なかったかもしれない。目がどんどん見えなくなる焦りや諦めがあの不思議な色彩を生み出した。
「切羽詰って描く」描法は、仏教の禅にも深くかかわる。私はメチャクチャ正しいかもしれない。ま、そう思っていなければ、こんなギリギリな暮らしを続けながら絵を描かないけどね。
今日は夜プールへ行った。雨なので空いていた。
天気:雨

根本的なグータラ

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「緊張感のなかで描く」とは、時間に切迫していることが大事かも。だから現場で描く。現場は緊張を強いられる。現場ではじっくりゆっくり時間をかけて描くことができない。
また、個展やグループ展、公募展に絵を出すことは自分を追い込む良策だ。
ご存知のように、私は家内以上のラテンだ。切羽詰らなければ何もしない。根本的なグータラだ。
家内の友人に「今までの生涯で楽をしようと思ったことはないし、これからも楽をしようとは考えていない」という女性がいるらしい。私とは正反対だ。
だけど、最近は歳のせいでねっころがってばかりいると腰が痛くなる。運動しないとブクブク肥る。だから、マンションの巡回もちゃんとやっているし、朝も7時半ごろには起きる。頭は怠け者だけど身体が運動を強いる。致し方ない。その前にマンションは金を貰っているのだから巡回は当然である。グータラだけどインチキはいけないと思う。
そのほか、もうちょっと元気でいなければならない事情がいろいろある。保険も禄なのに入っていないし・・・だから、もうちょっと頑張る。
出来れば、富岡鉄斎やティツィアーノの画境に入りたいけど、これはノーベル賞を貰うより難しい。一応その方向でやってゆく予定ではある。
昨日、大量のキャンバスを裁断した。裁断表は作り直した。おそらくフランス分まで間に合うはず。
今日はクロッキー会だった。
作品:F8「海原」
天気:晴れのち曇り

才能には無関心

才能論の私の結論は、才能なんてどうでもいい、ということ。絵だったら、描いてる本人には、才能なんてまったく関係ない。描いている本人には、描く行為に意義があり、出来た作品でさえどうでもいいのだから、才能が問題になるわけがない。
私の場合、私が絵描きになったのは偶然である。いろいろな偶然が重なった。もちろん、絵を描き続けたいという希望はあった。意志というほど巨大なものでもない。少し希望していた。初めに勤めたキャンバス会社に残業がなかったから、夜、美術研究所に3年半通えた。会社の合併などがあって、社長が変わり年収が激減し、無意味な残業も増えたので退社した。学習塾を始めたのは、午前中空いているから絵が描けるという計算もあったかもしれない。だけど、自営業が上手く行く確率はとても低い。私はバブルの恩恵だったと思っている。バブルの恩恵に浴したほど大儲けはできなかったけど、飯が食えて子供を育てることが出来た。絵も続けられた。大きな幸運だった。
家内がノーテンキだったことも幸運の一つだ。もちろん、いつも金がないから文句を言われるけど、全体的に実にラテン系だ。
絵はまず第一にたくさん描くこと、洋の東西の古典絵画をいっぱい見ること、そして、緊張感のなかで描くこと。この三つが大切だと思う。才能なんてどうでもいい。天才も要らない。
天気:晴れ。とても暖かい。24℃。

才能問題

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どう考えても才能ってある。才能って言うほど大袈裟でなくても、向き不向きはある。子供のころからの訓練や習慣で才能の開花も左右されるのだろうか?
私は長い間中学生を相手に学習塾をやっていた。学習塾に限らず、人にものを教える前提では才能を否定する。否定するけど、教えなくても出来てしまう子は本当にいる。一回説明しただけでしっかり覚えてしまう子もいる。「この子は塾は必要ないよな」と思える生徒がいたことは事実だ。とても少ないけどいたことはいた。いくら教えてもわからない子もいた。どう説明したらわかってもらえるのか悩んだものだ。そういう子も同じぐらいの割合だった。よくわかる子とどうにもならない子の割合は数パーセントずつだった。あとの8〜9割の子は塾が役に立つパターン。教えると出来るようになる。
でも学校の授業をちゃんと聞いていれば、かなり理解できるはずだ。当塾では、学校の授業をしっかり聞くように指導した。学校の先生を悪く言うのは、毎日顔が会う生徒が不幸になる。基本的に先生を褒めた。そして、学校の先生の言うことをよく聞くように教えた。
だいたいにおいて、主要5教科の勉強は才能から遠いものだ。やればやるほどできるようになる。
難しいのは実技4科。不器用な子に技術家庭は過酷だし、スポーツ音痴に体育は無理。本当の音痴に音楽は地獄だ。
美術だって才能が大きくかかわる。
作品:F15「湘南遠望」
天気:雨

美術品の評価は難しい

絵の評価基準や画家の価値基準は、世間を見れば見るほどわからなくなる。何が良くて何がいけないのか、どういう画家が優れているのか、さっぱりわからない。
『なんでも鑑定団』を見ていると、はっきり悪意のある贋作をつかまされている人が多い。絵の場合は、似たような絵に後の人が著名だけ入れて悪質な贋作にしてしまう場合もある。描いた本人は模写の練習をしたのに、後人が金儲けに利用してしまう。そういう絵も値段的には非常に安くなる。テレビで見ていてももうちょっと価値があるのに、と感じる場合もある。焼き物だと初めから贋作を作るつもりで作っている悪質なものや国宝級の名作を模したお土産品を騙されて高額で買ってしまう場合もある。これもテレビ画面でも一目贋物と分かる。だけどはずれることもある。焼き物は難しい。
では、現代の作品はどうやって評価するのだろうか?
これも本当にわからない。
だって、世間の評判、人気作家が必ずしもいいとは限らない。50年も経てば消えてしまう作家も多い。
新聞の美術欄の評価はどうだろう。この前も、現代の日本画家を大きく取り上げていた。私はいいとは思わない。あれってどういう基準で取り上げるのだろうか? 新聞記事は宣伝ではない。読者は金を払って記事を買っているのだ。そこに未知数の現代作家を登場させていいのだろうか? 高名な美術史家も論評していた。あんな扱いをしてもらったら普通値が出てしまう。
絵はスポーツや将棋などとちがう。勝ち負けはない。ここが難しいところだ。
夜は雨の中歩いてプールへ行った。雨で寒い割りに人が多かった、と言ってもコースに2〜3人。若い人に追い掛け回された。脚は攣れなかった。
天気:曇りのち雨

溢れる生命力

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自家製の、キャンバス裁断表がなくなってしまった。あれがないとキャンバスが切れない。新しく作ったってそんなに大変じゃないけど、出来ることならどっかから出てこないかと期待している。期待しているうちにどんどん時間ばかりが過ぎてゆく。
18日に少し書いたクリムトの話。クリムトは性的対象としての女性を描いた、と述べたが、ロダンも同質だろうか? ロダンもクリムトのようにアトリエにたくさんの裸の女性を住まわせてクロッキーを描き捲くった、とどこかで読んだ。しかしロダンはギリシア彫刻を深く慕っていた。そういう意味ではクリムトとはちがうのだろうか? クリムトだってギリシア彫刻が嫌いなわけはないし、ギリシアを敬慕していたピカソも、クリムト同様女性器をいっぱい描いている。
その前に、ギリシア彫刻の作家は女性を性的対象として見ていないのかと言えば、見ていないわけはない。見ていなければ、あれだけの造形は生まれない。あの骨格、しなやかな筋肉、ふっくらした脂肪、素晴らしい動き。まったくギリシア彫刻を讃え始めたら切りがない。大きさも凄い。溢れる生命力。性的対象としての魅力も含んで作っているのだろうけど、あの健康美は密室の秘め事みたいな淫靡な感じはまったくない。不思議だ。
作品:F10「和」
天気:薄曇
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