イッキ描きブログ

菊地理の油絵作品と絵の話

2012年08月

蚊との格闘

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昨日は夕方プールに行ったがお休みだった。まだ夏休み中なのに、どうしたんだろう? 娘の自転車で行ったから、歩いてゆくほどがっかりはしなかった。ま、運動に行ったんだから、行くだけでも十分運動だからどうということはない。水曜日が定休日なのにおかしい。
それにしても私は蚊に好かれる。いつも半ズボンをはいているから、痒くていられないほど刺されてしまう。一昨日、芙蓉を描いているときも、落ち着いて絵に集中できないほど刺された。蚊のことを忘れて絵に熱中し始めると刺される。ああ、蚊がいなかったら傑作ばかりだったのに、と悔しかった。それでも5匹ぐらいは殺した。蚊も命懸けだ。もともとこっちが蚊のいそうな日陰にイーゼルを立てるのだから、蚊に襲われるのは致し方ないのだ。蚊に対して申し訳ない。
その後、筆を洗うときも、昨日、絵の写真を撮るときも、みんな外での作業だから、いっぱい刺された。
平安時代には蚊がいなかったと訊いたことがあるけど、本当かな? 蚊も外来種なのか?
南フランスにも蚊はいたような気がする。でも少なかった。
作品:F10「街角」(フランス、ロト地方、カザルス)
天気:晴れ

読書家とは言えない

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嵌ったと言えば、山本周五郎とか松本清張にも嵌った。藤沢周平もけっこう読んだ。柴田蓮三郎もたくさん読んだ。
そりゃ、夏目漱石や森鴎外、芥川龍之介、川端康成などは一応読んである。
でも、最近小説は全然読まない。How toモノというか、もうちょっと高級かも。茂木健一郎はまだ諦めていない。養老孟司も大量に読んだ。中野孝次にもけっこう嵌った。中野孝次の名前は、『ハルスのいた日々』などで以前から知っていたけど、私が嵌ったのは『清貧の思想』ではなく『道元断章』のほう。その後、良寛についてのいろいろな著作を読み、『清貧の思想』も一応読んだ。去年『道元断章』を買って読み返してみたが、案外つまらない。
外国文学はほとんど読んでない。前にも書いたが、嫌々ながらロマンロランだけは相当読んだ。嫌いなのに読んじゃう。美術に関する著作が多いからかも。それらもすべてつまらなかった、と思う。忘れた。『ジャン・クリストフ』も読んだ。長かったなぁ〜。ロシア文学は歳をとって暇になってから読もうと計画していたが、そんな暇な日々は来ない。もちろん、今もけっこう暇だけど、もう読む気力がない。若いころに読めるだけ読まないとダメだ。それでも『戦争と平和』とか『罪と罰』など、何度も挑戦したけれど、結局読んでいない。そういえば、父は歳をとってからもトルストイやドストエフスキーを読んでいたように思う。女性にもてようと思って頑張ったのかも。
作品:F6『メロンのある静物』(おそらくフランスへ行く前日の絵画教室で描いた)
天気:晴れ

入門遍歴

大学のころに岩波新書の『仏教』と『日本の仏教』は読み終えている。数年前に再読した。それ以前にも何度も読み返している。渡辺照宏の著作だ。その後、渡辺照宏の本はほとんど読んだ。初心者向けのいろいろな仏教の本だ。
次に父が今枝愛真を発見した。今枝愛真の初心者向けの本は少ない。NHKブックスの『道元』は最高傑作。
私は『道元とサルトル』(講談社現代文庫)から森本和夫を知り、『正法眼蔵入門』(朝日新書)で嵌った。だけど、森本はあまりにも理屈っぽい。
最初の出会いが渡辺照宏だったので、どうしても天台宗に厳しい。天台宗から日蓮宗への流れを嫌う。渡辺の生家は真言宗のお寺らしい。つまり、天台宗とはライバル関係にある。空海の教えだ。私としては極最近、密教を妖しいと思い始めている。以前は渡辺の影響で空海の厄介な本も読んだ。しかし、空海は魅力いっぱいの偉大な僧侶であることに疑問はない。特に書や原文に一度は惹かれる。
今も高崎直道の『仏教入門』(東大出版)を読んでいる。私の人生は「入門」で終わりそうだ。
今日は、早朝に芙蓉を5枚描いた。都心に行って、悠遊展の搬出も手伝った。
作品:本日写真を撮る時間がありませんでした。
天気:晴れ

仏教とのかかわり

私の安全地帯は何だろう? 母親は死んじゃったし、家も故郷もない。私は仏教徒ではないけれど、やっぱり仏教かな? 私の場合は仏教というより、仏教入門かもしれない。ずっと仏教入門ばかり読んでいる。で、総合すると、道元禅師はかなり素晴らしい。
そもそも、私が仏教に触れたのは父親のせいだ。父はよくお経を口ずさんでいた。日蓮宗のお経だ。父の父。私の祖父の遺影は僧形なのだ。袈裟を着ている。私が生まれたときには亡くなっていて、私はその写真でしか見たことがない。
次が中学生のときに読んだ『出家とその弟子』(倉田百三・旺文社文庫)。これは親鸞とその弟子・唯円のお話。浄土真宗の祖の話だ。母方の宗旨は浄土真宗だった。
同し中学生のころ、映画の『宮本武蔵』(内田吐夢監督・中村錦之助主演)を見て沢庵和尚(三国連太郎)がカッコいいと思った。沢庵和尚は禅宗の臨済宗の僧侶だ。
その後、父の影響で良寛様がいいとか小林一茶がいいとかいろいろな偉い人が登場した。絵描きなら切りがない。いろいろな画家に心酔していた。ドガとかルオーなど西洋の画家もいっぱいいた。それらはすべて父が心酔していたのであって、私も従っていただけだ。
で、父は老荘思想に凝り始めていた。で、私も大学で老荘思想を学びたいと思い、東洋哲学に進んだ。そうしたら、老荘思想も教えてくれるけど、比率は5%ぐらい。95%は仏教だった。同時に実存主義哲学もまだ盛んだった。
このころ牧谿を初めて見る。で、仏教と絵が合流する。
昨日は昼間にプールに行った。暑すぎるせいか、空いていた。
天気:晴れ

安全地帯

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茂木健一郎の『感動する脳』をやっと読み終わった。PHPから出ている本。そのためか、多少意識高揚的な側面があった。だけど、全体的には私とほとんど同意見。
ちょっと違うところは、人間には安全地帯が必要で、安全地帯があるから冒険ができるという考え。もっともそこまでは同意できる。子供の安全地帯は母親であり家庭である。というところも同意見。
しかし、大人の安全地帯が経験とスキルという主張はちょっと違うような気もする。経験とスキルは「安全地帯」と呼ぶには不安定にすぎる。私にも多少の経験とスキルがあるけど、安全地帯というほどの自信はとてもない。
たとえば、自分の絵が経験とスキルの産物だと思ったら、絵は終わりである。絵こそ、茂木先生の主張する感動の産物でなければならない。それは不安定のなかから生まれる。
大人の安全地帯はないけれど、あえて言えば、宗教かもしれない。南フランスの村など、教会の尖塔に寄り添うように家々が建っている。教会はノートルダムだ。「われわれの母」というような意味だろう。精神的にも、実際の建物としても、まさに安全地帯になっている。
では、日本人の大人の安全地帯はどこか? 地図で見る限り、駅かもしれない。その近所のデパートか。駅が安全地帯にしては、駅員さんはけっこう冷たいし(この前の震災のときはほとんどの駅がシャッターを閉めてしまった)、デパートやスーパーは市場経済のシステムでできている。金のない奴に遊びに来てもらっても困る。
南仏の村の教会とは異質だ。
仏教のお寺かな? 私が桜を描きに行く東雲寺はとてもオープン。昔ながらの里山の山寺の趣がある。いいお寺だ。だけど、東雲寺を安全地帯だと思っている近所の住人は誰もいないだろう。散歩コースには入っているかもしれない。
日本人の大人に安全地帯はないのかな?
作品:SM「泉」
天気:晴れ

ある彫刻家10

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フランスではブログとホームページはお休みしていたが、毎日日記をつけていた。ヴァータスの彫刻を「発見」した直後、私は大量の文章を日記に書いた。このブログのヴァータスの文章を書くに当たって、私は自分のフランス日記をなぜか全然見なかった。記憶だけで書いた。
だから、このブログと実際の日記を読み比べると細かいところで間違いがあるかもしれない。でも、フランス日記を書き写すだけではつまらない。
ま、大筋では合っている。本人が書いているのだから大丈夫だ。
ヴァータスの復元も、中世の傷んだ原作と比べると格落ちを感じる。なぜか古いものはいい。城のあちこちに作り直したヴァータスの小さな彫刻がはめ込まれているが、それもイマイチ。周りの古い石のほうが風格がある。
やっぱりヴァータスの彫刻は自由に彫った裸婦がいい。仕事でやっている復元はつまらない。
今日はプールの日だったが、行かなかった。明日の昼間に行く予定。
写真:ヴァータスの復元彫刻
天気:晴れ。殺人的な暑さが毎日続いている。昨日の夜は涼しかったけどね。

ある彫刻家9

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悠久のときのなかの存在として生きるのはなかなか難しい。
ヴァータスは、客にコーヒーか紅茶か聞き歩いたり、自分の城をくわしく説明したり、物凄くエネルギッシュに生きている。打ち合わせをして、小1時間も古城の解説をして、そのあとまた復元の仕事を続けるらしい。とても元気だ。
われわれは喜びのなかに生きるべきだ。本当にやりたいことをやるべきだ。喜びのなかにいることが悠久のなかにいることだと思う。
そう言えば、近所の酔芙蓉の花が咲き始めた。大きな白い花が風に揺れている。見事なものだ。今年も是非描きたい。わが家にもその酔芙蓉の一株をもらい、ちゃんと根付いた。でも、とても花は無理。まだまだ数年先か、な? でっかい葉っぱだけがたくさん出ている。
生活ができる以上、ヴァータスは、自分の彫刻がどう評価されても関係ないのだろう。ヴァータスは石を彫る喜びのなかに生きている。禅僧のような暮らしなのかも。
私も、駄文を売ろうとしたり、個展やグループ展の準備をしたり、けっこう忙しい。忙しいけど、絵だけは描いている。毎月50枚の油絵を描かなければならない。これは喜びでもある。また、合間を縫って泳ぎに行く。こっちも別の喜び。ヴァータスには及ばないのだろうけど、私は私で適当にやっている。でも、私には家内がいるから、もっと頑張らなくてはならない。それに「楽しい激務」(=子守り)もある。これも悠久のときだなぁ。
私もけっこう悠久のなかにいるかも。
写真:ヴァータスの仕事
天気:晴れ

ある彫刻家8

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一般に欲がないのは無気力などとも言われ、必ずしも良いことではない。だけど、仏教ではもちろん無欲は悟りの一つの姿でもある。ヴァータスほどの彫刻家が、フランスの田舎に暮らして、近所(と言っても50km四方だけどね)の芸術家たちとグループ展などをやっている。これでいいのかと不思議に思う。
だけど、あの古城の修復は永遠の仕事だ。少なくとも人の寿命を思えば永遠と言える。ヴァータスは永遠のなかにいる(ま、実際には誰も彼もが永遠のなかにいるんだけどね)。
私のマンション巡回など残り8年で終わる。ジジイ仕事にも定年がある。
それにしても、ほとんど誰も来ない古城でああやって毎日古代と向き合っている。家に帰れば、また彫刻。いい暮らしだよね。愛犬と二人暮らしだ。一昨日の写真に写っていた黒い薄汚い犬が愛犬。薄汚いけど、とてもおとなしい名犬だ。南仏の犬はみんな穏やかだった。
で、私の絵のパンフレットを黙殺された件。
初めはとても寂しかったけど、彼は私の本物の絵を見たわけじゃないし、所詮、絵描きと彫刻家は相容れない。それが実体だ。絵描きには彫刻家の労苦はわからないし、彫刻家に絵描きの事情は理解できない。理解する必要もない。立体を平面にするのはけっこう骨が折れるのだ。また、絵具や色の問題もややこしい。彫刻家に言わせれば、そんなものは皮相のこと。造形の本質ではない、と言うかもしれない。私も、造形の本質では、絵と彫刻は兄弟だと思っている。
写真:ヴァータスの彫刻(とてもクラシックだけどオスロのヴィーゲランにも似ている)
天気:晴れ

ある彫刻家7

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ヴァータスの彫刻の肉付けが完璧なのはこの復元の仕事とも関係がある。復元は彫刻は少なくて、唐草模様みたいなものを、横1m50cmぐらいの石に彫っている。だけど、守護神の顔みたいな具象の彫像も彫っている。こういう仕事は自分の彫刻に深く影響していると思う。500年とか1000年の昔の彫刻家から直接教えてもらっているようなものだ。模刻は素晴らしい学習なのである。
私も、若いころほんのちょっとだけやった。ボルドー市立美術大学でやった。私の経歴の「ボルドー市立大学留学」は嘘でもハッタリでもない。毎日ちゃんと通っていた。裸婦も描いたし粘土で彫像の模刻も作った。
また、模写は自分の家でたくさんやった。今でもときどきやる。模写は第二の鑑賞なのだ。ただ見ているのと模写をするのとでは、その元の絵に対する理解は格段の差がある。模写をして初めてその元の絵の画家と会話ができる。私はルーベンスとじっくり会話をしたなぁ。
ヴァータスは生活の糧や彫刻の材料費などを城の復元によって得ている。さらに、肉付けの技術も学んでいる。
で、ヴァータスの偉いところは、この生活に満足していることだ。
ヴァータスには家族がいない。離婚したらしい。もし子供がいたとしても、もう独立しているだろう。でもガールフレンドがいるという話。ま、気楽な立場だ。
自分が死んでも絵や彫刻はいつまでも残る。油絵なら何百年の単位で残るし、彫刻だったら何千年も残る。こういう事実は作家の精神衛生上とてもよい影響を与えるし、それがちゃんとわかっている作家に焦りはない。生活できれば、評価なんてどうでもいい。ちゃんとした作品を残しておけば、ずっと後の人たちが見てくれる。
こういう芸術上の特色はいい面もあるけど、宗教の立場から見るとまだ本物ではない。作品がなくても暮らしや行いはずっと残るものだ、と悟らなければならない、らしい。
もちろん、私はそんな境地にはいないし、ヴァータスの心境にも達していない。最悪の俗人である。ゴメン。
昨日はクロッキー会だった。今日は昼間にプールに行って、夕方から悠遊展の飾り付けに行って、帰りにウーゴスに寄った。
写真:ヴァータスの彫刻
天気:晴れ。暑さが盛り返してきている。朝から暑い。

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車で十五分ぐらいのところの単線の線路際の駐車場で降りて、20人ぐらいでぞろぞろと森の小道を行く。森を抜けると、広々とした空き地の向うにでっかい城が見えた。シャトーだ。その空き地の一角にテントが張ってある。
そこがヴァータスの仕事場だった。
シャトーはよく見るととても古い。1200年ぐらい前のものだという。平安時代か。フランス建国のころだ。脇に付いている丸い塔は新しいという。新しくても600年前だって! 
ヴァータスはこの城を修復している。これが彼の収入源なのだ。城のあちこちについている彫刻をそっくりそのまま復元しているのだ。でっかいイエローオーカーの石(大谷石みたな?)を彫っている。
最近は国からの援助も減ってきているらしい。
それにしても気の長い仕事だ。この城の修復には100年ぐらいかかるのではないか? 70歳のヴァータスが170歳になっちゃう。私が「どれぐらいかかるの?」と訊いたら「わからない」と言っていた。あの両手を広げるポーズ。
ま、スペインのサクラダファミリアみたいに何百年かかっても気にしないのだろう。ケルン大寺も600年だっけ? 
写真:説明するヴァータス
天気:晴れ
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